ホーム

 尋常性天疱瘡に罹患するとは思いもしなかった。 患者数が比較的少なく情報を得ることも少ない疾病である。症状、副作用の発現は人により若干異なっている。ここに記載されているのは一つの例である。
 医師⇔患者、看護師⇔患者のコミュニケーションにより得られる情報は価値あるものである。また情報レベルが異なるにもかかわらず患者どうしのコミュニケーション には力づけられるものがある。このホームページは後者の一部になってくれればと考えている

体質 胃潰瘍 帯状疱疹
天疱瘡入院まで 天疱瘡入院 通院 2002.04〜2002.12
通院 2003.01〜2003.10 狭窄症?入院 通院 2003.11.16〜2004.01.07
発作性上心性頻拍入院 通院 2004.01.23〜2004.03.17 左脚骨頭置換入院
通院 2004.05.13〜2004.10.20 右眼白内障手術入院 通院 2004.11.15〜2004.12.27
通院 2005.01.12〜2005.07.20 右股関節置換入院 リハビリ病院入院
通院 2005.11.02〜2006.08.24 左眼白内障手術入院 通院 2006.09.04〜2007.05.31

2007年7月以後はこのホームページを整理したhttp://homepage3.nifty.com/tochi/illnes/byoukiatest.htmlに 継続記載。慢性副鼻腔炎もこのURLに掲載した。

尋常性天疱瘡とは  落葉状天疱瘡とは  TV放映などに見る天疱瘡 私の天疱瘡関連の薬
難病、特定疾患とは  天疱瘡の重症度判定基準 自己負担限度額表 医療券など
特発性大腿骨頭壊死症とは 私のリハビリテーション
血漿交換法 筋電図検査 貯血

  

脊柱管狭窄症とは 発作性上心性頻拍とは 白内障とは

尋常性天疱瘡以前
体質

 生まれつき丈夫と云うわけではない。風邪で休むことが多かった 小学校ではズル休みと云われたこともあった。
 子供の頃からアレルギー性鼻炎で、当時はアレルギーが理解されず、ただ鼻垂らしといわれていた。
 19才、円形脱毛症直径1cm程度の大きさ、数年経ったら自然に治っていた-これも自己免疫型疾患。 花粉症も世間より先駆けて発症し、現在も継続中。
 30才代に始まった靴下かぶれは10年くらい前(40代後半)に治まってしまった。

胃潰瘍  
 20代後半の頃。

 胃炎も併発し、痛くて堪らず、外科医院へ。当時は手術も多かったが、内服薬で治療。
 胃には潰瘍の痕が残っている。
 治るまで数年かかった。
 タバコをやめたのが良かったと思うのだが。
 通院していたN外科は現在廃業。

帯状疱疹  
 30代前半の頃。

 神経に沿って、ウイルスによって水泡ができる、神経に沿ってなので帯状になる。それで帯状疱疹と称される。
 神経に沿ってできるので何せ痛い。
 私の田舎だけかも知れないが「つづらご」とも云う。
 私の場合肋骨に沿って水泡ができ、かなり痛み、痛み止めも打ってくれと医師に話したところ、一緒に打ってあるとのことであった。
 胃潰瘍と同様にN外科に通院で治した。
 抗ウイルス剤を点滴ではなく、右手と左手に交互に一日おきに注射、両腕が内出血したように真っ黒になった。
 肋間神経通の後遺症が残らないように治療には注意を払ってもらった。  寒いときでも痛むことなく、後遺症は残らなかったようだ。
 免疫抑制剤、ステロイドを投薬する天疱瘡の治療で、このウイルスが起き出すかと思ったが、そのようなことは無かった。

 そう云えばこの頃肺炎になって、3週間ほど会社を休んだ。入院せず、通院で治療した。
 尋常性天疱瘡に罹るまで大きな病気はしていなかったと云える。

 2005年8月23日のNHKの今日の健康20:30「ペインクリニック」で帯状疱疹が取り上げられ、 後(ご)神経痛は10%程度とのことであり、後神経痛には抗うつ剤抗けいれん剤が有効とのことである。要するに痛みが残るのではなく、痛みを脳に伝える部分に変調を来たすようである。
(30年程前は帯状疱疹の後遺症は肋間神経痛と医師から聞かされていた。)


尋常性天疱瘡 このホームページ作成のきっかけがこの疾病である。

入院まで

予兆
2001年6〜7月
暑さのダメージ多く、夏を越せるかの不安も感じる。7月には親戚に不幸があり、帰郷する。

8月1日
会社での朝礼の挨拶でかなりとちる。この頃から暑さ以外の身体の不調があったような気がする。
暑さは8月に入ってから治まり気味になったが、お盆休みにどこかに出掛けようとの気は起こらなかった。

10月初旬
40℃近く発熱、木曜日で医院の休みが多く、近くのK病院に行く。扁桃炎との診断を受ける。
会社を3日間休む。この何年かは風邪で休むこともなかったのに。
解熱剤、抗生物質で改善するが、治ったとのすっきり感はなし。
尋常性天疱瘡発病のきっかけ?
この頃、右目にかすみを感じ、N眼科に行く。老人性白内障との診断。

10月中旬
陰茎の溝部やや左側に1mm程度の赤い点あり。10月下旬には5mm程度に拡大し、 赤く皮が剥けた状態。自分では発熱時、ズーッと風呂に入らず不潔にしていて軽い包皮炎になったと判断、 痛みも痒みも感じなかったのでそのままにした。
(後にX病院の医師はこれを天疱瘡の発病と診断。)
この頃、右眼がややかすむ自覚症状があり、N眼科医で診察を受けたところ、白内障の診断があり、 疾病に関する関心は白内障にあった。

11月中旬
アレルギー性のため(?)10年以上前から背中を掻いてはできものができる状態で、 背中の湿疹は気にしてなかった。同級会では皆と一緒に温泉に入った。

12月下旬 
背中に湿疹多し。アレルギー?
特に気にしてなかったが、背中を掻いて水泡が破れる感じあり。
包皮炎が拡大し、年明けには医院に行こうと考える。

2002年
1月5日
まだ正月休みなのか、M医院が休みだったので、同じ皮膚泌尿器科H医院に行く。
陰茎の方は包皮炎との診断。

1月11日
昨年から予約していた市立病院での大腸の内視鏡検診を受ける。直腸に5mm程度のポリープが二つあり、切除する。
(こんな検査を受けていたのだから、この段階で皮膚の症状はそんなに悪かったわけではなかったと思う。)

1月中旬
医師は関心を示さなかったが、湿疹(水疱?)が増え、胸にもでき、診察してもらったところ、 トビヒとの診断で、抗生物質を服用する。
トビヒは子供の病気ではないか。
症状の改善なし。

1月下旬
菌の測定

1月26日
菌なしの検査結果を聞く。

1月30日
ウイルス、菌でもないなら天疱瘡のような特殊な疾病と考えX病院へ行く。
この病院は知り合いに調べてもらったところ、天疱瘡の臨床例が多いということで選んだ。医院から紹介されたわけではない。
尋常性天疱瘡との診断。右の図で説明を受ける。
皮膚構造 ある程度予想はしていたものの、特定疾患、難病---ああ。後から考えると診察した医師(複数)の顔も憶えておらず、一寸呆然自失の状態 だったのかも知れない。
当然了解の上だが、全身が撮影される。治療対象物体になったか。採血採尿あり。
即日入院するように云われたがベッドの空きがないので翌日入院。
白内障は天疱瘡によるものとは異なるとの診断。


トップ

尋常性天疱瘡入院

2002年 1月31日入院(病棟620)

セフゾン服用
皮膚生検(症状が出たところの皮膚を切り取り、抗体の沈着があるかどうか調べる。4,5針縫う。)
大部屋がないので二人部屋、続くと差額ベッド料金が心配。
二人部屋は一泊で六人部屋に移動。

S先生に疾病の説明を受ける。
「天疱瘡はリウマチなどのような自己免疫疾患である。水疱症でデスモグレンという蛋白を血液中の抗体が攻撃するものである。
免疫を抑えるのにステロイドがある。他の免疫抑制剤もある。血漿交換の方法もある。
ステロイドの副作用には胃腸の荒れ(胃潰瘍) 、血圧、食欲睡眠の上下、骨が脆くなること、糖尿病、感染症がある。
ステロイドは体重1kgに対し1mgが限度である。
検査は週2回、外泊は禁止である。」
主治医はS先生とKT先生、担当看護婦はSさん

2月1日
毎朝9:00より包帯交換し、主治医が診察する。
この後、包帯交換と称し、毎日、背、胸のガーゼを交換する。テープを貼ったところに水泡ができるのでテープ使用できず手間がかかる。
ガーゼは不織布であり、すでにバラマイシン軟膏が塗布含浸されている。シリコーンのガーゼも使う。
その軟膏は下着に移り、べとべとになり、下着は自宅で手洗いを重ねて洗濯することになる。
包帯交換は医師看護婦5,6名、時には7,8名で行う。
びらんの酷いところにはヘラで軟膏を塗り、シリコーンガーゼを押し当てる。軟膏を塗った大きなガーゼを胸と背に押し当てる。 大きなガーゼの当たらない部分には軟膏を塗り別にガーゼを当てる。
貫頭衣 右図の貫頭衣のようなものを上から被る。その上から胴体に包帯を巻く。このような工程である。 もちろん、その上にシャツを着る。
この貫頭衣のようなものは病院から見本をもらい、カミさんが自宅でさらしを縫い合わせ、10着(?)くらい作成した。

2月2日
使用の薬、バラマイシン軟膏、ホスミジン、ガスター、セルベックス、プレドニンは60mg

2月4日
採血、血液検査は月曜火曜週2回が当分続く。採尿は午後2時まで出す。
他に定期的検査で便と痰の検査がある。痰は二つ出し、一つは結核の、もう一つは肺炎の検査に供する。

2月5日
火曜日は教授回診、以後続く。

包帯交換の前に雑菌を流すためにシャワーを浴びなさいとのことなのだが、痛くて浴びれず、形だけお湯をかける。
包帯交換し、軟膏を塗ったあとはダメージを受け、痛くてジーッと我慢し、これが午後には治まる。
浴室のシャワーの蛇口を軟膏でベタベタにしてくれるな注意される。自分ではきれいにしているつもりだったが。
軟膏がしみ出すので木綿のシーツの上に不織布のシーツを敷いて寝る。

2月8日
金曜日は助教授回診
食道の内視鏡、びらんが観察される。なお、自分では食道に障害を感じてはいない。

2月10日
SG家見舞いに訪れる。

2月12日
ミニパルス(ステロイド100mg、3日間)療法始める。服用である。
CT注射
増悪傾向続く
背部胸部の水泡、ただれが主、日ごろイソジンでうがいしていたせいか(?)、口腔内の症状は少ない。
背部の痛み強く、昼間はベッドの端に座ったままジーッとしている入院生活、身体を動かすと痛い。
夜はステロイドで不眠状態が続く一方、痛いのでで寝返りできず上を向いたまま姿勢で眠る。
眠れない時はラジオを聞く。ラジオ深夜便、こんな良い番組があったのかと思う。

2月13日
体部CTスキャン。
特定疾患の申請をする。
第1回カンファレンス カミさんも一緒に聞く。
「入院時136あった抗体価が2/7には181になっている。
ステロイドは抗体の出てくる末端の方を抑えるのだが、免疫抑制剤は骨髄に近いところに作用する。
抗体価が上がってきたところを叩く(右図)、抗体パルス療法の有効性は高い。
ミニパルス療法3日間(12〜14)続け、血漿交換を1週間に1回、3回行う。1回目、15日に予約。
ステロイド、免疫抑制剤を併用して行く。これには感染症対策が必要である。
免疫抑制剤イムランは肝臓に負担になり、また骨髄に働くので貧血、血小板低下を招く場合がある。
現状のままでは今あるできものが悪くなる可能性もある。

2月14日
頭部CTスキャン
本来ステロイドを服用していれば、花粉症は出ないはずだが、くしゃみ多く、花粉症の薬服用し、 そのせいか不明だが肝機能低下した。
イムランは肝臓への負担大きく、肝機能が低下しているとイムランが使えない。

2月15日
午前中、アイソトープ(ガリウムシンチグラフィー)の検査、午後血漿交換、2時間ジーッとしている。
血漿交換には3種類くらいあるが、ここでの方法は採血した800cc程度だったかの血液を遠心分離し血漿を取り去った後、正常な血漿を加え身体に戻す。
戻したら、再度採血しこれを何回か繰り返す。このような方法なので血漿の全量が交換されるわけではない。
肝臓のためカリウム塩の点滴を受ける(1時間/日)。カリウム塩を含むバナナなどは肝臓に良いとのこと。

2月16日
Iさん見舞いにくる。 この頃飲んでた薬、プレドニゾロン、タケプロン、アルファロール、乳酸カルシウムなど、薬は飲む時間に看護婦さんから、1錠ずつ渡される。
午前中、胸、背のダメージが大きく、自分でできず、錠剤を看護婦さんに剥いてもらうときもあった。

2月18日
内科エコー検査。

2月19日
2回目の血漿交換。

2月20日
O氏、見舞いに訪れる。
病室、ゴキブリの薬を塗る。エアコンのチェックとか、病院では色々ある。 私のベッドのパイプ部分、TV台は毎日消毒して行く。

2月21日
骨量測定、X線による方法である。

2月23日
K氏見舞いに訪れる。
第2回カンファレンス
「悪性腫瘍に関する検査を続けたが、その兆候はなく尋常性天疱瘡は確定である。扁平上皮ガンの マーカーSCCが15と高いがこれは背、胸にできたびらんの影響だろうとのこと。
パルス療法など以外に免疫ガンマグロブリンの注射があるとのこと、但し、保険が効かず100万円以上かかる。
ステロイド60mgミニパルス100mg3日やったが、 IgG 531、なお、肝臓の数値はGOT/GPT、100/150から15/40〜50に下がっている。
病気の勢いは大である。

2月25〜27日
1000mg3日間のパルス療法(点滴)を行う、抗生剤も併用する。2/28には血漿交換を実施する。
カリウム塩の点滴も続ける。
入院すれば症状が治まるかと思っていたが、病勢は強まり、頭のてっぺんにも、後ろにも耳の穴の入り口にもできものができ、 マスクをしていたせいか、鼻から耳にかけても水疱ができてきている。 まさに頭のてっぺんからおちんちんの先までである。

2月28日
3回目の血漿交換、輸血センターのI先生Kさんにお世話になる。
服用している薬、プレドニゾロン(ステロイド50mg)、イムラン、バクター、 シプロキサン、アルファロール、タケプロン、乳酸カルシウム

3月2日
朝、起きたら右足がむくんでいる。
病勢治まり、シリコーンガーゼの使用は終わる。
この頃、同病再燃で入院していたY氏が隣のベッドに移動してきた。情報が得られ心強かった。

3月3日
A家見舞いにくる。
お雛様で夕食は五目寿司。

3月4日
脚を上げるようにしてたら、むくみ治まる。

3月5日
軟膏、何時からGebenになったのか憶えてないが、GebenからVG軟膏になる。
火曜日は当分耳鼻科に行くことになる。
S君見舞いに来る。

3月6日
Kさん見舞い、3/8にも来る。

3月7日
Aさん見舞いにくる。ステロイド45mg

3月9日
新しい皮膚を形成する軟膏、アクトシンを使用。
下剤服用、入院してから便秘が多く下剤を服用することが多い。

麻痺 3月11日
右足、力入らず、麻痺か。
右足の指を上げようとするが全く上がらない。甲も上がらない(右図)。その他は正常。
服薬
朝、バクター2錠、プレドニゾロン5錠、タケプロン30、イムラン、アルファロール、シプロキサン200、乳酸カルシウム1g、酸化マグネシウム0.5g
昼、プレドニゾロン3錠、乳酸カルシウム1g、酸化マグネシウム0.5g
夕、プレドニゾロン1錠、バクター2錠、シプロキサン200、イムラン、乳酸カルシウム1g、酸化マグネシウム0.5g
ステロイド40mg
他にうがい薬にイソジンとファンギソン、後に便秘の薬は酸化マグネシウムではなくラキソベロン液を服用することのなる。

3月12日
O氏見舞い。

3月13日
ステロイド40mg継続。

3月16日S夫妻17日W夫妻見舞いに来る。

3月19日
耳鼻科、鼻腔内のできものには皮膚科の軟膏を使うようにとのこと。
神経内科、足の麻痺はステロイドの影響ではないとのこと。ステロイドの場合は両足に症状がでるとのこと。 筋電図、腰のMRI検査予約。

3月21日
ステロイド35mg
炎症治まってきて、シャワーも楽に浴びれるようになり、日中ベッドに身体を横たえることができるようになる。

3月23日
包帯交換がなくなり、診察のみとなる。

3月25日
病棟の医師と外来の医師は3ヶ月毎に交替になるとのことで、説明あり。
「2/14、デスモグレン@/Bが80/181だったのが3/14には22/56.6に減少した。
ステロイド20mgが目標で、30mgで退院の可能性が見えてきて、外泊も可能になってくる。」

3月26日
右足の筋電図測定、リハビリ科にも通い始める。
どんなリハビリかは「私のリハビリテーション」において紹介。

3月28日
ステロイド30mg

3月30日
整形外科診察、血の流れを良くする薬メチコバールをもらう。
外泊(自宅)、自分の家は落ち着く、これに勝るものはない。PCのメールの整理などをする。

4月1日
今日から担当の医師が交替し、G先生で当然、診察あり。
骨密度の測定、就寝前の血糖値の測定あり。

4月 4日
血糖値測定、ステロイド27mg
この頃体重は57.8kgで入院以来変わっていない。

4月9日
便に血が混ざっており、痔だと主張していたので、外科の診察を受ける。痔は5段階評価により2程度で軽いとのことであった。
痔が軽ければ大腸ガンの恐れもあり、後日、内視鏡検査を受けることになる。大腸については1/11に内視鏡検診を受けており、 問題ないはずと主張していた。

4月10日
整形外科受診
便を提出。ズーッと便秘気味であり採便するのが大変である。

4月11日
大腸内視鏡検診、腸内洗浄剤ニフレックを飲むが、便が出ず、通常の倍近く飲む。更に浣腸もする。 検査の時間が予約してあり、完璧には便が出ない状態で検査する。モニターには若干残った便が写っている。腫瘍は発見されず、 便の潜血の原因は不明。

4月12日
ステロイド24mg

デスモグレン@/B 3/28:16/19 4/1:5.1/18.8  4/4:12.1/14.2 4/5:3.2/8.0 4/11:1.7/12.6

4月15日
白内障は進む。老人性だが進行にはステロイドの副作用も考えられるとの眼科の診断。

4月16日
S家族見舞いにくる。
退院に備えて、保険会社の診断書の記載を依頼する。

4月17日
退院後の生活について説明を受ける。外出の際はマスクをするようにとか。
骨密度は骨粗鬆症の一寸上の状態である。4月に入って腰部のMRIとX線の検査を受けたが、 異常はなかったとのことであった。

4月18日
明日退院だが、採血採尿あり。

4月19日
退院、書類は揃ってないが、ベッドの入れ替えで部屋を出るようにいわれ、追い立てられるように病室を出る。 9:30までに病室を出なければいけない。

包帯交換は医師看護婦5,6人で行い、1ヶ月半くらい続いた。
痛いし、難病ということからかなりめげていたが、これだけの人が治そうとしてるんだ、 自分も前向きに考えなきゃ、と思ったものだ。

胃の薬も併用しているせいか、ステロイド類の胃への副作用なし。
帯状疱疹のウイルスは退治済み、関連の痛みなし。


入院中読んで参考になったもの
きょうの健康3月号(NHK)特集膠原病・リウマチ治療最前線
天疱瘡治療における血漿交換 臨皮55(5増):125-130,2001
なめ猫ニュース(猪俣氏)のHPから闘病記のプリントアウト

簡単なメモを見て思い出しながらなので、曖昧なところ、日にちの前後に違いありそう。

トップ

尋常性天疱瘡
退院〜通院
退院直後、読んで疾病への理解が進んだもの
免疫「自己」と「非自己」の科学(NHK出版)


4月19日
 22mg? 退院
ホッとするも、通勤等に不安を感じる。

4月24日 皮膚科 胸と脇腹に2mmくらいのポツッとしたものがあったので診てもらったところ、 胸は脂肪の固まりで脇腹は生検の痕だった。ステロイド 20mgになる。
神経内科も診てもらう。

4月27日 整形外科

5月7日 今日より午前中出社、今まで一本杖を使っていたが、杖なしでも通勤可。
勤務先が同じ市内で良かった。

5月8日 皮膚科 歯科口腔外科
皮膚科での採血は一回おき、即ち4週に1回、採尿は8週に1回程度。

5月13日 今日より終日出社

5月20日 リハビリ科 基本的にリハビリ科は入院中のみ受診可で、今日が最後。

5月22日 皮膚科 18mg 歯科口腔外科 神経内科
ややムーンフェース

5月25日 整形外科
右足先マヒ、しびれ8割がた解消

6月5日 皮膚科

6月19日 皮膚科 17mg 歯科口腔外科 神経内科
一日で3科受けるのは大変。
両手足しびれ感あり

6月22日 整形外科

6月26日 皮膚科

7月15日 眼科 眼球の観察のみ

7月17日 皮膚科 16mg

7月27日 整形外科

7月31日 皮膚科

8月14日 皮膚科 15mg
両手足しびれ感拡大

8月24日 整形外科
右足のマヒ(足先)8割方回復

9月4日 皮膚科(0) 15mg(薬3weeks分)
処置室で入院時病棟にいた看護婦のNさんと会う。
今となれば、懐かしい。

9月18日 皮膚科(1.2) 14mg(薬3weeks分)、骨阻喪症の薬なし。

9月28日 整形外科 右足のしびれ(マヒ)も9割方回復し、今日でおしまい。薬もなし。 これで良かったわけだが、半日がかりで数分の診察でなんとなく、???
診察は足の指の強さ、甲の強さの確認。
なお、ステロイドの副作用による両手足のしびれ感はあり、これは皮膚科との相談。

10月2日 皮膚科 14mg 入院時の看護婦のNさんが当番で外来におり、採血する。4週間に一回採血、採尿。
採尿は診察カードを持って、内科に行き、紙コップをもらい、自分で採尿したのを採尿室に置いてくる。どこでも同じだが。

10月16日 皮膚科(2.4) ステロイド13mgになる。減量は順調、体重も減量しなくちゃ。
前回採血の結果、抗体価は陰性、その他も良好。両手足のしびれは継続。
薬の副作用による色素の沈着で赤黒かった顔が黒さが取れて来た。

11月6日 皮膚科 ステロイド12mg、3週間で1mg減量、予想以上早い減量。
採血は病棟看護婦のSさん、採血チューブ(?)は4本。尿の検査はなし。
薬の順番は50番、早かった。

11月20日 皮膚科(4.5) ステロイド12mg、4週間分もらう。骨粗鬆症治療薬がベネット錠2.5mg に代わる。新しい治療薬で効果的であるとのこと。
先々週の採血の結果は良好。
びらんの跡が目立たなくなるには1年くらいかかるだろうとのことであった。再燃しなければだが。

12月14日 近くのS医院でインフルエンザの予防接種を受ける。抵抗力が少ないはずなので、 接種が大丈夫なのか、一寸気になる。また、免疫抑制剤を服用しているので、インフルエンザに対する 免疫もちゃんとできるのか、これも一寸気になる。

12月18日 皮膚科 ステロイド12mg、4週間分もらう。年末年始の休みに入るので安全をみてとのこと。
ベネット錠、2週間分もらう。
採血は病棟看護婦のFさん、初めての人だったので聞くと、4月に入ったとのこと。
採尿もあり。


トップ

通院
2003年

2003年
1月に入り、寒くなったせいか、ステロイドが減ったせいか、熟睡できるようになる。

1月15日 皮膚科 ステロイド11mgになる。順調な減量。12月に11mgにするつもりだったが年始年末の休みの間が心配なので12mgを継続したとのこと。 何時も先生以外に5,6人いるのが今日は2名。
先月の採血の結果は陰性(5.6)とのこと。今日の採血はなし。
足のしびれ、痛みを話したところ、整形外科を受診するようにとのことで整形外科に行ったら、当然予約外で、それも予診から始まってレントゲン撮影もあり、 かなり時間がかかった。
脊髄の骨が減ったのではないかということでの受診だったが、そのようなことはなく、服用している薬のせいではないかとのことであった。 また、レントゲンから骨粗鬆症にまでなってないが、骨密度は低いとの診断であった。

1月27日 眼科 視力は退院時より低下している。白内障で利き目の右眼の方が悪くなっている。副作用で眼球が膨らみ近眼のような状態になり 視力が低下している面もあるとのことであった。手術はもっとステロイドが減ってから。

歯茎が痛むようになり、次いで胸、みぞおちの部分がきゅっと痛むという症状がなくなってきた。 熱はないが熱っぽくなる症状はいまだにある。

2月12日 皮膚科 ステロイド10mgに減量、順調、順調。ステロイドの服用は朝食後のみになる。採血採尿あり。
午後になり、右目がものもらいになったような感じ。目にごろごろ異物がある感覚で、悲しくないのに涙がこぼれる。 通院の時、出れば良いのに、その後に症状が出る。
、 (右目の症状は一晩寝たら、翌日解消、ただのゴミだったか?)

3月12日 皮膚科 前回の血液検査の結果は陰性(4.2)、尿の検査も以上なし。ステロイド9mg に減量、順調、順調、順調。
今日の採血はなし、採血採尿は一回おき、8週間に1回になる。
体調はと訊かれ、前回と変わらずと答える。
免疫抑制剤イムランを減らすのはもっと様子を見てからとのことであった。
ステロイドは一ヶ月に1mg減る、今はじっくりと待つ心持ちになっている。

4月9日 皮膚科 口腔の診察と一寸問診、そして採血採尿、もらった薬を見たらステロイド8mg に減量。この淡々した感じが大事だな。
診察室には担当医師以外に医局からの4名がいたが、そのうち3名が女性。皮膚科は女性が多いのかな。そういえば入院時の主治医は若い女性医師だったな。
採血は病棟から来ているKさん。昨年の4月に入ったそうな。ちょこっとしゃべる。
通院が億劫になって来たので色々関心を持とう。

5月7日 皮膚科 一寸問診、前回の採血結果は抗体価0.8/1.6、5以下は正常、まあ、ばらつきの範囲。余り数値にはこだわらない。
診察室で、担当の医師以外に10名もいた。学生もいるのだが、10名にはびっくり、今までで最高。
ステロイドは7mg
4週間のうち2週間だったベネット錠の服用が毎日となる。これは厚労省の関連からである。

5月22日 左足不調で病院へ。まず皮膚科に行って受診、整形外科は学会で出払っているとのことで、神経内科を紹介され、受診する。
神経内科は入院中も受診経験あり。
坐骨の神経が圧迫されてるのではないかとのことであった。
明日、23日MRの検査。27日筋電図の検査となった。

5月23日 MRIの検査、入院中受けたことがあるのでスムーズ、淡々と進む。結果は6/4の診察日。3時過ぎからの検査で、さすが病院も 人は少なめ。

5月27日 筋電図の検査、特に問題はないような話であった。

6月4日 神経内科、皮膚科、整形外科受診。神経内科では脊髄のMRIを観て、脊髄の表面の滑らかな部分が途切れ途切れになっており、 そこに神経が触れてるのではないかと説明。明日CT-SCANを受けることになった。整形外科は神経内科からの紹介の診察でMRIの 写真を見て、脊髄の神経が通る部分が狭くなっており、その影響かもしれないとの話であった。ここで過去の病歴も問われる。
薬、メチコバールとソレトン錠80を2週間分もらう。ソレトンは鎮痛消炎剤。
皮膚科、ステロイド6mgに減量、左足の不調大きく、嬉しさもそれ程感じない。

6月5日 CT-SCAN、腰部の検査。

6月17日 整形外科、左右の脚をチェックし、特に悪くなってないなとの診断。こちらも6月入ってかなり良くなったと説明し、 薬も無しで行こうと云うことになった。
薬を止めてどうなのか確認もしたい。
重くなれば、手術だって。脊髄近辺の手術なんか桑原桑原...。

6月18日 神経内科受診、CT-SCANの結果は肝臓の部分から肛門の先まで問題なしとのことだった。なお、この検査は リンパ節の状態を診るものでもある。
結局は腰部の神経がやや圧迫してるのが原因とのこと。
整形外科での話もし、服薬なしで様子を観ようと云うことになった。

6月25日 皮膚科(4.4/1.2) ステロイド5mg、あこがれの5mgついに達成。前回の採血の結果、全て異常なし。
顔の湿疹はステロイドの副作用とのこと。
左脚の他科での診察については、様子を観ることになったと報告。なお、両足のしびれはまだあると説明した。
イムランはステロイドの何mgに相当するのか尋ねたが、作用する機構が異なるので計算できないとのことであった。

7月9日 神経内科 脚の痛みは6,7割回復したと話し、状況を見て次回の診察は3ヶ月後となった。
なお、病名は老人性腰椎変形症による坐骨神経痛となった。
皮膚科で天疱瘡の臨床調査個人票を書いてもらう。
重症度判定基準では0点軽症だった。なお、副作用は考慮されない。
治癒〜悪化では、軽快。

7月23日 皮膚科 ステロイドは5mgで残念ながら8週間継続。5mgから先は長い。採血採尿あり。
白内障について、手術の話をしたが、手術すると 焦点が一定になり、疲労が強くなる場合があるとのことでもあった。いずれにしても来週の眼科の受診で話してみる予定。

7月28日 眼科通院、白内障の手術の話しを持ち出そうと思ったが、脚の不調の方が大きく、その話しはしなかった。
次の診察(12月)は白内障の専門の先生にかかるように曜日を替えてもらった。
眼は片目でもかなり機能を果たせるが、足の場合はそうは行かない。

8月12日 整形外科通院、7月末から左足の痛みが強くなり、右足も痛むようになり、膝も痛いと説明したところ、痛みは波のように 痛くなったり、治まったりするとのことであった。膝の痛みについては、膝を左右から強く押さえて痛みがないことから、狭窄の影響だろうということであった。
狭まった神経を広げるという「オパルモン錠」をもらう。2ヶ月くらい服用しないと、効果が判らないとのことで、今回1ヶ月分もらい、1ヶ月後、また薬をもらい、 1ヶ月間服用した後診察となる。
このオパルモン錠は湿気を嫌い、吸湿剤入りのパッケージになっている(薬のところに写真掲載)。

8月20日 皮膚科通院、前回の血液検査は異常なしとのことで、ステロイド4mgに減量。
薬もアルロイドGがなくなる。持って帰る薬の量が減って良いのだが、減ったのは一番副作用の少ない薬。
ステロイドを減らしてから免疫抑制剤の減量の予定。

9月9日 整形外科通院、本来薬だけをもらう予定の受診日だが、症状が悪いので、診察も受ける。
症状の程度は5段階で、正常を0とし、3〜4であるとのこと。5は尿が出ないとか最悪で、即手術の状態。
注射か入院の話で、患者自身が選ぶとのことで、注射を選択。
仙骨裂孔(お尻)へブロック注射を実施した。お尻を上げ注射した後、痛いほうの脚を下にして横になり、15分間ジーッと している。こんなやり方。注射の痛みはは普通の注射と変わらない。
1週間に1回で5回注射する予定。1回で効果がある人もいれば、5回目で効果の出る人、全く効果のない人もいるとのことだが、 1回目で効果が出そう。

9月16日 整形外科通院、2回目のブロック注射、前回右下にしたので今回は左下にした。身体を横にするのは前回15分だったが、 今回から10分になった。
マッサージ機はブロック注射の当日は悪いが、翌日から使用は構わないとのことであった。 但し、痛かったら止めなさいと言われた。

9月17日 皮膚科通院、ステロイド3mgに減量になる。医師より、歳でもあることだし骨折には要注意との言葉あり。

9月22日 整形外科通院、3回目のブロック注射、前回左下で効果は2日程度なので、今回も左下にした。
人によるが、左下にしても右脚にも効果があるとのこと。
当面、通院はカミさん同伴。

9月30日 整形外科通院、4回目のブロック注射、左下にした。
明日は神経内科通院の予定だったが、整形外科で済みそうなのでキャンセルした。

10月7日 整形外科通院、診察、ブロック注射改善の効果があるので10回まで続けることになった。
手術についてはその後に考えることにした。手術は9割は良くなるが、後の1割には効果がないとのことであった。
なお、ステロイド、イムランを服用しているので、手術には感染症のリスクが伴う。
今日は5回目のブロック注射で左下。

10月14日 整形外科通院、6回目のブロック注射、左脚の方が不自由なのだが、痛みは右脚にもあり、右下にした。

10月22日 皮膚科(1.3/4.2)、整形外科
皮膚科に行ってから整形に行ったが整形の医師の来るのが遅れたせいで、逆にスムーズに受診できた。
天疱瘡はステロイド2mgに減量なる。医師の談話でも良くなったり悪くなったりの多い中で、極めて順調でうまく行ってる例とのこと。前回採決採尿の結果は問題なし。
7回目のブロック注射、前回同様右下にする。歩行はやや軽快になって来てるが、普通の歩行に較べてはまだまだ。

10月28日 整形外科通院、右脚の不調が進み、手術を要請したところ、2ヶ月待ちとのこと。それでも申し込みはした。
高額の差額ベットならもっと早くなりそうだが。
8回目の注射を受ける。当然右下だが、痛みに減少はそれほどでもない。


トップ
脊柱管狭窄症?
入院

2003年10月31日
 昨日、病院から会社にベッドが空いたとのTELがあり急に入院(病棟10N)。
前から予定にあった腰椎のMRI測定。股関節のx線撮影。
入院診療計画書に「右大腿骨骨頭壊死疑い、腰部脊柱管狭窄症」とあり。

11月5日
 X線写真により、骨頭壊死の説明あり。

11月6日
 皮膚科受診、T先生への挨拶代わり。

11月7日
 11日の予定だった股関節のMRI測定がキャンセルがあり、今日測定。
なお、このMRIの写真がなかなか病棟に上がって来ず、説明が受けられず、いらいらする。

11月10日
 筋肉を鍛えるためリハビリ科を受診。股関節に負担にならず、脚の筋肉の鍛え方を学ぶ。
夕方、やっと股関節専門のH先生からMRIの写真を基に大腿骨骨頭壊死の説明を受ける。
人工骨頭置換の説明があり、痛み年齢により手術しない人もいるし、片脚だけ手術するひと、両足ともする人がおり、 12月に手術するなら、今週いっぱいに決断せよとのこと。

11月12日
 退院。大病院はどんどん退院してもらわないと困るようで、入院証明書、難病の臨床調査個人票は後からもらうことにして退院。


トップ
特発性大腿骨頭壊死症(ION=Idiopathic Osteonecrosis of Femoral Head)とは
特発性
大腿骨頭壊死症
(ION)

特発性大腿骨頭壊死症
図 図
原因が不明で、骨頭の血流の障害のために大腿骨頭が壊死(腐り)し、体重がかかる部分が陥没して 股関節が破壊される病気。
骨頭への血管は細く、直角に曲がっていて、血行の障害を起こしやすい。
ステロイドによるもの、極度のアルコールによるもの、その他があり、美空ひばりさんがこれに罹っていたことはよく知られている。
天疱瘡同様、難病に指定されている。
私の場合は当然ステロイド、パルス療法が作用したかなと思っている。

認定基準
X線所見
1.骨頭圧漬またはクレセントサイン(骨頭軟骨下骨折線)
2.骨頭内の帯状硬化像の形成
検査所見
3.骨シンチグラム:骨頭のcold in hot像
4.MRI:骨頭内帯状低信号域
5.骨生検標本での骨壊死像
判定:上記項目のうち、二つ以上満たせば確定診断となる。
私の場合は1.2.4.を満たした。

病型分類
TypeA:壊死域が臼蓋荷重面の内側1/3未満にとどまるもの、または壊死域が非荷重部のみに存在するもの
TypeB:壊死域が臼蓋荷重面の内側1/3以上2/3未満の範囲に存在するもの
TypeC:壊死域が臼蓋荷重面の内側2/3以上におよぶもの
C-1:壊死域の外側端が臼蓋縁内にあるもの
C-2:壊死域の外側端が臼蓋縁内をこえるもの
図
左からTypeA,B,C-1,C-2

私の場合、左右ともC-2

病気(Stage)分類
Stage1:X線像の特異的異常所見はないが、MRI、骨シンチグラム、または病理組織像で特異的異常所見がある時期
Stage2:X線像で帯状硬化像があるが、骨頭の圧漬がない時期
Stage3:骨頭の圧漬があるが、関節裂隙は保たれている時期
3A:圧漬が3mm未満の時期
3B:圧漬が3mm以上の時期
Stage4:明らかな関節症変化が出現する時期

私の場合、左右とも3(臨床個人調査票では3A3Bの記載項目はない)

治療法
TypeA:経過観察するだけで十分
TypeC:早期の手術療法が必要
TypeB:境界領域で注意深い観察が必要
手術療法
Stage1:骨穿孔術
Stage2:湾曲内反骨切り術、骨頭回転骨切り術、血管柄付骨移植術
Stage3:湾曲内反骨切り術、骨頭回転骨切り術、人工骨頭、人工関節
Stage4:人工骨頭、人工関節
私の場合、人工骨頭置換手術をする予定だが。

参考:特発性大腿骨頭壊死症臨床個人調査票
   新よくわかる股関節の病気-手術をすすめられたひとのために-(2003.3.20名古屋大学出版会)

−私の場合・痛みを感じてから骨頭壊死が確定するまで−

2003年5月中旬、通勤のバスを降りるとき、左脚がガクッとなり、その後、脚の後ろ側に歩く度に痛みを感じるようになる。ビリビリする痛み。
神経内科、整形外科を受診。
2週間程度、痛み止めとビタミン剤服用。
5月30日の痛みの状態
今朝方、寝てて、左お尻の辺が痛かった。今までにはないこである。
朝は何かにつかまらないと、歩けない状態、歩こうとすると左足の付け根(ソケイ部)に近い部分と左尻の中央部あたりが痛い。
会社で、昨日は痛いのを我慢して脚を引きずって歩いていたのが、今日は動かないので引きずってるという感じ。 社内では杖を使わないようにしてるのだが、それが今日は全然使わなかった。一寸良好。
歩くときの痛みは脹脛にもある。付け根に近い部分は脚が伸びたときにピリッと痛む。
6月に入り、痛みやや治まり、3kmほどのウォーキングもする。
なお、診察の結果は老人性腰椎変形症、脊柱管狭窄症、座骨神経痛。
受けた検査はX線、MRI、筋電図で、MRIの脊柱管断面写真では明らかな狭窄が観察される。
7月に入っても痛みやや治まった状態。
7月末、左脚がまた痛み出し、右足も痛むようになる。
8月中旬、整形外科を受診し、オパルモンを服用開始。
9月初旬、、座ってから立ち上がるのが非常に困難、痛みもひどい。ブロック注射開始、週1回で7回まで実施。
ブロック注射一回目(9/9)
右脚にビリビリする痛みがあるので、注射後身体を右下にした。 右脚ビリビリした痛みは解消。脚の付け根の痛み、太もも(膝の上)の痛みは残る。尻も痛い。
左脚変化なし。
ブロック注射二回目(9/16)
元々左脚に痛みがあり、身体を支える力がないので、左下にする。左脚、膝を含めて痛みはかなり治る。
右脚変化なし。
三日目(翌々日)痛み出す。
ブロック注射三回目(9/22)
左を下にする。左脚の太もも裏、ふくらはぎの痛みはやや治まる。 座った後、何とか立てるようになる。
右脚変化なし。
9/29現在
左脚、尻、太股外側、膝、足首前痛みあり。 尻、足の付け根、膝の上痛みあり。 身体を支える力弱い。
右脚、尻、足の付け根、膝の上痛みあり。
ブロック注射四回目(9/30)
左を下にする。
左脚、痛みやや治まる。
回数を重ねるに従い、痛み治まる傾向あり。
右脚変化なし。
10/6現在
9/29と似た状態だが、左脚は痛みやや、弱まる。右脚は変化なし。
階段の昇り降りは不調。
ブロック注射5回目(10/7)
左を下。
10/13現在
左脚太もも、尻、脚の付け根上側、膝、右脚付け根内側、太もも痛みあるも先週より良。
ブロック注射6回目(10/14)
痛み自体は右脚が強いので右を下。
10/21現在
左脚太もも、右脚の付け根、膝上痛みあり、先週より若干良。
ブロック注射7回目(10/22)
右脚の痛み若干治まり、更にと考え、右を下。
10/24右脚痛み大、脚の付け根、膝、太股。
10/25極めて歩行困難。
今まで、ブロック注射の度毎に若干の改善の傾向あったが、初めての増悪傾向。
左脚の痛みが一部治まったが、その後効果なく、手術を希望。
10月下旬入院は順番待ちで二ヶ月先だと言われていたのだが、病院から電話があり急に入院、 特発性大腿骨頭壊死症とのことで、一旦、退院し入院手術を再検討する。

何時までが狭窄症で、何時から骨頭壊死かは不明、初めから骨頭壊死の可能性もと、自分では考えている。

たけしの本当は怖い家庭の医学より、2005.02.01放映
骨粗鬆症により大腿骨を骨折し、手術後血管が切断したままで大腿骨頭壊死症になった場合であるが、症状を解かり易く説明している。
3種の症状がある。(1)膝の痛み、(2)体が硬くなり爪が切れない、(3)股の痛み、と順次出て来る。
(1)は股関節の動きが、大腿骨頭の陥没でぎこちなくなったことが原因。その動きが筋肉を通じて膝に伝わり、関節が不自然に引っ張られ、(1)の症状が出る。
(2)の症状も、骨頭の陥没で股関節の動く範囲が狭まり、太ももを体に引き寄せられなくなっていたことが原因である。
最終警告となるのが(3)の股の痛み。骨頭の陥没がさらに進行。股(足の付け根内側)の痛みが起きる。
私の場合、坐骨神経痛などの痛みも出ており、この3種の症状が出ていたが、明確ではなかった。

慶応大学医学部病院整形外科のホームページに「急性に股関節痛が発症することが多く、まれに坐骨神経痛様に、 また大腿から膝に痛みが放散することもあります」とある。

ラジオあさいちばんの健康ライフより、2006.12.14放送
今週、ラジオあさいちばんの健康ライフは「中高年と股関節」で、講師は順天堂大学練馬病院整形外科野沢雅彦教授である。
今日は大腿骨頭壊死症で、
「小さくて荷重がかからない部分だと、治る場合がある。痛みは腰の神経のつながりで膝に痛みを感じる場合があり、 単なる膝痛と誤認する場合がある。レントゲンでは不明でMRIが必要である・・・」等々語っていた。

毎日新聞3面より、2007.3.10朝刊
「人工股関節「5倍長持ち」」
人工股関節の擦れ合う部分はポリエチレン製で使っている内にその微粉末が生じ、周囲の骨を溶かす。 これで関節が緩む。ポリエチレンの表面をリン脂質ポリマーで覆えば、水の薄い膜ができて磨耗を防ぎ、 一度手術すれば生涯使えると言うのだが。
研究は東大バイオマテリアル工学石原一彦教授のグループ。

嬉しかった書き込み

投稿者:Aさん 投稿日:2003/11/13(Thu) 17:00

おかえりなさい!!
大腿骨骨頭壊死でしたか。。。。
あたしも何度か大腿骨は検査してます。前回の一ヶ月入院の時に疑いをかけら れまして。。
うちの医者が言うには、長年のステロイド服用よりか、一気にパルスなどをし た方が大腿骨骨頭壊死になる可能性が高いという傾向があるみたい。
結局は原因不明だから、はっきりしてないみたいだいけど。
しかも、初期だとなかなか一度の検査では見つからず、MRIをまめに撮らない とわからない。っとも言われました。

実際、リアル友達の中でも歳を関係なく大腿骨骨頭壊死は結構いて、両足人工 骨にした友達もいます。その友達もずっと半年以上ひどく痛みはあったもの の、なかなか検査しててもわからずに、歩けなくなってはじめてわかったんで す。
両足の手術を終えて、はじめは不慣れで大変!!っと言ってましたが、慣れて くると痛みもなくなってかえってこっちの方が安心する。。っと言ってまし た。
若い子の場合は10数年に一度は骨を交換しなくちゃ駄目だけど、その友達は もぉその必要はない歳だからヨシだわぁ〜ってのんきに言ってました(^^;

兎に角、暫くは足に負担のかかる事はさけて、和式便所や階段の下りとか気を つけて下さいね。
安静に・・・安静に・・・・


トップ

通院
2003.11.16〜

11月16日
 市立病院循環器科救急。朝食を終えて、胃のあたりがむかむかするような、変なものを食べたのかな思うが、気分が悪く、横になる。 1時間くらい経っても気分が悪い。心臓のドキドキが激しい。救急車を呼ぶ。市立病院に行けないか、T病院に行けないか、K病院に行けないかと話しても相手の病院が受け入れず、 待っても良いからと市立病院に行く。行ったらそんなに待つこともなく診察。 「発作性上心室性頻拍症」とのことで注射をし、薬をもらう。紹介状をもらい以後の通院は現在の病院にする。

11月20日
 午前中循環器内科を受診して、午後、整形外科の股関節専門の先生の診察を受ける。12月に手術の予定で、蓄血のつもりでもあったが、心臓の方の検査が終わってから手術を検討するとのこと。
12月末に心臓関連のデータが出て、それから一ヶ月かけての蓄血となり、手術は2月頃になってしまう。

12月3日
 皮膚科通院。減らしたいとの話もしなかったが、ステロイドは2mgのまま。大腿骨頭壊死の具合を話す。 痛みの具合などを話すべきだったが、何時整形の診察かなどのスケジュールの話をする。

12月9日
 整形外科通院、今日の付き添いはカミさんは都合が悪く、次女。診察は股関節の先生ではなく、脊髄の先生で 以前から見てもらっていたので、定期的に診察してもらうと言う形になっている。触診を受けたが、脊髄には現在特に問題なし。
薬-オパルモンの服用もなくなった。

12月11日
 病院に心臓エコー検査、ホルダー心電図(24時間)の取り付けに行く。ホルダーは明日はずす。結果が知らされるのは 22日の循環器内科の診察日。

12月12日
 朝、病院にホルダーをはずしに行く。  夕方、地元のS医院に予約しておいたインフルエンザの予防接種を受けに行く。

12月22日
 循環器内科通院、先日のエコー、ホルダーの結果は他の異常はなく、やはり、発作性上心室性頻拍とのことであった。
骨頭置換の手術において、発作が生じた場合、血圧の低下を起こす可能性があり、手術することになった。 手術といっても、カテーテルアブラジオンでカテーテルを心臓に挿入する方法である。
手術は1月13日で入院は9日から10日間の予定。

12月26日
 整形外科通院、本年最後の通院で股関節のH先生。X線撮影をしてから受診、両足とも骨頭が少し潰れている とのこと。脚が特に左脚の痛みが大きくなったと説明した。診察内容はベッドに寝て脚の曲がり具合の観察。
手術は心臓の方がはっきりしてからと、次回の診察日は2月13日となった。
輸血には自分の血を使うということで、血を貯める期間があり、入院手術は遅くなりそうである。
入院に関して、医師との話し合いの下に順番待ちの入院の申し込みをして来た。この病院での入院は3週間になり、 その後リハビリ病院で1ヶ月の入院となる。

2004年
1月7日
 皮膚科、眼科通院。皮膚科では口腔を診てもらったところ、単にびらんがあるとのこと。 天疱瘡由来のものではなさそう。採血と採尿をする。プレドニゾロンは2mgと継続、イムランも100mgと継続。
眼科では何時ものように、まず視力検査をし、それから診察。白内障は急ぐ手術ではないので、骨頭壊死の手術が終わり、 安定した頃が良いでしょうとのことであった。眼科は今日から白内障専門の先生。
なお、視力は左が1.0右が0.2、実はこれ一寸変、左は近眼で従来0.2くらいなもので老眼になって良くなったか?
白内障の右は0.2で、数字の0.2はまあまあのようだが、大きな看板の字も読め取れない状態で、当然眼鏡では矯正できない。
なお、白内障は若干進んでいる。

トップ

発作性
上室性頻拍
入院

2004年1月9日
 昨日、病院から会社にベッドが空いたとのTELがあり入院(病棟7S)。
いつものように、入院窓口に行って、病室に案内される。大部屋なので6人部屋かと思ったら、4人部屋で通路側、今まで窓側ばっかり だったのだが、6人部屋で真ん中になるよりはまし。なお新館の7F。
「高周波カテーテル焼灼術を受ける方のスケジュール表」(右図、拡大可)をもらう。 図
他に「心臓電気生理学的検査・高周波カテーテル焼灼術を受けられる方へ」という文書ももらう。
心電図送信機装着(いろいろ写真集に掲載)、採血、採尿、胸部X線撮影があって忙しい。当然通常の心電図測定もある。心エコーは 12月にとってあるので、省略。
夕方、6時頃からカンファレンスあり、小生、カミさん、医師の3名。医師から黒板に図を描きながらの病気及び手術について詳細な説明があった。
心臓にカテーテルを3,4本入れて、副伝導路を探し、2mmくらいのところを焼灼する。
病院でスケジュール表があるくらいだから結構多い疾病である。但し、心筋梗塞に較べると希とのこと。
カミさんも朝から付き合っているので大変。
右脚の膝、腿の右側がピリッと痛む。こうなると歩くのが大変。
皮膚科に入院していた時にいた看護婦のIさんに会う。2ヶ月前に皮膚科から循環器内科に替わったとのこと。

1月10日
 夜中、胸に貼った心電図の電極が剥がれ、看護婦さんに起こされる。
朝の体温は当然だが、血圧も自分で測る。内科は外来の際も血圧は自分で測る。
カテーテル焼灼術の同意書、承諾書を提出する、同意書と承諾書は同じような書類、この他にいざという場合を考えて、輸血に関する 同意書も提出する。
担当の医師はT、H、Sの3名だが、O、I先生も立ち会うとのこと。

1月11日
 昨夕眠れず、入院すると不眠と便秘が悩みだ。不眠の薬はもらわないが、便秘の薬(プルゼニド)はもらう。
科によって違うのだろう、循環器内科ではベッドの周りのカーテンは閉めっぱなしが多い。

1月12日
 今日は手術の前日、「心臓カテーテル検査治療について」を見せてもらう。8:30〜治療を受ける場合とか、 上の図よりやや詳細スケジュール説明書。
剃毛など所定のスケジュールをこなす。剃毛は自分で行い、看護婦さんのチェックを受ける。

1月13日
 今日だ。朝食はなく朝8:00までに検査着に着替え、T字帯をつける。8:00に医師と看護婦が来て、 点滴をセットし、尿のチューブをつける、痛い、深呼吸をしろといわれる。10分間くらいか、小便が出たいとの感覚に襲われる。
ストレッチャーで診察室まで運ばれる。帽子を被って治療台に乗る。

脚の付け根をいじっている、首と脚の付け根からカテーテルを入れるので何かやってるのだろう。上向きになってるし、眼もつぶってので何をやってるのか 解らない。
まだ、脚の付け根をいじっている、もう1時間位経ってるんじゃないか...。 「終わりましたよ。」と声をかけられる。麻酔が効いていたのか。

病室に戻ったのは午後2時近くであった。
カテーテルの挿入した箇所は両脚の付け根と首の右側。頻拍を起こすため電気ショックを与えた後が胸に赤く残っている。
夕食はベッドに腰掛けて食べる。
服薬、バファリン81mg、血栓を防ぐ薬である。今日は午後の服用だが、明日からは朝服用し、これを2週間続ける。
バファリンといえば市販のものは痛み止め、こんな効果があるとは意外だった。
なお、痛み止めバファリンAはアセチルサリチル酸が一錠中330mg含有。

1月14日
 尿チューブ、点滴をはずし、さっぱりしたはずなんだが何となくだるい。
脚の付け根を巻くように貼った幅5cmほどの粘着テープを剥がし、大きな絆創膏を貼る。
明日の退院、15:00頃分かる。またどたばたの退院になりそう。

1月15日
 退院、9時までには病室を出なければならない。
病室を出て、談話コーナーで待って、医療費の概算を教えてもらい、退院療養計画書をもらう。
カテーテル焼灼術は手術に入るものかどうなのか気になったので、看護婦さんに聞いて見ると当然ですよとの顔をされた。
病棟を去る際、婦長に声を掛けられる「心おきなく整形外科の手術を受けて下さい」。
ウウウッ


トップ

通院
2004.01.23〜2004.03.17

1月23日
 循環器内科。カテーテルの後、左脚の付け根が内出血してるのと、こりこりしたのがあり、特に後者が気になるので予約外で 受診した。担当はT先生だが、診察日の関係でA先生に受診。
こりこりしたのは血の固まり、血腫で何も心配ないこと、 内出血の赤黒くなってるのも1ヶ月くらいで消えるだろうとのこであった。
安心できた。診察では安心できるというのが最重要である。

2月4日
 皮膚科(4.7 1.2)、前回(1/7)採血の結果はやや貧血気味であること以外問題ないとのことであった。1月中旬循環器内科に 入院して血液検査で何も言われなかったことから貧血は一時的なものと思われるが、会社の健康診断(6月?)でも貧血は指摘されており要注意項目である
抗体価10以下で問題なし。
そしてステロイド、プレドニゾロンは1mgに減少。減らされて良かったんだが副作用はバッチリ出てるし..。
背中に痒い感じがあり診てもらったところ、冬、特に天疱瘡の痕は皮膚が薄くなり、衣類に擦れて湿疹ができたとの診断であった。 一応、アルメタ軟膏5g0.1%をもらってきた。
新しくもらった大腿骨頭壊死の医療券を医療支援室に持って行って登録してきた。支援室の看護婦のSさんは休み。

2月13日
 整形外科(股関節)受診、X線撮影、脚を曲げて診察。
最近、左の尻の辺りが痛いと話したところ、右脚にあった壊死部分の潰れが、X線で左脚にも見られるとのことであった。
手術は片脚からしかできないので、右脚を先にやるべきか、左脚からやるべきかについて迷いが大きいが、当面左尻の痛みが大きいので、 左脚を手術することにして、手術直前に再度検討することになった。また、手術の際、臼蓋が傷んでいるのが見つかる場合があり、その時はその部分も 人工骨と置換しネジ止めすると、実際に手術した人のレントゲン写真で説明を受けた。
3月23日に手術と決まり、それから計算して2/27に心電図などの検査、輸血センターでの貯血のスケジュール作成、貯血、3/15の週入院という ことになった。
もっと早く手術してもらうつもりだったが、そうならず残念。

2月27日
 整形外科(股関節)受診、今日は診察でなく入院手術を前提の各種検査、採血ではテストチューブは6本でさすがに多い、血液型判定のものもあり、 自分の名前と診察券番号を言わされ、その上テストチューブに貼られたラベルの氏名を見せられ間違いありませんかと確認させられる。
その他、肺のレントゲン検査、心電図検査、採尿あり。血液検査の結果は30分後くらいに出て問題ないことから、輸血センターで貯血 のスケジュールを作成してもらう。1回400ccで、3月3日が第1回目となり3回採血する。

3月1日
 循環器内科受診。整形外科からの手紙を渡し、手術OKの返信をもらうだけのつもりだったが、胸のレントゲン、心電図の検査をし診察を受けた。 問題なしで整形外科への手紙を預かった

3月3日
 皮膚科受診、ステロイドは減量なく1mg継続する。整形外科からの手紙を渡したところ、先生が書いたのを看護婦さんが整形外科のH先生のところに 持って行くとのことで、循環器内科からの返信も持ってってもらうようにお願いする。
抗体価を測定するための採血をする(8.4)。
 3/23に向かって第1回貯血。整形外科に行ってカルテをもらい、輸血センターに持っていく。採血のバッグの氏名誕生日を確認した後、 再度自分で氏名誕生日をマジックで書く。やや太めの針で400cc採血する。その後同量の生理的食塩水を点滴する。 その間30分程度かかる。整形外科に戻って造血因子のエリスロポイエチンの注射を打つ。久々の上腕部の皮下注射である。鉄剤フェロ・グラデュメット105mgを処方してもらう。

3月10日
 第2回貯血、前回通り400cc採血、エリスロポイエチンの注射、鉄剤も前回通り。

3月17日
 第3回貯血、前回通り400cc採血、エリスロポイエチンの注射は皮下注射で肩の所にしていたのだが、 肘の方がいたくないとのことで、肘の皮を引っ張りそこにする。確かに痛みは少ない。効果は変わらないことを輸血センターで 検討済みとのことである。
入院窓口に行ったところ、明日入院できるとのこと。


トップ

特発性大腿骨頭壊死症
左脚骨頭置換術
入院

3月18日
 病棟630入院、担当医師はY,H,K,O先生、4月に入ってO先生はA先生に交替。
 カミさんと共にH先生から説明を受ける。
 人工骨頭、20年持つだろう。20年後ゆるめば再手術となる。脚は90度以上曲がらない。両脚なので左脚手術後、早くても半年後 右も手術となる。
図 図

 股関節の手術はマニュアル化している部分があり、手術のスケジュール表が渡される。左図が手術当日までのもの、右図は手術翌日からのもので、下図は 上右図をコピーしたもので細かく日付が入っているもの、これはもらえる。クリックすると拡大可。
図
 通路に出ると、国立のUAE-日本戦の応援が聞こえる。
 時間はたっぷりあるので「アウト」を読む。

3月19日
 麻酔科でアレルギーなどについて問診を受ける。
 皮膚科受診、手術後プレドニゾロンは止めるとの話、ステロイドがゼロになるのは嬉しい。
 右脚に付け根から採血、血中の酸素濃度を測定する。
 抗生剤のアレルギーテスト、右肩に食塩水と抗生剤を注射して、15分後反応を観る。変化なし、OK。

3月20日
 次女がカミさんと一緒に見舞いに来る。浦和では雪が降ってるとのこと、名残の雪か。
 帰り、病院の玄関まで送っていくと、桜が咲いてるのが見える。20,21日は病院は休み、何もない。
 春分の日だが、夕食は普通。

3月21日
 眠れずラジオ深夜便を聴いた。夕食に鰻が出た。

3月22日
 手術後に備えて、車椅子でトイレを使用する練習、尿器(尿瓶)を使用する練習もする。
 剃毛、入浴する。夜9時以降は禁飲食。
 通常手術に当たっては胸のレントゲン、心電図測定行うのだが、貯血の前に検査してるので省略。
 寒い。

3月23日
人工骨頭  手術、午後の予定だったのが、午前の人が急に都合が悪くなり、午前になってしまった。手術の時間が変わっても、家族の 了承が必要とのことで、家族は家を出ており連絡取るのが大変。
 手術着への着替え、浣腸、尿管の挿入、抗生剤の点滴、そしてストレッチャーに乗って手術室に運ばれる。低く見える天井が流れるようで 、TVドラマのよう。手術用照明が目に入る。背中に痛み止めが処理され、それ以降の記憶がない。
 手術後、痛みを感じる、鎮痛剤投与(?)。
 傷口からぶら下がったチューブ、酸素マスク着用、背中に痛み止めのプラスチック容器、当然尿管点滴付きで病室に戻る。
 肺にチューブを通すことはなかった。
外転枕  外転枕(台形)を両脚の間に装着し、脚を固定する。

3月24日
 腰に強いだるさ、一晩継続。
 当分(3/30まで)、毎日採血。
 午後おならが出たので、夕食にお粥を食べる。おならが出ない場合どうするのか気になっていたのだが、その時は聴診器でお腹をを 診るそうだ。
 ベッドアップ90度まで可能になる。
 血栓防止のため、弾性ストッキング着用、AVインパルスを着用。弾性ストッキングは脚にきついストッキングで一日一回履き替え、 これを2週間続ける、脚にストレスを感じ、夜眠れなくなったりする。AVインパルスとは一定時間毎に足の裏を圧迫する装置、  余った貯血分を1日400ccの割合で自分の身体に戻す。

3月26日
 抗生剤の点滴終了、背中への鎮痛剤終了、  通じがなく下剤を服用。

3月27日
 まだ通じがないので座薬の下剤を使用、それでも便意がないので、浣腸をする。 ベット上で便器を当て排便する。実に大変なことである。

3月29日
 手術の傷の消毒、意外と傷跡がきれい。術後、微熱が続いていたが治まる。

3月30日
  CPM、CPMとは脚に装着しゆっくり膝、腰を屈伸する装置で1日2時間行う。角度を55度から始めて、120度まで行い、120度になったら終了。 数値では120度だが、実際はそこまで行ってない。
 血栓の検査、造影剤を注射しCTで測定する。 その結果、本手術に関連する脚にはなかったが、肺には観察された。なお、肺には何の症状もない。
 外転枕、今日で終了し当て枕(普通の枕に近いもの)になる。
 抗生剤、点滴から内服薬ユナシンになる。

3月31日
 寝ていて、背中が痛だるいのが治まる
 今日から車椅子、と言うことは、トイレに行って自分で○○○ができる。但し、使いたい時、看護師に車椅子を持ってきてもらう段階。自分で車椅子を乗り降り操作するのは 許されてない。
 今日水曜日は教授回診。
 リハビリ科、今日から毎日通う。療養師はU先生、頼りになる、10月に入院したとき色々教えてくれた先生だ。
 脚と脚の付け根のエコー検査を受ける。

4月1日
 尿管、今日で終了、なお、尿管の挿入部分は1日1回温水で洗ってもらっていた。
 手術後初めてのシャンプー、ストレッチャーに乗って逆さまの状態で洗ってもらう。

4月2日
 抗生剤の服用、終了
 右眼の周りに炎症があり、眼科に行く。ネオメドロールEE軟膏をもらう。なお、これで治らず、眼の不調は続く。
 田舎から見舞いに来る。

4月3日
車椅子  今日より車椅子を自己運転できるようになる。今まではトイレに行くのにも看護師さんに押してもらわなければならなかった。
 夜は尿器を使用。
 次女が来たので、車椅子を押してもらい一寸外に出る。
 病院食を見て、前の入院時より美味しくなさそうと言う、そう言えばそんな気もする。

4月4日
 抗生剤服用今日で終了。

4月5日
 CPM120度で今日で終了。

4月6日
 抜糸、手術の痕は左腰部に縦に12cm。
 弾性ストッキング終了、脚がホッとする。
 採血、腰部レントゲン、教授回診の前日にはこれがある。血栓に関してもう一度CTの検査をした。肺の血栓は小さくなっているとのことであった。
 今日から夜も車椅子で、尿器はなくなった。

4月7日
 天疱瘡の関連で皮膚科に行く。

4月8日
 看護助手の付き添いの下シャワーを浴びる。
 イラクで高遠さんら日本人3名拉致。
 ボランティアの高遠さんらに自己責任の言葉が投げつけられ、マスコミ、日本人は変わったとの思い大なり。

4月11日
 TSさんとTS君見舞いに来る。

4月12日
 カミさんの補助でシャワーを浴びる。
 リハビリで松葉杖となる。但し病棟では安全性を考慮して車椅子を使用。

4月13日
 採血、レントゲン。
 リハリビで体重の50%を左脚に掛けられるようになる。
 本来、今日あたりリハリビ病院に行くはずだが、いっぱいで行けそうにもない。

4月14日
 リハビリ病院を選んだのだが、このまま入院してもいいですよと言われて、困ってしまう

4月16日
 眼に軟膏を塗り始めて炎症が大きくなるようで、塗るの止めたが、返って乾いていい感じ。
 今日から片松葉杖、順調。

4月18日
 入院から1ヶ月経ってしまった。

4月20日
歩行器  今日からリハビリで杖使用、病棟では車椅子から歩行器になる。なお、深夜病棟では車椅子である。
 歩行器の商品名が「アルコー」、ズバリだな。

4月21日
 リハリビで鏡に向かって歩き、自分で姿勢を見る。まだまだ〜。

4月22日
 担当医師より、リハビリ科の先生の話ではここからの退院もOKとのこと、それではとリハビリ病院をキャンセルしてもらう。
 23日は病院の特別の休みで、リハビリ科は明日から3連休。

4月24日
 今日から、一人でシャワーに入れる。

4月25日
 横になっていても、左の尻が痛いので看護師さんに見てもらったところ、尻の部分に熱があるとのことでアイスノンで冷やすようにする。 これを2日続けたところ、治まった。リハビリは続けた。

4月26日
 皮膚科受診の日、天疱瘡問題なく、右目の炎症を診てもらったところ、眼をつぶって石鹸で良く洗いワセリンを塗るようにとのことで、ワセリンとクラリス錠3日分もらう。
 リハビリ科の先生より、脱臼を避ける禁止体型を聴く。足を内転、内股にするのは当然ダメ、正座はOK、但し崩すのはダメ。腰を90度以下にするのは危険でハイハイもダメである。
 6人部屋ついに6人と満員になる。

4月29日
 カミさん、次女、Kさんがケーキを持って見舞いに来てハッピーバースデー、ケーキをバッチリ食べる。

5月1日
 今日から病院のリハビリは5連休となる。退院は安全を見て、連休後にする。
 リハビリ科で習った筋トレを毎日続けることにする。

5月2日
 二人退院し、二人外泊で、6人部屋で二人となる。

5月6日
 明日退院だが、特別な指示は何もなし。と言うことは良いことと判断。
 なお、退院を連休後にしたのは慎重と言える。
 最後のリハビリ科でのリハビリあり。同年齢で両足股関節置換の人がおり、 もう一方も早めに手術した方が良いとの助言を得る。

5月7日
 退院、要訂正の書類あり。なかなかスムーズな退院とはならないのが、何となく慣れっこになってしまったな。
 家に帰り、ラーメン餃子を食べ、退院の気分に浸る。


トップ

通院
2004.05.13〜

5月13日
 眼科、眼及び眼の周りの炎症が治まりそうもないので予約外で受診した。
 今までの経過
(入院中、右目、目頭がひりひりするような違和感あり。 4/2眼科受診、ネオメドロールEEをもらう。 塗っていたがまぶたにも炎症(?)ができる。 4/16ネオメドロールEEを中止する。 炎症が乾いた感じになったが、治まっていない。 白い目やにが出ている。 4/28皮膚科に天疱瘡で受診し、眼の方もみてもらう。 石鹸で良く洗いワセリンを塗るようにと言われ、実施する。 かさぶたの様なものはなくなったが、 5/6まぶたにかなり赤みが増す。 5/8ワセリンを中止する。 目やにがどろっとしたものになってきた。)
 をメモで伝え、診てもらったところ、鏡面上部に炎症があり、眼薬フルメトロン0.1をもらう。これもステロイド系、ステロイドから逃れられない。
 眼の周りの炎症は皮膚科の分野で、そちらで診察を受けるようにとのこと。
 眼圧を計ってもらい、問題なかった点については安心。
 午後、整形外科受診、足に特に左脚に浮腫があると話したところ、できるだけ身体を動かすようにとのこと。特に問題なく、 診察終了。

5月26日
炎症  皮膚科受診、1月末背中に痒みがあり、当時、季節的な湿疹はないかとのことでアルメタ軟膏5g0.1%を塗っていたが、増える傾向にあり上半身裸になり、診てもらう。 眼の周りの炎症も同様に増える傾向にあり、やや強い軟膏ロコイドをもらう。これで顔にも背中にも塗る。
抗体価上昇も予想され採血する。この結果に基づき次回の診察でステロイドの投与も検討する。
なお、ステロイドが0mgになっても、両手足先のしびれ感、日中のだるさ感は継続している。知覚過敏も当然継続。
 眼科受診、眼の充血は減少の様相が見られ、続けて点眼薬フルメトロン0.1をもらう。

6月9日
 皮膚科受診、顔の炎症はやや拡大の傾向あり。5月の採血の結果(抗体価)を3月のと比較して、デスモグレン@5.820.5、デスモグレンBが8.4から1.7に。
10以下は陰性で10〜20が灰色、20以上が陽性であり、即ちデスモグレン@が増えてることから尋常性ではなく落葉状天疱瘡の可能性があり、 6/14に顔面の生検をすることになった。
軟膏ロコイドはもう塗らなくても良いとのこと。
背中と顔面の写真撮影あり。

6月14日
炎症  皮膚科生検、14:00〜。小さくても手術で外来手術である。
 顔面(眼の下)にするか、背中でするか、再度検討しやはり顔面にすることになった。
顔面にすると採取量が少なくなり、 判定しにくい点があるが、背中は症状がいまいちはっきりしないところがある。
結構時間がかかり、麻酔、採取、縫と30分以上かかった。
抗生物質ユナシン3日分と痛み止めロキソニンを3錠もらう。
抜糸は19日に変更となり、病院は休みなので救急外来でやってもらうことになった。

6月15日
 皮膚科、昨日の手術の痕を消毒、8:40に診察待合室に入り、9時には終わる。
痕は2cmくらいか、黒くなっている。異常なし。明日からの消毒は自分でやる。

6月17日
 整形外科受診、診察の前に股関節のX線写真を撮り、それを整理券と共に診察室に出す。整形外科診察のパターンである。
X線写真で右脚の壊死部分の陥没が大きくなっている。左の手術から3ヶ月経っているので、もう右も手術の予約をして良いのだが、 落葉状天疱瘡の治療が明確になってからとのことになった。
左太もも外側に、時たまビリッとする痛みがある、と話したところ、人工骨によるものと考えられるので、 安定すれば治まるとのことであった。

6月19日
 皮膚科の救急外来で生検の痕の抜糸、パチパチと4カ所の糸を抜く。ついてはいるが皮膚の状態は弱くなってるとのことであった。
最近、顎にも湿疹状のものが出来、増えている。

6月29日
 皮膚科カンファレンスの日、入院時のカンファレンスは何回か受けたことがあるが、 通院では初めて。今日カンファレンスを受けるのは私を入れて3名。
いつもの待合室がアコーデオンカーテンで会議室に変身し、医局全員(?)が集まってる様子。 以前から待合室に何でOHPスクリーンがあるのかなと不信に思っていたのだが、これで納得した。
患者の私は、顔面を見てもらうのがメインだが、上半身裸になって、診察台のある別の部屋で待っていると、 ほぼ全員(?)がプリントを持って、それを見ながら私の身体を見ていく。
私もこの辺に新しいのが出来てるんですよと何回か同じ説明をする。
数10分(?)後、診察室に呼ばれ、病状について話し合いを行う、と言った段取りである。
 カンファレンスでは、2年前の入院時主治医だったS先生と生検の担当のN先生が説明してくれた。
検査の結果はやはり落葉状天疱瘡、5/26に20だったIgG1が6/9の血液検査では57 (3は4.1)になり、上昇傾向にある。
2年前、尋常性で入院していた頃、IgG1が高い時、80くらいあった、なお、IgG3は200以上。
ステロイドを安易に投与できる状態ではないので、毎食後、ユナシンを服用し、患部(顔)は毎日石鹸できれいに洗い、 1週間後の状態を見ることになった。

7月7日
 皮膚科受診、眼の周り、広がってはいるが腫れはかなり治まってる。
そんなことから、抗生物質ホスミシン500mg1週間分とバラマイシン軟膏をもらう。バラマイ軟膏は2年前の入院時、べとべとに塗って使って いたもの、一寸懐かしい気がする。当然、免疫抑制剤は継続して服用する。
右脚の手術について話したところ、この程度の症状、問題ないから、どんどん手術して下さいとのことであった。

7月14日
 皮膚科受診、先週同様、腫れは治まってるが、左の頬にも炎症ができてる。
飲み薬にステロイドの服用はせず、抗生剤ホスミシン500mgを更に2週間服用し、 軟膏はまたステロイド入りのロコイドを使用することのなった。
特定疾患更新の書類をもらう。尋常性天疱瘡だったのが落葉状天疱瘡に変わってる。

7月15日
 整形外科受診、手術した左脚の腿にビリッとくる痛みを話したところ、人工骨頭と自骨なじみにあり、 日にちを経過すれば痛みが治まってくるとのことであった。
脱臼除けに寝るときに膝に挟む当て枕はもう必要ない、また、寝返りをうつ際、左を下にしても良いとのことであった。
右脚の痛み激しく、次回入院の予約をしてくる。手術の予定が決まってないので、いつ頃になるのか全く不明。
入院の予約に際して、「手術前の感染症検査についてのお願い」即ち肝炎、エイズなどの検査の承諾書をその場で提出した。 「入院に関する同意書」は入院時に提出する。今回初めて「看護データベース」と言う書類をもらう、 この書類は既往症とか喫煙とかを記入する書類で入院時に提出するものである。 今まで、入院したときに看護婦さんに聞き取り調査されてたもので、入院の度にシステムが一寸ずつ変わってきている。
「入院のしおり」は全然変わってないのでもらって来なかった。

7月28日
 皮膚科受診、夏休みのせいか、かなり空いていて、10時頃着いたのにそれほど待たず済んだ。
7/14の採血の結果は抗体価(IgG1)は107と上昇している。症状は左の眼の下にも広がっていて、症状と抗体価が 平行の関係にある。
最近、シャンプーしてもフケが出ると、話したところ、頭にもできてると言うことであった。なお、口の中にはできてなくて、 これは尋常性ではないと言う証左のひとつである。
症状が進んでいるので、ステロイドを30mg服用することになった。ステロイドは30mgが外来での限界であり、 これで改善されなければ入院となる。
ステロイドの服用はプレドニゾロン5mg錠を朝3錠、昼2錠、夜1錠服用する。
顔面、背と胸を写真撮影した。

8月20日
 整形外科受診、今日もまた夏休みのせいか、かなり空いていて受診前のX線撮影もすぐできた。 数10回は撮影してると思うが、こんなにスムーズに撮影できたのは初めて。
医師にステロイド30mg服用することになったと報告したところ、10mg 以下にならないと手術できないとのこと。
ある程度予想はしていたが、9月に手術の予定がボロボロと崩れてしまった。
左脚の手術のときも不整脈で何ヶ月も遅れた。どうも予定通り行かない。
診察室での看護婦は入院病棟でお世話になったKさんだった。

8月25日
 皮膚科受診、今日も病院は空いてる。
ステロイド30mg服用後、眼の周りの腫れは引いたが、糜爛の範囲が若干広がった。この10日程度は変化がないと、説明した。
医師は更に30mgを4週間継続して様子を診るとのこと。今日は採血(抗体価測定)もする。
整形外科での手術があるので、早めの減量をお願いしたのだが、減量は慎重でなければならないとのこと。
堪らない。
病棟からの応援の看護婦さん、お互いに見知ったようなので、ネームを見たらSさん。
先週の整形外科で診察の際、端末機にステロイドの服用が表示されなかったので、確認したところ、表示されてる。 整形では別の日の投薬を見てしまっていたのかも知れない。

9月15日
 眼科受診、前回、前々回なかった視力の検査から始めた。視力は右(白内障)0.04左1.2であった。0.04と言えば、まあまあで眼鏡で矯正できそうだが、 実際は看板の大きな字もぼやけて読めない状態である。
散瞳剤を点眼し、約30分後診察。
ステロイド30mg服用でも手術はできるとのことで、手術を希望し、11月9日に手術の予定となった。
手術のための検査、心電図、レントゲン(胸)を実施し、採血、採尿を行った。
なお、入院は3日間で、大部屋を希望した。白内障がすっきりすれば、それだけQOLが向上する。

9月22日
 皮膚科受診、症状、この2.3周間は変わらないけれど、以前より緩和してると、状況を説明した。
8/25の採血の結果は、抗体価20.5、前々回100台だったので、かなり良くなっている。 (なお、IgG3は0.8)
次の採血は次回外来の日、保険組合の関係か、そんなにしょっちゅう抗体の検査をやってくれない。
ステロイド5mg減って25mgに減量(朝10mg昼10mg夜5mg)。
胸焼けがあるので胃の薬アルロイドGをもらう。
また、眠れないので睡眠剤レンドルミン0.25mg錠10回分もらう。
現在の不眠の状態は、夜寝ると2時間くらい眠り、その後朝まで眠れない状態になる。その眠れない状態の時、胸焼けを感じることがある。
整形外科でステロイド10mg以下にならないと、手術出来ないと話したところ、3ヶ月後くらいには10mgになるだろうとのことであった。11/9に白内障の手術が予定されてることも話した。白内障は手術の部分が 小さいので、ステロイドの量が多くても問題ないだろうとの話であった。
病棟からの応援看護師はKさん。

10月1日
 整形外科受診、空いてる、何で空いてるんだろう? 皮膚科に較べると、何時もかなり混んでると思っていた整形空いてる。
前回もチェックしたが、今回も保険証チェック、なお、更新した医療券は療養支援室で更新手続き。
レントゲンを撮ってから受診、ステロイドが25mgになったと報告した。やはり手術は10mgになってからと言われた。
手術した左脚は順調、右脚は臼蓋も若干変形してるので、人工骨頭だけでなく、人工関節にしなければならないかも知れない とのことで、右脚を大事にして下さいと言われた。左足の脱臼は転びもしない限り起こらないだろうとのことであった。
診察室の前で順番を待ってると、何時もだが、前の人に話してる医師の人工関節手術の話が聞こえる。皆、手術頑張れ。

10月20日
 皮膚科受診、台風の影響なのだろう、空いている。
顔面、若干は良くなってるが、すっきり良くはなってないので、ステロイドは25mg現状維持。
口腔の上顎の部分が荒れているので、診てもらったが、天疱瘡との関連は微妙とのこと。ついでに、 尻にかさかさしたものも診てもらったら、乾燥肌でロコイドを塗っておきなさいとのこと。なお、 口腔と同様に天疱瘡との関係も微妙との診断であった。
睡眠剤がレンドルミン錠がレンドルミンD錠になった。何処が違うかというと、水なしでも飲めるようになった、ということ。
採血、採尿あり、次回の受診で抗体価がどうなってるか一寸楽しみ。


トップ

白内障
入院

2004年11月8日
今回の入院は日数が少ないので、一寸詳しく記す。
一昨日(土曜日)、病院の入院係よりTELあり、月曜日9:30〜10:00迄に来て下さい(入院)とのこと。
図
入院係に入院の誓約書を提出し、病棟に案内される。案内してくれたのは看護助手のSさん、2003.10.31に入院した時お世話になった方だ。
病棟のロビーで待ってると、今日入院の患者の話を聞こえ、白内障手術が多そう。大体が二泊で一泊の人もいる。
看護師のWさんに病室に案内される。5N病棟55号室、大部屋4人部屋である、3名が本日入院で白内障である、 差額ベッド料金は取られない。
既往症などを書いて置いた看護データベースを渡し、白内障手術のスケジュール表(上図)を貰う。
11:00より、白内障手術と網膜硝子体の患者約10名で、ロビーでY看護師より明日の手術の説明を受ける。さすが白内障関連は患者が多い。まとめて受けるというのは それだけ患者が多いわけだ。内容的にはスケジュール表に沿ったもの。
この後、病棟の案内があったが、私は入院経験ありってことで省略。

今日は教授回診の日で、13:00から始まった。科目によって教授回診は異なり、眼科の場合、ロビーに患者が集まり、順番で検査室に呼ばれ、 検査室には医局員でいっぱいで、教授が眼球の観察装置で覗き説明する、観察像はモニターに映される。
私の場合、眼球の端部も白く、かなり進んだ白内障とのこと。
担当医師はI先生とK先生、15:30よりK先生による視力などの検査があった。白内障の右目は眼底が見えないので、 超音波による観察を行い、手術後肉眼で眼底を診るとのこととなった。超音波では網膜剥離の有無が判り、網膜剥離はなかった。
散瞳剤で開いた瞳孔は灰色でかなり進んでるのが分かる。
この後、I先生とのインフォームドコンセントに関わる話があったのだが、I先生忙しくて20:00過ぎの話し合いになった。
眼球の模型などを使った話を聞き、一応納得し、ナースセンターにインフォームドコンセントの書類を提出した。

11月9日
手術当日、スケジュール表通り、点滴開始、。
部分麻酔なので、話しているのは聞こえるのだが、内容は理解できない。
ほぼ手術が終わった段階で血のせいか茶色っぽく手術のライトが見え、見える見える。
手術は超音波法で行い、人工レンズは左眼と同じ焦点距離ものを使用。濁った部分が多く予定より時間がかかった。
病室に帰った時は右図のように眼帯をしたまま。少し時間が経って眼の奥に痛みを感じ、痛み止め(ボンタール)を貰う。
15:30よりロビーに10数人集まり、術後の注意などを看護師さんからまとまって聞く。
手を洗ってから点眼薬を使う、点眼の際、上まぶたを触らず、下まぶたを下げてするように、 2.3週間は眼に水が入るので顔を洗わないように、シャンプーは上向きで行うようにとのことであった。
日中は眼鏡をかけ、寝るときはギッター(右図)をかけるようにとのこと。
ギッター 感染症及び手術した眼に触れないことに話がメインであった。なお、酒は控えめにしなさいといわれた。

11月10日
朝食が済んだすぐ後に眼帯をはずし、I先生の診察があり、問題ないとのことで、予定通り退院可。
なお、乱視があるといわれ、乱視ではないはずと話したところ、人工レンズの影響の可能性もあり、 安定してから再度診ることになった。

55号室、網膜剥離Oさん、白内障Iさんも退院、退院予定のISさんは網膜剥離が認められ延長となった。 眼科はどさっと入院、どさっと退院だ。


使用した薬剤
点滴:ソリタT3(ブドウ糖他)、セファミジン(抗生剤、合成セファロスポリン製剤)
検査用点眼薬:ミドリンP(散瞳剤)、ベノキシ−ル (表面麻酔剤)
継続使用点眼薬:クラビット(抗菌剤)、ジクロード(非ステロイド性抗炎症点眼剤)、リンデロン液(ステロイド系)
錠剤:メイアクト100(抗生剤)


トップ

通院
2004.11.15〜

11月15日
 眼科受診、眼科は大体、視力検査→散瞳剤点眼→診察の手順を踏む。
右目の視力はヤマカンを入れて1.2で良好だが、乱視があり焦点が合いにくい点がある。 充血もかなり治まり順調との診断だった。
外国人研修医(?)がおり、小生の眼を彼女も観察。

11月17日
 皮膚科受診、T先生が学会出張でN先生が診察。学会は事前に分かっており、予約の段階でずらされるのが通常で 今回は急なものだったのかも知れない。 なお、N先生は天疱瘡で入院時、4月以降の担当医師だったので安心感がある。
前回(10/20採血)の血液検査の結果が出ており、抗体価は@/B=4/1で、いずれも10以下で陰性であった。
それにも関わらず、症状はかなり治まったものの、未だ一部残っている。
イムラン、ステロイドの服用により皮膚表面の常在菌が活発化し、原因として菌類を考える必要がある。
ブドウ状菌には皮膚の蛋白質デスモグレンを攻撃する種類があり、 それを確認するため、眼の下の部分(と言うより頬)の表面をピンセットで摘み取り、顕微鏡で観察した。 その結果、ブドウ状菌は観察されなかったが、にきびダニ(にきび菌?)が認められ、抗生物質の投与を試みることになった。
(顕微鏡観察:摘み取った眼の下の部分を染色し、10分後には観察できる。)
抗生剤:アクロマイシンV(錠剤)2Weeks服用、ダラシンTゲル(軟膏)。
アクロマイシンはアルロイドGにより低下するので、アルロイドGを中止し、胸焼け続くので、セルベックスも中止し、 胃の薬はパリエットになった。
ステロイドは25mgから22mgに減量。
抗体価確認を含めて採血してもらう。

11月19日
 整形外科受診、何時ものように、診察前にレントゲンを撮り、その写真を持って行って診察を受ける。
予想していた通り、右脚の手術はステロイドが10mgになってからとのことで、それまで脚を大事にしておきなさいとのこと。
なお、骨頭置換した左脚は順調。

11月29日
 眼科外来、視力検査はなく、散瞳剤、眼圧測定用の薬を点眼して受診。
順調で、もう洗顔も可とのこと、ギッターともお別れだ。点眼薬も眼が充血した時に、クラビット、リンデロン液の二種を使用すればよく、点眼薬ともお別れ。
乱視も少し治まって来ており、1ヵ月後には視力も安定するので、次回診察で眼鏡を検討することになった。

12月1日
 S医院で予約しておいたインフルエンザの予防接種を受ける。

12月15日
 皮膚科受診、ステロイドが20mgになる。一応、整形外科の手術があるのでできるだけ減らしてほしいと話したのだが、 そんなには減るわけないので、妥当なところだろう。
前回の採血の結果、抗体価は陰性(2.4/0.7)だった。今回は採血なし。
顔のまだ赤く腫れて残っている部分を掻いてしまったので、かゆみと天疱瘡との関連を尋ねたところ、なんとも言えないとのことであった。

12月27日
 眼科外来、視力検査(1.5)、散瞳剤、そして診察。順調で、手術後現れた乱視は弱くなってるとのこと。 次回の一月末の診察で、眼鏡矯正をする予定で、そうなればすっきりするはずである。
白内障の手術は簡単と言われているが、視力の安定などを考えると、結構時間がかかるものである。


トップ

通院
2005.01.12〜

1月12日
 皮膚科受診、天疱瘡の症状は治まりきらないが、まずは順調でステロイドは18mgに減量になる。
胃の薬も、現在胸焼けなどの症状がないことから、パリエットを中止して、アルロイドGになる。パリエットは特に長期継続服用は好ましくない薬である。
採血あり、次回診察日には抗体価がでるはずである。

1月14日
 整形外科受診、例によって、レントゲン撮影、その写真を持って診察を受ける。
手術した左脚の痛みを話したところ、寒さによって痛むことはあり、自然に解消して行くものこと、 また、右足は壊死部分が潰れて、かなり痛い時期がくるはず。
ステロイド、現在18mg、手術は10mg以下といわれてるが、前回手術した時は1mg、先が長そう。

1月31日
 眼科受診、視力検査し、眼鏡作製用のレシペをもらう。
数値は遠用 右 SPH -2.5D CYL -1.0D AX 60°左 SPH -1.25D、近用 右 CYL -1.0D AX60°左+1.25 P・D 遠用 67mm 近用 65mm
遠近両用にするか、別々にするか、検討の余地あり、いずれにしても通常に見えるようになるか、有難い。
健康雑誌では読書用、TV観賞用、遠用と各種焦点を合わせて作る必要があると書いてあったが、遠用、近用だけで間に合うようである。
一応終了で次回は半年後(左眼の白内障の進行具合も気になるが)。

2月9日
 皮膚科受診、ステロイドが16mgに減少。一応順調。
前回の採血の結果、抗体価は陰性(2.4/0.8)、数値については陰性と言うことで特に厳密には考えてはいない。
「先月から陰性が続いているのに症状が消えないのは如何に」と訊ねたが明確な回答は得られなかった。
一応一ヶ月毎なので今回は採血なし。

3月9日
 皮膚科受診、ステロイドが16mgから15mgに減少。ガバッと減らして欲しいと話したのだが 1mgしか減らなかった。一ヶ月で1mgか、右脚の手術が遠のく、一寸ショック。
以前のデータと比較すると、同じ10mg台の2002年末頃は二ヶ月で1mgの減量だった、 そのスローペースの減量が0mgまで達したのかもしれない。それから見ると今回は速いペースになるわけか。
病棟からの応援の看護師、何時も知った方であったのが今回は知らない方であった、当然、世代が少しずつ代わって行くわけだ。

3月11日
 整形外科受診。担当のH先生、四月から市川の病院に行くとのこと、手術もしてくれた先生でもあるのに、びっくりびっくり!
でも、手術の可否を尋ねる皮膚科への手紙を書いてくれて、場合によっては手術が早くなるかも知れないりそう。右は人工骨頭ではなく人工関節になりそう。
左脚の痛み(膝と太腿外側)、今日は少なく、診察日になると意外に治まってしまう。
次回は誰先生なんだろう、聞くの忘れてしまった。

(3月27日
 障害者交流センターで血圧測定:最高血圧 119mmHg 最低血圧 65mmHg 脈拍 81
 今まで血圧については記載しなかったが、通院ではないセルフサービスの血圧測定も含めてここに記す。)

4月6日
 皮膚科受診、3月の採血の結果、抗体価は3.3/0.7である。10以下の数値は陰性で、この辺の数値は ばらつきの範囲で大きな意味合いはない。健康な人でもこの程度の数値は出るそうだ。
整形外科からの手紙を渡し、返信を書いてもらう。ステロイドの減量が順調で手術に問題ないでしょうとの内容(のはず)。
ステロイドは15mgで継続。

4月8日
 整形外科受診、H先生は市川に行ったので、K先生が担当。新規と言うことで患者当たりの時間も長く、患者3人に1時間程度の 時間をかけており、3時間近く待つ。
皮膚科からの手紙を渡し、早めの手術を要望した。
肝炎・エイズウィルス、梅毒トレポネーマの検査承諾書を書き、入院係りに入院予約票を提出する。これで入院の予約を したことのなる。予約票での入院日数は30日となっている。
入院の前日に入院ですよとTELが来るはず。
当然その前に手術日が決まり、逆算して貯血も始まる。次回診察日はTELで連絡が来る予定である。

5月11日
 皮膚科受診、手術までステロイドの減量による再燃を避けるため、15mgを手術まで継続する。手術の際30mgにし、その後15mgに戻し、 そこから減量して行く方針であるとのこと。
手術日が決まってないのだが..。
前回5週間で問題なかったことから、薬は5週間貰うようにした。
採血と採尿あり。
症状は先月と同じかほんの一寸改善といった感じである。

6月3日
 整形外科受診。
医師の方から連絡が来ないので、自発的に予約外で受診。
雨模様のせいか、思ったより混んでなかった。とはいえ一時間以上待つ。
K先生もこちらから電話しようと思っていたところだとの話。
手術の予定は7/26に入っており、6/30に診察検査し貯血を開始することになった。
春、秋、冬の入院経験はあるが、夏の入院は初めて、それも真夏。医師はエアコンが効いてるので問題ないですよと言ってるが。
手術日がはっきりしたので一安心、手術を歓迎するわけではないが、明確化は安心感を与える。

6月15日
 皮膚科受診。
先月採血の血液検査の結果、肝臓関連、糖尿病関連等異常なし。抗体価は@/B=0.5/3.0、いずれも陰性。
ステロイドは手術まで変更しないということで15mgを継続する。
次回診察日は手術日に近い5weeks後の7/20になった。

6月30日
整形外科受診
午後の診察予定だが、診察前のレントゲンもあり、11時には病院に着く。
レントゲン(胸)、採血(レントゲン写真を持って、うろうろすることになり、採血してからレントゲンに行くべきであった。) →診察、(採血のデータを見て、血が濃いと言われる。ひょっとしたらドロドロ?)→採尿、心電図、肺機能 (肺機能検査は苦手、在職の頃も粉塵関連で肺機能の検査をしたが、息の吐き出しがうまくできず苦労し、それが今も続く)、 レントゲン(股関節、診察前の予定が手違いでここに入った。)、貯血予約→診察→CT予約確認、書類関連→清算。
終わったのが4時半過ぎ。
1年前に比べ、一寸つづシステムが変わって来ている。
書類関連は記入済み傷病手当金請求書の受け取り、天疱瘡と特発性骨頭壊死症の難病更新書類の提出である。

7月6日
 貯血第1回目
貯血担当の先生はI先生、3年ほど前血漿交換を担当してくれた先生である。右腕からほぼ順調に400ml採血。
先週、鉄剤などここ(輸血センター)で処方して貰えるような話だったが、やはり整形外科に行かなければならないことになっていた。
整形外科ではN先生、一年前入院したときにお世話になった先生の一人である。前回の貯血で注射をしたのはやや貧血気味であったからで今回は注射はしないとのこと。前回そうだったのかなと一寸疑問を感じるが、注射がないんだから良しとすべし。
鉄剤は前回とは異なり、フェロミア50mg錠、鉄の化合物(クエン酸第一鉄ナトリウム)で褐色を帯びてるものと思っていたが白色であった。

7月13日
 貯血第2回目
貯血は400ml約5分生理食塩水点滴200ml約20分、30分以上かかる。

7月20日
 皮膚科受診、採血採尿あり。
 貯血第3回目 皮膚科の採血は左腕、貯血の針は右腕。脱針の後10分間バンドで止め、更に押さえの効く絆創膏を2時間貼って置く。

7月22日
整形外科入院


トップ

特発性大腿骨頭壊死症
右脚股関節置換術
入院

7月22日
久々にラッシュの電車に乗り、入院係に9時頃着く。
春、秋、冬は経験してるが、夏の入院は初めてで、それも真夏だ。
IDバンドがここで渡される、これも少し変わった来た例だ。そこの案内係のsさんは以前看護助手で、入院でお世話になったことがある人である。
入院の誓約書を提出する。
病棟の看護師によれば、人工関節の耐久性20年は、人工関節には老齢者が多く、30年40年のデータが少なく20年となっているとのことである。そうであればありがたい。
病棟の主任看護師はお袋の旧姓と同姓同名、ただし、お袋の場合「子」がつかない。
担当医師はy先生k先生t先生、顔を出してくれたのは担当外のy先生であった。
図
人工股関節置換術スケジュール表(図)をもらう。以前(2004.03左脚入院時)のスケジュール表に比べて、離床もろもろが三日くらい早くなっている(載せてはいないが手術日までのスケジュール表もある)。
入院時服用用の薬ももらう。
部屋は10F、ベッドは通路側だが、窓から国立競技場がちょっこっと見える。
 

7月23日
麻酔科、手術に際しての麻酔の説明。ビデオを見た後、医師の問診を受ける。前回はビデオはなかった。全身麻酔と硬膜外麻酔を使用する、麻酔薬が入ったプラスチックの容器を背中にぶら下げるのが硬膜外麻酔である。麻酔承諾書を提出する。
麻酔科の次CTのはずが呼び出しが来ない。おかしいと思っていたら麻酔科に行ってる間に呼び出したらしい。
皮膚科受診、a子先生でお久しぶりの言葉を交わす。20日に採血した血液検査の結果には、貯血中でやや貧血ではあるが問題なしとのこと。その後、腰部のCTスキャンと立つ姿勢での腰部のレントゲン撮影。立ち姿勢での腰部レントゲンは初めてである。
pm4:35地震あり、震度4、久しぶりにやや大きい地震、10Fのここで地震に会うとはびっくりである。
全エレベーターが回復したのは7:30過ぎであった。
k先生が顔を出し、明日午後8:00過ぎに手術についての打ち合わせをすることになった。

7月24日
皮膚病棟のaさんを訪れ、我が病棟(?)に案内する。
病室から見晴らしなど四方山話をする。家族は8月半ばに見舞いに来られ、子供たちに会うのは一ヶ月半ぶりになるとのこと。
夜、カミさん、次女が同席してk先生との話し合い。 所謂インフォームドコンセントである。
要点を記すと、
耐久性について、一概に結論付けられない。材質、取り付け位置角度、生活スタイルによって異なって来る。旧タイプでも30年もった例がある。
骨頭のみか関節になるか、開かないと判らない点があるが、関節になった場合、コンピューターナビを併用し、より正確な位置に置換する。
血栓防止の重要性。2,3ヶ月までが脱臼しやすい。
以上である。
手術4日目の離床、前回(7日)より早くなった。これは病院によってそれぞれであり、患者の状態にもよる。
骨頭の場合、「胞(?)」を残し、置換後縫い合わせる。一方股関節置換の場合「胞」を切り取って置換する。骨頭の場合脱臼しにくい。
手術時間、股関節の場合、実質2時間20分。
。 状況によっては関節ではなく、骨頭の置換になる場合もある。コンピューターナビは関節の場合に使用する。関節の場合、微妙な位置角度が重要になる。
骨頭に比べて関節の方が脱臼し易い。
手術の同意書とCTでのヨード造影剤使用の同意書を書く。

7月25日
ロビーでの採血、ロビーに採血専任担当者が待ち構えており、患者10人くらいが集まって採血、これも以前にはなかったやり方だ。
前日書いた同意書を提出。
麻酔科、看護師、医師それぞれが話しに来る。麻酔科は前回より更に丁寧になった。前回の手術で痛みを感じなかったと話した。
眼科受診、左眼はかなりぼやけて見えてるんだが、視力は0.9なので手術はまだまだとのことで、次回診察は半年後で1月。 aさんに天疱瘡の治験についてに書類を見せてもらう。
月曜日以来の便が出る。
明日の午後の手術に備えて、剃毛、シャワーも浴びる。飲食は21:00まで、amの手術でもpmの手術でも同じ?
今回は車椅子の練習などなし、二回目だからか(この病棟も)?

7月26日
aさん顔を出してくれる。
手術!浣腸もし準備万端!
以前とはシステムが異なり、車椅子で手術棟に行きそこで麻酔をかけられた後、尿管を挿入する。
前回まではストレッチャーに乗り、エレヴェーター、長い廊下を通り、如何にも手術室に行くって感じだったのだが、それはない。
麻酔は全身麻酔と硬膜外麻酔を併用するが、先に後者を設定するが、一寸手間取っている。
台風7号夕方関東地方上陸か?
・・・・
手術は股関節置換となり、手術時間は2時間20分、前後を含めて4〜5時間。
使用血液、貯血分400ml、出血400mlのうち200ml回収使用。
・・・・
酸素マスクで口腔が乾く。

7月27日
陰洗、7/30の尿管を抜く日まで続く。
酸素マスクはずす。
教授回診、久々に大先生のご尊顔を仰ぐ。
血栓防止のため脚に巻いてある包帯(?)に替えて弾性ストッキングを履くが、圧迫感強過ぎるので翌日には包帯に換える。ふくらはぎの周りを巻いてあるのも同様の役割で時々膨らんでふくらはぎを圧迫する。
包帯 ストッキング 酸素濃度96%と低く、鼻に細長いチューブ(鼻カニュラ?)を入れて酸素吸入始めるが、測定誤差だったのか、すぐ止める。

7月28日
CPMを始める。40度1時間、45度1時間。
夕食、うなぎが出る。そう言えば土用の丑の日か。
pm7:15地震都内震度3
今回はおならのことを聞かれない、聴診器でお腹を診て十分ということなのだろう。

7月29日
朝aさん顔を出す。
抗生剤の点滴を至急終えて、CTスキャン、例によってヨード剤か、熱っぽくなる。 CPM後、エコーを受ける。血栓はなさそう。CTスキャン、エコー共、ストレッチャーで行く。
ドレインはずす。
ドレイン 尿管 麻酔容器 背中の麻酔はずす。はずすと痛みが出ると思っていたが、そのようなことはまるっきりなかった。中身が空っぽになってるのでとっくにこの痛み止めは終わっていたわけなのだろう。
麻酔剤は白い網袋の中のプラスチックの容器に入っている。前回、網袋は無かった。 中央が尿管とドレインのチューブ、右端が暗くて分りにくいが尿とドレインのバッグ。

夜中、外転枕をはずさないように注意される。

7月30日
抗生剤の点滴は昨日で終わり、今日から錠剤の服用、フロモックス毎食後一錠ずつで、整形外科で出る薬はこれのみ。
初車椅子でリハビリ科受診、i先生。療養室は休み。
身体清拭の後、尿管抜き、T字帯、寝巻きをやめ、通常のパジャマスタイルになる。
CPM50度1h、60度1h。手術以来の通じ2回あり。
通じもあり、さっぱりしたはずなのに疲労感が残る。

7月31日
CPM90度2h、休日静かなり。

8月1日
CPM75度1h、80度1h、
昼食はうどん、具など、これは変わらないなあ。
リハビリ科リハビリテーション、担当は一年半前と同じ薩摩おごじょのi先生。「Tシャツ裏表反対だ!体重増えたじゃない」と挨拶を受ける。
夜、神宮花火大会、この病棟から全然見えないよと言われていたが、まさにその通り、音と空が赤くなるのが見えるだけ。 

8月2日
ロビーで採血、 CPM85度1h、90度1h
リハビリで、手術した右足に約20kg荷重をかける、リハビリの終わった足で明日の教授回診のためのレントゲン撮影。
車椅子、昼間用仮免出る(夜間は看護師立会いの下、乗降する)。

8月3日
CPM95度1h、100度1h
リハビリは今日は休みで土曜日の実施となる。
教授回診、順調。

8月4日
CPM105度2hs、リハビリ科は1/3荷重で今週いっぱい続く。
義叔母が見舞いに来る。この病院に一番近い親戚だ。

8月5日
採血
a氏の家族が顔を出す。子供は小学生、実に可愛い。私自身子供がこのような年齢の時、何をしていたんだろうなと思ってしまう。
CPM110度1h115度1h
看護師のuさんの介添えでシャンプーをする。ストレッチャーに乗ってではなく、頭を下げて普通の形、次回から自分一人でできそう。
特発性骨頭壊死症の個人調査票やっとできた。
フロモックス、今日で終了。

8月6日
CPM120度2hs、120度をあと二日続けてCPMは終了。
リハビリ、右足に30%の荷重をかけ松葉杖で歩く。来週一週間は50%荷重である。
暑い中、田舎からカミさんの姉達見舞いに来る。全員ではないが久しぶりの姉妹会になるのだろう。
その後、会社で同僚だったu氏が見舞いに来る。しばし、会社の話題に話が弾む。 あの人はどうしたこうした、と。
その後、a氏も来室し、天疱瘡に話が弾む。

8月7日
日曜日だが、CPM120度2h、CPMは明日でおしまいだ。
s家夫妻、長女家族、見舞いに来る。その後、カミさんとそのすぐ上の姉が。

8月8日
CPM120度2hs、これでCPMは終了。
リハビリに行く途中、aさんの病棟に寄ったら、aさんとazさんが話しており、それに加わり、天疱瘡談義になる。azさんは小柄も小柄で、体力も改善に関係ありそう。
症状は私の入院時に近そう。
リハビリは今日まで1/3荷重で、明日から1/2荷重。
身体を拭きシャンプーもしてもらう。

8月9日
朝、7:30、ロビーで採血。
午前中、身体を拭く。身体を拭くのはほとんどがアルバイトさんの仕事である。前回の入院までアルバイトさん自身を見ることはなかった。これも変化なのだろう
リハビリ、今日から半荷重、有難迷惑だろうが、見学を兼ねてaさんを誘って行く。
リハビリの後、レントゲン撮影。

8月10日
スペースシャトル、ディスカバリー帰還、話題になっていた野口聡一さんも無事帰還。船長はコリンズ船長で女性なのだ。女性の船長ももう珍しくないのか、話題にもならない。 抜糸、一寸ピリッとするが順調、左上の矢印がセンサー挿入口、右の矢印はドレイン口である。
後日傷口を測ったら12.5cmだった。
明日からシャワーが浴びられる。
抜糸
教授回診。かってお世話になった脊髄のt先生にもお目にかかる。
回診後、t先生にレントゲン写真の単なるコピーが欲しいと話したところ、写真の観察台でデジカメで撮るのが良いとのことだった。一応お願いしておく。
カミさんと次女、洗濯物などを持って来る。文藝春秋を買う。

8月11日
朝、早速t先生にレントゲン写真をデジカメで撮ってもらう。
手術前 手術後 術後部分 部分
写真左から手術前(前回の手術で左脚は置換した骨頭が写っている)、手術後の両脚、右脚部分、右脚の上の部分、順である。

今日シャワー浴びれるはずだが、シャワー室は隔日で男女使用になっており、明日が男子で一日延期。今日は身体を拭くことにした。
家からメールあり、tリハビリテーションセンターより、入院の連絡が入ったので至急病院に行くとのこと。病棟からの連絡より速い。
カミさん、次女が来院して、詳細を詰める。
夕刻、看護師長のsさんが見えられ、tリハビリセンターについて相談する。

8月12日
午後皮膚科を受診する。t先生による第一診察室での受診である。tでは7/20に貰った分を服用することになった。tのk先生への手紙も書いてもらう。
術後初めてのシャワーを浴びる。当然看護師さん立会いの下である。
実にさっぱりし、一歩改善。
aさん来室し、aさんの病棟にタレント(?)のfのお母さんが入院して、fが看病に来てるって!。

8月13日
TVではお盆の渋滞を放映してるが、病院はリハビリなどもなく、静かなる土曜日。
車椅子でaさんのところに顔を出す。来週土曜日退院になりそうとか。

8月14日
サッカーナビスコ杯あれど、埼玉TV映らず見られず。なお病院のTVは地上波のみで見る番組が少ない。
対清水(埼スタ、1-0でレッズの勝ち。

8月15日
60年目の終戦記念日なれど病院の日常も重々しく流れて行く。
クラークのnさん入院費の概算を持ってくる。
リハビリ、片松葉杖、杖での訓練をする。
杖で外を歩いたが、暑い。娑婆の空気は冷たいのではなく暑い。
術後、硬く少量だが毎日通じがあった。何回かの入院で初めてのことであった。

8月16日
リハビリ、自分の杖を使っての歩行練習。少し杖なしでも歩いたが、かなり身体が傾く。
地震、震源地は宮城県(震度6?)だが10Fの病棟はよく揺れる。
カミさんと次女が訪れ、今日中にすべて清算し、荷物もカバンに詰め、明日朝すぐに、伊豆のリハビリ病院に出立できるようにした(はず)。
田舎から送られた桃を持って来たのでそれを食べる。
午後、aさんのところに別れの挨拶に行く。
また、就寝前、aさんが挨拶に来る。

8月17日
7時前に同室者に転院の挨拶をし、ナースセンターにも挨拶するつもりでいたが、ナースコールがあったのか誰もおらず、急いでもおり、スタッフには黙って病棟を去ることになってしまった。
何か夜逃げのよう。


トップ


右脚股関節置換
リハビリテーション
入院

入院記録と云うより入院日記である。

8月17日
リハビリテーションセンターへ転院の日。
朝6:30頃、最後の荷物を整えてるところ、カミさん、次女が迎えに来る。
玄関でk君の車に乗り込もうとするところに、散歩の途中だったのか、aさんに会い、また、別れの言葉を重ねる。 伊豆までは熱海近辺の海辺を通り、山を越えての道で、海を見たのは何年ぶりになることだろうか。
病院に着いたのは10時頃で、制限時間の11時には十分に間に合った。
入院手続きをし、505号室に入る。診察、病棟案内で今日の一日が終わる。明日は検査があり、リハビリは来週からになりそう。
入院患者はリハビリを受けるだけあって、重い人(脳卒中)が多い。

8月18日
朝6時に天候、検温などの放送がある。
病院の場合、パジャマで過ごす人が多いが、ここでははっきり着替えるようになっている。
目が覚めてるので朝6時頃に採尿、採血も行う。夜勤の看護師の松戸さんが採血、大きいシリンジに採血し、3本に小分けする。
病窓の風景、朝霧の中の山川、昨日までとの落差大。
カミさん、次女帰る。
夕刻、リハビリ担当者のa先生の検査等を受ける。ここでも今までの病歴を訊かれる。我ながら説明がへただなあと思ったりする。
明日からリハビリが始まる。11:00から1時間の予定。
この病院のナースコールは「乙女の祈り」。
薬説明書
右図はこの病院で服用した薬、今では錠剤の写真付きの説明書が渡されるようになっている。

8月19日
サナトリウム、今はそういうようなものはないのだろうが、何となくその言葉が浮かんできた。 魔の山。
PCのネットが使えないので、いい加減なメール一日何十通と来て、何十日分も溜まる。すごい量になるなあ。
転院以来通じあり。
10:00からo先生の診察、血液検査で中性脂肪が150で高い(上限130)以外は問題ないとのこと。
11:00からリハビリ、前の病院とはかなり異なった方法である。
食堂、今日から指定席、窓際だがこれも良し。食事は重症者以外食堂で食べることになっており、人数が多く、入院新人は皆が食べ終わった後、二番手で呼ばれて食べることになる。退院者があり一番手に入ったわけである。

8月20日
リハビリは土曜隔週で今日は休み。自己流リハビリ(右膝を上げる、両足を広げる)を実施する。
シャワーを浴び、洗濯もする。入院しての洗濯は全く初めてである。
TVの天気予報、東海北陸とまとめられており、加賀地方能登地方の予報に一寸懐かしさを感じる。霊南霊北の言葉にも。
505号室、5名患者がいるが、最重症者と最軽症者が別になってる感じ、なお、最軽症者は自分。
前の病院のaさん今日退院したはず、子供達の笑顔に囲まれているのだろう。

8月21日
朝、晴れてると思ってたら、雨、慌てて昨日乾した洗濯物を入れる。すぐやみ青空が見えたと思ったら、そのうち雷も鳴る。伊豆の天候は一寸違うようだ。
さすが日曜日、家族の訪れる患者が多い。
自己流リハビリをする。

8月22日
看護師のxさんに「なじんでいますか」と訊かれ「まだまだ}と応える。
午前のリハビリの後、「プールでのリハビリをやりませんか」と訊かれ、「やります、やります」と応え、午後20分間やることになった。今日は初日で軽く歩くだけで15分にしたが、結構疲労感が大きい。なお、プールはこれから毎日続く。
水着は家族に買って貰ったMのサイズでぴったりだった。
プールのせいか、その後飲んだ冷たい伊右衛門茶のせいか、夕方腹痛を感じトイレに行く。やや軟らかい便が出た、それだけ。
朝昼の食事は二種類から希望が出せることなので、来週分の希望を出す。
今日の夕食はマーボー豆腐にギョーザ、前の病院にはないメニューである。

8月23日
NHKの今日の健康20:30「ペインクリニック」で帯状疱疹が取り上げられ、後(ご)神経痛は10%程度とのことであり、後神経痛には抗うつ剤抗けいれん剤が有効とのことである。要するに痛みが残るのではなく、痛みをコントロールする部分に変調を来たすようである。

8月24日
朝、洗濯する。天候が怪しげなので朝乾し、パジャマは一部未乾燥だが夕方取り入れる。
505から502号室に引っ越す。502はナースセンターより更に遠い6人部屋である。なお、真ん中のベッド。
505号室同様、全員が脳血管系疾病である。
505のiさんは修善寺の特養桃杏荘(?)に行くようだ。子供はいても配偶者がいないと寂しいものである。

8月25日
リハビリで、踵を先につけて指で蹴るようにして歩くようにと、基本を学ぶ。
プールは今日から20分間入ることのした。
台風11号今夜接近、病窓風雨吹き荒れる。

8月26日
11号、伊豆を一寸はずし、千葉に上陸、病窓は台風一過の風景。
このベッドからは狩野川の瀬の音が雨の音のように聞こえる。
部屋のhさんが外泊で、静かであるw。

8月27日
23日以来通じがなく、昨晩便秘の薬(プセリド?)服用したところ、夜中に水と一緒に睡眠剤を服用時、便意を感じ、ちょろっと出る。
隔週土曜日のリハビリは午前中の実施で、ストレッチングはなしで自転車漕ぎを始める。
プールも午前中、昨日今日と一人だけ、なお、一昨日までは三人前後。
シャワーも浴び、洗濯もする。毎日プールに入ってると何時シャワー浴びたのか定かではなくなって来る。
兄より手紙が来る。

8月28日
カミさん、長女家族来たりて外出す。
新聞、菓子、DVDの差し入れあり。
修善寺駅でPHSに繋ぎ、HPのBBSの不適当な書き込みを削除する。メールもチェックする。
その後、西伊豆スカイラインをドライブし、戸田、土肥の海を遠くから眺める。やや曇っていたのが残念、標高900m、結構高さを感じる。西伊豆高原と言うのも的外れではない。
magoクンは相変わらずである。何時になったらjiiと言ってくれることやら。
兄へのはがきを書き、投函するように妻に頼む。
後から気が付いたのだが、病院の玄関前にポストがあった。

8月29日
magoクン等、今日観光して帰るはず。
午前中、1.5時間のリハビリ、結構応える。午後のプールは2名。
一寸間食する、カミさんの持ってきてくれた菓子がプレッツェル、それもオーストリア製なのだ。
明日からの薬はこの病院でのもので、成分は同じでも名称が異なるものが処方される。プレドニゾロンはプレドニン、ベネット錠はアクトネル2.5mg、イムランはプレディニンである。楽なことに朝昼夕、その時服用するのがパックにまとまっている。
夜、花火の音が聞こえる。今日外泊から戻ったhさんによると、妙徳寺(?)(下の神様、失禁のお守り)の祭りの花火だそうだ。

8月30日
リハビリのi先生に靴下を履く道具を見せて貰う。2〜3千円のものはやや丸みの帯びたプラスチックの板に紐のついたもの、もっと高いものもある。女性がストッキングを履く場合必要かもしれないが、特に必要性を感じず、値段も高い。
リハビリで一寸外を歩く。外は良い。
自転車こぎで隣の婦人と話し、「信濃町の病院は人が多く、小さな町みたい」と聞かされ、「確かに」と応える。
mの持って来てくれたDVDを見る。J1の前前節だったかのレッズ対神戸戦の録画である。新外国人ポンテは素晴らしい。なお、試合は引き分け、神戸も強くなった。 昨日眼鏡を尻に敷いて壊した件で家に電話すると、昨日magoクンが風邪をひき、早めに帰ったが都内は渋滞で大変だったとのこと。
おーいmagoクン懲りずに来てくれ。
hさん「てんぐさ採りの季節だなあ」と話す、この地域の季節を感じるなあ。

8月31日
洗濯、シャワー。洗濯物は屋上に乾す、まあ降らないだろう。
PHSが使えないので1000円のテレカを購入する、コーヒー用の砂糖も購入。
看護師に「衆議院選挙の不在者投票をしますか」と訊かれ、「誰が立候補してるのかも判らないので今回は遠慮する」と伝える。

9月1日
昼近く、川沿いを軽く散歩する。せせらぎと蝉の声、少年の頃を思い起こさせる川の風景である。釣りする人々も風景なり、糸先に鱗輝く魚があり、友釣りなのだろう。一寸汗ばむ。
プールで片足立ちすると、右ひざと左脚付け根近くが痛い。
日曜日の外出届提出、昨日洗濯したのものの取り入れ、ボールペンの購入。
録画したDVDで再生不可のものあり、デジタル放送を録画したので再生不可なのだろう。

9月2日
朝、部屋の中でこおろぎの声が聞こえる。確かにこれを書いてる夜、虫の声が聞こえ、秋を知らさせられる。
脚の痛みについて、PTのa先生に話し、定期診察のo先生にも話したところ、湿布薬が出た(経皮吸収型鎮痛消炎剤 フェルビナクP「EMEG」救急薬品工業製、エーザイ販売)。病院で湿布薬を貰ったのは初めて。
病院柄、病室でPT、OT、STの言葉が飛び交う。PT(PhysicalTherapy)が理学、OT(Occupational Therapy)が作業、ST(Speech Therapy)が言語のトレーニングを表わす。
夕方、災害訓練、場所柄東海沖地震を想定したものだが、ほぼ1時間かかりる本格的なものである。

9月3日
朝の陽射し病室の奥まで入る。
病院のTVは地域でアンテナを立てて受信しケーブルで流しているもので、病室設置以外のTVは使用しないように言われている。たまたま教育TV(ch3)などが「受信してません」の表示が出る時がある、何かの調整中なのだろうがこんなTVは珍しい。
5Fで始めての自主トレ、洗濯、シャワー、クリープ購入。

9月4日
朝、サイレンが鳴る。この地域の防災訓練である。さすが東海地区。
午前中、自転車を入れた自主トレ。
カミさん、次女来る。10時頃で早くてびっくり。
介護保険の更新について、主治医を手術した病院にするのか、ここにするのか、どうなるんだろうと心配していたが、看護婦の関野さんが「この病院のハンコ(住所、病院名、医師名)押しますよ」と、なんの心配もなかった。
昼三人で、修善寺駅前の「紅ほうずき」で蕎麦を食べる、細い蕎麦である。PCのチェックもする。雨が降り出したのでMcでカフェオレを飲んで病院に帰る。
眼鏡の修理は保障期間内の可能性もあり、持って帰って浦和の「和真」でしてもらうことにした。

9月5日
前の病院では朝食に納豆が時々出ていたが、ここでは薬との反応性で出ることはない。
今日は血圧と体重を測る日とのこと。体重62kg、一寸多い。
台風16号九州を目指して北上中、その影響を受けて、伊豆も雨、明日も雨の一日になりそう。
ステロイドは血液の流れを悪くする副作用があるので、脳梗塞の副作用もあるのではないかと看護婦の関野さんに尋ねたところ、副作用としてあるが、特別多いと言うわけではないとのことであった。
隣のwさんからミカンをもらう。

9月6日
カミさん、次女、昨日雨の中、天城峠のトンネルに行ったそうだ。雨の中でも良かったとか。
一昨日持って来た梨を三人で食べる。
修理の眼鏡と介護保険の更新の用紙を持って帰る。
土産の温泉饅頭2個、家族が帰った後、食べる
。 鼻の辺りの違和感から風邪の可能性がありそうなので売店でリポDを買って飲む。

9月7日
台風16号日本海通過中、午前中雨の合間に、晴れを見込んで洗濯したが、雨風強くなかなか乾せず、治まった午後4時過ぎに乾す。夜雨降らないでくれ。
今日からレンドルミンよりも効果的な睡眠剤DORAL(ドラール)15mg錠を試すことになった。
3錠もらい、良ければこれに変更する予定である。

9月8日
ドラールの効き具合はいまいち不明。11時に服薬し、入眠したのは12時過ぎ、4時過ぎに覚醒した。
今晩も試す予定である。
台風一過、まさに青空、結構暑い一日だった。

9月9日
ドラール、まあまあか。
定期診察日、先週より力が付いてきたと言われ自分でもそのような気がする。なお、杖なしで歩けば、右足が痛いのでまだまだである(膝の上下が痛む)。
顔も締まってきたと言われ、一石二鳥と応えたが、よく見れば余分な脂肪が多く外交辞令であったか。
病室で女性の言語障害が少ないと、話題になり一度医師に確認の必要あり。

9月10日
土曜日、隔週のリハビリでプールは私一人である。会話したりするわけではないが、一寸さびしい感じがする。
ドラール錠まあまあと言うことで10錠貰う。
川岸は殺虫剤を撒いたとかで散歩ができない。
hさんは完全に風邪をひいたようだ。私も数日前より不快感がありリポDを今も服用中である。
久々も久々、NHKの地上波でレッズ対大分を放映、食事時間の関係でロスタイムまで見なかったが、1-2の負け。
病院では誰も見てる人がなさそうで、レッズもまだまだ、サッカーもまだまだ。

9月11日
ドラール錠継続、電波状態が悪いせいもあり、ラジオ深夜便とも縁がなくなった。
家より修繕した眼鏡が送られてきた。リポD、テッシュペーパーなどが同梱。
なお、視力も安定して来てるようなので、退院後遠近両用を作成の予定である。
さいたま市の話では介護保険の更新の認定は伊豆市ではやらないとのことで、 外泊か退院後、さいたま市で認定を受ける予定にする。同室者の話によれば伊豆市は複雑そうである。
川沿い散歩して、釣り人多けれど、釣上げの図は見れないものである。
担当看護婦のsさんは明日から5日間夏(?)休み、ゆっくり休んで下さい。
大相撲は入院中の見物なのだが、夕食が6時10分前には始まるので、横綱、大関の試合を観ることができない。
今晩は衆院選挙速報で就寝は遅くなりそう、と思ったが大勢がすぐ分かり、TV見る予定全く無し。

9月12日
リハビリ等順調にこなす。
兄より手紙来る、叔父の心臓手術の件、9月4日の墓参りの件、幼児の思い出、などなど。
mさんのお母さんは伊勢湾台風で亡くなられたそうだ。私が中学生の頃だ。なお、hさんの兄弟子は狩野川台風で亡くなられたそうだ。

9月13日
兄に返信出す。
トイレの帰り、mさんから脚の音がスムーズになってるとのこと、かなり改善されたかな。mさんは目など不確かだが、耳は確かである。
会社OB(この4月定年)のnさん見合いに来る。入院は知らせてなかったのだが、中野さんの方から連絡があっての見舞い。車で1時間くらいで来れるとのこと。
定年後の話が話題になる。現在特に仕事はしてないとのこと。時たま家庭菜園をやるとのことで、これが健康に一番かも知れない。

9月14日
PT、散歩、プール、シャワー、洗濯、まさに日常なり。なお、散歩は外へ、橋のところまで行く。違反?。

9月15日
湿布薬減ってきたので、更に3袋貰ったが、塗り薬のも使い易いとのことで塗り薬ももらった。成分は同じとのことだが、サリチル酸メチルが主成分で三笠製薬製で商品名は「スチックゼノールA」である。

9月16日
ドラール錠を継続しているが、レンドルミンよりは良さそう。
ここに入院して、丁度1ケ月、丁度診察日でo先生の診察があった。膝を上に上げる筋力は向上しているが、更に必要。脚を広げる筋力は弱く、この向上も必要とのこと。
明日から3連休だが、明日の午前中、PTとプールがある。

9月17日
十五夜、満月である。一応デジカメで撮影。夕ご飯で団子が出るわけではなかった。
夜、hさんmさんと天ぐさ、水羊羹の作成に話題がはずむ。料理教室である。
なお、wさんが入ると下田の御用邸が話題になることが多い。話は別だがwさんによるとツイカズラの煎じ薬はイソジン並みの効果があり、リウマチにも効果があるとのことである。

9月18日
朝、散歩し、橋のたもとの釣宿の看板を見たら、おとり600円、釣料金1600円、駐車場600円、それなりの金額だ。そう簡単には趣味にできない。
十五夜、今日だって、騙された。それでも満月文句言うことなし。
hさんは70歳になれば医療費が安くなるのに、早く病気になりすぎたとぼやいている。

9月19日
wさん何時も20分着替えられのが30分かかったと嘆いている。一方食事の選択(朝夕の食事は○を付けて選べる)の○が枠内に書け、きれいな○だと安心している。

9月20日
朝、曇り空、秋の観強し。あちこちに彼岸花が見える。
病院の食堂の氷を使いアイスコーヒーを作る。
オオタカ青年のキャラメルにハギワラ老人涙する。
hさん29日退院?

9月21日
一寸風邪気味か、のどがいがらっぽい。プールは休まなかったが、自主トレは自主休業。
明日からmさん3泊の外泊、明日の午後は担当医師、PT,OT,STのそれぞれの先生、ケアマネ、工事請負人、奥さん、本人、で自宅の改造計画を確認するとのことである。なお、これが退院の前提になるとのことである。さいたまにはこのようなシステムはないのではないか。
wさんyさんも明後日から外泊の予定。

9月22日
採血、採尿。
mさん帰宅外泊す。25日は帰ってくる予定。病院に「帰って来る」、どういうこっちゃ。

9月23日
風邪、のど不調続く。今日から三連休だが、自主トレも抑え、休養とする。wさん、yさんも外泊。

9月24日
風邪、昼に37℃を一寸超えた。ほぼ一日中寝てる。

9月25日
カミさん叔母さん来る。ハンバーガーを食べ、くずもちも食べる。久々の大食い。風邪も吹っ飛ぶか。
叔母さんはトレーニングに通ってるとのことで前よりスマートになっている。

9月26日
朝、38.6℃の体温、当然リハビリは休む。
ステロイド服用以来の感染症だ。危険。
カミさん、叔母と外食の予定もキャンセルする。
特別の服薬なく、水枕だけだが夕方には平熱近くなってくる。

9月27日
下剤は飲んだが、眠剤は服用せず朝(4時頃?)まで眠れた。
熱も下がり、午前中のリハビリのみ受ける。疲労感はやや強い。 なお、PTのa先生は今週は夏休み、ストレッチングは省略される。
午後、会社OBのNさんが見舞いに訪ねてくる。大仁に用事があったので、寄って見たとのこと。家庭農園もやっており、充実している様子。若干話題が会社のにも及ぶ。
会社辞めたら、血圧も下がり、胃潰瘍も治ったような様子である。
久々にシャワーを浴びる。
のどはいがらっぽいのでトローチをもらう。

9月28日
残ったくずもちを食べる。プールで測った体重は増えていない。
クラークさんに保険関連の書類を提出する。クラークさん笑顔が素敵。
兄より手紙来る。s叔父さん、心臓術後順調なようす。車椅子に関する勘違いの記載もあり。

9月29日
兄、magoクンに葉書出す。
hさん退院す。その後には別なwさん。それが同室のwさんの親戚とのこと、まさに伊豆県立病院だ。
風邪は治ったようなそうでないような。なお、リハビリ、プールは続けている。

9月30日
o先生の診察日、脚を上にあげる力、伸ばした脚を曲げさせまいとする力、両膝を開く力、いずれも上昇しているとの診断。右手の握力(37kg)は前回に較べて低下、これはたまたま、前回が良すぎただけだと思える。
診察の項目は何時も以上の4項目である。
退院について話してみたところ、10月いっぱいの風であった。なお、本人家族が望めば早期の退院も可能とのことであるが。
風邪(?)、長年の経験によれば、右鼻の下にデキモノ状のものができ、もうすぐ終息のようす。

10月1日
ついに10月、秋だああ!
午前中、橋の向こうまで散歩する。青さぎが一羽川岸の岩の上にジーッと立っている。

10月2日
朝6:10分頃、山の端に日の出が観察できる。散歩に出て秋の小景をカメラに収める。
1,2週間、ふけが多いなと思っていたら、左右の眼の間に白くふけ(かさぶた)状のものが剥がれてくる。落葉状?まさかと思うが。

10月3日
やや暑いが秋らしい晴れた一日、PTのa先生休み明けで出院(?)。自転車を負荷50W20分にアップ。
今日は全員の血圧体重測定日、体重、着衣で62.6kg、血圧108/60。

10月4日
プールに体重計が新設になった。入る前の水着だけで60kg、ウーム減っていない。
減量も大事だが筋肉量が重要な段階。
予報に反して晴れ、一寸洗濯する。
散髪をしたいとは思うが。
ついこの間出した傷病手当金の申請書類ができてきた。速い。

10月5日
終日ポツリポツリの雨、秋である。
身体を横にして脚を揚げるリハビリ開始、ばね台を高くしたら効果大。

10月6日
一昨日昨日と服用し続けた下剤プルゼニドのせいか、昼からトイレ通いが続き、プールは休む、自主トレも。
但し、シャワー、洗濯を実行。
hさんが外来で来院し、病棟にも顔を出す。入院中写した写真をもらう。
mさん出張歯科の治療を受ける。患者は少なく、ボランティアとしか言いようがない歯科医である。

10月7日
特別散歩もせず、午後小雨降る秋の一日。
o先生夏休みだった。忘れてた。

10月8日
病室で伊豆の土産が話題になり、花豆、ヤーコーン、干し椎茸、天草に尽きるとのことだが...。
aw氏外泊。

10月9日
小雨、magoの運動会どうなってんだろう。ビデオなどちゃんと撮ってるんだろうな。
とんびが一羽ゆっくりと舞う。
wさんの奥さんヤーコーンを持参したのでmさんと一寸食べて見る。見た感じはできの悪いサツマイモのようだが、生で食べれて梨に近い味わいがある。

10月10日
昨日に続いて小雨続く。
wさんの親戚が見舞いに現れ、伊豆の椎茸(乾し)は特に美味しいとの話をしていた。
今日の治療薬2005年版を読むと、「ステロイドの特に注意すべき副作用、高頻度、重症化しやすいものに脳梗塞」が記載されていた。
前の病院で天疱瘡のaさんと話してたのだが、aさん私にも共通するなみだ目もステロイドの副作用なのだろうか。
便秘なので昼から下剤を飲む、昨晩も服用。
血圧100/60。

10月11日
PT、今日から5Fでやることになった。先生は同じだが道具が少ない。
セラバンド(緑)と歯ブラシ、パックのほうじ茶を購入。
hさん退院。

10月12日
杖なしで歩いてa先生より80点?もらう。
風邪はほぼ治ったがイソジンをもらう。

10月13日
薬2週間分もらう、退院2週間先?!。
伊豆のこの近辺にイノシシ、シカの多いことが話題になる。イノシシは美味いまずいが多いとか、シカは獲り立ては刺身が美味いとか。
別なwさんよりサツマイモをもらう。
「さつまいも、食べて退院の、日近し」
かって、突然、歯茎の痛みからミゾオチへの痛みの連動をHIS(昨年の8/12の日記に記載)として時たま記していたが、この入院時その痛みを感じることがない。NHKで放映していたけいれん性狭心症に近いものだったのかもしれない。
最近その症状がないのは、リハビリで運動しているのが作用しているのかも知れない。

10月14日
看護婦さんに手術の傷の長さを測ってもらう。右12.5cm、左傷跡は薄くなってるが、14.0cm、術式の違いだろう。
o先生の診察あり、予定通り、かなり良くなっている、家族と退院について相談するようにとのことであった。

10月15日
午前中晴れていたので洗濯、ところが、夕方雨に降られて乾燥機を使用したが、乾燥不十分で部屋に乾す。
乾燥機の機能は期待以下で、前の病院でa氏が言っていたな。
AM6:22血圧105/76脈64/機器測定,AM6:23血圧107/75脈63/機器測定

10月16日
病院で出張散髪、理髪師は70歳くらいのおばあさん、例によって剃刀は使わず、なお、シャンプーはなしで自分でする。
隣のwさんより、ゆでたサツマ芋と紫芋をもらう。紫芋はまさに紫、黒いくらいである。家族にも一部食させる。
今日から明後日まで観光外泊、湯ヶ島温泉白壁荘、バリアフリーに配慮がある。
井上靖の猟銃の原稿が飾ってあるなどして文学的雰囲気がある。

10月17日
雨、小雨である。
次女が修禅寺を見たことがないとのことで、修善寺に行く。ところが修禅寺は大修理中で幕に覆われ見ることができなかった。カミさんと娘が源頼家の墓を見に行く。
昼は修善寺駅前でラーメンを食べる。久々のラーメン、美味い。
留守中、同室だったhさんが来られ、ミカンを二つ置いて行かれる。

10月18日
朝から雨。
タクシーで観光を兼ねて、天城トンネル、旧街道を観る。
途中、わさびソフトクリームを食べる、意外にい美味しい。
昼近く、病院に戻り、手前の橋のたもとの喫茶店「オリーブ」で昼食をとる、ピザとコーヒーこれも実に久々のものである。
店の人がおばあさんの薬をもらいに行くとのことで、病院まで送ってもらう。
magoクンより葉書がくる。運動会が中止、残念!

10月19日
久々の外泊の影響か疲労感を感ずる。
最後から2回目になるはずの洗濯をする。洗剤600g近く使い、後一回分残すのみ。2ヶ月で洗剤は600gほど使うものなりの結論を得る。なお、病院で自分で洗濯するのは今回入院が初めてである。
  厚労省による平成17年度「受療行動調査」があり、応えて調査票を提出する。
wさんよりサツマ芋、紫芋に加えて次郎柿も頂く。

10月20日
リハビリ順調、ptのo先生に26日退院の予定を話す。来週月曜か火曜に身体状況の最終チェックをすることのなった。
担当のo先生にも会ったので直接退院のことを話す。担当看護婦のsさんにも会えたので話す。
hさん来院、元気そうである。面倒なので余り杖は使わないと話していた。滝の写真を一枚頂く。
機器による血圧測定テスト。
PM7:21右腕116/70、脈75、PM7:23左102/83,?、PM7:24左腕浅めに入れる126/86,67、PM7:25左腕深めに入れる114/70,79。

10月21日
o先生の診察、退院予定通りとのこと。
PTで階段の練習あり、練習しても手摺りの無い階段は使用するつもりはない。そんなわけで「カメラのさくらや」の2Fに行くつもりはない。
水車小屋辺りまで散歩する。

10月22日
土曜だが、午前中リハビリあり。
40分ほど橋を越えてを散歩する。実際の道路を歩くのは結構ハードである。
稲刈りは終わっており、秋の深さを感じさせられる。
水車小屋は小さな野菜市になっていた。
隣のベッドのwさんの家族が見えられ、紫芋を戴く。実に健康に良さそうな感じのする食品である。
PM1:53血圧105/63脈74/機器測定

10月23日
昨日に続き、1時間ほど散歩する。
経験として入ってみよう思い病院の銭湯に行ってみたら、中は小さな温泉風で良いのだが、手摺りはないので入るのは遠慮した。

10月24日
朝の光の中で、目をつぶっているとオレンジ色に見える。手で覆うと青色に見える。
血圧90/60。
採血、この7月の入院から採血の痕が広く残るようになった気がする。
かって、両腕を見て歳をとると、血管が浮き出るものなんだなあと思っていたが、最近はそんな風ではなく皮膚にしわがより血管が沈んでいるような感じがする。
自転車こぎを30分やると血管が浮き出る。脈は120。
PTのa先生の最終チェックを受ける。脚の柔軟性、力は明らかに向上している。

10月25日
看護婦さんに臍の周りを測定してもらう。86.5cm、85cmを超えてる!
担当看護婦のsさん退院に関して話に来る。書類等の確認を得る。
洗濯し洗剤を丁度使い切る。
この2,3日寒いずら(伊豆弁?)。

10月26日
カミさん、次女10時少し前頃迎えに来る。薬、請求書がすぐ来なかったりドタバタあり、退院は相変わらずスムーズには行かないものなり。
部屋のメンバーにゆっくり別れを告げたいところだったが、それぞれPTに行っており、あたふたと部屋を出る。
予定のしていたのだが、2回見舞いに来てくれたNさんと昼、三島駅で落ち合う。Nさんは先に来てて待っててくれていた。
4人で食事する。それが名物のうなぎ屋で、席の空くのを並んで待つ店なのである。味は良し。

新幹線で東京駅に着いて、さいたまの自宅に真っ直ぐと、京浜東北線を待っていると、有楽町で車両異常があり、20分近く遅れる。
夜、待望の鍋なり。


トップ

通院
2005.11.2〜

10月31日
   N眼科で眼鏡再作製のための視力検査。右眼は病院での測定時とほとんど変化なし。
左眼の白内障は進み、手術の時期との話であった。
眼圧14程度、ステロイドの副作用による緑内障の心配はなし。

11月2日
   数ヶ月ぶりの皮膚科外来診察。予約外で申し込み、医療券更新の手続きを「支援課」でとる。
先生にリハビリ病院からの手紙を渡し、診察して戴く。
 顔面(眼の間、頬、顎)が赤くなっているので診断してもらったところ、脂漏性湿疹ということであった。頭、顔に多いと云うことで、確かに最近フケが多いなと感じてたのはこれだったのだ。
カビが原因らしいが、不明の点もあるようなことであった。ニゾラールの軟膏とローションをいただく。
天疱瘡の方は問題なく、診察が次回から木曜日午後のa先生になることになった。
なお、プレドニンはプレドニゾロンに戻り、プレディニンはイムランに戻ることになった。
なおプレドニゾロンは一般名で旭化成などでは商品名になっており、塩野義ではプレドニンが商品名になっている。プレディニンとイムランは代謝拮抗薬だが成分は異なる。
アクトネルはベネット錠に戻ることになるが、これは同一成分である。
今日はカミさんと一緒だったが、一人で通院できる体調なのでこれからは何曜日でも構わない状態である。

11月17日
整形外科受診。
ここも久々である。診察台に乗り、脚を左右前に動かして診察。当然異状なしである。
どの程度脚を使って良いのか尋ね、言明しなかったが、一日一万歩以内を基準にしても良いだろうとの言質を得る。万歩計を装着すれば良いとの助言を得る。

12月1日
皮膚科受診、今日から免疫病外来でa先生が担当。
今までのステロイドの服用状態と皮膚の状態(寛解)を話し、PSLは15mgから13mgに減量となった。おまじないのような量(?)である5mgを目標にするとのことである。
採尿と採血あり。
脂漏性湿疹の方は、顔は改善されたが、頭はそれほどではないと話したところ、頭はニラゾールローションからリンデロンVGローションに変更になった。
機器血圧pm2:09 124/74 82 pm2:42 124/74 82 機器は異なり、私にとってはいずれも高めである。
薬は預かって貰い、後日受け取りに行く。

12月29日
皮膚科受診
前回の血液検査で抗体価-0.2/1.2、マイナスの数値は変だが、測定上出てしまうらしい。いずれにしても陰性で細かい数値にこだわる意味はない。
ステロイド13mgから12mgに減量するのを今回にするか、次回にするか、話し合ったところ、安全をみて、13mgをもう1ケ月継続することになった。
薬は5週分もらう。
血圧を病院の装置で皮膚科診察後測定する。117/74 82、血圧は本来の数値だが、脈拍は高い。どうも血圧関連の数値が以前とは若干異なる。

1月19日
整形外科受診
診察前に撮影したレントゲン写真を診て、足を広げて、問題なしとのこと。
時たま起こる左足の痛みについて話したが、いつ何処でと明確ではないので、様子を見ることになった。
筋トレに行ってることを話し、注意事項を再度確認する。
内股にしてはいけない。反動をつけて屈伸させてはいけない。
足を組む、正座、あぐらはできれば避けること。
腰の屈伸は90度を目安にすること、などの助言を受ける。
なお、人工骨頭の左足はもう脱臼しないだろうとのことであった。
両手足先のしびれがあるので、効果は不明だがメチコバールをもらう。

1月30日(月、午後)
眼科受診
何時ものように、まず眼圧の測定、13,15で問題なし。次いで視力の測定をするのだが、右の方は簡単に測定し1.2の視力になったのに反し、 白内障の左は山勘に加えて、視野の範囲の狭くなる眼鏡を使ったりし、何とか測定し0.8となった。
診察では0.8の視力があるので、手術はまだまだと医師が話していたが、無理やり測定した視力なので疑問を感じる。
曇ってるので不快感はあるし、かなり大きい看板でないと字が読めない状態なのだが。それにもましてさいたまのN眼科 ではそろそろ手術が必要と言ってくれたんだが。
そう言えば正常だった時でも、0.2だったんだから、この測定の疑問について次回話してみよう。
また、この病院ではもっと重い患者が多く、私の場合などまだまだなのかも知れないと考えられる。 入院していた時も同室者は網膜剥離を起こしたりで、普通の白内障の患者はいなかった。
自分勝手に機器で血圧測定したが正常範囲であった、11:48 136/80 83。

2月9日
皮膚科受診
病院に11時半頃着いて、診察券を外来機に入れると保険証の確認の要請があり、受付に行って保険証、医療券を確認してもらう。 受付の女性は番号等をチェック後、「確認しました」と言って返して寄越した。 「保険証の確認」はどのタイミングでやるのかよく分からない。次回確認があった時訊いてみよう。
診察順番は4番目、次回はもっと遅く家を出ても良さそうな気がする。
診察では、 特に症状は出てないと話し、ステロイドは11mgに減量し、朝一回の服薬となった。 イムランなどは変わらない。
尿と血液の検査のため、採尿採血あり。骨密度の測定を頼んだところ、厚労省が骨粗鬆症と骨密度のデータを集めているのでそれに沿って 検査しましょうとのことになった。
骨塩定量検査を検査予約センターに申し込んだところ、3/15の検査となった。
血液の抗体価の検査依頼票を見たら、PVと記載してあった。PFに変わったわけだが基本的にはPVということなのだろう (以前は診察科で採血していたが、今は依頼票を持って行って採血室で採血してもらうシステムになっている)。
勝手に測った血圧AM11:59 119/77 78

3月2日
整形外科受診
保険証の確認あり、毎月するようになったのかな。
書類(就労可能証明書)作成が主だが、メチコバールをもらい、 左足の腰から尻にかけて痛みがあると説明し、湿布薬ももらう。

3月15日
骨塩定量検査
検査室はパイプが天井を這い回っている古い建物の2Fにある。
x線で腰椎を検査する方法で、ベッドに寝て脚を台に載せる。4年前程に測ったきりでベッドに寝るのは憶えてても、 脚を上げるのは記憶にない。結果は明日の皮膚科診察で教えてもらえるはずである。
5分くらいで終わる検査なのだが、申し込んでも一ヶ月くらいの順番待ちになって今日の検査となった。

3月16日
皮膚科受診
A先生は休診でT先生が代診、この先生はまるっきり初めてのような気がする。
今日皮膚科が空いていたように感じたのは大先生が休診の影響があったのかも知れない。
なお、昨日の骨塩量が出てるかと思ったがまだだった。大病院だとその辺がなかなか。
抗体価は1.0/2.3で陰性なのだが、ステロイドは11mgを継続、 大先生が休診なので減量の判断は次に延ばすということでもあろう。
今回もILISAの測定を行い、次回その結果をみて、ステロイド減量の予定。そのために次回は大先生の診察の有無を確認して受ける予定。
血圧13:45 130/76 82 正常、私の場合、下が高い時がたまたまある。

4月20日
整形外科受診
左でん部の痛み、左足太もも左側の痛みについて、話そうと思っていたが、今日はその痛みもなく、ここが痛いとうまく説明できず、 また、診察ベッド上で足を曲げたりしても痛みはなかった。
筋肉を鍛えれば痛みは低減する可能性もある一方、ある程度痛みが残る可能性もある。
なお、現在、痛みがあると言っても、手術前の痛みに比べると軽いものである。
右足 両足 左足

今日の診察前に撮影したレントゲン写真(診察室のライトボックス(シャウカステン?)に掛けたレントゲン写真をデジカメで 撮影したもの)。
真ん中が両足を揃えた写真で、左右はそれぞれの足を広げた写真。
問題ないのとの診断であった。

皮膚科受診
症状も出ておらず、前回測定した抗体価は陰性(0.3/2.2)で問題なしであった。
プレドニゾロンは10mg/dayになった。2ケ月で1mg減らす予定である。
胃の調子もまあまあであり、前の薬も残っているので胃の薬アルロイドGを今回は止めにした。
病院で測った血圧10:21 131/71 70

5月25日
皮膚科受診
13:30からの免疫外来の診察室は午前の診察が続いており、終わりそうにもない。受診予定の免疫外来はどうなるんだろうと思って いたら、急きょ処置室で診察することになった。
午前の医師は講師、午後の免疫外来は教授で、教授の方が色々ものの置いてある処置室で診察することになった。 「白い巨塔」は過去のものか。処置室は採血がセンターに移る前に採血していた場所なのでなじみが深い。
プレドニゾロンは10mg/day継続である。2ケ月で1mg減らす予定なので今月は継続である。
胃の薬アルロイドGはまたもらうことにした。
採尿と採血あり。午後の採血センターは空いている。
今回から新しい保険証を使用。

6月9日
歯科医院通院・・これは番外編?
昨日、左上の奥歯の詰め物が剥がれたので、k歯科医院に行く。
6年振りになる、問診票に、治療対象として「詰め物の剥がれ」「歯石取り」「その他の不具合部分」を書き、当然服用中の薬として、 「プレドニゾロン」「イムラン」を記載した。
次いで健康保険証、古い診察券、心身障害者医療費受給者証、心身障害者医療費請求明細書を提出する。
歯科衛生実地指導説明書 歯科疾患総合指導説明文書 以前とは変わり、インフォームドコンセントなのだろう、「歯科疾患総合指導説明文書」で説明を受け、診察後その文書ももらう。 また、歯肉炎に関して「歯科衛生実地指導説明書」をもらう。
実地指導については、歯ブラシで磨き方の丁寧な指導を受け、有難かった。
両方とも日本歯科医師会のフォームであることから、全国的にこうなったわけなのだろう。

6月16日
歯科医院通院
被せ物の剥がれた歯の型をとる。
歯石をとる。

6月22日
皮膚科受診
29日の予定を一週間早めての受診、前回の採尿採血の検査に異常なし。
抗体価は0.2/1.9と陰性である。
プレドニゾロンは9mg/dayに減らしてもらった。
異常があったら直ぐ診察を受けに来ますので減らして下さい、と言っているので「減らしてもらった」という感じ。
「特定疾患医療受給者証」の更新があるので、天疱瘡の「臨床調査個人票」をお願いしたら、その場で書いてくれた。
速い!但し、書いたのは診察した大先生ではなく、同席している他の医師である。
特発性大腿骨頭壊死症の方は受付に持って行ったら、先生の承認を得て下さいとの一点張り、以前はそのまま受け付けてくれたはずだったんだが。
まあ、それが本来の姿なのだろう。
血圧14:05 130/77 77 正常

6月26日
歯科医院通院
型をとった詰め物を詰める。何回かの噛み合わせと表面の調整を行い、無事治療。 治療というより修復という感じがする。
下の歯の歯石も取って、歯科医院通院は終了となった。
医院で歯ブラシを購入、ケーオーデンタル株ュ売の[3.07 GVK MEDIUM]、良さそうある。

7月20日
先月まで毎月あると思っていた保険証確認が今回はなかった。
午前、整形外科受診
午後の皮膚科診察に丁度良いかなと思って10時頃入ったら、担当のk先生が先週休診だったためか今日はかなり混み、 診察が終わったのは午後1時半過ぎとなってしまった。
左足の腿の痛みについて話したところ、臼蓋部の軟骨が少し磨り減り、それによる痛みの可能性も高いとのことであった。
人工骨頭か人工股関節か、どちらにすべきかは悩むものでもあると話してくれた。
特発性骨頭壊死症の「特定疾患医療受給者証」の更新があるので、「臨床調査個人票」をお願いしたら、近頃この書類多いんですと 言いながら、その場で書いてくれた。皮膚科でもそうだったが、その場で書くようなシステムになったのかもしれない。
午後、皮膚科受診
先月の採血の検査での抗体価は0.7/0.4と陰性である。
プレドニゾロンは9mg/dayの継続である。
採血採尿あり。
血圧14:02 135/82 80 正常の範囲だが何時もより高めである。

7月24日
眼科受診
白内障で手術した右眼に見える糸くず状のもの、虫のようなものは老人性の飛蚊症とのことで、一安心(?)。
ところで、左眼の白内障、進んでいるので、8/29に手術することになった。
そのために、心電図、レントゲン、採血、採尿して、入院予約の手続きを行った。
この病院では日帰り手術は行わず、2泊3日となる。その方が安心である。
なお、白内障の速い進行はステロイドの影響の可能性もあるとのことである。

8月24日
皮膚科受診
前回の採血による抗体価は0.9/0.3で陰性で問題なく、ステロイドは1mg減って8mgとなる。
抗体価は陰性ということで、細かい数値には意味はない。
他の血液、尿の結果も問題なしとのこと。
順調とのことで診察間隔が伸び、次回は8週後となった。
医師の方では長すぎるかなと心配のようでもあったが、異状があった場合はすぐに診察に来ますとこちらからも要望した。



左白内障
入院

2006年8月28日
今回の左眼の手術は右眼(2004.11.8)とほぼ同じで比較しながら記す。
手術スケジュール
入院係は混んでいて3,40人待っている。前回案内してくれた看護助手のSさんがいたので声を掛ける。 入院係に入院の誓約書を提出し、病棟に一人で行く。
IDバンドを右手にはめ、身長、体重、血圧を測定後病室へ、56号室で前回は55号室であった。当然、大部屋の4人部屋である。
既往症などを書いて置いた看護データベースを渡し、白内障手術のスケジュール表(上図)を貰う。
このスケジュール表、前回のものと一寸違うが基本的には全く同じである。
白内障手術と網膜硝子体の患者約10名で、ロビーで看護師より明日の手術の説明を受ける。
病棟の案内は、私は入院経験ありってことで省略。

前回同様の教授回診あり。
私の場合、眼球の奥の方から白内障が進んでいるとのこと。
担当医師はIM先生とIT先生とO先生。
検査技師による検査、眼球の大きさを測るのに手間取る、その後、O先生、IT先生による検査。夜、I先生、O先生による手術の 説明があり、その時、生命保険関連の入院証明書の記載をお願いする。
以前はクラークまたは看護師を通してこの書類を提出していたが、直接医師に提出するようになったようだ。
手術の説明に一応納得し、ナースセンターに承諾書を提出した。
超音波による方法で、人工レンズはアクリル樹脂で右眼と同じ焦点距離のものを使用。

8月29日
手術当日、スケジュール表通り、点滴開始、。
部分麻酔で、話しているのが聞こえるる、内容も一寸わかる。
手術のライトが見えるが、前回のような赤っぽくはない。
手術は超音波法で行い、人工レンズは左眼と同じ焦点距離ものを使用。
材質はアクリル樹脂とのことである。
前回はロビーに10数人集まり、術後の注意などを看護師さんからまとまって聞いたが、今回はベッドで説明を受けた。
当然酒は控えなさいといわれた。
シニア水泳教室に申し込んであるので、水泳についても尋ねたが、一ヶ月は無理とのことであった。

8月30日
朝早くIT先生とO先生の眼帯をはずしての診察があって、朝食が済んだ後、IM先生の診察があり、問題ないとのことで、予定通り退院となった。
入院の費用が銀行のキャッシュカードで支払えるようになり、これは便利だ。

今回が最後の入院になるか。なお、今回は病室での患者どうしのコミュニケーションはゼロであった。


退院後使用の点眼薬及び錠剤
点眼薬:クラビット(抗菌剤)、ジクロード(非ステロイド性抗炎症点眼剤)、リンデロン液(ステロイド系)
点眼薬は朝昼夕と3回注し、3種類を一回に注すのではなく、5分以上の間隔をおいて注す。
錠剤(4日分):メイアクト100(抗生剤)、クリノリル100(非ステロイド性消炎・鎮痛剤)


トップ

通院
2006.9.4〜

9月4日
眼科受診
どの科でも午後は専門外来で、私の受診するのは「硝子体網膜」となっている。
(皮膚科の場合は「免疫病」で、整形外科は午前の診察でも専門に分かれており「小児・股関節」を受診している。)
人工レンズにしてから一週間後の診察。診察は手術を担当したIM先生、隣の診察室は同じ入院時担当医師だったIT先生である。
視力、眼圧、正常で順調也。来週には顔を洗っても良いとのことであった。

10月2日
眼科受診
人工レンズにしてから一ヶ月、まずは視力検査室での検査、視力は左右とも1.2、眼圧問題なし。
診察でも、眼底問題なしである。点眼薬は終了しても良い、プールに入っても構わないとのことであった。
一ヵ月後、眼鏡作成のための視力検査、診察をすることになった。
視力測定後、散瞳剤を点眼するのだが、それが効いて夜まで眼が若干ボーッとした感じである。前回はほとんど効かない感じだった。 種類が変わったのかもしれない。
血圧112/72 75

10月19日
皮膚科受診
症状が出てないので、話し合いで、ステロイドは7mgになる
前回採血抗体価は0.1/0.3と陰性で問題ない。
血圧119/72 76

10月26日
整形外科受診
右膝上の痛みについて話し、次回、膝のレントゲンも撮ることになった。
ステムは骨頭置換の方がゆるみ易いような話してたが、一寸、疑問も感じる。
例によって、デジカメでレントゲン写真を撮影。
右足 両足 左足

10月30日
眼科受診
視力など検査の結果、安定してるようだが、更に一ヵ月後視力の安定を確認して、眼鏡作成の レシペを出すとのこと。それに従う。

12月4日
眼科受診
何時ものように眼圧測定、視力検査、散瞳剤点眼しての観察。
更なる視力(乱視)の安定を見て、次回眼鏡用レシペを出すとのこと。急がない方が良いでしょうと言われ、 確かに急ぐ必要がなく、 相槌を打って、レシペは次回となった。
なお、硝子体外来の診察医が増えたせいか、前回から待つ時間が少なくなった。
病院で爪が割れ、一寸考えて、皮膚科外来の処置室に行って看護助手の方にバンドエイドをもらう。
皮膚科の診察日ではないのだが慣れて気楽な感じがある。また、爪が割れやすくなった。

12月14日
皮膚科受診
症状が出ておらず、抗体も陰性で、ステロイドは6mgに減量となる
なお、前回採血抗体価は-1.7/2.7と陰性で問題ない。
最近、不眠が続くのでレンドルミンDを増やしてもらう。従来十日分をもらっていたのだが、今回は2週間分もらう。
胃薬アルロイドGは前回から4週分にしている(診察は8週間間隔)。
血圧127/70 85、血圧測定機器も新しくなり、圧力と拍動のグラフが出てくる。


通院
2007.1.15〜
 2007.5.31

1月15日
眼科受診
視力検査、散瞳剤点眼、診察、この順番だが、今日で眼鏡作成のレシピが出るので、 視力検査は特別。PC画面を見ての視力測定、乱視の測定、複視(二重視)の測定を実施、何時もの視力検査よりも詳しい。
前の受信者が1級2級の話しをしており、午前中内科に行ったとも言っており、糖尿病からのものであるのであろうか、 病は外見では判らないものである。
眼鏡は、若干高そうだが、病院に入っているO眼鏡店で作成してもらうことにした。
来週の水曜日にはでき上がる予定である。

1月18日
整形外科受診
膝、腰をレントゲン撮影の後、診察。
膝の骨と骨の間の間隔が十分あり、膝の痛みは不自然な歩き方によるのではないかとの診断であった。
痛みが解消されるわけではないのだが、膝に問題がないとのことで、一安心である。
関節の方も問題なく次回の診察は六ヵ月後となるので、湿布薬を貰うことにした。

2月8日
皮膚科受診
皮膚の状態が順調であることから、ステロイドは5mgになる。 5mgを継続し様子を見て、免疫抑制剤の減量に進むことになった。
前回採血の抗体価は3.1/1.2で陰性である。
胃の状態もさほど悪くなく、またアルロイドGが若干残っているので今回は止めにしてもらった。 頭の方も石鹸でシャンプーしリンスを使ってかゆみがないので、リンデロンVGローションも止めにしてもらい、 更に睡眠剤も減らしてもらった。
新たに右足の爪水虫を診てもらい、メンタックス液をもらう。 足のふくらはぎ下部にかゆみがあり、乾燥肌とのことで保湿剤のヒルドイドソフトをもらう。
血圧123/74 90
何時ものように採尿、採血があり、採血の痕を5分間しっかり押さえたはずだが、 家に帰ってシャツを見たら血で汚れていた。??

4月5日
皮膚科受診
ステロイドは5mgを継続。
5mgを6ヶ月継続しその後免疫抑制剤の減量に進む予定である。
前回採血の抗体価は1.4/0.9で陰性である。
医師は「ステロイドをどんどん減らしているのに問題ないな」と感心していた。
薬は水虫の薬を含めて、前回と同じだが、あごにデキモノができているので抗生物質ミノマイシン50mgを一週間分もらう。
今日の血圧 118/77 87

5月31日
皮膚科受診
久しぶりの通院、この病院もマスコミに結構顔を出す。
前回採血の抗体価は0.3/1.5でズーッと陰性である。
ミノマイシンは終了、湿度が高くなりゆみが少ないのでヒルドイドソフトも中止、水虫の薬は残っているので、 今回はもらわないことにした。
胸焼けが多いので、アルロイドGをもらう。

7月5日
整形外科受診予定

7月9日
眼科受診予定

7月26日
皮膚科受診予定


トップ
貯血
自己血輸血
貯血

献血された血液より患者自身の血液を輸血する自己血輸血は安全性が高いと考えられる。そのため貯血が実施される。 但し、下記の条件が満たされた場合である。
1.手術までに時間的余裕があること。
2.出血が予想できること(通常600〜2000cc)。
3.頻回の採血に耐える健康状態であること。
4.上肢に採血可能な血管があること。
当然、私の場合は4項目を満たし、大腿骨頭置換術のため貯血を開始。

採血
毎週一回の割合で200〜400cc採血する。
保存期間は冷蔵庫に入れて3週間であるが、保存液(CPDA,MAP)を使用すると倍近くなる。
私の場合、一週間に1回400cc採血し、3週間で1200ccを貯める。
血液が少ない場合、造血因子エリスロポイレチンの注射をすることがある。
私も採血後エリスロポイレチンの注射をした。

副作用
気分不快などである。
希にエリスロポイレチンの注射でアレルギー反応、血栓症をおこすことが報告されている。

貯血期間中の注意点
1.無理せず健康に留意すること。
2.採血前日は十分睡眠をとり、当日朝食はしっかりとること。
3.採血後、その日は過激な運動等は控えめにする。
4.発熱時や抜歯後3日以内は貯血できない。
5.鉄剤は必ず服用する。
フェロ・グラデュメット105mg(硫酸鉄)を服用。

事前了解事項
1.毎回、貯血前に至急採血し、血液が十分あるかどうか確認する。
2.貧血などにより貯血が必要量に達しないことがある。
3.貯血量を上回る出血があった場合、同種血を使用することがある。
4.使用しなかった血液は廃棄する。
5.バッグの破損などで血液が使用できなくなることがある。

病院配布の「自己血輸血についての説明書」から引用。


トップ

  
私の天疱瘡と薬
2006.12.14現在
 使用中の薬類

<錠剤>
プレドニゾロン(ステロイド剤)5mg錠×1、朝
イムラン50mg錠×2(免疫抑制剤)、朝夕
ベネット錠2.5mg(骨粗鬆症抑制剤)、起床時
アルロイドG(胃粘膜保護剤)、食間
<頓服>
レンドルミン0.25mgD錠(睡眠剤)、適宜
<その他>
ヒルドイドソフト(乾燥肌用 保湿剤)、適宜
メンタックス液(爪水虫用) 1回/日

 軟膏類

バラマイシン軟膏(複合抗生物質製剤)
リンデロンVG軟膏0.12%(ステロイド系吉草酸ベタメタゾン)
ゲーベン(外用サルファ剤、スルファジアジン銀)
アクトシン(ブクラデシンナトリウム)
いずれも入院中に使用、バラマイシン軟膏を使っていた期間が長い。VGはステロイド系なので、 皮膚の弱い顔には使わないようにといわれていた。

2004.2.4よりアルメタ軟膏5g0.1%(皮膚外用合成副腎皮質ホルモン剤 プロピオン酸アルクロメタゾン )、 2004.5.26で終了し、ロコイド軟膏(酪酸ヒドロコルチゾン)に変更、顔面にも使用
眼瞼用軟膏ネオメドロールEE、2004.4.2から2週間使用
2004.11.17ロコイド中止し、ダラシンTゲル(にきび菌抗生剤 リン酸クリンダマイシン) を使用。

脂漏性湿疹用
ニラゾール クリーム2005.11〜、ニラゾール ローション(ケトコナゾール)2005.11〜
リンデロンVGローション 2007.02終了

主治療薬

ステロイド
プレドニゾロン(5mg錠) 武田
プレドニゾロン(1mg錠) 旭化成
プレドニン(=プレドニゾロン)(5mg錠) 塩野義、リハビリ病院に入院期間中プレドニゾロンの代わりに服用(2005.08〜2005/10)

免疫抑制剤
イムラン(50mg)
薬
パッケージが一寸変わって、何もはいってないのに膨らんだ部分がある。
2錠継続して服薬
(臓器移植の際の投与量、腎臓、初期量2〜3mg/kg 維持量0.5〜1mg/kg、肝臓など、初期量2〜3mg/kg 維持量1〜2mg/kg/kg(治療薬マニュアル2006-医学書院より))
プレディニン錠(50mg)
リハビリ病院に入院期間中イムランの代わりに服用、免疫抑制剤というより免疫異常調節剤、リウマチに投与される薬のようだ。

ステロイドも免疫抑制剤も半錠にできるように錠剤の真中に溝が入っている。

骨粗鬆症

アルファロール(合成ビタミンD、Ca・骨代謝改善1α-OH-D3製剤)
乳酸カルシウム1g
天疱瘡入院中の前半(2002.2)に服用。

薬 ダイドロネル(骨粗鬆症治療薬、ビスホスホネート)
オステン200mg(イプリフラボン)
ダイドロネルは2週間服薬し、10週間休薬する薬で、この休薬の期間にオステンを服薬。
右のカレンダーはダイドネルに入っているもの、裏に服薬の説明が書いてある。

薬 2002年11月20日より、ベネット錠2.5mg(ビスホスホネート系、リセドロン酸ナトリウム水和物)に変更
服薬方法が一寸変わっていて、起床時服薬、30分間身体を立て、ものを食べないこと。
丁寧な服用の説明書が入っており、それが右図。
2005.2.15のNHKの今日の健康がこの薬の特集で、その機構は骨の表面に吸着し骨破壊細胞の作用を弱めるもの、 また、薬の吸収が悪いためすぐにものを食べないようにと説明していた。服薬後30分以上ものを食べないこと、 長ければ長いほど良いとのことであった。

アクトネル2.5mg(=ベネット錠)リハビリ病院に入院期間中ベネット錠の代わりに服用。

胃腸(粘膜関連)薬

ガスター(ヒスタミンH2受容体拮抗薬)
天疱瘡入院初期

アルロイドG(胃粘膜保護剤、アルギン酸ナトリウム←海藻の成分)
セルベックス50mg(胃潰瘍治療剤)2004.11.17中止
タケプロン30mg(ヘリコバクター・ピロリの除菌の補助薬)
パリエット10mg(胃酸分泌抑制剤 ラベプラゾールナトリウム)2004.11〜2005.01

抗生物質類

セフゾン(セフェム系抗生物質)
ホスミシン(ホスホマイシン系抗生物質製剤)
天疱瘡入院初期

シプロキサン200mg(広範囲経口抗菌剤)
バクタ錠(合成抗菌剤)
2002年7月で終了
2004.11.17よりアクロマイシンV250mgカプセル(抗生剤 塩酸テトラサイクリン ) 2004.12.01終了

その他

酸化マグネシウム(便秘治療剤)
ラキソペロン液(便秘治療剤)
適宜、薬はもらったが退院後は服用せず。
プルゼニド錠12mg
2003年以降の入院では便秘の際、これを服用。

メチコバール500mg(ビタミンB12、末梢性神経障害治療剤) 平成14年9月で終了、平成15年6月再服用、平成18年1月再服用
ソレトン錠80(非ステロイド性鎮痛・消炎剤)
平成15年6月より服用、6月17日で服薬中止。

オパルモン錠(血液,体液用薬)、血流を良くする薬
脊柱管狭窄に有効、2003/8/12から服薬、11月には中止
薬 湿気を嫌うので乾燥剤入りのアルミパックに入ってる。(右図)

鉄剤フェロ・グラデュメット105mg(硫酸鉄)貯血の採血のため服薬2004/3/3〜3月末
フェロミア50mg錠(クエン酸第一鉄ナトリウム)2005.07入院前後服用

点眼薬フルメトロン0.1(フルオロメトロン)、眼の鏡面の炎症に使用2004/5/13〜9/14

レンドルミン0.25mg錠(睡眠導入剤)が10/20よりレンドルミン0.25mgD錠になる。水なしでも服用できるようになった。(ブロチゾラム系睡眠導入剤) 2004/9/22より時たま服用
ドラール錠15mg(睡眠導入剤)、リハビリ病院に入院中、レンドルミンでは効果が薄く、時たまこれを服用。

ロキソニン60mg(ロキソプロフェンナトリウム、鎮痛消炎剤)

ヒルドイドソフト(乾燥肌用 保湿剤 ヘパリン類似物質)2007.02〜 適宜
メンタックス液(爪水虫用 抗白癬菌剤 塩酸プテナフィン)2007.02〜 1回/日

トップ

尋常性天疱瘡(PV=Pemphigus vulgaris)とは
 症状

皮膚  水泡が発生し、それが破れ、びらん化する(水泡が表皮の中にできるのが天疱瘡で、表皮と真皮の境にある基底膜の部分にできるのが類天疱瘡である)。
 水泡は直径数mm程度から5,6cmの大きさに及ぶものがある。
 発生個所は背、胸、顔面、陰部等全身にわたる。
 口腔粘膜疹は特徴的な症状で痛みを伴う。
 なお、人によって発生個所は若干異なってくる。
 病状が進むと、正常と思われる皮膚でも、擦ったり、バンソウコウ貼ったりすると、 表皮が簡単に剥がれ、びらんとなる。これをニコルスキー現象(Nikolsky)という。

 特に口腔内にびらんがあると食事が困難になり、そこから診察を受ける場合が多い。
 かっては口腔、食道内のびらんで食事ができず、衰弱死を迎えることが多かったようだ。
 比較的、45〜55才での発症が多い。

発症のメカニズム

 皮膚は細胞と細胞が蛋白質で結合してなる硬さのあるものである。
 抗体IgG3が生成し、その抗体が皮膚に近づくと、細胞と細胞を結び付けている  蛋白質の一つのデスモグレン3を攻撃する蛋白質分解酵素を活性化させる。
 それにより皮膚の症状が現れて来る。
 ちなみに落葉性天疱瘡はIgGの1である。
 なお、原因については膠原病と同様に体質(遺伝的なもの)とストレス、疲労などの複合が考えられているが、 不明といわざるを得ない。ほとんど疾病が体質とストレス、疲労が要因としてあるはず。
 所謂、自己免疫疾患に属するものである。

 免疫に係わる疾患は次の三つに分類される。  

  • 免疫不全:免疫が働くなる疾病で、後天的なものではHIVが著名である。  
  • 免疫の過剰反応:花粉症などのアレルギーがこれに属する。  
  • 自己免疫疾患:本来、抗体は自分以外の外敵を攻撃するものだが、 抗体が自分自身を攻撃するのがこの疾病である。

     抗体が全身に作用するものから、特定の器官に作用するものがある。全身に作用するのには強皮症、全身性エリテマトーデスなどがあり、 特定の器官に作用するのが橋本病、重症筋無力症などがこれにあたる。天疱瘡は皮膚に選択的に作用する疾病である。

     日本における天疱瘡の研究は世界のトップレベルに位置し、「皮膚の医学」田上八郎著 中公新書1999.3.25には次のような記載が認められる。
     「近年、急速に進歩した分子生物学的手法により、慶応義塾大学の西川武二教授、アメリカのスタンレイ教授(ペンシルバニア大学) 、ディアズ教授(ウィスコンシン大学)らそれぞれのグループが、皮膚の構造を 保つために大切な物質と、それに対する自己抗体とを見つけだしてきました。」

  • 患者数

     天疱瘡全体の医療受給者証の交付者数(H.15年度)は全国で3339名であることから、その中で尋常性天疱瘡は6割程度とみると 、約2000名程度と考えられる。なお、交付の申請をしていない患者がいることも考えられる。

    落葉状天疱瘡(PF=Pemphigus foliaceus)とは
     症状等

     天疱瘡には尋常性、増殖性、落葉状、紅斑性天疱瘡があるが、落葉状天疱瘡には中、軽症例が多い。
    紅斑、水疱ができ、薄いかさぶたができ、取れて治ったかなと思うと、治らずかさぶたが又でき、それが続く。
    口腔にできることは少なく、食事ができなくなるということはない。
    当然、自己免疫疾患で、尋常性の場合、抗体IgG3を産生し発症するのだが、落葉状の場合、抗体IgG1を産生し発症する。

    私の場合、顔、背に症状が出、特に顔にできたのがわずわらしかった。2004.06.09、落葉状天疱瘡の診断を受けた。基本的には尋常性であり、寛解に入り次の再燃でどうなるかは不明である。
    なお、落葉状だけが〜状で、他は〜性である。

     寛解期(安定期)と再燃(リバウンド)について
    難病類には完治ということがないので寛解という語句を使用し、症状が治まったような状態が寛解であり、再発したのを再燃と称する。
    発病した場合、ステロイド類の大量投与して症状を抑え、当然副作用があるので、その後ステロイド徐々に減らして行く。 このステロイドの減らして行ける段階が寛解期である。
    徐々に減らして行かないと再燃するときの症状が重くなるといわれている。
    私の場合、再燃ということで、尋常性天疱瘡の症状が出ていいはずなのだが、落葉状天疱瘡という形になった。極めて稀だがこのような 症例があるとのことである(2004.6.29、尋常性天疱瘡→落葉状天疱瘡、確定)。

    トップ

    TV放映に見る尋常性天疱瘡
    たけしの本当は怖い家庭の医学
    2005.04.19放映

    テレビ朝日
    たけしの本当は怖い家庭の医学2005.04.19
    −この番組は見損なったけど、口腔内の症状が顕著な天疱瘡の理解に役立ちそうなので、ネットからコピーさせてもらった。−
    『本当は怖い口内炎〜恐怖の体内爆弾〜』
    I・Jさん(女性)/ 49歳(当時) 主婦
    韓流ドラマにはまり、ビデオに録画し、深夜まで一人で楽しんでいたI・Jさん。そんなある日、 口の中に染みるような痛みが走り、鏡でみると、左の頬の裏に口内炎が出来ていました。市販のビタミン剤を飲んでみると、 口内炎は消え、すっかり元通りになりますが、やがて新たな異変に襲われます。
    (1)口内炎
    (2)大きくなった口内炎
    (3)1週間後、口内炎が消える
    (4)食欲がわかない
    (5)半透明の物体を吐く
    (6)首のただれ
    (7)背中のただれ

    尋常性天疱瘡(じんじょうせい てんぽうそう)
    <なぜ、口内炎から尋常性天疱瘡に?>
    「尋常性天疱瘡」とは、体中の免疫機能が異常を起こし、全身にただれや水ぶくれが出来る皮膚病。 重症化すると死の危険さえあります。なぜ免疫機能が異常を起こすのか、その原因は未だわかっていませんが、現在、 患者数は約4000人。40代から50代の発症が一番多い病気です。
    そして発症すると、 最初に異変が現れることが多いのが口の中。I・Jさんに最初に現れたあの口内炎こそが、 この病の代表的な症状なのです。そもそも口の粘膜をはじめ、人間の皮膚はブロック塀のように細胞が積み重なっています。 そして塀が壊れないように、細胞の間には接着剤の役割を果たす物質があります。
    ところが、この病気にかかると、 異常をおこした免疫細胞がその接着剤を破壊してしまうのです。
    すると、細胞同士がバラバラに離れ、 そのすき間に体液が流れ込み、水ぶくれが出来ます。これが尋常性天疱瘡で出来る口内炎の正体。
    ぷっくり膨らんでいるのがその特徴です。ちなみに多くの人が一度は体験している、 俗に言う口内炎(正式には「アフタ性口内炎」)は、まん中が潰瘍のためにくぼむのが特徴です。 しかし、不幸なことにI・Jさんは、その違いに気づくことが出来ませんでした。
    しかもこの病気、初期の段階では免疫機能の異常が軽いため、口内炎も数日で治ってしまいます。
    つまり病気のサインに気づきにくいのが、この病気の落とし穴。放っておくと、 口から全身へ免疫機能の異常が広がり、恐ろしい事態を招くのです。そして襲ってきたのが、 あの食欲不振でした。この時、食道の粘膜は病に侵され、ただれていました。そのため、 胸のむかつきが起きていたのです。
    そして、I・Jさんが吐き気に襲われた瞬間、 ただれた食道の粘膜はすべてはがれてしまい、口から出てきてしまいました。そして暴走した病は、 ついに全身の皮膚に襲いかかったのです。
    入院後、彼女は、ただちに免疫異常を抑える処置を受けました。 そして医師たちの懸命な治療の結果、無事退院。肌はすっかり元通りになったのです。
    「尋常性天疱瘡」は、発見が遅れると、10%の人が感染症で命を落としてしまう恐ろしい病。 だからこそ、最初の症状である口内炎の見極めが大切なのです。

    「尋常性天疱瘡で命の危険にさらされないためには?」
    (1) 口内炎を軽視しない
    (2) 大きさが5mmを超える口内炎    つぶれたり、めくれたりする口内炎
       治ったり出来たりを繰り返す口内炎には要注意
    (3) こうした口内炎がある時は迷わず皮膚科や口腔外科で検診されることをお勧めします

    家庭医学書に見る天疱瘡
    からだの読本2
    昭和46年7月1日
    (2刷)
    暮しの手帖社
    p635〜637
    いまのところ残念ながらまだ治すキメ手のない天疱瘡

     
     ヒフ病のなかでもこわい病気で、しかもわりに多いものを、うかがいたいと思います。

     
     こわいものは、やはり天疱瘡でしょう。これはわりあいに多く、珍しい病気ではないのです。
     はじめ熱が出るとか、食欲がなくなるとか、とにかく全身症状があります。 そして、体に大きな水疱がボコボコできるのです。

     
     水疱のできる場所は、べつにきまっていませんか。

     
     一定していませんが、胴のほうが多いですね。それから、腕の内側とか、 股など柔らかいところが多いのです。
     症状は、水疱ができて、そこが破れると、ただれて、いわゆるビラン面になる、 それがつぎつぎと起こってくるのです。 最初は、ヤケドのときの水疱のようで、はて、こんなところにヤケドはしないのに、 とおもったりするのです。 そして、はじめの水疱が破れます。破れてもある程度日数がたてば、元通りにヒフができてくるのですが、 しかしほかにも水疱が、つぎつぎとできてくるわけです。
     こうやって、つぎつぎ水疱ができてはつぶれ、できてはつぶれして、最後は死ぬわけです。
     それからこわいのは、水疱になるよりさきに、ヒフがずるっとむけてしまうことがあるのです。 そういう場合は、ちょっとさすっても、ずるっと皮がとれるのです。 そして、その皮が今度は乾いて、ちょうど枯葉のようにパラパラとはがれてきます。 はじめのを尋常性天疱瘡、皮がずるりとむけるのを落葉性天疱瘡といいます。
     それからもう一つ、水疱ができて破れる、そうするとその破れたところに赤肌ができます、ここが、 ちょうど肉があがったようにもち上がってくるのです。それを増殖性天疱瘡といいます。

     
     赤いままですか。

     
     赤いままです。もちろん古くなれば乾燥してきて厚いヒフになります。

     
     そして凸凹になるわけですか。

     
     そうです。色も古くなると、褐色になって汚くなります。こういった、三つの形がありますが、 ようするに、全身症状があって、ともかく水疱ができる、こういうものです。

     
     水疱がふえていくのは、そうとう早いのですか。

     
     わりあいに早いですね。一週間もたてば、そうとうひろがります。

     
     そこが痛いとか、かゆいとかいうことはありませんか。

     
     案外そういうことがないのです。 まあ、皮がむけると、ものがさわったときに痛い、それ以外には、かゆいとか痛いとかの症状は、まずないのです。

     
     背中などにも出るのですか。

     
     ええ、どこにでも出てくるのです。最後には、顔から背中から全身ですね。 ですから、皮がむけてひどくなると、外部からのいろいろな刺激をさけるために風呂の中に入れて、 その中で食事もし、睡眠もとる、ということをすることもあります。
     これは、設備がないと、どこでもできるわけでないし、これで治るというものではありませんが、 ちょうど水で包帯をしたようなもので、そうしていれば痛くないわけです。

     
     やたら水疱ができてはつぶれるのですね。

     
     ええ、それから、水疱が破れると液がでるででしょう。つまり、それだけ、 蛋白質が失われてしまうわけです。一方、そういう状態だから、食事は入らないでしょう。 だから全身症状がひじょうにわるくなるのです。

     問 
     衰弱もするのですか。

     
     そうです。死ぬ率はまず百パーセント近いでしょう。むろん長い期間ですが、 最後は、ということです。ただ一つ、例のコーチゾンのような、副腎皮質ホルモンですね、 これが案外、おさえるのには効果があるのです。

     
     おさえても、治すことはできないのですか。

     
     長びかせるということですね。ただこういうクスリは、そればかり使っていると 中毒になるのです。これもこわいです。

     
     やたら使えないわけですね。

     
     大へんむつかしいのです。しかし、病状がどんどん進むようなときには、 副作用くらいは多少犠牲にして使うわけです。使えば、いちおう患者はラクになります。 治った人もありますが、まず完全に治るということはたいへん珍しいことです。
     私のところでいちばん長く入院している人で、五、六年います。一応おさまると、家に帰ってもらうのです。 そして、また出てきたら入院してもらうのです。そこでまたクスリをやると、いちおうおさまってくる、 今は数年もっていけるとおもいます。


     本書は昭和46年当時のもので、
    現在は、ステロイド剤(副腎皮質ホルモン剤)も多種類のものが開発されている。投薬方法も多様化しており、その中で、 パルス療法は効果が高いものである。 また、血漿交換法の有効性も高く、この疾病で死に至るのは稀である。
     「新・からだの読本」のヒフの巻が発行される予定があり、それにはどのように記載されてるのか、新旧比較してみるつもりである。
     なお、現在の医療が進んでいても、さらに副作用の少ない優れた治療法の開発を願ってやまない。(管理人 トッチー)
    病気とからだの読本2
    昭和63年7月8日
    暮しの手帖社
    ヒフ炎、中高年のヒフ炎の項目はあるが、天疱瘡について記載はない。

    毎日ライフ
    平成13年12月号
    相談室 回答
     天疱瘡は一般に難治性で長期間の治療を必要とします。しかし、経過がとても良好で、治療をやめても再発せず、 完治したと考えられる患者さんもたくさんいます。ぜひ、希望をもって治療を継続してください。
    (回答者 橋本 隆(久留米大学医学部皮膚科教授))

    ネット関連ではHN番茉莉さん(米国在中)は落葉状天疱瘡になり2年後(2005年)ステロイドがゼロになった。治癒かどうかは 数年様子を観察しないと不明だが、ネット関連で知ってる方で治癒に近い状態になった方は初めてである。

    新・病気とからだの読本1〜5
    平成14〜15年
    暮しの手帖社
    天疱瘡について記載はない。

    新・病気とからだの読本第6巻 骨・筋肉と皮膚の病気
    平成17年6月19日
    暮しの手帖社
    どの程度治療が進んだかを「からだの読本2」と比較する予定だったが、その後の暮しの手帖社本では天疱瘡についての記載はない。患者数が少なく治療も進んでるので記載が ないのかも知れない。
    大腿骨頭壊死症についての記載もない。
    (免疫疾患の巻もないので、このシリーズでも天疱瘡の記述はないようである。 監修者は全員東大医学部卒である。
    なお、このシリーズは平成14〜15年発行の5巻本とは一応異なることになっている。似たような題名でのシリーズがあり 改訂版なのかもはっきりせず、この点については暮らしの手帖社に疑問を感じる。)

    トップ

    難病、特定疾患とは
    難病とは  難病は字句通りだと、単に治療の難しい病気を意味することになるのだが、行政上明確に定まっており、 難病対策要綱(S47.10)に示された(1)(2)を満たす疾病が難病である。
    (1)原因不明、治療方法が未確立であり、かつ、後遺症を残すおそれが少なくない疾病
    (2)経過が慢性にわたり、単に経済的な問題のみならず介護等に著しく人手を要するために家庭の負担が重く、 また精神的にも負担の大きい疾病。
    実際の対象となる疾病の名称は「特定疾患対策懇談会」によって定められる。
     勿論、この難病以外にエイズ、白血病など多くの治療困難な疾病があるのだが、それぞれ別個に対策が採られている。

     難病については難病情報センターから情報を得るのが適切である。

    特定疾患とは 特定疾患対策研究事業対象疾患
    (H.15 難治性疾患克服研究事業に変更)
     対象疾病は「特定疾患対策懇談」の意見により決定される。
     症例数が少なく、原因不明で治療方法も未確立であり、かつ、 生活面での長期にわたる支障がある特定の疾患である。
     これらの疾患に対して、研究班を設置し原因の究明、治療方法の確立に向けた研究が行われている。
     121疾患種が取り上げられ、天疱瘡は117番目である。特発性大腿骨頭壊死症は31番目、32番目には特発性ステロイド性骨壊死症がある。

    特定疾患治療研究事業対象疾患
     上記同様に対象疾病は「特定疾患対策懇談会」の意見により決定され、上記121種の中から45種が選ばれて対象疾患となっている。
     難病のうち、診断技術が一応確立し、かつ、難治度が高く、患者数が比較的少ないため、 公費負担の方法をとらないと原因の究明、治療方法の開発等に困難をきたすおそれのある疾患である。
    要するに難病の中で医療の補助のあるものである。病院等でよく掲示されているのはこの疾患などである。
     指定された45種中、天疱瘡は15番目であり、特発性大腿骨頭壊死症は33番目にリストアップされてる。
    医療助成
     右図が東京都の難病等の医療助成のポスターで、赤いアンダーラインが私の疾病である。


     平成15年4月より、特定疾患対策研究事業から難治性疾患克服研究事業(特定疾患調査研究分野)に 研究事業名が変更された。
    公費負担 特定疾患医療給付制度
     特定疾患治療研究対象疾患の診断基準を満たし、国民健康保険などに加入していて、その自己負担額に対して、公費でまかなわれる。
     医療費公費負担受給の申請日より公費負担なので、受付(保健所、保険センター)の際、受理した日付の記入した書類を もらって医療機関に提出することが必要。

     重症、指定された疾患には全額公費負担。
     それ以外は
     入院で患者負担 月額14,000円以下/1医療機関
     外来で患者負担 1通院1,000円以下/1医療機関、2,000以下/月・1医療機関

     自冶体によって、見舞金が出る場合がある。また、難病患者を採用した企業に補助が出る自冶体もあるが、 財政状態により今後不透明。


    特定疾患医療給付の変更
    -平成15年年10月1日以降-
    入院 0〜23,100円/月
    通院 0〜11,550円/月
    (重症に認定された場合はいずれも無料)
    自己負担額は所得課税額によりA〜Gの7階層に分かれ、Aが0円。

    今回の提出書類は
    @特定疾患医療給付申請書
    A生計中心者・所得確認書
    B臨床調査個人票(医師記載)
    C世帯全員の住民票
    D現在の医療受給者証
    −ABは毎年提出が必要−
    (重症者で継続の場合、E重症患者申請書兼診断書)

    天疱瘡の重症度判定基準

    項目

    スコア

    皮膚病変部
    の面積(*a)
    Nikolsky
    現象
    水疱の
    新生数
    (/日)
    天疱瘡抗体価
    口腔粘膜
    病変(*c)
    間接蛍光
    抗体法
    ELISA法
    (Index値)
    スコア 0なし なし なし 検出
    されない
    正常値内 なし
    スコア 15%<未満/td> 一部に
    わずか
    ときどき
    (*b)
    40倍未満 50未満 5%未満
    スコア 25以上
    〜15%未満
    陽性 1〜5個 40以上
    〜320倍
    50以上
    〜150未満
    5%以上
    〜30%未満
    スコア 315%以上 顕著 5個以上 640倍以上 150以上 30%以上
     ( 点)  ( 点)  ( 点)  ( 点)  ( 点)  ( 点) 

    5項目の合計スコアより判定

  • 軽 症 : 5点以下
  • 中等症 : 6点〜9点
  • 重 症 : 10点以上

    a:全体表面積に対する比率(%)
    b:毎日ではないが、一週間のうち時折新生水疱の見られるもの。
    c:粘膜病変が主病変である尋常性天疱瘡では、重症度分類においてスコアを2倍とする。
      あるいは、明らかな摂食障害を認めるものはスコアにかかわらず重症と判断する。

    自己負担限度額表
    階層区分対象者別の一部負担の月額限度額(単位:円)
    入院入院以外生活中心者が患者本人の場合
    A生活中心者の市町村民税が非課税の場合 0 0 0
    B生活中心者の前年の所得税が非課税の場合 4,500 2,250 対象患者が生活中心者であるとき は、左欄により算出した額の1/2 に該当する額をもって自己負担限 度額とする
    C生活中心者の前年の所得税課税年額が10,000円以下の場合 6,900 3,450
    D生活中心者の前年の所得税課税年額が10,001円以上30,000円以下の場合 8,500 4,250
    E生活中心者の前年の所得税課税年額が30,001円以上80,000円以下の場合 11,000 5,500
    F生活中心者の前年の所得税課税年額が80,001円以上140,000円以下の場合 18,700 9,350
    G生活中心者の前年の所得税課税年額が140,001円以上の場合 23,100 11,550
    提出された生活中心者の所得証明書により、階層を決定する。


     難病の医療券、1年毎に更新され、平成16年10月1日から1年間有効な券は 9月28日でギリギリに自宅に配達された。この画像は平成16年のもので、平成17年も更新され、自己負担限度額が安くなった。なお、医療券は東京都での名称であり、埼玉県の場合は特定疾患医療受給者証である。

    身障者 介護保険
     左・身体障害者手帳、平成17年11月、4級から3級になった。 3級になるとタクシー券(基本料金が無料になる券で、24枚/年)が配られ、医療費の公費負担を受けられる。  右・介護保険被保険者証(要介護1)、これも平成16年のものだが、平成17年も更新されて同じである。平成18年11月から 要支援1となった。

    身障医療  申請書1  申請書2
     橙色のが障害者の受けられる受給者証で、実際はこれだけでは医療の補助は受けられず、右の書類が必要になる。画像では小さいが、 A4の大きさである。左の申請書はさいたま市内で契約している医療機関に提出するもので、その場で補助が受けられる。 右端の申請書はそれ以外の医療機関にかかった場合に使用するもので後日、医療費が戻ってくる。
     私の場合、今のところ金額が少ないのでまだ使っていない。

  • トップ

          
    治療法・検査
    血漿交換法  血漿交換法は天疱瘡に有効な治療法である。
     具体的には、片方の腕から脱血し、血漿交換した血液をもう一方の腕の血管に返血する方法で、 字句通り、血液中の血漿を正常な血漿と交換する方法である。すなわち、血漿中に含まれる天疱瘡の抗体を除去するわけである。
    大きく3種類の方法がある。
    1)遠心分離法
     血液を遠心分離し、血漿部分を廃棄し、血球成分を洗浄後返還するとともに新鮮凍結血漿を供給する方法。
    長所:手法が簡単、費用が安い、血液洗浄が可能、抗体除去率が高い。
    欠点:有用な血漿成分までも失われてしまう、大量の新鮮血漿が必要となる、その血漿からの肝炎併発の危険性がある。
    2)二重膜ろ過血漿交換法
     2種類の膜孔の異なるろ過器を用いる。脱血した血液を大きな孔の膜を使い、血漿成分を通す。この血漿成分を小さな孔の膜を通し、 抗体の除去した血漿成分を血球成分と一緒に返血する。抗体に大きさがあり、その大きさの物質を除去するのである。
    長所:新鮮血漿を必要としない、そこからの肝炎等の副作用がない、血小板減少が少ない、操作時間が短い。
    欠点:血球の洗浄が出来ない、抗体価の減少率が低い、操作に熟練を要する。
    3)Combination method
     遠心分離法で血漿を分離後、その血漿を膜ろ過する。1)と2)を組み合わせた方法である。
    長所:血球成分の洗浄ができる、新鮮血漿を必要としない。
    短所:操作に熟練が必要、時間がかかる。
     私が受けたのは1)である、1回やるのに2時間かかり、数日の間隔をとり、3回行う。両腕に針を刺した 姿勢で2時間じーっと待つ。
    800ccを脱血(採血)し、遠心分離し血漿を取り去った後、正常な血漿を加え身体に返す。返したら、再度脱血しこれを何回か繰り返す。 このような方法なので血漿の全量が交換されるわけではない。
    その間、当然、トイレには行けない。テレビを見せてもらえるので寝ながら見る。
    何のダメージもなく、この治療を受けるのに抵抗は感じなかった。
    血圧を測定しながら、血漿交換を行うのであるが、両手はふさがっており、血圧は足(脛のあたり)で測定する。

    本邦では1979年、小川等(順天堂大学)により尋常性天疱瘡に用いられたのが最初である。
    血漿交換法は血中に存在する抗体価を減少させるだけでなく、抗体産生系に何らかの抑制効果をもたらしている、と長冶等は記している。

    参考:天疱瘡治療における血漿交換、長冶順子、橋本隆、臨皮55(5増)125,2001


    筋電図検査  天疱瘡で入院していた時、右足先が麻痺してこの検査を受けた。
    末梢神経及び筋肉の状態を調べる検査。神経伝導検査と針筋電図検査がある。
    (1)神経伝導検査:電極を2枚貼り付け、別個の電極から電気刺激を与え、電極から得られた波形から末梢神経の状態を判定する。
    瞬間的に電流を流すのだが、ドンと瞬間的痛みを感じる。電流(電圧?)を増やすと更に強く感じ、足が勝手にポンと動く。
    (2)針筋電図検査:針を筋肉に刺し、針から電気的信号を取り出し、モニターの波形とスピーカーの音から、筋肉、神経を評価する。
    力が入るとガーガー音がし、力を抜きなさいと云われる。
    足を曲げなさいとか云われ、曲げるとガーガー音がする。針が刺さっているので痛くないわけはない。

    トップ

    腰椎変形症脊柱管狭窄症

    腰椎変形症脊柱管狭窄症とは  腰椎の変形により、脊柱管が狭窄状態になり、管内の脊髄神経が圧迫され、神経症状が現れる。
    その症状には座骨神経痛(腰痛、下肢痛、しびれ感)と間歇歩行がある。間歇性歩行とは少し歩けるが、 痛くなり、休むとまた歩けるという症状である。

    間歇性歩行については2003.12.25のNHKで次のように説明していたのが解りやすい。
    「数10m歩くと、脚が重くなり歩けなくなる。少し休むと、また歩けるようになる。休むとき背中を丸めるようにするので、脊柱管の 圧迫が緩まり、また歩けるようになるのである」と。

    私の場合、間歇性歩行はなかったが、下肢痛は大きかった。MRIで脊柱管狭窄は明らかだが、どこから大腿骨頭壊死になったのか不明である。
    リハビリ病院に入院(2005年)して、脊柱管狭窄症の患者が背中を丸め下を向いてゆっくりゆっくり歩いているのが見られた。


    発作性上心室性頻拍症

    発作性上心室性頻拍症とは
      心臓の心室の上(心房,房室接合部)を起源として起こる頻拍で、心拍数が150〜200くらいまで上がる症状。
    発作性であり、すなわち突然始まり、突然終わる。動悸、めまいがある。
    なお、命にかかわることはない。

    図  右図で説明すると、Aに電気的信号が発生し、それが主電導路Bを通って下部に伝わる。ところが副電導路(例えばC)があると、 下部から上に伝わり、それがまた主電導路を伝わって下部に流れる。電気的信号がグルグルまわり、心臓がパクパクするのである。 副電導路を焼灼するのが根絶する治療法であるが、副電導路が極めて主電導路の近くにあると焼灼が難しく、 また、とんでもない場所にあると探すのが難しい。

    原因、アルコール、タバコ、過労、睡眠不足...?
    NHK今日の健康2002,6月号には、「通常の電気刺激の通り道以外に、ほかの通り道や二重に通る道が生まれつきあるのが 原因」とある。
    (生まれつきあるんだったら、何で60近くなってからポロッと出るの?)

    私の場合
     朝食後、胸苦しさに襲われ、横になったが気分悪いままだ。1時間以上寝ていたが治まらず、手を胸に当てると心臓の鼓動の激しい、救急車で市立病院に行く。
    発作性上室性頻拍の診断を受け、抗不整脈剤の注射してもらう。
    発作が起こり15分間止まらなかったら服用するようにと 抗不整脈剤サンリズム50mg( 塩酸ピルジカイニド)をもらう。
    手術による根治治療もあるとのことであった。

    根治治療、カテーテルアブラジオン(カテーテルアブレーション)とは
    局所麻酔し、脚の付け根あるいは鎖骨の下の血管からカテーテルを挿入し、心臓まで届かせ、 不整脈を起こす電気刺激の発生源を高周波電流で焼き切る治療法である。
    カテーテルの先端から、異常な電気刺激の発生源と疑われる部分の心筋に電気刺激を与え、その伝導の仕方で発生源を探し、 治療する。

    嬉しかった書き込み

    投稿者:Nさん 投稿日:2003/11/16(Sun) 16:46

     発作性上室性頻拍症、結構患者は多いんです。
    程度の差はあ りますが。小生の場合、千駄木の日本医大でカテーテル検査 をして病名が確定しました。
    発作の程度がさほどひどくない ので、手術は受けない事にして、毎年年末に「車検」を受け ることを義務づけられています。
    大体年間10回ほど発作が あります。短いと1分足らず、長くても2時間位。平均する と10〜20分くらいです。今までの最長は8時間。注射で 止めてもらったときです。発作時は無条件にシベノール2錠 を飲みます。どうしても治まらないときはタクシーで病院の 救急窓口に行き、注射で止めてもらいます。発作時の脈拍は 140〜180位で、苦しさは一定ではなく、少し楽になっ たり、心臓がきゅーっとなって気持ち悪いときもあります。
    医者には長時間になったら困るけど、そうでなければ大丈 夫。死にはしません、って言われてます。
    ちなみに、入院 中、3ヵ月くらい発作が止まらない、っていう若い女性が、 さすがに青い顔して入院してました。
    怖いのは海外に出かけ た時でした(今はもうありませんが)。説明が難しいので。 国内でも出張先での発作は嫌でした。和歌山でもお客さんと 食事中になり、病院を調べたりしましたが、幸い短時間でお さまりました。
    睡眠不足、疲労、ストレスは引き金になる要 素のようです。参考まで。

    投稿者:Sさん 投稿日:2003/12/24(Wed) 04:43

    トッチーさん、こんばんは。
    その後、体調の方は落ち着かれてますか?
    新年の大舞台は大腿骨頭の手術だけかと思いきや、来月は上室性頻拍 の方で手術を受ける事になったんですね。
    > 頻拍の手術、歓迎するわけでないのですが、
    > また、70歳を越すと、血管の梗塞などが起こり、カテーテルができ ない場合があるとのこともあり、今のうちかなという気もします。
    心臓の手術、と言うとやはり生命維持に関わる重要な部分であるだけ にご心配も大きい事と思います。でも、トッチーさんの日記にも書か れていたように、カテーテルを通して副伝導路を電気的に焼ききると いった手法で局所麻酔で行うので、かなり安全性の高いものですよ ね。だからご安心を・・と言った所で、やはり心配はしてしまうのが 人情ですね。
    私の母も先日心臓カテーテル検査を受けましたが、母も検査前は不安 がってましたね。えっ、心臓に管通すん?みたいな。でもカテーテル を通す事自体にはさほど痛みもなく、ちょっと重い感じ、といった位 のものだったようですよ。検査後はけろっとしてましたし。 また、私も幼児の頃に動脈開存症の手術をしました。背中に30何針か の縫合跡があります。もう24年程前ですが、その頃の技術でも心臓手 術なんてできたんですよね。手術をしなかったら20〜30歳位で死ぬで しょう、って事だったんですって。だから私は手術によって命を与え られた事への感謝と、心臓に触れるなんて事を可能にした医療技術へ の驚嘆が強くあるんです。手術を受けれて良かったなー、って。
    トッチーさんも、手術を終えて頻拍に悩まされなくなったらそうお感 じになるんじゃないかな、って思っています。
    手術前日は不安でしょうけど、頑張って下さい!
    また日記の更新を楽しみに待ってます。



    老人性白内障

    白内障とは  目の水晶体が白く濁る病気。年齢が高くなるにつれて増え、老人性疾患といえる。
    なお、天疱瘡によるもの、ステロイドの副作用によるものもある。

    私の場合、天疱瘡の発症の頃(2001.10)、右目に白内障の自覚症状が出始め、天疱瘡由来のものかと思ったが、 単なる老化によるものとのことであった。
    ステロイドによる白内障の速い進行が考えられるが、老化と峻別し難い。

    2001年10月、某眼科医にかかり、初めて白内障の診断を受けた。
    その時、白内障手術の話を聞いた、若い人でも過度の飲酒で白内障になる人がいる、手術は車の運転など仕事が関連している 人は早い内に手術する、短時間手術が普及しているが、網膜剥離、感染症の合併症を起こす例がある、アトピー性の場合、網膜剥離をを 起こす例が多い、東京のI眼科の技術は勝れている、などなど。
    この医院には40代の頃、中心性脈絡網膜症でかかったことがある。

    トップ
    ホーム