雑記
*Topページ、右の写真は2002年3月に、NEW YORK で撮ったもの。
*Missionの処に使用した絵は甲斐大策氏が、1960年代に私が企画した催物
のパンフレットの表紙に書いてくれた作品。




雑記:東京・日本橋のべったら市へ行く −  ( 2009年10月22日)


  
  *2009年10月19日 宝田恵比寿神社(東京・日本橋)
                  撮影:国崎清秀



 今まで一度も行く事がなかった「べったら市」。水天宮や人形町は何度も行って
 いるが、この神社は生まれて初めて。今年2度ほど、人がいないこの神社をお参りして
 周辺を散策した。路地や木造家屋が微かに残っていてなんともいい雰囲気。
 「べったら」という言葉も古い感じがする。そこで今回、興味を持って「べったら市」
 に行き、べったら漬けを買ってきた。昔の日本人、東京の人の「話言葉」が聞けた。



 国崎 清秀







雑記: ディランの恋人、S.ロトロさんより ー (2009年10月21日)
                             ( Date/10/21/2009)


 BOB DYLAN   BOB DYLAN   BOB DYLAN


Dear Kiyohide Kunizaki,

Thank you for the note you wrote and I hope this email 
reaches you. My book, "A Freewheelin' Time, A Memoir of Greenwich 
Village in the Sixties" will be published in Japan

There has been some discussion about how to translate the title. The 
word 'Freewheeling' is difficult. A friend of mine is Japanese and 
she had some very good suggestions. If you have any ideas it would be 
most helpful!

Thank you again and I look forward to hearing from you.
Suze Rotolo



 上記のE-mailがS.ロトロさんとり届いた。
 彼女の自叙伝が米国で発刊され、サイトを見ると、フランス版がすでに発売され
 今、ドイツと日本で発売されるので翻訳中と記述されていた。そこで、ちょとした
 ことをサイトに書き込んだら、彼女がそれを見てメールを送ってくれたのである。

 さて本題、その題「A Freewheelin' Time」をそのまま訳したら少し違うニャアンス
 になるので、あなたはどう思いますか?ということであった。日本語訳では「自由奔放
 な青春:グリニッチ・ビレッジ回顧録」となるでしょう、がこの「自由奔放」が今の時代
 オバマ大統領の時代になること、を包含していたようなタイトルが付けられれば、
 大変いいものになると個人的に思っています。
 たとえば、「日本へ、プレゼント/グリニッチ・ビレッジの回顧録」とか。
 以上、個人的な意見です。

 
 彼女からのメールは個人的には、ボブ・ディランから届いた手紙のよう。(笑い)
 
 映画「No Direction Home/Bob Dylan」。2005年の12月、渋谷の「イメージフォーラム」
 でこの映画、観た。S.ロトロも証言している。素敵な女性に映像化されている。

 映画「I'm Not There」。去年(2008年)、有楽町駅前の「シネカノン」でこの映画、観た。
 当時の恋人で、クレア(シャルロット・ゲンズプール)のモデルはスージー・ロトロだった。
 
 書籍/ボブ・ディラン自伝「Chronicles」は2005年7月にソフトバンク パブリッシング(株)
 より日本訳が出版されている。
 もう一冊「The Mayor of MacDogal Street  Dave Van Ronk with Elijah Wald」は邦訳され
 ていない。

 メールありがとう。感謝。
 Sam Hintonのメールのように別のページを設けたい。


 国崎 清秀 (Kiyohide Kunizaki  at Tokyo Folklore Center)






雑記ー2009年、初秋(9月)の小旅行ー水郡線、途中下車巡りー (2009年9月23日)


         
  *(左)国崎清秀 、撮影 国崎正造   (右)水郡線にて 撮影:国崎清秀
    ー 2009年9月21日 ー      ー  2009年9月22日

 一泊二日で9月21日〜9月22日、水郡線、途中下車巡りをして来た。例のJRの
 ツーディ・パスを利用。一人で行く予定が、息子も参加、希望になり、何時か書いた
 小津安二郎の映画「父ありき」の雰囲気か。しかし、途中でお互いに自由行動
 にし、私は昔(1970年代)したヒッチハイクに挑戦、(62歳)の初老が現代に実験。
 年齢へのイメージとヒッチハイクなれ、してない現代の人たち、との格差を経験する
 ことになった。もう少し覚悟を持ってすれば大丈夫であろう。今、改めて左の写真を
 見ると、ヒッチハイクするファションではない、と 思える。
 しかし、ひとに話かける、と言うのも訓練だ。と実感した。10人ぐらいは声を掛けだろう。
 現在、日本では「ヒッチハイク」はどう捉えられているのだろうか。ボーイスカウト⇒
 ヒッチ・ハイクぐらいに個人的にはイメージしているのだが。

 一時間に一本位しか汽車(電車)がない水郡線(だから選んだのだけれど)
 2時間〜3時間の待ち時間がある。袋田駅で3時間、時間を潰すのも大変。近くにいた
 中年の男に(鮎釣りに来ていた人)聞くと、常陸大子まで徒歩で一時間でいけるだろう、と
 語るので歩いてみた。
 山を2つ越す感じで、途中、地元の自転車に乗っていた高校生に聞くと、ここから
 自転車でも30分かかり、非常に大変だと言っていた。国道118号線が平行していて
 自動車の音は途切れることはなかった。こんな山の中を歩いているのは誰もいなく、
 自分ひとり、であった。しかしこの経験も良し。
 また、駅の近くで聞いた先ほどのひとは、この水郡線を使用する人は、95対5。95は
 自動車、残りが電車とも語っていた。

 泊まった旅館での、鮎の塩焼きは美味しかった。袋田駅/常陸大子駅/矢祭山駅(福島県)
 で下車した。この三箇所が緑が多いだろう、と思ったのだけれど、帰り、郡山駅までにも
 緑が多い箇所が幾つもあった。午前中から別行動していた息子と夕方5時すぎに
 東北本線の郡山駅で待ち合わせ。時間があったので構内を歩く。駅近くの若者が集まる
 ファションビル内には「スターバックス」があった。駅前では弾き語りの若者が歌う、
 自民党の宣伝に人がが集まっていた。何処でも見られる日本の駅前風景か?
 55年体制が崩壊し、この国は民主党に政権が変わった。
 新幹線の改札周辺を歩く。息子と合流。黒磯/宇都宮で乗り換える。
 宇都宮から一人で上野駅へ。9時13分到着。鈍行/快速の東北本線は電車のゆれ
 が強い、こんなに昔はゆれたんだ、と実感する。上野駅に着くとなんとなく、「旅」から
 帰って来た気分がする。若い頃の旅も想い出す。駅そばを珍しく食べ、秋葉原で
 乗換えて両国へ。10時ごろの帰宅になった。息子も10時半ごろの帰宅だった。

 田んぼの隣に廃車の山、放置(これは?)、国道を走る「豚」を運ぶ大型車(のどか)。
 虫/トンボ(おにやんま)/赤とんぼ/ススキ/カエル/奥久慈の鮎釣り風景/など など


 小さな「旅」でもそこはかとなく、いいもの。また、機会があれば「旅」に行きたい。




 国崎 清秀





雑記ーSAM HINTON/MIKE SEEGER/
                      JOHN COHENの事   
ー (2009年9月15日)


  サム・ヒントン
  
  *from  Los Angels Timesの訃報記事(9/14/09)に掲載された温厚な顔のサム・ヒントン

 * 詳しくはGEUST BOOK、9/12付をご覧ください。
   サム・ヒントン氏は92歳(1917〜2009)で亡くなった。



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  *マイク・シーガー(MIKE SEEGER)のことは詳しく、書くと記しましたが今回は
  下記のスケジュールを。


 (Concert Dates)


8/16/2009 Bristol, TN Mountain Stage
www.birthplaceofcountrymusic.org
9/10-13/2009 Berkeley, CA Berkeley Old-Time
www.berkeleyoldtimemusic.org (510) 848-5018
11/7/2009 Rockville, MD Green Acres School
www.greenacres.org
11/13/2009 Blacksburg, VA Lyric Theatre
www.thelyric.com 540) 951-0604
1/9/2010 Westminster, MD Common Ground On the Hill
www.commongroundonthehill.org (410) 857-2771
4/8/2010 Helena, MT Myrna Loy Center
www.myrnaloycenter.com private
4/9/2010 Helena, MT Myrna Loy Center
www.myrnaloycenter.com (406) 443-0287
4/10/2010 Whitefish, MT O'Shaughnessy Center
www.whitefishtheatreco.org 406) 862-5371
4/11-12/2010 Dillon, MT UMW Beier Auditorium
(406) 683-7772
6/5/2010 Louisa, VA Louisa Arts Center (540) 967-2200

(Last updated:July 28th, 2009)


マイク・シーガー、来年までスケジュールが入っていた。驚きです。

●9/19、今週土曜日のNHK-FM「ピーターバラカンのウィークエンド・サンシャイン」
 (午前7時15分〜9時)、追悼特集でマイク・シーガーが放送されるとのこと、です。
 ゲストに「ムーンシャイナー」編集長の渡辺三郎氏が出演する。
 1970年のマイク・シーガー来日公演の司会は麻田浩氏だった。詳しくは後日、書きたい。

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●上のポスターは今年(2009年6月11日)、アメリカのワシントンにあるライブラリーコングレス
(国会図書館)で開催されたジョン・コーヘン「The High Lonesome Sound Revisited」のもの。

昨日、この時の映像を、観た。(数日前、観覧できるように、なったのであろう。)

http://www.loc.gov/today/cyberlc/feature_wdesc.php?rec=4639

John Cohenが多いに語り、映像も鑑賞し質問を受けている一時間。国会図書館のサイトです。
1970年代に私がこの16mm映画のプリントをアメリカより買い、何箇所かで上映しました。
当時、金沢大学の三井徹氏の研究室にも貸し出した。
John Cohenは興奮ぎみに様々なこの映画/背景等を話している。私が個人的に関心あること
は殆どこの映像で語られてる。

FOLK STREAMや下記のアメリカ南部の文化等を取り上げているネット誌「southern spaces」
にも興味深い記事や映像がある。
http://www.southernspaces.org/contents/2008/matthews/1a.htm
この辺をまとめて、一冊の出版物にできれば、と思う。
1970年代とは状況が違う。まさか自宅でこのような映像や記事がオープンソースで
観覧できるとは、想像できなかった。

「The High Lonesome Sound」アートフィルムとして観ることもできる。ビート映画
Pull My Daisy」のように。「Pull My Daisy」も現在ではネットで観ることができる。
「The High Lonesome Sound」のエンデイングにSpecial ThanksとしてJoel Agee/
Robert Frank/Moses Asch (Folkways Records)らの名が入っているのも納得する。
John Cohenは1960年代にピート・シーガーのTV番組「Rainbow Quest」にNew Lost
City Rambersのメンバーとして演奏/歌っているが若く、永遠に残る美貌の映像
だ。このシリーズでPat SkyやRichard Farinaも永遠に残る若々しいアメリカの芸術家
に映っている。映画俳優のジェイムス・ディーンのようなアメリカの若者たち。



アメリカでは1950年代、この種の映像を制作するのは、大変な苦労であった。
その文化を観るー聴くー演奏する等は感じ方によって見解が異なる、が重要である。




国崎 清秀 (KIYOHIDE KUNIZAKI)





雑記ー 2009年8月下旬のメモ(ニュースなど)    (2009年8月21日)

 
  *2009年8月21日 於:清澄庭園 撮影:国崎清秀



   いつもはゲストブックに書いているメモを今回は、ここに掲載します。
   マイク・シーガーの惜別は驚きでした。この雑記で詳しく次回書きたい。

   8月14日のUPIのニュースによるとピート・シーガーが2009年のDorothy and
   Lillian Gishの名誉ある賞で20万ドルを受賞することになったと伝えられた。
   日本で多大な人気があったサイレント時代の名女優といわれる。
   今までにロバート・レッドフォード(男優)、ボブ・ディラン、アサー・ミラー(作家)、
   Frannk Gehry(建築家)が受賞。ピート・シーガーは「The Gish Sisters’s
   Legacy recognizes the power of art to inform,entertain and
   encourage generation after generation」と語った。兄弟のマイク・シーガー
   が亡くなり哀しみの気持ちがあるところに、励しの話題。いい話。お金を社会
   還元に。



  国崎 清秀







雑記ー SANDY PATONの死 (FOLK LEGACY RECORDSの社長)  (2009年8月12日)



  
 *Sandy Paton (from Folk Legacy Records Site)       *1960年代にFolk Legacy Records社より
                                            送られてきた初期のパンフレット。
                                          *from Folk Legacy Records/ the Cataloge
                                           (1960s)/ Tokyo Folklore Center Archive



 Folk Legacy RecordsとはFolkways Recordsと同様に60年代フォークファンには憧れの
 レコード会社であった。今も現存する。Sing Out誌の広告や「Folk Music Yearbook of Artists
 −1964」に載せたFolk Legacy Records社の広告(これが一番、個人的には懐かしい)。
 Michael Cooney/Harry Tuft(デンバーフォークロアセンターの主宰者)/Gordon Box/
 Golden Ring/The Traditional of Beech Mountain,NC. Vol 1のアルバムは今でもレコード棚
 にある。黒いジャケットの厚いダンボール紙使用はFolkways Recordsを彷彿さてたものです。

 
 

 * Sandy Paton夫婦 (from Folk Legacy Records Site)
    自宅の裏庭で。ここでFolk Legacy Folk Festival が開催されてたのだろうか?


 そのFolk Legacy RecordsのSandy Paton氏へ2000年代に入って、ふと
 Frank Warnerの亡くなった日が全米の雑誌/新聞に、今まで正確に掲載されて
 いないので問い合わせをした際、その日に返事があった事が忘れられず(以前
 にも詳しく書いた),何時かFolk Legacy Recordsを訪問したいとSandy Paton氏
 宛に書いたままになっていた。こんなにも素晴らしい庭とレコーディングスタジオ
 が存在する。家族みんなでの写真もサイトには掲載されている。
 
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 Folk Legacy Siteは・・・
 http://www.folk-legacy.com/store/UserMods/about.asp (Folk Legacy Site)

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 孫が6月に友人を川で助けようとして亡くなった心労と(これが大きな原因と言われる)
 持病のため、入院し3日後に安らかに亡くなった。7月26日 午後6時32分 80歳。
 この事はサイトに数週間前、詳細に書かれていて、素晴らしい文章だったので、今
 それをここに英文で掲載できないのが残念です。削除されてしまっている。
 ある意味では幸せな一生であったと思われます。まだメモリアル・イベントの詳細な
 発表はされていませんが、一生忘れられない出来事をSandy Paton氏は与えて
 くれた。


 国崎 清秀 (Kiyohide Kunizaki at Tokyo Folklore Center)






雑記ー 2009年、夏 − 両国 と 東京郊外!   (2009年8月11日)



 
 2009年8月9日 正造(左)(24歳)/清秀(中央)(62歳)/剛造(右)(21歳) 
   於/「一ツ目ギャラリー」 前 (「両国フォークロアセンター」の下) 撮影/国崎(妹)





 
 *2009年8月9日 於/「一ツ目ギャラリー」内(「両国フォークロアセンター」下)
   清秀(左)/正造(中央)/剛造(右)  撮影/国崎(妹)




 亡き母(国崎清子)へ


  もう、なかなか会うことのできない三人での記念撮影、皆、成長し大きくなった。
 正造は8月3日にアメリカより帰宅(約一ヶ月の旅)。簡単なサンダルで出発、帰り
 も、そのサンダルで帰って来た。PhiladelphiaをベースにNew York市内、ロング
 アイランド/メリーランド州ボルチモア/ワシントンDC(スミソニアン ?)にも行った、
 という。New York - Philadelphia はグレーハンド・バス(20ドルだった)を使用した、
 という。映画や小説に良く登場するグレーハンド・バス。

 清秀より/今年は地元、江島杉山神社での「第一回隅田川フォークフェスティバル」
 の催事を無事に実現できました。多くの人たちの協力があり、感謝。記念的なイベント
 になっています。注) 剛造と正造は今回、この催物に参加できず。今まで、両国
 フォークロアセンターのライブなどには多く協力し、参加している。

 剛造も約一年ぶりに会った。前回は去年の法事であった。
 
 と亡き母(国崎清子)への報告です。



  ■ 8月9日は午後から、東京の郊外へ散歩。そのときの写真を三枚。

      
  2009年8月9日 国崎清秀       2009年8月9日 風景     2009年8月9日 国崎清秀
             撮影/剛造             撮影/国崎清秀           撮影/正造

                              −昭和の雰囲気が残る街角でー



   家族で伊豆/八ヶ岳/箱根/軽井沢と旅行したのは、199年代。数年前三人で、
  北鎌倉で、名もしらない人に撮影して貰った写真(雑記に掲載されている)も
  個人的には好きなPHOTOです。人生は短い。旅行しよう、と思っても、子供の
  ときと違い不可能になって来るものです。そういうものです。今年の夏のささやか
  な想い出を掲載しました。皆さんも元気でお過ごしください。




 国崎 清秀






雑記ー「 第一回 隅田川フォークフェスティバル実況!」  (2009年7月2日)
                                      July 2、2009 (REPOERT)


 Kiyohide Kunizaki Presents The First Sumida−River Folk Festival 
 June 27,2009 at Sugiyama Jinja

 Tickets at Tokyo Folklore Center

 Folk Music
 Old Time Music
 Hand-Made Music
 Leadbelly Film  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


    

 *(左)国崎清秀(62歳)(Kiyohide Kunizaki)撮影:柴田 俊佑 2009年6月27日 朝、
      隅田川フォーク フェスティバル準備前に、快晴の日だった。

  (右)於:「一ツ目ギャラリー」 フォークミュージック ラジオショー」観客 撮影: 国崎清秀



ささやかな「第一回隅田川フォークフェスティバル」は無事、終了しました。
関西より、仙台、茅ヶ崎(神奈川県)より、外国人も、地元千歳町会から(隅田川沿い
にあるマンションに住んでいる方)も、若いお母さんと2才のお嬢さん、
と変化に富んだ待望していた、欧米に存在するフォークキャンプ、手作りの
フォークフェスティバルが成功したと思います。初めて会う人ー旧友とも再会。

映画上映(ピートシーガー夫婦より
提供されているLeadbellyの16mm(3曲入り)は公開できませんでしたが、
いずれ上映したい)/Radio Show/食べ物と飲物/生演奏(5組出演)
/CD・書籍販売/ジャムセッション/と十分内容を持っていたと思います。


まず、「一ツ目ギャラリー」で2:30pm〜より行われた、
「フォークミュージック・ラジオ・ショー」、のリスト。「Folk Music Radio Show」

1.Furusato(ふるさと)by Pete Seeger
  from Folkways Records FA 2454
  The Rainbow Quest sung
  PETE SEEGER 発売年日 1960年

  これはピート・シーガーが日本語で歌う「原爆ゆるすまじ」。
  追加(8/31/’09)/YOU TUBUで観れる。1963年のオストラリア公演での映像。
  この時のライブ公演DVD発売されている。
   http://www.youtube.com/watch?v=BscpP9WcbY4&feature=related

2.Buckets of Rain  by Dave Van
  Ronk from Smithsonian Folkways
  SFW 40156
  Dave Van Ronk And the tin
  pan blended And the story ended
  制作年度 2004

  デイブ・ヴァン・ロンクがボブ・ディランの唄を歌う。

3、A North American Raga by
  Robbie Basho
  From Robbie Basho/ Bashovia
  Takoma Records TAKCD 8913−2
  制作年度 2001

  バクレーにあるJazz レーベル Fantacy
  より再発されたタコマレコード、故ロビーバショウの一曲。
  松尾芭蕉の愛好家であった。西洋人に俳句ブームが存在する。

4、Follw That Road byTom Paxton
  FROM Tom Paxton/Anne Hills/
  Under American Skies Appleseed
  Records   制作年度 2001

  トム・パクストンとアニーヒルズが歌う「季節と自然」の詩。



「フォーク・ミュージック・ラジオ・ショー」の行われた「一ツ目ギャラリー」
は満員。ささやかにさーと聴くつもりでいたのですが。奥のトイレの近くにも
立つていた人達をいたのを今、想い出す。


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:* 上記は(左)から、米雑誌「SING OUT」1965年11月号、(「SING OUT」 November 1965
  ( from Tokyo Folklore Center Archive) 
  NEWPORT FOLK FESTIVAL特集号で、Jack ElliottやBlues特集もある号でPete Seeger
  のコラムに国崎清秀からの手紙が紹介された号でもある。余談だがJackはあのジェイムス
  ディーン(俳優)の元恋人と初婚、と最近知る。Jackは両国フォークロアセンターに来た
  ことがある。
  (中)「 ぐるり」 2009年6月号 特集:豊田勇造 この58頁に「隅田川フォークフェスティバル
   の広告載せました。記念になる号です。
  (右)ブルーグラス専門誌「Moon Shiner」誌2009年6月号の「Shiner's Pen」欄に
     紹介されました。この雑誌に久しぶりに両国フォークロアセンターの名称が載る。

     雑誌はOld Time Musicも長らく紹介している。この号では個人的にはDisk Union新宿
     ルーツ館の閉店(5/24)/名門ブルーグラスバンドのウェイファーリング・ストレンジャーズ、
     東理夫氏(立教大)のオザーク、青山学院のブルマンの3バンドが暮れの11月に新宿
     のバックインタウンに出演/Ash Groveの話(pp32)/日本ブルーグラスねん表30の日本発、
     世界初のブルーグラス書籍刊 1967.1210「ブルーグラス音楽ーヒリビリー音楽
     概説とともに」三井徹 著 (pp34)/が記憶に残る。
     ブルーグラスバンドも「隅田川フォークフェステバル」に。次回は申し込みしたい。


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今回の進行はマスダ昭哲氏 *****




  

写真/(左)ー国崎清秀           (中)岡 大介 くん       (右)Leddbelly Film (16mm映画)展示
     撮影:柴田 俊佑         撮影:国崎清秀         撮影;国崎清秀

   

 *田久保志乃さんと大槻泰永氏 撮影:国崎清秀 / *開場前の江島杉山神社本殿内  撮影:柴田 俊佑
           ( from 真黒毛ぼっくす)

                          

                      *入場後の江島杉山神社の本殿内  撮影:国崎清秀


 *江島杉山神社に於いて開催できたことは歴史的なことです。深く感謝。





 ( 当日演奏及び歌われたリスト。(コンプリートではない))


  岡大介 −  (カンカラ三線/ギターと歌)

           東京節
           満州小唄 ほか
  注) 満州小唄は シバが歌っている。

 加瀬浩正    バンジョーソロ
           Walking Boss (歌(英語)とバンジョー)
           Golden Slippers (バンジョー演奏)

 岡大介と加瀬浩正のライブに佐藤和雄(バンジョー、ひげおやじ)が参加している。

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  大田三造 (ギターと歌)
           野の花
           歌う古本屋
           風に吹かれて
  注) 風に吹かれて、彼の訳(解釈)ー日本語で、良かった。素晴らしい歌になっている。

  大槻泰永 /田久保志乃 (ギターと歌) from 真黒毛ぼっくす
           Deportees(w、Guthrie) 日本語で
           アリラン (韓国民謡)

  注) 高田渡「生誕60」で大所帯で歌った「ブラザー軒」(七夕の日・・・・・)のイメージ
     がありここで大丈夫かな、と心配していたが、このニ曲凄く良かった。

  古屋克己 (オートハープ)
          グランドファザークロック(おじいさんの古時計)
          I’ ll Fly Away (アメリカの賛美歌)

  注) I’ll Fly Away は映画「オーブラザー」の中でも歌われていた、アメリカでは
     有名な賛美歌、多くのフォーク&ウェスタン歌手が吹き込んでいる。ウェスタン歌手の録音
     が多い。個人的には1950年代の朝鮮戦争時代を思い出す。


  ハニーバイキング(ウクレレ/バケツベース/スプーン/アコーディオン/トイピアノ/メロディオン/バンジョーウクレレ)
          パイナップル・プリンセス
          可愛い眼
          今ここに   ほか (全6曲)


  全員で「生活の柄」。




  一言) 全員で歌った「生活の柄」、後である男性(若者)がこの歌はホームレスの歌ですか、と語ってた。

       個人的(国崎)には「りんごの木の下で」か「青空」(マイ・ブルーヘブン)を希望したかったのですが。
       高田渡「生誕60」でもアンコールとラストは「生活の柄」だった。
       上記のように今回の「第一回隅田川フォークフェスティバル」は多様な音楽に触れることができた。
       






                    

 ●ハニーバイキング(今年横浜ジャグバンドフェスティバル に出演した女性バンド。
               女性だけのJug Bandは日本に他にあるのであろうか?)のサイトより転写。
               大好きなバンド。


  ワンダフル! (Sun)
2009-06-28 15:41:09
昨日の演奏よかったです。楽しい音と爽やかな笑顔とで観客に幸せを降り注いでくれました。
世界中の人に分けてあげたかったな。ありがとう!
  ジンジャ〜ライブ (ゆうこ(おバケツ姉さん))
2009-06-28 18:35:35
sunさん
こちらこそありがとうです。
みなさんとまた楽しい時間を過ごしたいものです。
会場の江島杉山神社の神様は弁財天さんが
祭られています。音楽の神様っていうのも嬉しいですが。
財産も増やしてくれる神様だそうですよ。こちらもちょっと
嬉しいですよね。


笑うかどには福来る!!(神殿に書いてあった言葉)
歌ったり 笑ったり
皆様に幸が届きますよ〜に。
    Unknown (ユカコ@ハニ真ん中)
2009-06-29 12:46:49
>Sunさん
ありがとうございます。
小さな楽器でちょこっと楽しい音楽をやるだけで、世界はもっと幸せになるはず!

嬉しいコメント、大切にします♪
   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  
   
     *日記ー 「さるさる日記」 2009年7月1日   季節を味会う 


     「隅田川フォークフェスティバル」が両国の神社で開催されました。
     神社の拝殿(?)で、生音。窓を開け放して、演奏者もお客さんも畳の上でくつろいで、
     気持ちいい風が吹き渡って、缶ビール片手に…気持ちよかったです。
     今回はボスと2人だけだったので、直前に近所の公園の木陰で練習。
     それもまた楽しかった。


             ー さるさる日記 「ずっと美しく笑えるために」よりー


    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


     FROM ひげ親父 ブログより

     2009年6/25 隅田川フォークフェスティバル

     今度の土曜日は娘と一緒に参加します。
     体力が持つか一寸心配だ。
     一緒にステージにとも誘われたが、人前でやる勇気がない。
     でも、二人でバンジョー担いでいきます。
     どんな人と会えるのか楽しみだ。

     
      2009/06/28 12:15 AM written by ひげおやじ
      いやー楽しかった。参加人数は少なかったがフォーク系の異文化交流と言うか、
      同窓会と言うか・・後日写真をアップします。

    注) 上記は加瀬氏と演奏した佐藤氏のブログより。

   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

   (忘れ物 )/ ・ カメラ ケース付  受け取り済み
            ・ レコード 3枚(春一番) 受け取り済み

            ・ 女性ニットカーディガン
            ・ 手ぬぐい−名入り 九十九里海岸 国民宿舎
            ・ 赤いセロテープ With プラスティク


         


    
  *柴田 俊佑(受付) 2009年6月27日 於:江島杉山神社 撮影:国崎清秀
   柴田くん(28歳、武蔵野美術大卒 神奈川県厚木市生まれ)、彼に今回、チラシ、
   ポスターのデザインを頼む。受付も。彼の20年前の写真が見たい、そして
    20年後の写真も。ボランティア、ありがとう。



大田三造氏よりメール(2009年6月28日 夜)
こんばんは、昨日は有難うございました。お疲れ様でした。スタッフも観客も出演者も各々が
其々に調和して素晴らしいフェスティバルになりましたね。その質に於いては
クリアーウォーターフェスティバルに優るとも劣らない内容だったと思います。
ピートシーガーが言うように、日本から新しい何かが始まるのですね。  
個人的には素晴らしい皆さんに囲まれて至福の一日となりました。国崎さん
の築いてきた人脈とフェスティバルを大成功へと導いた情熱に深く感謝いたします。
何もかもが良かったです。有難うございました。





 注)後日、文章及び写真を多少、追加したいと思っています。(記 7/2/09)
   



国崎 清秀 (KIYOHIDE KUNIZAKI AT  TOKYO FOLKLORE CENTER FROM 1970)







 雑記ー第一回隅田川フォークフェスティバル PR!  (2009年5月28日)
     出演者  プロフィール/コメント/ニュース など

   *Folklore Center Community (1970 〜2009)
    
   *「一ツ目ギャラリー」(両国フォークロアセンターの下) 2009年5月16日 撮影:国崎 清秀

   
 *隅田川(紹介サイトより)    *両国フォークロアセンターでFolk Banjoを弾く人。



 岡 大介・・・・・ 年齢31歳。保谷市にあった「たての浴場」(銭湯)の息子。吉田拓郎ー
            なぎら健壱ー故高田渡ー大正演歌へ興味が移り、今日に至る。

            日本のフォーク歌手が多く集まった、今年4月の高田渡「生誕60」
            コンサートに出演した。アルバム「かんからそんぐ」を2008年にリリース。
            ・7月には浅草の「木馬亭」で独演会を行う。
            ・両国フォークロアセンターで2008年12月に「岡大介、特別ライブ」を行う。
            3月に東京の中央区コミニティーラジオ番組「シネマ・エスプリ・カフェ」
            (1時間番組)資生堂提供にゲスト出演し自らの音楽を語り、曲をかけ
            スタジオで歌った。ナビゲイター三留まゆみさん(映画評論家)が,初めて
            岡大介を聞いたのは12月の両国フォークロアセンターでのライブだった
            と番組で語ってた。

            「Music Magazine」誌2008年11月号に吉祥寺でのライブ・レビューが
            載ている(真保まゆみ、写真/マスダ昭哲)P、210

            「東京節」「憧れのハワイ航路」ほか、大正演歌を歌ってくれる。



 加瀬 浩正   (Uncle Gryphon)・・・・日本のオールドタイムミュージック界の実力者。
            青山学院大学ではブルーグラスミュージックに興味を。以後、オールド
             タイム・ミュージックに没頭し、今日に至る。57歳。
           ・Henry Reed コンテストに入選
           ・Merle Watson Festivalに参加
           ・明治大学オープン講座ー世界の民族音楽を聴くーに出演。
           ・The Berkeley Old Time Music Convention に参加(2007)
            この時の詳しいレポートが(ブログ/映像)が米国のサイトにも
            Linkされている(加瀬氏が製作)
            http://www.berkeleyoldtimemusic.org/links.html
            (世界的に有名なOld Time Musicの集まり)

            ブログでバークレーのAlan Senauke氏での会食(メキシコ料理?)が
            一番美味しかった、と書いているのが印象的であった。Alan氏は国崎
            の他のページで書いているがBerkeley Zen Center(禅センター)の所長
            や「Sing Out」誌の編集長も歴任した人物で聖なる偉人だ。(ユダヤ系
             アメリカ人)。
           
            最近のBig NewsでPiedmont Folk LegaciesgがNational Banjo Center
            (博物館)設立の為に510、000ドル(何億円だろうか?)相当の建物
            を無料プレゼントされた、という。(NPOだ)。Newsは下のサイトへ
            http://singout.wordpress.com/2009/03/27/
            historic-site-slated-to-become-national-banjo-center/

            加瀬氏は70年代、両国フォークロアセンターには数多く出演していた。
            両国フォークロアセンター主催のイベントにも「Pumpkin Pie String Band」と   
            として出演したこともある。(1976年)
            「Coo Coo Bird」「A Mole in the Ground」等、アメリカの古い音楽を
            (バンジョーで)演奏してくれるでしょう。

            こんな風にバンジョーで歌う/Kelleigh Mckenzie (ウッドストックで)
            http://www.youtube.com/watch?v=ly5j6o5I1yQ

            このカップルの雰囲気は感動します?Say Darlin' Say  
            http://www.youtube.com/watch?v=vKJKs4GjpFE&feature=related



 ハニーバイキング 彼女たちはジャグバンド(Jug Band)。

           米国ではHarry Smithの「Anthology of American Folk Music」に収録
            されている「Memphis Jug Band」等で有名な音楽ジャンル。
           Dave Van Ronk's Ragtime Jug Stompers/Jim Kweskin Jug Band/
           Even DozenJug Band などが有名。日本でも彼女たちが、今年出演した
           「横浜ジャグバンド フェステイバル」は世界的に知られているジャグバンド
           のお祭りだ。

           余談だがJohn Sebastian/ David Grisman/Stefan Grossman/Maria
           Muldaurらの「Even Dozen Jug Band」は1960年代、ピート・シーガー出
           演の「フテナニー」で演奏(カネギーホール)した。「Even Dozen Jug
           Band」の名はFolklore Center のイジーヤング氏が付けたと聞いたことがある。
           このバンドはたしか2年間足らずの活動であった。1960年代、
           フォークロアセンターやカフェに出入りしていた若者で結成された1つが
           このジャグバンドバンドだった。想い出した、このカネギーホールに出演
           したときの「Even Dozen Jug Band」の写真がなんと日本の音楽雑誌
           「Pops」(1963年)に掲載されされていた。マリア・マルダーの若い姿もある。

           「余白のあるカンバァス」(Canvas With An Unpainted Part) リラン/松岡和子
           朝日新聞社(1976)も懐かしい。「ライムライト・カフェ」「フォークシティ」
           アレン・ギンズバーグ、マリア・マルダーと当時のビレッジの青春記。

           興味あるアメリカのウクレレフェスティバル・・・
           http://www.dustystrings.com/shop/09ukefest.shtml

           こんなNew Yorkでのライブ/(趣味の音楽家?)
          Heather Lev at Ukulele Cabaret
を見た事がある。
           http://www.youtube.com/watch?v=o1fnEVSkRgc&feature=related
           Shake Sugaree/http://www.youtube.com/watch?v=9D6MOYXITPY
         

           日本では吉祥寺の「武蔵野たんぽぽ団」がこのジャンルにはいる。

           「自転車に乗って」「青空(マイ・ブルーヘブン)」「リンゴの木の下で」ほか
           のレパートリーより歌ってくれるでしょう。

        


  国崎 清秀  (Kiyohide Kunizaki at Tokyo Folkore Center from 1970 )








雑記ーPete Seeger 90th Birthday Concert! (2009年5月5日)
     ピート・シーガー90歳誕生日コンサート !


        
     * from Musicnewsnet.com (コンサートのポスター)

 

 今回のコンサートに関する記事/映像/ブログを幾つも検索してみた。
 2009年5月3日 NEW YORK Madison Square Garden に1万8千人〜2万人が集まる。
 切符は売り切れ。

  Bruce Springsteen Introduction at Pete Seeger's 90th birthday concert
  ブルース・スプリングスティーンがコメント。英文付。
  http://www.youtube.com/watch?v=9vT_JwRJWQM&feature=related
 
 Bruce Springsteen-Tom Morelloー「The Ghost Of Tom Joad」 トムジョードの幽霊
  映画「怒りの葡萄」のトムジョード・・・ 素晴らしい。まず下の映像を見よう。
  http://www.youtube.com/watch?v=SvzNVqUjk4A&feature=related
  続々映像が上がって来ている。アメリカインディアン〜2009年現在迄の全体像が歌/詩
  を通じて迫ってくる。会場に行きたかった。人間の心の一番深いところに迫って来ている。
  オバマ大統領からの手紙も会場で読まれた。日本からも何かしたかった。
  
  Happy Birthday Pete Seeger の下の映像はJackやTom Paxtonの姿もよく見るとある。
  http://www.youtube.com/watch?v=78_umNwj6xw&feature=related

  おー懐かしき偉大なフォーク歌手、TOM PAXTONのHPを見る。Pete's 90th Birthday
   Party at Madison Square Garden
なるトム自身のコメントと写真(娘さんによる)が凄くいい。
   必見。  http://www.tompaxton.com/


 歴史的にみても一番よくできた永遠に残る映像/資料として5/4、米国でTV放送された
 Democracy Now, Monday May 4, 2009 
 http://www.democracynow.org/2009/5/4/legendary_folk_singer_activist_pete_seeger
 この日のニュースのあと、14分ごろよりピートシーガーのコンサート/コメント等が
 紹介される。

 を挙げたい。人間がどんな環境で生まれてきても、世の中の意識を変えること、
 生きることができると世界中のひとへアドバイスしている。両国フォークロアセンター
 にはピート・シーガーに関する資料等が存在する。ピートシーガーより国崎清秀に
 渡されたもの。これから幾つかのプロジエクトを実現しましょう。資料と「フォークプロセス」
 のバランスを確認しながら・・・。そしてこのコンサートのように時にみんなの気持ちを
 確認しながら集まりを・・・ 。「高田渡の生誕60」もよかった。

  「Turn Turn Turn」


 ピートシーガー90歳の誕生日、おめでとう。


 国崎 清秀 (Kiyohide Kunizaki)




 (ピート・シーガー年譜(日本来日の関して))

 昭和38年(1963年) ピート・シーガー来日(家族で世界旅行)。国崎清秀、銀座の東急ホテル
                で会う。新宿厚生年金大ホールでコンサート。このコンサート観る。

 昭和42年(1967年) 9月来日 8ヶ所でコンサート(東京/名古屋/京都/大阪/福岡/松山)
                このときの日比谷公会堂(10月2日)、 と日本武道館(10月6日)のコンサートに行く。

 昭和61年(1986年)  朝日生命ホール(新宿)のコンサートへ行く。

 ということで、ピート・シーガーは今までに3回、日本に来日したことがある。


 ●上記のピート・シーガー90歳コンサートは今年の夏に米国のPBSでTV放映されるという。

 * オバマ大統領の就任記念コンサートでブルース・スプリングスティーンと「This Land Is Your Land」を歌った
    ピートシーガー、オバマ大統領は今回のコンサートにも手紙を送ったというが、就任記念コンサートの後で
   「私が4歳の時、私の母が貴方の音楽を演奏してくれた」とピート・シーガーに直接、語ったという。






雑記ー 経田佑介氏(詩人)を迎えて !  (2009年3月22日)
      The Poetry Reading of Yusuke Keida (3/20/2009)
      Yusuke Keida,editor of BLUE JACKET is an international
       poetry magazine



*2009年3月20日 於:一ツ目ギャラリー(両国フォークロアセンターの下)
 左よりー 本村俊弘/鈴木一成/経田佑介/八木忠栄/国崎清秀 撮影:国崎正造

        
*朗読する経田氏 撮影:国崎清秀        *雑談する経田氏 撮影:国崎清秀



 *「BlueJacket」のバックナンバー (一部英文)−(経田氏より寄贈される)
   右の表紙はCarl Sandburg が戦前にGreenwich Village Theatreで朗読した
   時のチラシを使用している。

 一ツ目ギャラリーで2009年3月20日、古希を迎えた経田氏の朗読会「経田
佑介氏を囲む夕べ」があった。
経田氏は1970年代より諏訪優が監修していた詩誌「天文台」等に寄稿したり、
近年、「ジャック・ケルアックのブルース詩集」(経田佑介・中上哲夫訳 1998年 
新宿書房)や「ユリイカ」1999年11月号 特集 「ケルアック」の編集に
関わったりと活動している方で欧米では英文ビート誌「Blue Jacket」の発行
/出版人として有名である。

個人的には今回二回目の出会いだったが、初めて会ったのは新橋駅近くの
地下バーで鈴木一成が主催したNew Yorkの詩人、スティブ・ダラチンスキー
の「ポエトリーナイト」だった。この日は白石かずこ/中上哲夫/諏訪優氏らの
話題で話をし、大変気さくな印象を持った。
その後、ここ数年は年賀状での交流があった。3月19日に上野にある
東京文化会館小ホールで行われた東京混声合唱団第218回定期演奏会
で経田佑介(詩)の災厄ブルースが初演されるので上京するという知らせを頂いた。
急遽ではあったが、この機会に是非会って雑談をしたいですねということになり
、イベントが実現した。

リトル・マガジン「BlueJaket」の貴重なバックナンバー/大きな色紙に書いて
頂いた詩/古希のお祝いで特別作ったお酒の瓶と想い出になる逸品が
両国フォークロアセンター/一ツ目ギャラリーの残っている。深い余韻を残して。
頂いた詩集/経田佑介詩集「泡だつ日々 泡だつ海」(沖積舎 1978 1800円)
と「 ニューヨーク動物園の笑う象」( 経田佑介著 白地社 1986 1600円)。
書籍には経田氏が1981年にアメリカ旅行した折の写真(40代 ?)が載っている。
New Yorkの「White Horse Tavern」に寄った時の文章を私は最初に読んだ。

懐かしい鈴木一成と会い、著名な詩人ー八木忠栄氏(初めてお会いする)、
本村俊弘(長崎出身)がみえた。息子の正造(帰省中)も珍しく聞き入っていた。
両国駅へ午後2時頃に迎えに行き(経田氏は初めて両国駅に降りたと語っ
ていた)、夜の10時ごろ迄、8時間もの間、時を同じにし、昔の話を語り合ったり
朗読をするという、自分にとっては思い出になる一日となった。ボストンの「Club
 Passim」(昔はClub 47と言ってた)の前オナー夫婦 Bob & Rae Anne Donlin
(二人ともなくなっている)はJack Kerouacージャックケルアックの知人/友人だったし
、New Yorkにあった「Gaslight」はディランやデイヴ・バン・ロンクが登場する前は
ビートの朗読会のメッカだった。Folk MusicとBeatも周辺では繋がりがあるか
もしれない。Dave Van Ronkが「The Poetry Project at St.Mark's Church」で
歌ってる映像で会場にAllen Ginsbergの姿があるのを観たことがある。
しかし、もう皆、亡くなっている。DaveもGinsbergもこの世にいないしネ。

経田氏と又、機会があればイベントを企画したい。今度は「詩の朗読会」告知の
サイト(こんなのがあるという)等に一ヶ月前には掲載して、映像と録音を残す方法で
、と考えたい。
本当に突然、実現した夢のような一日だった。感謝の気持を・・・。

*「一ツ目ギャラリー」とは「一つ目弁天」の前に存在するので付ける。サブネームは
  Folklore Center Community Galleryである。

国崎 清秀





雑記ー 京都の古川豪氏へ   (2008年12月30日)

   
  *今年(2008年)、27年ぶりに改訂版が刊行された。

 12月26日付(2008年)の短いメールありがとう。
 「先日は電話で国崎さんの元気な声が久しぶりに聞けて、なつかしさがこみあげて
 来ました。」と書かれていました。人間が亡くなるとその人の生の声が聞こえず寂しい
 ものです。今年はエディー・アーノルド(カントリー)、Utah Phillips,オデッタ、
 Studs Terkel、加藤周一、筑紫哲也、ササキ・ナナオ(詩人)、下北沢の「ぐ」の
 マスター、赤塚不二夫と亡くなりましたね。個人的には母の死(9月19日)は想像以上
 の出来事でした。
 古川氏と初めて会ったのは30年前か、そう京都の「ほんやら洞」で73年に見かけて
 いる。多くの話があるが、又お会いしましょう。ホームページ久しぶりに見ましたが
 すごくよくできたサイトですね。
 今年(2008年)にアメリカで発売された「How Can I Keep from Singing?
 The Ballad of Pete Seeger by David King Dunaway」を最近、買いました。
 丸善で3213円だった。27年ぶりの改訂版で珍しい写真が多数そして、Studs Terkel
 が帯に文章を寄せている必読書。
 外国の友人によるとピートの「花は何処行った」の歌集(絶版)もCD付でここ数年の
 内に再発される、と言っている。
 日本のフォーク・ムーブメントと米国のフォーク・ムーブメントの対比、死ぬまで関心が
 あります。ピートの何時かの手紙で「日本こそ、この仕事のリーダーにふさわしい」と
 語っていた。これからの日本はよくなるでしょう。

 * 電話は岡大介くんのライブの日、岡くんの携帯で話した。Thanks。


  http://jp.youtube.com/watch?v=cPCjxwcf3rU

 (最近見たPete Seegerのドキメント、スエーデンで放映されたもの?何年頃のものか?
  いい映像です)



 国崎 清秀





雑記ー FOLKLORE CENTER COMMINITY GALLERYで (2008年12月11日)


 

 * 神谷一義氏(左)/国崎清秀(右)             * マスダくん(51才)/神谷(47才)/国崎(61才)
    撮影/2008年11月27日 於: Folklore Center Community Gallery   Photo by
    岡野 美佐江 (埼玉・上尾)



 国崎 清秀





雑記ー 母、国崎清子の死   (2008年10月4日)

  
  #2008年9月21日 自宅にて  撮影:剛造          

 

  (追加)・・・・・
 #2008年11月2日 於:新宿抜弁天ー法善寺 撮影:国崎正造
   


数年来、介護の末、両国の自宅で9月19日亡くなった母。享年83歳。
呼吸不全だった。ヘルパーや医師/看護士との思い出多し。
亡くなった日の朝日新聞の夕刊で「看取って実感、命の重み」を読んだ。
「・・・母と二人で面倒を見ていたものの、次第に体力が続かなくなり、
最後には自分自身、精神的にも極限に近いところまで追いつめられている」
など、いくつか同感する文章があった。家族に看取られ(妹と私自身に)
最後を迎えることは何ともいえないものがある。深い悲しみを持ちながら。
自宅で亡くなる人は今では(日本では)非常に少ないと関係者は語って
いた。

今回は家族のみでの葬式の形をとった。自宅で納棺(母の弟と孫ー男4人
で入棺)。21日に江戸川区の瑞江葬儀所で火葬し骨揚げ。悲しいなぁー。
マイクロバスで帰路に向かう。雨が降っていた。新大橋通り〜両国の
自宅へ。ティアラ江東を確認し、森下へ、飲み屋「山利喜」(本店)の建物
を見るが無い、建て直し?精進落としの簡単な宴会を自宅で行う。
弘前や盛岡、都内の水元、横浜、市川、平井から親戚や家族が来て、
家族葬儀は終了した。離婚後初めて典子(元妻)もお別れに来た。
親戚のひとの話で、昔、ふ志多家(50年代)町内に住んでいた栃錦宅
へ「かしわ うどん」を出前した、と語っていた。栃錦はこれが好きだった。
又、須田町と神田でかばん屋を営んでいた人は疎開していた時代に、ここ
の千歳町から小学校(両国小 ?)に数ヶ月通っていたなど、聴いたことも
ない話が聞けた。
亡くなる一年前に母から聴いた話で葛飾区の新宿三丁目?(金町近く)〜
高砂に戦後昭和21年頃住んでいたことが有ったらしく、夏に身重の際、
かき氷3杯を京成高砂駅近くの店で夢中で食べたと語っていたのを忘れ
られない。私が母のお腹に居た昭和21年(1946年)の夏(戦後)の話。
今でも東京の周辺には昭和20年代〜昭和30年代の雰囲気を残す地域
が存在し、「東京の町を歩くこと、それは人生の追憶の道を辿ること」
(荷風)ではないが、歩きたくなる。歌は戦前/戦後の流行歌がいい。
「星の流れに」「裏町人生」「泣くな小鳩よ」等悲しい歌と「丘を越えて」
「東京ラプソティー」「憧れのハワイ航路」など楽しい歌も。YOU TUBU
でたまたま初めて聴いた、菅原都々子の「夕月峠」など聴くと遠い昔
を思う。東京オリンピック以前の時代があった。
母とは向島百花園/小石川植物園/箱根/伊豆/八ヶ岳/軽井沢/北
鎌倉へ散歩や旅行したことがあり、思い出は尽きない。北鎌倉ではこれは
山ぶどうだよと言って採ってくれ、口に入れたこともあった。スターバックス
やお茶の水の「穂高」などのコーヒ屋にも入ったことがあった。
千葉県の幕張に30年間(一軒家)で妹と生活していた母。
フォークロアセンター関係では1996年の25周記念コンサートの時に居た。
1970年代後半にはクリスマスパーティの食事の用意にも協力していた。
又、70年代京都大の職員だった女性とは西荻のポビット村に自然食の食事
に行ったなど、様々な想い出がこぼれる。

母親を永遠にー

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
二年前かカナダのフォーク歌手BOB BOSSIN氏の母(絵描き)が亡くなった
ときネットで見たブログをここに掲載したい。Marcia Bossin(1912-2006)さん。
Old Folk HomePageのMiscellany欄に10分ほどのスライド写真がある。
素晴らしい。母が息子のBOB BOSSINがバンジョーを弾く絵を描いて
いる。アドレスは下記に。
http://www.bossin.com/  

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
今年も米国でフォーク歌手やカントリー歌手が亡くなっている。その中に
U.PhillipsやEddy Arnoldがいる。エディ・アーノルドから60年代実筆
サイン入りの手紙を貰ったことがあった。彼の葬式はカントリーのメッカ
「ナッシュビル」のライマン公会堂で行われたが豪華な車で会場入り
した写真を見た。
U.Phillipsの葬式は下記のように馬車で運ばれた。

from U.Phillips Site.


どちらも同じように私には思える。馬車で運ばれるU、Phillipsの遺体は
素朴で味があり感動的だ。そういえば今年何時だったか黒人JUG BAND
「MEMPHIS JUG BAND」のハーモニカ奏者が亡くなり、お墓が建てられ
なくて、ベネフィトコンサートがシカゴかメンフィスで開催されたニュースを
観た。
最後にROSALIE SORRELS(女性フォーク歌手)がUtahが亡くなった後
フォーク雑誌に寄稿していて、次のような文章が載っていた。

「・・・he will be everywhere in songs,in stories and
 in memory and in all there people he touched. 
 A  bientot, old buddy...
 I’ll see you on the other side 」


Kiyohide Kunizaki at Tokyo Folklore Center

国崎 清秀






雑記ー The Asch Recordings,1939〜1947
                                   (2008年5月21日 5/21/2008
 
 ●下記のレコードリストはすべてSP(78rpm)Recordです。 SPレコードは
   戦後、1950年後半まで、生産され、その後はLPレコードにすべて
   移行された。下記のSP RECORDは米国の歴史的なフォークのSP
   レコードだ。 黒人/ラブソング /抗議の歌/詩 等。

   *日本で初めてLPレコードが発売されたのは・・・昭和28年9月(1953年) コロンビアレコード
    *日本で初めてEPレコードが発売されたのは・・・昭和29年2月(1954年)  ビクターレコード
    *日本にCDが登場したのは           ・・・1982年10月                
    * YOU TUBU は何時 始まったか      ・・・2005年2月


           
    from the official woody guthrie site
                        (Moe Asch) from Folk Alliance Site

 Folksay #432
 432−1 Good Morning Captain−900 Miles
 432−2 Streets of Glory−Dead or Alive
 432−3 Don’t Lie Buddy−Biggest Thing
 432−4 Cindy− Who’s Gonna Shoe Your Pretty Little Feet
 ARTISTS: Woody Guthrie、Josh White、Leadbelly、Pete Seeger、
         Sonny Terry      4−10” records $ 3.50

 BLUES  #550
 instrumental and vocal  cover by David Stone Martin
 350−l Careless Love− T.B. Blues by Josh White
 550−2 Until My Baby Comes Home−Too Evil to Cry
 550−3 Lonesome Train−Ain’t Gonna Be Treated This Way
 ARTISTS: Nore Lee King,Mery Low Williames,Jack Dupree,
         Woody Guthrie,Sonny Terry  3−12” records $5.00

 SONGS BY LEADBELLY  #343
 guitar and vocal  acc.by hamonica
 343−1 Good Morning Blues−How Long Blues
 343−2 Irene−Ain’t You Glad
 343−3 John Henry−On a Monday
 ARTISTS: Leadbelly, Sonny Terry    3−10” records  $2.75

 BURL IVES, the WAYFARING STRANGER
 guitar and vocal− story by ALAN LOMAX
 345−1 Wayfaring Stranger,Buckey Jim−The Bold Soldier,
       The Sow Took the Measle
 345−2 Foggy Foggy Dew−Black is the Color
 345−3 Blue Trail Fly− Henry Martin  3−10”records $2.75

 SONGS FOR VICTORY #346
 346−1 Hold the Fort,We Shall Not Be Moved−Hold ON
 346−2 UAW−CIO−Dollar Bill
 346−3 Sally Don’t You Grieve−Jim Crow
 ARTISTS: Woody Guthrie,Cisco Houston,Josh White,
          Brownie McGhee,Sonny Terry,Tom Glazer and
         The Union Boys          3−10” records $2.75

 WOODY GUTHRIE  #347
 gutiar and vocal
 347−1 Talking Sailer −Gypsy Davy
 347−2 Ranger’s Command−Coules Dam
 347−3 Jesus Christ− N.Y.Town    3−10”records  $2.75

 JOSH WHITE    #348
 guitar and vocal
 348−2 Outskirts of Town−One Meat Ball
 348−1 Work Blues,Cotton Eye Joe− Fare Thee Well Blues
 348−3 When I Lay Down and Die De Die−The House I Live in
       ( Earl Robinson)           3−10”records $2.75

 POEMS BY LANGSTON HUGHES  #454
 recitation by LANGSTON HUGHES  4−10” recirds $4.50  ETC

 from First Asch Catalogue


 上記はMoe Aschの名から取られたレコード会社より発売されたSP
  レコードのリストだ。60年代はLPで数年前にはCDで再売されている。
 余りにも有名なFOLKWAYSレコード社の社長だった人物 Moe Asch.。
 現在はSMITHSONIANーFOLKWAYSに成っている。
 上記のオリジナルアルバムを見たことがないので大変興味がある。
 1947年といえば我々が生まれた年であり、1945年からは戦後である。
 それから20年、(1945〜1965)の間でも日本人の眼に入ることはなかった。
 「SING OUT」誌の1950年代のバックナンバーにでも、あるいは当時の
 米国のJAZZ雑誌に広告が掲載されているのであろうか?
 下記に参照として載せた「ジャズ」ヒューズ 木島始 飯塚書店(1960年
 昭和35年)のレコード目録にソニー・テリー「ロンサム・トレイン」Ash 
 550−3A(78回転)が掲載されていて当時、個人的に聴きたくて、聴きたくで
 しょうがない夢のようなレコードとして記憶している。
 60年代に有楽町のビデオホールで我々が日本で始めて公開した
 16ミリ映画には上記の SPレコードに収録されているWOODY GUTHRIE
 /SONNY TERRY/BURL IVES/PETE SEEGER/JOSH WHITE/他の名前が
 記録されている。上記のアルバムはFOLK MUSIC の原点であり,永遠の
 遺産であるので記して置きたい。
  花ならば種であろう。
  お金と物と人材が移動するグローバル時代。

  余談だがen−taxiという雑誌にこんなことが書いてある。 「en−taxi
  spring、2008」 p、138 連載 「落語の血脈」4 −寄席に芸の移ろい
  をみつめて-

  では狭い共同体の中に享受される寄席の名残はいつごろまで存在
  したのだろうか。「・・・私の家は隅田川の向こうの森下にありましたが、
  裏に住んでいたお婆さんなどは、大川を渡ったことがないと言ってました。
  ・・・そのかわり本所の寿屋という小芝居の小屋があって、そこは下町
  の中ですから気軽に行ける。うちのおふくろは年に一、二回、寿屋
  にお弁当をもって出掛け、それが最高の贅沢なのです。・・・昔は自分
  の町内のことしか知らないという人がよくいたものです」。
  これもすばらしい話だ。
  
  さてMoe Aschの映像は現存するのか?
  例のHarry Smithの「Anthology of American Folk Music」に入っている
  ENHANCED CDPROGRAMにHarry SmithとMoe AschがNew Yorkに
  あったFolkways社のオフィスで話している数分の無声映画(8mm
  フィルム?)、50年代の映像?がある。Times Square近くに
  あったフォークウエィズ・レコード社を訪れた日本人の芸術家/随筆家
  の文章を読んだこと今まで一度もない。一人もいなかったのであろうか?
  そんなことないであろうけど、いつ読むことができるだろう。個人的に
  80年代にNEW YORKへ行った際、訪ねてみることは可能であったの
  に残念である。


 * 参考/ 「ジャズ」ヒューズ 木島始 飯塚書店(1960年
                         昭和35年9月1日 2版) 160円
    YOU TUBUでFOLKSAY に収録されているSTREETS OF GLORY
    がSPレコードで聴ける。

  http://ca.youtube.com/watch?v=gPit0Xpc1QA


 KIYOHIDE KUNIZAKI AT TOKYO FOLKLORE CENTER

 国崎 清秀




雑記ー  北鎌倉〜夏     (2008年5月15日)


* 北鎌倉で、息子達:正造(左)剛造(右)と。 撮影:2007年8月。

2007年、8月の写真。北鎌倉というと、小津安二郎監督の映画「麦秋」(1951)。
そして、タイトル・ミュージックをどうしても想い出す。美しいというか、
懐かしいというか、たまらなくいい。
FOLK MUSIC/BLUES/COUNTRY MUSIC/流行歌にも存在する。
様々な人生/自然/家族/旅。
至福の時間であり音楽である。出会った人達、これから出会う人達に感謝を。
ところで、この小津の映画、何処で初めて観たのであろうー銀座の「並木坐」
だった。


国崎 清秀




雑記ー ブルーグラス音楽 と 両国フォークロアセンター
                                 (2007年6月14日)

     BLUEGRASS MUSIC AT TOKYO FOLKLORE CENTER

   
  *両国フォークロアセンターでの東京  
   ボンパーズ(左 岩倉、旦部、故柳沢、中西)      *故 柳沢光昭氏(57歳)のコレクション
                     (1977年)         (ムーンシャイナー誌2005年10月号より)
   (ムーンシャイナー誌2007年3月号より)


    柳沢くんが去年12月11日に通勤途中に車内で倒れ、そのまま帰らぬ
   人となった、と読んだ時はショツクだった。彼と去年の1月、電話で話し、
   いずれ会う予定であったのに。 落語家のように饒舌に話のできる優しい
   人であった。物凄く残念。この「東京ボンバーズ」の写真は「両国フォークロア
   センター」で撮った、ブルーグラスバンドのたった一枚の写真かもしれない。
   他に見たことない。懐かしいね ブルーグラスファンの知人は何人もいる
   けど中西考仁や岩本健(この二人は学習院の出身だった)とおぼちゃんタイプ
   で、どこかのんびり している。いい。昔の話題にこんなのがある。
   1956年の事。「学習院の卒業式の夜のパーティにワゴン・マスターズ
   の寺本圭一とギターの堀威雄(現 ホリプロ会長)が呼ばれ皇太子(今
   の天皇)の前でテネシーワルツを歌って聞かせた。皇太子から「私は
   ジャズよりウエスタンの方が好きで、ワゴンマスターズの出ているKRの
   ウエスタン・ヒット・パレードは時々きいてます」と云われた。(当時の
   「ミッージック ライフ」誌より)。
   さて、昨日メールを見ると渡辺三郎氏/ムーンシャイナーから「有田達男さん、
   ご逝去」とある。

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  「さっきIBMAJとJGrassに送ったものです。有田さんと個人的な関係がおありだと思われ
  る方にお送りします。

  さきほど、尾崎ブラザーズの尾崎恭さんから、同行されていた佐々田克彦さんを通じて
 、有田達男さんが地中海クルーズのご旅行中に亡くなられたとの連絡を受けました。
  有田達男さんは、1958年10月17日に大阪のAFMS(American Folk Music Society)第23
  回定例コンサートでの、イースト・マウンテン・ボーイズ(ドン佐野、尾崎兄弟ら)の
  結成を促がした影の立役者です。イースト・マウンテン・ボーイズは、ロイ・エイカフ
  らのプリ・ブルーグラスに近いスタイルのバンドでしたが、明らかにバンジョーやマン
  ドリンをメインに置くことで、わたしはブルーグラスを志向した日本最初のバンドと認
  識しています。
  有田さんは日本で最も早く、ブルーグラスという概念を持たれた方々のうちのひとりで
  、わたしも高校時代から、兄を通じて有田さんのフラット&スクラッグスのシングル盤
  コレクションに親しんできました。というより、その中の"Old Home Town"が機でわた
  しはブルーグラス・ファンになりました。
  有田さんはまた、1961年7月4日にバージニア州ルレイのビル・クリフトン主宰で開か
  れた世界初のブルーグラス・コンサート「ブルーグラス・デイ」(ビル・モンロー、ス
  タンレー・ブラザーズ、カントリー・ジェントルメン、ジム&ジェシーほか)に、カウ
  ンティ・レコードのデビッド・フリーマンとともに参加したという経歴をお持ちです。
  また現在、ケンタッキー州オウエンズボロのIBMM(国際ブルーグラス音楽博物館)の「
  ビデオ・オーラル・ヒストリー、ファースト・ジェネレーション」の映像資料として、
  尾崎ブラザーズとともに記録され、博物館で公開上映されています。
  ムーンシャイナー誌にも、第1巻11号(1984年9月号)の谷村順造氏によるインタビュ
  ー以来、さまざまな情報を提供くださり、最近では2005年1月号から3月号まで、ブル
  ーグラス紀行「ブルーグラス・ジャーニー」の寄稿をくださいました。
  日本のブルーグラスに大きな第一歩を遺された有田達男さん、心からご冥福をお祈りし
  ます。
  渡辺三郎/ムーンシャイナー

  Saburo "Sab Watanabe" Inoue
  Moonshiner/B.O.M.Service
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  有田達男さん(Tatsuo Arita)、一度もお会いしていないですが、大変懐かしい人です。
  探しました。44年前に有田さんへお手紙を書き、その時頂いた一枚の葉書、日付は
  l963年6月9日大阪、西成の消印だった。当時、有田さんの住所をどうしてしったか、
  思い出せないですが、1961年のバージニア州でのブルーグラスコンサート(世界初)
  で有田さんが撮影されたスタンレーとビルモンローの写真が当時、日本で発売されて
  いたソノシート付のブックに掲載されていてそれを見て感激して発売元に手紙を書いた
  のかもしれない。このソノシート付ブックー銀座の楽器屋で買った。今見ると、スタンレ
  ーのところは切れ抜かれているので、アメリカのスタンレーのファンクラブにでも送ったか。
  77歳だったという有田達男さん。 余談だが、検索サイトで有田達男を見ると、サイクロ
  ベデック社代表 となっており、明日を創る医療総合誌の「クリニック・マガジン」や「ドラック
  マガジン」 に特別寄稿. 2006年医療制度改革の動向と世界の薬業界展望.など薬業界の文章を
  書かれている。趣味として長年ブルグラス音楽を聴かれていた。2年前に「ブルグラス
  博物館」に行き、貴重な映像を残されたという。    (記 6/14/07 国崎)


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  下記は米国のブルーグラスブログに渡辺氏が投稿した一部です。


  In 1961, while he was staying at New York he heard the loudspeaker of a car
   announcing that a bluegrass show was in town so he went there and met
   David Freeman of County Records.  Oh, the car was owned by Stanley Brothers. 
   Mr. Arita and Mr. Freeman quickly became friends and they went to Bluegrass Day
   on July 4th at Luray Virginia, one the first ever all-bluegrassconcerts produced
   by Bill Clifton.


  ここに有田さんがNEW YORKでスタンレーブラザースの車でカウンティーレコードの
  デビット・フリーマン氏とフェスティバルに行った、とある。デビットフリーマンのインタビュー
  を読んだことがある。彼は イジーヤングの「フォークロアセンター」でよくレコードを
  買っていた、と語っている。スタンレーがNEW YORKに、これ「TheFreinds of Old time
  Music」のイベントの時か。多分そうであろう。


  これは個人的に最近見つけたコメント・・・
  Preserved in the cultural amber of remote Appalachia, Ralph Stanley’s voice is not of
   this century. Nor of the last one, for that matter. Its stark emotional urgency is rooted
   in a darker time, when pain was the common coin of life and the world offered sinful
  humanity no hope of refuge. Living legend?


  懐かしい、ビル・モンローの「ケンタッキーワルツ」/Bill Monroe-Kentucky Waltz でも聴こう。
  時々、散歩中、夜、これをハミングしている。


  国崎 清秀  (KIYOHIDE KUNIZAKI AT TOKYO FOLKLORE CENTER)

 




雑記ー  車イスで杉山神社へ        (2007年6月9日)
      
 
 *(前) 母(国崎清子(82歳) と(後)国崎清秀
     於:江島杉山神社 撮影:2007年5月5日


母と車イスで初めて、近くの神社に行った記念に上記の写真を撮った。

母は3月10日の東京大空襲(1945年)の折、深川・白河町(江東区)に
あった「同潤会清砂通アパート」に逃げ,助かったと、時に話に聞く。
(土門拳の写真/江東のこどもたちはこの辺り、深川・白河町周辺で
撮影された)。そして、戦争後、ひとり清洲橋を渡り上野駅迄歩き、
汽車で東北地方の田舎へ帰省した若い頃の話も聞いた。
人間の人生を思う。
歌であるが、当時の流行歌に並木路子の「りんごの歌」がある。並木路子
は清洲橋と新大橋の間の隅田川に飛び込み助かった、と自叙伝で読んだ
ことがある。今から62年前の出来事。
戦後、隅田川は「勝鬨橋」を渡るシーンがあって、そこでは子どもが川で
泳いでいるんです。昭和25年(1950年)当時はまだ隅田川が泳げるほど
きれいだったんですね。と最近読んだ雑誌に川本三郎氏が書いている。
あれから数十年、真っ黒く,臭い隅田川であった。現在(2007年)は
一の橋や両国橋から見る限りきれいになって透き通って来ている。



国崎 清秀






雑記ー両国フォークロアセンター主宰者
    60歳の記念写真!                ( 2007年4月5日 )


 
*2007年4月4日 於:東京、北区古河庭園         * あまねさん 撮影/国崎清秀
 撮影/あまねさん


午前10時過ぎの”待ち合わせ”なのに両国の家を8時半に出発。小旅行気分で上野駅
で途中下車したり、吉永小百合のJRポスターを眺め(汽車の中/温泉旅館)、田端駅で
ゆっくり。ここまで来ると空気が違う。地方都市に居るような気持ちになる。
何年ぶりだろうか。遠い昔を想い出してしまう。

2007年の春、東京、北区の「古河庭園」で60歳の記念になる貴重な写真をあまねさん
に撮って頂いた。数日前には”桜の季節”であるのに初夏のような気温の日があった。
4月4日は前の日から雨が降り、私達が会った数時間以外は曇りだったり、雷だったり、
荒れ模様の日として記憶されてしまう。雑談(ささやかなイベントの話)と昼食(持参)と
花見と思い、二人で待ち合わせをしました。

そして、写真であるが、何か他の人では撮れない雰囲気に写ってます。デジカメでも
撮る人と撮られる人物の気分、気のあり処によって違うものになるのだと思う。
この写真は今まで人生で出会った女性たちに確認してもらい(何を)、これから出会うかも
しれない女性たち(お見合い写真?笑い そんなことはない!)に捧げたいような写真です。
あまねさん ありがとう。

人生と歌と写真 !



国崎 清秀





雑記ー米国人より最近、メールが。          (2007年 3月26日)
     ランブリング・ジャック・エリオットー1970年代の来日公演に関して。


   
 * Ramblin’ Jack Elliott at Tokyo Folklore Center
    September 18、1972  (from The Tokyo Folklore Center Archive)
    1972年、両国フォークロアセンターで撮影された、ランブリング・
    ジャック・エリオットの貴重な一枚の写真。
    日本で最初に撮影されたジャックのphotoかもしれない。

  *****************************************

 Re: Info on Ramblin' Jack Elliott in Japan 1974?

 Hello.  I recently found your site and was very impressed.  I am currently working
 on a writing project and have been trying to find information (advertisements,
 reviews, articles) on Ramblin’ Jack Elliott’s Tour of Japan in January/February
 of 1974. I believe that Ramblin’ Jack performed six concerts in Japan:

 January 25 ? Yomiuri Hall, Tokyo Japan

 (Date Uncertain) ? Okayama

 (Date Uncertain) ? Fukuoka (Concert)

 (Date Uncertain) ? Osaka (Concert)

 (Date Uncertain) ? Kyoto (Concert)

 February 2 ? Yomiuri Hall ? Tokyo, Japan

 I’m also looking for Japanese record reviews of Jack’s LP “Live in Japan”
 on King/Bellwood Records.  I’m hoping that perhaps you might have some
 information at the Tokyo Folklore Center or might be able to direct me to
 someone who might be able to help?  I’m afraid I don’t read or speak
 Japanese but I have a friend in the States who might be able to help me out
 with translations.  Thank you very much for your help.

 Hank 


上記のメールを貰った時は驚いた。すぐ1972年にジャックがキャト・スティブンスの
前座で、お忍びで日本に来た時期の記憶が蘇った。ジャックは計3回来日していて
1972年と1973年の正式な来日公演、そして1974年にも来日公演をしている。
幸運にも3回共、ライブ演奏に接している。当時は少ない資料などで一生懸命に収集
したので完璧の近い資料(ポスター/ちらし等)が存在すると思う。今日の状況とは全く
違う。プライベートで制作した年表(鈴木カツ 作成)、デスコグラフィー(当時、京都に
住んでいた土山和敏氏のがり版でのもの)など珍しいものから「アサヒグラプ」や「宝島」
等の記事も探せば用意できる。1972年に初来日した時の秘話は何時か何かに記録
して置きたい。
このメールをくれた人のスケジュールは1973年のもののように思われる。この文章を
読んだ、日本のファンもメールを送ってあげて下さい。
アドレス/ ”Hank" hiwaywin @comcast.net

アメリカ人がこのようなマニアックなプロジュクトに関心あるのは嬉しい。そして完成した
資料を雑誌か書籍で公開されることを切に望む。

なぎら健壱がNHKーTVの音楽番組で何年前かジャックのバンガード盤を持参して、紹介
していたのを観た。友部正人は「夢のカルフォニア」でジャックを歌っている。1974年の
ジャックが来日した公演が終わったころから?「新譜ジャーナル」誌は関西フォークの
記事が無くなり、「音楽舎」が消えて行ったように思う。ジャックの来日(1972,1973,
1974)の話題を調べると当時のもうひとつの音楽状況の内幕が見えてくるかもしれない。
個人的にはサンフランシスコ周辺での、例えば、The Henry Miller Library(ビックサー)、
Noe Vally Ministryでのコンサートシリーズ、サンフランシスコの投資家が無料でゴールデン
ゲイトパークで開催するイベントでのジャック・エリオットを観たい(去年出演した)。


国崎 清秀 (Kiyohide Kunizaki at Tokyo Folklore Center)






雑記ー Eric Von Schmidt Dies ・・・
      エリック ・フォン・シュミットが2/2に亡くなる。75歳。(2007年2月3日)
      1931年 5月28日  誕生 〜 2007年2月2日 死去

       
  * 国崎 清秀(左)/エリック・フォン・シュミト(右)
     Kiyohide Kunizaki & Eric Von Schmidt
     3/25/02 at New York photo by Shozo Kunizaki


 この偉大な芸術家(イラストレイター、画家、音楽家)に奇跡的に2002年、New
Yorkで会った。日本人で彼と一緒に映っている写真は今まで見たことがない。この
写真が最初で最後かな。そんなことないね。彼はDAVE VAN RONKに「He was
a friend of mine
」を教えたと言ってた。
彼の魂が世界中を旅することを・・・。日本に来ることがなかったエリック。朝鮮戦争の
時に東洋にきているかもしれない。ディランはファーストアルバムで「Baby,Let Me
Follow You Down」を彼にハーバード大学のキャンパスで教えて貰ったとレコードで
語っている。ハーバード大学周辺でのフォークシーンはジョーン・バエズとこの無頼派
の白人フォークブルースの横綱、エリック・フォン・シュミットで 始まった、と言っても
過言でない。
個人的にNew Yorkで会ったあのエリック・フォン・シュミット。彼の姿は永遠に記憶に
残る。ありがとうー Eric Von Schmidt −。  
写真を世界に発信したよ、エリック・・・。これから今日は何を聴こうか?

from Bob Dylan's American Journey 1956-1966 site


*(received 2/4/2007)
Thank you for taking the time to remember Eric von Schmidt.
We'll review your email before posting.

Regards,
Bob Reece
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Dear Mr Kunizaki,
It is indeed a very sad occasion. But he had been very ill for some
months, and I believe that for him it was a relief for it to be over.
For the rest of us, of course, his loss is a tragedy.
All the best,
Elijah

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追加: (記 2/5/2007 6:30pm)

彼の生年月日及び亡くなった日がはっきりしない。

  MAY 29,1930−FEBRUARY 1,2007
  MAY 28, 1931ー FEBRUARY 2,2007

APやNew York Timesの記事は下の日時で75歳没、になってる。今日(2007年
2月5日(月))の朝日新聞朝刊の社会面にAP通信などによると、とAP通信(共同)
をもとに記事が掲載されている。。他の新聞等にも多く掲載されているでしょう。
今は確認できず。

  ・Associated Press Obituary  February 3, 2007 (FAIRFIELD、CONN)
  ・New York Times Obiturary by Douglas Martin  February 3, 2007
  ・Westport Now Coverage  February 3, 2007

上記の3誌の原文読む。
AP通信は一番世界中に流布するでしょう。75歳没になっている。誤植があり
BLIND BOY FULLER(黒人ブルース歌手)がBLIND DOG FULLERに
なっていた。
エリック・フォン・シュミットの亡くなるのを知ったのは日本時間の2月3日の夕方で
あった。NEW YORK郊外の人のFOLK MUSIC NOTEBOOKであった。時々
見るていたVON WORKS.COMに行きUpdate(FRIDAY FEBURUARY 2,2007)を
見ると「・・・died peacefully in his sleep last night」となっている。これに従い
記載した。2月2日(金)の最新情報なので昨夜とある、で2月1日に亡くなったと
思った.。これから「Rolling Stone」誌/「 Mojo」誌/「 Folk Works 」誌ー
(LAの無料フォークペーパー)/「Passim-Newsletter」誌/「Sing Out」誌/
Folk Roots」誌など、で掲載されるのでまた訂正したい。ネットにあるALL
MUSIC ガイド(BIOGRAPY byCraig Harris)によるとMAY 29,1930になっている。
これは古い情報か?誤植か?
余談であるが上記のBob Reece氏より頂いたメールは正確には2月3日(土)日本
時間の夜11時55分頃でだったので編集している関係上、2月4日にした。
やー自分の関心ある人の生年月日等ははっきり確認したい。
彼の人生のことをしっかり書いて置きたいが上記の記事を読むと若い頃、ハイ・
スクールを卒業するとNEW YORKのART STUDENTS LEAGUEに行き、兵役2年間
(このとき朝鮮(朝鮮戦争)へ来ているよう(1952〜1954)、そしてFULBRIGHT
SCHOLARSHIPでイタリアへ絵の勉強に(1955〜1957)。70年代に発売された
彼のアルバムに神社をバックに東洋人のガイド(男)と映っている写真があり、
昔いつも気になっていた。日本か韓国かで?
例のSTEFAN WIRZ氏のサイトに全アルバムが詳細に掲載されているがデイランは
彼を賛美していてエリックの1969年のアルバムにはライナーノートを寄稿している。
He can play the tune of the moon」と書いている。そういえば1972年
にPOPPYから出たアルバムのジャケットに貼ってあったシールにディランが文章
を寄せていたのを思い出した。このアルバムに収録されている「Fair And Tendar
Ladies」は誠に美しい。また文章を追加したい。

追加:(記 2/5/2007 10:45pm)
やはり1930年生まれらしいので 上記を75歳に訂正す.。しかし、これもどうか。
2007年から1930年を引くと何歳か?

追加:(記 2/7/2007 7:00pm))
 上記の朝鮮戦争(1954〜1956)になっていたが、(1952〜1954)に訂正。
朝鮮戦争休戦が1953年の7/25だから、1954〜1956はおかしい。そういえば
日本で、TVというものが登場し、初めて放送されたのが1953年の2月だった。

追加: (記 2/15/2007 1:30AM)
      May 28 1931 boan 
      February 2, 2007  died 

      1931年5月28日 生まれ
      2007年2月2日  死去     享年 75歳  これが正しい。




国崎 清秀    ( Kunizaki Kiyohide At Tokyo Folklore Center)





雑記ー2006年の夏、英国(イギリス)の図書館員(オックスフォード大学)が
    両国フォークロアセンターを訪ねる (2007年1月31日) ー
Jan.31th,2007

 - Joseph Luna visited The Tokyo Folklore Center、Aug 21、23、2006.-



       
 
*JOE LUNA AT THE TOKYO FOLKLORE CENTER
  photo by kiyohide kunizaki - 8/21/06



 - 夏にイギリス人より、次のメールが届いた。

Dear tokyo folklore centre,
I am coming to Tokyo next week, can you please
tell me the easiest way to get there using the subway?
I am very interested to see the Robbie Basho memorial alter as well!

many thanks, sorry for my lack of Japanese,

Joseph Luna

返事を書く。両国フォークロアセンターは時々、OPENしているので、もし興味
があれば、「深川芭蕉記念館」へ、と。しかし、彼は8月21日の夕方、地図を
たよりに両国フォークロアセンターを探し、インタポーンを鳴らした。

 from Fantasy Records Site
(2006年にイギリスの雑誌「WIRE」誌にこのCD取り上げられている)

彼は言う。「ROBBIE BASHO」(1940−1986)(上のアルバム)のライナーノートに
JOHN FAHEY(1939−2001)が書いていると。このmemorial alterの解釈で混乱
した。アルターは両国フォークロアセンターにあるのか、「深川芭蕉記念館」にある
のか、またその間にあるのか。このライナーノートに載っている手書きの地図は国崎
が1990年代にBerkeley(CALIF.)にあるレコード会社宛で送ったもの。BILL BELMONT
氏かJOHN FAHEY氏がこれをコレクションしていた。驚く-しかし感謝。。多分、
JOHN FAHEY氏だろうと今は想う。
8/21は30分ぐらい、JOE LUNAはいただろうか。上記の話、スペースの写真を
デジカメで撮影。全体を見渡す。突然の訪問だっので後日会うことにする。彼は今日
は森下駅〜馬喰横山へ。馬喰横山駅近くにいる友人の家で宿泊すると言っていた。
初めての日本。渋谷も行った。あすは富士山に登るので8/23の午後、両国フォーク
ロアセンターで会いたいという。そのように約束をする。彼は宿泊先に戻り、イギリス
の友人にメールを送ったようだ。メールは次のよう。

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                             (8/21/2006)
anyone here know anything about the 'tiny altar' alluded to in
Fahey's notes for the Bashovia comp? Does it even exist?

I received this email today from a friend of mine who is travelling
through Japan and has had some success getting to the bottom of this
confusion. I thought it might be of interest to the group -

"I found the Tokyo Folklore Centre and met the owner and his son.
Apparently they dont know anything about any 'alter' that was erected,
and even if its there the map on Bashovia is erroneous. What it shows
(I think) is the TFC and the Basho Hermitage, a museum dedicated to
the life of MATSUO BASHO, just down the road from the TFC. Mr.
Folklore was extremely pleased to see me, said that he liked my style
and that i was the first person to ever ask about Robbie Basho. He has
Robbie's name written in Japanese characters on his pinboard, he took
a photo of me in his house. I'm going back on Wednesday (hopefully)
and he's gonna give me a copy of some article or something, I dont
know whats going on really. Anyway, the e-mail he originally sent me
before I arrived in Japan is below, I took lots of photos and maybe
this mysterious alter will appear on Wednesday, although I did look
all round the area and saw nothing except the usual shrines. Im not
sure if Mr. Folklore is aware of his shop being in the liner notes to
Bashovia, Im sending him the scanned image to confirm that this alter
doesn't exist. Actually his place isnt really a shop, its more of an
office filled with old posters of Dylan, Ginsberg, Reverend Gary Davis
cds, Woody Guthrie pictures et al."
 (from http://launch.groups.yahoo.com/group/robbiebasho_forum/)

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国崎のことをMr.Folkloreなんて書いている。両国フォークロアセンターで観た
ポスターのことも。8/23午後に彼は来た。富士山に登ったという。凄い。頂上
迄行ったのであろうか?若いね。羨ましいなと思った。初めてくる外国人は
富士山/京都と行くからね。


* at Basho Hermitage,Fukagawa
  Photo by Joe Luna - Aug. 21th、2006





*  於:深川芭蕉記念館の玄関 8月23日
     撮影/ 記念館職員の女性ー ありがとう


8月23日、上記の4人が雑談しながら、(通訳は息子)、「深川芭蕉記念館」
に向かう。ロビーバショウのGhostがウエストコースト(西海岸)からこの
隅田川周辺へ、そして東南アジア〜インドへ回っている、なんて話ながら。
皆さん、彼の「A NORTH AMERICAN RAGA」を聴いてみてください。隅田川や
インドの音が入っている、聴こえる、と思う。
彼は館内で、これは芭蕉直筆のものですかなどと訊いていた。国崎が持参
したロビーバショウの「FRETS」の記事掲載号を見せると、そのコード記事に
興味を持ち、その場でデジカメで撮っていいですか、といってそのヘージを
含むバショウの記事全部を写真撮影していた。館内から隅田川に出て、川岸
を歩いた。清澄橋を眺め、万年橋方向へ。そして都営新宿線の森下駅迄歩いた。
彼に歩きながら、好きな音楽家はと訊いた。JACK ROSEという人、知ってい
ますか?という。一度も聞いた事ない名前。無名のギターリストなんだろうな、
後で調べようか、などと思った。JOHN FAHEYの話題になり日本にも亡くなる
数年前、2回来ている。ライブにも一度行った。と話すとインタビューをしたの
ですか、と訊くのでそれは無かった、と伝える。そしてJOHN FAHEYは面白い
人で、歩きながら東京でインタビューしたそうだよ、と息子へ、彼に伝えるよう
いった。
Joe Lunaと実質、一緒に居た時間は2時間もなかったろう、にも関わらず
忘れられない想い出になっている。
彼はこの日、宿泊先?へ戻りメールを再び,イギリスの友人に送った。

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                          (8/24/2006)
Re: Somewhere in Japan is a tiny altar...

This pretty much clears everything up:

"Kiyohide drew the map for Bill Bellmont and Fantasy Records, and was
very surprised to see it actually used in the liner notes! The map was
only drawn to show the relationship in Tokyo of the Folklore Centre
and the Matsuo Basho museum. There is no alter to Robbie Basho, I
think you're right, Fahey must have gotten confused with the
"hermitage" pointed out on the map, that's actually the museum.

Also, Kioyhide showed me a snippet of his collection of Basho
memorabillia, including an article on him with interview and
description of the various colours and moods of different keys from
Frets magazine, May 1981. I took digital photos of these and you can
read all the text, pretty much. He also gave me his "paper" that he
presented on Robbie Basho AT the Matsuo Basho museum last year (yeah,
I can see why Fahey would have got confused...), and a copy of the
Japan Times with a little bit about the presentation that took place."

     (from http://launch.groups.yahoo.com/group/robbiebasho_forum/)

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上記のようなメールを投稿したようだ。
Alterとは祠という意味なのか?機会があれば、このAlterにあたる、小さな記念碑
を作成したい。我々が生きている時代はどうか?(もう20〜30年もしたら、我々の
世代は皆な亡くなっているだろう)。長い眼でみたい。
「荷風」VOL.10 下町悠々にこんな文章がある。川本三郎氏が書いた「荷風が
愛した深川」。5頁に渡り興味ある文章。荷風の随筆「深川の散歩」を読んだ
ことがあるがその辺を詳しく、荷風にとって深川とは?荷風の散歩は時を越えて
、井上・・/野口富士男と個人的に大変関心ある人の名、場所等が素晴らしい文章
で語られている。このエッセイに「湯灌場 大久保」という名前について簡単に説明
されている。「大久保」とは当時、いまの森下町あたりに屋敷を構えていた大名の
名前。「湯灌場」とは死者の遺体を清め、洗う場所のこと、つまり下町の聖なる場所
だったということになる、と書いている。個人的に初めて、この文章で「五間掘公園」
の東端にある「湯灌場 大久保」の歴史を知った。
故John Faheyが書いていた隅田川沿いにRobbie Bashoのalterは何処に作成したら
いいのか考えるがRobbie BashoやJohn Fehey等多くのこのジャンルのギターリスト
に関心のある人間が何処か、この地域に作るのが望ましい!Robbie Bashoの
音楽は1950年代から活動している Billy Faier/Harry Taussing/Dick Weissman
 etcと似ている前衛的なものだ。

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去年の12月に下記のようなメールを頂く。

Dear Kiyohide,                 ( received 12/07/2006)

How are you? I'm so sorry I have not written until now. I am now working at
the Bodleian Library in Oxford, in the Music Section. They have a huge
collection of old British, Irish and Welsh folk songs, and many books by
ballad collectors like Cecil Sharp and Francis J. Child. I have been
reading in particular the lyrics to the Appalachian Mountain songs that
came to America from the European immigrants.

What have you been listening to lately? Do you like some British folk music
like Martin Carthy and Shirley Collins? Lately I have been listening to
Chinese Qin music, it is wonderful.

I remember fondly my time in Tokyo and hope to travel in Japan again some
day. I hope you and your family are well, please give my regards and best
wishes to your sons as well.

from

Joe Luna.

p.s. Have you heard the guitar music of Jack Rose yet? He has a new CD out
now.

******************
Joseph Luna
Music Room
Bodleian Library
Oxford OX1 3BG

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from All Music guide JACK ROSE/two originals of
                                          jack rose
                        (Release Date Mar 8, 2004)

Joe Lunaが書いているJACK ROSEを上のサイトのサンプルでRED HORSEを聴いた.。
美しい。映像で若いこのJACKが12弦ギターで弾く「Kensington Blues」をPUNKCAST
#416で観た。場所はwashington sq、 churchとなっていた。JOHN FAHEYの世界。
Chinese Qin musicも検索して聴いた。音楽のジャンルが広がる。
Cecil Sharp/Appalachian Mountain Songs/ Martin Carthy/ Shirley Collins-1960年代
から関心があり、今日迄これらの音楽を聴いて育ったといっても過言ではない。去年の
秋に「Friends Of Old Time Music−the folk arrival 1961−1965」(Smith
sonianFolkways)3枚組セットの記念的な音源が発売されたがー両国フォークロア
センターのMISSONのところにも書いてあるが、JOHN COHENに、このコンサート
の全リストをメールで問い合わせしたことがあるが返事がなかった。彼とは思い出になる
貴重な出来事が幾つかある。しかしこのセットを手元でこのように拝見すると全コンサート
の日時、ポスターなどが詳細に掲載されている。又、11月にはNEW YORKで昼に大学
でシンポジウム(無料)があり、夜にはTOWN HALLで記念コンサートが開催されたという。
83歳のDOC WATSONも演奏した。このムーブメントの詳細もHarry Smithの
「Anthology Of American Folk Music」と同様、日本語で記録されるのを望む。
去年はもう一つ重要なFOLK COMMUNITYのアルバムーChristine Lavin &
Friends/ONE MEAT BALLが発売されている。さてJoe Lunaのメールに書かれて
いるイギリスのフォーク歌手であるがMartin Carthyのギターの弾き方は力強い。
Shirley CollinsはAlan Lomaxと一緒に1959年、アメリカ南部にフィルド・
レコーディングツアーをしていて、黒人ブルース歌手、Fred McDowell他の
オールド・タイマーを現地録音した貴重な体験をしている女性。著書+CDの「America
 Over The Water」あるという。最近、ニュージランドの監督によって撮られた「Song
 Hunter」(Alan Lomaxのドキメンタリー映画)にも出演しているという。ネットで予告編
を少し観たがこの興味ある映像はまだ未見。 このほかにもここ数年、you Tube等の
画面映像で夢のように多数見えるが「Oh,Brother」や「Songcatcher」は日本で公開され
、ディランまでいれれば「No Direction Home」ーディランはこれと「DONT LOOK BACK」
があればもういい?「No Direction」は2005年の12月に青山のイメージフォーラムで
初めてみたのだけれど忘れられない、朝の気もち良さと劇場で観る開放感ーの公開
まであったが、海外では「Sweet old Song」(2002)Howard Armstrongー浅草の芸人の
よう、や「Seaching for the Wrong-Eyed Jesus」(2003)アメリカ南部の音楽を探る映像、
「The Carter Family:Will the Circle Be Unbroken」そしてAlan Lomaxを扱った「Song
Hunter」と眼が離せない映像が公開されている。日本ではどうなのであろうか?
DVD やCDは買う時代だったが、これからはOPEN SOUSEということで無料で映像や音源/
ラジオ番組が自宅で聴ける時代に入っていてレコードコレクションは図書館/博物館に
寄贈され、楽器さえ寄贈される時代に入っているといえる。ビジネスではなく楽しみを
与える時代に、格差なしだね。様々な歴史的に興味あるムーブメントが世界で展開され
ていて、嬉しい限りである。数ヶ月で何かが始まっていたりする。
一例として、個人的に日本で始めて公開した(1967年)、ピートシーガーの映画
「To Hear Your Banjo Play」はOPEN SOUSEで観れるしBascom Lamer Lunsford
やDoc Boggsの名曲を一曲通して全部、ネット上でいつでも聴けるのをつい最近知った。

もう二つ語りたい。
去年の4月(2006年)東京・新橋の居酒屋で鈴木一成プロデュ-スのSTEVE 
DALACHINSKYと奥さんの大友有子さんのポエトリーリィーディングの夕べがあった。
一成の友人のストリッパーのお店ということだったがーなかなか良い雰囲気ー 
JOHN FAHEYの「Blind Joe Death」をSTEVE DALACHINSKYは熱演していた。
「Blue Beat Jacket」という英字のリトルマガジンを発行していて、以前、地元の
校長先生をなさっていた、経田佑介氏に初めてお会いする。雑談と「Blue Beat Jacket」
を数冊頂く。この数日前に原宿のTokyo Hipsters Clubで「ギンズバーグの思い出に」
というイベントがあり、詩人の白石かずこさんにも初めてお会いしている。思潮社+
Tokyo Hipsters Club協賛、協力ワタリウム美術館、そして無料、多数の人達が
集まった。

去年の夏に唐澤さんという練馬区の方より1960年代1970年代に日本で発売された
アメリカンフォークのLPレコードが100枚ほどあるが処分したいので、また多少なりとも
資料として役立ったらという気持ちがあり、両国フォークロアセンターではこのようなもの
を収集なさってはいませんか?と連絡を頂き使用するならば、お届けします。と言われた。
両国フォークロアセンターもここ数年,整理している時期なので、受け取る場所がないと、
お答えするしかなかった。結局、茅ヶ崎フォーキーの方々が引き受けたと聞いた。
このように資料/レコード等を今後引き取る、資料館が必要になって来ると強く感じる
毎日。
Joe Lunaに再び会えることを。機会があれば、図書館を訪ねて見たいと思うが、先ず
アメリカに行きたい図書館等があるからね。このような機会が持てたことは大変嬉しい。
ありがとう。そう、彼はアメリカーNEW YORKにまだ行ったことがないといっていた。
上記に書いたが彼は関西空港から入国したようだったが、東京の渋谷、そして両国
フォークロアセンター、次の日は富士山の頂上そして大阪が神戸に行き、友人のいる
和歌山に寄り、短い夏休みを日本で過ごして、イギリスへ帰って行った。

Thanks/ Joe Luna


国崎 清秀 (KIYOHIDE KUNIZAKI AT TOKYO FOLKLORE CENTER)





 雑記 ー 2007年の正月ー (2007年1月14日)

   

*左/2007年1月3日 於:聖路加病院(築地)−ST.LUKE'S INTERNATIONAL HOSPITALで
 息子達と。 右/2007年1月3日 於:江島杉山神社 息子達(正造/剛造) 撮影:国崎清秀
 


 「ゆく年くる年」をTVで少し観て、今年は大晦日〜元日に初めて地元、
江島杉山神社の除夜祭に息子(正造)と行く。帰省中の息子の、いって見よう
の一言で実現。20〜30人の人達で焚き火を囲み、多くの参列者があった。
こんなことが行われていたのかと驚く。町会長他、地元の人達を見かけるが
寒いのでゆっくり話すことができず残念。来年は暖かい服装で行ってみたい。
夜中でも初詣の文字が明るく気持ちがいい。子供の頃は縁日や紙芝居の
親父も来ていた、それと屋台の「おでんや」も夜に来ていたナ。。
提案・・・是非、一の橋(堅川)のところに「両国納涼/一の橋弁天」(葛飾北斎
の碑を取り付けて頂きたい?一の橋から隅田川方面を撮った木村伊兵衛
写真もある。永井荷風の小説「雪の日」に一の橋通りの名が、芥川竜之介
「妖婆」(1919)にも一の橋を渡り左方面へ・・・なんていうのもあった。そういえば、
西光寺(千歳二丁目)にお墓のある黒澤明監督「生きる」ののんべい親父役
伊藤雄之助を千歳町にあった花屋で仏花を買っているのを小学校生の頃見た
事があった。1950年代。やー懐かしい。いろいろと想い出す。もうひとつの(ガイド
ブックにない)下町ガイドがあってもいい。。
さて1月3日は森下より一日乗車券で息子達(正造/剛造)と勝鬨橋〜聖路加
(築地)〜銀座を散歩。大江戸線の勝鬨橋に下車するのも初めて。外に出て
勝鬨橋方向をみてすぐ分かった。左側に戦後の建物、飲み屋や木造家屋の
家が公園の近くに並んでいる一角があった、学生時代に自転車で東京都内
を散歩していた時期があってよく通ったのを想い出した。勝鬨橋〜築地方面へ
歩くが、モダンな雰囲気、時代を感じる。聖路加国際病院では三人で記念撮影。
日野原先生の米国留学時代ーアメリカ風生活感覚を思う。日野原氏も若い頃に
ヒッチハイクで旅をしたとどこかに書いていたのも心に残る。今回、初めて
聖路加病院へ行った。築地本願寺近くには鈴木カツ氏が経営していた
「Any Old Time
」があった。多くの知人/友人と飲んだネ。
何年前かJohn Junkermanに誘われ「うさぎや」(イベントスペースだったか。
今回探したが見つからず)で「RIVER OF SONG」(1999)の映像を観たこと
があった。
銀座方面へ歩いていく。銀座松屋の近くまで来た。三越の隣に ある喫茶
「モンブラン」でボブディランの映画「レナルド&クララ」の上映権を当時持って
いた会社の担当者と会った。この映画は両国フォークロアセンターで1980年
の12月に二日間上映され、当時のスポーツ新聞、何誌かに掲載された。
今は「アップルコンピュター」のビルになっている、サエグサビルの地下にあった
コーヒーショツプで「ウディ・ガスリー/わが心のふるさと」(1976年)の原稿を
「キネマ旬報」の担当者に渡したのである。想い出した。ピート・シーガーの2回目
の来日(1967年)の折、「交詢社」ビルの二階でピートシーガーのTV番組
RAIBOW QUEST」の30分のパイロットフィルムを関係者に上映された。
ジーンリッチーやジャック・エリオットあるいはアフリカの旅ドキメント(シーガーが
撮影したものである)があった。我々は当時初めて動く彼らの映像に大変感激した
記憶がある。「十字屋」「ヤマハ楽器」と・・・。銀座とアメリカンフォーク音楽の想い出
は様々ある。
「Jazz」「シャンソン」「外国映画」など、人によって、それぞれ想い出があるでしょう。
銀座で喫茶店に入ろうとおもい、みゆき通りの「風月堂」にいくが正月で休み。
日比谷まで歩き都営三田線で神保町へ。「スターバックス神保町」でクッキーと
コーヒーを飲んで雑談。帰りは馬喰横山(横山町問屋街)より隅田川の両国橋を渡り
ゆっくり自宅に戻った。楽しい散歩だった。歴史と60年間を感じる。


国崎 清秀





雑記ーランブリング・ジャック・エリオットのニューアルバムCD発売!(2006年6月19日)



 *from ANI Records site

アルバムタイトルはなんと「I STAND ALONE」だという。
偶然、このアルバムの専用ブログを見る。ポートレイトやMP3が付いている。
MP3の「Careless Darling」を聴く。この歌はカントリーミッージックの大御所
故アネーストタブのレパトリーであると初めて知る。歌詞をグーグルで検索、
コピーする。
ジャックの歌声は懐かしい。あらゆる想い出がこの曲には入っているよう感じた。
旅/昔の映画/恋人/文学 など。
ジャックはこのアルバムをRED HOUSE Recordsの社長、BOB FELDMAN
(1949−2006)に捧げるとある。ボブは1/11に56歳で亡くなる。葬式には
全米のインデペンデント関係者などが700人以上も集まったという。日本の新聞
、メディアは訃報記事なし。残念。彼から手紙とサンプルCDを貰ったことがあった。
ここにEliza Gilksonのコメントを掲載したい。

March 13 2006: This season has brought the terrible loss of the president
and founder of Red House Records, Bob Feldman. We are all devastated by
this unexpected turn of events and wish all forms of blessing and solace for
his family. There was no one like Bob in the record business... he changed
the face of folk music, and was in many ways responsible for bringing it into
the 21st century.More than being a business partner and visionary ally, Bob
was my friend, as he was to all the artists on this label and others. He was the
kind of person you could call from the road and talk about anything, from the
frustrations of politics to the wonders of being a parent, or to the challenges
of committed relationships. He was humble and honest and incredibly present.
There is no one like him, there never will be, and we will have to venture on
now without his guidance. I hope we can live up to the legacy, the hopes, and
the struggles he left us. - Eliza   (from Eliza Gilkson Site)


 *生前のBob Feldman

ジャックのNEW CDのこと:
ああ切っなく、色ぽい歌声だネ。
ジャケット写真とデザインも優れている。

* ゲストブックのページで上記の歌、聴けるようにしました。


国崎 清秀




雑記ーボブ・ディランの米ラジオ番組スタート!  (2006年5月27日)




ディランが初めてDJとしてラジオ番組を5月に持ったという。
下記が5月3日に XM SATELLITE RADIO で全米で放送された曲目。
JAZZ/R&B/SOUL/COUNTRY ETC。

 THE THEME TIME RADIO HOUR by Bob Dylan (2006年5月3日放送分)

Theme: Weather

A Place In The Sun - Stevie Wonder
After The Clouds Roll Away - The Consolers
Blow, Wind, Blow - Muddy Waters
Come Rain Or Come Shine - Judy Garland
California Sun - Joe Jones
I Don't Care If The Sun Don't Shine - Dean Martin
It's Raining - Irma Thomas
Jamaica Hurricane - Lord Beginner
Just Walking In the Rain (1953) - The Prisonaires
Keep On The Sunny Side - Carter Family
Rainin' in My Head - Slim Harpo
Stormy Weather - The Spaniels
Summer Wind - Frank Sinatra
Wind Cries Mary - Jimi Hendrix
Uncloudy Day - The Staple Singers
You Are My Sunshine - Jimmy Davis

毎回「テーマ」を決めて放送されていて初回は「天気」!。
これは貴重な象徴的な放送だったので録音テープで保存して置きたい。
しかし、時代の変化か、隣にいる友人のようになって来たボブ・ディラン。


国崎 清秀




雑記ー 斉藤 徹氏に会う!          (2006年4月8日)




 ・・・ 斉藤 徹氏(65才)ー江東区の喫茶店で
 撮影: 2006年4月8日  国崎 清秀


20数年ぶり?に斉藤徹氏と再会。4月5日と4月8日。
知人の庄司氏と電話で2月ごろ雑談している際、斉藤徹氏は何処にいるの
でしょうか、と話をしていたところ、4月にはいると庄司氏より連絡を頂いた。
教えて頂いた番号に数時間後入れると斉藤氏が出られ驚く。
江東区は東陽町の都営住宅に住んでいて、昔と変わらないという。30年位
住んでいるが電話番号が昔と変わったという。
90年代の終わり頃か、あの11PMに時々出ていたフィドラーの飯塚文雄氏
(故人、2003年に亡くなる)より突然、何回か電話があり、斉藤氏の連絡先を
訪ねられたことがある。そして1時間ほど話ただろうか?私も郵便物を送っても
、斉藤氏宛のものは戻ってきてしまうので、もう東陽町には住んでないと100
パーセント思っていた。
70年代初め頃に「HOBO」という一枚のペーパーを発信。「ベアバック」という
雑誌の編集に携わり、80年代−90年代は「High Lonesome」なるフリーペー
パーを発行し続けた斉藤徹氏だ。運転免許更新で行った4月5日に数十分、
近くの「デニーズ」で雑談。4月8日に再び、3時間位、東陽町の喫茶店で雑談。

本当に懐かしい人の一人である。
奥さんの斉藤裕子(ひろこ)さんー旧姓 小杉裕子さんが去年(2005年)10月
に57歳で亡くなられたという。斉藤さんは老衰だと語っていた。1970年代に
阿佐ヶ谷北に住んでいた頃一度お宅に寄り夕食を3人でしたことがあり、
想い出深い。

「High Lonesome」は今でも発行されており、バックナンバーを何部か持参して
くれた。その11/15/2005に斉藤氏の「個人的回想録」 @ 出会い新鮮 !
「1960年頃の東京ブルーグラス事情」は貴重な読み物だ。1960年代ではなく、
1960年(昭、35年)ですよ。

また、時には雑談したい。
斉藤氏も関わっていた?(ライナー等で)、レコード会社「アメリカーナ」は5〜6年
前に閉鎖されたという。 時代は変わる。


国崎 清秀




雑記ー 持田 晃 氏 へ !           (2006年3月28日)     



・・・於:交通博物館 /東京・須田町 ・・・・・・・・・・・・
左/ 展示されてる持田晃氏の自転車 右/国崎清秀
撮影:2006年3月11日 by 国崎正造
AT TRANSPORTATION MUSEUM(TOKYO,JAPAN)
   Kiyohide Kunizaki Photo taken by Shozo Kunizaki
   March 11,2006


息子達(正造 と剛造ー今年、2006年 墨田川高校より東京理科大学
生命創薬科(Tokyo University of Science)へ入学ー)と行ってきました。
神田・須田町から交通博物館がなくなる前に(2006年5月14日をもって
閉館)拝見して来ました。写真は息子が撮ったものですが何か地霊的なもの
があったのか、いい雰囲気のPhotoだと思います。持田氏より送付された
「交通博物館招待券」は当日使用せず記念としてアルバムに貼っておきます。

 ー持田晃関係出版物ー
・写真集「東京いつか見た街角」 持田晃  河出書房新社 2005年
・銀座ー街の物語  三枝進ほか  らんぷの本 2006年
 この本に「テネシー」のマッチや有楽町駅前にあったフランス料理店
 「レバンテ」などの写真を提供している。

持田氏はカントリー音楽のファンでアマチュアの写真家。神楽坂に住む。
最近、2006年2月、TBSのTVで「神楽坂」を案内する番組に出演された
という。
3月11日は快晴。家を出たあと、まず息子達に両国の回向院にある
故植草甚一氏(植草家)のお墓を紹介。交通博物館へ。須田町より
地下鉄で巣鴨へ。食堂で昼食。帰りに「たいやき」を買い、歩いて、
染井霊園へ。清々しい空気。園内で雑談し、駒込駅へ出る。JRで
浅草橋へ。徒歩で柳橋より両国橋を渡って自宅へ。想い出になる散歩
だった。

国崎 清秀





雑記ー 10月8日、永井英夫宅を訪問する !    (2005年10月17日)




* 横浜市の永井宅にてー2005年10月8日 撮影:国崎清秀


先々週の土曜日(10/8)に永井宅へ。東京駅から東海道線で戸塚駅
で下車し地下鉄に乗り換え、下飯田駅へ。今のお宅には3度目の訪問だ。
永井氏は左手は使えないが車で駅まで迎えに来てくれた。蝋管レコードと
SP再生蓄音機で藤山一郎の「丘を越えて」を聴かせてくれ、沖縄と奄美の
歌声、バックグランドミュージュックにチャリープールやニューロストシティー
ランブラーズ、そういえばオールドポップスも流れていた。そんな雰囲気で、
昼から夕方まで5時間も雑談。殆ど永井氏が話していたので一言で元気
だと言える。勿論、脳梗塞で倒れ、3ヶ月もリハビリをして8月31日に自宅
に帰って来たので左手は麻痺していて、歩くのも靴を脱ぐのも大変、という
状態であるが、しかし写真のように10キロも痩せているが丁度いい感じで
写っていると思う。これを観た方はどう思うでしょうか?
本当にパワーのある人だ。最近同人誌のペーパーに寄稿した「CHARIE
 POOLE のBOX SET "You Ain't Talking To Me" 感想記」はなか々
いい文章だった。来年には神保町でのSPレコードコンサートを再びと語っ
ていた永井英夫氏(11月で59歳)。
私達が会った2日後に、近くに住んでいた父親(93歳)が病院で亡くなった
という。戦後のカントリー音楽やラジオ放送の時代、1963年以前を或いは
横浜、闇市の時代等を永井氏と会うと、いつも想い出す。


国崎 清秀




雑記ー両国フォークロアセンター2005年秋のPHOTO ! (2005年10月14日)


 

 両国フォークロアセンターの店内 −Folklore Center Gallery・・・・・
   2005年10月14日(金) 撮影:国崎 清秀
   At Tokyo Folklore Center Oct.14th 2005  
  
 Photo by Kiyohide Kunizki ・・・・・・・・・・・・・・・

久しぶりにスペースの写真を撮りました。金木犀の匂いがいい季節です。
家の近くの一之橋辺りや隣の家の樹木からいい匂い、この時期をはっきり
感じます。11月の「酉の市」、12月の「クリスマス」を今年も迎えます。


国崎 清秀




雑記ーFaith Petric 90歳の誕生日を迎える !
   - 米フォーク界のウォーキング・ディクショナリー
               
(from サンフランシスコ)  (2005年9月20日)

  * 「San Francisco Chronicle」より

Faith Petric−忘れられない人だ。1960年代に一度だけ手紙と「Folknik
(サンフランシスコ・フォークソング・クラブの機関紙)の創刊号(Octover 1964)
を含む数冊を送って頂いた。長い間、連絡を取り合うこともなく1985年にN.Y.
の郊外のフォーク祭で出会った。それから5年してか1990年前後にこのクラブの
メンバー(アメリカで2000人余)になり、「Folknik」を15年間送って頂いている。
この「Folknik」というニュースレターはガリ版、そう「Broadside」誌のようなスタ
イルで45年間も発行されている伝説的なフォークソングのニュースレターで
ピート・シーガーが絶賛、写真はなく絵と英文タイプライターで編集された、さりげ
ない5〜6枚のホッチキスでとめたニュースレターだ。
しかし、さりげないフォークシンガーの追悼文や、幅広く歴史的に見ているので、
40年50年前の話が突然書かれたりと貴重な資料。10年前かメンバーの
フォーク愛好家が自家用飛行機でアフリカへ行った等という話が普通に書かれ
ていたので驚いた記憶がある。Joady Guthrie(ウディーガスリーの息子ー今は
音楽活動をしていない)と10年前連絡を取り合ったのもこのニュースレターが
縁であった。イジーヤング(今はスエーデンに住んでいる)の手紙が載った事も
ある。こをいう言い方があるかどうか分からないが「普段着のフォークソング・
ニュース」誌。
15年前に「Sing Out」誌(Faith が表紙)とBayレコード他のLPアルバムを
送付して頂き、当時75歳のFaithは来日公演を熱望していた。何回かの手紙
のやり取りで1972年(?)に京都に1度行ったことがあるとも語っていた。1990年代
には毎年2月か3月に1〜2枚のがり版で刷った郵便物が届いたが友人宛に
送ったレポートで、去年どんな一年を過ごしたか報告されていて、カナダ/
ニューヨーク郊外/イギリス/オーストラリアとフォークフェスティバルに出演して
いたことが書かれていた。想い出深いので大切に保存している。ピート・シーガー
の進めで唄うようになったといわれているFaith。Bayレコード(1979年)発売の
彼女のアルバムは「Dedicated to Malvina Reynolds」(マルビイナ・レイ
ノルズに捧げる)になっている。もう一枚の自主レコードの(Center Records)
に入っている「Amelia Earhart' Last Flight」は懐かしい。この歌は多くの
歌い手が録音しているとおもはれるが。パイオニア的女性飛行士の歌。
Mayne Smith(メインスミス)ほかのブルーグラスバンドが1990年代の始め
に来日したことがあり、そのときこの歌と「 Sitting on the top of the 
world」が唄われたことををよく憶えている。西海岸では有名な曲なのであろう。
個人的な思い出を書いてきたが

●クェーカー教徒
●ポータブル・フォーク・フェスティバル(Portable Folk Music Festival)ー
1972年に彼女の考案で始められたというフォーク・フェスティバル。
ポータブルとはラジオやテレビに使用されている商号であるがこれをフォーク・
フェスティバルに使ったのだろう。どこえでも行って簡単にコンサートを行う。
トラックの上でもということだと思う。
●サンフランシスコのヘイトアッベリー近くに住んでいる彼女の自宅で1960年代
から隔週”フォークを唄う"集まりが続けられているという。たとえばWe are gonna
keep on walking  forward.....never turning back"-これはPat Humphries という
女性シンガーの「Never Turning Back」という歌だ。サンフランシスコ市内の電話帳
に掲載されていなくても市内のタクシー運転手は誰でも知って居て、彼女の家に
連れて行ってくれると雑誌に書いてあった。
●このクラブに影響されてロス・アンゼルスには「Santa Monica Traditional Folk
Music Club]代表Ross Altmanがある。 と幾つもの逸話がある。

その彼女の「90歳のバースディー・コンサート」がバ-クレィの有名なライブハウス
Freight & Salvage」で2005年9月17日(土)にあった。出演者はFaith Petric
、RonnieGilbert(ウィバーズのメンバー)、Nancy Schimmel(故マルビイナ・レイ
ノルズの娘)他多数。司会はUtah Phillipsで”SOLD-OUT"とインターネットで観た。
こころから”おめでとう”といいたい。
余談だが9/15,9/16は同ライブハウスでMike Seeger(マイク・シーガー)他が
出演した「Berkeley Old-Time Music Convention」が2日間あった。Folkwaysレコ
ード社で70年代「Berkeley Farm」という有名アルバムがある。
Faithの仲間には多くのフォークシンガーがいてUtah Phillips-この人は朝鮮戦争
の時に黒人の女性が虐められているのに接して歌を歌い出したというような
フォーク歌手、Hobo(ホーボー)である。歌が暖かく、ラジカルである.。Utahは
朝鮮戦争に行ったんだ。
朝鮮戦争の時代はカントリーミュージックがぴったりだった。米国にはベトナム戦争
時代徴兵拒否して1年間刑務所に入所したフォーク歌手 Scott Alarik-ライターで
もありボストン・グローブ誌他に執筆、「Deep Community」という2003年に発売
されているフォーク関係の書籍もある-もいる。とまだまだ様々な人々が存在する。




 国崎 清秀




雑記ー ミネソタ州セントポールよりー     (2005年8月29日)


 


ミネソタ州ミネアポリス。そうディランがここからニューヨークへ向かった。
日本では殆ど紹介されてないが、実は自分もフォーク・シーンというと他の
都市をみてしまうが数年前にSpider John Koerner の地元のカフェーで
収録された映像を観る機会があった。驚いた。オ-ラがこの地域にはある。
1950年代から蓄積された文化。ビート、ピッピー時代を経験して来た
アナーキスト、文化人の仲間達だ。何時だったか横尾忠則の展覧会が
セントポールの美術館で開催されたとどこかで読んだことがある。
そこに長いこと住んでいるダコタ デイブ氏より、上記のアルバムともう
1枚のCD、プロモショナル用ポートレイト等が郵便で先日届いた。
「Sheridan Square Rag」。ニューヨークの名所の1つ。デイブバンロンクが
長年住んでいた地域である。CDの裏側、ライナーノートが書かれているページ
に美しいシェルダン・スケアーの写真が載っている。これだけでもこのCDを買う
価値がある。ライナーノートによると彼も2002年のデイブバンロンクの
メモリアルイベントに出席したと書いてある。
アルバムに「This album is dedicated to memory of Dave Van Ronk」とある。
ああそうかと納得しうれしくなる。私はまた、あのグリニッチ・ヴィレッジにある
「JudsonMemorial Church」を想い出した。ダコタ・デイブのCDは素晴らしい。
これから秋の季節にはピッタリのギターミュージックだ。「Talk About Suffering」
がいい。
彼が地元で放送しているラジオ番組はご機嫌で、選曲がすばらしい。彼は
この番組でデイブバンロンクをほとんど毎週流す。親友で仲がよかった由。
そして特別な感情があるのだろう。他に古いジャズやブルーズ、オールド・
タイム・ミュージックそしてビリーホリディもよく掛かる。彼は来日を熱望して
いるがいつか実現することを心から願う。

(Thanks: Dakota Dave Hull )  "One of the best guitarists in the world"

http://ca.youtube.com/watch?v=rjDDDC6uDQw(デイブのYou Tube 映像)
                               (追加 3/27/’08)
国崎 清秀






雑記ー 忘れえぬ旅、想う −    (2005年 8月21日)




                       
 アメリカのハイウェーに立つElijah Wald ・・・(2005年?)

 この写真をサイトで見たとき胸が熱くなった。1970年前後,10代の終わり頃から
20代にヒッチハイクをして、日本の様々な街をスリーピングバックを持参し、気ままに
ユース・ホステルや野宿/アメリカ人にプレゼントして貰ったテント内で、或いは国鉄
(JR)の駅舎で寝た時代を思い出したからだ。それは一人だった時もあり。恋人とで
あったり。旅の途中で知り会った人達だったりする。歌が聞こえてくる/映画(ニュー
シネマ)のシーンが浮かぶ/小説の文章が思い出される。忘れえぬ旅だ。
また、この写真は、ジャック・ケルアックの「路上」/ウディーガスリーの「Bound For
 Glory」や黒人のブルーズを一枚の中に感じる。 つつましい旅。
エリジャは本当に美しく映っている。誰でも旅したことがある人は感じるだろう。
旅で得たものが歌や絵画、映画、小説の物語に影響する。それが社会に反映され、
社会が自然に変わって行く。
友人のエリジャが執筆する「Riding with Strangers:A Hitchhiker's Journey」という本
(音楽の本ではない)が来年、シカゴ・レビュ・プレス社より刊行される。ここ数年、
アメリカでは以前に比べ、ヒッチハイクが容易になって来ているという。リバイバル?
最近、普通のアメリカ人のホームページでカナダ等をヒッチハイクして旅した素敵な
文章を読んだ。



国崎 清秀





雑記ーピート・シーガー的、 夢  (原爆からハドソンリバーで水泳へ)ー (2005年8月4日)

 
 *ピート・シーガー(今年86歳)  * ハドソンリバーフォークフェステバルより
                    from Clearwater Festival:Great Hudoson River Revival

 「ふるさとの街明かり 今は白い花が咲く ああ 許すまじ原爆を みたび 許すまじ
原爆をわれらの町に Step by Step ・・・・・」 ピート・シーガーは「Rainbow Quest」
(Folkways1963)というLPアルバムの中で日本語で唄っている。この歌だけでもCDで発売
したい。ラジオで流したい。ボブ・ディランの初期のアルバムを最近1000円前後で再発される
時代だ。また、禁煙の「スターバックス」カフェ各店でディランの「ガスライト・カフェ」(1962)
ライブが1500円位でアメリカ/カナダで8月下旬に発売されるという。
60年代はタバコ/ウィスキーと「ジャズ喫茶」で無頼生活を過ごしていた。ジャックやウッディー
の歌にも「タバコ/ウィスキー」,「ウィスキーがなければ死んでやる」といった歌もあり、
よく聴いたものだった。無頼も悪くない。何かを語っているから。
時代は違う? ピート・シーガーの「原爆許すまじ」。 Folklore Centerサイトでラジオ番組を
制作し、流したい。 60年前に広島や長崎の空から、原爆が落とされた。この歌を聴くと、
胸が熱くなる。涙が流れてくる。人間で聴いた人は何かを感じるであろう。何百万人の日本人
は一度も聞いたこと無いかも知れない。残念です。ただ毎日楽しく生きていても、地球や次の
世代の子供たちに何が・・・と、私も思う。歌は上記と密接に存在する。

2005年現在、ニューヨークのハドソンリバーの一部で、昔、隅田川で泳げたように「水泳」が
できるという。
ビデオと歌がある・・・・・
http://www.riverpool.org/vid/riverpool13.mov
http://clearwater.org/snd/stream.wav

国崎 清秀






雑記ー ジョン・ヘラルド(John Herald )が亡くなるー (2004年7月27日)



from JOHN HERALD Site ・・・・・・・

 「グリーンブライヤー・ボーイズ」のリダーであり想い出深い、ジョン・ヘラルドが7月19日(火)
に65歳で亡くなったと今、ニュースがニューヨークより入った。ウッドストックに長く住んでいた彼。
ニューヨークの「ガスライト」カフェで、彼とディランと故ラルフ・リンゼラーとの写真は有名だ。
ジョン・ヘラルドの唄う「リトル・バ-ディー」は好きだった。人が死ぬのは悲しくは無い。今の
自分を考えることだからね。マーチンギターを持っているジョン・ヘラルド。



    http://www.stanleypark.org/JohnHeraldJune03.htm
(生前のライブが観れます)- 「ヘイ・グッドルッキン」を唄っているーJune 8, 2003

      John is best known for work as the lead singer and guitarist for the Greenbrier boys,
      one of first professional touring bluegrass bands in U.S.A..



国崎 清秀




雑記ー  茅ヶ崎でー   (2005年 7月24日)

記念的なPhotoを撮った。近年の日本に於ける、米フォークミュージックの解説は
ほとんどこの人達が書いている?古屋氏は日大板橋病院医療福祉相談室主任で
フォークファン。



* 古屋克己氏/国崎/鈴木カツ氏/
       宇田和弘氏
  撮影:2005年7月23日(土) 於:神奈川県茅ヶ崎市


国崎 清秀



雑記ー 専門誌「カントリー&ウェスタン」、元編集長 真保 考さん −(2005年7月24日)



* (上)田口栄一氏/国崎清秀/鈴木壮一氏
  (下) 真保考氏/吉村正昭氏
  於:神田・神保町/上島珈琲店でのSPレコードコンサート
  2005年5月21日(土) 撮影:鈴木経二氏


 懐かしい人達。国崎はこの日解説をする予定だった永井英夫氏に似て写っている。
真保さんは落語家のようです。日本コロンビア株式会社の「ウエスタン・ミリオンセラーズ」
(1962年7月発売)の別冊付録に真保氏の名文「戦後にブームを迎えたウェスタンの
ファンたち
」がある。推薦:故藤井肇氏。この写真に写っている人達は「きりぬき帳」に書い
ているが、例えば、真保氏の日比谷の三信ビルに1950年代にあった輸入レコード店の
話題/吉村氏の「ジミースキナーレコードショプ」(オハイオ州にあった)に注文した話、
亡きシンコーミュージックの会長、草野氏に通訳をして貰いインタビューしたレオン・ペブの
こと等など大変貴重な話題はこの人達が亡くなると聞けなくなる。今、日本橋両国に新興楽譜
の倉庫があり、個人的にウエスタンの歌集を買ったことを想い出した。人は一時代しか生きら
れない。と思います。鈴木壮一氏の文章も貴重。しかしこの日はよくこれだけのひとが一同
に集まったものです。大分県からパッツィ・クラインの自伝を翻訳し、出版された大杉博昭氏
もいらしていたという。
そういえば、5/27に進駐軍の通訳もしていたという、ロバート対中氏が亡くなった。ここに
書かれていた、「ウエスタン音楽入門」(音楽の友社 1963)の著者 高山宏之氏は
現在も、講師としてご活躍されているということです。
60年代、ラジオで高山氏がバール・アイビスの「ビックロック・キャンディーマウンテン」
を掛けたことが懐かしい。先日、古書展で「アメリカのうた」 高山宏之 (研究社 1976)を
800円で手に入れました。この本のあとがきで高山氏はこんなことを書いている。「−−−
1962〜63年ごろ、当時のポピュラー・レコード専門誌「ジュークボックス」(ディスク社)に
「フォーク・ソング・グループ・クローズアップ」「アメリカ民謡名曲選」等の稿を寄せたのが、
私とAmerican Folk Songsとのかかわり合いの始まりだったと思う。それから5−6年間
、今にしては、少々むきになって(当時は、使命感をおぼえ、若さと情熱を賭していたつもり
だったがー)、この音楽の紹介をやったものだった。−−−」。


国崎 清秀




雑記ー デイブ バン ロンクの自叙伝がニューヨークより届く ,など− (2005年7月23日)


:*Dave Van Ronk のパブリシティー用写真-

米国フォーク界のゴット・ファザー。
ブルース/ジャズ/フォークロック/ジャグバンドと数百人の音楽家そして友人を持ち、
影響を与えていたデイブ・バン・ロンク。 3年前に65歳でNEW YORKで亡くなる。
そのデイブの自叙伝をようやく手に入れ眺めることができた。(アメリカで4月中旬に
発売されていた。)凄い。歴史的ないい本だ。
ディランの自伝も突然、去年アメリカで発売され驚いた(ウディーやフォークロアセンター
、そしてデイブのこと等をディランが熱く語っている) 、ディランの本には写真が載って
なかったがデイブの本には今迄見た事のない貴重な写真が数多く載っていて、これだけ
でも1冊買う価値があるといえる。まずは掲載されている写真を紹介したい。

from the Photo page of Dave Van Ronk with Elijah Wald -The Mayor of
MacDougal Street:/A Memoir with A Foreword by Lawrence Block
(Da CapoPress 2005)


・Dave’mother and Dave
・The Harmonotes'business card
・with guitar
(1950s)
・Dave Van Ronk, Bob Yellin, and Roy Berkeley in the Folklore Center(Jammin with)
・ Dave Van Ronk & Lee Hoffman in Washinton Square Park
・The New York Folk Singer's Guild
・The Bosses Songbook
・Paul Claton
・Dave Van Ronk card
・The Hipster Bluesman (Dave Van Ronk)
・The Academic Folksinger (Dave Van Ronk)
(THe Folk Scare Begins)
・Reverend Gary Davis with fans including Happy & Jane Traum, Dick Weissman,John Gibson
・ Hofstra College Folk Song Club Poster(1960s)
 ( Molly Scott/ Frank Warner/ Barry Kornfeld/Dave Van Ronk/ Rev. Gary Davis)
・The Blues Workshop at the 1963 Newport Folk Festival with John Hammond Jr,
 Missippi. John Hurt、Clarence Cooper,Dave Van Ronk, Sonny Terry & John Lee Hooker
・The Cover of the Folkstage album in front of the Folklore Center on MacDougal Street
・The Gaslight Cafe
・Missippi John Hurt & Patrick Sky in the Kettle of Fish.
・A Gaslight ad (Dave Van Ronk & Tom Paxton)
--------------------------------------------------
・The Program for a Civil Right concert ( Dave Van Ronk & Phil Ocks)
・The Ragtime Jug Stompers at Newport ( Bob Brill/Barry Kornfeld/Dave Van Ronk/Artie Rose/
 Sam Charters ( Photo by Ann Charters)
・A Classic examle of Sixties Psychedelia-The Event: from the Cafe Au Go Go
 (Dave Van Ronk,The Mothers, Ian & Sylvia etc)
・Joni Mitchell and Dave Van Ronk
(Time A-Changing:)
On the Street with Suze Rotolo,Terrie Thal/Van Ronk/and Bob Dylan(Photo by Jim Marshall)
・Going Electric The Hudson Dusters:( disco scene magazine Sep. 1968)
 Dave Van Ronk-Simon & Garfunkel-Blood,Sweet & Tears
 
と英文で、その写真のページをリストアップしてみた。
このデイブの本にはミステリー作家、ローレンス・ブロックが序文を寄稿。
落語家,林家正蔵がニューヨークの映画監督ウディーアレンと同様、絶賛している
ミステリー作家だという。(探偵小説主人公 マット・スガター)。ローレンス・ブロックは
1950年代よりデイブと知り合い、デイブが亡くなる迄、長い間友人であった、と語ってる。
まだ内容を読みきってないが、ディランの自伝とデイブの自伝は時代を同じくして、この時期
(2004〜2005)に出版され、2冊はセットになって読まれるべき、永遠の自伝本である
と思われる。
4月に発売されたこの本が東京の洋書店(タワーレコードを初め)でみかけられず、たまり
かねて、ネットで紀伊国屋洋書サイトをみると、入荷できるとある。近いところでと思い
、大手町の紀伊国屋書店で6月上旬に注文する。10日後に書店より電話があり手に入れる
ことができた。旧サンケイ・ホール、国際郵便局と大変懐かしい土地柄。ニューヨークの
紀伊国屋書店より取り寄せたのであろうか?この本を手にした時は大変嬉しかった。
また、この本の出版記念イベントが5月18日にニューヨークのグリニッチビレッジの「Barnes
 &Noble」書店で開かれると「New York」誌なる雑誌に掲載されているのを東京の書店
(丸善の洋書コナー)で見つけ、これは記念にと買った。
と、この本に思い入れ多く書いたが、日本では7月現在でも入荷しているか分からない。
インターネットでオーダーするか、ハワイやニューヨークと海外に行った人にお土産で買って
来て貰うとか、是非手に取って見てみて下さい。永遠の米フォークファン愛読の1冊ですよ。

ー生、ニューヨークを忘れないようにと、2002年にニューヨークに行った折、ニューヨーク
のブロドウェイ周辺を(タウンホールとかーこのホールの入口でフライヤーを何枚か貰った)
何時間もかけてゆっくり歩いた。街角のニューススタンドで分厚い「ニューヨーク・タイムス
も買った。もう2度と来ることがないかもしれない思って何時間もゆっくりとゆっくりとニュー
ヨークの町並み/公園/人々を眺めたことを、時々想い出す。


 Dave Van Ronk's Friends at Dave Van Ronk Street June 30,2004 Photo by Otto Bost


(エピソード)
「Washinton Post」 Feb、13(Sunday)、2005
On Grammy Night,An Elegy For A Folk Hero by Christiine Lavin

「ワシントン・ポスト」誌の今年、2月13日号(日曜版)にクリスティヌ・レブンがグラミー賞、当日
デイブバンロンクに関して長い文章を寄稿していた。これはデイブの去年スミソニアン・
フォークウェイズレコードで発売されたラストコンサートがグラミー賞にノミネートされ賞をとるか
どうかという時であった。そこに美談が語られている。
デイブが癌(食腸ガン)で入院していた2001年の11月にニューヨークの有名な「ボトム・ライン」
(今は無いライブハウス)で支援コンサートがPP&M,アローガスリー、トム・パクストンらで催された。
2日間で日本円で約700万円が集まり、デイブに渡されたと語られている。クリスティヌが企画した
イベントだった。ディランは見えなかったが数枚買ったという。。コンサートは大成功だった。彼女
はラジオ番組で何時でも、デイブの歌を掛ける。それは想像を絶する程。彼女は14歳の時から、
デイブにギターを習っているという。彼女のDJ、声は暖かい。1度聞いたら忘れられない人だ。
彼女のサイトには何十万のひとがアクセスしている。
この新聞の寄稿にはSonny Ocks(フィル・オックスの妹)がある集まりで、デイブの生活費
として20万(日本円で)集めたという話も書かれている。現実に700万円や20万円だと、支援で
渡しているという話である。自分のことは自分でではなく、知人/友人がサポートしてくれるという
ことがあたりまえになっているアメリカでの動きを見ると、(本来、ベネフィトとかNPOとかは、こう
いうものであると痛感する)、人間と芸術に対する重要性を語っている。インデペンデントの人々
とのネットワークが存在する世界が必ずある。世界の2大新聞と言えるかもしれない「ワシントン・
ポスト」誌の日曜版に掲載されていた記事です。


[CD] Dave Van Ronk-The Mayor of MacDougal Street Rarities 1957-1969
(Never
Before Released Tracks) Lyrichord Disc/Rootstock Recordings/Muliticultural Media
Produced byElijah Wald (2005)
エリジャがFolkore Productions/Mark Greenbegほか多くの協力を得て、厖大な生前の音源
より選び、本の発売に合わせリリースした、デイブのマスターピースといえるCDだ。
バラッド/ジャズ/ロック/ブルーグラス/ポエトリーリィデイング/ブルースとバラエティーに富んだ
サウンド群。50年代のフォークコンサートのライブ/Orange Blossom Jug Fiveというバンドの
アルバムが1957年にLyrichord Recordsより「Skiffle In Stereo」というタイトルでが発売される
予定だった。しかし録音状態の為、お蔵入りになったという。それはデイブの初LPだった。
今回、このLPから”Salty Dog"を初めて公開ーこのバンドには「Record Research Magazine」誌
を発刊したLen Kunstadt氏やAnn Charters女史等がいたという/最後に入っている「Romping
ThroughThe Swamp」ーパンクロッカーの歌い手かと思われる、デイブの声には驚く。と大変
貴重な全17曲のCDだ。 この「Romplin-」はどこかで聞いたメロディーだなと思ったら、例のハリー
スミスのアンソロジーに入っているケイジャンのメロディーだった。こんな風に60年代の終わり
頃「カフェ・ア・ゴーゴー」等でデイブは歌っていたんだ。
レーベルのLyrichord Recordsは大変懐かしく、60年代に神田の洋書古書店の「ブック・ブラザー」
武内書店(そう、この店ももう営業していない)で買った「Hi-Fi/Stereo Review」誌や「high fidelity」
誌に掲載されていた、民族音楽やフォークミュージックの記事及びレコード評を想い出す。
1963年頃にはフォークの記事などは少なく夢中になって読んだものだった。その時代に良く
見たレコードレーベルである。このレーベルを聞くだけで1950年代〜1960年代の初め頃思う。
レーベルのサイトをちょと見たら、カール・サンドバークのレコードが載っていた。想い出深い。
 


(Dave Van Ronk News)  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
# 数年前に<スターバックス・カフェー>よりリリースされたCDにデイブが唄う「Song To
 Woody
」が入っているという。
# これも数年前に、キャノンボール・レコードから発売された「Dealin With The Devil Songs of
Robert Johnson」に「Last Fair Deal Gone Down」という歌をデイブが録音していて、なんと、
オールド・タイマーのBascom Lamer Ransfordの唄い方でバンジョーをバックに叫んでいる。
このバンジョー、もしかしてデイブが弾いているのであろうか?  
# Tom Russell のニューアルバム:「Hot Walker」(Hightone 2005)にLenny Bruce/Jack
Kerouac/Edward Abbey/Harry Partch/Ramblin Jack/Charles Bukowski/Woody Guthrie 
と共にDave VanRonk の声も収録されているという。そういえば、トム・ラッセルがデイブをテーマ
に書いた詩があって、NEW YORKのシェルダン・スケアーー(デイブバンロンクが生前住んでいた)
辺りに、デイブの魂がまだ居るとかいう詩がある。これはデイブが亡くなって、数ヶ月後にネット
に掲載されたものだったが、今では見つからない。全く、いい詩であったが、どこかに再び
載せて貰いたい。     
# 「CLASSIC FOLK MUSIC」 Smithsonian Folkways SFW 40110 (2004)
Woody Guthrie/Pete Seeger/Lead Belly/ Paul Robeson/Barbara Dane/Doc Watson/
Mike Seeger/Brownie McGee/Fred Geriach/Paul Clayton/Peggy Seeger/Dave Van Ronk/
Hobert Smith/Burl Ives/Haywire Mac/Cisco Houston/Mark Spoelstra/Phil Ocks/ Earl
Robinson/Jean Ritchie/New Lost City Rambers/Elizabeth Cotton/ Pickney and Hunter/
Big Bill Broonzy

* from Smithsonian Folkways Site.

上記の「クラシック・フォークミュージック」には40年代/50年代/60年代を代表するアーティスト
が並んでいる。グリニッチ・ビィレッジにあるワシントン広場でバンジョーをひく人。この近くにイージー
ヤングの「フォークロアセンター」(私も2002年の時、この場所で記念写真を撮った)やコーヒー
ハウスが数多くありフォーク歌手が出演していた。上のアーティストの中には、「カネギー・ホール」
に出演する人もいた。このような環境の中にデイブ・バン・ロンクは存在していたのだった。 


■ デイブバンロンクと友部正人と両国フォークロアセンター

 デイブバンロンクと友部正人の出会いは1989年の9月。デイブバンロンクの来日公演を私
が企画した時であった。これはデイブバンロンクの最初で最後の来日公演として記録される。

 阿佐ヶ谷の「アルスノーパァ」でのライブが始まる前に、デイブはウィスキーが欲しいと私
に告げた。すぐ近くの酒屋へウィスキーを買いにいった。舞台横の細い階段を昇って行った
デイブ・バン・ロンク、フラメンコダンサーの衣装がハンガーに掛かっている部屋、なんともいえ
ない楽屋であった。このような良い雰囲気の中で、ノーマイクで歌ったデイブのこの日のライブ
は最高であった。、50〜60人の観客はいただろうか、酒を飲み、ピックなしで信じられない
ライブを展開していた。 (1989年9月の来日公演での想い出)。東京ではあと一ヶ所、コンサ
ートがあった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 東京の大手町の紀伊国屋書店で上記の本を購入したと書きましたが、2005年7月8日に
デイブバンロンクの奥さん、Andreaより、本とCDが届く。New York送付日が2005年5月17日、
記念イベントの前日だった。New Yorkの美術館の絵カードに、

       Dear Kiyohide Kunizaki & Noriko
           Thank You For Begin  
           Good  Friends to Dave
           And Me
                     Andrea       と書かれてあった。

 この絵はちゅうりっぷの花にきりぎりすがいる素敵な絵である。
彼女のメールアドレスが分からないので著者のElijahにメールを入れた。数時間後、Elijahから
「アンドレラに連絡しておきます」と大変親切なメール(久しぶり)を貰った。ロスからNewYorkへ
Elijahが電話を入れてくれたのだ。ARIGATOU(ありがとう)。

デイブバンロンク」の特集号が何時かこの国で出版されますように・・・



国崎 清秀






雑記ー 高田 渡 の4/18(月) 吉祥寺カトリック教会の葬儀へ行く - (2005年5月3日)

 -Thanks なぎら 健壱
#(左) 国崎清秀/(右)なぎら健壱
 鈴木慶一氏(左の白髪の人)/大塚まさじ(右のギター姿の人)
 2005年4月18日(月)於:吉祥寺カトリック教会
 撮影:なぎら氏の知人(息子さん?)


 4/16に知人の岩本 勇氏(詩人)より電話があり(彼は映画監督、小林政広氏の
小説にもモデルとして登場している)、渡が亡くなったという。夕方、駅で各誌の夕刊を買う。
各誌訃報記事あり。北海道の釧路市の病院で髄膜脳炎で死去。写真が各誌違う。
告別式の日取りと喪主は未定とある。
4/17に電話があり、あす吉祥寺「いせや」の並びの吉祥寺教会で11:00AMより
葬儀であるという。普段着でいいと伝えてくれた。
吉祥寺へ11時すぎに着き、教会へ向かう。すでに神父様のお話が始まっていた。
案内され着席した横も前も後も天使達(女性達)。前席に左側に佐久間順平、周りを見ると
大塚まさじ/中川イサト各氏がいる。素晴らしい葬儀であった。オートハープを弾く高田渡の
遺影。献花するときに唄われた賛美歌(これは素晴らしかった)。3年前、息子と出席した
ニューヨークでのデイブ バン ロンクの葬式とオーバーラップする。−デイブバンロンク
の葬式で会ったアメリカフォーク界の錚々たる人達、こんなにー同に集まった、集まりも
少ないー。
渡の葬式で見かけた顔ぶれ。
小林政広/坂崎幸之助/遠藤賢司/なぎら健壱/大江田信/筑紫哲也/鈴木慶一/
大塚まさじ/中川五郎/山崎ハコ/中山ラビ/西岡たかし/三上寛/加川良/佐藤ガン/
佐久間順平/中川イサト/シバ/佐野史郎/友部正人+ユミ/渡辺勝/瀬戸内修/村上律/
ほか友人/知人多数 吉祥寺住人と教会関係者の人達か200人〜300人参加していた。
正確にはわからない。
小林政広と岩本勇へ・・・彼らと少し雑談。小林氏は懐かしい。小林政広監督の「歩く人」を
数年前観た。 昔、「本郷村青年団」なるジャグバンドがあった。優しいそうで小津安二郎
の雰囲気もある?
鈴木慶一へ・・・1970年始め頃ー度、電車(蒲田〜品川)の車内で話し掛けたことがあり
そのことを話すと、確かにあったなんて覚えていてくれて驚く。モダンな人。石塚くんの
話にもなり、”春は人が死ぬナー”と語ったことが耳に残っている。-度しか会ったことがない
鈴木慶一氏、そして今度30余年ぶりに雑談する。
佐久間順平へ・・・彼は本当によく泣いていた。−番悲しかったのかもしれない。国崎さん
も大丈夫ですか・・・何ていうので順平くんも死なないでくださいよ、といったら笑っていた。
シバへ・・・渡にー番最後に会ったのは何時だったと聞くと「去年の春ー番(大阪のコンサート)
だった」と話していた。人は会わないと何年も会わないんだと思う。
なぎら健壱へ・・・渡のからだのことを話していた。「−−−糖尿をとめようとすると、この薬、
何をする為にこれ、と言っているうちに脳に来た」と話していた。
他に中川五郎/坂崎幸之助/大江田信/遠藤賢司/大塚まさじ/三上寛/友部正人+ユミ/
瀬戸口修各氏らの顔を見かけ、会釈したり・・・
三橋ー夫/田川律/小室等各氏はこの日はみかけなかった。
これだけの人と話すと様々なことを想い出すので(60年代終わり頃から最近迄)、免疫力が
下がっているようで疲れた。帰りに小田くん(栃若時代に前頭にいた相撲取り「福の海」の息子)
と雑談し、なぎら氏/坂崎氏がいたのでなんとなく「いせや」に向かう雰囲気だったのだが
両国で待っている母親、介護のため帰路へ、両国駅よりタクシーで自宅へ。。本当は4人
で下町の話でもしたかったが残念。
筑紫哲也/山崎ハコ/佐藤ガン/佐野史郎各氏とは面識がないので話掛けたかった。
余りにも多くのひとと話したのでこの日は無理だった。
たった2時間で想像もできない出来事/人達。 天国に行ったよう。
また機会を作り高田渡のことは書こう。

最後に葬儀の日の朝日新聞夕刊に掲載された早川義夫の「歌手高田渡さんを悼むー
いい歌 歌いつくした」を読み直し、今インターネットで「戦後60年広島市長ニューヨークで語る」を
「デモクラシーナウ」で観た。高田渡も戦争孤児みたいだった?。大正演歌や現代詩をアメリカ
民謡のメロデイーで弾き語る。
神父が話していた。ここにいる方々もあと数十年すればみないなくなると・・・

 "we will go
  we will smile
  we will enjoy it ”

国崎 清秀



# この写真は帰りに国崎が偶然撮ったものだが、なんと
左側の若い女の子の後に、かすかに中川イサト氏が
映っている。これでは分からないが笑っています。

2005年4月18日 吉祥寺「いせや」前 撮影:国崎清秀



雑記ー ニューヨークのYMCAの会長だったこともあるFOLK SONG COLLECTOR 
     フランク・ワナー が天国へ逝った日 ー
    (2005年4月10日)

  * thanks/ Gerret Warner


 キングストン・トリオのヒット曲「トム・ドュリー」(1958年)の採譜者として有名な
コレクターであり自身のアルバムも何枚かある伝説の人物、フランク・ワナー。
以前から気になることがあった。彼がいつ亡くなったかどの本にも書かれてい
ないのだ。3年前、このことをFolkLegacyレコードのSandy Paton氏に問い
合わせしたところ親切にも彼はそのメールをフォーク雑誌「Sing Out」の編集長
のMark Moss氏に送る。マーク氏も返事をくれ、確かな日時は分からないので
とJeff Warner氏のメールアドレスを教えてくれた。そのメールアドレスは昔の
もので連絡取れなかった。いずれ分かるだろうと、そのままにしていた。
それから1年ぐらいしてからだろうかJeff Warner氏のホームページに出会う。
ジェフの連絡先が分かり彼に直接問い合わせしてみた。ニューハンプシャー州
ポートマスに住んで居る。JeffよりAppleseed Recordsより発売されたCDを
買い送って貰った。その時に正確な父親の亡くなった日を教えて貰うことができた。
これは世界で初めてのPublicに公開されたFRANK WARNERの死亡日かも
しれない。
1903年4月5日 生まれ
1978年2月5日 死去   享年 74歳
(FRANK WARNER April 5,1903 〜 February 5,1978)


 ここに明記できて嬉しい。興味あるジャンルの人の誕生日や亡くなった日が
分からないのは気になる。確認で、ついこの間フランクワナーコレクションのある
アメリカのThe Library of Congressのサイトをみると(Frank Warner 
1903−1978)とあった。フォークミュージック/オールドタイムミュージック関係
の学者タイプのレコーディングプロデューサーの系譜/プロフィール/作品集は
興味ある。Kennth S Goldstein(1927−1995)/Edith Fowke(1913−
1996)あるいはEd Kahnとかボストンフォークーシーンで1950年代影響を
与え、日本にも長く暮らしていたErick Sackhaim(注;彼は2001年8月7日
にアメリカで亡くなっている。しかし誕生日が分からない。ハーバード大学の卒業
日は明記されているが)。
 フランク・ワナーの生前の映像は幾つか残っている。ニューポートフォーク
フェスティバルを録画した記録映画「FESTIVAL」にも姿をみせていた。
私はまだ少年だった頃、キングストントリオの「トム・ドゥリー」の入っている
10インチレコード(日本盤 東芝キャピトルレコード)を神田のレコード屋で
1960年に買った記憶がある。まことに懐かしい。戦後15年後頃のことである。
(Thanks: Sandy Paton/Mark D Moss/Jeff Warner)

国崎 清秀 (Kiyohide Kunizaki)





雑記 − 写真集「東京いつか見た街角」 持田 晃 河出書房新社 を買う −
                                    (2005年3月18日)

 
 #左:庄司氏 / 右:国崎清秀(近影)神田神保町の
    カフェで撮影 ・・・・・ 2004年9月18日(土)


 自分の誕生日(58歳)の記念として、今日「丸善お茶の水店」でこの写真集を偶然買う。
夕方買ったのだが1部しか在庫がなかった。奥付は2005年3月20日 初版印刷/
2005年3月30日初版発行 2300円である。
懐かしいひとだ。20歳頃まだフォークロアセンターがオープンされてない頃に
ウェスタン音楽の知人達と神楽坂の持田氏のお宅に伺ったことがあった。
この写真集に「カントリー&ウェスタン」誌と神田神保町のミューズ社の名前が出てくる。
神楽坂には「飯田橋佳作座」という名画座があったナ。懐かしいね。
上記の庄司氏が書いた持田氏と彼が初めて会った時の文章が想い出される。
個人的に、この手の写真集は好きで木村伊兵衛を初め何冊もある。

国崎 清秀




雑記 − 弘前へ今年(2004年)2度目の訪問 −   (2004年10月8日)


 # めて乗車した五能線(川部〜東能代)の「岩館駅」で
   (9/8):撮影:国崎清秀
 ---

前回は4月に息子が入学したので訪れ、そこから知人に送ったハガキの返事が、メール
やハガキで届いた。
そのーつ、三井 徹氏 ー 「ポピュラー音楽を学問的に研究するということの日本での先駆者/
三井さんは金沢大学の教授をされてきたがこのほど定年退職され---(中村とうよう氏のトーク欄
より)MUSIC MAGAZINE誌2004年8月号」を最近読む機会があった。(注、三井さんは金沢
大学を来年(2005年)定年退職されます。)
三井氏より ・・・
「弘前からのお便りありがとうございます。弘前大の医学部といえば、それなりのところ。おめでとう
ございます。お互いにすっかり、年をとりましたね。教育学部のウェスタホーベンというオランダ人で
英語教師の知り合いがいます。25年程前に結婚式に出るため、弘前に行きました」(4/12付)で
ハガキを頂きました。ここに記してあるウェスタホーベン、私はウェスタンバンドかなんかと勘違い
して読んでいた。息子に聞いたら、教育学部に外人の先生がいてウェスタホーベンという人だと
教えてくれた。そこでインターネットで少し調べてみたら、太宰治の「津軽」を英訳、谷崎潤一郎の
「細雪」を蘭訳した人物であることが分った。
息子が9月に入ってもまだ夏休みで、自由な時間があるということで、9/6〜9/9の3泊4日で弘前
へ再び行った。今回は学校や音楽は関係なく、五能線を−周/下宿で寝袋(スリーピングバック)で
寝たいなどを希望し、のんびりした素晴らしい旅だった。
 *蕎麦屋 −−−   藪そば
 *銭湯+温泉 −−−天恵湯 (戦後の歌謡曲が流れていた)
 *カフェ  −−− 煉瓦亭
 *食堂  −−− 長内食堂(青森) おさしみ定食(ほたて付き)安い。 三上寛の色紙があった。
 *書店 −−− 紀伊国屋弘前店 (洋書/洋雑誌 もあり)
 *寺周り −−− 数十のお寺がある寺町通り
 *マーケット(市場) −−−教会や弘南鉄道改札口近く。
 *バスターミナル −−− 駅前近く、ここで夜八時頃ぼーとしていると旅情を感じる。
 *餅屋 −−− 戸田うちわ餅店 (素晴らしい) シンプルな農家!
と忘れられない。
昔、旅した函館/小樽/礼文島/札幌/京都/尾道/神戸/高千穂(宮崎県)/奄美大島などを
思い出す。


国崎 清秀




雑記 −   神田,神保町のカフェで4月蓄音機で聴いたウェスタン音楽 − (2004年9月21日)

:*(お茶の水)駿河台下 撮影:国崎清秀
  
レコード社(創業 80年) 主催で手巻蓄音機によるSPレコードのコンサートが
珈琲店(1933年に神戸で創業された上島珈琲店)で開催されている。
1月に瀬川昌久氏による「モダン昭和の舶来音楽自伝」が開かれ大盛況。
日本のジャズソング第1号<アラビアの歌>等が蓄音機「クレデンザ」によって聴けた。
このシリーズで4月24日(土)に夕方6:30〜より、第3回「SP原盤で聴く1920〜1950年代>
カントリーミュージック」 解説:永井 英夫 が開催された。

A rare SP record concert of country music in Tokyo./ April 24,2004 by H. Nagai -(a collector)

The Playlist
1.  Arkansaw  Traveler /  LEN SPENCER  (Victor 1101)
2.  Sallie Gooden / ECK ROBERTSON  (Victor 18956)
3.  Little Old Log Cabin In The Lane / FIDDLIN' JOHN CARSON (Okeh 4890)
4. The Wreck On The Southern Old 97 / HENRY WHITTER (Okeh 40015)
5. The Prisoner's Song / VERNON DALHART ( Victor 19427)
6. T For Texas (Blue Yodel) / JIMMIE RODGERS ( Victor 21142)
7. Bury Me Under The Weeping Willow / CARTER FAMILY ( Victor 21074)
8. Karo / UNCLE JIMMIE THOMSON (Columbia 15118-D)
9. Sail Away Ladies / UNCLE DAVE MACON & FRUIT JAR DRINKERS
   DAVE MACON(banjo),SAM McGEE(guitar),KIRK McGEE(fiddle),MAISI TODD(fiddle)
                          (Brunswick 80094 originally 5135)
10. It's Moving Day / CHARLIE POOLE & THE NORTH CAROLINA RAMBLERS( Columbia 15545-D)
11. Back In The Saddle Again / GENE AUTRY ( Okeh 05080 )
12. The Everlasting Hills Of Oklahoma / THE SONS OF THE PIONEERS ( Victor 20-2077 )
13 . New San Antonio Rose / BOB WILLS & HIS TEXAS PLAYBOYS ( Okeh 05694 )
14. Alice Blue Gown / LIGHT CRUST DOUGHBOYS (Vocalion 05535)
15. Great Speckled Bird / ROY ACUFF & HIS CRAZY TENNESSEEANS (Vocalion 04252)
16. Walkin' The Floor Over You / ERNEST TUBB ( Decca 5958 )
17. Cryin' Holly Unto My Lord / BILL MONROE & THE BLUE GRASS BOYS (Bluebird 8611)
18 懐かしのケンタッキー / BOWMAN SISTERS (Columbia Japan JX −24)
19. You Are My Sunshine / BOB ATCHER / ( Columbia Japan L-3)
20. Kaw-Liga / HANK WILLIAMS ( MGM Japan -56)
21. A Fool Such As I / HANK SNOW ( Victor Japan S-74)
22. 僕は 牛追い/ティーブ釜やつ: 歌
   ウェスターン・ラブラーズ(邦人) (日本ビクターA−5081)
23. モンタナの月 小坂一也 (邦人) (日本コロンビア JL−123)

私のアドバイス(1998年)で彼がスタートし完成した「カントリーミュージックレコード
日本盤リスト1927〜2000」
 永井 英夫 編集 発行 2000年11月17日 (B4版 400頁)
自費出版(1万2千円)は日本では二度と実現されないであろう、歴史的な資料である。
感謝すべきである。これを調べている途中に、ジミーロジャースが生きている時代に、
日本で彼のSPレコードが発売されていたという逸話もあった。

これは戦前のレコードであるが(勿論、私も生まれていない)、淡谷のり子
デビュー曲「夜の東京」(昭和、4年)を何年か前に聞く機会があった。この音盤是非、再発して貰いたい。
銀座/浜町/神田と地名も入っている、明るい、おおらかな名曲である。殆どの日本人は聴く
機会がないであろう。若者が聴いたらカバーするであろう?古くて新しい酔っぱらいの歌だ。


国崎 清秀 ( Kiyohide Kunizaki at Tokyo Folklore Center)



雑記 −    4月上旬に弘前へ行く −          (2004年4月20日)




       # 国崎 正造 於: 国立弘前大学医学部前
           2004年4月5日 撮影:国崎 清秀
        Shozo Kunizaki at Hirosai University School
        of Medicine : Photo by Kiyohide  Kunizaki
 
      ーーーーーーーーーーーーーーーーー

近年、「旅」とか「旅行」は程遠い生活であったが,二年前に「ニューヨーク」を再訪。今でも、
時々、その想い出が蘇って来ている。帰途、ケネディー空港、ユナイテッド航空の売店で「My
 Generation 」という雑誌を買った。この雑誌は日本では見かけない珍しいマガジンだった。
購入した号にピート・シーガーの写真と記事が掲載されていて、写真は美しく、想い出に
なるー冊だった。
さて、弘前。息子の正造が弘前大学医学部に入学したので4/5〜4/8の4日間,北の街、
弘前を訪れる。二年前、NEW YORKーDAVE VAN RONKのMemorial Serviceに早稲田大学
高等学院の制服で出席した彼、「両国フォークロアセンター」での、数多くの想い出を持つ、
正造が2004年4月、弘前で生活することになった。

余談だが、人形町の「水天宮」で腹帯を貰い、両国小学校/両国中学校と通い、中学二年の時、
人形町の塾「SAPIX」に行っていた。開成は不合格、早稲田大学高等学院(上石神井)に進む。
早稲田大学へ100%進学できるのに、たった八人が行かなかった。そのー人に息子が居た。
そしてー浪し今年、弘前大学医学部に入学。小学三年生から、父親と二人で生活をして来ていて、
−番の想い出のーつは二人で,小津安二郎監督の映画「父ありき」を観たことだ。息子が小学生
だったので、涙がでた記憶がある。「オーストラリア」「上海」「ニューヨーク」「パリ」と、彼は旅行も
でき、良かったと思う。
私自身、弘前には1970年代に数回、立ち寄った記憶があるので、土手町の商店街は良く
覚えている。しかし、変わった。「−戸時計店」とか、古い昔の家並みを探して、写真を撮ったりして
散歩。「土手町循環100円バス」(後払い)というのがあり、何回もこれを利用して、街歩きをした。
又、機会があれば、弘前を訪れたい。
「ニューヨーク」と「弘前」、不思議にも、予想もしない街を訪れている。



国崎 清秀




雑記 − PP&M の最新(2004年)アルバムCD「Carry It On」が米国で発売された
                                         (2004年4月12日)




#上記のアンソロジーCDの写真はPeter Paul & Mary.Comより


名前が知れ渡っているPP&M。60年代に一世を風靡したフォークグループ。−時は
解散し、グループの活動はしていなかった時期もある。グリニッチビレッジのフォークシーン
よりスタートし億万長者になった彼ら。彼らの話題は幾つもある。 私の想う、PP&M
感を少し書いてみたい。
さて「Carry It On」という英語をみると、Gil Turner(1933-1974)を想う。1960年代
のNew Yorkを撮った写真集にギル・タナーがハーレムでか?5弦バンジョーを路上
で弾き、黒人の子供たちが写っている大判のー枚。私はこの写真、いつみても、いつまでも、
いいベストポートのー枚と密かに想っている。Gil が作詞作曲した「Carry It On」
という有名な歌、がある。
2001年7月にリリースされたTom Paxton & Annie Hillsの「Under American
 Skies」(Appleseed Records)という素晴らしいCD(このCDは日本の輸入店で見たことない
彼の最高アルバム)、アメリカより取り寄せた1枚であるがこのCDに入っている。
余談になるが、トム・パクストンが来日公演した時(私が招聘した1986年?)の
エピソードがライナーに書いてある。またPete Seeger の本で「Carry It On:Pete Seeger
 &Bob Reiser」(1985)があった。。
40年間も活動するPP&M、私はウィバーズチルドレン(Weavers Children)ー有名な
フォークグループでカーネギーホールライブ盤もあるーとしてPP&Mを括りたい。
事実そうであろう。「レモントリー」「パフ」「悲しみのジェトプレイン」をうたい、「風に
吹かれて」「天使のハンマー」「花は何処へ行った」を有名にした彼ら。

私は2002年、ニューヨークを再訪し、「A Celebration of Dave Van Ronk's Life」に
出席した折、私と息子の前列にPP&Mの3人がいた。会話もできず残念であったが、
−生、記憶に残るー日であった。3人にはいつか連絡し、インタピューしたいナーと思う。

Carry It On !

国崎 清秀(Kiyohide Kunizaki) 






雑記 − エリジャ・ウォルド(Elijah Wald)の近況 − (2004年2月21日)



      #隅田川沿いの日本料理店にて:(2002年7月)


父親がノーベル賞、息子がグラミー賞。彼の人生は−冊の本になる。人間のー生を
語っている。エリジャは2回来日している。1998年と2002年である。1998年は故
デイブ・ヴァン・ロンク(Dave Van Ronk)の進めで、私宛に手紙が来た。「京都で
開催される学会に父親の代わり(1997年に90歳で父親ジョージ・ウォルドは亡く
なっている)に母親と日本に行くので是非、日本で演奏及び交流をしたい」というもの
だった。そのことをある日ライブに来ていた三上寛に話すと、「拾得」で定例に出演し
ているので、その時には可能であると語ってくれた。東京では「両国フォークロアセ
ンター」、関西では京都「拾得」で三上寛の前座でと決まった。1998年の事である。
三上寛はこのとき、エリジャに出会い、2002年には彼と日本ツアーを企画し,主に
東北を−諸に廻った。エリジャ・ウォルドのサイトに「Mikami Kan」とのTour
 Reportがある。必見だ。
父親、ジョージ・ウォルド(George Wald)は川端康成がノーベル文学賞を受賞した
1967年にノーベル賞を受賞し、長年ハーバード大学の教授であった歴史上の人物。
エリジャは2002年にグラミー賞ライナーノート賞を受賞した。これは米国で最初に
ブルースレコードを専門的にインデペンデントで発売して来たアーフリー(Arhoolie
 Records)の記念レコードだった。
そうであるエリジャはジョシュ・ホワイト(Josh White)の研究家としも有名であるが、
今年ロバート・ジョンソン(Robert Johnson)に関する本をリリース。全米の書店
でライブツアーを企画しラジオ・インタビュー(ニューヨーク/ボストン/シカゴ/パサデナ
(カルフォニア州))/新聞記事と話題を提供している。サンフランシスコではビートの
聖地「シティ・ライツ・ブック・ストア」(City Lights Book Store)で記念イベントが、
とニュースで流れていた。

下記にラジオ・インタビューを1つ紹介したい。

WNYC - The Leonard Lopate Show Poor Kids in a Rich Country (January 28, 2004)
ニューヨークのこのラジオ局はオスカーブランド(Ocsar Brand)の有名な番組が
あるが、エリジャはThe Leonard Lopate Showにゲスト出演している。私も聴いた。
上の写真でエリジャはあのギターマークの中に「Arhoolie」とあるTシャツを着ていた。


国崎 清秀 (Kiyohide Kunizaki)





                                                                      
雑記 − アメリカのいいカレンダー絵 −  (2003年10月24日)



あるホームページを見ていたら、下記の絵の載っているカレンダー絵がありました。
いいナーと思い載せてみた。ネット上には数かぎりなく、あるのでしよう。

国崎 清秀


                 # あるカレンダー絵より






雑記 − 夏に鎌倉へ行く −    (2003年10月10日)

息子達と三人で八月に鎌倉へ行った。少年の頃に材木座海岸へ家族で海水浴に
行った記憶があり、遠い昔のことである。女友達と、あるいは友人達と訪れた時も何度か
ある。幸せな時代である。そして大切な想い出である。だけれども過去に長谷の大仏には
余り寄ったことがなかった。ここ十年ぐらいは鎌倉へ来ると、北鎌倉で下車し駅前の
蕎麦屋でのんびり、ざるそばや、おかめそばを食べ近くを散歩し、となりの鎌倉で降りて
大仏に寄るのが恒例になっている。ゆっくりした幸せな気分になる。ひぐらしが鳴いている
ところでかき氷を食べて、写真を撮って、帰途に古本屋で文庫や新書の棚を見たりして、
横須賀線で東京へ。自己の歳時記になっている。
そういえば、今年初めて北鎌倉の円覚寺に小津安二郎の墓を訪ねた。
近くでオニヤンマかギンヤンマが飛んでいるのを確認した。

鎌倉の大仏というと、昔「ライフ」誌で見たアメリカ人を思い出す。又、アメリカ人が思う、
「禅」とか「ビート」を感じる。鎌倉の大仏でみかける外国人はそこはかとなくいい。

国崎 清秀



        # 正造(左)、剛造(右)と 鎌倉の大仏にて
                      撮影:2003年8月






雑記 −フォークロアセンターのオーナー・イジーヤング(Izzy Young )、TV番組で語る − 
                                             (2003年9月25日)

先週の木曜日、お昼前に自宅のインターネットで、バークレーやN.Yを検索していると、
何とイジーヤングが出演しているではないか。今迄に彼の映像は2回しか観た事がないので驚く。
ー本はDVDで発売されたランブリンジャックエリオットの「The BALLAD OF RAMBLIN 
JACK」の中でのワンシーンである。もうー本は「BRODSIDE MAGAZINE」誌での
記念イベントでトムパクストンのE−メールを読み上げている映像である。
先週(2003年9月18日)、偶然観た映像は「LOWER EASTSIDE BIOGRAPLY PROJECT 
PRESENTS」という番組でのことだったとあとで分かった。29分放送時間があったが私が観たのは
その3分の2位である。誰かの家での録画かNYのイーストビレッジのカフェでの映像か、ただただ
イジーヤングが話している。後ろの方では誰かが料理をしていて、その後、その彼は新聞を読んでいる。
イジーヤングの左側にもうー人の人物がいるのが分かるが画面は移動しない。もしかすると、などと
思っていたら、左側の人物が登場した。ファックズのTULI KUPFERBERGである。イジーヤングの
会話の中で、英語がそれ程分からない私は全部は理解できなかったが、ランブリン・ジャック・エリオット
と云ったこと、どうやら「ワシントン広場」でフォークソングを歌うことが禁止された時のことを話している
ようである。この映像を観てイジーヤングの人柄がより−層よく分かった。偶然というか、運命的
というかどうしてあの時間にあのチャンネルを観たのだろう。とつくずく想う。これは不思議なことだ。

またまた、気分はニューヨークへ。
カーネギー・ホールの前にある街角のコーヒー店で、ゆっくりしてカーネギーホールに入る。
11月にいつもアーロー・ガスリーとピートシーガーが出演している、その夕べに参加し,聞き唄い、
ホテルに戻る。このことが今の自分には手に取るように想像でき理解できる。ニューヨークは何時
訪ねてもいい。しかし哀しい話題もある。数日前に聴いたニュースであるが、あの「ボトムライン」が
閉店するかもしれないという情報である。近い内には、それがはっきりすると予想されている。

国崎 清秀

The Folklore Center Cataloge、N.Y.(1965)
*1965年にニューヨークより送られて来たフォークロアセンター
(今は現存してない)の貴重なカタログ。想い出深い。

 ( from Tokyo Folklore Center Archive)




雑記 − 愛知県、豊橋市の中学校校長先生が両国フォークロアセンターを訪問 ー 
                                            (2003年9月10日)

 30年ぶりの再会であった。5月22日に牧野章弘氏が両国フォークロアセンターへ寄る。ー年前、
「偶然に見る事ができたHPに感動してます。70年代の青春像ーあの頃の自分に帰る思いです。
教師生活も終わりに近く、そのために捨てざるを得なかったアメリカンフォークミュージックに再びとも考えて
いま す」と、ー度メールを頂き、それっきりになっていたところ、今年5月に「この4月の転任により校長?!
として中学校の修学旅行に付き添うことになり、5/21〜23に十数年振りに、上京いたします。
できれば、22日(木)の午後12時〜13時 30分くらいにー度センターへ参りたいと思います。
ご迷惑でしょうが、前日(新宿プリンスホテル泊)電話させていただきます。」と、メールを頂き、再会となった。
そういえば修学旅行はデズニーランドだと言っていた。

ベガのロングネックバンジョーを趣味で弾き、マーチンギターを持ち、アメリカンフォークミュージックの会話が
できる人物が、中学の校長先生になるとは大変嬉しいことである。
登校下校の際、かかる音楽に(蛍の光)、ラウンダーレコードのビルキースのバンジョーが入っているの
を使用している、と聞き大変驚いた。
会話では彼が毎年行っているシアトル周辺の音楽祭の話/CD及び楽譜のハンティングの話/ダス
ティーストリングの話と盛り上がり、あっというまに数時間が過ぎた。牧野氏とは、1968年、関西の山崎での
フォークキャンプで初めて出会った。定年後にはフォークソングの研究/普及にも力を費やして貰いたい
というと、彼も同感してくれたので、今後も何かと協力して頂きたいと思っている。

牧野章弘氏の個人的なHPがあるので、是非にみて下さい(バレーボール/音楽/野球/旅)に関する文章
が掲載されている。

http://www.sala.or.jp/~aki-maki/1130.html

国崎 清秀


    
# 牧野章弘先生/国崎清秀 (2003年5月22日)
         ー 両国フォークロアセンターにて撮影ー


 
雑記 ー  震災記念堂に年−回立つ縁日ー  (2003年9月4日)


 子供の頃から行っていた震災記念堂での縁日で撮ったー枚。1950年代は縁日が、私の住んでいる
近くでもよく立った。今では消えてしまった、江島杉山神社(千歳1丁目)、弥勒寺(立川・大江戸線森下
駅近く)での縁日の記憶がある。わた菓子/かるめ焼き/くじ/焼きそば/アンズあめ/お面/
金魚すくい/花火/水ヨーヨー/お好み焼き/等 懐かしい 昭和30年代。
家で作ってくれたドンドン焼き(お好み焼き?)。あめ細工の職人が弁天様(江島杉山神社)へ縁日が立った時には家業であった蕎麦屋(ふ志多家)に休憩でよく来ていたのを、少年だった自分はよく覚えている。
今回はキリギリスをー匹買ってきた。

 国崎 清秀


  #震災記念堂(両国・本所)にて撮影:2003年9月1日
                     Photo by 国崎 清秀



                                                                 
 雑記 ー わたしの好きな場所 etc       (2003年7月26日)
        
 古本/カフェ/街のエッセイ/酒場/温泉/散歩/東京/N.Y./ビート/旅/
 1950/フォーク・ミュージック/下町/地図/映画/ など

                                                                                            
               # 柳橋から撮影:2003年5月 
                 Photo by 国崎 清秀
 国崎 清秀


                                                                   
雑記 − アラン・ロマックスのトリビュート記事 − (2003年7月21日)

 国崎清秀が「MOON SHINER」誌のニュース欄へ送ったもの。 「昨年7月19日に
他界したアラン・ロマックス(本誌02年11月号に追悼特集)記念追悼イベント「A Tribute
to Alan Lomax: Folk Music in American Century」 が4月9日から4日間、ニューヨークで
開催された。記念コンサートにはピート・シーガー、ニュー・ロスト・シティー・ランブラーズ、
アロー・ガスリー、ハニー・ボーイ・エドワード、ジーン・リッチーらが出演し、学術シンポジウム
にはデビット・エバンス、アービン・シルバー、エリジャ・ウォールド他が参加する」。(国崎清秀)
(MOON SHINER)誌 2003年5月号 P.4 より

 国崎 清秀


 Alan Lomax (1915〜2002)
                                                             
雑記 − ホーム・ページ開設してー年間 − (2003年6月5日)

 このささやかなホーム・ページができてー年が経ちました。少しづつ何かが動いている
と手ごたえがあり、嬉しい次第です。今後もコミュニケイション等で利用して頂きたいと
思っています。

国崎 清秀 


                      
雑記 − 二回目のNEW YORK 訪問 −(2002年9月13日)

 アメリカフォーク界の様々な伝説の人物と会った三月の短いニューヨーク訪問。驚いた
ことの一つは、Harold Leventhal氏と会い記念写真を一緒に撮っていただいた事。
今さら言うまでもないが、気品があり、偉大な人物だ。私にはウーディ・ガスリー/ピート
シーガーのマネジャーであった人であり、ニューヨークで初めてディランの大ホール・コン
サート(タウンホールで)を企画した人であり、映画「Bound For Glory」のプロデュサ
ーでもある雲の上の人物であった人である。Harold Leventhalは、グリニッチ・ビレッジ
より、ミッドタウンのカーネギーホール周辺が似合う。また今回はトム・パクストンとも再会でき、
ちょとの握手もし、と まだまだあるニューヨーク訪問、語りつくせない。前回は1985年であった。
「Folk City」もあった。「Speak Easy」もあった。「Lonestar Cafe」もあった。もうニュー
ヨークには存在しない、これらのスポット。
 昔の本にこんなのがあった・・・
「第二次大戦の終わり頃より、朝鮮戦争の間へかけて、フォーク・ミュージックを唄うことに
熱心な若い男たち、女たちが、マンハッタンのグリニッチ・ビレッチ、その中心にあるワシン
トン広場に集まって唄っていた。ジャック・エリオット、オスカー・ブランド、後にPP&Mを結成
するマリー・トラバースなど。晩年のウーディ・ガスリーも広場に姿を見せることがあったと
いう」
 私には、短い一週間や10日のニューヨーク訪問であったが、1950年代から今日迄のニュ
ーヨークの雰囲気、フォーク・ミュージック界の出来事が走馬灯のように浮かんで来る。
その歴史は続いている。
国崎 清秀

 
 *2002年3月、ニューヨークにて撮影
  by 国崎清秀




雑記 −1970年代の知人・友人より E−メール/手紙ー (2002年9月3日)

懐かしい人達よりE−メールや手紙を受け取る。70年代のフォークロアセンター出演者/
新宿の「風月堂」やジャズ喫茶・中央線やお茶の水でー諸に語り飲み会った人達・恋人達。
おー懐かしい。アメリカでは「Baby,Let Me Follow You Down: The ilustrated Story 
of the Cambridge Folk Years」 by Eric Von Schmidt and Jim Roony や、最近出版され
た 「Positively 4th Street: The Lives and Times of Joan Baez, Bob Dylan ,Mimi Baez Fari,
,and Richard Fari」by David Hajdu(2001)のような本が出てるが、日本では、どうだろう。
今年,三月に突然行くことになったニューヨークで、なんと Eric Von Schmidt と会い記念
写真を撮った。彼は口頭ガンで、もう話すことも歌うこともできない、という。今年71歳で、デ
イブ・バン・ロンクより5歳年上である。

もう2−3日すると秋らしい季節になる、と予報されている。コオロギが鳴き、ススキが咲く、
そんな9月が、過ぎて往く。

国崎 清秀