日本橋 / 京橋                                       中央区

※江戸開府400年の節目の年にふさわしい「日本橋」からスタートです。

■ 日本橋 ■
五街道(東海道、中山道、甲州街道、水戸街道、日光街道)の起点として知られる日本で最も有名な日本橋は家康の命により江戸城下で初めて架けられた木橋で慶長8年(1603)に里程の原点と定められた。
架橋以来、天災火災などで今までに19回架け直され現在のルネッサンス様式二連アーチ、花崗岩造りの日本橋は明治44年(1911)に建造された。
今も昔も商業中心のこの辺りには江戸の面影を偲ばせる商家、旧跡がひっそりと点在している。

日本橋 日本国道路元標 日本橋魚市場発祥碑
日本橋(重要文化財) 日本国道路元標(重要文化財)
これはレプリカを撮影しています。
日本橋魚市場発祥碑

橋をただ、渡るだけでは日本橋の豪勢さはわからない。橋のたもとの階段を下りて斜めから眺めるとその風格を納得できる。ただ情けないことに日本橋の上にはご存じのように無粋な首都高速がおおいかぶさり、都市景観も何もあったものではなく救いがたい鈍感さを示している。
日本橋の真ん中にある日本国道路元標を見るとけっこう考え深い。箱根まで約100キロ、京都まで約500キロ・・・日本橋まで○○キロという道路標識は漠然とした場所を指しているのではなくこの「日本国道路元標」からの距離を表しているわけだ。

ユクノキ 日本橋通り 榛原(はいばら)
日本橋川のほとりに生えるユクノキ。
クリックで詳しい説明がみられます。
日本橋通り 榛原(はいばら)
メリルリンチ日本証券 山本山 ヘビイチゴ(蛇苺)
メリルリンチ日本証券(建築中) 山本山 季節外れのヘビイチゴを八重洲で発見。
クリックで詳しい説明が見られます。

【日本橋魚河岸碑】 関東大震災大正12年(1923)の後、築地に移転するまで続いた江戸東京の魚河岸跡。いまも営業している魚の練り物、ハンペンの神茂、かつお節のにんべん、 お茶、海苔の老舗山本山、山形屋海苔店などなどに当時の名残を見ることができる。
【榛原(はいばら)】 手漉き和紙の老舗。江戸以来の各種のし紙、たとう、和紙小物等のデザイン、美しさが楽しめる。近くには扇子の永頼堂、漆器の黒江屋、刃物の木屋、安政年間創業の和菓子店栄太郎もあるが今ではどれも改築したテナントビルの中での営業だ。
【メリルリンチ日本証券】東急百貨店の跡地に外資系証券会社の新ビル建築中(2004年1月完成予定)。
その昔は江戸時代からの呉服商白木屋(最近の同じ名前の飲み屋とは無関係)、越後屋改め三越、高島屋も当時は呉服問屋だった。
たいめいけんは元祖オムライス。丸善は元祖ハヤシライス。明治初期創業のハイカラな洋食屋。
たいめいけん内には店主のコレクション「凧の博物館」がある。
日本で最も古い果実専門店千疋屋は天保5年(1834)創業。

■ 京 橋 ■
日本橋通りを銀座方向に歩いて八重洲通りと交差する場所が京橋

ヤン・ヨーステン記念碑 明治屋 歌舞伎発祥の碑
ヤン・ヨーステン記念碑 明治屋 歌舞伎発祥之地碑

【ヤン・ヨーステン記念碑】家康に仕えたオランダ人の屋敷跡にモニュメントを作ったもの。
オランダよりもたらされた学問、文化は明治以降の日本の近代化の大きな礎と言える。
ヤン・ヨーステンの名が八重洲(やえす)の語源と言われている。
【明治屋】明治18年(1885)創業。当時は舶来物と呼ばれた輸入食材を扱う先駆的な存在だった。
【歌舞伎発祥之地碑】寛永元年(1624)中村座芝居櫓を元祖猿若、中村勘三郎が立上げた江戸歌舞伎発祥の地。近くの京橋大根河岸(青物市場、関東大震災後に築地へ移転)の跡地にもやはり碑が立てられている。 ブリジストン美術館はモネの睡蓮など印象派以降の所蔵作品を常設展示している。国立近代美術館フィルムセンターなども見所。


Nov.2003
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