佐倉ジェンダー研究所

★新難解ジェンダーセクシュアリティ用語辞典

このコーナーでは、当“研究所”で登場しがちな用語の解説や、ジェンダーの観点から気になるコトバの考察などをおこないたいと思います。

なお、このページは作成以来順次加筆する形式で更新してきましたが、サイト開設から10年以上がたち、項目が入り組んで複雑な配置のまま未整理だったり、初期の記述には若干古い説明になってしまっているところも出てきています。一度全面リニューアルする必要性は高まってきておりますが、現在のところ時期は未定です。恐れ入りますが、かかる点にご留意の上、お楽しみいただけると幸いです。

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★あしゅら男爵 家庭001

往年の人気アニメ「マジンガーZ」に登場した、敵の司令官。敵の大ボス・ドクターヘルが地下から発掘した男女二体のミイラを左右半分ずつくっつけて作ったサイボーグ。そのため体の半分は男、もう半分は女。二人同時にしゃべってた担当の声優さんの苦労がしのばれる。

 

★伝説の樹 

コンピューターゲーム「ときめきメモリアル」の舞台となるきらめき高校の校庭の片隅にある木。この木の下で女の子から男の子に好意を打ち明けるとその2人は永遠に幸せになるという伝説がある。ゲームは卒業式の日にこの木の下で意中の女の子から告白されることをめざして、プレイヤーが様々な高校生活のイベントをこなして進行する。「いろいろあったけど、結局なにもない3年間だったな…」とは、最後に誰からも告白されなかった場合の主人公(プレイヤー)のセリフ。

高校生活の疑似体験という点では面白いゲームだが、男性にとって都合のいい世界観で出来上がっていることもたしか。

 

★百番目のサル 

宮崎県の幸島のサルが、芋を食べるときに海水で洗うと衛生的なばかりか塩味も付くということで、この芋を洗って食べるという習慣を身に付けたのは有名だが、これははじめは若い世代のみに広まっているに過ぎなかった。ところが芋を洗うサルがある一定数に達したとき、この習慣が幸島全体に広まったばかりか、直接交流のない隣の島や遠く大分県のサル集団にまで海を越えて伝わったという。つまり芋を洗うサルが99匹だけなら、そのパワーはそれ以上でもそれ以下でもないのだが、もう1匹加わって100 匹になることによって臨界点を越え、爆発的なエネルギーとなる…というようなことが起こるらしいのだ。

そこでこれを人間にあてはめて、核戦争や環境破壊に問題意識を持った人々の連鎖が世界中に広まるように、「あなたが百番目のサルになってくれれば、もしかしたら…」という言い方がされるようになった。むろんセクハラやその他の差別、人権問題でもよい。

 

★性同一性障害 頻出

★トランスジェンダー ★ニューハーフ 

性同一性障害」とは、性別に関する自我同一性アイデンティティ・identity/自分とはこういうものだ…という自己認識のコト)に何らかの障害がある…というのが用語の直接の意味。身体的な性別と精神的な性別の自覚が一致せず、現在置かれた性別とそれに伴う社会的な性役割に強い違和感を抱く症候と言ってもよい。世界保健機関(WHO)などによる基準では、“身体的性別とは反対の性別への、持続する精神的同一感”などとも説明されている。また埼玉医大が実施するいわゆる性転換手術は、この治療のためと位置づけられている。

なお、この性同一性障害と、いわゆる同性愛とは、基本的には別個のものである。

「ニューハーフ」の語については、現在のところ、男性が女性化してスナックやショーパブなどなどの“お店”で働く場合に「ニューハーフ」という呼称が与えられている。ニューハーフの人がそういう道を選ぶのも、性同一性障害に悩んだ、その結果である場合が多い。

またそういう人々が“お店”で働く以外の道を志向し、ごく日常的な中で望む性別での生活を希望している場合は、トランスジェンダー trans-gender(ないしは「トランスセクシャル」)という呼称を用いるほうが適切である。

「トランスジェンダー」は『現代用語の基礎知識』の最新(1998)版にも載っておらず、まだ一般的でない語だが、「ニューハーフ」やその同義語としての「ミスターレディ」がマスコミで興味本位に取り上げられることも多いため、当事者はこの語を使うことが多いのだ。

また「トランスジェンダー」は「ニューハーフ」と違って、女性が男性になる場合にも使用可能である。その場合はFtM(female to male)で、男性が女性になる場合はMtF(male to female)という。

もっともニューハーフと呼ばれる人もトランスジェンダーと称する人も、性同一障害に悩んでいる点は同じなのだとしたら、両者をいたずらに区別せず、幸福追求の権利を持った人間として社会に受け入れる努力は万人に求められるであろう。

 

★ジェンダー gender 頻出

肉体的な性別(基本的な意味での『セックス sex 』)に対して、社会的・文化的な性別を指す。現状ではコレがさまざまな社会規範と結びつき、「男は一家の大黒柱だ」とか「女は家事をきっちりこなして一人前だ」といった役割概念の元となっている。このようにそれぞれのジェンダーゆえに、周囲から期待されてしまうこれらの役割が「ジェンダーロール gender role」。これらが固定的に厳格に適用されると息苦しく感じる人も多く、男女の役割分担の見直しは必要だろう。

 

★ステレオティピカルな〜 頻出

名詞形は“ステレオタイプ stereotype”。紋切り型の固定観念・既成概念のこと。「**とはこういうものだ」といった決めつけ。『ステレオティピカルなジェンダーロール…』という具合に使う。

 

★インプリンティング imprinting メディア001ほか

“刷り込み”と訳される。アヒルは卵からかえって最初に見たものを親だと思うが、このように幼い頭に特定の情報が「三つ子の魂百までも」状態で記憶されることを言う。否定的なニュアンスで使われる場合、その情報が恣意的で片寄っているという暗示が含まれることが多い。

 

★夕陽ヶ丘の総理大臣 メディア001ほか

1970年代の終わり頃のテレビドラマ。いわゆる青春ドラマの末期の作品。中村雅俊が主役の熱血教師役。海辺での「先生っ!」という台詞を伴うシーンなどがお約束のごとく多かった。エンディングでテーマ曲の終わりあたりに、画面にその日のストーリーに合わせた「詩」がスーパーインポーズされるのが、わざとらしいながらも感動的だった。

 

★カムアウト come out (カミングアウト coming out)

もともとの意味は「〜から出てくる」という英語。アメリカで、同性愛者などが家に閉じこもりがち、ないしは精神的に閉じこもった状態なのを、事実を告白して明るく生きようよ…という趣旨で使われ始めたらしい。したがって、同性愛者や性転換者、その他性的マイノリティが、その事実を周囲に打ち明けること、およびそれによって自らの“生”を積極化することを指す言葉として使われている。またエイズ感染者や、日本の場合在日朝鮮・韓国人など、あらゆる差別されてきた存在の場合にも広く使用可能な語と考えられる。失業したお父さんが「父さんの会社、とーさんしちゃった!」というのも“カムアウト”の一種かもしれない(その前にダジャレの一種だが(^o^))。なおingを付けて「カミングアウト coming out」という場合もある。

 

★スケープゴート scapegoat 家庭007

一人だけ悪者にすることで、他の全員が知らん顔する場合の「身代わり・犠牲」のこと。もともとは「野に放つ山羊」といった意味で、これはユダヤ教のお祭りで、一匹の山羊に人間の罪・穢をすべて乗せて野に放ち、もって人間を浄化するという趣旨の儀式から来ている(だから「贖罪の山羊」とも言う)。つまり組織ぐるみの犯罪などで特定の個人にすべて罪を着せて組織自体は責任逃れしてしまうような場合をさして「スケープゴーティング」、ひとり罪を負わされた人が「スケープゴート」ということになる。

 

★なおす 家庭013

知られざる関西方言のひとつ。全国区の『修理する』という意味のほかに、関西では『しまう』の意味にも使う。よって「今日、買ぅてきた、このファンヒーター、どないしょう?」「まだ寒ぅないし、とりあえずなおしとこか」…という会話を聞いて、買ったばかりのファンヒーターのどこをなぜ修理するのだろうなどと思ってはいけない。これは押し入れかどこかにしまっておくのである。また関東からの転校生が、先生がテストを返して「すぐになおしなさい」と言ったので、いっしょうけんめい間違ったところを直していたら、他のクラスメートは、さっさと答案用紙を机の中にしまっていた…というエピソードは、なんと小学校の国語の教科書の方言の説明のところに載っていたりもする。

 

★男女共同参画社会 メディア003ほか

男女協働社会」という言い方もほぼ同じ趣旨。単なる法的な権利の上での“男女平等”から一歩進めて、社会生活のあらゆる場に男女が対等に参画し、共同でさまざまなはたらきをこなしていこうという考え方。また、それを阻害する要因のひとつとして、旧来の性別意識・「らしさ」・ジェンダー役割にも目を向け、ひとりひとりの意識変革によって、それらを除去することも念頭に置いている。現在、『男女共同参画社会基本法』も成立し、また内閣府には男女共同参画室というセクションが設置されている。

 

★「育児をしない男を、父とは呼ばない」 家庭016ほか

厚生省(現・厚生労働省)1999年に始めたキャンペーンのキャッチコピー。安室奈美恵の夫・サムを起用し、彼が赤ちゃんをあやしている様子が、ポスターとなり、テレビにも流れた。“日本のお父さんが子どもと接する時間は短すぎるヨ。お母さんばかりに任せず、お父さんももっと育児を!”というそのキャンペーンの趣旨はたしかに間違っていないが、5億円とも言われるかかった費用(もちろん税金)に見合った効果があるかは疑問。

「男に育児をなどケシカラン!」「育児は女性ががんばるものヨ」などという守旧的な反対意見は論外としても、「早く帰って子供の面倒を見たくても、残業や“つきあい”を断れない空気が会社にはある」というような声が男性サラリーマンからあがることを考えると、そうした構造にはもっと抜本的なメスを入れないと、ちょっとやそっとのキャンペーンぐらいでは、やはり一朝一夕に改革するのは不可能では??

何より問題なのは、厚生省がこのキャンペーンを、少子化対策の一環として、働く女性の負担を減らすことを期しておこなっている点である。これでは男性の育児の意義が、少子化防止の手段に矮小化されてしまい、本来の、社会・家庭の共同構成者としての男性が育児に参加する権利と責任…が、うやむやになってしまう。つまり、この内容のキャンペーンは本当は総理府(現・内閣府)の男女共同参画室が管轄するのが筋なのに、厚生省がやっているところがウサンくさいのではないだろうか。

 

★人跡未踏の地に人食い虎を見た! 家庭016

往年のテレビの人気シリーズ『川口浩探検隊』のある回のサブタイトル。毎回、謎の洞窟に探検隊がこれから入る様子を、カメラがその洞窟の中から写すなど、バレバレのヤラセが逆に可笑しくもオモシロイ番組だった。しかし、さすがにこのサブタイトルは、「人跡未踏だった土地で、その人食い虎は今までどうやって人を食ってたんや!?と、思わずツッコミを入れざるをえないところが、また逆に伝説として歴史に残ることにもなった。

 #人を食ってたのは人食い虎じゃなくて、このサブタイトルですね(^o^)

 

★DV (Domestic Violence) メディア004

直訳すると「家庭内暴力」なのだが、この用語は1980年代に“子どもによる親に対する暴力”が問題になったときに、それを表す言葉としてのイメージが強くなってしまったので、それとは区別して「DV」と英語のまま使われるようになった。これは、家庭内的な暴力でも、おもに配偶者間の暴力、またそこから援用して恋人間の暴力を指す。でもって“配偶者間”“恋人間”と、いちおうジェンダーフリーな説明のしかたをしたものの、現実には夫から妻への、すなわち男性から女性への暴力である場合がほとんどである。酷いケースでは、顔にアザができたり、歯が折れたり、骨折に至るほどの暴行もあるという。またそこまで酷くなくても、すぐに平手打ちでいさかいを解決するような態度や、大切にしている物を壊す、無視・言葉による心理的ないじめなどを含めると、その数は相当なものになるらしい。

なおデジタル多用途ディスク「DVD」は、この場合はまったく関係ない。あと『未来戦隊タイムレンジャー』で、タイムファイヤーが使用する武器「DVディフェンダー」も、もちろん関係ない。本当にコノ“Domestic Violenceディフェンダー”があれば画期的なのだが…。

 

★ブルセラ メディア008

ブルマー&セーラー服”の略。1980年代の後半あたりに、いわゆる男性向けのエッチな雑誌として、女子高生のエッチなポーズや行為をモチーフとしたものがメジャー化する中で、それらを指して「ブルセラもの」などと呼ぶために使われ始めた語。その後、女子高生の着用済みの制服や体操服、さらに下着などを売買する店が「ブルセラショップ」と呼ばれるようにもなったが、この「ブルセラショップ」のひとつが1993年に当局の摘発を受けてニュースになったため、結果として「ブルセラ」の語やその内実は、さらに一般への広がりを見せるようになった。

ごく普通の女子高生が、自分のはいていた下着をお小遣い欲しさに売るという行為の広がりは、当時の人々の寒心を誘ったが、こうした風潮は、ほどなく“援助交際”に発展し社会問題化した。問題の根底には、売る側・買う側双方の、本当に必要な性教育・性情報・性環境の欠如などによる、性の歪みがあるにちがいない。

 

★セクシュアルマイノリティ sexual minority (性的マイノリティ / 性的少数者) 頻出

★ヘテロセクシュアルでノンケ メディア008ほか

「ヘテロセクシュアル」は“性的に異なった組み合わせ”という意味で、「ホモセクシュアル」の反対語。「ノンケ」も、いわゆる性的にノーマルなことを意味する語。重ねて使用することで、特に[身体上・戸籍上の性別が一致し、かつ性的指向がその性別と反対]なケース、すなわち下表で言えば“Aa2”“Bb1”であることが強調されるかもしれない。

身体上の性別

A:男性
B:女性
C:その他
(半陰陽等)

性自認・生活上の性別

a:男性
b:女性
c:どちらでもある
d:どっちでもない
e:その他

性指向

1:男性
2:女性
3:両方とも
4:その他

ちなみに「ホモセクシュアル(“性的に同じ組み合わせ”)」は、ゲイが上表で言えば“Aa1”、レズビアンは“Bb2”が、同性愛としては普通(^o^)であるが、では、“Ab1”はゲイと呼んでいいのか、“Ab2”はレズビアンとは認めてもらえないのか、“Ba2”はヘテロセクシュアルなのではないのか、“Ba1”はゲイなのでは!? …といったことも考慮に入れると、事態は大変フクザツなのである。

※性指向が上表<3:両方とも>の人は「バイセクシュアル

※ゲイのことを“ホモ”と、「ホモセクシュアル」を縮めた言い方で表現するのは差別的なニュアンスになる。レズビアンを“レズ”と縮めるのも同様で、縮めるのなら“ビアン”が妥当

なお、上表で“Aa2”“Bb1”となる(この項目にて「ヘテロセクシュアルでノンケ」とも表した)ケースのみが、世間一般では清く正しいセクシュアリティであり、かつ多数派とされている(多数派であるがゆえに、それを根拠に正統性が主張されている)ために、それ以外の組み合わせになるケースは少数派ということになっている。性的な事案・セクシュアリティにかかわる少数派ということなので、「セクシュアル マイノリティ」という呼び方が用いられている(「性的マイノリテイ」「性的少数者」の場合もある)。が、実際にどれほど少数なのかはギモンであり、一度は万人が、自分ははたしてどうなのか、真摯に胸に手を当てて再考してみるべきかもしれない。

※一般的には、「セクシュアルマイノリティとは、典型的な性別にあてはまらない、インターセックス(半陰陽等)トランスジェンダー(いわゆる「性同一性障害)、および同性愛の人たちのこと」などと説明されることが多い

 

★隠れたカリキュラム Hidden Curriculum 学校・教育全般

学校における、学習指導要領に主に基づき、教育基本法の理念に則った、正規の望ましい学習内容・指導プランなどが、いわば表のカリキュラムだとすると、そうではない、“裏の”カリキュラムも、教職員も気付かぬ間に潜在していることを指して、「隠れたカリキュラム」といい、特に、男女の平等も含めた、人権や相互理解の概念を本来教えるべき学校で、逆に男女の区別や、それぞれの性別の「らしさ」、それに基づく性別役割分業を児童生徒に刷り込み、そのために世の中の性差別を強化・再生産している側面があることを意味する言葉として使われている。

具体的には、男女別名簿ランドセルなどの色の区別、教職員が無意識に持っているジェンダー観の投影、教科書などの教材に表れている世の中のジェンダー意識の影響などがある。

ちなみに「“隠れた”って、ナンで隠れてんねん、誰が隠してん!?」というあたりを明確にする意図で『れたカリキュラム』と言う場合もある。

参考サイト
http://www.city.nagaoka.niigata.jp/women/az14/az144.html
http://www.pref.kagawa.jp/josei/gender/4.htm
http://www.tokyo-womens-plaza.or.jp/womens/news/199805-23.htm
http://www.culture-dome.or.jp/AMIKAS/P10/PAGE7-5.HTM

 

★まぐろ亭 午後013

大阪・北新地を本店に、関西を中心とした各地に展開の食べ放題のお店。料金は入場料金制で、入口でお金を払ってしまえば、あとは時間制限なしで、おすしやイタリアンが食べ放題。このお買い得感が、関西人にはいたくウケた。モンダイはこの入場料金。男性が1500円、女性1000と、しっかりと男女別。これは女性のほうが一見得なので、フェミニズム的な観点から問題になることが少なかったが、本当にそれでよかったのか、一度考え直してみる必要があるのではないだろうか。

 

★学習指導要領 学校・教育006ほか

文部科学省が定めた学校教育の基準。学校行事の趣旨から、教科内容・カリキュラム、小学生が何年生でどの漢字を習うかまで、細かく規定している。タテマエ上はあくまでも、指導の目安ということだが、実際にはこの学習指導要領をもとに教科書などが作られ、事実上は強制力のある決まりになっている。

これの存在のおかげで、例えばとある宗教団体が信者の子供に偏った内容の教育を施すことなどを、公の教育とは認めずに排除することも可能となる。その一方、各学校・教師の自主性を奪い、また授業内容が教科書に拘束されるため、子どもたちにとって勉強が、おもしろくない知識の詰め込みになってしまうといった問題点のモトにもなっている。日の丸・君が代の強制も盛り込まれているため、卒業・入学シーズンのたびに、ムダなもめごとが起こる原因にもなっている。

近年では文部官僚の机上の論理で、学習内容が異様に削られたことが、いわゆる学力低下論議も呼んでいる。

 

★3年B組 金八先生 学校・教育003ほか

武田鉄矢が教師役の学園ものテレビドラマ。桜中学の3年B組を担任する坂本金八先生が、様々な問題に生徒の立場で取り組み解決していく過程を描いたストーリー。1979年にシリーズ第1作が放映されて以来、連続もの、特番形式を織り交ぜて、延々とシリーズ化されている。それまでの学園ドラマは、中村雅俊などが熱血教師役のいわゆる“青春”ドラマだったのが、戦後民主主義の退潮に合わせて、それよりもリアルな、現実の教育問題などをまじめに扱うドラマとして制作されたのが、斬新で支持された。

一時期は「人という字を見てください。支え合って立っているでしょう。だから人は支え合わなくちゃいけないんです」などの名セリフがギャグ化するなど、多少アナクロ化していたが、近年のシリーズでは、近年ならではの諸問題も盛り込み、新機軸を打ち出して、新たな支持を集めている。

そのうち“第6シリーズ”と呼ばれる、2001年から2002年にかけて放映された分では、性同一性障害も主要テーマのひとつとしてとりあげられ、幅広く反響を呼んだ。

なおシリーズ第1作のとき、私は本当に中学3年生だったのだが、当時生徒役だった田原俊彦が『教師びんびん物語』で初めて教師役をした年に、私も大学を出て初めて教壇に立ったというのが、なかなか因縁を感じる。またそんなこともあって、拙著「女が少年だったころ」の原稿を書き始めたころには、『3年B組金八先生』云々という記述をよくしたものだが、それが出版されるときには、向こうのほうからテーマに近づいてきているなど、よもや思いも寄らなかったものである。(^o^;)

 

★ノーマライゼーション normalization 太陽の塔015 メディア010 ほか

カタカナの具合によっては「ノーマリゼーション」になっていることも。ちなみに「午後024」での表現は、やや変則的な用語法。

いわゆる障害者の自立と社会参加を促す概念。障害者の生活をできるだけ普通(normal)に近づけていこうということ。障害者を特別なものとして一般社会から隔離し、非障害者との共生を妨げがちだった従来への反省から言われるようになった。

多い誤解として「ノーマライゼーションとは障害者を“障害がない状態”にすることである」「障害者に特別なサービスを提供するのはノーマライゼーションに反する」などがある。そうではなく、障害者が障害があっても普通に暮らせる状態を創出し、そのために必要なら特別なサービスやケアを適宜おこなっていくのが、真のノーマライゼーションである。

なお“性同一性障害をかかえる人々が普通に暮らせる社会をめざす会[gid.jp]”が、「ここでいう『普通』とは、性同一性障害に由来する不当な人権侵害・不利益がない状態を指し、性の多様性を否定するものではありません」と言うのも、このノーマライゼーションの原理に則していると思われる。

バリアフリー」などはノーマライゼーションを進めるために導入されているが、もっとも必要なのは“心のバリアフリー※”であるのは言うまでもない。
※車椅子の人にとっては階段などは深刻な障害(=バリア)なのだが、それよりももっと大きなバリアは、「健常者」を自称する非障害者が障害者を自分たちとはちがう種類の人間であるかのように見る気持ち→心なのだ

 

★メディアリテラシー media literacy メディア018メディア全般

各種媒体、特にマスメディアにおける表現に対して、それを読み解く能力や知識など。膨大にして一方的に流れてくるな情報を鵜呑みにするのではなく、主体的に批判的眼力を発揮して分析できることが必要である。あらゆる(テレビに限った例でも、ドラマ、バラエティ、CM、さらにはニュースも含めたすべての)メディア表現には、ある種の恣意がはたらいていて、受け手を特定の方向に誘導しようとする、あからさまな、ないしは隠しメッセージが含まれていると、警戒しながらメディア表現に接する態度が重要だと言える。

ジェンダー関連で言えば、「テレビCMの中で家事をしているのはお母さんばかりである」などの例を発見するのは、メディアリテラシーの訓練に最適かも。余裕があれば、テレビドラマが知らず知らず人々に<異性愛でなければならないという意識>を植えつけているなどの見方もしてみてはどうだろうか。

 

 

 

以後順次追加(2006/09/30)

 

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