横浜 氷川丸

横浜山下公園岸壁に係留されている「氷川丸」は昭和5年(1930)に竣工し、同年シアトルに向けての処女航海に向かいました。チャップリンや秩父宮御夫妻が乗船されるなど、日本の代表的豪華客船として活躍しました。戦時中は病院船として徴用され、そのためもあって戦争を生き延び、終戦後は復員・引揚者の輸送に使われました。その後昭和28年にシアトル航路に復帰し、昭和35年(1960)に引退しました。昭和36年に生まれ故郷の横浜港にに係留され現在に至ります。その後、船内は一般見学できるようになり、横浜のシンボルとなりましたが、観客の減少もあって、平成18年(2006)12月25日を最終日としてその内覧は終了されました。総トン数12,000t、全長163.3m、全幅20.1m、最高速力18.2ノット、船客定員ファーストクラス76人、ツーリストクラス69人、サードクラス186人(計331人)、乗船員126名。以下の撮影は、最終公開日とされた平成18年12月25日のものです。
※追記: 結局、その後、氷川丸はリニューアル再公開となりました。併せて上記以外の新旧写真も追加しました。
山下公園から眺めた係留されている氷川丸。右の鎖にはカモメがたくさんとまっている。
船底部付近。左右は2基の1928年のデンマーク製ディーゼルエンジン。合計出力約11,000馬力。
圧縮空気用コンプレッサなど。圧縮空気はエンジンの燃料の高圧噴射用、エンジンの始動や各種駆動用に使われた。
船模型コーナー。中央が氷川丸。1本の大きな煙突を中心にしたきれいな船型である。
船首方向から見たブリッジ。手前の青く塗られたものは揚錨機。約5.3tの錨を毎分約9mで巻き上げる。
広々としたサイドデッキ。
上甲板
後部甲板。活躍時は構造物があったようであるが、取り去られ、係留後はビヤホール等としても使われた。
操舵室。舵輪、羅針盤、そして神棚などがあるが、ゆったりした広い室内である。
ブリッジにある船長私室。諸事に即応するため、この部屋以外に船長用バスルーム等もブリッジ内にある。人形は「船長ロボット」とあって、説明しつつ動いていた。
上甲板から見たブリッジ後部。
チャップリンや秩父宮御夫妻も泊まったスイートルーム。左右写真の2部屋はつながっている。今時の豪華客船と較べれば狭いが当時の最高級部屋である。
演奏、ショーが行われたラウンジ(右)とその入り口ホール(左)。ラウンジは係留後、結婚式等にも使われた。
クリスマスの公開最終日の氷川丸。横浜市指定有形文化財となっているので、何らかの形で保存はされると思われる。
パンフレットと乗船券
クリスマスデコレーションを施した後部甲板から眺めた横浜マリンタワー。マリンタワーも同日が営業最終日となった(但し、こちらは改装後営業再開する)。
シングルルーム
8人部屋の3等客室
続報: 以下は、以上の写真撮影の翌年、2007年2月11日の撮影。船内公開は行われていないが、夜のライトアップは続いていた
氷川丸は昭和5年(1930)の竣工であり、艦齢は77年に達するがきれいな容姿を見せている。
同じ2006年12月25日に閉じたマリンタワーも夜間は以前と同じにライトアップされていた。
洒落た感じの羅針盤や船速表示器など。全て英語表記である。全て上段の操舵室と同じフロアのもの。
1等喫煙室とあるラウンジルーム。天井に大きな明かり取りがある歓談の場。直線基調のアールデコ調建築事例として知られる。
サイドデッキ。開いた扉の右側の中は、左写真の1等喫煙室である。
その他: 上掲写真よりさらに昔に、違うところから撮影した氷川丸です。
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山下公園から出発の遊覧船から夕方に眺めた氷川丸とその後方です。氷川丸の右奥にはホテルニューグランドが見え、その最上階5階の「スターライトグリル」には、いつかは格好良く決めて・・・ と思っていましたが、当時既に閉鎖され、ホテル全体で大改装中でした。左には
マリンタワーやその他の遊覧船が見えます。とてもいいところです(1998/1撮影)。
マリンタワーからの眺めです(2000/2撮影)。
Hikawamaru1