三菱みなとみらい技術館
横浜みなとみらい地区の三菱重工横浜ビルに併設された機械博物館。三菱重工業は「機械のデパート」とも言われるように、小は小型エンジンの部品から、大は大型客船、原子力発電所、ロケットなど膨大な種類の機械、設備を作っている総合機械メーカーである。それら自ら扱っている製品の中で代表的なものを展示、解説している。特に宇宙開発、プラント、陸・海・空の乗り物などを一館でまとめて展示している博物館は他にあまりない貴重な存在。特に三菱重工業が手がけた乗り物の模型がよくできていてメカ好きを飽きさせない。
本技術館は、みなとみらい地区にある三菱重工横浜ビルの中にある。上、右の写真は1階にあるエントランスホール。
H2ロケット、宇宙ステーション、CCV研究機、風力発電機などが出迎えてくれる。右写真のH2ロケットの奥には喫茶もある。
日本の宇宙往還機HOPEを打ち上げるH2ロケット。6本の固体ロケットブースターを取り付けている
H2Aロケット。ブースターの構成、搭載機にもよるが標準型で4t、そして写真の奥の本体と同色の大型液体燃料ブースターがついた増強型は7tの機器を静止軌道に載せることができる。全高は57mに達する。因みに35年前のアポロ11号の米サターン5型は全体で高さは110mにおよんでいた。
H2Aの主ロケットエンジンLE−7の実物。左は噴出ノズル側を覗いている。右上には燃焼のための機器が集中しており、写真中央はターボ燃料ポンプ。
成層圏のさらに上を飛行するスペースプレーン。ロケット、ジェットの各エンジンを高度に応じて切り替えて飛行する。
先にも載せた宇宙往還機HOPE。スペースシャトルに似ているがHOPEは小型無人機である。
宇宙往還機HOPEを後ろ上から見たところ。
宇宙ステーション構想模型。HOPEやその他の往還機で人や物資を運び込むため、H2Aの技術玉成が急務である。
旅客船
「クリスタルハーモニー」
1990年竣工。
全長241m、
全重48600t、
最高速度22ノット、
客室480、旅客数980。
ディーゼルエンジンで発電し、12000kWの電動機2基で推進する。
三菱重工製、日本郵船関連会社籍であるが、船籍はバハマにあって専ら国際クルーズを行う。
旅客船「飛鳥」
1991年竣工。
全長192.5m、
全重27000t、
最高速度21ノット、
客室295、旅客数600。
クリスタルハーモニーが専ら国際航路に対し、
やや小さい本船は主に
日本人向けに日本周辺
を航海する。
6500m潜行可能なしんかい6500。6500m潜ることができると全海域の97%は探査できる。本体前部下に人が乗る耐圧球殻とサンプル採取用双腕マニピュレータが付いている。近年、ハイビジョンカメラなどが多用され、今後は実際に人がそこ迄行く必要はなくなるかもしれない。右下写真は耐圧球殻の予備試験用チタン合金球。126MPa(約12000m相当)で圧壊した。
カップヌードルのカップを加圧した後のサンプル。最左は原型、最右は900気圧(水深約9000m相当)が加わったもの。スチロール自体が圧縮され全体として小さくなっている。
2000m潜行可能なしんかい2000。上記しんかい6500に先立って深海探査で活躍した。耐圧球殻やマニピュレータなどのレイアウトは同様である。
超伝導電磁推進船ヤマト1の模型。
全長約30m。
試験船でもあり、最高速度は8ノットと遅いが
3000kWの電力で約1600kgfの推力を得る。
超伝導用にターボ冷却機とヘリウム圧縮機を
搭載する。
様々な空力運動特性を持ったCCV研究機の模型。コンピュータを組み込んだ制御システムや胴体下の「垂直カナード翼」、胴体主翼前左右の「水平カナード翼」、そして主翼の前端にもあるフラップにより、直進したままで上下・左右、あるいは任意の姿勢角度を取ることができる。次期主力戦闘機に採用されるはずが米国の横槍で米国機が採用になり研究は中止された。
左は原子力発電所の格納容器内部模型。上方の制御棒を上下に抜き差しすることで発生熱エネルギーを可変制御する。
上は、蒸気タービンの模型。原子力発電所や火力発電所にある大型設備。写真右が左写真の原子力発電格納炉などで加圧・加速された蒸気で回転するタービン本体。
昭和初期にサンフランシスコ航路において米国に対抗すべく建造された3隻の旅客船の1番船「淺間丸」。昭和4年竣工。全長178m、全重16947t、旅客数822、最大速度18ノット。
南米への移民を送ることを主目的として建造された客船「あるぜんちな丸」。昭和14年竣工。全長167m、全重
12755t、旅客数901、最高速度17ノット。第2次大戦中に空母「海鷹」に改造された。
史上最大の戦艦大和型の2番館「武蔵」。
昭和17年8月竣工。
全長263m、
公試排水量69100t。
世界に例のない46cm(18インチ)主砲(射程距離41km)3連装×3を搭載し最高速度27ノット。
呉の工廠で建造された最高機密に相当する一番艦大和に続く同型艦武蔵の建造を任された三菱重工長崎造船所の信頼は高かった。
航空勢力が躍進した第2次大戦では本館の巨砲の威力発揮の場はなく、多数の航空魚雷・爆弾により沈没した。
上掲の淺間丸の同型艦を改造して造られた航空母艦「準鷹」
第2次大戦での日本の代表的大型潜水艦「伊19」。昭和16年4月竣工。全長108.7m、排水量2584t。
海上自衛隊が始めて有した対空ミサイル護衛艦「あまつかぜ」。昭和40年2月竣工。既に現在は退役している。
全長131m、
排水量3060t、
最高速度33ノット。
航空機展示コーナー。
第2次戦中の三菱による代表的航空機や戦後の航空機がよくできた模型で展示されている。
第2次大戦後、航空機の開発禁止期間が明けて初の国産旅客機YS−11。初号機完成は昭和37年8月。全備重量24.5t、全幅32m、最高速度459km/h。現在も現役機が多数ある。
十七試艦上戦闘機「烈風」。2200馬力の大出力エンジンを搭載した海軍最後の戦闘機。ゼロ戦の後継と期待された。終戦時は量産初号機が完成間際であったとされる。初号機飛行は昭和19年4月であったがエンジンの不具合などで開発は遅れた。。全幅14.0m、全備重量4720kg、最高速度628km/h。
ドイツから持ち帰られたMe-163Bロケット迎撃戦闘機の図面を基にして試作された。10000m以上の高空に3分半程度で上昇できるのが魅力であった。昭和20年7月に試験飛行が行われたが燃料切れで失敗に終わった。液体ロケットエンジン1500HP、全幅9.5m、全備重量3870kg、最高速度900km/h。
一式陸上攻撃機11型。操縦性、稼働性に優れた。しかし燃料を翼内いっぱいに収めことや、防弾構造の脆弱性により攻撃によりすぐ発火し、墜落が多かった。初号機は昭和15年1月飛行。エンジン1530HP2基。全幅25m、全備重量9500kg、最高速度428km/h。製作機数は2420。
アメリカのシコルスキー社との提携により国産された。ガスタービンエンジンを搭載。初号機は1959年に飛行したが飛行性能は大変優れていた。全幅(翼回転幅)は
18.1m、全備重量は9072kg。
戦後の提携ライセンスによる国産された戦闘機。手前より
F4EJファントム要撃戦闘機(初号機飛行昭和46年、最高速度マッハ2.4)、F1支援戦闘機(本機は設計も国内)、F104J戦闘機、F86F戦闘機。
F104J戦闘機。出現当時、見るからに早そうな外見などもあって最後の有人戦闘機とまで言われた優秀機。最高速度はマッハ2.2に達した。初号機飛行昭和37年4月、全幅6.7m、全備重量11930kg
三菱重工で製作された列車。戦前より蒸気機関車、電気機関車などが製作されてきたが現在,、三菱重工は製作は行っていない。
発電出力約70万kWを出せる石炭ボイラーの30分の1模型。前掲示のタービン発電機に蒸気を送り火力発電所として発電する。
横浜ベイブリッジの模型。瀬戸大橋のものなど含め鉄鋼橋梁を製作した。ベイブリッジは両側から作って行き、最後に中央で締結、完成したが、ボルトなどが締められるセンチオーダー未満の誤差でこのようなものが昔から敷設されてきたことは凄いと思う。
飛行シミュレータ。数十人が乗ることができる6軸パラレルリンクのものがテーマパークなどに広く設けられたが、それらの製作も行った。写真のものは小型である。
三菱重工横浜ビルに設けられた本技術館1階の入り口。陸海空の全てに広く携わっている会社の博物館で、大変見がいがあった。