生き延びて再生へ
私はずっと幸せな家庭環境の中で、両親の深い愛を受けて育ってきたと思っていた。
母は病気がちだったが、いわゆる良妻賢母の優しい人であった。ただ、いつも悲し気な顔を
していた。父は仕事バリバリのまさに企業戦士で、ほとんど家にはいない状態だった。普段
の父は豪快に笑ったりもする明るい人であったが、病気・ケガ・門限・勉強に関しては、
まるで人が変わったように切れる。怒鳴り、異常な状態になる。私たち家族はそれが起こる
事を非常に恐れていた。姉はいつもおとなしく、ほとんどケンカをした記憶もない、
彼女は優しく、そして母のような悲し気な人だった。
そんな中、子どもの頃の私は、素直で 明るい、よく空想遊びをする、元気な女の子だった。
中学生になる頃から、明らかな自覚はなかったが、誰にも気をつかわない自分だけの時間を
求めた。家族が寝静まるのを待って、深夜放送を聞いたり、夜中にゴソゴソと自分の事を
するという生活が始まったのだ。そのことは、ソフトに優しく真綿で首を絞めるがごとく、
幼い頃から徐々に私の体に巻きついてきた真綿の鎖の存在を、
その気配を感じ始めてきた私の 無意識の回避行動だったのだろうか。
実際、目に見える形で暴力があったり、明らかに強固な鎖で縛られていたら、もっと早く
自分の傷が見えてきたのかもしれない。見えてなかったからこそ、本当の自分の苦しみ、
悲しみ、怒りを感じないように自分を鈍感にしていたのだろうか。表面的にはなに不自由ない
生活を送っていて、死にたいと思った事もなければ、引きこもり状態になった事もない。
一応、のびのび生きてきたつもりだった。それなりに幸せに育ってきたと思い込んで、
生き延びてきた。そう!生き延びてきたのだ!いつも家族の中でピエロ役を引き受けてきた。
父が怒り出さないように…。母が悲しまないように…。
そんな私が具体的に生き辛さを感じ始めたのは、 18歳の頃、初めて人を好きになった時で
ある。自分と≪感性や感覚の違う他者≫と深くつながりを持ちたいと思った時、私は相手に
素直にそのままの自分を投げ出すことができなかった。いつも彼の気に入りそうな自分を
演じようと必死だった。そうする事以外、好きな人に対して自分の思いを表現するすべを
知らなかったのだ。当然、元気はなくなり、切なくて、いつも悲しくて、泣いてばかりいた
ように思う。どこかで自分を被害者にして、自分の痛みばかりを感じいて、まさか、自分の
している事が相手をひどく傷付けているなんて思いもよらずに…。
人の痛みがわからない私だった。 人と「本気でつながる」という事の経験のなかった私は、
人を愛するという事も知らなかった。当然、そんな私では実る恋にはならなかったのだ。
それから数年後、今の連れ合いに出会い、結婚。 … がしかし、私は18歳の頃と殆ど変わ
らない感覚しか未だ持ちあわせていなかった。≪感性や感覚の違う他者≫との生活が始まる。
やはり泣いてばかりいる日々が1年程続いた。今から思えば、自律神経失調症、不安症を
かかえたバランスの非常に悪い私であった。幾度か離婚という文字が彼の頭をよぎったらしい
が(後日談)私との精神年齢差が 10歳は違った彼は、私の父になり、兄になり、勿論夫に
なり、私たちはお互い、いかにつながっていくかという事にずっと向き合ってきた。そして、
私が幼い頃に置き去りにしてきてしまった"愛して欲しくて、甘えさせて欲しくて、
安心させて欲しかった"小さな女の子がゆっくりと
少しずつではあるが、彼との生活の中で 癒されていった。
そして、結婚11年目の94年、鳥山敏子のワークショップに出会う。今まで、連れ合いとの
関係、子どもとの関係で苦しみ、もがき、混沌としていたものが、整理され始めた瞬間で
ある。私は引き込まれるようにワークに参加していった。数知れないワークとその後の毎日の
連れ合いとの自助グループ。そんな中で多くの気づきがあり、癒しがあった。 月一度の
オイリュトミーも、私のからだの変化を促してくれた。意識より先にからだが反応する。
私の中で起こってくるいろいろな気づきが、意識化する前に、からだが全てを教えてくれる、
涙・喜び・おびえ・怒りとなって…。そんな繰り返しの中、子どもの言葉、行動が、全て私へ
のメッセージとして伝わってくるようになった。 そして、彼らは私の「導き手」となった。
少しずつ私の中で構築してきた核のようなものが、小さいながら、確実に私の中に存在して
いる。私は今、自分のからだをほんとうにいとおしく思え、信頼できるようになってきた。
丁寧に深く自分を探っていけば、必ず答えは自分の中にあると感じられるようになった。
これからも私の《自分探しの旅》は続いていくのであるが、この《自分探しの旅》をすること
で、自分とは≪感性や感覚の違う他者≫とでもつながって、共に生きて行く道が開けてきた事
が、本当に嬉しい。つくづく連れ合い、子どもたち、両親に、そしてこの多くの気づきの
きっかけを作ってくれた鳥山さんに、私にかかわるすべての人達に、
感謝の思いが私のからだの奥底から湧いてきている。
最近、天使の存在を肯定している人たちがいるが、私にその是非はわからない。
ただ、もし存在しているとすれば、私に起こった気づきには、
彼らの関与があるような…。そんな気が してならない。
94'ネパールの旅
気づきの窓
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