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創業者三宅次平氏の干支(えと)が「申(さる)歳」でありました。 古来、自分の干支から数えて 七つ目の干支(裏の干支)が縁起がよく、商売などの守り神としてあがめられたそうです。 創業者の干支「申」から数えて七つ目の干支が「寅(とら)」であったことから、「とら」を守り神との 縁起により、創業(万延元年)以来「とら」をラベルのデザインに配し、大いに天下に雄飛するの 意より社名も当初三宅醤油醸造店より大正七年三宅醤油株式会社に改組し、昭和二十五年より、 とら醤油株式会社と改名しました。 |
| とら醤油は、江戸時代末期の万延元年(1860年、桜田 門外の変)に創業しました。創業地、倉敷市酒津は岡山 県三大河川の一つ高梁川の下流に位置し、水質は醸造 に適し、水量が豊富で、現在も酒津貯水池の水は倉敷市 を中心に岡山県南部の飲料水の源となっています。 また醤油の主原料の大豆、小麦、塩は備中平野に産す る良質の大豆、小麦と瀬戸内海の塩田で生成された良 質の塩を用い、質、量共に恵まれた立地条件であったこ とから、この地で醤油の醸造を営むようになりました。 |
![]() 創立者 三宅次平 |
![]() 酒津水門 |
当時高梁川には輸送の高瀬舟が上り下りしていました。 備中平野の大豆、小麦、燃料の炭、薪炭を積んで、又瀬戸 内海から塩を積んだ高瀬舟が酒津港に入港していました。 できた醤油も高瀬舟で県北へ出荷され、良質の原料と共に、 輸送にも恵まれていました。 以来とら醤油は、技術と設備に改善、改良を加え、歴史と 伝統を守りながら終始厳選した原料により、「色、味、香り、 コク」のいずれの面でも、他の追随を許さない醤油造りに 励んでいます。 |