13−4. 竜馬がゆく(その5の4) 丸山編
引き続き、長崎の竜馬関連史跡をご紹介したい。
その夜、竜馬は丸山であそんだ。
丸山は、江戸の吉原、京の島原とならんで日本三大遊里のひとつにかぞえられたところである。
思案橋のたもとに紅塔がゆれ、柳が数本、灯影にあざやかなみどりを垂らしている。その橋をわたれば、すでに絃歌のちまたであった。道は、長崎風の石だたみになっている。竜馬はその石だたみをみながら、
(これはたいしたもんじゃ)と目をきょろきょろさせた。
ご参考まで、「THE TAKECHANマン」に吉原大門の写真を掲載しているので、ご紹介したい。
江戸の吉原
交差点の見返り柳
長崎市の思案橋はいわゆる繁華街であり、風俗街の吉原とは異なる。このあたりに橋は見当たらなかったのだが、今回検索してみたところ、復元計画があることが判明した。
思案橋
案内されたのは、頼山陽などもあそんだ引田屋という楼であった。丸山随一の花楼で、現在では「花月」という屋号にかわり、史蹟に指定され、酔ったあげくにつけた床柱の刀傷までが保存されている。
上の写真を真っ直ぐ歩いていくと、丸山公園だ。和服の女性が涼んでいるようなことはなく、中高年ばかりであった。
花月のホームページはこちらである。創業は1642年(寛永19年)。卓袱(しっぽく)料理が有名なようだが、見たことも無い豪華さだ。何人で食べるものなのだろうか。また、坂本竜馬直筆の書も展示されているとのことだが、床柱の刀傷に関する記述は無い模様。
丸山公園 花月
また、丸山ではなく寺町通り(龍馬通りの起点そば)に料亭「一力」がある。一力のホームページはこちらである。
一力の創業は1813年(文化10年)。こちらも卓袱料理を楽しめるようだ。
一力
当時からこのような豪勢な食事だったのかはわからないが、料理の他に酒を飲んで、かつ芸者も呼んだら相当な値段になるのは間違い無しだ。幕末の志士は夜も豪華に遊んでいたようだ。
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