3−3. おくのほそ道(平泉その2)  




< 武蔵坊弁慶の墓 >
 高館から歩いて3分ほどのところに武蔵坊弁慶の墓が立っている。日本史用語集を確認したところ、弁慶の項が無いことを発見した。大学受験には必要ない知識のようである。

武蔵坊弁慶の墓
東北本線 平泉駅 徒歩15分
岩手県西磐井郡平泉町



< 中尊寺 >
 弁慶の墓を通りすぎると、中尊寺の入口である。中尊寺金色堂までは、月見坂を登っていく。

月見坂入口

 月見坂は木が鬱蒼と茂っており、日も差さない。午前中でも日が差さないほど暗いのに、夜になったら本当に月が見えるのだろうか?月見坂と名付けられた頃は、今ほど木が高くなかったのかもしれない。

月見坂

 月見坂を登りきると、右側に本堂、左側に讃衡蔵(宝物館)が建っている。讃衡蔵の先に歩いていくと、金色堂である。金色堂の建立は1124年であり、中尊寺創建当初の唯一の遺構である。金色の阿弥陀堂は、極楽浄土を現世にあらわしているとのことで、中央の須弥壇の中には初代清衡公、向かって左の壇に二代目基衡公、右に三代目秀衡公のご遺体と泰衡公の首級が納められている。
 今回11年ぶりに訪問して、またしても思った。「よく保存されてきたものだ。」と。

金色堂

 金色堂を出てさらに奥まで歩いていくと、芭蕉の銅像がある。また、そのすぐ脇には覆堂がある。現在の金色堂は保存されてきたものだが、外側の覆堂は立てかえられたものであり、芭蕉が中尊寺を訪問したときに入った覆堂はこちらである。金色堂ほどではないが、それなりの歴史有る建物である。

芭蕉像 覆堂