3−5. おくのほそ道(尿前の関)
< 尿前の関 >
中尊寺から尿前の関までは平泉→一関→古川→鳴子温泉と電車で移動したが、2時間程度掛かった。昔の人はよく歩いたものである。
鳴子温泉駅を下りると、硫黄の匂いが鼻につく。駅前から温泉街が広がっているのみならず、駅の中に足湯がある。数百円でタオルを売っていたが、結構混んでいたので、歩いて尿前の関に向かった。鳴子温泉駅から尿前の関までは、歩いて20分程度かかり、しかも途中に表示が無いので不安になる。
尿前の関では、関所が復元されているのかと思ったが、大きな門と広場があるだけだった。広場の左側には芭蕉像が、右側には尿前の関碑が立っていた。
尿前の関
陸羽東線 鳴子温泉駅 徒歩20分
宮城県玉造郡鳴子町
なんとなく物足りない感じを抱えつつ、尿前の関から鳴子温泉駅に戻ろうとすると、鳴子峡の入口が見えた。地図を見ると、一時間程度のハイキングコースになっているようだ。しかも、その先には次の目的地である封人の家がある。ここを歩こう、と決心して歩き出して一分もしないうちに、門が閉鎖されているのが見えた。4月10日はまだ冬季閉鎖期間のようだ。がっかりして鳴子温泉駅まで、来た道を戻った。
鳴子峡
< 封人の家 >
封人(ほうじん)の家は、鳴子温泉から2つめの堺田駅だが、途中で県境を越えて山形県に入る。堺田駅は無人駅であった。堺田駅前に分水嶺があるとのことだが、整備中で見学できなかったのは残念である。
「封人の家」とは国境を守る役人の家のことである。この建物は広間型民家の代表的なものであり、解体復原工事を経ているものの、300年以上の歴史があるということである。
封人の家
陸羽東線 堺田駅 徒歩3分
山形県最上郡最上町
内部も昔の構造が保存されており、上がることもできる。解体復原されたものとはいえ、この建物の中に芭蕉と曾良が泊まったのか、と思うと感無量である。実際には、梅雨時で雨に降られ、二泊三日を余儀なくされたとのことである。
馬小屋には、ちゃんと馬の人形まで設置されている。堺田周辺は小国駒という馬の産地だったとのことで、「蚤虱馬の尿する枕もと」という芭蕉の句はそれを織り込んだものであるというから、奥が深い。
封人の家内部
![]()