2003.5
↓時間軸
所用で新宿に出たんですが、あれ? JR駅のフォームには依然として喫煙コーナーがありました。健康増進法が施行されて、一掃されるものと理解していたのに。現に私鉄では消えたと聞きますが。どうなんだろ。ま、ぼく自身はスモーカーなので残ってくれたら気分悪くはないですけどね。
ほかにも、新税法の施行で発泡酒やワインが値上げ。でもこれも、「ウチでは発泡酒、値上げしません」みたいにがんばってるコンビニもあるみたいですね。
まったくいまの内閣、ろくな法案を出さないよ。
サッカー五輪予選、ミャンマー戦については、二日後のもう一試合を観てからコメントすることにしましょう。
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というわけで……サッカー五輪予選、ミャンマー戦。
とにかくこれは五輪予選という公式戦だし、つまりは結果がいちばん大事だし、勝って突破したということを何より喜びましょう。
ただミャンマーという相手は「勝って当然」であり、つまり最終予選に向けて現時点でどこまで来たか内容も問われる、という視点は捨てるべきではないと思っていました。この世代の中国や韓国はほんとに強いですからね。中東勢についてはよく知らないけど、ふつうに考えて弱いはずはないでしょう。
だとすれば、この2試合はやっぱり物足りなかった。パスミスの頻度、ロングパス(クロスを含む)の精度、判断スピード、などなどにおいて明白に不満を感じました。
でもさらによく考えてみれば、ほんの3か月後の予定だった最終予選は来年(それも3月以降)までとりあえず延びちゃったわけで、それに向けてあらためて強化する時間はたっぷりできた。だったら現時点で焦りまくって厳しいことを言うよりも、今年のあいだにJリーグで化けてくれる選手が何人か出てきてくれるのを期待するほうが賢いかもしれない。
ついでに言うと、現在のこのチームはユース代表(いちおうワールドユースまで行ったけど、一次リーグを突破できなかった)時代に築いた遺産をベースに置いてるのが明白なんですが、もしかしたらそれを白紙に戻す勇気が必要なのでは。
「谷間の世代」という表現は決して正しくないと思いますが(たとえばアトランタ組と比べて劣るとは思えない、あくまでシドニー組が異様なまでに突出していただけ)、それでもアジアのなかでさえカウンターサッカーに走りがちなのがこのチーム。誰かがゴール前まで行ったらすぐさま複数人でサポートするとか、できるかぎりDFも押しあげて中盤を制圧するとか、そういう発想をほとんど持てていない。
すくなくとも現状では、貴重な攻撃能力を有する阿部と青木のどちらか一人がつねに、かなり後方の最終ラインで攻撃をサボっている、と評さざるをえないわけです。これだけは、どうか何とかしてほしいですね。
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高山宏『殺す・集める・読む』(創元ライブラリ)読了。
入手にちょっとてまどってしまった本ですが、読みごたえはたっぷり。英文学者――というより、アカデミズムの世界では「博覧強記の学魔」として超ビッグネームな著者――による、シャーロック・ホームズ、切り裂きジャック、G・K・チェスタトン、童謡殺人、江戸川乱歩『二銭銅貨』などなどについての論考です。おもしろかった。オススメです。
んで、本格ミステリ作家クラブ主催の本格ミステリ大賞に、やっとのことで投票完了。上記も、その評論・研究部門の候補作というわけです。……え、何に投票したのかって? それはいずれ雑誌『ジャーロ』(光文社)であきらかになりますので、それまでのお楽しみ(笑)。
講談社ノベルスの新刊が届きました。
有栖川有栖『スイス時計の謎』は国名シリーズ第7弾。貫井徳郎『被害者は誰?』は、ご本人がこちらの掲示板でもわざわざ宣伝くださった(#1018)期待の作品ですね。中村うさぎ『九頭龍神社殺人事件 天使の代理人』は、『メフィスト』連載+書きおろし短篇で、「霊感探偵登場!」とか。北山猛邦『『アリス・ミラー城』殺人事件 CHESS END』は、何とも気になる作品です。ルイス・キャロルの作品にちなんだ不可解な城に集められた探偵たちが次々に……って、はたして山口雅也さんをどう乗り越えているのか。それから、一日遅れの別便で届いたのが(店頭に並ぶ時期はどうなるのかな?)篠田真由美『angels 天使たちの長い夜』。蒼の高校3年の夏をえがいた、建築探偵シリーズ番外編だそうです。
あと、帯には6月の新刊予告が2点。本格ミステリ作家クラブ編『本格ミステリ03』と、生垣真太郎『ハードフェアリーズ』。おお、早くも第2作か生垣さん。やるなあ。
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う〜ん、中村俊輔が所属するレジーナのセリエA残留(ピアチェンツァ戦に彼を出さなかったデカーニオ監督は大馬鹿野郎だと思いますが、まあそれはそれとして)には、ひょっとしてレアルマドリードが鍵を握っているのか? だとしたら、やっぱり因縁ってことになるんでしょうか。
これも、ある意味でパズルですよね。
つまり、チャンピオンズリーグ(CL)準決勝でレアルがユヴェントスに勝った場合、敗退したユーヴェはその「うさばらし」をセリエAの次節レジーナ戦で狙ってくるのでレジーナ不利となるのか。それとも、完全な消化試合になってしまうので逆にレジーナ有利なのか。
いっぽう、レアルがユーヴェに逆転負けしちゃった場合、ユーヴェはCL決勝を意識せざるをえなくなるわけで、だからレジーナ戦は二軍メンバーになってレジーナ有利なのか。それとも、消化試合では二軍メンバーこそがまじめに戦うから、実はレジーナ不利なのか。
以上のあらゆる可能性にそれぞれそれなりの説得力があるので、ぼくなんかにはとうてい予想ができません。
さらに言うと、会長が「降格したら金がなくなるから中村は放出」と明言している以上、むしろ降格したほうが中村の未来につながるのでしょうか。でも、あくまで噂として中村に興味を示しているというパルマやユーヴェやインテルやアトレティコマドリードは、レジーナを残留させられなかったら興味を失うなんてことはないんでしょうか。これまた、どっちもありそうだなあ。
むむ、「あらゆる可能性を検討する」ってのもなかなかしんどいものだとあらためて思うきょうこのごろ。でも、ぼくの場合それが芸風だし……。<え、芸風?
……欧州サッカーにご関心のないかたには、まるでちんぷんかんぷんな話だったかも。ごめんなさいm(_ _)m。
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すでにネットのあちこちで話題になっているようですが、本格ミステリ作家クラブの公式サイトで発表されているとおり、第3回本格ミステリ大賞は以下のように決定した模様です。おめでとうございます。
小説部門/乙一『GOTH リストカット事件』(角川書店)
評論・研究部門/笠井潔『探偵小説論序説』(光文社)
なお、「『GOTH』はほんとうに本格なのか?」という声が一部に見られますが(たとえば、ここ)、この議論はきわめて生産的なものになりうるので、おおいになされるべきと考えます。
ちなみにぼくは原書房の『2003本格ミステリ・ベスト10』への投票で同作に言及しているように、これは「本格」だと思っていますけど、異論もぜひとも聞いてみたいところです。
(追記) 開票時のミスがわかって、結果が動いた模様です。正しくは以下のとおりとか。
小説部門/笠井潔『オイディプス症候群』(光文社)
乙一『GOTH リストカット事件』(角川書店)
評論・研究部門/笠井潔『探偵小説論序説』(光文社)
くわしくは、こちら。
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サッカー東アジア選手権の延期は、しかたないと思います。てか、あたりまえだと思います。決定が少々遅すぎたくらいでは(チケットはすでにほぼ完売だそうですし、代表候補メンバーが発表された直後っていうのは、一部の選手たちには気の毒だったかも)。ただ、ここで「あたりまえ」というのは、「それが絶対的に正しい」という意味ではありません。むしろ、「現実問題として、そうなるだろうと予想できた」という意味であることは言っておきたい。
単に「日本に入ってくる」だけでなく「それがみんな横浜に来る」というのは、すくなくとも横浜市にとっては意味がちがいます。いっぽう、「相手の代表チームを呼んで、大きな大会を開催する」というのは非常にめだつイヴェントですから、万が一その直後に「国内初の感染者が横浜市内で出た」りしたらたいへんな注目を浴びてしまう。そのとき責任を問われることになる立場の人は、あえて偽悪的に言えば、保身を考えた対処をせざるをえない。誰よりも、開催地の首長(中田・横浜市長)であり、ついでに開催主体の責任者(岡野・東アジアサッカー連盟会長)ですね。
もちろん、ぼくは決して中田さんや岡野さんを批判したいのではない。冒頭で「あたりまえ」と言ったとおり彼らの判断は理解できるものだし、もっと言えば、ぼくが彼らの立場でも(ありえない想定だけど)同じ判断をしたと思います。ただ、それは「立場上くださざるをえない判断」であって「客観的に誰が見ても正しいと言えるほど筋の通った判断」ではない。ここを、マスコミの伝えかたは隠蔽しているように感じました。
だって、いまの日本はべつだん中国や香港に居住する人々の入国(ないし帰国)を規制したりしていないはずだから。いっとき話題になりかけた成田空港でのサーモグラフィ検査ですら、その後どうなったんでしょうかね?(地道にやってるのかな?) そういう状況で、よその国(または地域)のサッカー選手やスタッフ、あるいはサポーターに対してのみ、頭ごなしに「来るな」と言っていることになるわけで。それは、「まちがい」とか「悪いこと」ではないけど、論理的でないというか……
うーん、これ以上言うと政府批判になってしまうでしょうか(笑)。
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北山猛邦『『アリス・ミラー城』殺人事件〜CHESS END』(講談社ノベルス)読了。
どっひゃあ、こりゃやられたよ。傑作です。北山猛邦がついに化けた。
地の文で過去形(「〜た」)が続きすぎる文体にだけはちょっと違和感をおぼえましたが、この作品にはたいへん秀逸なアイディアがあり、それは今年になってから出た「本格」のなかでは出色のものだと思います。いや、いつも言うことですが、この作品を未読のかたは以下の反転部分を絶対に覗かないように。
孤島に10人の人間が集められ、誰かが殺されるたびに遊戯室のチェスボードから10個の駒が一つずつ消えてゆく。もちろんクリスティ『そして誰もいなくなった』から借りた設定ですね。ところが、完全な新機軸を二つ持ちこんで物語を重層化している。第一に、集められたのが原則的にみんな探偵であること。第二に、チェスの駒は単純にただ消えるのではなく、ゲームが一手ずつ進行するなかで敵方のクイーンに獲られる形になっていること(これは、クリスティにおける「童謡殺人」というストーリーを「チェスのゲーム」というそれに変換した、とも言えます)。
第一の新機軸は、いやでも山口雅也『13人目の探偵士』(講談社ノベルス)を連想させますが、それとはまったくちがう形で興趣をもたらしています。つまり、探偵どうしが会話すればおのずから作品に「メタ」の香りが漂いだすということ。56〜66ページで登場人物たちが展開する「物理トリック談義」なんて、かつて『メフィスト』座談会で「物理の北山」と呼ばれた作者が物理トリックに対していだく血を吐くような情熱と葛藤がうかがえて、しびれてしまいました(いえいえ、あくまで登場人物が語っているだけなんですけどね)。ここまでやっておいて、(以下ネタバレ)この作品のメインのネタは物理トリックじゃないんだもんなあ。くわしくは以下で。いやあ、たまりません。
第二の新機軸は、ぼくはチェスにくわしくないのでおっかなびっくりで言うのですが、よく考えたものだなあと思います。ストーリー進行に即した盤上の展開が、各章の扉に示されている。とりわけ、(以下ネタバレ)无多が最後に「入城」して、クイーンではなくあえてナイト(=クイーンを守る存在)になることに一定の必然性を感じたときなんて、ちょっと泣きそうになりました。凄い。ただ欲を言えば、入瀬が「入城」してクイーンになるという盤上の設定を、物語がもっとはっきり反映してくれていたらとも思いますが。いずれにせよ、チェスの最低限のルールをご存じのかたは、章扉をよくよく見つめながら読まれることをお薦めします。そうしないと損です。
さて、『そして誰もいなくなった』系にしては妙に展開が遅い……なんて思えるのも前半だけ。後半、特に終盤の展開の早さには振りまわされてしまいました。ストーリー展開でも、推理の展開でもね(何しろ、推理する人材には事欠かない設定だし)。そしてメインのネタですが……(以下ネタバレ)「読者が思っているより登場人物が一人多かった」というのは、すぐれた先例がないわけではないですが、これはOK。要するに、叙述トリックですよね。そのための技巧も、再読すればすぐさまわかるように、かなり高水準です。
うん、いいんじゃないでしょうか(<こら、えらそうだぞ)。
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氷川透が影響を受けた100冊を、更新しました。
うわあ、とんでもなくひさしぶりです。だいじょうぶでしょうか(<って、何が?)。
ところで、今回で何とかぶじ90冊までいったわけで、残るは10冊。
う〜ん、あとたった10冊じゃあ、思いのたけを晴らせないよ……なんて気分も湧いてきたりして。もしかすると、「100冊」を完遂したあとに「補遺」を設けるかもしれません。
……いちおう、あらかじめ言いわけしておいたりして(笑)。
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サッカーU22代表戦、日本−ニュージーランド。
本来はこのあとすぐにアジア最終予選が始まるはずだったので、それに向けた「壮行試合」として、確実に勝てそうな相手を選んだということなのかもしれません。でもSARSの影響で最終予選は延期されて、この試合はむしろ「強化試合」になってしまった。その相手としては……脱力してしまいました。何て弱いんだニュージーランド。確か4年前にもシドニー五輪代表チームがこの時期にニュージーランドとやって同じく4−0でバカ勝ちし、「こんな相手とやる意味あったの?」と言われたものです。でも当時とくらべて、さらにめちゃめちゃ弱くなってるぞニュージーランド。とうてい、W杯に出たことのある国の代表チームとは思えませんでした。
もちろんいまのニュージーランドから5月の日本に来たらさぞ暑かろうとか、来日日程にともなうコンディション不良とかも考えられなくはないけど……はっきり言って、悪コンディションとか何とかよりはるか以前の問題。唯一の特徴であるフィジカルを生かそうにも、そもそも体をぶつけあうような局面に持ちこむだけの技術がない。足もとの技術だけをとったら、このあいだのミャンマーよりさらに劣るのでは。しかも、そのくせ中盤省略フィジカル勝負ってなシンプルなサッカーをやろうとするでもなく中途半端につなごうとしてすぐにボールをとられるのでは、戦術的にもいかがなものか。さらに言うと、日本の全得点シーンでシューターが完全どフリーってのはどういうことよ?
そんな相手だからか、日本のできはミャンマー戦2試合よりはずっとましだったと思います。積極的にプレスをかけたり、ボールを奪ったらすぐにフォローに走ったり、一対一で勝負にいったり、そのへんはずいぶんよくなったような。あいかわらず最終ラインが引きすぎてるし、ボランチの攻撃意欲も低いのは気になったけど。あとフィニッシュの精度については、言うに及ばず。
興味深かったのは、前半の3−5−2から後半は4−4−2にシステム変更したことでした。でも、同時に選手を大幅に入れ替えた山本采配には疑問。
「3バックは固定的、4バックは流動的」という一般論はもちろんできないものの、いまのU22代表がやっている3バックのサッカーはかなり「役割分担固定」的なものだと思います(トルシエのサッカーよりもさらにそうです)。最終ラインとボランチの計5人はあくまで守備が第一、中盤の両アウトサイドがえぐってクロス役、それを前3人で何とかする、みたいな。たとえばボランチがオーヴァーラップしてサイドをえぐるとか、両サイドが中央に入ってきてスルーパスを出すとか、そういうシーンが極端に少ない。
そういう状況からいきなり4バックにするとどうなるか。まず、両サイドの高い位置はサイドバックの攻めあがりのためにスペースをあけておかなければいけません。自然、2列めの選手は中央に絞ることになる。両サイドバックがカフーとロベカルなら問題ないですが、そうでなければサイドをなかなかえぐれない。当然、中央で攻撃を構築するしかない。ゲームメイクのできる選手が中盤に(それも複数)必要になるわけです。
ところが、この試合の後半のメンバーにはそんな選手がいなかった。山瀬は? という声もあるでしょうが、彼は、たとえばボランチの位置まで下がって名波みたいなコトができるかと問えば心もとないように、現時点では「トップ下」ではあっても「ゲームメイカー」ではない。これは、前半だけで退いた松井にも言えることです。現時点でそんな期待ができるのは阿部だけでしょう。
だったら、4バックにするなら阿部や松井を引っこめてはいけないんです。その二人を残したままで山瀬を(あるいは、場合によっては前田を)くわえて、4バックが機能するかどうか――山本監督がテストするべきだったのは、むしろそれだと思いますね。「サブメンバーをテストする」と「ちがうシステムをテストする」をいっぺんにやろうとしたために、この試合の後半をほとんど無意味にしてしまったのではないでしょうか。
なるべくなら、このチームをA代表との比較において語りたくないとは思っています。でも、山本監督の言う「ドイツW杯まで届く選手を一人でも多く育てるのがメインの目標」というのが本音なら、ベストメンバーでこそ4バックをやってみるべき。ジーコジャパンは、こと中盤に関しては「役割分担固定」から最も遠いサッカーをやろうとしているわけで(チーム全体としてはそうでもないんですが)、こんなに「自分のやるべきことは決まってる」チームから「何でもアリ」なA代表に行っても、松井も石川もたぶん何もできませんよ(大久保はちょっとちがうかもとは思うけど)。ジーコがどうもこのチームに冷たいようなのは、そのへんにも理由があるんじゃないかしら?
いっぽうで、このチームは「役割分担固定」的なサッカーに慣れきっているし、このチームのなかで結果を出そうとするならそのベースは動かすべきでないかもしれない、ということも言えます。あくまで、「ドイツのためにアテネを捨てたくない」と考えるならばね(ぼくの本音はそうではないですが)。
このチームには、微妙な閉塞感みたいなものが漂っていると思えてならない。それを取っ払うには、4バックへの移行はたぶん有効です。その場合、ぜひ試してほしいのはU20世代との融合ですね。小林大吾や成岡翔はけっこう可能性を感じさせるんですが。あと究極的には(スペインへ留学に行っちゃったらしいけど)やっぱり阿部祐大朗。
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『うたばん』(TBS系)を観て、あらためて森山直太朗「さくら(独唱)」に好感をおぼえました。3週連続ヒットチャート1位というのもうなずけます。大ヒットしてしかるべき名曲、ですよね。
さて、これはあまりにも素朴な疑問で、すでにネットではとっくに結論が出ているという可能性も高いのですが、正直言ってぼくにはわからないのであえて問いを投げます。
森山直太朗は森山良子の息子としてすでに広く認知されてますが、森山良子は確か10代で歌手デビューしたはずで、その後に結婚して子どもをもうけたのなら、出産当時の彼女の姓は「森山」ではない可能性が高く、したがって彼女の子どもの姓もたぶん「森山」ではない……
にもかかわらず、「森山直太朗」……
いえ、もちろん、この状況を説明する仮説はいくつも考えられます。
1)歌手デビュー時(10代)の森山良子は、すでに若くして既婚者だった。
2)森山良子は歌手デビュー後に婚姻関係を結ばずに子どもを産んだ。
3)森山良子は歌手デビュー後に結婚したが、相手も同じ「森山」姓だった。
……即座に思いつくのは、これくらいでしょうか。でも、いずれの蓋然性もきわめて低いような。
真相をご存じのかたがいらっしゃったら、ぜひお教えくださいませ(笑)。
(追記) ↑まったく、愚かなことを書いたものです。
掲示板でご指摘があったとおり、結婚後に夫婦で妻の姓を名乗るのはちっとも珍しいことではない。民法750条。ほかにも、離婚して旧姓に戻ったというのもありえますね。森山良子さんがそのいずれかなのかは依然として存じませんが、とにかくネタにならないレヴェルのことを不思議がっていたわけで、まるっきり馬鹿丸出しです。作品で「夫婦別姓」問題なんかにも言及しているくせに、ああ、もう恥ずかしいかぎり。
また、当然思いつくはずのことに思い至らなかったせいで、そういう選択をなさったかたがたが読んだらきわめて不快に感じられたかもしれません。その点で、とんでもなく失礼だったと思います。反省します。
それから、これは指摘があったわけではありませんが、「婚姻関係の外で子どもを産んだ蓋然性は低い」と書いたのは決して、いわゆる「シングル・マザー」を差別する意図からではありません。単純に、森山良子さんは結婚していたはずという知識を持っていたからです。でも、誤解を招きかねない書きかただったことは確か。これまた反省します。
とんだ恥さらしですが、反応をいただいた以上まるごと消してしまうのも潔くないと考え、自戒の意味もこめて残します。ただ、一部に不適切な表現があったので(この点も猛反省しています)、そこは削除しました。
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光文社カッパ・ノベルスの最新刊、相原大輔『首切り坂』を送っていただきました。「カッパ・ワン」第2期ですね。S木さん、ありがとうございます。
若竹七海さんによる推薦文は、「ほんとにこれが新人の小説なのだろうか」。佳多山大地さんによる巻末の解説を読むとこの『首切り坂』は、カッパ・ワン第2期では「独り<本格>の孤塁を守ってデビュー」、「明治末の帝都東京で発生する連続首切り殺人事件の顛末を描いている」とのこと。むむ、いま谺健二さんの『赫い月照』(講談社)を読んでいるところなんで、「最近、首切りが多いなあ」とつい思ってしまいました。
ちなみに、カッパ・ワン第2期の残る2作について。やはり佳多山さんによると、6月刊行の浅田靖丸『幻神伝』は「伝奇バイオレンス大作」、7月刊行の佐藤良『リアル・ウォー(仮題)』は「戦闘美少女もの」とか。
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MAQさんのところの新企画一千億の理想郷を、全面的に支持します。
あ、そんなことを言ったら、ぼくにとっての「本格」の定義を問われちゃうかな? うう、とりあえず前向きに検討しますぅ。
谺健二『赫い月照(あかいげっしょう)』(講談社)読了。む〜ん、とことん考えさせられてしまう作品でした。
とりわけ、最近のニュースで酒鬼薔薇事件の「少年A」(当時)が早ければ年内にも社会復帰なんて伝えられている時期に読んだので、感慨もひとしお。何しろ、帯の背部分に書きこまれている惹句は「酒鬼薔薇聖斗とは何者だったのか?」です。はい、この作品ははっきりとあの事件をモチーフにしていて(そうだ、あれもまた谺さんの地元である神戸の事件なのだ)、それに対してかなりの考察をくわえています。この部分も、ほんとうに読ませてくれる。
でもそこは「社会派に見せかけたド本格」である谺さんのこと。酒鬼薔薇事件より11年も前に似たような事件が起こっていたとか、21世紀最初の年に酒鬼薔薇事件を意識したらしき新たな連続殺人が起こるとか、フィクショナルな部分で思いっきり派手な設定を決めてくれます。そこで提示される謎も、首切りあり(もちろん!)、物体の不可能な移動あり、動く死体あり、密室あり、暗号ありできわめて盛りだくさん。さらには異様な作中作までが、けっこう楽しめます。『未明の悪夢』でデビューした谺健二にとって、ある意味で一つの集大成なのでは。お薦めできる作品です。原書房のスーパー編集者・ I 毛さん(5月21日付)なんか「今年のベストクラス」とおっしゃってますしね。
さて、以下はこの作品を未読のかたは決してお読みにならないように。
(以下ネタバレ)読了されたかたにとっては自明だと思いますが、この作品は谺健二という小説家が創造した名探偵・雪御所圭子を、相対化し(「ただの女の子」だった時代を描写する)、その探偵としての原点を示し(彼女がそもそも解きたいと思った最初の謎を提示する)、震災以前に彼女が被った真のトラウマをあきらかにし(……)、そして、そこからの再生を描こうとした物語(基本的に、成功したと評価していいのでは)だと、ぼくには思えます。
ならば、まさしくその物語のラストをこんなにしてしまうという発想は完全にぼくの予想の外だったし、衝撃的でした。驚きのあまり、言葉を失ってしまったくらいです。これを書くにあたって谺さんが示した作家的な勇気には、かならずしも賛同はしないまでも、敬意を表さざるをえないと思います。
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黒田研二『阿弥陀ケ滝の雪密室』(光文社カッパ・ノベルス)読了。
同じくカッパの『ふたり探偵』の続編。ヒロインに、昏睡中の婚約者=敏腕刑事の意識が憑依して、「二人ぶん」の頭脳と推理で事件に立ち向かう。率直に言って、書き手の立場としてはこんなに縛りのきつい設定はないと思います。ちゃんと第2作を打ち出してきたのはさすが。
同じ病院で同じ夜に、殺人未遂事件と誘拐事件とが起こる。さらに前後して、新興宗教の教祖が胴体を切断される殺人事件。折りしも、幼児を対象とした連続誘拐殺人事件も起こっている。さあ、これらのあいだのつながりは?
……こういう設定からスタートして、絶妙のプロットでたがいを結びつけてゆく黒田節。うまいなあ。先が気になって気になって、一気に読んじゃいましたよ。黒田作品のリーダビリティは、眼を見張るほど高まっているし。
とりわけ感心したのは、(以下ネタバレ)「クローズド・サークル」というものに対する理論的な新局面を実作のなかでこれだけ示しえた例は、ひょっとしたら綾辻行人『霧越邸殺人事件』以来なんじゃないのかということ。プロットの妙と絡めてあるぶん、より説得力があるかもとすら感じます。みごとだと思いました。
……あ。ただしですね、カヴァー袖の「著者のことば」には反しますけど、これ、「トラベルミステリ」ではないと思いますが。それからタイトルも、ののださん(5月27日付)がおっしゃるとおり、これがベストではなかったような。
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