くるみの木のパンやさん その3
 〜おちこんだパンたち〜

召田香菜子(めすだかなこ)



 この森にしかない木、モモザクラの花のつぼみが、少しづつ開き始めて、春のおとずれを感じ始める、三月です。
 くるみおばさんのパン屋のそばにあるモモザクラも、咲き始めています。
 くるみおばさんは森でパン屋を開いて、動物たちにパンを売り、いつでも元気と明るさをふりまいています。
 ところが、そんなくるみおばさんが、最近元気がありません。ひまさえあればボ〜ッとしていて、口数も少なく、でるのはため息ばかり。パン屋に来たお客さんは、そんなくるみおばさんの様子を見て、首をかしげたり、心配して聞いてきたりします。すると、くるみおばさんは、
「まぁ、やだ。そんなことないわよ。私はこのとおり元気よ」
と笑ってみせます。でもお客さんがいなくなると、大きなため息をつき、窓の外をぼんやりながめています。くるみおばさんはいったい、どうしてしまったのでしょう。
 それは、何日か前のことでした。おやつ時に、たくさんの子どもたちが、パンを買いにやってきました。ふつうの人間の子どももいれば、動物の子どももいます。この森では、人と動物が共にくらし、仲よく遊んでいます。
「おばさん、こんにちは。パンください」
「わぁ、いろいろあるね!」
「ぼく、もうおなかペコペコ〜」
 元気な子どもたちは、みんなで楽しく遊んでいて、おなかがすいたので、おやつにパンを買いに来たのです。
「おばさん、つくしロールパンちょうだい」
 そう言って、ポケットからお金を出しました。感心しながら、くるみおばさんは一番最初にレジにやってきた子の相手をします。
「わぁ、おいしそう。私にはこの、チョコチューリップパンください」
 子どもたちは大はしゃぎです。くるみおばさんに負けない元気パワーをもった子どもたちは、見ているだけで楽しい気持ちになります。
「ゆいかちゃん。いつまで考えてるの? 早く買ってよ」
 見ると、人間の女の子が一人、まだパンを買っていません。たくさんのパンがならんだたなの前で、あちこちをくいいるように、じっと見ています。
「どうしたの? どれにするか迷ってるの?」
 くるみおばさんが女の子のそばに来て、言いました。女の子は困ったような顔をして、
「私、どれだってべつにいいもん」
と言います。
「じゃ、ブルードックパンはいかが?」
 くるみおばさんがすすめます。女の子は、
「ブルドック?……なんかやだ……」
とへんな顔をします。くるみおばさんはプッと笑って、
「まさかぁ。ブルドックじゃなくて、ブルードック! 青い犬っていう意味。春に最初に咲いたオオイヌノフグリの青い花びらとスミレのみつを、生地にねりこんであるの。春の味がするのよ」
と言います。女の子はちっとも笑いもせず、
「じゃあ、そのブルドックでいいや」
とさっさと一個とってプレートにのせ、すたすたとレジへむかいます。子どもたちは全員が買い終わったところで、その場で食べ始めました。くるみおばさんは、子どもたちがおいしそうにパンを食べているところを見ると、うれしくなりました。
「みんな、おいしい?」
「うん、おいしい!」
 みんな口をそろえて言います。ところが……。
「まずい」
 楽しい店の中のふんいきをきりさくような、強い一言でした。みんな「えっ」と後ろをふりむきます。子どもたちから少しはなれた所で、さっきの女の子が、食べかけのパンを、ぶすっとした表情で見つめています。
「どうしたの?……ゆいかちゃん」
 だれかが言いました。女の子は顔を上げると、
「まずいよ、このパン」
と、もう一度言います。くるみおばさんの心に、その言葉がつきささりました。女の子は怒ったように、しゃべりだしました。
「みんなが行こうよって言うから来てみたけれど、なによ。パン、ちっともおいしくないじゃない」
「おいしいよ、パン。めずらしいのもあるし」
 だれかが言うと、女の子はさらに言います。
「おいしくないよ、このブルドック! それにオオイヌノフグリがパンの中に入ってるなんて、へんじゃない」
 女の子のきょうれつな言葉に、みんな静まりかえってしまいました。くるみおばさんはきずついた心をおさえて、無理して笑い、
「ゆいかちゃん、だよね……パンが口にあわなかったのなら、ごめんなさいね」
と言いました。女の子はぷいとそっぽをむくと、外へとびだしました。あとに続いて、他の子どもたちも帰って行きました。
 初めて「まずい」と言われたくるみおばさんは、それから元気がなくなってしまったのです。
 お店もひとくぎりがついたので、くるみおばさんは、すみのイスにすわりました。
(あれ以来、ゆいかちゃんは来ていないな。私が心をこめて焼いたパンが、まずいなんて……もしかして、みんな本当は、心の中で、「このパンまずい」って思ってるのかしら)
「ああもう、だめかな。私のパンは」
 くるみおばさんはすっかり、弱気になってつぶやきました。
「なに言ってるのですか! しっかりしてくださいよ!」
 すぐそばで、小さな声がしました。その声の持ち主は、なんと売れ残ってそのままになっていた、ジャムパンです。
「まあ、あなたいったい……」
「ご主人はすっかり弱気になってる。いつも元気で強いあなたが、どうしたんですか!」
 ジャムパンはカゴから出ると、テーブルの上をとことこと歩いてきます。くるみおばさんはびっくり、目を丸くしました。
「静かに耳をすましてください」
と言われ、そのとおりにしました。すると……。
「あーあ。私、まだ買われない。好かれていないのかしら」
「どうせ、ぼくはまずいんだよ」
「もう、やってられないわ……」
「どうしよう……。もうだめだ、オレは」
 店のあちこちから、小さな声がきこえてきます。パンたちがささやく言葉はどれも弱気な感じで、今のくるみおばさんの心といっしょです。
「いやだ……みんなどうしちゃったの」
「今までご主人は思いやりをこめながらパンを焼いていたから、命をふきこまれたパンたちは、堂々と胸をはっていたんです。でも今は、ご主人が弱気な心でパンを焼いているから、このとおり」
 くるみおばさんはおどろきました。自分の心一つで、パンも変わるなんて……。
「作る人の心しだいで、作られた物の味も変わってきます。いつものご主人のパンは、とても元気でおいしかったはず。でも最近のパンは、どことなくはりがないですよ」
「そう言えば……」
「このままでは、本当にまずいって言われるようになっちゃいますよ。自分の味を信じて心をこめて、作ればいいんですよ」
 ジャムパンに言われて、くるみおばさんは目が覚めました。
「そうだ。私は大事なことを忘れていた。私らしくない。心をこめて私の味を、つくっていけばいいんだ」
 ジャムパンもうなずきます。
「ありがとう、ジャムパン。大切なことを教えられたもの。私はまた、がんばるわね。あなた私がおちこむ前に焼かれたパンだから、堂々としていられたのね……」
 ジャムパンはにっこり笑って、言いました。
「よかった。ご主人が元気になって……」
と、その時、店のドアが開いて、なんと、ゆいかちゃんがとびこんできたのです。
「まあ、どうしたの!」
 ゆいかちゃんは横の高めの位置に二つにしばったかみをゆらして、もじもじしました。そしてぺこっと頭をさげると、
「この前はひどいこと言って、ごめんなさい」とあやまりました。
「私、あまりパンを食べたことがないの。ママが買ってくれないから。この前はママにないしょで来たの。久しぶりにパンを食べたら、おいしくて……あまりおいしかったから、いつも食べてるみんながうらやましくて、くやしくて、ついいじわる言っちゃったの」
「そうか。まずかったわけじゃないのね」
 くるみおばさんの心は急にぽかぽかあたたかくなりました。
「ゆいかちゃん、ママにも春のパンの味、食べてもらってね。今度もっとおいしい元気なパンを焼いて、待ってるわよ!」
 そう言ってふくろにパンをいくつか入れました。ゆいかちゃんは、うれしそうにうなずきました。くるみおばさんには、小さな声ですが、「よかったですね」とささやく声が、確かにきこえました。
 くるみおばさんの心にも、ようやく春がやってきました。モモザクラの満開ももうすぐ。
「今度、どんなパンを焼こうかしら」
 次々に咲く花のように、くるみおばさんの頭にもステキなアイデアが、浮かんできました。

(おわり)



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