ぼくは、元・大村大だった

宮脇 弓弦



 ぼくの名前は『ダイダイマン』おっと、これはニックネームだった。本名は、大村大という。大の字が二つもあるから変なあだ名をつけられたんだ。おまけに血液型はO型で、『オーちゃん』なんて呼ばれることもある。ぼくは今、中学生で、自分でいうのもなんだけど、成績はいいほうだ。テストの結果はいつも学年トップさ。だから頭脳には自信があった。
「ねぇ、オーちゃん知ってたぁ?」
 朝ぼくが教室に入るなり、あいさつもなしに小池久美が声をかけてきた。
「なにをさ」
 かなり素っ気ない返事をしてしまった。
「ん? 知らないのかな。今日ね、転入生がくるんだって。……うちのクラスに!! びっくりでしょ」
 ぼくがびっくりしたのは、あんたの情報キャッチの早さだよ。一体どこから聞いてくるわけ?……そう思ったが、やっぱりおどろいてやらないとな、と察して、
「あーそうなんだー。すごいじゃん(何が?)」
 と言っておいた。これも充分冷たいけど。小池は一瞬何か言いたげな顔をした。ぼくの虚しい反応に激怒したのだろう。ひえっと声を上げそうになったけど、いいタイミングで朝の会が始まった。ぼくの「ひえっ」は引っ込んだ。……ホッ。
「実は今日転入生が来たんですよねぇ。みなさんにお伝えするのを忘れてましたねぇ。カカ……」
 いいかげんな山口先生。…いや、でも小池は知ってたぞ。小池のおかげで、何の前ぶれもなしに訪れた転入生の存在を知ったんだ、ぼくは。
「どうぞ入りなさい」
 ガラッ……。山口先生に言われて教室へ入ってきたのは……一人の女の子だった。
「失礼します。和小木中から転校してきた永原真沙穂です。よろしくお願いします」
 青いヘアバンドをした髪の長い人だ。なんかお嬢様って感じかな。席はぼくの前になった。
 十日ほどで、中間テストの日になった。……といっても、それほどハラハラドキドキしないけど。みんな熱心にノートをめくってテスト勉強している。もうすぐ始まるというのに。
 始め、という号令と共にテスト用紙をめくり、カクカク手首を動かしていく。スラスラ解けるのは、やっぱり気持ちがいい。一、二問あやしいのがあったけど、とりあえず終わった終わった終わった!!
 問題の答えがどうのこうのと質問攻めにあった後、鼻歌を歌いながら帰宅した。
「ちょっと、みんな来て!! テストの結果が……」
 朝っぱらから元気な小池について行くと、テスト結果・順位発表の掲示板のところに人だかりができていた。何だ? と思って見上げると、――!!……がく然とした。一位に書かれていたのは、ぼくではなく、あの転入生永原の名前だった。今までのぼくの指定席だったのに……。さあっと血の気が引いてゆく。一方の永原はたくさんの女子に囲まれ、照れたように笑っていた……。
 あまりのショックに、食欲も失せた。ぼくは二位。ぼくに代わって永原が…一位!! もちろん悲しいし、すごく悔しい。それに、ぼくと永原が同じクラスなので、ウワサもうざったい。イライラする。心が、重苦しかった。
 次の期末は大丈夫と思った。テスト勉強に手ぬかりはなかったはずだ。だが、前回のテストでぼくの学年トップの座をうばった張本人が目の前にいると思うと、頭が真っ白になり、指がふるえてくる。ぼくは、こんなに気の小さい男だったのだろうか。……結局、ろくにできないまま、このテスト――永原への挑戦のつもりだった――は終わった。
 結果は目に見えていた。前回よりはるかに落ちている。言いたくないので、順位は想像にお任せしよう……。
 何度テストをしてもムダだ。その度にあの発作が起こる。結果は悪化する一方。もう一位の座を取り戻すことは不可能だ……ぼくは勉強も生きていることもどうでもいいような気がしてきた……。――ああ、下校時刻か――夢遊病にでもかかったかのように、ぼくは歩きだした。大きな自動車が走ってきた。目の前に迫ってきた。成績も友達付き合いも悪いからバチが当たるのかなあ。意識がとぎれた。

――目覚めなさい、純白の子よ……。
 オルゴールのひびきみたいな、優しい声が聞こえた。気がつけば、真っ白。ただ真っ白の中にいた。雪? 銀世界? 霧のようなくもった白じゃなくて……そう、純白って感じ……。
――始めに言っておくけれど、貴方は車にひかれたりなんかしていませんよ。
「あんただれ? ぼくに用でもあるんですか」
 相手が何者だか知らないけど言ってみた。
――わたしは純白の子ら……つまり貴方は今まで長い夢を見ていたのですよ。貴方は大村大ではありません。小池さんも永原さんも存在しないのです。全て夢だったのだから……。「……ぼくはダイダイマンじゃない……?」
――まだ分かってくれませんか? そこにある鏡をごらんなさい。自分の姿が見えますか……?」
――!! ぼくは、いない。鏡にうつっていない。
――それが貴方ですよ。まだ一人前ではないのです。これから地上に産まれていくものなのですから……。
 そうか、ぼくはまだ人間じゃなかったんだ。それで、ある程度まで、この空間で育ち、母と呼ばれる人のもとに送られていくのだ。
――さあ、行きましょう。いい頃合です。わたしが案内しますから、ついてきて下さい――。
 流れ星に似ている、ぼくより大きな光が目の前に現れた。まぶしい。
――その光はわたしの化身のようなものです。手にふれて歩きなさい。そこのドアを開けて――
 真っ白で気づかなかったけどドアがあった。ぼくの体、実体はないけど、一応人の形してるんだ。よく分からないな。大きい光に手をのばしてみた。でも、つ、つかめない……。――届かないのですか?! そんなバカな……!! では貴方は……辛い夢を見てつかれはててしまい、能力を失ってしまったのですね……。残念ですが貴方は……地上へは行かれない。
 あまりの衝撃に言葉がなかった。ぼくは地上に行かれない……?! 人の子として生まれないというのか!!
――そういうことです。かといって、ここでは成長してゆけません。何か考えます。
 ふわふわしていた光が消え、ぼくはひとりぼっちになってしまった。ひどいじゃないか、ひどすぎる。夢見が悪かったからって、地上へ旅立つことができないなんてさ……。ぼくだって人間の卵だもの、地上に生まれて地上で死んでいくのがふつうだろう……。神様だって困っているから、恨むわけにはいかないし……ああ、でもいやだ!! 何とかしてくれ。
――あんたも不幸な人だねぇ――
 神様とはちがう女の声が耳にひびいた。ぼくは、もうおどろく元気すらなかった。
――しょうがないね。ここに閉じこめられたままでいたら、何もいいことないよ。このミカエ姉さんが、つれ出してやろう。
「何なのさ、あんたは!!」
 ほとんど怒ったような口調で言い放った。
――助けてやるってのに、それはないだろ? あたしは、あんたの守護精……つまり世話係みたいなもんだよ。まあ、あんたはずっと眠ってたから世話の必要なかったけどね。グズグズしないで、行くよ!!
 そのミカエって人が、白いかべに手をふれると――白い壁全体が……破裂した!!
――まあ、これは立派な掟破りだけどあんたの命にはかえられないもんね。
 白い部屋の外は、真っ暗だった。
――そっちの暗いところがあんたの生きていく世界だよ。あんまりきれいなところじゃない。問題も多い。でも強く生きていくんだよ。
「うん、ありがとう。さようならミカエさん」
 だんだん意識がうすれていって、優しい妖精の姿がかすんで見えた。……いや、本当に消えていく。ミ・カ・エ……さん――!!
 気がついて、真っ先に見えたのは、知らない女の人の顔だった。――こんにちは、お母さん……ぼくは今、この世に誕生したのだ。

「近藤くーん!! おはよーっ」
 ぼくは、本当に中学生になった。大村大なんて名前じゃない。いたってふつうって感じだ。
「おはよう、広田さん」
 ふつうにあいさつを返す。
「今日ね、転入生、来るんだってさー」
 ぼくは、あの夢を思い出した。転入生ねえ。よく考えてみると広田さんって、小池に似てるな、ふんいきが。くすっと笑ってしまった。そう、ぼくは全て覚えている。あの長い夢も、神様も。そして忘れてはならないのは、ぼくを救ってくれた、大天使ミカエルのような名前の不思議な妖精。掟破りとか言いながら、ぼくを助けてくれたけど……あの後どうなっただろう。ぼくには消えていくように見えたけれど……きっと元気にしてるよね。
 教室に入ってきたのは……ミカエさんだった。いや、そっくりってだけの別人かもしれない。
――でも……
 ありがとう。ぼくはここに生きているよ。
――心の中で、つぶやいた。

(おわり)



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