ひとつ あげる

寺島 俊治



(一)

 小学校が「国民学校」とよばれていた戦争中のお話です。
 サキコは、シロヤマ国民学校の一年生でした。
「さようなら」
 あいさつをして、サキコたち一年生がろう下に出ていくと、東京からそかいしてきたウメハラ国民学校の六年生たちが、しんとまちかまえていました。一年生がべんきょうをおえたあと、おなじ教室をつかって、こんどは六年生がべんきょうするのです。
 一年生がすっかり教室から出てしまうと、ウメハラ国民学校の六年生たちが、しずかにはいっていきました。
(わたしのつくえは、どんな子がつかうの)
 サキコは気になってのぞいてみました。みんな小さなつくえに、きゅうくつそうにしています。
 サキコのせきには、ほっそりした色白の女の子がついていました。サキコがのび上がって見ていると、女の子のくろぐろとした大きな目とあいました。「さようなら」というようにちょっぴり手をふると、女の子はぽっと顔を赤くしてにこっとしました。でも、さびしそうなわらい顔です。
「サキコさん。もう、おかえりですよ」
 カワマタヤスエ先生に声をかけられて、サキコははじかれたようにかけ出しました。
 サキコはおかあさんから、東京の空にアメリカのひこうきがやって来て、ばくだんを落とすようになっていることを聞いていました。ウメハラ国民学校の六年生が、東京にすむおうちの人たちとわかれて、友だちや先生といっしょに、サキコがすむ山にかこまれた町までのがれてきたのもそのせいでした。子どもたちは先生たちと、シロヤマ国民学校の近くのお寺にとまっていました。
 サキコのおとうさんはへいたいで、今は南の島にいます。おかあさんと二人きりなので(もし、おかあさんとわかれて、とおい町にすむことになったら――)
 そうおもっただけで、たまらなくこわくてさびしい気もちになります。
(あの女の子も、きっとさびしいだろうなあ) サキコは、うちにかえってからもくろぐろとした大きな目の女の子の顔をおもいうかべました。
 それからも、サキコは「おかえり」のとき教室から出て女の子と目があうと、手をふったり「さようなら」と声をかけたりしました。
 けれど女の子は、いつもさびしそうにちょっぴりわらうばかりでした。

(二)

 ある日、学校からもどったサキコは、書きとりをしようとランドセルをあけました。けれど、うすみどり色のセルロイドのえんぴつ箱がありません。「おかえり」のとき、いそいでしたくをしたので、いれわすれたのにちがいありません。しかたなく、うちにあるえんぴつとけしゴムをつかって書きとりをしましたが、学校へおきわすれてきたえんぴつ箱のことが気になりました。
 つぎの日の朝、サキコは教室へはいっていくと、まっさきにつくえのふたをあけました。そこにはちゃんとえんぴつ箱がありました。けれど、そのわきに細く切った紙がおいてあって、えんぴつでなにか書いてあります。
「オカダサンヘ
 イツモ ツクエヲ カシテモラッテ アリガトウ。 ケシゴム、 ツカイマシタ。 ゴメンナサイ。        イシノケイコ」 一年生によめるように、カタカナで書いてあります。サキコたち一年生は、ひらがなよりさきに、カタカナからべんきょうをはじめたのです。
(どうして、わたしのなまえ、しってるの)
とかんがえて、
(ああ、えんぴつ箱に書いてあるのを見たんだ)
とわかりました。サキコのつくえをつかう女の子は、イシノケイコというのだということもわかりました。
 サキコはえんぴつ箱をあけて、けしゴムをとり出してみました。黒くよごれていたところが、ちょっぴり白くなっていました。
(ケイコさん、けしゴムをもっていないんだ。わたしなら、おかあさんにすぐおねがいできるけど、ケイコさんのおかあさんは東京にいるんだもの)
 字を書きまちがえて、つい、つくえの中のサキコのけしゴムをつかってしまったのにちがいありません。
 その日、「おかえり」のしたくのとき、サキコはこんどはちゃんとえんぴつ箱をランドセルにいれました。が、ふと、おもいついてえんぴつ箱をもう一ど出し、けしゴムだけとり出して、つくえの中にいれておきました。ケイコさんにつかってもらおうとおもったのです。
 うちにかえって、サキコはおかあさんにけしゴムのことを話しました。じっと聞いていたおかあさんはいいました。
「サキコは、もうひとつ、新しいけしゴムをもっているでしょう。あれをケイコさんにつかってもらったら。ケイコさん、おうちの人とはなれているし、先生にもおねがいしにくいのかもしれないわ」

(三)

 サキコは、つぎの日、おかあさんにいわれたとおりに、新しいけしゴムをえんぴつ箱にいれて、学校にいきました。
 休み時間、サキコはカワマタ先生におねがいして、わら紙を四つに切った小さな紙を一まいもらいました。
「いったい、なにを書くの」
 先生にたずねられて、
「イシノケイコさんに、手紙を書きます」
 サキコはこたえました。
「イシノケイコさん?」
 先生がふしぎそうにしているので、サキコはけしゴムのことをすっかり話しました。
 先生はにこにこして聞いていました。
 サキコは、つぎのように書きました。
「ワタシハ ケシゴム フタツ アリマス。 ヒトツ アゲル。 ツカッテクダサイ」
 「おかえり」のとき、サキコはその手紙をつくえの中において、その上に新しいけしゴムをおきました。。それから、ふとおもいついて、もうひとつ、つかいふるしのけしゴムもならべておきました。こうしておくと、けしゴムが二つあるのが、ちゃんとわかるとおもったからです。
 よく朝、教室にはいっていったサキコが、つくえのふたをあけると、つかいふるしのけしゴムのほうがなくなっていました。
 かわりに、おし花をはった細長いカードのようなものがおいてあります。サキコが書いた手紙のうらに、つぎのように書いてありました。
「サキコサン。ケシゴム アリガトウ。タイセツニツカイマス。オレイニ シオリヲ サシアゲマス。           ケイコ」 おし花は、かれ葉色にかわってきていましたが、かすかにすみれの花の色をのこしていました。うすもも色のリリアンひもがついています。
 こくごの本にそうっとはさんでもちかえると、サキコはおかあさんに見せました。
「よかったねえ」
 おかあさんは、しばらくおし花を見つめていて、ふとつぶやきました。
「このすみれ、どんなところにさいていたのかねえ」
 それからも、サキコは「おかえり」のとき、イシノケイコさんを見かけました。そのたび、サキコは手をふったり、「さようなら」と声をかけたりしました。ケイコさんもにこにこして、ちょっぴり手をふったりしましたが、お話はしませんでした。ろう下にならんでいる六年生ぜんいんが、しんとしていました。よけいなおしゃべりはしないようにと、先生にいわれていたのでしょう。

(四)

 四月になりました。サキコたちは二年生になり、教室も二階になりました。
 ある日、まどから外をながめていた友だちが、
「あっ、ウメハラ国民学校の人たちだ」
と声を上げました。サキコはいそいでまどにかけよりました。
 ほんとうに、ウメハラ国民学校の子どもたちが先生につれられて、一年生の教室がある校舎にはいっていくところでした。
(イシノケイコさんは、いるかなあ)
 サキコは目でさがしましたが、ケイコさんのすがたはありません。六年生だったのだから、もう国民学校をそつぎょうしたはずです。いまやって来たのは、新しい六年生なのでしょう。
「イシノケイコさん、いまごろ、どうしているかなあ」
 サキコは、声に出してつぶやきました。
 ふと、かたにあたたかいものがふれたのでふりむくと、カワマタ先生でした。
 先生の顔が、サキコの目の前までおりてきて、じいっと見つめているので、サキコは目を見はりました。
「サキコさん。イシノケイコさんねえ――」
といいかけて、先生の二つの手のひらが、サキコの手のひらをつつみこみました。
〈イシノケイコさんが――?〉
 サキコは、先生の目をじっと見つめて、つぎのことばをまちました。
「イシノケイコさんねえ、お友だちや先生といっしょに東京へもどっていったの。せめてそつぎょうしきだけは、東京の学校でさせたいって、おうちの人たちもねがっていたの。三月九日の夜だったわ。東京に、今までにない大きな空しゅうがあったの。波がおしよせるみたいに、あとからあとからひこうきがやってきて、ばくだんを落として、東京へもどったお友だちも、いく人か、なくなったの。イシノケイコさんも――」
 サキコは、先生のことばをひとことも聞きおとさないように、じっと先生の目を見つめていました。
「いままで、いろいろつらいこと、がまんしてそかいしていたのが、いったいなんのためだったのかしらねえ――」
 そういったかと思うと、先生の目からすきとおったものが、どっとあふれ出しました。
 サキコは、もう先生の目を見つめていられなくなって、まどの外を見やりました。
 一年生の校舎が、ぼんやりかすんで見えました。その校舎の中に、いまもケイコさんが来ているような気がします。にっこりわらったケイコさんの顔と、つかいふるしのけしゴムが、すうっとうかんできました。
(まちがった字なら、けしゴムでけせるのに――)
 でも、たったいま、カワマタ先生から聞いたことは、ほんとうのことなのだと、サキコにははっきりわかりました。

(おわり)



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