バクダンぼうず

平林 治康



 松本五十連隊の演習地が、穂高町のとなり有明村(現在は穂高町有明区)にあった。
 鉄砲をかついだ兵隊さんが、きちんと並んで、ザック ザックと靴音をひびかせて行進していく姿を、町の人たちはよく見かけていた。
 昭和十九年(一九四四年)になると、穂高小学校の新しくつくった校舎と体育館に、兵隊さんが入ってきて、有明演習地へ出かけたり校庭で訓練するようになっていた。
 優は三年生だったが、休み時間になると友だちの健一や敏夫といっしょに、兵隊さんの訓練を見にいった。
 兵隊さんは、土のうえに寝そべって、手と足で進み、立ちあがると「ヤー」と大声を出して走り、わら人形を銃剣で突きさしているのだった。
「毎日、あんなことしていて、大変だよな」
 優がいうと、健一が
「兄ちゃんのいうには、なるべく弾を使わねえで戦争するには、あれしかねえだってわ」
といったので、優はなるほどと思った。
 敏夫もうなずいていた。
 兵隊さんが学校にきてから、優達は遊ぶのにも兵隊ごっこをしたり、話すことばも兵隊さんをまねて、
「はっ、自分は、そう思うのであります」
 などというようになっていった。
 先生も、朝のあいさつの後にきまって、
「兵隊さんも、あんなにがんばっているから、みんなもこの戦争に勝つために、どんなことにも負けないで、がんばっていこう」
 そうつけたした。
 その後、日本軍が南方の島々からひきあげ、米軍の飛行機が本土を爆撃するようになると、東京の小学校から百人以上の小学生が、この学校へ入ってきた。
 町の人たちは、二、三人集まると、
「有明の演習地にも近いし、国土防衛軍が小学校にいるで、この町もあぶねえぞ」
「そうだいねえ。ラジオをきいていたら、東京や大阪もB29に爆撃されたっていうし」
「今にか、この町もドカーンとやられるじ」
 そう、うわさをしていた。
 優は、大人のそんなうわさ話をきいても、祖父ちゃんが、
「こんな、山や野原にかこまれた田舎町に、爆弾なんか落ちずか。アメリカだってそのくれえ考えているわ」
という、『田舎町に爆弾なんか落ちずか』の方が正しいと思っていた。
 ところが、昭和二十年五月十九日。
 その日、優は風邪で具合が悪く、ようやく十時ころ起きて、遅い朝飯をゆっくり食べ終わったとき、空襲警報のサイレンが晴れた空にけたたましく鳴りひびいた。
 時こくは、午前十一時三十分だった。
 優は、縁側から空を見あげると、飛行機が一機、四本の飛行機雲をひいてあらわれた。
「おーい、お前たち! 何をしているだ。早く防空ずきんをかぶって退避しろ! 退避だ」
 いつも見まわってくる、白ひげの徳じいさんが、大声でどなってきた。
「B29だ、B29だ」
 優は、はだしのまま外へ飛び出し、道を走りだした。
「優、まちなさい! 爆弾が落ちたらどうするの。優、優、帰ってきなさい」
 母ちゃんの叫ぶような声がきこえたが、かまわずに走っていくと、石につまずいて田んぼの中へ転がりこんだ。そのとき、ドカーンと地面をゆるがす大きな音がした。
 あたり一面に、もうもうと土煙がたちこめ、霧がかかったようになった。
 優の耳は、キーンと鳴り、頭はガンガンし、目をあけても、何も見えなかった。
 しばらくして、優が見たものは、空一面に広がっている大きな天狗の顔だった。まっ白いひげを生やして、にこにこ笑っている天狗の顔だった。
「おい! 爆弾から生まれたバクダンぼうず。目がさめたか。しっかりしろ。おい、おい」
 天狗は、優の体をゆすったり、声をかけたり、わきのしたをかかえて、立ち上がらせようとした。けれど、優はへなへなと倒れこんでしまった。
 天狗は、こんどは両手を合わせた中に水を入れてきて、優の口へ入れた。
 優は、ゴホン、ゴホンとせきこんでから、びくんと体をおこし、
「母ちゃん。ウエーン、ウエーン。母ちゃん」
と泣きながらまわりを見まわした。
 すると、白ひげの徳じいさんがいて、
「おおっ、気がついたか。どこかいてえとこねえかや?」
 そうきいた。それには答えず、
「母ちゃーん、母ちゃーん」
 優は、大声で叫びつづけ、赤んぼうのように這いずって行き、土煙の中を川の音のする方へと近づいていった。
「優! 優や、優はいないか、優!」
 と、そとき、優の名を呼びつづけている母ちゃんの声がきこえてきた。
「母ちゃん、母ちゃん」
 優は、大声で叫んで、声のする方へ這っていった。
 土煙の中から這い出てきた優を、しっかり抱きしめた母ちゃんは、
「ああ、よかった、よかった」
と、なん回もいった。
 優は、母ちゃんにすがって立ちあがると、その手にしがみついて、ゆっくり歩きだした。
 道には電線が切れて、あちこちにだらりと垂れさがっていた。窓ガラスの破片がとび散っている所へ来ると、母ちゃんは優を抱いて歩いた。
 家へつくと、母ちゃんは優を庭へ立たせ、水を頭からジャアジャアかけて洗ってくれ、服もとりかえてくれた。それから、
「疲れたろうから、ひと休みしたら」
と、布団を敷いてくれた。
 ぐっすり眠った優が目をさますと、あたりはうす暗くなり、ろうそくの火がゆらゆらゆれていた。電気もとまったままのようだった。
 何やら話がしている。
 どうやら、母ちゃんと白ひげの徳じいさんらしい。
「敵機は決部隊の六六六五部隊の兵舎をねらったらしい。穂高と有明をねらったらしいが……」
と徳じいさんがいっている。
 有明には爆弾が十二、三個落ち、穂高には六個落ちた。いずれも田んぼへ落ちたが、働いている人が傷をおったり亡くなったりした。と今日の爆撃の報告をしていた。
 優が二人の方へ近づいて行くと、
「よう、優君。元気になったかや」
 徳じいさんが声をかけてきた。
「うん、元気だ。おら天狗に助けられたもの。ドカーンといつしょにひっくり返ったが、そこへ天狗が来て『おまえは、爆弾から生まれたバクダンぼうずだ』っていったもの」
 優の話を聞いた徳じいさんは、あごの白いひげをなでながら、
「天狗様がそういったかや。よかったなあ。もう優君は、普通の子どもとは違うから、何でもできる天才になるぞ」
 笑いながらいった。
「うん、ぼくもそう思ってるんだ」
 優が胸をはっていうと、
「なにいってるの。母ちゃんが優を見つけた時、全身土ほこりにまみれてまっ黒で、涙の跡が目から二本ついていたよ。きっとおっかなかったのに、大きなこと言わないで。ねえバクダンぼうずさん」
 母ちゃんにいわれて、優は舌をペロリと出した。
 母ちゃんも、徳じいさんも、優も思わず大声で笑った。
 それから、白ひげの徳じいさんは、時々優の顔を見にきて、
「バクダンぼうずは元気かや。勉強や運動をしっかりやってるか」
 などときいては、
「そうかそうか、それでいい。がんばれよ」
とはげましてくれては帰った。
 バクダンぼうずのあだ名は、近所の人たちや学校のクラスの人たちにも知れわたり、嬉しさと同時に恥ずかしさもあり、複雑な気持ちだった。
 白ひげの徳じいさんは、優が小学校卒業と同時に来なくなった。
 あの日から五十八年がたつ今も、優は、爆弾の破裂した写真や映像を見る度に、あときのおそろしかった記憶がよみがえり、体が震え心が高ぶり、いつまでも戦争の傷が消えないでいる。

(おわり)



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