キーキーキー
ひんやり、すきとおったよぞらに、かんだかいモズのさえずりがひびきわたりました。
そのとき、ひとりのぼうやが、おもてへほうりだされました。
「あけて、あけてよ」
ぼうやは、ドアをドンドンたたきました。
「ちゃんと、ごめんなさいってあやまったら、いれてやる!」
げんかんの中から声がきこえました。でも、ぼうやは、「ごめんなさい」をいわないで、
「あけてよ、あけろ!」
足でがんがんドアをけりました。
中からは、もう、へんじもかえってきません。
(おこりんぼ・・・)
ぼうやは、めりこむほどつよくおくばをかんで、ドアにせをむけました。
(まけないからね)
なみだをこらえて見ひらいた目に、あたりのけしきはゆらゆらゆれてうつりました。それをふしぎにおもって見上げると、むこうのおかの上の、けやきのえだをぬって、月がゆるゆるのぼっていくところでした。
「あれ? おつきさんがぼくに、おいでおいでしてる。わかった、すぐにいくから」
ぼうやは、しかられていたこともわすれて、歩きはじめました。
ぼうやは、まっすぐまっすぐ、すすんでいきました。
(おつきさんをつかまえちゃうんだもんね)
ひろいみちがとぎれて、へいとへいのあいだの、ほそいみちがつづきました。くずれかかった木のへいのところは、はってすすみました。
(のらいぬがでてきたら、どうする? ねこのしたいがうずまってたら? ねているヘビをおこしちゃったら、どうしよう!)
つもったおちばのくさったにおい。ぼうやは、いきをつめてすすみました。
それでもなんとかぼうやは、ほそみちをぬけることができました。
もうそこは、おかのふもとです。
目のまえに、大きなけやきの木がそびえたっていました。月はてっぺんにいます。
ぼうやは、おかをかけあがりました。
木のねもとまでいって、ぼうやはこしをぬかすほど、びっくりしてしまいました。
大きな木に見えていたのは、大きな大きないえだったからです。どっしりした石のかべの上に、なんまいもの大きなガラスをはりあわせた、まるいやねがのっていて、月はそのてっぺんにいます。
(さあて、どこからのぼろっかなあ)
ぼうやが、いえのまわりを、ぐるぐるまわっていると、ギイーと石のドアがひらいて、中から一人の人が出てきました。あたまから足まで、まっくろいマントでおおわれていて、すきまから赤いひたいと、まるい二つの目と、べたべたした太いしらががのぞいていました。
ぼうやは、じりじりとあとずさりをしました。けれども、その人はやさしいおばあさんの声で、ぼうやにはなしかけました。
「ぼうやは、月をとりにきたんだね。あたしがつかまえといてあげたよ。さ、中にはいって見てごらん」
「ほんと? ほんとにつかまえたの。ぼくにそれ、くれる?」
「ああ、あげるともさ」
ぼうやはおおよろこびで、いえの中に入っていきました。
いえの中はでんきもないのに、まぶしいくらいの明るさでした。
「ああっ、おつきさんがてんじょうにはりついてる!」
「そうさ。だいじょうぶ、にげられやしないから。ここでゆっくり、はなしでもしておいきな。そのうち、シチューもにえてくる」
おばあさんは、まきのもえるだんろで、シチューをことことにているところでした。
「シチュー? ぼくんちもシチューだったよ。ぼくがつくったの」
「ほう、ぼうやひとりで、つくったのかい?」
「うん、じゃがいもと、にんじんのかわ、むいたよ。それから、ほうちょうできったの。『まだ、なにかきってほしい?』ってきいたら、おかあさん、おなべかきまわして、あっちむいたまま、『ありがとう、もう、へやにいってていいわよ』っていったの。それでぼく、ほうちょうもって、へやにいったの」
「なんでほうちょうなんか、へやへもっていったんだい?」
「なんでって、しりたかったんだもの。ほうちょうって、なんでもきれるかどうか」
「で、どうだった?」
「あのね、ねんどはスーッて、かんたんにきれたよ。かみはコシコシこするんだ。コンセントのせんはコンッて。きもちよかった。でもね、おとうさんのおさけのビンだけはだめ。つるつるすべっちゃって。で、ぼく、ゆびをきったの、ほら」
ぼうやは、ゆびのほうたいをおばあさんに見せました。
「すごいでしょ? ちがいっぱいでたんだよ。大ごえでおかあさんをよんだら、おかあさんがとんできて、やっぱり大ごえで『こんな、あぶないものであそんで。さしどころがわるかったら、しんじゃうのよ! ぼうやがしんだら、おかあさんもかなしくってしんじゃうのよ。それでもいいの?』とかなんとかいいながら、これ、まいたんだよ。おかあさん、おこってたみたい。おこりんぼだからね」
「そりゃあまた、さいなんだったねえ」
「さいなんて、なに?」
「うんがわるかったってことさ」
「じゃあ、そのあともさいなんだったよ」
「どんなさいなんだったんだい?」
「おかあさんが『おゆうはんできたわよ、たべにきなさい』っていったの。ぼく『おゆうはんいらない。オレンジジュースのむ』ってへんじしたら、おかあさんが『オレンジジュースもおいておくから、おゆうはんのあと、のんでいいわ』っていったの。
おゆうはんは、ぼくのつくったシチューとごはんでしょ。ぼく、ごはんにシチューかけてたべるの大すきなんだ」
「かけた?」
「うん、かけた」
「おいしかったかい? ぼうやのつくったシチューごはんは」
「うん、さいこうだね。それでぼく、しりたくなったの」
「なにをしりたくなったんだい?」
「シチューごはんはおいしいし、オレンジジュースもおいしいでしょ。いっしょにしたら、ものすごーくおいしいかもって。だから」
「かけてみたんだね、オレンジジュースを」
「うん、ジャバーッ、って」
「おもったとおり、おいしかったかい?」
「ううん、それが、すごーくまずいの。もう、うえーって。それでね」
「それで、おとうさんとおかあさんが、おこってぼうやを、そとへほうりだしたんだろう?」
「うん、そう。よくわかるねえ、おばあさん。おとうさんも、おこりんぼだよね」
「で、ぼうやは『ごめんなさい』もいわないで、ここへきたんだろう?」
「そうそう、おばあさんすごいや」
「よくおはなししてくれたねえ。いやいや、じつにいいはなしをありがとうよ」
おばあさんはそういいながら、たちあがって、おなべをかきまわしました。
「ほう、にえたったね。そろそろ、にくのいれどきだ。おっと、まきがたりないかな」
おばあさんはそういって、マントをぬぐと、だんろにほうりこみ、ぼうやのほうをふりかえりました。そのすがたを見て、ぼうやはちぢみあがってしまいました。
まっかなどうたいに、まっしろい百本の足と、まっくろな百この目をもった、きょだいなムカデのばけもの。
「ぼうや、あたしのしょうたいは、ムカデなんだよ。けどさ、あたしはころされかけているんだ、あくまのとり、モズにさ。
でもね、もとどおりよみがえるほうほうがあるんだ。なあに、かんたんなことだよ。
まんげつのよるに、『ごめんなさい』をいわない、わるいわるい子どものシチューをたべればいいのさ。さあ、ぼうや、なべの中に入ってもらおうか」
ばけものムカデは、ぬちゃ、ぬちゃとぼうやにちかづいてきました。
ぼうやは、ぴくともうごけません。
ばけものムカデが、ぐおうとぼうやをつかみあげました。その時、ぼうやのあたまに『ぼうやがしんじゃったら、おかあさんもかなしくてしんじゃうのよ。それでもいいの?!』といった、おかあさんのこえがよみがえりました。
(ぼく、しんじゃうんだ。おかあさんもしんじゃうんだ・・・)
そうかんがえたとき、ぼうやはおもわず、さけんでいました。
「ごめんなさい、おかあさん、ごめんなさい。おかあさん。おかあさん・・・」
ふっとあたりが、くらくなりました。けやきの木の下に、ぼうやはぽつんとたっていました。
ちょうどその時、ふもとからおかあさんが、かけてきました。
「ずっと、さがしまわっていたのよ。まさか、こんなところにいるなんて」
「どうしてここがわかったの?」
「だって、おかあさん、おかあさん、って、なんべんもさけんでたのが、きこえたもの」
そういいながら、おかあさんはぼうやを、だきしめて、だきあげました。
(おかあさんって、あったかい。ぼく、ころされなくてよかった。おかあさんがしなずにすんだもの)
ぼうやの目からなみだが、ぼと、ぼと、ぼとっ、とおちてきました。
「ごめんなさい、おかあさん。ごめんなさい・・・」
ところが、なきじゃくっているぼうやの目に、またまたすごいものがとびこんできました。えだにささった大ムカデ。
(あっ、モズのはやにえだ!)
ぼうやは、ずかんでモズがえものをくしざしにしたのを、見たことがあります。けれども、ほんものを見るのは、はじめてです。
(うーん、なみだで、よく見えない。もっとよく見たい。しりたいよう!)
ぼうやはそっと手をのばし、えだをつかみましたが、すこし、まよいました。
(また、おかあさん、きもちわるい! って、おこるぞ)
その時、おかあさんが、
「さあ、おとうさんもさがしまわってるから、早くかえろうね」
と、ぼうやを下におろしたので、ぽきっとえだがおれました。
(やったあ、おたからが手に入ったぞ!)
ぼうやは大ムカデを小さなポケットにねじこみました。あんまりあせっていたので、ぐちょり。ポケットの中で、ムカデのからだはつぶれてしまいました。でも、ポケットからはみだしていたあたまは、つぶれませんでした。
月も、ばけものムカデののろいから、すくわれたのでしょうか。もう、ずーっとたかいところまでのぼって、ぼうやたちについてゆきました。
ポケットからはみでたムカデの目が、ぎらりとひかっていました。
(おわり)
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