おばけタンポポ

小原 麻由美



「おはよう!」
 三年二組の教室に、鈴がかけこんできた。
「まぁ、きれいな……ひまわりかな?」
 たんにんのしずか先生が、首をかしげた。
「ちがうよ。ちょっと大きいけどタンポポだよ。ほら、見て! この葉っぱ」
 鈴は、にぎっていたタンポポをさしだした。
「この葉っぱの形は、まちがいなくタンポポね。こんなきせつでも、タンポポがさいているところなんてあるの?」
 校庭のさくらの木は、赤と黄色でいろどられていた。
「朝、学校へくるときに、うちのちかくのあきちにさいていたのを、つんできたんだよ」
 鈴は、じまんの長いかみの毛をパラリとかきあげて、とくい顔でこたえた。
「おばけタンポポだ!」
 クラスメイトが、かけよってきた。
「花びんにお水入れてきたよ!」
 フラワー係の千夏が、ガラスのビンをもってやってきた。
「ありがとっ」
 千夏と鈴は、大のなかよし。おばけタンポポを、二人でいっしょに花びんにいけて、まどぎわにかざった。
 おひさまの光にてらされて、きらきらとさいていたおばけタンポポ。じゅぎょうがおわるころ、花びらが茶色くなっていた。
   *
「鈴ちゃんって、ひっこしたんだよね?」
 学校からの帰り道。細い道のまがりかどで、千夏が立ち止まった。
「うん。前のおうちは、この道を左。新しいおうちは、右にまがってずっとずっとむこうへいったところ」
「右? 右なんて、道あったっけ? ここって、行き止まりじゃなかった?」
「そんなことないよ。ほら!」
 林と道のあいだにはられている金あみが、やぶれてあながあいている。ちょうど子どもが、ひとり入れるくらいの大きさだった。
「ここをくぐりぬけていくと、おうちまでのちか道になって、たった五分でいけるの」
 鈴は、長いかみの毛をかきあげてあなを通りぬけると、林の中に入った。
「千夏もおいでよ! わたしの新しいおうち、千夏に一番におしえるからさ!」
「あっ……うん……」
 千夏も金あみをくぐって、林に入った。
 暗いジャリ道が、ずっとずっと続いている。きこえてくるのは、二人の足音だけ。千夏は下をむいたまま、鈴の手をにぎりしめていた。
「もう、だいじょうぶだよ」
 千夏が顔をあげると、そこは広いあきちだった。あきちのまん中に、コンクリートのビルがたっている。細長いえんとつから、黒いけむりがたちのぼっていた。
「このビル、なに屋さん? おふろやさん?」
「なんだろ? おかあさんにきいておくね」
 鈴も、ふしぎそうにビルを見つめた。
「もしかして、あれって、タンポポ!」
 千夏は、ビルにむかってかけだした。
 ビルをとりかこむようにして、タンポポがさきみだれている。
 二人は、おばけタンポポをたくさんつんでから、鈴の新しいおうちへ帰っていった。
 それからしばらくの間、教室には、鈴がつんでくるおばけタンポポがかざられた。
 そのあと一週間、鈴はかぜをひいたらしく学校を休んだ。
   *
「おはよう」
「あっ、鈴ちゃん! もうだいじょうぶなの? まだ、ちょっと元気ないみたいだけど」
「うん。かぜ……ゴホッ……かな?」
 夏のあいだ、まっ黒にひやけしていた鈴の顔や手足が青白い。こしがまがって、背が小さくなったように見える。
「ねぇ、タンポポは?」 
「もう、なくなっちゃったみたい」
「えっ! この前まで、あんなにたくさんさいていたのに?」
「かわりに、はい!」
 鈴は、水入りのビニルぶくろをさしだした。
「きゃぁー これ、なに?」
 千夏は、びっくりしてあとずさりした。
「あのビルの横に、小さな池があるの。そこにいたの……」
 鈴は、こっそりささやいた。
「すっげー! ショッキングピンクのメダカじゃん! ここでいっしょにかおうぜ!」
 生き物係のけんたが、かけよってきた。
 ショッキングピンクのメダカは、ほかのメダカといっしょに水そうに入れられた。
 でもその日、じゅぎょうがおわったあとで、教室は大さわぎになった。
「メダカが、ぜんぶ死んでるー!」
 けんたが、さけんだ。水そうの中のたくさんのメダカと、ショッキングピンクのメダカが、おなかを上にしてプッカリうかんでいた。
 つぎの日から一週間、鈴はまた学校を休んだ。
   *
「お、ゴホッ……おはよう……」
 うつむきかげんの鈴が、教室のドアをあけた。みんなのさわぎ声が、いっしゅん消えた。
「鈴ちゃん!」
 一番に声をかけたのは、千夏だった。
「その頭……どうしたの? けが?」
 りんは、頭にほうたいをまいていた。あの長いかみの毛が、どこにも見あたらない。
「う……ん。ちょっとね……」
 鈴の声は、ふいたらとんでしまいそうな、かるい声だった。それに、顔や手足が、おばあちゃんみたいにシワシワだった。
「あのね。これ見て」
 鈴がランドセルの中からとりだしたものを見て、みんなおどろいた。
「キュウリかな?」
「ちがうよ。ナスビだよ」
「緑のナスビなんてへんだよ。カボチャだよ」
「緑のところと、赤いところがまじっているよ。トマトじゃない?」
 みんなが、「ああだ、こうだ」といいあっているときだった。

 ガタン! ドスン……

「鈴ちゃん!」
 鈴が、バッタリとたおれた。そのひょうしに、頭のほうたいがヒラリとほどけた。
「り……鈴ちゃん?」
 みんな、ゴクリとツバをのみこんだ。鈴をだきかかえている千夏が、大声をあげた。
「早く……、しずか先生、呼んで!」
 鈴の長くてきれいなかみの毛が、ぜんぶしらがになっている。千夏はなきながら、鈴の頭をかくすようにおおいかぶさった。
(うっ……)
 千夏は目を見開いた。おおいかぶさったとき、鈴の顔をすぐそばで見てしまった。
 ひふが、どんどんシワシワになっていくのを。顔のあちこちに、大きな黒いシミができていくのを。ゴツゴツとした、まるでミイラのような鈴がそこにいた。
   *
 それから鈴は、ずっと学校にこなかった。二週間たっても三週間たっても、こなかった。
 病気でにゅういんしたといううわさだけが、流れていた。
 校庭のさくらの木が、葉っぱをぜんぶおとしたころ、しずか先生が黒いワンピースをきて、教室へやってきた。
「きのうの夜、鈴ちゃんが、なくなりました」
 しずか先生は、のどをつまらせた。
「あまりにかわいそうなすがたなので、おそうしきはひっそりとされるそうです。みんな……ここでおわかれをしましょう……」
 しずか先生は、それいじょう、なにも話せなくなってしまった。
 千夏は、どうしても鈴とおわかれがしたかった。クラスで鈴の新しい家をしっていたのは、千夏だけだった。
 ないしょで、鈴の家にいこうと決めた。
 学校からの帰り道、千夏はだれにも気づかれないように、足をいそがせた。
 四つかどを右へまがろうとして、千夏は立ち止まった。
『このさきは、きけんくいきです。ぜったいにはいらないように!』
(かんばんなんて、あったっけ?)
 千夏は、かんばんを読まなかったことにして、金あみをくぐりぬけた。そして、まっ暗なジャリ道を、たったひとりで走りぬけた。
 あきちに出ると、コンクリートのビルがたっていた。えんとつから、モクモクと黒いけむりをはきだして。
(そういえば、ここってなに屋さんだったんだろう?)
 千夏は、ゆっくりとビルにちかづいた。
『○○生物化学研究所』
(あっ……!)
 二人の男が、ビルから出てくるのが見えた。こちらへむかって歩いてくる。
 千夏は木のかげにかくれて、息をおしころしていた。すると、話し声がきこえてきた。
「あのタンポポはけっさくでしたなぁ」
「ああ、まるでおばけタンポポだ」
「ショッキングピンクのメダカは?」
「ありゃダメだ。あっというまに伝染して、すぐに死んでしまう」
「野菜の組み合わせ実験は、失敗でしたね」
「まぁいいさ。早く年をとらせる実験にはせいこうしたんだ。つぎは、わかがえりの実験でもするかな?」
「そうですね。やはり今度も、かわいい女の子がいいですなぁ」
 千夏は、その場にへたりこんだ。自分の両うでに、黒いシミとシワがうきあがっているのを見つけて、いつまでもふるえていた。

(おわり)



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