ゆうれいに会いたい

荻原 白水



 私が小学校で、四年生をおしえていたころのことです。まい朝、私の家の窓からのぞいて、あいさつをしていくタケシ君という男の子がいました。
 ある朝、ねぼうしてあわてた私は、うっかりカーテンをしめずにお化粧をしていたのです。すると、窓のさんにほおづえをついて、じっと見つめているタケシ君に気づきました。
「あら。わかい女の人のお化粧をしているところなんて、ジロジロ見るもんじゃないのよ」
 でも、タケシ君は、しんけんな顔です。
「河合先生って、お化粧が上手だね。どうしたら、そんなにきれいにできるの」
「ウーン。そうねえ、自分の顔の良いところをいかすってことかな。とくちょうを大切にするってことよ」
 きれいだなんて言われた私は、つい、お化粧の話しをしてしまいました。
「あら、やだ。私、男の子に何を話してるのかしら。おくれちゃう。いそいで。いそいで」

 次の日、タケシ君が学校を休みました。れんらく帳がとどけられず、電話をかけてもだれも出ませんでした。タケシ君は、ひと月ほど前にお母さんを交通事故でなくしたばかりで、お父さんと二人ぐらしなのです。仕事でいそがしいお父さんが、れんらく帳をわすれたのかもしれません。
 でも、少し、しんぱいになった私は、ほうか後、ようすを見に行ったのです。
 タケシ君の家は、公園の林のそばにありました。夕日があたらず、うす暗くなった庭は、ざっ草がのびっぱなしです。
 ピンポーン。
 私がおしたよび鈴の音が、家のおくでかすかに聞こえます。しばらくまちましたが、家の中はシーンとしたままでした。
「どこかへ、でかけたのかもしれないわ」
 帰ろうとしたそのときです。ドアがスウッとひらきました。
 うす暗いげんかんに、ぼさぼさ頭でひげづらの男の人が立っているのです。

 男の人は、タケシ君のお父さんでした。タケシ君は、今はねむっているそうなので、起きるまでまたせてもらうことにしました。どうやら二人とも、夜にねむれず、昼間ねむっているようなのです。
 客間に案内された私は、ますますしんぱいになりました。タケシ君のお父さんは、下のまぶたが黒ずんでトロンとした目をしています。重い病気にでもかかっているようでした。
「お父さんは、どこか具合が悪いんですか」
「いや、その……」
 タケシ君のお父さんは、話そうか、やめようか、まよっているようでした。
「実は……、出るんです」
「は?」
「ゆうれいが、出るんです。私がゆうれいでもいいから、会いたいなんて言ったせいでしょうか。一週間ほど前から、毎ばん毎ばん、つまのゆうれいが、まくらもとに立つんです」
「まさか……、そんな。夢をみているんじゃないですか」
「夢のような、本当のような不思議な感じです。でも、私は、うれしいんです。死んだつまが、もどってくれた。けっこんして、タケシが生まれて……と、しあわせだったころの話しをしていると、いつのまにか朝になっているんですよ」
 タケシ君のお父さんは、毎ばん毎ばんおくさんのゆうれいと話しているので、もう、何日もねむっていなかったのです。
「おくさんのゆうれいだなんて、おかしいです。お父さんがこんなになるなんて……。タケシ君もゆうべは、ねむれなかったんでしょうね。だから、学校へ来られなかったんだわ」
「こうしていると、しあわせなんです」
「いいえ。いけません。こんなことをつづけたら、二人とも死んでしまいます。私がゆうれいの正体をたしかめます」
 私は、むりやりタケシ君の家にとまることにしました。
 その夜、私は、二人の寝室とふすまでしきられたとなりのへやで、ようすをうかがっていました。でも、まよなかになって何もおこらないので、つい、うとうとしてしまったのです。

 ふと、何かがいるような気がして目がさめると、レースのカーテンを通した月あかりの中で、だれかが寝室へ入っていくところでした。
「タケシ君かしら。それにしては背が高いし、お父さんのいびきは聞こえるし……」
 首のうしろのあたりがゾクゾクします。
「つ、ついに出たのね」
 私は、ゆうきをふりしぼって、ふすまのすき間から、そっとのぞいてみました。
 月あかりでお父さんの寝顔が見えました。そして、そのまくらもとのおしいれのあたり、ゆかたすがたの女の人が立っているではありませんか。
「あなた、もうじゅうぶん話したでしょう。これからは、元気を出してくださいね」
 だれかの声が聞こえました。そして、風もないのにゆれるゆかたのすそに目がいったとき、私は、見てしまったのです。ゆかたのすそから、たたみまでの間に何もないのです。足があるはずの場所をすかして、おしいれのふとんが見えるのです。
「ギャーーーーーー」
私は、大きな声をだしてしまいました。
 ドン、ガラガッシャーン
私のひめいに負けないくらいの音をたてて、何かが落ちてきたようです。
 目をさましたお父さんが、あわててあかりをつけてると、タケシ君がふとんの上にひっくりかえっていました。まわりには、お化粧の道具や手かがみ、かい中電とうまでがちらばっていました。そして、長いかみのかつらも。起きあがったタケシ君は、きれいにお化粧をしていました。赤いくちべにが上手にひいてあって、お母さんにそっくりでした。きっと、おしいれの中で、お母さんに化けていたのでしょう。タケシ君は、おしいれの上の段にすわっていたので、足が見えなかったのです。

「お父さんが、ぼくの顔を見ては、お前はお母さんに生きうつしだ。お母さんが生きていてくれたらって、お母さんが死んでからずっと会社を休んで泣いてばかりいるんだもの。ぼくがお化粧したら、きっとお母さんに見えると思ったんだ。お母さんに会えたら、前みたいに元気なお父さんになってくれると思ったんだ。おしいれでいっしょうけんめい練習したんだよ」
 お父さんは、タケシ君をだきしめて、泣きました。
「……すまなかった。母親をなくしたお前の方が、どんなにか、つらかっただろうに。もう、泣かない。お父さんはがんばるぞ」
 私は二人のようすを見て、安心して家に帰りました。
 それからというもの、お父さんは前のように会社に行くようになり、タケシ君も元気に学校に来られるようになったのです。

でも、よく考えると、分からないことがあるのです。あわてものの私は、あの夜、ゆうれいの正体はタケシ君だと思いこんだのですが、子どものタケシ君に、お父さんとお母さんの思い出話ができるものでしょうか。
 そうだ。それに、あの夜、わたしが目をさましたときに、二人の寝室へスウッと入っていったのは、いったい、だれ……。

(おわり)



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