やなぎザクラの下で

北沢 あきとし



「おしたくできた人から、ならんでよ」
 ユミ先生が、まあくんのランドセルに、おたよりのふくろをいれながら、声をかけると、
「もう、ならんでるもん」
 だいくんが、教室のドアに、ぎりぎりくっつきで、いばりんぼの声をあげた。
「はやいのね、だいくん」
「さっきからだもん」
 でも、だいくんは、あとから来て、みかとアユちゃんをおいこして、ずるをしたのに。  
「だいくんは、わたしのうらでしょ」
「みかちゃんなんか、あっちに行ってたじゃんか。ちゃんとならんでなきゃだめなんだぞ。ねえ、先生」
「先生見てたら、みかさんが、先だったわよ」
 ユミ先生は、まあくんのランドセルに手をかけて、
「さあ、しゅっぱーつ」
と、声をかけた。
「みかちゃん、よそ見してたのに」
だいくんは、まだほっぺたをふくためてたけど、みんなが、「わーっ」
と、ろうかへとびだすと、
「はしっちゃいかんのだぞ」
と、いいながら、みかたちをおいこしていった。

「立石へかえる人は、こっちでーす」
「下瀬の人は、きょうとう先生のとこだよ」
 しょうこうぐちでは、はら先生ときょうとう先生が、手をあげてる。
「ぼく、立石」
 だいくんが、はら先生の前にとびこんで、ぬげかけたくつをなおしてる。
「はい、みかさんと、アユさんもそうね。あとは・・」
「まあくん!」
 三人そろって言うと、
「おねがいしまーす」
 ユミ先生が、まあくんのせなかをおしてきた。
「気をつけてかえるんだぞーっ」
 こうちょう先生が、こうちょう室のまどから、手をふっている。
「こうちょう先生、さようなら」
「げんきがいいなあ、一年生。あしたからは、きゅうしょくはじまるぞ」
「わーい!」
「なにがでても、のこさずたべるんだぞ」
「えーっ!」
「はーい、だろ。さあ、車に気をつけていくんだよ。さようなら」
 きゅうしょくって、なにがでるんだろ。どきどきしちゃうなあ。
「ぼく、ほいくえんのとき、きゅうしょくいちばんだったんだよ」
 だいくんは、はら先生にじまんしてる。
「わたし、おさかなきらい」
 アユちゃんは、ほねのついたおさかながたべられない。
「あら、おさかなは、とってもからだにいいのよ」
 はら先生がいうと、
「そうだぞ。はら先生は、からだの先生なんだぞ」
と、だいくんがいばった。
「だいくん、よく知ってるわね」
「だって、ぼくが、いちばんさきに、ほけんしつへいったんだもん」
 みかは、にゅうがくしきのつぎの日、だいくんがズボンをおさえて、ほけんしつへとんでいったのをおもいだした。
 あそぶじかんがもったいなくて、おトイレにいかなかったから、たいいくかんからかえるときに、もらしちゃったんだ。
「ほけんしつには、パンツがあるんだぞ」
 だいくんは、そんなことも、ちゃんといばってる。
「ぼくも、いったよね。パンツかりたよね」
 まあくんが、うしろからはら先生にいうと、
「そ、そんなことえらくないんだぞ」
 だくんは、こんどは、ほっぺたをふくためた。
「いいのよ、こまったときは、ほけんしつへ、いつでもいらっしゃい」
 はら先生がそういうと、まあくんは、
「おねがいします」
と、うれしそうにあたまをさげた。
 もんしろちょうが、白いはねをきらきらさせて、はら先生のかたをこえていく。
「きょうは、いいおてんきね」
「あついよー」
 アユちゃんは、カーディガンをぬいで、ランドセルにかけている。
 学校のある伊豆木から、みかたちが帰る立石へいくには、とうげをこえなくちゃいけない。
「ほいくえんみたいに車がいいなあ」
「なにいってんの、みかちゃん。もう一年生ですよ」
「ほいくえんにもどりたーい」
「ぼくも、それでいい」
 だいくんまで、ふーっといきをはいた。
「さあさ、まーくん、ほいくえんの人はほっといて、いきましょう」
 はら先生は、まあくんの手をつなぐと、とうげのさか道をあるきだした。
 とうげのわかれ道には、やなぎザクラがある。
 遠くから見ても、黒いみきに、うすピンクの花がやわらかな線をつくってたれさがっているのは、きれいだった。
「あらっ?」
 はら先生が、目にとめたのは、ふといみきが根をはる土手にすわっている、ひとりのおばあさんだった。
「こんにちは、お花見ですか」
「あれあれ、学校の先生かな。たいへんだなん。いいお花だに、やすんでいかんかな」
「ありがとうございます」
「うわーい、お花見だ」
 だいくんは、ちゃっかり、おばあさんのまえにすわっている。
「どなたか、いらっしゃるんじゃないですか」
 はら先生は、銀色のシートの上におかれた、もうひとつのちゃわんに目をとめた。
「おばあさん、おままごとしてたの?」
「まあくん、ちがうのよ」
 はら先生が、あわてていった。
「いいんな、いいんな。おままごとみたいなものな」
 おばあさんは、そういうと、ふふっとわらった。
「だれと、おままごとしてたの?」
 アユちゃんが、おばあさんのとなりに、ちょこんとすわった。
「だんなさまな」
「だんなさま?」
「みかちゃん、えーと、おばあさんがけっこんした人よ」
「ほんとうに、そうな。けっこんして、すぐにでかけていったんだに」
「どこへいっちゃったの?」
 まあくんが、土手のまわりのかれ草を、きょろきょろと見ている。
「とおいところなんだに」
 おばあさんは、おちゃわんをりょう手でころころしながら、話してくれた。
 わしとだんなさまは、けっこんする前、村のわかれめの、このやなぎザクラの下で、なんどもなんどもあったんな。
 そうして、うれしいけっこんしきをあげたんだに。
 でも、一年もせんうちに、だんなさまに、兵たいに出るようにっていう知らせがきたんな。
 日本は、アメリカやイギリスとせんそうをしておったもんでなん。
 わしは、兵たいに出ていくだんなさんを、村のしゅうと、このやなぎザクラの下をとおって送っていったんな。
 いさましいのぼり旗をたててなん。
 わしは、ないちゃいかんとおもって、生まれたばかりの長男をせおいながら、おくばをぎゅっとかんでがまんしとったんな。
 だんなさまは、わしに近づくと、だれにもわからんように、
「帰ってきたら、このサクラの下で、かぞくそろってお花見をしような」
って、そういって、また先頭に立って下っていったんな。
 わしは、それでもないちゃいかんとおもって、きっとおっかないかおをしておったんだらなあ。
 なんで、あんな顔で送っちまったら。
戦争にいったきり、なん年たっても、だんなさまは帰ってこんのだに。
あれから、なんどもなんども、このやなぎザクラの花は、さいたんだに。
まっても、まっても、だんなさんは、ここにはすわってくれんのな。

「ぼくが、おばあさんと、おちゃのんであげる」
 まあくんが、のむ人のいないおちゃわんを手にすると、
「ぼくだって、だんなさまのかわりだ」
 だいくんが、さきにおちゃわんをとっちゃった。
「ぼくが、さきだったのに」
 まあくんの目に、なみだのつぶが、ぷくんとふくれて、ながれおちた。
「だいくん」
 はら先生におこられると、だいくんも、
「ぼくが、さきにすわったんだもん」
と、目をまっかにしてなきだした。
「男の子って、すぐなくよね」
 アユちゃんがそういうと、おばあさんは、
「わしも、あのとき、おもいっきりなきゃあよかったよう」
と、あたまの手ぬぐいをとって、くしゃくしゃのまんま目にあてた。
 おばあさんは、小さなかたをまるめておいおいとないた。
 びっくりしてなきやんだだいくんとまあくんが立ち上がると、はら先生は、ふたりのせなかに手をやって、そっと歩き出した。
 坂道のとちゅうでふりかえると、ぼうっと青い空に、花のえだを広げたやなぎザクラが、こっちを見ているようだ。
 あったかい風がふいて、花びらがながれるようにちっていく。
「だんなさまが、きたのかなあ」
 まあくんが、花びらに見とれながらそう言うと、
「きっこ、な…」
と、いいかけただいくんの声が、うーんとうなりながら消えていった。
 ふりむくと、はら先生が、だいくんのお口を、うしろからうでをまわしておさえている。
「そうね、きっとおばあさんのところへ来たのよ。ね、だいくん」
「ぷはーっ」
 先生のうでからぬけだしただいくんは、まっかな顔をして、さか道をかけおりていく。
「まってよー」
 みかも、アユちゃんと手をつないで、だいくんのあとをおってかけだした。 

(おわり)



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