かみなりおやじのラーメン

みやざわ ともこ



 夕べの台風はひどかった。土砂ぶりの雨とかみなり。いなびかりのたびに、ぼくのへやのまどにうかびあがるとなりのめだま堂の影。
強い風ににふかれて、狂ったようにゆれていた。
 でも、今朝はみがきあげたような青空だ。秋の風が、きんもくせいの香りを運んでくる。めだま堂は……、まぁ、いいか。たぶん大丈夫だろう。その時、母さんがぼくをよんだ。
「マコト、おとなりを手伝ってきて。お店の中が水びたしですって」
「えーっ、いやだよ。せっかくの休みなのに」
 めだま堂は、幽霊がお金をかりにくるといううわさのある質屋だ。店の主のおばばも、占いばかりしているあやしげなばあさんだ。
「お昼をごちそうしてくれるそうだから、いってらっしゃい。それにしてもすごい台風だったわね。おととしかしら、マコトが三年生の時も大きな台風が来て、あの時は確か、かみなりにうたれてなくなった人もいたはずよ」
 めだま堂は、本当はこだま屋というらしい。ドアに青いガラスのめだまがはめてあるから、ぼくはめだま堂ってよんでるけど、もともとこわれかけたような店なんだ、めだま堂は。そのかたむいたかべが、今朝は泥水で汚れている。落ちてわれたやねがわらが、入口にちらばっている。なのに、ガラスめだまだけはぴかぴかで、青空をうつしてかがやいていた。
「いつ来ても気味悪いな、このめだまは」
 おばばの占いも、実はこのめだまでのぞいているんじゃないかな。だれかの心のおくや、過去や未来や、ひょっとしたらあの世までも。
「おばば、何を手つだえばいいの?」
 ドアをあけて入っていくと、おばばは、床にたまった水をほうきではき出していた。
「おそいじゃないか。まず、そのたなの時計からふいておくれ。お金をかすかわりに、あずかった品物だからね。きずつけたら、一生ここではたらいてもらうよ」
 やっぱり来なきゃよかった。そう思ったとたん、天井から冷たいしずくが首筋に落ちた。
「雨もりだよ。すまないね」
 わらいをかみころして言うおばばをにらんで、ぼくは時計をふき始めた。そして、時計を全部ふきおえたころ、ドアがガタンとらんぼうにあいて、白い前かけをした大がらなおじさんが入ってきた。
 おばばが出前をたのんだのかな。『かみなり屋』とかかれたおかもちは、よく使いこんである。しょうゆととんこつスープのにおい。ラーメンだ。
 おばばは、ほうきにもたれて言った。
「おや、かみなり屋のおやじじゃないか。ラーメンなんて注文してないよ。まぁ、あんたが来るだろうと思ってはいたけどね。なにせ、夕べのかみなりはすごかったから」
 来ると思ってたって? 占いにそう出てたってこと? それで、お昼をごちそうしてくれるって言ったのか? そんなこと考えて、おかもちから目をはなせないぼくに気づくと、おやじさんが言った。
「とにかく、休けいだ。かみなり屋のかみなりラーメンは、びりっとからくてうまいぞ」
 それから、テーブルに湯気のあがるラーメンの丼を三つならべて、わりばしもちゃんとそえると、おばばに頭をさげた。
「おばば、金がいるんだ。都合してくれ」
「あんた、もうお金なんていらないだろ」
「いや、となり町にラーメン屋ができた。食いに行くのに金がいる」
 かわったおやじさんだな。ラーメンを食べながら、ぼくは二人の話をだまって聞いていた。こんな時、おとなの話に口をはさむとろくなことはない。特に、このめだま堂では。それに、しょうゆ味のぴりからラーメンはすごくおいしくて、食べるのに夢中だったし。
「しょうがないね。これ、ラーメン二はい分。今あんたが食べた分は出さないよ。ああ、ちょうどいい。これでマコトもつれてってくれ」
 おばばが、金をテーブルにおいた。
「恩にきるよ。じゃあ、行くか。おっと、その前にへんそうしないと。ていさつだからな」  おやじさんは前かけをはずし、サングラスをかけぼうしをかぶった。それから、ぼくたちはバスで、となり町に開店したばかりのラーメン屋へむかった。店の場所は、おやじさんが知っていた。黄色と黒のかんばんが、遠くからでもよく目立っていた。
「見て、あのかんばん。『かみなりおやじ』だって。おやじさんの店の名前ににているね」
 おやじさんは、とまどったようにかんばんを見ている。店の中からは、やっぱりしょうゆととんこつスープのにおいがしていた。
「入らないの?」
「入るにきまってるだろ。おまえが先に行け」
 ぐいとせなかをおされて入った店内は、小さいけど、明るくせいけつだった。
「いらっしゃい」
 カウンターのむこうでラーメンをゆでている男の人の、いせいのいい声も感じがいい。
「あの人、店長かな? あんなに若くても店を出せるものなの?」
 おやじさんは返事もしないで、メニューをぐいとひきよせる。ぼくも、となりからのぞきこんだ。
「ぼく、いなずまラーメンにしよう」
「そうか。おれは、こっちにする」
 おやじさんがえらんだのは、店長おすすめびりびりからいかみなりおやじラーメン。おやじさんはぼくに注文させて、自分は店の中をかんさつしている。メニュー、お客さんの食べっぷり、若い店長のようす。
「ふん、まあまあだな」
 おやじさんがつぶやいた時、
「はい、おまちどお」
 ぼくたちの前にそれぞれのラーメンがおかれた。あれ? このにおいともりつけって。
「おやじさんのラーメンににてるね。あ、おやじさんのほうが、もっとおいしかったけど」
 ぼくは、あわてて言いたす。
「手ぬきはしとらんな。が、まだまだだ」
「そんなこと言って、聞こえちゃうよ」
 ぼくは店長をちらっと見た。よかった。聞かれなかったみたい。ちょうど他のお客さんが話しかけたところだ。
「ラーメンはよく食べ歩くけど、あんた腕がいいよ。この若さで店を出すくらいだもんな」  店長は、わらいながら首をふった。
「いえ、おやじのラーメンにはかないません。おいしかったなぁ。もうあれが食べられないと思うとさびしくて。それでももう一度あの味に会いたくて、毎日作ってるんですけどね」
 おやじさんのラーメンを食べる手がとまった。ごつい手で目をおさえ、鼻水をすすりあげる。
「おやじさん? なくほどからいの? それ」「ばか言え。スープが目にはねただけだ」
 おやじさんは目をこすりながらラーメンを食べ、スープの最後の一てきまで飲みほした。
「つきあってくれてありがとうよ。おばばによろしく言っといてくれ」
 おやじさんとラーメン屋の前で別れ、めだま堂にもどると、おばばが空の丼を指さした。
「マコト、これをどうにかしておくれ」
 ラーメンを二はいも食べさせてもらったことだし、ぼくは電話帳で『かみなり屋』の番号をしらべて、電話をかけた。
「かみなり屋さんですか? 丼をとりに……」
 言いおわらないうちに、女の人の声が、もうしわけなさそうにぼくの言葉をさえぎった。
「ごめんなさいね。もうラーメン屋はやってないんですよ。おととし店にかみなりが落ちて主人がなくなって。でも、となり町にむすこが店を出しましたから、ぜひ、そちらのほうへ行ってやってください」
 えっ? どういうこと? ぼくは、かみなり屋の丼を見つめる。
「じゃあ、おやじさんはどこから来たんだろう。もしかして……」
 ぼくは、空を見あげた。秋風がふいて、白い雲がゆっくり流れていった。

(おわり)



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