はるなさんのハト時計

小原 麻由美



 こうえんのさくらの木が、うすべに色にそまっています。
 はるなさんの五さいのたんじょう日。
「どうだい? 来年はもう小学生だ。いっぱいつきあわねぇかい?」
 お父さんが、うさぎの絵がえがかれた小さなおちょこをヒョイッとさしだし、とっくりからおさけをそそぎました。
「かわいい! これ、あたしせんよう?」
 はるなさんは、お父さんが大すきなおさけを、前からのんでみたいと思っていたのです。
「すこしだけな。お母さんにはないしょ……」
「お父さん! なにしてるの? おさけなんて教えちゃだめじゃない!」
「あちゃぁ……」
 お母さんに言われて、短いかみの毛をかきながら、お父さんはささやきました。
「早く大きくなれー。おとなになったら、ふたりでうまいさけをのもうな」
「うん。やくそくね。おとなになったらね」
 はるなさんはお父さんと、ゆびきりげんまんをしました。

 小学校の入学式の日、はるなさんは、お父さんからプレゼントをもらいました。
「わぁ、すごい! 大きな時計!」
 だっこをすると、顔がかくれてしまいます。
「オイオイ……落とすなよ。時計はすごくたくさんの歯車を使って、動かしているんだからな。一年かかって、やっと入学式にまにあったんだ。どうだい? 気に入ったかい?」
「うん。このチョコレートみたいなやねも、グルグルキャンディーみたいなふりこも、それから、このハトのもようもかわいいね」
 やねのしょうめんには、ハトの絵がきざまれています。音が鳴ると、まどからハトが飛びだす時計とは、ちょっとちがいました。

 コチ、カッチン、コチ、カッチン……。

 ふりこも、ふしぎなリズムがしました。

 もうすぐ二十さいになるはるなさんは、子どものころのことを思い出しながら、おし入れの中からとりだした、チョコレート色のハト時計をみがいていました。
(ゆびきりげんまん、わすれてないよ……)
 三年前の春、とつぜん死んでしまったお父さん。
 家具時計のしょくにんだったお父さんは、小さなこうぼうで、ひとりで時計を作っていました。仕事中にたおれたことに、だれも気づかなかったのです。
 その日から、お父さんを思い出すのがつらくて、ずっとおし入れの中に閉じこめておいたハト時計でした。
「あれっ? 動いてない……?」
 はりもふりこも、とまっています。
「二十さいのたんじょう日までに、直さなくちゃ。やくそくが守れなくなっちゃう!」
 はるなさんは、お父さんの友だちの時計屋さんへかけこみました。
「こんにちは!」
 店のおくから、緑色のこいサングラスをかけた男の人が出てきました。
「かもがわのおじさん。今日はおねがいがあってきたの。時計をしゅうりしてほしいの」
「すまねぇな。目を悪くしちまって、もうこまかい仕事ができなくなっちまったんだよ」
 かもがわさんは、サングラスをずらして目をふせました。
「でもお父さんいがいで、この時計を直せるのは、おじさんしかいないから……」
 はるなさんは、あかね色のふろしきをひろげて、ハト時計をテーブルに置きました。
「あっ……こいつは!」
「おじさん、この時計のことしっているの?」
「ああ、もちろん!」
 かもがわさんは、ハト時計をだきしめるように見つめました。
「はるなちゃんのおやじさん、げんさんとはじめて会ったのは、やきとりやの屋台でな。見ずしらずのおれに、『いっぱいつきあってくれ』と言うんだ。なにがそんなにうれしいのかと聞くと、『十年のぞんで、やっと子どもができた』と言うじゃないか。そりゃ、おいわいしなくちゃと、ふたりでさかずきをかわしたんだよ」
 はるなさんがクスッとわらうと、かもがわさんは話を続けました。
「二度目に会ったとき、おたがいに時計しょくにんだとわかって、ますます話がはずんだっけ。げんさんは、『世界でたったひとつだけのからくり時計を作りたい』ってよく言っていたよ」
 かもがわさんはそこまで話すと、かけていたサングラスをテーブルに置いて、プッツリとしゃべらなくなってしまいました。
 はるなさんはしばらくのあいだ、まばたきもしないで、のぞきこむようにかもがわさんを見つめていました。
「はるなちゃん。がんばってみるよ」
「えっ?」
「げんさんの時計を見たら、どうしても直してみたくなっちまった……」
「わたし、四月十一日で二十さいになります。この時計をそばに置いて、お父さんとおさけをのみたいんです。よろしくおねがいします」

 その夜、かもがわさんは、ハト時計を目の前にして指をふるわせていました。
 はるなさんのお父さんの時計は、ぶひんもさいくも、すべてひとつきりの手作りです。
 かもがわさんはドキドキしながら、思い切ってハト時計のふたを開けました。
「こ、こんな時計、見たことねぇや。ふつうの時計では、ひつようのない歯車がいくつも使われていて、目がまわりそうだ!」
 かもがわさんは、フゥとしんこきゅうをしました。
「それに、うさぎのもようのおちょこが時計の中にしこんであるなんて……まさか、おさけをのみながら、まちがって入れちまったってことはないだろな?」
 かもがわさんは、まるでめいろを歩くようにしゅうりを続けました。
「ええいっ、だめだ! どうしてもこの歯車だけがおかしいぞ! げんさん、この時計にはどんなからくりがしこんであるんだい?」
 かもがわさんは、こうぐをテーブルにたたきつけました。ただでさえ、むずかしいしゅうりです。目のふじゆうなかもがわさんには、とてもつらい仕事でした。

 ハト時計はとまったまま、数日がすぎました。かもがわさんは、フラリと立ちよったやきとりやの屋台で、おさけをのんでいました。
「はるなちゃんとやくそくしたって、言ってたっけなぁ。おとなになったら、ふたりでさけをのもうって……おとなになったら?」
(おとな? 二十さいのたんじょう日って、おとなになる日ってことじゃねぇのかい?)
 かもがわさんは、コップのおさけを一気にのみほすと、すぐに店にもどりました。
(二十さいってことは、はるなちゃんの入学から十四年? 十四回?)
 かもがわさんは、ひとりごとを言いながら、しゅうりをはじめました。
「やっぱり、この歯車だけがおかしいなぁ。げんさん、どんな時計を作ったんだい?」
『かもさん、一年でたった一回まわるだけの歯車があっても、おもしろいだろ?』
「えっ?」
 ハト時計の中から、はるなさんのお父さんの声が聞こえたような気がしました。
「そういうことか! この歯車だけは、一年でたった一回しかまわらないんだ。十四年かけて、十四回目でこいつが動くように作ってあったんだ!」
 かもがわさんは、はるなさんのハト時計にしこまれたひみつのからくりをしって、小さくこぶしをにぎりしめました。
「あとは、はるなちゃんのたんじょうびにあわせて、すこしちょうせいをするだけだ」
 東の空が白くなったころ、かもがわさんはハト時計のふたをピッタリと閉じました。

 あしたは、はるなさんの二十回目のたんじょう日。
「夜おそくにすまねぇな。はるなちゃん、おめでとう!」
 かもがわさんは、はるなさんの家にかけつけました。
「直ったんですね。ああ、よかったぁ……」
 はるなさんは、ハト時計をうけとると、すぐにかべにかざりました。

 コチ、カッチン、コチ、カッチン……。

 ふりこのふしぎなリズムも、子どものころと同じです。
 お母さんが、とっくりとおちょこを、かもがわさんにさしだしました。そのとき、時計のはりが夜中のれい時をさしました。

 カチャ……キリキリキリ……カチッ。

「えっ?」

 ポッパー ポッパー ポッパー ポッパー。

 今まで一度も聞いたことのないハトの鳴き声といっしょに、一度も開いたことのないハトもようのまどが開きました。
 うさぎの絵がかかれたおちょこが、まどから飛びだしてきたのです。
「ああ……」
 はるなさんは、ハト時計の前でピクリとも動けなくなっていました。
 かもがわさんは、クイッとおちょこをかたむけて、目をほそめました。
 はるなさんはふるえる手で、うさぎのおちょこを手にとりました。
 五さいのたんじょう日、お父さんがはるなさんにくれた、うさぎのおちょこでした。
「わたし、やっと、おとなになったよ……」
 コクリ……と、のどのおくをとおりすぎてゆくはじめてのおさけ。
 お父さんが大すきだった味を、はるなさんはいつまでもかみしめていました。

(おわり)



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