ダイダラぬまの夜

寺島 俊治



      〈一〉

 むかしむかしの話ではない。今どきの話だ。 黒こづち山のてっぺんに月がのぼって、ダイダラぬまが、にぶく光りだした。
 ゲコ、ゲコ、ゲコ、ゲコ
 グルグル ギギギ
 ぬまにすむかえるたちがなきだして、だんだん大がっしょうとなった。
 そのまま、あけがたちかくまで、大がっしょうはつづくはずだったのに、ふと、ぴったりとやんだ。
 ぬまをとりまくカラマツ林に、さあっと光がひとすじさして、トラックが一台、走りこんできたからだった。
 トラックはぬまのほとりに止まり、運転台から、二人の男がとびおりた。二人ともうすみどり色のつなぎのふくを着ている。
 シートをはずし、荷台から重たそうなものを二人がかりで下ろし、よっこらよっこらはこんで、ドッシーン。ぬまのほとりの草っ原にほうりなげた。つぎからつぎへと、はこび下ろしては、ドツシーン。ドッシーン。ドッシーン。
 すっかりはこび下ろしてほうりだしてしまうと、
「さあ、これでようし」
 男たちはトラックにとびのって、走りさっていった。
「いまのさわぎは、どういうことだ」
 かえるたちが、ぞろぞろあつまってきた。
 草っ原にほうりだされていたものは、古いタイヤ、ほこりまみれのテレビ、さびついた自てん車、いとの切れたエレキギター、シールだらけのれいぞうこ、首がかしがったせんぷうき。ヘッドや洋服ダンスのような大きなものまである。つかいふるしたものだけど、まだまだつかえそうなものもある。
「これは、いったいなんだや」
 かえるたちには、テレビがテレビだとは、わからない。れいぞうこがれいぞうこだとはわからない。
 目をぱちくりさせて、月の光のなかに、ほうりだされたものたちを、ながめていた。

      〈二〉

 黒こづち山に、黒い雲がかかり、風が吹きだして、雲は空いっぱいにひろがった。
 ぬまの水は、いっせいにこまかな波をたてた。
 雨がふりだし、はげしくなってぬまの水はゆれうごいた。
 かみなりが鳴りひびき、いなびかりが走った。かえるたちは、みな、ひっそり、息をころしていた。
 いなびかりが走り落ちてきて、すさまじい音がした。草っ原にほうりだされていたれいぞうこが青白いほのおをふき上げた。テレビから、パチパチと火花がとんだ。
 雨は、三日三晩ふりつづいて、ようやくやんだ。雲の切れまから、日の光がさしこんできた。
 山も、林も、ぬまも、ほうっと息をふきかえした。地めんから、白いゆげがゆらゆら立ちのぼった。大むかしから、たくさんの花や草やさかなや虫たちのいのちをのみこんできたダイダラぬまからも、白いゆげがゆらゆら立ちのぼった。
 ゆげはゆっくり地めんをはって、草っ原にほうりだされたままの、テレビや、れいぞうこや、エレキギターや、自てん車などをあやしくつつみこんだ。
 やがて、ゆげがすうっと消えていき、また夕ぐれがやってきたときだ。カチッ、カチッと、せんぷうきが音をたてていた。そのうちブーン、ブーンとまわりだした。となりにたおれていた自てん車のうしろの輪もいっしょになってグルーン、グルーンまわりだした。テレビがペカリペカリと青白く光ったかと思うと、黒こげになったれいぞうこのとびらがバタッとひらいた。
 そのときだ。
 いとの切れたエレキギターが、のこりのいとをふるわせて、鳴りだしたのは。
 ティキ ティキ ティキ ティキ
 かすかな音だったのが、だんだん大きくはげしくなって、
 ディンガ ディンガ ディンガ ディンガなりひびきだした。なり出すと、もうとまらない。
 ディンガ ディンガ ディロロロ〜ン
 ディンガ ディンガ ディロロロ〜ン
 すさまじい音が、山や、林や、ぬまにひびきわたっていった。

      〈三〉

 黒こづち山のほらあなの中で、ながあいことねむりつづけていたひだるじいさんが、目をさました。いつも、はらをすかせて「ひもじい。ひもじい」といっているじいさんだが、
「ありゃあ、いったい、なんだい」
 ディンガ ディンガとひびいてくる音が気になった。ダイダラぬまのほうからだ。
 じいさん「よっこらしょ」っとおきあがってあるきだすと、なんとまあ、手も足も、ディンガ ディンガの音にあわせてうごきだす。 ディンガ ディンガ ディンガ ディンガと、ブナの林の中をあるいていくと、木の枝から、バサリ。なにやら、じいさんのせなかにおぶさったものがある。めったやたらに、ひとのせなかにおぶさりたがるおぶさりばあさんだった。じいさん、よたよたして、
「ばあさんよ。おらみてえなとしよりにおぶさるもんでねえわ」
というと、ばあさんも、
「それもそうだわなあ」
 あっさり、おりた。
「いい気もちでねむりつづけていたのによ。あのみょうな音で、目えさめちまった」
 ばあさんがいうもんで、じいさんも、
「おらもそうさ。あんな音、聞かされちゃあ、ねているわけにゃあ、いかねえ」
 二人そろって、ディンガ ディンガ ディンガ ディンガ あるきだした。
 ブナの林をぬけでたら、月あかりにダイダラぬまがとろーりと光っていた。
 ディディンガ ディディンガ
 ディロロロロ〜〜ン
 音はますますけたたましくひびきわたってくる。
 ぬまに近づいていくと、草っ原にほうりだされたものたちが、山のようによこたわっている。その中で、エレキギターが、切れなかったのこりのいとで、みょうな音をたてつづけている。
 ディディンガ ディディンガ
 音にあわせて、じいさんは、ほうりだされたベッドの上にのぼり、手をふり、足をうごかし、みょうなよたよたおどりをはじめた。
 ばあさんもたおれた洋服ダンスの上にのぼり、じいさんにまけまいと、みょうな手つき足つきで、おどりだした。
 ディディンガ ディディンガ
 ディロロロロ〜〜ン
 音にあわせて、テレビがペカリ、ペカリと青白く光る。せんぷうきがブーン、ブーンまわる。
 ふと、ひとすじのつよい光がカラマツ林にさあっと流れた。あのトラックがふたたび、やってきたのだ。
 エレキギターはぴたっと音を止めた。テレビも光るのをやめ、せんぷうきもおとなしくなった。じいさんも、ばあさんも、おどりつかれて、くずれるようにうずくまった。

     〈四〉 

「ここいらだったな」
「ああ、ここいらだ」
 とまったトラックからとびおりた、うすみどり色のつなぎのふくの男、二人。
 シートをはずし、二人がかりで下ろしたのは古ぼけたソファ。よっこら、よっこら、ぬまのほとりの草っ原へはこんで、ドッシーン、ほうりなげた。
 そのとたん、足もとにころがっていたテレビが、ペカーリ、ペカーリ、青白く光った。
 びっくりした二人、じいっと見まもっていると、うしろで、カチッ、カチッ。せんぷうきのスイッチがうごいて、ブーン、ブーン。いきなのまわりだした。それといっしょに、たおれていた自てん車の輪も、グルーン、グルーン。と思ったら、まっくろにこげたれいぞうこのとびらが、バカッととつぜんあいた。
「なんだ。なんだあ。こりゃあ!」
 二人とも、からだをガタガタふるわせている。
 すると、かしがったベッドのかげから、よたよた立ち上がったものがある。ひだるじいさんだ。
「ひもじいぞう。ひもじいぞう」
 なにか、食うもの、くれとばかりに両手をつきだし、ひょろひょろ近づいてくる。
 男たちは、くるっとむきをかえ、にげだそうとした。
 すると、たおれている洋服ダンスのかげから、よろよろ立ち上がったのは、おぶさりばあさんだ。
「おぶさりてえ。おぶさりてえ」
 両手をゆうれいみたいにさせて、よろよろ近づいてくる。
 これは、たまらんと、二人はにげだした。
 ディディディンガ ディディディンガ
 ディロロロロ〜〜ン
 けたたましいエレキギターの音がおいかける。男たちはトラックにとびつき、とびのると、大あわてにエンジンをかけた。ダーッと走り出した、そのときだ。
「まてえっ!」
 でっかい声がひびきわたった。空からでっかい手がおりてきて、トラックを止めた。
「いい気もちでねていたら、なんというさわぎだ」
 でっかいその声は、もうずっと長いこと雪の中でねむりつづけていた大男、ダイダラボッチ ダイダラボウの声だった。
 もうひとつのでっかい手が、クレーンのように下りてきた。草っ原にほうり出されていた、れいぞうこや、テレビや、自てん車や、エレキギターなど、そっくりつまみ上げて、トラックの上につみ上げた。
「さあ、これでようし」
 おさえこんでいた手をはなされて、トラックはいちもくさんににげだしていった。
 そのあわてぶりがおかしいと、
ワッ ハッ ハッ ハッ
 大わらいの声が、山に林にぬまにひびいた。
 そのわらい声が、
 ワッ ハッ ハッ ハッ 
ワッ ハッ ハッ ハッ 
ワッ ハッ ハッ ハッ
 しだいに小さくなっていったとき、草の上にこしをぬかしていたひだるじいさんとおぶさりばあさんが、ようやく立ち上がった。
「おらたちも、かえるべえ」
「ああ、そうすべえ」
 じいさんとばあさんがブナの林の中へ立ち去って、ぬまはもとのしずけさにもどった。
 黒こずち山のてっぺんに月がのぼり、かえるたちがなきだした。
 ゲコ ゲコ ゲコ
 グルルル ギギギ

(おわり)



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