ラーさんと地雷

柳澤 朝子



「たいへんだ。ラーさん、早くきてくれ」
 コッツじいさんの声だ。
 ラーさんの家の、しぶい戸口をがたがたいわせてよんでいる。
(地雷がみつかったな)
 ラーさんは、どきりとした。たべかけのごはんをのみこんでまどから顔をだすと、
「もうちょっとで、わしゃ、死ぬとこだった。タネまきをしてただけで、地雷にふきとばされて……」
 おじいさんは声をふるわせている。
「よし、すぐいくよ。西の畑かい、それとも南の畑かい」
 ごはんもそこそこに、道具ベルトをこしにまいてラーさんは外に出た。
 おじいさんは、地べたにしゃがみこんで、はあはあいきをついていた。

 きのうのスコール(夕立)で、かぶっていた土が流され、地雷が顔をだしたにちがいない。
 もと兵士だったラーさんは、村の人にたのまれては、家のまわりや畑でみつかった地雷をほり、爆発しないようにかたつけてやっていた。
(この、おれが戦争ちゅうに、仕かけた地雷なんだ)
 自分からはいわない。が、心の中では、ラーさんは、それを忘れることはできなかった。
 村人はひとりとして、ラーさんをせめるようなことはいわない。この国では、二十年ものあいだ、同じ国のものどうし、敵味方にわかれて殺しあってきたのだ。
 ここは、カンボジア。シェムリアップの町はずれにあるいなかである。
 道のゆくてを、「どくろ」がえがかれた真っ赤な警告板がさえぎっている。そのさきの井戸のまわりは草ぼうぼうだ。日中というのに、あたりはぶきみなほどひっそりしていた。

 コッツさんの畑にくると、赤いきれのついた竹のぼうの下でラーさんは、腹ばいになった。
 地面に、さびかけの地雷が半分のぞいている。そのまわりの砂に、息をふきかけてそっとはらいのけた。
「おーい、だいじょうぶかい」
 はなれた所から、おじいさんはしんぱいそうにのぞいていた。
 戦争が終わっても何百万発という数の地雷がうめられたままになっているという。
 気の遠くなるような数である。一生とりのぞいたところで、安全な大地は、どれほどとりもどせるだろう。
 ラーさんのひやけした顔から、あせがじわじわにじみでた。
 コッツさんのまごむすめのマヤンが、ようすをみにきた。マヤンは松葉づえをわきにかかえて歩いている。
 春、たきぎをひろいに出て地雷をふみ、右足をふきとばされたのだ。
 ラーさんの胸はいっそう痛んだ。

 ラーさんはクメール軍にさらわれて、十才のころから兵士の訓練をさせられた。
 だぶだぶの黒いシャツをきて、ズボンをひきずりながら、爆弾をはこばされた。殺されるのがこわくて命令されるまま、地雷を仕掛ける手伝いもしたのだった。
 野原やジャングルをさまよっていたとき、よくふきとんだ地雷をみつけた。
 まだ、こどもだったラーさんには、すごいねうちものに思えた。
 ひんまがったのもある。あなのあいたガスマスクやさびたピストル、ベトナムの軍服、からっぽの手榴弾。どれもおいておくにはおしい気がして、ひろってかくしてきた。
 すてられたロケット砲をみつけた時はおもすぎて、とても運べなかったけれど。
 戦争のおわりのころ、連合軍につかまったおかげで、地雷を安全にとりのぞく方法をおぼえたのだ。
 ラーさんは地雷のしかけをはずし、
「これで、もう、だいじょうぶだからね」
 うでで顔のあせをぬぐった。
「ありがとよ」
 コッツじいさんはつえにつかまってよろよろとたちあがって、
「やっとトウモロコシのタネをまけるわい。さてと、いくらだい」
「金なんかいらないよ。そうだ、この地雷は、もらっていくよ」
「ああ、いいとも。おめえさんの役にたちゃいいが……」
 おじいさんは、マヤンといっしょに、つかれたようすで、畑の中へ歩きだした。

 ラーさんは、家にもどった。
 そして、もらってきた地雷を、ものおきごやのたなにのせておいた。
 たなの上にも、足もとの土間にも、安全処理をした地雷がごたごたつみかさなっている。
 さっぷうけいなながめだが、これだけが財産なのだ。
 ぬすまれないように、ものおきの出入り口にかぎをかけていた。
 すると、ふたりの男がやってきた。
 いやな予感がした。ゴムぞうりをはいて、アロハシャツをきている。
 クメール軍にいたころ、ラーさんをおどして働かせてた、目つきのいじわるそうな男であった。
 男はあごをしゃくって、
「やい、ラー、おまえ。こんなとこに地雷なんかあつめて、どんな気がしてるんだ」
 男は、ものおきの中をじろじろ見まわした。
「このへんは、神さまの遺跡のそばじゃないか。外国からお客さんが遺跡を見にくるじゃないか。こんなぶっそうなものをならべて。みろ、神さまだって、めいわくがってるじゃないか」
「いいから、さっさと、かたつけちまいな」
 つれの男が、たな板をつかんでらんぼうにゆさぶった。地雷ががらごろころがりおちた。
「待ってください」
 ラーさんは、地面におちた地雷をりょううででかきあつめ、くやしそうに、くちびるをかみしめた。
「ここは、おれの家です。おれは、もう、あなたがたの兵士じゃありません。出てってください」
「出ていけはねえだろ。おれたち、うまい、もうけばなしをもってきたのに」
「ラー、おまえは手さきが器用だし、すばしっこい。おもちゃなんぞいじってるまに、どうだ、おれたちと組んで、地雷の除去でひともうけしねえか」
「かえってください」
 ラーさんは、どなった。
「おもちゃじゃありません。これは、おれの宝物です」
「ラーのばかたれ」
 ふたりは、小屋の外にころがった、からの手榴弾をけっとばして、かえっていった。
(ちきしょう)
 ラーさんは、それをひろい、むねににぎりしめた。
 使い捨てにされて、ゆがんだ武器が、「わすれないでくれ」と告げているように思った。
 ラーさんは、いいことを思いついた。
 庭のまんなかに、ヤシの葉で作った大きなパラソルをひろげて、その下に木のテーブルをおいた。
 さっきの手榴弾に水を入れてきて、台の上に立て、野の花をさしてみた。
 すると、どこからか、べに色のちょうがいちわとんできた。
 アブサラの踊り子がきる、天女の衣しょうの色そっくりの、あざやかなオレンジ色だった。
 パラソルの柄には、ラーさんがかいた戦争の絵もかざった。
 地雷の説明も紙にかいてテーブルの上にならべてみた。

 それからしばらくたった、ある日の午後。
「ちよっと、みせてくださーい」
といいながら、通りがかりの外国人が三人、ラーさんの家のしき地に入ってきた。
 近くの有名な遺跡を見にきた観光客が、パラソルの下にならべた、ぶんちんを見にきたのだ。
 紙をおさえていたのは、地雷であった。
 かたことの英語で、ラーさんは、いっしょうけんめいはなした。が、あまりむちゅうだったので、なにをいったかおぼえていない。
「ほう。民芸品のお店かとおもってよったら、ここは、戦争の博物館じゃないか!」
 物置へあんないされた人たちはおどろき、ひとつひとつ、地雷を手にとって、じっくり見ていった。
 まもなく、ラーさんのポストに、手紙がとどいた。
『地雷の中には、わたしの国でつくられたものもあり、ショックでした。わたしはこれから、ずっと、あなたをおうえんします。どうか、すべての地雷がなくなる日まで、がんばってください』
 ラーさんは雨間の真っ青な大空を見あげて、両手を広げてさけんだ。コッツじいさんの耳にとどけとばかり。
「ひとりでも、おれは、やるから」

(おわり)



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