里程観音が見守る峠 / 十文字峠

栃本〜四里観音避難小屋(泊)〜十文字峠〜梓山

 里程観音の前に腰掛けて、煙管を旨そうに燻らしている男がいる。
頭に菅笠をかぶり、手には手甲をつけ杖を持ち、足元は足袋に脚絆姿で
擦りきれた草鞋を履いている。
腰につけた鈴が、時折吹く風にチリンチリンと揺れている。

疲れた表情のその男に 「どちらの方ですか」と尋ねると、
煙をフッーと吐き、煙管をコツコツと叩きながら、
「信州は佐久岩村田のとある村より、村の総代として三峰神社の
お札を授かりに行く」という。
草臥れた表情ではあるが、その男からは村の期待を背負う
精気が感じられた。

煙管を咥えながら こもった声で、
「お前さんは どこに行きなさる」と尋ねられたので、
僕は「峠が好きで、石楠花が綺麗だという十文字峠を
ただ訪ねに来ただけです」と答えたら、
その男は不思議そうな顔をしていた。

十文字峠には、こんなやりとりが実際にありそうな雰囲気が残っています。
峠道の曲がり角から、ひょいと子馬を連れた博労や、旅芸人の一座が
姿を見せるのではという錯覚を起こす峠なのです。

● 栃本周辺 ●


秩父湖バス停
ここでマイクロバスに乗り換える

自宅から栃本までは、なんて遠いことでしょう!
朝4時半に家を出て、電車とバスを乗り継ぎ、
10時半に栃本関所のバス停に降り着きました。

三峰口から秩父湖を経て、栃本に至るバスはなんともローカルです。
発車時間を過ぎても気にすることなく運転手は世間話を楽しんでいます。
それでいて到着時間は正確で、乗り継ぎも上手くいくという
不思議な田舎時間で運行されています。

このバスは「メロディーバス」と呼ばれ、
ほんわかした音楽を流しながら走行します。
心地好い眠りの世界に引き込まれそうになったり、
古い時代にタイムスリップして行くかのような錯覚に陥ります。

 


栃本関所

峠をこちらからあちらへと「正統的に越える」のは久し振りです。
いつもは摘み食いばかりで、まともに峠を越えていないことが多いのです。

十文字峠を埼玉県大滝村栃本より、長野県川上村梓山まで
歩いて越える念願のロングコースを辿ってみることにしました。

十文字峠は一昔前の山岳紀行文である大島亮吉や田部重治の
文章を読んで是非一度訪れてみたかった峠です。   <*1>
ただ、頭の中に思い描いた美しい情景を壊すことが怖くて、
なかなか訪れる機会がありませんでした。

十文字峠に行くのなら、石楠花の咲く頃にと決めていたので、
梅雨の中休みをついて、はるばる出掛けることにしたのです。
そしてもう一点重要なことは、武州から信州へ越えるということ。
これは嗜好の問題ですが、深い原生林の国から、
明るい落葉松、白樺林の国へと越えてみたかったのです・・・。


斜面にへばりついた栃本集落

栃本は、思っていた通りの美しい集落です。
南斜面にへばりつくように家が建ち、転げ落ちるような畑が
急傾斜地にひらかれています。

埼玉県のどんづまりの村という閉塞感はなく、
山間の割に空は広く、明るくのびやかな平和的な集落です。
これは単に季節的なもの、眩しい陽光のせいばかりではないでしょう。
あの山をひとつ越えれば甲州、あの山を越えれば信州といった
ひと山越せば他国へつながる、外界に一番近い村であるということが
気持ちの上で影響しているのかもしれません。


今も現役の背負子

道端に畑仕事をしている人の背負子が立て掛けてありました。
山村ではまだ現役の道具です。

ヴィトンのバックも、エルメスやプラダのバックも無用の長物です。
オシャレでは生きていけないのです。
一本の大根でも、一本の薪でも多く運べる機能的な背負子の方が
どれだけ重宝することでしょう。


集落の中ほど甲州と信州への
分岐にある廿三夜塔・石灯篭

集落の中ほどに、
「右 志んしう道(信州道) 左 可うしう道(甲州道)」と
と刻まれた天保13年の廿三夜塔や、
「両面大権現」と刻まれた古い石灯篭があります。
ここを右に折れて、畑の中の細道である旧信州往還を進みます。

綺麗な草花を愛でながら、一歩一歩空に近づいていきます。
実に美しい野道です。
集落の中にも、峠に至る道にも、ゴミは一つとして落ちていません。
登山道にありがちな飴の包み紙の類も見当たりません。


「左ハ山道 右ハ信州道」のしるべ石
ここから山道が始まる。

牛蒡平を経て、大正時代の「左ハ山道 右ハ信州道」のしるべ石の
分岐で右に折れて、杉の植林地の山道に入ります。

わずかの登りで、凛々しい山犬像が守る両面神社です。
両面神社は三峰神社の姉妹宮で、三峰講との関係が深いといいます。
十二天とも呼ばれています。

送電鉄塔の脇をすり抜けると、
休憩舎と十二天尾根の標識があり、
山ノ神の石祠が祀られています。

ここで息を整え、
山腹につけられたほぼ平坦な植林帯の中の道を進みます。


両面神社の凛々しい山犬像

林道を横断して、再び山道に入ると、
長い長い十文字峠道が本格的に始まります。

ここからの楽しみは峠道を見守る里程観音様との対面です。
疲れてきたり、単調な道に飽きてくる頃に、
ちょうど観音様が迎えてくれます。

観音様との言葉なき対話を愉しむのがこの峠道の歩き方なのです。

● 里程観音さま ●

『写真集・峠の四季』(新妻喜永著・東京新聞出版局)という本に愉快な十文字峠の紀行が載っています。
長い峠路は、何か気を紛らわすものでも見つけなければ、いいかげん嫌気がさす として
「観音様のお賽銭勘定」をして、峠を歩くという話です。

結果としては、一里観音103円、二里観音35円、三里観音40円、四里観音187円で、

 「一里観音の収入多とするは、栃本から登りて初の観世音菩薩なるが故なり。
 四里観音のもっとも収入多きは、もっとも美人なるがために非ず。
 峠近しとの安堵が、善良なる寄進者をして奮発せしむる為なり。
 二里観音と三里観音の僅少なるは、世に言う中弛みなり。」

と分析して、「賽銭白書」をまとめています。

現在の、賽銭状況はどうなっているのか、私も「賽銭白書」を作るべく、失礼とは思いましたが、
観音様の懐具合を確認することで、長い峠道を歩く楽しみを見出しました。


一里観音全景
笹が道を隠そうとします


一里観音様
昔/103円  
現況/8円

ほとんどコースタイム通りの長い峠路です。
すれ違ったのは、単独の男性一人と一組の中高年グループだけ。

静かな峠道です。 山鳥の歌声以外に音はありません。
あまりに静かなので、熊対策に笛を吹いたり、奇声を発して歩きました。


二里観音全景
白泰避難小屋と中津への分岐あり


二里観音様
昔/35円  
現況/41円

二里観音の避難小屋は丸太組みのしっかりした造りです。
鉄の扉、鉄の窓で内部が暗いのが欠点ですが、薪ストーブがありました。

すぐ近くの「のぞき岩」からの展望は良好で、
雁坂嶺、破風山、甲武信岳、三宝山などを望むことができます。
かつてはここに茶屋があったとか。


三里観音全景
この付近に昔の荷継場があった


三里観音様
昔/40円  
現況/5円

所々、笹が道を覆うところがあります。
一里観音から四里避難小屋まではダニに注意です。
半袖半ズボンで歩いていたら、二匹のヤマトダニに取り付かれました。

三里観音付近は、栃本、梓山のちょうど中間点にあたり、
昔はこの付近に米などの荷物を中継ぎする場所があったそうです。


四里観音全景
ツガ・シラビソの天然林に囲まれる


四里観音様
昔/187円  
現況/10円

一泊した四里観音避難小屋から峠への道は素晴らしいの一言。
ツガ・シラビソの天然林とその林床のシダ・コケが美しい。

標高も上がり、酸素が薄いのか呼吸も乱れますが、
ゆっくりと景観を楽しんで歩くのがお薦めです。


五里観音全景
沢沿いの明るい場所


五里観音様
昔/データなし  
現況/329円

十文字峠を越えて、八丁坂の難所を下ると、
美味しい水場の近くに五里観音が佇んでいます。
ここまでくれば、毛木平までは、ほぼフラットな道です。


五里観音様はお金持ちでした
数えるにも一苦労

『峠の四季』が発行されたのは、昭和49年のこと。
現在の貨幣価値と、どの程度の差があるかは定かではありませんが、
現況のお賽銭の実態は、さびしいものでした。
信心が薄れたのか、それとも単に歩く人が減ったのか?

50円玉、100円玉の賽銭はなく、ほとんどが1円玉と5円玉でした。
『峠の四季』には五里観音の賽銭データはありませんでしたが、
今回の調査では、五里観音様が長者番付のトップとなりました。

「賽銭白書」に記すとしたら、
「五里観音が賽銭多きは、無事に峠越えを終えての感謝の念よりに非ず。
車が毛木平まで入り、日本百名山ブームに便乗した甲武信岳登山者が多き為なり。
登山者、信心ではなく身を軽くするために賽銭する者多くあり。」
ということになるのでしょうか。

* 戦場ヶ原に六里観音様がいらっしゃるはずですが、お目にかかることができませんでした。
* 里程観音は幕末の元治元年(1864)に、栃本関守の大村氏と居倉の上田氏などが中心となって
  旅人の安全の道しるべとして奉納されたものです。

● 四里観音避難小屋泊まり ●


三国峠中津川林道への分岐点
エスケープルートに使えるかも

秩父湖10時20分発のバスで栃本に着き、それから峠を目指すと、
ちょうど四里観音避難小屋が宿泊地になります。
(無論、冬場は日が暮れるのが早いので要注意)

三里観音を過ぎた辺りから、実際疲れてきますので、
ほどよい場所に避難小屋があるといえます。
この長い峠路は、それなりに小さいアップダウンがあったり、
本当に馬が通ったのかと思わせる、ちょっとした悪場や
崩壊個所もあり意外と体力を消耗します。
(一部、地形図の破線と異なる箇所があります)

ここはゆっくりと避難小屋泊で峠越えがお薦めです。


ウッディな四里観音避難小屋

避難小屋の手前に、中津川林道への分岐があります。
道の様子はどうだかわかりませんが、エスケープルートに
使えるかもしれません。
(といっても、林道歩きは延々と長いですが)

避難小屋は丸太作りのログハウス調で、快適そのもの。
独りで夜を過ごす勇気があれば、無料の避難小屋を
使わない手はありません。


トイレも別棟に設置されている

トイレも設置されています。
(白泰避難小屋には無かったと思う)

水場も近く、水量も豊富です。
ただ、足場が悪いので転落しないように。
ちょっと水の色が、緑ぽかったので煮沸して飲用しました。


夜は真っ暗です
雑記帳などを見つつ独りの夜を過ごす

荷物の軽量化を図ったため、マットも無いし、
シュラフも持って来ませんでした。
シュラフカバーだけでは寒くて体がブルブルでした。
白泰避難小屋には、薪ストーブがあったのに
ここ四里避難小屋に無いのは残念です。

夜、枕元にケハイを感じたので、
飛び起きてヘッドランプを照らすと、
一匹のカマドウマがウロウロしていました。

丸めた新聞紙で、叩き殺してしまいました。
ごめんなさい。 朝起きると、死体は消えていました。(?)


朝の光が射しこみます
利用後は掃除をして出立しましょう

夜は真っ暗ですが、窓から満天の星の瞬きが見えます。
往昔の峠越えの様子を思い浮かべて眠りにつきます。

昔の人は、月明かりを頼りに、まだ暗いうちから
峠越えに臨んだことでしょう。
越えねばならない理由があったから。

僕は切実な理由も無く、峠を越える。

● 十文字峠付近 ●


避難小屋からはツガ・シラビソ・モミ
などの心地好い原生林の道を行く

寒さで震えた一夜が明けて、陽が昇ると気温も上昇。
早朝4時には周囲は明るくなってきます。

賞味期限切れのフリーズドライやカップラーメンの
質素な食事を済ませ、6時に小屋を出て待望の十文字峠へ向かう。

四里避難小屋から峠までの間がこのコースで最も美しい所です。
コメツガ・シラベ・トウヒなどの常緑針葉樹を主とする亜高山帯の
天然林が包み込んでくれます。
シダやコケの林床の緑も美しく、
さながらコケの絨毯を歩くかのようです。

深林の匂いが心地好い気分にさせてくれます。
おもいっきり肺に吸い込んで、都会の空気で汚れた
心肺器官をメンテナンスします。


梓白岩〜三国峠への尾根

森閑とした林の中、山鳥の朝の挨拶だけが響きます。
早朝の澄んだ大気の中を歩くことはなんと清々しいことでしょうか。

右手、中津川の渓谷は朝霧に埋まっています。
谷々を埋める乳白色の薄いベールの海から所々顔を出している
あの山はどこだろうか。

GWに歩いた西秩父・西上州の山々も
朝霧の海に浮かぶ島々のように見えます。


十文字峠と十文字小屋
朝食どきで煙突から煙たなびく

四里観音を過ぎて、柳小屋への分岐を見送れば、
念願の十文字峠に到着です。

さて、さて、石楠花は・・・・・咲いていません。(T_T)

とっくに盛期を過ぎて散ってしまったようです。
「乙女の森」という石楠花の大群落まで足を運びましたが、
まったく咲いていません。(T_T)

小屋の近くでやっと咲いていたピンクの花を見つけました。
悲しいかな 結局この一房の花だけでした。
地球温暖化のせいでしょうか? 咲くのが早まっているようです。


やっと見つけた
咲き残っていた一房の石楠花

峠は十文字というけれど、ちょっと変則的な十文字です。
三国峠へ向かう道と、三宝山を経て甲武信岳へ向かう道、
そして、信州梓山への道が交わりあいます。

十文字峠は古代からの道で、信州和田峠付近から秩父地方へ
黒曜石が運ばれた道であります。

甲斐武田による奥秩父金山開発時代には、信州から金山へ
米・味噌などを運び入れる道でもありました。


「乙女の森」の石楠花の大群落
花は終わり、新しい緑が生れていた

江戸時代になると信州と秩父、江戸を結ぶ最短コースとして、
中山道、甲州街道の間道として大いに利用されたようです。

信州からは三峰参詣や秩父札所巡礼の人々が、
武州からは善光寺詣での人々が峠を越える信仰の道でもありました。

交易の面では、信州からは米や酒が運ばれ、
馬市で買われた子馬も博労の手に牽かれて峠を越えました。
また、養蚕の卵紙も信州から運び入れられたそうです。


「カモシカ展望台」から男山・天狗山の
遥かむこうに八ヶ岳を望む

武州側からは煙草、塩、桶の輪竹が運び出されたそうです。
また信州に山林関係の出稼ぎに行く人や、モンペ姿の花嫁も
この峠を越えたといいます。

馬が越えたとか、花嫁が越えたと聞くと、容易な道であると
思われがちですが、十文字峠道は結構ハードな道です。
信州側には、八丁坂という難所もあります。
花嫁の親戚一同が、家財道具を背負って峠を越えたことなど
俄かには信じ難いです。


十文字峠から秩父側の眺め
両神山のギザギザを見る

現在、峠を訪れるのはもっぱら登山者ぐらいです。
それも越えるのではなく、毛木平から石楠花を見に来たり、
甲武信岳へ向かう人々です。

まして峠を、こちらからあちらへと完踏するのは、
よっぽどの峠好きぐらいしかいないのではないでしょうか。

峠から秩父側の眺望はかろうじて望むことができますが、
信州側は深林に隠されています。
信州側を望みたい方は「かもしか展望台」まで足を運ぶことを
お薦めします。 途中にはキレイな水場もあります。


十文字峠から三国峠への分岐

峠から梓山に向けての下りには、八丁坂の難所があります。
難所といっても急傾斜をクネクネと飽きるほど下るだけです。
逆からだったら息があがりそうです。
ここを昔の人は米を運び上げたとは・・・スゴイです。

沢に水の流れが現われ出すと、終焉は近いです。
美味しい水場で喉を潤し、五里観音様に旅の無事を感謝すれば、
もうそこは毛木平です。

● 信州川上村梓山へ ●


毛木平への道は明るくのびやかな道
口笛を吹いて歩きたくなる

下山口から毛木平への道は、落葉松や白樺などの
明るい高原風の道が続きます。
口笛吹いて、両手を大きく振って歩きたくなる気持ち良い道です。

峠を越えて、別の国に来たことを実感できます。
深い森林の国武州から、空高く明るい光の国信州に来たのです。

道の傍らに三峰山大権現の碑と石仏が祀られていました。
「左 江戸道」の文字や「左 三峰」の文字が刻まれています。

すれ違う登山者も増えてきましたが、まだどこか現実からは遊離していて、
昔日の三峰詣での旅人と出会ったり、子馬を連れた博労と
すれ違うのではないかとの幻覚が払拭できません。


三峰山大権現の碑
「右 山道 左 江戸道」とある

満開の石楠花を目にすることは出来ませんでしたが、
味の濃い峠越えを満喫することが出来ました。

やはり村から村へ越える、「こちら」から「あちら」へ越える、
「正統的峠行」は味わい深いものがあり、達成感もありますね。

村人たちの生活に密着した峠には、峠の滋味があり、
踏み固められた峠道には愛着が涌きます。


毛木平駐車場・収容台数60台

公衆便所と休憩舎のある整備された毛木平駐車場で、
現実の世界に立ち戻り、峠行の思い出は心にしまいます。

ここからは梓山バス停まで、強い日差しの中を
高原野菜畑の照り返しに苛まれて、歩かなければなりません。
一面のレタス・キャベツ畑は目に眩しく、
固いアスファルトの道にもウンザリです。


梓山への道
一面のレタス・キャベツ畑

実は以前に、住み込みバイトでレタス・キャベツ畑で
働いたことがあります。

それ以来、レタス・キャベツはあまり口にしないようになりました。
だって、農薬散布がスゴ過ぎて・・・。

かつて戦場ヶ原と呼ばれ放牧がされていた場所は、
今は一面のレタス・キャベツ畑です。
里程観音の最後、六里観音様がいらっしゃるはずなのですが、
対面することは出来ませんでした。


梓山バス停
栃本から峠越えを供にした「白樺の杖」
と別れを告げる

梓山バス停は有名旅館白木屋の前にあります。
ここで栃本から、峠旅を供にしてきた「白樺の杖」とお別れです。

この杖は山道の入口に立て掛けてあったものを利用したものです。
誰かが信州梓山から峠を越えて武州栃本の入山口に
置いていった物かもしれません。
そうだとしたら、この杖は再び峠を越えて梓山に帰ってきたことになります。

あるいは、全然違う地域から峠を越えて栃本にやって来たのを、
僕に拾われて、また見ず知らずの地に連れてこられたのかもしれません。

登山口に何気なく置かれた木の枝の杖は、
僕らより多く峠を行き来しているかもしれませんね。

  誰か良い人に拾われますように。
    さようなら、白樺の杖君。

   
<*1> 『山-随想-』 大島亮吉 中公文庫 「峠/十文字峠」
     『登行者』 大島亮吉 二見書房 「秩父の山村と山路と山小屋と」
     『峠と高原』 田部重治 角川文庫 「秩父の三峠」「十文字峠」

(参考になる文献)

『写真集・峠の四季』 新妻喜永 東京新聞出版局
『山村と峠道』 飯野頼治 エンタプライズ
『秩父往還いまむかし』 飯野頼治 さきたま双書
『秩父の峠』 大久根茂 さきたま出版会
『信州の峠』 市川健夫 第一法規
『信州百峠』 井出孫六・市川健夫 郷土出版社
『日本百名峠』 井出孫六 桐原書店
『岳人556号』 「十文字峠へ里程観音を辿る」 石井光造

* 特に大島亮吉の「峠/十文字峠」の文章は是非一読を。
  幻想的でもありますが、しかし、情景が目に浮かぶ美しい文章です。