瀕死の峠たち

十ニ曲峠・七曲峠・栃淵峠・上川口峠(駒繋石峠・網代坂・山田峰峠・御前石峠)・川口峠・小峰峠・日向峰峠


十二曲峠
木の根元に馬頭観世音が眠る

最近の地形図からは名前は消えたが、
古い地図には「十ニ曲」の名を見ることができる。 
『秋川市史』には「十ニ曲峠」との記述があったので
峠と呼んでOKだろう。 

谷地川沿いの加住町から病院へ続く道を登ったが、
ダンプの往来が激しくややウンザリ気味。
ダンプは峠の核心部に流れていって造成中の気配・・・
やもえず反対側の秋川沿いの高月町から峠道に入る。


峠を登り詰めると化学工場らしき
建物が煙をモクモク出していた

民家脇の小沢沿いに入り、竹林のジグザグを登れば
雑木の中に文化八年の馬頭観世音が佇む。 
もうこの峠道を訪ねて花を手向ける人は
いないのではないかと思うと、どことなく寂しげな観音様だ。

短い峠道を上り詰めると青い空に工場の煙突からのモクモク。
道は途中でヤブに埋もれていた。
遣り切れなくなって高みの御堂にあるという峰の地蔵尊を
確認せずに踵を返した。

峠道は瀕死の状態だった。


七曲峠

八王子の峠や坂についてまとめられた
『峠と路』(馬場喜信著・かたくら書店)の中では
「雨間峠」の名前で紹介されている。
現地の道路標識では「七曲峠」の名が記されていた。

戸吹と切欠・雨間を結ぶこの峠道は、
かつては「切懸通道」と呼ばれていたらしい。

西に広がる墓地霊園から読経が聞こえてきた。
べつに峠道が死んだわけではない。 
峠は八王子から秋川への抜け道らしく行き交う車も多い。


栃淵峠

谷地川の最奥の地を秋川へ越えて行く道が栃淵峠。

トンネル工事の現場事務所を見送って行くと、
峠の入口には住吉神社が鎮まる。
神社と鎮守の杜の雰囲気が実に良く、
トトロが出てきそうだ。

峠は雑木に囲まれた未舗装路の凹道、
秋川流域の街並みが明るい。


フェンスの向こうは塵芥処理施設
悲しき駒繋石峠の道

上川霊園横のトンネル手前の細道を上がれば駒繋石峠。
「網代坂」とも「山田峰越え」とも呼ばれる。
また「上川口峠」や「御前石峠」と記した本も見かける。

上川町関場と五日市網代を結ぶ峠道で、
古くは秩父街道と結ばれていた鎌倉街道の山ノ道であったという。


見過ごしてしまうような駒繋石

戦国武将の畠山重忠が馬を繋いだという
穴の開いた石が残っていた。
峠の歴史を記した案内板は一切無く、
うっかりすると通り過ぎてしまうくらい平凡な道端の石だ。

馬の足跡だという馬蹄型の窪みのある石や
重忠が腰を掛けたという御前石もあるというが、
どれも伝説によるこじつけらしい。

峠道沿いのフェンスの向こう側は塵芥処分場で
峠の情緒には欠ける。
処分場の造成中にステゴドンやボンビフロニス象の
化石が発見されたという。


川口峠

駒繋石峠のさらに西で丘陵を越える峠を川口峠というらしい。
『多摩の低山』(守屋龍男著・けやき出版)の中にその名があった。

病院の前を上がり、ゴミの不法投棄甚だしい峠を越えて、
ゴルフ場の狭間を通過して老人ホーム前に抜けている。

峠の情緒なんぞあったものではない。


旧小峰トンネル

新小峰トンネル開通で封鎖された旧道を辿り、
旧小峰トンネルに至る。
トンネル手前には小峰峠の道路標識がある。

この旧トンネルは通行が無いはずなのにトンネル内に
電気が灯っているのはもったいない。
近くに出来た巨大な変電所の恩恵なのか?

峠道は上川町と五日市留原を結ぶ八王子古道。
山道上の峠を探してトンネル脇を登ると、
一応越えている道があるがかなりしょぼくて、
送電線の巡視路と思われる。


古道の小峰峠道か?

高みに「東京西線74」の鉄塔が建ち、
五日市の街並みや五日市線のアーチ橋が見下ろせる。
大岳山の特徴あるトンガリも遠望できる。

小峰公園に向けて植林帯の尾根を西に進むと、
文政五年の大きな馬頭観世音がある。
ここが古道の小峰峠ではと思わせる代物だ。


金剛滝分岐の日向峰峠道

さらに尾根を西に進み日向峰峠を目指す。
家族連れのハイキング御一行と挨拶を交わし、
軽いアップダウンを繰り返すと、
左手に不気味な新多摩変電所が姿を現す。

変電所側から上がってくる道と合流してすぐの鉄塔脇に
百番観音と刻まれた石柱が立つ。

林間の幅広の道で、泥濘に複数のMTBのブロックパターンの
タイヤ痕が残されている。
山道を自転車で走ると自然へのインパクトが強いのだろうか。


広徳寺への分岐
この辺りが峠だろうか?

どこが峠だかはっきりしないが、
この尾根を総称して日向峰と呼んでいるのかもしれない。

地誌『新篇武蔵風土記稿』には、
「川口村の境にあり登り三町ばかり小和田村と峯界のところなり」
と書かれている。

とりあえず広徳寺への明確な分岐あたりを峠と考えたが、
その先の峯かもしれない。
『五日市の古道と地名』(並木米一著)には、
畳ガ原への下り口は現在より西側にあったとし、
頂上には茶店があったという。

それにしても新多摩変電所はあまりに巨大だ!
脇を通って今熊山分岐への道を歩いたが圧倒された。
でも眺めていると芸術的なオブジェにも見えてくるのが不思議だ。
日頃、山道を歩いていると、目障りな送電鉄塔の
ボルトの一本でも抜いてやろうかと思ったりするが、
帰りの電車が止まっては困るので実行したことはない。 
もちろん電気が無ければ、パソコンも使用できないわけで、
悲しいかな、われわれは電気に依存しきりで生きている。

 「五日市・青梅周辺の丘陵の峠道」の印象を思い浮かべると、
ダンプ爆走、ゴルフ場乱立、墓地霊園、病院・老人ホーム、不法投棄、ゴミ処分場、採石場、
宅地造成、モーテル、怪しげな宗教集団施設・・・・など。
不法投棄を除いた個々のものに特別の悪意はないのだろうが、
どうしてこうも峠道にばかり結集するのだろうか。

排ガスや塵芥にまみれ、不法投棄されたゴミの中に埋まる石仏を発見するとき、
申し訳なく感じるのは私だけだろうか。