瀕死の峠たち
十ニ曲峠・七曲峠・栃淵峠・上川口峠(駒繋石峠・網代坂・山田峰峠・御前石峠)・川口峠・小峰峠・日向峰峠
|
最近の地形図からは名前は消えたが、 古い地図には「十ニ曲」の名を見ることができる。 『秋川市史』には「十ニ曲峠」との記述があったので 峠と呼んでOKだろう。 谷地川沿いの加住町から病院へ続く道を登ったが、 |
|
民家脇の小沢沿いに入り、竹林のジグザグを登れば 雑木の中に文化八年の馬頭観世音が佇む。 もうこの峠道を訪ねて花を手向ける人は いないのではないかと思うと、どことなく寂しげな観音様だ。 短い峠道を上り詰めると青い空に工場の煙突からのモクモク。 峠道は瀕死の状態だった。 |
*
|
八王子の峠や坂についてまとめられた 『峠と路』(馬場喜信著・かたくら書店)の中では 「雨間峠」の名前で紹介されている。 現地の道路標識では「七曲峠」の名が記されていた。 戸吹と切欠・雨間を結ぶこの峠道は、 西に広がる墓地霊園から読経が聞こえてきた。 |
|
谷地川の最奥の地を秋川へ越えて行く道が栃淵峠。 トンネル工事の現場事務所を見送って行くと、 峠は雑木に囲まれた未舗装路の凹道、 |
*
|
上川霊園横のトンネル手前の細道を上がれば駒繋石峠。 「網代坂」とも「山田峰越え」とも呼ばれる。 また「上川口峠」や「御前石峠」と記した本も見かける。 上川町関場と五日市網代を結ぶ峠道で、 |
|
戦国武将の畠山重忠が馬を繋いだという 穴の開いた石が残っていた。 峠の歴史を記した案内板は一切無く、 うっかりすると通り過ぎてしまうくらい平凡な道端の石だ。 馬の足跡だという馬蹄型の窪みのある石や 峠道沿いのフェンスの向こう側は塵芥処分場で |
|
駒繋石峠のさらに西で丘陵を越える峠を川口峠というらしい。 『多摩の低山』(守屋龍男著・けやき出版)の中にその名があった。 病院の前を上がり、ゴミの不法投棄甚だしい峠を越えて、 峠の情緒なんぞあったものではない。 |
*
|
新小峰トンネル開通で封鎖された旧道を辿り、 旧小峰トンネルに至る。 トンネル手前には小峰峠の道路標識がある。 この旧トンネルは通行が無いはずなのにトンネル内に 峠道は上川町と五日市留原を結ぶ八王子古道。 |
|
高みに「東京西線74」の鉄塔が建ち、 五日市の街並みや五日市線のアーチ橋が見下ろせる。 大岳山の特徴あるトンガリも遠望できる。 小峰公園に向けて植林帯の尾根を西に進むと、 |
|
さらに尾根を西に進み日向峰峠を目指す。 家族連れのハイキング御一行と挨拶を交わし、 軽いアップダウンを繰り返すと、 左手に不気味な新多摩変電所が姿を現す。 変電所側から上がってくる道と合流してすぐの鉄塔脇に 林間の幅広の道で、泥濘に複数のMTBのブロックパターンの |
|
どこが峠だかはっきりしないが、 この尾根を総称して日向峰と呼んでいるのかもしれない。 地誌『新篇武蔵風土記稿』には、 とりあえず広徳寺への明確な分岐あたりを峠と考えたが、 それにしても新多摩変電所はあまりに巨大だ! |
* 「五日市・青梅周辺の丘陵の峠道」の印象を思い浮かべると、 排ガスや塵芥にまみれ、不法投棄されたゴミの中に埋まる石仏を発見するとき、 |
|