十三峠


浦賀道(十三峠)の標柱

京浜急行の安針塚駅より、
三浦安針(ウイリアム・アダムス)の墓がある塚山公園を目指す。

横須賀特有の谷戸地形で細く入り組んだ道を汗して進む。
学生時代、住宅地図の調査員のアルバイトをしていたが、
横須賀市は調査員泣かせの地域であったことを思い起こす。
上り下りが多く、行き止まりの道が多いからだ。

どん詰まりの高台の上に家があったりして、
引越の時や火事の時は大変だなと他人事ながら心配してしまう。

1/50000地形図に「十三峠」の名が載っている割には、
左写真の標柱一本あるのみの淋しさである。
住宅地の中に何の輝きもみせずに、ただあるだけの峠だ。
峠は観光にも一役買うと思うのだが・・・
まぁ、それがまたいい味だったりもする。


長浦3丁目公園

江戸時代の三浦半島地誌『三浦古尋録』によれば、
坂を拾って歩くというほど山また山の難所で、
「七里八坂」と呼ばれていて、浦賀道最大の難所であったという。

これを避けるために、榎戸から吉倉へ渡船が通じ、
多くは海路を辿ったという。

海を見下ろす長浦3丁目公園に浦賀道の開拓記念碑があった。
潮風漂う公園からはトラ君と鹿君が、
軍艦の浮かぶ横須賀の港を眺めていた。

● 十三峠の名前の由来 『田浦をあるく』 より

 保土ヶ谷より13番目の峠という説、峠に十三仏を祀った寺か神社があったという説、十三塚の信仰によるという説 がある。