サルギ尾根から大ダワへ / 芥場峠(灰汁場峠)・大ダワ(大沢峠)
| 前々から気になっていたサルギ尾根に行って来ました。 新年一発目の峠はサルギ尾根を登路にして訪れた芥場峠です。 大岳神社で初詣を済ませ、鋸山林道の峠である大ダワから旧峠道らしき道を小留浦へと下降しました。 * |
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| 武蔵五日市駅発、上養沢行きのバス便にはまだ少し待ち時間があるので、 バス代をケチろうと元旦の静まり返った街並みを先のバス停まで歩いてみます。 しかし、街外れまで歩いてもバスの運賃は変動しなかったのでもう二度とこんなことはいたしません。 大岳鍾乳洞入口というバス停で降車。 尾根上は植林地、踏み跡は明瞭。 |
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| サルギ尾根に興味を持ったのは、河田驍ウんの文章で、 「地図記号は露岩記号の密集でイモ虫とワラジ虫がスクラムを組んだような近付きがたい相好を呈している」 とのウマイ表現を目にしてからです。 【*1】 なるほど、確かに昭和初期の古い地形図を見るとワラジ虫のような様相をしています。 植林の尾根を登っては、しばし平坦、また登っては、しばし平坦の繰り返し。 「サルギ」を「猿戯」、「猿木」と書いている文献もありますが猿には遇いませんでした。 高岩山には「下高岩山」の「下」という字が消された手製標識が掛けられていました。 |
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| 高岩山からは急下降です、前方の東屋のある次なる峰がひときわ高く見えます。 せっかく登りつめたのに、こんなに下ってあんなに登るのかと恨めしい気分になりますが、 アセビ主体の自然林の気持ち良い樹相であることがせめてもの救いとなります。 しかし、いざ歩みを進めるとたいした乱高下ではありません。 ライ〇ド〇の株価ほどの急降下はしないし、登り返しにしたって年次昇給ほどの微々たる上昇です。 わずかな登りで鉄筋の東屋が建つ峰に辿り着くことができます。 ここで注意すべきは、逆方向、つまりサルギ尾根を降路として利用する場合です。 時折、御岳神社から宗教音楽(祝詞?)らしき響きが谷を渡ってきます。 |
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| さて、到着した東屋の建つ峰が「大グラミノ頭(大暗見山)」なのでしょうか? 最近の『山と高原地図』では、この峰を「上高岩山(大グラミノ頭)」としていますが、 ひと昔前の同地図にはなんら山名は記載されていないのだから摩訶不思議です。 「上高岩山」という名前はどこからわいてきたのでしょうか? 奥多摩歩きの教科書『奥多摩』(宮内敏雄著)には、「上高岩山」などという名称は出てきません。 東屋から数メートル先の小突起、ロックガーデンへの分岐が、あるいは大グラミノ頭なのでしょうか? 「上高岩山、大暗見山、春岩山などと呼ばれているらしいのだが、先の展望台ピークとここと、 |
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| 地名の迷路から抜け出して辿り着いた芥場峠。 しかし、この峠もなんだか怪しい。 「芥場という小字であるが『多摩郡村誌』に“按に芥の字は堊の字の誤なる可し、近時まで山下にて 「アクバ」とは道の悪い「悪場」のことかと思っていましたが、石灰を焼いていたことによる地名らしい。 「アクバ」とは「石灰(アク)」による地名で一件落着かと思いきや、 「アクバとは石灰(アク)のことで、即ち堊石を焼いて石灰をこの谷で製したことに拠るものであろうとは そういえば『青梅市史・付図』には「灰汁場峠」との表記もあります。 |
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| そもそも、この峠は峠としての機能を有していたのでしょうか? (アクバ谷とナベワリ沢を結ぶ道があったのか?) 『奥多摩』『多摩郡村誌』にも「芥場峠」という“峠”は登場していません。 記載されているのは「芥場峯」であり、イコール「鍋割山」のことを指しています。 現地登山標識にある「芥場峠」の名前も後から誰かが手書きで書き加えたもののようです。 この「芥場峠」もひと昔前の『山と高原地図』では表記が無かったのに、 |
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| 地名の迷路から逃げ出して、足は大岳山に向かいます。 新春を迎えたとはいえ太陽の光線はまだまだ弱々しいもの、葉の落ちた明るく快適な道をグイグイと進みます。 サルギ尾根では誰とも出会うことはありませんでしたが大岳道はやはり正月ハイカーで賑わっています。 大岳山荘の背後、杉の大木や朽ちかけた老木に囲まれて大岳神社は鎮座しています。 『奥多摩』によると、サルギ尾根は養沢集落からの昔の大岳山登拝路であったとありますから、 |
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| 大岳神社の背後からはひと登りで大岳山の山頂です。 ここでのお楽しみはなんといっても小鳥達とのコミュニケーションです。 人馴れした小鳥達がエサをねだりに近寄ってきます。 パンをつまんで手を差し出すと、何の警戒心も無しに手にとまり、エサを啄ばむ可愛い姿が間近で見られます。 「ヤマガラ、コガラにピーナッツを与えないで下さい。ピーナッツは時間経過に伴い極めて有毒なカビを との注意案内があったので与えるエサの種類は注意しなければなりません。 |
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| 大岳山から先、西へと伸びる尾根を進みます。 山頂からの下降は一部で鎖の張られたザレた場所もありますが、 それを過ぎれば進行方向に御前山を望む快適な尾根道となります。 大岳山から先の尾根道には人の姿は無く、短い日を気にしながら大ダワへ向けて静寂の道を進みます。 |
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| 辿り着いた大ダワは檜原村神戸と奥多摩町小留浦を結ぶ峠で、現在は鋸山林道の舗装路が越えています。 いつの間にやら峠には立派な公衆トイレが建設されていました。 「大ダワ994m 日本山岳耐久レース」と書かれた標柱がポツンと建っています。 大ダワの名前の通り、御前山と大岳山とを結ぶ尾根間の大きなタルミで、 檜原村と奥多摩とを行き来するには有効な地形上の弱点となっています。 『峠と高原』(田部重治著)の紀行文では「大沢峠」との名でも登場しています。 |
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| アレレ?避難小屋がありません。 土台の石積み部分だけが残され、建物が消えています。 いつの間にか鋸山(大ダワ)避難小屋は廃止されてしまったようです。 林道に近い避難小屋だっただけに目的外に使用する不埒な輩がいたのかもしれません。 大ダワからは当初、クロノ尾山まで至り、中尾根を下降することを考えていましたが、 |
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| 大沢に沿った道となり、水流も現われる頃、「三菱トランジスタラジオ」と書かれた古いホウロウ看板と、 「←大ダワ 氷川駅→」と書かれた古い登山標識が建っているのを見ます。 今の奥多摩駅の前身、「氷川駅」ですから年代ものの看板に違いありません。 この道が林道開通以前の主要登山道であったことを示す証左となります。 |
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| ホウロウ看板を過ぎると、林道のカーブ部分に飛び出し、固い路面に合流です。 もっと長い距離を土道の旧峠道で歩きたいものですが、林道に出た先の旧峠道の行方は不明であります。 かつての峠道は、この先、大沢の右岸沿いに付けられていたようですが日没が近いので深入りは控えます。 あとはサクサクと林道を歩いて奥多摩駅に直行です。 途中より見下ろす氷川の町はV字谷の底に沈んで見えます。 |
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【*1】 『山と高原 83号』 「サルギ山(高岩)登路その他」 河田 【*2】 『関東百山』 「大岳山」 打田^一 実業之日本社 養沢神社11:00-大岳山14:00-奥多摩駅16:30 (峠行:2007.01.01) |
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