静岡県の峠を調査しようかな(弱気)

    静岡県にはいくつの峠があるのやら。

最終更新日:2008.02.14

まだまだ工事中です、 いつ完成するかも不明です。
見落している峠がたくさんあり、今後も随時追加していきます。

山梨県の峠を調査していたら隣接する静岡県の峠も気になり始めたので調べてみることにしました。
といっても、地理に明るくなく、馴染みも少ない土地なので、かなり見落している峠もあることでしょう。
とりあえず地形図に記されているものや登山ガイドブックに見られる峠名を列記してみました。

県史、市町村史、古文献や紀行文などを調べればもっと多くの峠の存在を知ることができるでしょうし、
実際に現地に赴いて村人と会話を交わすことで未知の峠を知ることもあるでしょう。

静岡の峠に詳しい方から見れば、歯抜け状態の一覧表ですが峠マニアの参考になれば幸いです。

         静岡の峠を調べていたら愛知・岐阜・長野の峠が気になりだしてしまった・・・ヤバイ、ヤバイ・・・

1/50000地形図で静岡県は下記の図幅で構成されています。

                 
     

大河原

鰍 沢        
     

赤石岳

身 延

富士山

山中湖

秦 野

 
   

満 島

井 川

南 部

富士宮

御殿場

小田原

 
 

田 口

佐久間

千 頭

清 水

吉 原

沼 津

熱 海

 
 

三河大野

天 竜

家 山

静 岡

駒 越

修善寺

伊 東

 

豊 橋

浜 松

磐 田

掛 川

住 吉

 

下 田

稲 取

 
   

掛 塚

御前崎

   

神子元島

   

「田口・掛塚・御前崎・住吉・駒越・秦野」図幅には峠は無いものと思われますので割愛しました。
「沼津・熱海・修善寺・伊東・下田・稲取・神子元島」図幅は一括して「伊豆地域」とさせて頂きました。

地形図に名前の記載がある峠は太字になっています。

豊 橋
本坂峠 嵩山〜本坂 愛知静岡県境 旧姫街道の峠 鏡岩がある 橘逸勢最期の地
大知波峠 石巻〜大知波 愛知静岡県境 廃寺遺跡がある 大知波集落から一本杉を経て豊川に行く昔の豊川道
大知波田峠との表記もある。
多米峠 多米〜大知波 愛知静岡県境 多くの米が運ばれたという 東三河と湖西地方の古くからの交通要所
太田峠 手洗〜中尾平 愛知静岡県境 普門寺峠(愛知県)と同一か?
梅田峠 梅田〜中尾平 湖西市 近くに仏岩がある

 

三河大野
宇利峠 宇利〜三ケ日 愛知静岡県境 付近の山塊が瓜の形をして出っ張っていることによるという
瓶割峠 宇利〜三ケ日 愛知静岡県境 水瓶を真ッ二つに割ったような形をした石があるという 
担ぎ上げた水瓶を峠のわずか手前で割ってしまったという話も残る。
「赤引糸の道」が越えていた峠、今は車道が越える。 亀割峠ともいう
陣座峠
(狩宿峠)
黄柳野〜奥山 愛知静岡県境 神座との表記もあり 家康が浜松城(引馬城)を攻めるときに付近に陣を張ったという
引佐と鳳来寺を結ぶ奥山道(半僧坊道)が越えていた。県道新城引佐線が越える。
魚仏峠 吉田〜狩宿 愛知静岡県境 俗称かもしれない
黒松峠 吉田〜狩宿 愛知静岡県境 半僧坊道が越える 標識あり、黒松は枯れてしまった
炭焼田峠 伊平〜吉田 愛知静岡県境 R257号線上 トンネルが抜ける 
的場峠
錬垣峠
新戸〜的場 愛知静岡県境 鳳来寺道が越える
峰峠 寺野〜巣山 愛知静岡県境 秋葉街道が越えていたが、往時を偲ばせる物は無し。道形も不明瞭。
寺野からの登り口に自然石の道標や馬頭観音あり。
恵鏡峠
(越境峠)
大平〜
鳳来町西六田沢
愛知静岡県境 江戸時代ここに庵を結んだ恵鏡という尼僧の名前による。
県境を越えるから「越境」の字もあてる。
座頭転がし、江京峠ともいうらしい。
坂野峠 相川〜坂野 天竜市  
舞木峠 引佐町渋川 鳶ノ巣山 三河より秋葉山へ行く本道として栄えた。 標高660m。
大地野峠 浦川〜大地野 天竜市 大地野トンネルが抜ける
笹んだ峠 川宇連〜西神沢 天日山西 引佐郡渋川村と豊田郡峯神沢村の境。茶屋敷跡あり。弘法井戸の伝説残る。
「笹んだ」とは笹がいっぱい生えていることの意味だという。林道が通う。
ササンボの峠、枯れ山の峠、川宇連峠ともいうらしい。
榜示峠 儀光〜六郎沢 渋川〜熊 秋葉社の一ノ鳥居があった。
中代峠 中代〜懐山 観音山西  
まんぼう峠 西黒田〜東黒田   R257号線上 詳細不明 引佐町の観光パンフに名があり
仏坂の峠ともいうらしい  この地域ではトンネルのことをマンボーというらしい
楠撓峠     『しずおかの峠』の一覧表に名がある
大撓峠 伊平〜川名 いなさ湖西 おおだ峠と読む 県道浜北三ヶ日線の車道が越える
宇津峠 394m三角点 いなさ湖南 ドッケ系か
富士見峠 観音山西鞍部 いさな湖北 『遠州の山と峠』より
マンサク峠
<通称>
観音山西鞍部 いさな湖北 「学術参考保護林」あり。『遠州の山と峠』より
ホウロク峠 観音山西鞍部 いさな湖北 『新ハイキング』より

 

浜 松
中山峠 石巻中山町〜平山 愛知静岡県境 徳川家康が三方原の戦に敗れた後、この峠を越えて三河に戻ったという。
ミカン畑に古道残る。
利木峠 利木〜尾奈 湖西市  
太田峠     詳細不明 もしかしたら「豊橋」図幅内かもしれない
潮見峠 潮見坂 潮見バイパス 静岡県西部地区の観光パンフに名前があった 地場産品販売所あり
潮見坂には袈裟切り地蔵がある
風越峠 三ケ日〜奥山 三ケ日町 「涼しさや 休む風を 富士を見て」の句碑があるとか 半僧坊道が越えた
古道は舗装路に分断されている ▲423の北側は「北風越」という
大谷峠     『しずおかの峠』の一覧表に名がある
引佐峠 三ケ日〜気賀 引佐町 旧姫街道の峠 姫岩がある イナサとは古代語で狭く細長く伸びた地形をいうとか
小引佐峠 引佐峠〜気賀 引佐町 西気賀駅の北 『三河遠州の超低山ハイキング』『東海道と脇街道』より
大里峠 三ケ日〜大谷 三ケ日町 東名高速近く ミカン畑の中かな おおり峠
佐久米峠 佐久米〜寸座 天神山南 都築神社辺りの小高い丘を呼ぶ
寸座峠 佐久米〜寸座 引佐町 坂上田村麻呂が一寸座って休んだとか
二三月峠     『しずおかの峠』の一覧表に名がある
犀ヶ峠     『しずおかの峠』の一覧表に名がある 犀ヶ崖
常寒峠     『しずおかの峠』の一覧表に名がある

 

満 島
大津峠 門谷〜西浦 飯田線大嵐駅東 旧大津峠には大檜の根元に四体の石仏と一基の文字碑が残る。
南伊那谷の人達が秋葉山に詣でるときや、
満島の筏師が天竜川を下った帰りに越えた峠。
水窪の農鍛冶、飯田の紙商人、菓子屋、時又の製糸工場へ行く女工も越えた
小峠 門谷〜西浦 飯田線大嵐駅東 大津峠のすぐ南 『伊那』より
風越峠
(ブナ峠)
徳久保〜瀬戸野 飯田線小和田駅東 ほぼ廃道。瀬戸野に下る道は崩壊しているという。
地元では「ブナ峠」と呼ばれている。
水窪や二俣から信州へ行く商人、水窪へ買物に行く宇連の人達、
富山の薬売りなどが峠を越えたという。
塩沢峠
(ブナ峠)
塩沢〜瀬戸野 飯田線小和田駅東 徳久保の子供達が門谷の分校へ通うために峠を越えた 『伊那』より
大峠
(塩沢峠)
塩沢〜門谷 飯田線小和田駅東 p1021の西端
二体の石地蔵が祀られている 『伊那』より
小峠
(ヒノキボツ)
塩沢〜門谷 飯田線小和田駅東 p859送電線付近 『伊那』より
ヒノキボツ 大嵐〜西山 飯田線大嵐駅東 昔の通学路、桧に囲まれる、コナラ・モミの大木の根元に祠が祀られている
『伊那』より
夏焼峠 大嵐〜夏焼 夏焼トンネル上 十三曲がりの坂を経る 『伊那』より
青崩峠 八重河内〜西浦 長野静岡県境 遠州と信州を結ぶ峠で古代からの物流の道(塩の道)、信仰の道(秋葉道)
信州和田峠の黒曜石も越えた。峠付近は整備されている。
ヒョー越
(兵越峠)
八重河内〜西浦 長野静岡県境 日雇人夫(ヒヨー取)が越えたからとも、武田軍の兵が越えたからともいわれる。
干し椎茸や和紙の原料である楮が峠を越えて信州の和田へ運ばれた。
大豆峠
針間野峠
(地蔵峠)
大嵐〜遠木沢 草木川流域 終戦後、大嵐で乳牛飼育が盛んだった頃、毎日牛乳缶を背負った人が越えた。
四体の地蔵と天明・嘉永の年号の刻まれた秋葉碑、金毘羅碑あり。
1050m付近の平らな植林地内。 大豆はオーマメと読む!
「しばおり地蔵」や石碑もあり、地蔵峠の呼称もある
『庶民列伝』(野本寛一・白水社)に掲載。『草木の民俗』にも掲載。
ヤオツ峠
(矢落峠)
北島〜西浦池島 青崩峠南方 終戦後、大嵐で乳牛飼育が盛んだった頃、
毎日牛乳缶を背負った人が越えた。ヤオチ、ヤオツ、ヤウツとも。
兵越峠が開通する以前、白倉川沿いの人たちが信州へ行くのには
この峠を越え、さらに青崩峠を越えた。
『庶民列伝』(野本寛一・白水社)に掲載。『草木の民俗』にも掲載。
堀越峠
(堀切峠)
西浦桂山〜下草木 青崩峠南方 宮本常一『私の日本地図・天竜川にそって』に名があった
掘切峠とも呼ばれる 馬頭観音がある 『草木の民俗』にも掲載。
草木川沿いの集落の人達が秋葉街道へ出るのに越えた峠。
昭和30年代まで行商人も越えたが、今は草木への道は消滅。
明治期の小さな馬頭観音あり。『遠州の山と峠』
峠  集落名 水窪湖付近 有本、下田から諸久保方面へ行く途中の支脈の途中の峠の位置にある
打越峠 前黒法師山東 深南部 付近はブナ・カエデ・ツガの疎林の美しい原生林、笹が茂る。

 

佐久間
島中峠 佐久間郡浦川
字島中
佐久間郡浦川
字島中
地蔵尊、馬頭尊、春日大明神、金毘羅大権現が祀られている。
(秋葉大権現?)
尾平峠   浦川キャンプ場近く 安政年間浦河公演の舞台の上で亡くなった尾上榮三郎の墓がある
うぐいす峠 上市場〜出馬川 出馬川流域 『静岡県日帰ハイキング』より 歌や句碑がある。
地八峠
(地蔵峠)
(利八峠)
地八〜新開 橿山南方 地八とは人名ではなく、地番を略したものらしい
ヒノキにモミの混ざる林の中の峠。
桜の木の下に首の欠けた文化・天保期の三体の石仏がある。
秋葉道の枝道が佐久間町浦川から峠を越え、
天竜川の西川の渡しまで続いていた。
秋葉山参詣や信州筏衆が越えた。
茶店があった。そこの老夫婦が殺されたが飼っていた猿が
犯人を追いつめて逮捕できたという伝説が残る。(民話:地八峠の猿)
和山間峠
(スズンダ峠)
和山間〜新開 橿山南方 「和」とは湾曲を表すらしい 展望なし
スズンダ峠という別名もあるらしい
明光寺峠
(八丁坂峠)
西渡〜瀬戸 愛宕山南方 天竜川の舟運の物資が西渡からこの峠を越えて水窪に運ばれた。
生活物資を運ぶ塩の道であり、秋葉山をめざす信仰の道でもあった。
「寺峠」とも呼ばれる。
二本杉峠 佐久間〜奥領家 飯田線
峰トンネル北
二本松とする地図もある? かつてはニ本の大杉が聳えていた
遠山土佐守が峠越えの際に休憩して、その時使った一膳の杉の箸を
地面に刺したものが成長したといわれている。
秋葉大権現、金毘羅大権現の神号碑と五体の石仏あり。
北条峠 佐久間〜奥領家 飯田線
峰トンネル北
北条氏の家臣が多く峠を越えたというが、
「ホウジ」と読むので「榜示」の転化と考えたほうが正解か。
鎌倉時代に領家方と地頭方との境を示す杭を立てと所という。
地蔵様にまつわる民話が残る。 辞職峠の別名あり。石碑と石仏あり。
池の平峠 白神〜向市場 亀甲山北 天竜川沿いの集落や下伊那の人達が、水窪との交易や
秋葉詣でのために越えた峠。
今も向市場や今田からは峠に通じていた道が杣道として残る。
峠は杉林に囲まれる、付近は舟窪地形、石仏、道標は無し
数年に一度現われる幻の池が近くにある
山住峠 山住〜門桁 井戸口山北 気田川と水窪川の分水嶺 大山祇命を祀る山住神社がある。
山住神社の参拝路として、また水窪と門桁を結ぶ生活道として拓かれた。
井沢峠 平山〜久保田 竜頭山南方 ハンガレ沢を詰めた所 天竜スーパー林道に交わる
京丸峠 小俣〜京丸 京丸山東南 地形図破線部分か 1021m

 

天 竜
観音ぼつ峠 熊平〜倉野 箒木山南 天竜市熊。高平と柴部落の境。西国三十三観音像が祀られている。
明治の終わり頃まで秋葉山の大鳥居があった。
飯沼峠 吉沢〜平沢 箒木山北 『遠州の山と峠』より
箒木峠 白倉〜熊 箒木山東 箒木山と向山の鞍部。林道が峠で五分する。
オシガツシ峠 熊平〜鴨野 船明ダム湖西 阿寺の北方 人文社の地図に名があり
三舞坂峠 石打〜市ノ瀬 熊〜龍山村 くねくねした坂道が天に舞うようだから? はしご坂を下り市ノ瀬へ。
「左秋葉三尺坊道、右横山道」の道標あり。
イガノ峠 白倉川〜石打 カシ山の西 林道が越えて昔日の面影なし。カシ山に向けて尾根道あり。
杉峠 杉本〜堀谷 天竜二俣西方  
西ガ池峠 久保田〜戸倉 秋葉山の北 久保田から参道はここで下平山からの参道(信州道)に合流する
43町石あり。スーパー林道が走る。
ズウズウ峠 佐久〜小川、上島 光明山西 秋葉道の切通し。昔は茶店があった。 「ズーズー峠」とも表記。
深い杉林の中、宝暦・天保期の二基の石仏がある。
秀珍峠 佐久〜松間 光明山西 360m。光明山から稚児の滝へ下り、小川の中島へ出る山道の途中の峠。
秋葉道の間道。昔、行き倒れがあり墓塔を祀る。現在、林道が開鑿された。
梨ノ木峠
(庚申峠)
大川〜佐久 船明ダム東 標高190m。二基の石仏が祀られている。
寛延の庚申塔があることから庚申峠とも呼ばれている。
曳坂峠
(お手引峠)
(行者峠)
船明〜大川 船明ダム東 南北朝の頃、宗良親王の皇子尹良親王が水窪の奥山金吾正定則に
御手を引かれて登ったという伝説が残る。
また、家康が谷山村の庄屋に手を引いてもらったなどとも伝わる。
茶屋跡と明和期の大峯山行者大菩薩供養と秋葉山の供養塔があり
役行者が祀られているので「行者峠」とも呼ばれている。
大谷峠 大谷〜船明 船明ダム東 昔は石仏あり、切通し状、道幅90センチ。
鳥羽山峠 二俣〜鹿島 国道152 二俣本町駅近く、国道152線トンネル上。『天竜市史』より
日暮峠 犬居〜小奈良安 領家東部 かつての塩の道・秋葉巡礼の道。今は消滅したとか
峯小屋峠 横川〜領家 領家南部 峯小屋トンネルがぬける
ビワ坂峠 横川〜長沢 光明山東 標高230m小さな切通し。秋葉、鳳来寺街道の間道。
昔は三河方面から秋葉道者や筏師などが往来した。馬頭観音あり。
『秋葉街道』(県教育委員会)では、「横山〜西雲名」間としている。
周知峠 不動〜城下 白山西 周知トンネルがぬける
陣屋峠 森〜伏間 遠州森駅北 武田、徳川の家臣としてこの地を支配していた土屋氏の陣屋があったという

 

磐 田
戸綿峠 戸綿〜森 太田川流域 名物芋田楽を出す茶屋があった。
細谷峠 家代〜本郷 太田川流域 茶屋があった。
長坂峠 豊沢〜山崎 東海道線袋井駅東南  

 

大河原
三伏峠 大鹿村〜塩見岳 南アルプス 日本三大峠の一つ 日本で一番標高が高い峠だという
井川越 安倍荒倉岳〜間ノ岳 南アルプス お花畑がキレイだとか
間ノ山峠 大井川東俣〜西俣 南アルプス 『日本南アルプスと甲斐の山旅』(平賀文男著)に名前がある。
転付峠が整備される前は、新沢峠に出てジャカ沢を下り、
東俣から西俣へこの峠を越した。詳細位置不明。

 

赤石岳
牛首峠 畑薙湖〜椹島 南アルプス 椹島ロッジ近く
横窪峠 畑薙湖〜茶臼山 南アルプス 『山と高原地図・塩見・赤石・聖岳』に名前あり 畑薙湖から茶臼山への途上
ヤレヤレ峠 畑薙湖〜茶臼山 南アルプス 『山と高原地図・塩見・赤石・聖岳』に名前あり 畑薙湖から茶臼山への途上

 

井 川
六呂場峠 六呂場山 深南部 南アルプスの奥懐で、蛭もいそうなので行くことはないでしょう。 
中俣沢からアケ河内へと釣師が越えているらしい。
字は違いますが、伊豆にも鹿路場という峠があります。
木地師のロクロと関係があるのだろうか?
鋸峠 逆河内〜寸又川 深南部 合地山と諸沢山の最低鞍部。道の状況不明。ヤマヒルの巣窟だろうか。
尾栗峠 接阻峡温泉西 深南部 大井川鉄道井川線尾盛駅からオモレ沢をつめる

 

千 頭
鋸峠 蕎麦粒山〜鋸山 本川根町 鋸山東の林道上か?1500m付近という
荷小屋峠 小俣京丸〜岩岳山 岩岳山西北鞍部 1091m ニゴヤ峠 「佐久間」図幅内かもしれない
テラスとベンチあり。
岩岳峠 岩岳山北鞍部 岩岳山北鞍部 岩岳山と岩岳神社の分岐を呼ぶらしい
広河原峠(榛原峠) 山犬段〜板取山 板取山西鞍部 ナナカマド、ウラジロモミが目立つ
ウツナシ峠 板取山〜沢口山 板取山東鞍部 尾根広く桧とカラマツの混成林の中
ビンカ峠 川上〜上長尾 枝松山の北 ビンカとはイヌツゲの木 宝珠地蔵、石碑あり
林道が出来て古い道は廃道らしい。
熊野峠     『しずおかの峠』の一覧表にある
久保尾辻 国道362号 枝松山の南 峠という名ではないが峠風?
枝松峠 越木平〜上長尾 枝松山付近 アーネストサトウの明治日本旅行案内に名前あり
ビンカ峠か久保尾辻のことかもしれない。
二本松峠     『しずおかの峠』の一覧表にある
ハナヅラ峠 瀬沢〜下長尾 大井川鉄道下泉駅西 尾根の端(ハナ)を周るという意味だろうか。
すぐ下に旧道あり、地蔵あり
白倉峠 犬間〜天狗石山 天狗石北 送電鉄塔近く 八木集落・白沢温泉への下降分岐点
富士城峠 千頭〜蛇塚 天狗石南 R362号線上の峠路のことか 890m 洗沢峠と同一か
本川根町にとっては重要な物産の搬出路であり、
生活物資の搬入路であった。持ち子が活躍した
洗沢峠 千頭〜蛇塚 天狗石南 R362号線上の峠路 市境峠とも呼ばれるらしい
伝承では地蔵堂があったという
天狗石峠 長島〜洗沢  場所不明 場所不明、標高1300m 駿府からの物資の流入路
梅地街道(静岡街道)の峠 茶摘み娘も越えた
楢尾峠 楢尾〜大間 天狗石山東 二本杉に柴が手向けられる
中畑峠 文沢〜徳山 ・725m付近か 笹間を経て藤枝へ向う道
河内峠 粟原〜壱町河内 無双連山南 『庶民列伝』(野本寛一・白水社)に掲載 
花嫁道具のタンスを担いで越えたという
笹間峠
(花立峠)
(久能尾峠)
日掛〜久能尾 黒俣川流域 クマ笹が繁茂しているとか。ササマはハザマで狭い山道の意とも。
中村、和田への道は間道で、本道は久能尾からの尾根道。
大井川流域の笹間と駿府を結ぶ重要な交易路
杉の大木と二体の地蔵あり 笹間側の道は荒廃しているという
『庶民列伝』(野本寛一・白水社)にも掲載 出征兵士を見送った峠。
明治・大正期の地蔵あり。 清笹峠の開通で廃れる
小峠 笹間峠〜中村 黒俣川流域 中村から笹間峠道の途上にあるらしい
清笹峠(花立峠) 坂野〜舟ヶ久保 黒俣川流域 東海自然歩道の一部となっている 車道が越えてムード無し。
清沢村と笹間村の境 東海道が不通の場合のバイパスとして、
昭和17年陸軍省の指示で軍事道路として整備される。
地元の人々の勤労奉仕で開通した。
相俣峠 三ッ野〜相俣 朝比奈川流域 清沢尋常小学校への通学路であった
八幡への食料物資買い出しの道 618m峰の西の鞍部か?
東の鞍部(小布杉〜相俣)には安永・明治期の銘のある磨耗した
二体の地蔵が並ぶ。杉の老木ありこちらも峠風だという。
富沢峠 富沢〜小布杉 朝比奈川流域 富沢と小布杉を結ぶ車道が大久保山林道と合流する地点。
開通記念碑と地蔵堂あり。 かつて花嫁や郵便配達夫も越えた。
川根地方か藁科川上流域の日向地区あたりに、「小楢安峠」という峠があるらしいが詳細不明。
『波摩都豆羅』(桑原藤泰)より

 

家 山
夕日峠 田河内〜湯島 春埜山東方 湯島からの道は整備されているが、雲見と平松峠からの道は笹藪に埋まる。
夕日峠展望台の道標あり。
石倉峠     『しずおかの峠』の一覧表にある
一本杉峠 葛篭〜倉平 川根町 一本杉に柴を挿して手向けとした
平松峠 大河内〜市尾 大日山金剛院北 太田川流域と大井川中流域の人たちが行き来した峠
カザンタオ峠 黒俣〜家山 八高山鞍部 林道が越える広場 イラスト案内板あり
鵜山峠  抜里〜葛篭 大井川右岸 アーネスト・サトウ著『明治日本旅行案内』に名前がある。
地蔵峠(神尾峠) 神尾〜福用 経塚山東 地蔵峠隧道あり。延命地蔵堂あり
そばの四等三角点名は神尾峠らしい
山百合峠 粟ヶ岳付近 粟ヶ岳付近 『日帰りハイキング』(静岡新聞社)より ハイキングコース内の峠か
山びこ峠 粟ヶ岳付近 粟ヶ岳付近 『日帰りハイキング』(静岡新聞社)より ハイキングコース内の峠か
川口峠 川口〜長島 伊久美川流域 トンネルがある部分か?
櫟峠 桑ノ山〜地名 大井川左岸 天竜索道が越えていた 『島田風土記ふるさと大長・伊久身』より
江松峠 日向〜上河内 笹間下 付近に秋葉道の石仏や笑い仏がある
この峠を通る人を必ず笑わせるという仏様、悲しくてたまらない人も
笑わなくてはならないので、地中に埋められたという。
瀬戸ノ谷峠     『しずおかの峠』の一覧表にある
京柱峠 上河内〜二俣 伊久美川流域 京へ運ばれ立派な建物の柱になる材が越えたという
祭文峠 上河内〜伊久美 伊久美川流域 祭文とは峠で手向けでもしたのだろうか。追剥が出たという。
左衛門峠が転化したものという説もある
下大日峠 祭文峠〜小川 伊久美川流域 上大日と呼ばれる地もある 自然石に柴を手向ける
阿主南寺峠 一色〜阿主南寺 身成川流域 石に柴を挿す風習あり
犬間峠 犬間〜久奈平 伊久美川流域 △588.2の三等三角点の点名が犬間峠 地形図には越える道あり
桧峠 伊久美〜滝沢 菩提山南 伊久美川と瀬戸川の分水界 地蔵堂が建つ
寛仁元年の大津波で流されてきた地蔵という
峠の通過儀礼である柴挿しの習俗が残る。
滝ノ谷峠 大久保〜滝谷 菩提山東 林道が越えている
旧滝ノ谷峠 大久保〜滝谷 菩提山東 廃道化が進む ヤブあり 北側大久保への道は死滅したらしい 
地蔵堂あり 行商や郵便夫が越えた 
出征兵士の越えた峠『藤枝市史・別編民俗』
蔵田峠 蔵田〜石上 高根山付近か 「千頭」図幅内かもしれない680m。付近に「鼻先の大杉」がある。
藤枝からやって来た米の行商人も越えた
集落名 瀬戸川流域 さらに北に、宇嶺(うとうげ)という滝がある
びく石峠 新舟〜市之瀬 瀬戸川流域 茶摘みに用いた「ビク」の形をした岩があるという
蔵田、市之瀬で栽培されたミツマタを朝比奈へ運んだ道
学徒が越えた峠『藤枝市史・別編民俗』
五道辻 青羽根、市之瀬、舟久保の間 安倍郡の人々が遠州春埜山参拝へ通った信仰の道
笹川峠 上大沢〜笹川 びく石南 松の巨木、文政時代の地蔵あり 標高300m
上大沢の村人が神送りの行事をした峠 『藤枝事典』
花嫁の越えた峠『藤枝市史・別編民俗』
トブチ峠 市場〜藤太夫島 瀬戸川流域 藤枝大手から市之瀬、蔵田への道
乙女坂 葉梨奥沢〜中里 瀬戸川流域 藤枝大手から市之瀬、蔵田への道
高尾峠 大津〜谷稲葉 東光寺付近 今川の道 「見返しの松」があった
身成峠 川根電力索道が越えていた、詳しい場所不明。『千頭の民俗』より

 

掛 川
陣馬(場)峠
(青田嶺)
上張〜板沢 掛川駅南方 旧青田トンネルの上。今は道が消滅しているという、かつての塩の道。
掛川城攻撃の時家康の陣場が設けられたという。
腹摺峠 曽我〜菩提 小笠山山中 昔の横須賀掛川往還 昭和30年頃まで茶店があった
塩、塩魚が峠を越えた 『掛川誌稿』に「狭隘ナル故ニ腹摺ト呼ブ」
植林に囲まれたうす暗い峠で、茶屋跡の標識と石仏が一体ある。
佐夜の中山
(日坂峠)
(中山峠)
佐夜鹿〜日坂   「サヤ」とは狭い谷に挟まれた細い堤のような道であるからとの説、
「サヤ」は「塞(サイ)」のことで悪霊を遮る意味であるとの説がある。
夜泣石という石がある。
墓ノ峠 松島〜大松 火剣山付近 卵形の墓が二基ある 『新ハイキング615号』
大松峠 大松〜松島 火剣山付近 島田市と菊川市の境 『新ハイキング615号』
金谷峠 金谷〜菊川 牧の原  
峠原 集落名 相良牧之原IC付近  
地蔵峠 大ヶ谷〜三亀ヶ谷 榛原町  

 

鰍 沢
奈良田越 大井川東俣〜奈良田 南アルプス静岡山梨県境 尾根上に林道あり。「深沢峠」、「オリットの峠」の別名があるらしい。
新沢峠 大井川東俣〜湯島 南アルプス静岡山梨県境 尾根上に林道あり。「甲信新道」が越えていたという。

 

身 延
伝付峠(転付峠) 二軒小屋〜田代 南アルプス静岡山梨県境 尾根上に林道あり。石祠あり。
所の沢越(西沢峠) 中ノ宿沢〜 南アルプス静岡山梨県境 『甲斐国志』の稲股越。甲州側は廃道化している。

 

南 部
▲水無峠山 山伏西北 南アルプス
静岡山梨県境
ドッケ系か
大笹峠(山伏峠) 井川〜雨畑 南アルプス
静岡山梨県境
林道井川雨畑線が抜ける
百畳峠 笹山〜山伏 山伏南 山伏登山口としての駐車場となっている
蓬峠 大谷川〜山伏 山伏東 山伏登山者に歩かれている。休憩ベンチあり
牛首峠 井川〜新田 笹山北 峠脇には林道あり。峠道は崩壊が進み通行困難。
三尺峠と同一かもしれない
コンヤ沢乗越   △1463峰東 牛首峠から西日影沢に降りる途中にある
三尺峠 井川〜牛首峠 笹山西 牛首峠から井川に下る途上にある峠らしい
牛首峠と同一かもしれない
井川峠
(ブットウ峠)
井川〜孫佐島 笹山南 広葉樹の中の峠 井川への塩の道でもあった
地元の人は単にブンドウと呼ぶ。
一服峠 井川峠〜孫佐島・大代 笹山東 一服したくなる急登の途中
ニ王峠 奥仙俣〜入島 二王山南 複雑な地形の中にあるらしい
大日峠 井川〜口坂本 勘行峰西南 大日堂跡 お茶壷屋敷跡がある
富士見峠 井川〜大沢 勘行峰西南 立派な車道が抜ける 南アの好展望地
かしじろ峠 井川〜坂本 勘行峰西南 いまひとつ場所がわからない
『安倍川と安倍街道』という本に名がある。
三星峠 〜中平 真富士山北 地形図の破線は崩壊しているという ヤブあり
周辺地形複雑 峠道は通行不能で完全な廃道という
安倍峠 梅ヶ島〜大城 静岡山梨県境 甲駿を結ぶ歴史の道 
安倍金山最盛期には多くの人が越えた
刈安峠(成島峠) 草木〜成島 静岡山梨県境 峠へ至る東西どちらの道も荒廃激しいという
東西どちらの峠道も怪しい状態 東峰の道は通行禁止
草木峠 草木〜成島峠    
十枚峠 中の段〜成島 静岡山梨県境 丈の低い笹に覆われるも南アルプス主脈の眺めが広がる
地蔵峠(安倍峠) 有東木〜月夜の段 静岡山梨県境 力自慢の徳兵衛さんが上げたと伝えられている地蔵がある
展望ないが、雰囲気あり。月夜ノ段へは笹と崩壊が激しい
正木峠
(真先峠・藤代乗越)
有東木〜地蔵峠 地蔵峠道途上 地蔵峠への登路となっている マサキは真崎とも表記される
何の変哲もない植林内の五又路 地蔵峠への道あり
水口峠 有東木〜徳間 静岡山梨県境 細島峠と同一という説も
細島峠(安倍峠) 有東木〜徳間 静岡山梨県境 水口峠と同一という説も
小さな峠で展望なし 甲州側は笹深い
田代峠 大平〜徳間 静岡山梨県境 東海自然歩道が越える 案内板、ベンチ、テーブルあり。
明治の石仏あり。青笹へはスズタケの切り開け道の急登。
深田尾峠 大平〜徳間 静岡山梨県境 ヤブに埋まった模様 1055峰の北 送電線付近
現地に標識あり。大平への道が下る。 
徳間峠 大平〜徳間 静岡山梨県境 小さなかわいい撓み 文久3年の地蔵仏あり
峠道はやや荒れ気味
湯沢峠 湯沢〜徳間
or
湯沢〜出羽
高ドッキョー南 樽峠の西付近の甲駿国境稜線上との説もあるが、
高ドッキョウから南にのびる尾根上・614で出羽と湯沢を
結ぶ破線道の峠で石仏がある。
であるからして、正確にはは「清水」図幅内
樽峠 樽〜石合 静岡山梨県境 駿河侵攻に武田信玄も越えた 小さな石仏あり
ゆったりした鞍部 送り狼の言い伝えが残る
小峠 樽〜樽峠 樽集落 樽峠に至る途上にある ヒュッテ樽のある小尾根を越える
静岡県が調査した『田代・小河内の民俗』という本に「小峠」という峠名を見ることができる。
「小峠」は「百畳峠」のことだろうか? 

 

清 水
笠張峠 井川〜大沢 勘行峰西南 昔は茶屋があったという
権七峠 大沢〜栗駒 参謀本部山東 杉、ヒノキの中の何の変哲も無い鞍部 地蔵や祠も何も無い
大篠峠 郷土〜中沢 中河内川流域 近くを送電線が越える。大段山と大篠山の鞍部。
一本杉峠 諸子沢〜横沢 天狗山北 江戸期の道しるべがあるらしい 林の中で薄暗く狭い鞍部 
大きな杉の老木の根本に地蔵あり 峠の情緒はあるという
樫ノ木峠 日向〜内匠 天狗山南 内匠の村人が奉納した文政6年(1823)の銘がある石仏が待っている
ヤブ深いが、昔は東海道の裏街道としてそれなりの往来があったという。
釜石峠 栃沢〜谷沢 突先山北 歯痛鎮めの地蔵がある 釜の形そっくりの石があるらしい
ひじうち峠
(肘打嶺)
坂本〜坂ノ上 藁科川流域 大川街道の峠 41の曲がりのある坂道 延宝二年の二体の地蔵がある
左右の肘を両側の岩石に打ちあてる程に狭く険しい道
藁科街道の旅人の休息場だった
昔、栃沢の米沢氏の老女が摺墨を引き出し、鎌倉よりの上使に渡した所
久志気峠 鍵穴付近 藁科川流域 寺島にある 千代姫伝説が残る くしげ峠
乙女峠     『しずおかの峠』の一覧表にある
打越峠 落合〜相沢 大棚山東 林道上に「新打越峠」ができたらしい
押越峠とも
細木峠 桂山〜津渡野 大棚山東 井川往還の越えた峠 情緒あり 大杉の根元に地蔵仏あり
小田ノ坂     『しずおかの峠』の一覧表にある
水見色峠 水見色〜谷沢 高山西 水見色越し、久のん沢道ともいう 東海自然歩道が越えている
変則十字路で高山は牛ヶ峰とも呼ばれる
水見色からは坂本へ三椏・楮を運んだ道、(水見色越)や
新間へ越える道もあったらしい(新間越)
内牧越え 新間〜内牧 安倍城址付近 ヤブがひどいらしい
油山峠
(湯ノ島峠)
湯ノ島〜相沢 東海自然歩道 地図には東海自然歩道とは別にその南に、513m峰北を破線が
越えているが、こちらの可能性もある。
真富士峠 平野〜宝ノ窪 真富士山北 真富士山と第二真富士山の鞍部
瘠せた小さな鞍部で展望無し 平野への道あり
引落峠 横山〜俵峰 竜爪山北 ジグザグの暗い桧林の急登をのぼり辿り着く。
かつてこの付近で合戦があり、
地元の軍勢が敵軍をここまで引きつけて追い落としたという
篠坂峠     『しずおかの峠』の一覧表にある
駒引峠 俵峰〜西里 竜爪山北 俵峰集落への破線路は不明瞭らしい 安政期の石仏あり
富士見峠 郷島〜穂積神社 竜爪山北 富士は望めないらしい
柏尾峠 森谷沢〜則沢 文殊岳南 農道に破壊された 天保の地蔵と顕彰碑、立派な峠名碑がある
昔は「嫁入り峠」とも呼ばれた
桜峠 山脇〜羽高 桜峠トンネル 鯨ヶ池上部の若山と賎機山稜との最低鞍部。地蔵あり
柏尾峠 長尾〜柏尾、梅ヶ谷 高山南 龍爪街道の峠 『古街道を行く』より
天王峠
駒繋峠
伊佐布〜平山 高山南 駒繋と呼ばれる鞍部 茶畑の中 杉の老木あり 標識無し
伊佐布側、平山側ともに道不明という。
「駒繋峠」の名は『しずおかの峠』『古街道を行く』にある
龍爪街道の峠
上坂峠 南沼上付近 上坂トンネル上 北沼上と南沼上との境 『古街道を行く』より 龍爪街道の峠
中坂峠 南沼上付近   道祖神、庚申塔、地蔵あり 『古街道を行く』より 龍爪街道の峠
奥ノ谷峠 南沼上付近   庚申塔、秩父順拝供養塔、道しるべあり 『古街道を行く』より
湯沢峠 湯沢〜出羽 高ドッキョウ南 樽峠の西付近の甲駿国境稜線上との説もあるが、
高ドッキョウから南にのびる尾根上・614で出羽と湯沢を
結ぶ破線道の峠で石仏がある。
中沢峠
(中河内峠)
神沢原〜中沢 静岡山梨県境 杉の大木の根元にニ体の地蔵尊が佇む。「中河内峠」の標示あり。
どうやら甲州側では中河内峠と呼ぶようだ。林道が近くまで忍び寄る
宍原峠 神沢原〜宍原 中沢峠南方 明治33年の地蔵が祀られている 植林の中で展望なし 
林道が侵食する 神沢原への道あり 東側は通行不能らしい
桂峠     『しずおかの峠』の一覧表にある
元沢峠 板井沢〜河内 興津川流域 付近には信玄が休憩した御前岩とか花咲岩、勝負島などの名称が残る
桧峠     『しずおかの峠』の一覧表にある
大網峠     『しずおかの峠』の一覧表にある
倉骨峠   倉骨山付近 宍原峠と同一の可能性も 『吉原』図幅内の可能性もある。
駿州小島五カ郷街道図より(小島地区まちづくり作成)
石神峠 中一色〜桑又 ・531北鞍部 自然歩道が通る。茶畑農道近く。二体の石仏あり
駿州小島五カ郷街道図より

 

静 岡
市人峠 岡部町羽佐間 朝比奈川流域 駿府方面から西方の市場へ向う商人が越えた
袖とり地蔵(袖ひき地蔵)を祀る
ウスヒ坂 中ノ合〜高田 藤枝北方  
富厚里峠
(山中峠)
山中〜富厚里 ダイラボウ北 林道が通じている かつては中藁科中学通学の道でもあった
小布杉、玉取の人々が静岡へ出る時に越えた峠
地蔵が見守る峠 安産や胃の痛みに効験があるという
昔は航海の安全と大漁の願を掛けに焼津の方からもお参りに来たという
弓折峠 玉取〜西又 ダイラボウ南 桧林の中を登る 樹林の中で展望なし ダイラボウへは20分程度
西又峠
(小瀬戸峠)
西又〜小瀬戸 ダイラボウ南 峠地蔵に丸石が供えられているという
車道が抜け、切り通し状になっている。峠の情緒は無し。
野田沢峠
飯間峠
野田沢〜飯間 ダイラボウ南 「飯間峠」との呼称もあるようだ 六地蔵が祀られている
峠の環境は第2東名高速の建設で破壊されつつある
谷川峠 谷川〜飯間 宇津ノ谷北 412m峰の西の鞍部
歓昌院坂(峠) 泉ヶ谷〜牧ヶ谷 丸子藁科
トンネル付近
東海道の間道 駿河観音霊場歓昌院から耕雲寺の巡礼道
手児ノ呼坂 手越〜丸子 丸子藁科
トンネル付近
教育委員会の説明板のある小さな峠
ぬすっと坂ともいうらしい
宇津ノ谷峠 岡部〜宇津ノ谷 国道1号上 国道一号線トンネル上 ウツは地形語のウトウと同義らしい
蔦の細道 岡部〜宇津ノ谷 国道1号上 平安時代までの峠道 鼻取地蔵がある
見立峠     『しずおかの峠』の一覧表にある
富士見峠 高草山北 高草山北西 茶畑の中の小さな鞍部。満観峰の奥に富士が見える
鞍掛峠 廻沢〜花沢 日本坂西 434峰と高草山の鞍部 廻沢からの車道が越える
日本坂 花沢〜小坂 満観峰南 日本武尊東征の道
風口峠     『しずおかの峠』の一覧表にある
千代山峠 千代〜羽鳥 千代山 安倍川と藁科川の分岐に位置する

 

富士山
割石峠 本栖〜根原 静岡山梨県境 国道がはしる 東海自然歩道根原入口
端足峠 本栖湖畔〜根原 静岡山梨県境 竜ヶ岳と雨ヶ岳の稜線上の鞍部  塩の道
地蔵峠(金山峠) 下部〜麓 静岡山梨県境 二ヶ所ある 地蔵(双体道祖神)あり
猪之頭峠(下部峠) 下部〜猪之頭 静岡山梨県境 林道がはしり トンネルが穿たれている
湧水峠 上佐野〜猪之頭 静岡山梨県境 112号送電鉄塔北側 富士見峠と同一という説も
富士見峠 上佐野〜猪之頭 静岡山梨県境 112号送電鉄塔南側 湧水峠と同一という説も

 

富士宮
西沢峠(官岱峠) 下野〜落合 静岡山梨県境 稲子側ではカンタ峠と呼ぶ カンタとは金田が訛ったもので金抗のことらしい
石神峠 柿元〜上稲子 静岡山梨県境 日蓮も越えたという身延道 バクシュと呼ばれる博打場があった。
林道が開通し、もろに峠は被害を受けた。題目塔・石仏が残る。
葛屋(谷)峠 十島〜下稲子 静岡山梨県境 車道が越える  町誌には葛谷峠とあるが同一だろうか?
採石場に囲まれるも、白鳥山の眺望は良い。
大助峠 入山〜上井出 天子山塊南 上稲子の奥であるオキイリヤマから白糸の滝方面である半野、上井出を繋ぐ
布沢峠 落合〜柚野 天子山塊南 入山、落合から柚野に越える道
桜峠 上稲子〜上柚野 芝川町 身延山への信仰の道 オクリガミ(送り神)に後をつけられる峠。
峠は切通しになり舗装路が越える。馬頭観音や題目塔が建つ。
大間峠 下稲子〜下柚野 芝川町 下稲子、池之谷から柚野を結ぶ
袖野峠 大鹿窪〜大中里 西富士宮 身延山への信仰の道 今、ゴルフ場への道
石の道しるべと、「峠」という名の富士急のバス停がある。
石神峠 塩出〜野下 白鳥山の南  
宮峠 松野〜内房 瀬戸島南 身延道 遺構なし スギ・ヒノキの植林地の中
台山峠 大北町北松野 リバー富士
ゴルフ場の東
身延道 妙松寺西横から十万部を経て台山の峠に至る
五輪塔や供養塔がある 峠の一本松はゴルフ場に消されたとか
馬坂峠 木島〜南松野 富士川右岸 身延道 交通の難所であったが、明治38年新道開削
常夜燈、馬頭観音、題目供養塔が残る

 

吉 原
椿峠 桑又〜宍原 桑又川源流 宍原峠からの尾根上、490m峰の東鞍部。一本の椿がある
619m峰へ至る展望のない鞍部で年代不詳の石仏があり、小道が乗っ越す。
富士見峠 平山〜逢坂 浜石岳北方 道の駅がある? いや無かった・・・
関ヶ谷峠ともいうらしい
関屋峠 逢坂〜上倉 富士見峠南 茶畑の中の切通し 馬頭観音がある 第二東名工事で周辺は一変した
立田峠 立花〜西山寺 浜石岳南方 薩タ峠の古道と推定されている 椀貸し伝説が残る
小島峠 小島〜今宿 浜石岳南方 上の立田峠と同一か?
薩タ峠 興津〜由比 薩タ山南 古来東西交通の隘路 上道、中道、下道など変遷もあり
青木峠 桜野〜瓜島 久保山西 塩の道
大代峠 由比〜清水 久保山東 切り通しから富士が見えるとか

 

山中湖
籠坂峠 山中湖〜須走 静岡山梨県境 天神峠とも 国道が走り抜けて交通量も多い
ヅナ坂峠 三国山西 静岡山梨県境 信玄侵攻の道 ズナ坂とも表記される ブナ坂は誤り
大御神峠ともいう
明神峠 駿河小山〜世附 静岡神奈川県境 山中湖小山線が走り抜ける。駿河方面のパノラマは見事
樫の木峠 駿河小山〜世附 静岡神奈川県境 ゼンリンの住宅地図に名が見られる
『昭和43年小山町勢要覧』にも名前あり。
峰坂峠
(広河原峠・水の木峠)
駿河小山〜世附 静岡神奈川県境 かつては山師、猟師、釣師、炭焼人、行商人が越えた
峠道は一部で崩壊している
悪沢峠(柳島峠) 駿河小山〜世附 静岡神奈川県境 杉植林帯の中
世附峠 駿河小山〜世附 静岡神奈川県境 峠の雰囲気あり

 

御殿場
十里木峠 勢子辻〜十里木 愛鷹山北 『峠と人生』(直良信夫著)の中に出てくる
富士見峠 越前岳〜黒岳 愛鷹連峰 富士山が間近に展開する
割石峠 須津川〜大沢 愛鷹連峰 崩壊激しい岩場の峠
一服峠 位牌岳〜愛鷹山 愛鷹連峰 一服したくなる峠なのだろうか?名前に惹かれる
乙女峠 御殿場〜仙石原 箱根外輪山 富士の眺め雄大 乙女の伝説が残るが御留説もあり
長尾峠 駒門〜仙石原 箱根外輪山 笹の中の峠 道標が寂しい
湖尻峠(深良峠) 岩波〜元箱根 箱根外輪山 芦ノ湖スカイラインが走り抜ける。笹カヤトが美しい
三国峠 岩波〜三国山 三国山西 芦ノ湖スカイラインが走り抜ける。富士の眺望良好
杓子峠     芦ノ湖スカイラインが走り抜ける。富士の眺望良好
山伏峠   箱根外輪山 修験者が修行したという ドッケ系か

 

小田原
足柄峠 足柄〜矢倉沢 静岡神奈川県境 一里塚、関所跡が残る 古代の官道 蛤峠、地蔵峠の異名あり
坂田峠 林道金時線 金時山北方 林道上の峠
箱根峠 三島〜箱根 静岡神奈川県境 あまりに有名な峠 交通量も多い

 

伊豆地域 「峠を歩く」の<地域特集2>からの転用
沼津・修善寺・下田・熱海・伊東・稲取・神子元島
水呑峠(水飲峠) 三島元山中付近 箱根古道 詳細位置不明 古戦場でもある 『箱根町誌』 大崩峠は神奈川県か
八重坂峠 八重〜外原 沼津アルプス 車道が走る
横山峠 木の宮〜横山 沼津アルプス 雰囲気のいい小さな切通し状の峠 古い石の標あり
志下坂峠 志下〜大井 沼津アルプス 海に近い潮風薫る峠 水仙に囲まれた石祠が佇む
馬込峠 馬込〜御前帰 沼津アルプス 近くに猪のヌタ場があるようだ
志下峠 馬込〜御前帰 沼津アルプス 別名ボタモチ峠 ボタモチに似た岩や中将岩がある
多比峠 多比〜大平 沼津アルプス ちょっと暗い峠 ウバメカシの樹林が近い
多比口峠 多比〜大平 沼津アルプス 照葉樹林と植林帯の混じる峠 海辺の街に誘われる
山口峠 江間〜山口 奥沼津アルプス 梯子のある大岩付近 山口への道は植林帯の道
金山峠 江間〜山口 奥沼津アルプス 現地で標識を見た
三津の峠 大仁〜三津 伊豆長岡 『庶民列伝』(野本寛一・白水社)に掲載
益山峠 内浦〜山田 発端丈山 峠近くに真言宗の古刹益山寺がある
城山峠 大仁〜城山 城山 一本松峠とも呼ばれていたらしい 石仏あり
真城峠 井田〜古宇口 西伊豆稜線 サナギと読む 猿啼の転化らしい
神戸越     『しずおかの峠』の一覧表にある
一本松のある峠     『しずおかの峠』の一覧表にある
戸田峠(霧香峠) 戸田〜修善寺 西伊豆稜線 なみだ石あり 霧香峠は村人からの愛称
ゴゼ峠     『しずおかの峠』の一覧表にある
舟山峠 戸田〜舟山 西伊豆 西伊豆歩道の一部
小峠 土肥入谷〜柿木 西伊豆 『伊豆土肥史考』に名がある
船原峠(土肥峠) 土肥〜船原 西伊豆稜線 源頼朝の運試し石、休憩舎、山稜コース案内板あり R136号線上
吉奈峠 新田〜棚場 西伊豆稜線 古い道しるべあり
南無妙峠 新田〜青菜渕 西伊豆稜線 南無妙法蓮華経と刻まれた石碑と休憩舎あり 持越峠ともいわれた
悲しい話が残る峠
土肥峠 新田〜持越 西伊豆稜線  
狩鹿野峠 土肥〜持越 西伊豆稜線 宇久須峠と呼ばれた
宇久須峠 土肥〜持越 西伊豆稜線 ミソウ台の西と日影山付近と二ヶ所ある? 休憩舎、石仏あり
大洞峠 小下田〜宇久須 西伊豆 明治時代の輯製1/20万図では「大原峠」 
峠に至る坂を松ヶ坂という。往時峠には山賊がいたという
風早峠(風速峠) 宇久須〜持越 西伊豆稜線 吹きぬける風がとても速いことから名が付いたという
仁科峠 宇久須〜持越 西伊豆稜線 ナベ石あり 西那賀が訛って仁科になったという
山伏峠 小下田〜宇久須 西伊豆 日地出版の地図に名があったような
『伊豆土肥史考』によると小下田小峯の南、賀茂村宇久須との境
山伏同士が戦ったところで、R136工事の際に朽ちた刀が見つかった
持越峠(後藤峠) 宇久須〜持越 西伊豆稜線 展望所あり
猫越峠 大沢里〜猫越 西伊豆稜線 明治時代の輯製1/20万図では「根子峠」 
つげ峠 大沢里〜猫越 西伊豆稜線 マメザクラ・ブナの中にベンチと大きなツゲ
滑沢峠 梨本〜湯ヶ島 西伊豆稜線 ベンチ一つの静かな峠
二本杉峠(旧天城峠) 梨本〜湯ヶ島 天城山地 二本の杉と休憩舎 江戸時代の天城街道 吉田松陰、ハリスも越えた
古峠 梨本〜湯ヶ島 天城山地 天城山中で一番古い峠という 平安・鎌倉時代の旧天城峠 
頼朝も文覚もこの峠を越えた
天城峠 梨本〜湯ヶ島 天城山地 伊豆の踊子であまりに有名 旧トンネルは重要文化財に指定
湯河原峠 函南〜奥湯河原 東伊豆稜線 湯河原パークウェイとの合流点か
十国峠 日金山 東伊豆稜線 ドッケ系か 古代山岳信仰の霊地
七尾峠 七尾〜泉 岩戸山東 企業保養施設の中、幅広の道で峠の雰囲気は無い
泉越峠 七尾〜泉 岩戸山東 送電線がクロスする、峠の雰囲気に欠ける
礼拝(堂)峠 鳴沢〜稲村 伊豆山 『伊豆東浦路の下田街道』より
あせび峠 姫の沢公園 日金山南面 姫の沢公園内にある峠。『しずおかの峠』の一覧表にもある
馬の背峠 姫の沢公園 日金山南面 姫の沢公園内にある峠。『しずおかの峠』の一覧表にある
かえで峠 姫の沢公園 日金山南面 姫の沢公園内にある峠。『しずおかの峠』の一覧表にある
桜峠 姫の沢公園 日金山南面 姫の沢公園内にある峠。『しずおかの峠』の一覧表にある
リンボウ峠 姫の沢公園 日金山南面 姫の沢公園内にあるアスレチック遊具の名前。峠ではない
熱海峠 軽井沢〜熱海 東伊豆稜線 海のまちと内陸の里を結ぶ重要な暮しの道
軽井沢峠 軽井沢〜熱海 東伊豆稜線 伊豆スカイラインに分断されている
丹那峠 丹那〜来宮 東伊豆稜線 伊豆スカイラインに分断されている
七曲峠 大沢池〜和田山 東伊豆稜線 『熱海』(熱海市役所・創芸社・昭和28年)
佐治山峠 和田山 和田山 『熱海』(熱海市役所・創芸社・昭和28年)
一杯水峠 上多賀〜和田 不動トンネル 『伊豆東浦路の下田街道』より
池ノ山峠 奈古谷〜来宮 東伊豆稜線 丹那と浮橋を結ぶ 『丹那地域風土記』に564mとある。
滝地山峠     『丹那地域風土記』に621.2mとある。
韮山峠 韮山〜多賀 東伊豆稜線  
上多賀峠 韮山〜多賀 東伊豆稜線  
山伏峠 原〜多賀 東伊豆稜線  
▲小峠山 605.2m 東伊豆稜線 ドッケ系か
名振峠 原〜多賀 東伊豆稜線  
板橋峠   東伊豆稜線  
中野峠      
笠松峠(網代峠) 網代〜宇佐美 東伊豆 「網代峠」「宇佐美峠」ともいう
八幡野〜先原 東伊豆  
和田峠     『しずおかの峠』の一覧表にある
亀石峠 田原野〜宇佐美 東伊豆稜線 亀石の伝説が残る
阿原田峠 田原野〜宇佐美 東伊豆稜線 『伊東の地名』によると「丸山越」ともいうらしい
生仏峠 長者ヶ原〜峰 東伊豆稜線 源平争乱の落武者が生き埋めにされたという
宇佐美峠 城〜宇佐美 東伊豆稜線 「椎木坂峠」「地蔵坂峠」
沢口峠<仮称> 沢口〜湯川 東伊豆稜線  
地蔵峠 八幡〜宇佐美 東伊豆稜線 『伊東市史』に名があり 中伊豆と東伊豆の商品流入路
『しずおかの峠』の一覧表にある「椎木坂峠」と同一か
片倉越 徳永〜湯川 東伊豆稜線 『伊東市史』に名があり 中伊豆と東伊豆の商品流入路
柏峠(四辻) 徳永〜鎌田 東伊豆稜線 曽我仇討の仕掛人となった大見小藤太や
八幡三郎を襲撃した伊東氏一族が馳せ越えた峠
旧柏峠 徳永〜鎌田 東伊豆稜線 天狗の詫び証文の言い伝えが残る
冷川峠 徳永〜伊東 東伊豆稜線 東伊豆と中伊豆を結ぶ主要道 付近は曽我兄弟ゆかりの史跡が多い
大川峠(四辻) 地蔵堂〜大川 東伊豆稜線 『庶民列伝』(野本寛一・白水社)に掲載
鹿路庭峠 天城高原〜池 東伊豆稜線 鹿路庭とは南アルプスの六呂場と同じ意味か 轆轤場峠とも
地谷峠(矢熊峠) 矢熊〜筏場 中伊豆 林道矢熊筏場線が抜ける 地蔵峠ともいうらしい
国士峠(輿提峠) 田沢〜筏場 中伊豆 上杉憲政の子竜王丸の亡骸が越えた
遠笠乗越   天城山地  
片瀬峠 筏場〜天城稜線 天城山地 笹の深いブナ林の中の十字路
戸塚峠 筏場〜天城稜線 天城山地 ブナ・ヒメシャラに囲まれる ベンチあり
白田峠 筏場〜天城稜線 天城山地 ベンチ一つだけの樹林の中の寂しい峠
向峠 天城稜線 天城山地 ブナ・ヒメシャラに囲まれる
新山峠 寒天橋〜 天城山地  
清代峠 〜大鍋 天城山地  
ゴウヤキ峠 アイノフ頭付近 天城山地 『ニューマウンテンガイドシリーズ7伊豆箱根』(朋文堂)
白川峠 白川〜梨本 天城山地  
諸坪峠 白川〜梨本 天城山地  
八瀬峠 白川〜池代 長九郎山付近 登山案内図あり
小鍋峠 小鍋〜逆川 八木山付近  
広尾峠 湯ヶ野〜逆川 逆川付近 祠が祀られている
大鍋峠 池代〜大鍋 下田付近  
谷津峠 稲梓〜谷津 下田付近  
縄地峠 縄地〜板戸 下田付近 縄地金山は江戸時代初期に伊豆第一を誇った
藤原山越     藤原山峠 『しずおかの峠』の一覧表にある
横川峠     『しずおかの峠』の一覧表にある
大賀茂峠     『しずおかの峠』の一覧表にある
稲梓峠 稲梓〜白浜 下田付近  
婆沙羅峠 小杉原〜加増野 南伊豆 旧道だけではなく古道がある
小杉原峠 八木山〜小杉原 南伊豆  
銭瓶峠 青市〜吉佐美 南伊豆 黄金の詰まった瓶が埋められているという
岩地峠 岩地〜岩科 南伊豆  
石部峠<仮称> 石部〜岩科 南伊豆  
指川峠 岩科〜大峠 南伊豆  
小峠 岩科〜天神原 南伊豆  
大峠 岩科〜天神原 南伊豆 一面すがすがしいカヤの大地で展望も良いらしい 粟の長者伝説あり
天神峠 天神原〜蛇石 南伊豆  
富士見峠 石部〜伊浜 南伊豆  
島見峠 大峠〜天神原 南伊豆 島見じゃなくて鳥見峠だったっけ?
蛇石峠 八木山〜蛇石 南伊豆 八木山は平家落人伝説、蛇石には大蛇伝説が残る
青野峠     『しずおかの峠』の一覧表にある
鈴野峠 八木山〜青野 南伊豆 三体の石仏があるらしい
吉田峠 妻良〜吉田 南伊豆 二十六夜山東鞍部
赤羽峠 妻良付近 南伊豆 上記吉田峠と同じかも
子浦峠 子浦〜上小野 南伊豆 峠のもつ暗さ、寂しさはないらしい

『伊豆東浦路の下田街道』(加藤清志著・サガミヤ)には東浦路の小さな峠がいくつか紹介されている。
 文中に登場する峠・・・礼拝峠・礼拝堂峠・柏峠・網代峠(宇佐美峠)・一杯水峠・大石上峠・天城越え・大網坂・熱海峠
 白浜峠・縄地の峠・はっつけ坂(峠)・城山近くの峠・河津から稲取への峠・カナクソ坂・拝みの坂・白田峠・北川の峠
 北川と大川の間の峠・此処峠・椎木坂峠(地蔵峠)・亀石峠・山伏峠など 所在地の詳細がわからない峠が多い。

よくわからない峠
大篠峠 大段山付近
風吹峠 どこだか忘れてしまった
宮戸峠 どこだか忘れてしまった
根上峠 どこだか忘れてしまった
   
よくわからない峠in伊豆
俎板峠 R414湯ヶ野〜茅原野
内野峠 網代付近か
大又峠 アーネスト・サトウ『明治日本旅行案内』に名がある
箸峠 アーネスト・サトウ『明治日本旅行案内』に名がある
中間業峠
中険業峠
HP『下田街道』様に名がありました 古峠と二本杉峠の間か
『しずおかの峠』の一覧表にもある「狩野口峠」ともいうらしい
藤原峠 HP『下田街道』様に名がありました
上藤原峠 HP『下田街道』様に名がありました
七曲り峠 HP『下田街道』様に名がありました
白浜峠 HP『下田街道』様に名がありました
甑場越え HP『下田街道』様に名がありました
棚場峠 棚場〜土肥 『庶民列伝』(野本寛一・白水社)に掲載 吉奈峠のことか?
清越峠 持越〜土肥清越 『庶民列伝』(野本寛一・白水社)に掲載 土肥峠のことか?
栂の峰峠 湯ヶ島〜宮ヶ原仁科 『庶民列伝』(野本寛一・白水社)に掲載
向富士の峠 富士ヶ沢〜寒天の洞 『庶民列伝』(野本寛一・白水社)に掲載
稲取越 湯ヶ島・与市坂〜稲取 『庶民列伝』(野本寛一・白水社)に掲載
『庶民列伝』(野本寛一・白水社)に丹那盆地から熱海へ行く峠として、
ミズアラシの峠、タケの道の峠、峠山の峠、県道の峠 とある。
伊豆スカイライン、熱函道路で消滅か?

ということで静岡県には300近くの峠があることがわかりました。
もちろんほんの一部に過ぎないでしょうが、思っていたよりは少ないようです。
静岡県の中でも伊豆半島が占める峠数の割合は高いようです。

『日本百名峠』の中では、静岡県の峠として天城峠・宇津ノ谷峠が掲載されています。
(別県の峠として青崩峠・本坂峠などは選ばれています)

1977年朝日新聞に掲載された「日本の峠百」には、
三伏峠・転付峠・安倍峠・青崩峠・乙女峠・天城峠・足柄峠が選ばれています。

【静岡県峠行の参考になる文献】

『静岡県のとうげ』(金子昌彦・西畑武・自費出版)
『静岡の文化第17号・静岡の峠と街道』(1989年春・静岡県文化財団)
『静岡県登山ハイキングコース143選』(静岡県山岳連盟)
『静岡の百山』(静岡百山研究会)
『静岡県峠のハイキング』(神村清・静岡新聞社)
『静岡県東部の峠30選』(静岡県東部行政センター)
『静岡県の山50選』(静岡新聞社)
『静岡市周辺の山々』(馬場直之・自費出版)
『駿遠峠の古道』(内藤亀文・明文堂)
『藁科路をたずねて』(海野實・明文出版)
『遠州の山と峠』(山岡元弘・ひくまの出版)
『大井川周辺の旅』(上野智司)
『しずおか私たちの山』(静岡県高体連山岳部)
『日帰りハイキング』(静岡γ山岳会)
『ヤマケイアルペンガイド駿遠・伊豆の山』(山と渓谷社)
『秋葉街道』(静岡県教育委員会)
『三河・遠州の超低山ハイキング』(あつた勤労者山岳会・風媒社)
『マウンテンガイドブックシリーズ23、安倍川流域の山と谷』(石間信夫・朋文堂)
『柴岳』(静岡大学山岳会・静岡高等学校柴岳会・朝日出版)
『南アルプス山行記』(平口善朗・サンブライト出版)
『母なる山-南アルプス』(平口善朗・サンブライト出版)
『南アルプス静寂と秘境を求めて』(平口善朗・光陽出版)
『東日新聞』 連載 -峠- 花井幸雄
『鳳来町誌・交通史編』 鳳来町教育委員会
『静岡県史』
『伊那』(伊那史学会)平成10.03〜平成13.09掲載 「峠道で継ぐ駅の旅」(久保田賀津男)
『古街道を行く』(鈴木茂伸・静岡新聞社)
『藤枝市史・別編民俗』 藤枝市史編纂委員会 藤枝市 平成14