憧れの峠  / 穴路峠・立野峠・寺下峠・新大地峠

 人にはそれぞれ憧れの地というものがあるだろう。
私にとって峠における憧れの地の一つが穴路峠であった。

さほど遠くにあるわけではないので、いつでも行けるだろうと思っているうちに 、
訪れる機会を逸し歳月だけが過ぎてしまった・・・。
というのは口実で、自分の頭の中で膨らましたイメージを訪れることで壊したくなかったというのが
本当のところだろうか。

その美しいイメージを創りあげるのに寄与したのが、
『雲と草原』に収められた「秋山川上流の冬の旅」という尾崎喜八氏の文章であった。
このマイナーな片田舎の一小峠を、
峠を愛する人々に広く知らしめた名文といえるだろう。

憧れと一抹の不安を抱きながら、晩秋の穴路峠を訪れてみた。


道志の山々を眺める窓である穴路峠

「穴路」とは変わった名である。
鉱物を掘る鉱山師が越えた「穴師峠」からきたという説や
穴のような切り通し状の地形である路からきたという説がある。

『甲斐の山山』(小林経雄著・新ハイキング社)によれば、
「アナジあるいはアナシとは北西風のこと。
無生野の人達が鳥沢宿に炭を運んだのは冬である。
この峠に登ってくると、いつも冷たい北西風が吹きつけるので、
アナジ峠と呼ばれるようになったのではないか。」
と推察している。

何となく情景が目に浮かぶのでこの説を採ることにする。
無生野の人々が炭を運ぶ目的地とした鳥沢宿から逆に穴路峠を
目指すことにした。


高畑倉山と穴路峠の分岐に佇む石仏

国道の喧騒を離れ、桂川を渡り段丘に上がると、
小篠の集落が静かに肩を寄せ合っている。

昨晩の霜で路面や畑はうっすら白く化粧している。
これから向おうとしている東方の山の端から暖かい太陽が昇りつつある。
家々の屋根からは雫が滴り、湯気が朝陽に照らされている。
目覚める集落を抜け、山道にかかるところに山ノ神が鎮座する。
右手前方には石仏が居並んでいる。
文化の年号も見える古いものだ。

しばらく行くと、「熊に注意」の看板がある。
熊の住めるような環境が維持されているのかと期待してしまう。
小篠貯水池は周囲の景観に溶け込んでいて奥深き美しさすら感じた。
終わりかけた紅葉と、水面を渡るベールのような霧がそう想わせたのか。


高畑倉山より富士を望む
目線を下にしてはいけない

「峠文化の森入口」という、不要な看板をやり過ごして進むと、
高畑倉山と穴路峠の分岐がある。
本当は真っ直ぐ進み、逸早く峠に向かいたかったが、
山屋の血がそうはさせず、はやる気持を抑えて「右、山道」へ進む。

しばらくは竹林が続く、以前この辺りには仙人が住んでいたらしい。
何があってこの淋しい山の中で暮らしたのかと興味を覚える。
明るい広葉樹のジグザグにかかると、鳥沢の駅は足もと遥かに、
背後には扇山のまさに扇を逆さにした巨体がみとめられる。
暗い植林帯を抜け、山頂直下の急斜面にとりかかると、
背後からなにやら獣の気配が荒い息遣いと共に間近に迫る。

一瞬、「熊に注意」の看板が思い出されたが、キャッ!と振り返ると、
どでかいハスキー犬が登ってくるではないか。
追い付かれてなるものかとピッチを上げたが、そこは四本足歩行、
しっかり斜面を捉えて力強く登る姿は狼を髣髴とさせた。
息を切らして山頂に辿り着いた時、かの狼犬はすでに山頂に到達し
富士を静観していた。


気持ちよい尾根道

高畑倉山からの展望は良いのだが、
あまり前に進むと眼下のゴルフ場が目に入り、
せっかくの情趣を台無しにする。

稜線を東に、待望の穴路峠に向う。
尾根はクヌギ・コナラの明るい雑木林。
道は落ち葉のサクサクで、軽やかに歩を進める。


ああ!穴路峠

そして、穴路峠。
恋焦がれた峠に辿り着いた。
穴路峠は静かに、そこにいた。
勝手に描いたイメージを崩すことなくそこにいた。

ちょっと看板が騒がしいが、
お気に入りの峠になることは間違いない。

いまでは炭を背負った村人が越えることはないが、
小篠の方から家族連れのハイカーや
画材を担いだハイカーが登ってきた。
峠は新しい訪問者を心地好い風で迎えている。

北西の厳しい季節風ではなく
頬を撫でるような優しい風で。


ふぅ!倉岳山

穴路峠に別れを告げて、
ちょっと我慢の急傾斜を登れば、
踏み固められた小広い倉岳山の山頂に着く。

山梨百名山ということで、ちょっとした賑わいだ。
件の家族連れはお弁当をひろげ、
画材を担いだハイカーはスケッチブックをひろげた。


明るい立野峠
(サス峠・指峠)

倉岳山からの急下降で立野峠に辿り着く。
明るい南面の雑木林に誘われて、
「無生野」という耳に残るひびきの村落を訪ねてもみたいが、
今日は東方行けるところまで歩くのだ。

北面のヒノキ林に消えた母と息子のハイカーを見送って、
忠実に東へ尾根を辿る。


寺下峠
(塩瀬峠)

立野峠より先はヤブが道を隠しつつある。
倉岳山の賑わいも、立野峠より先は無縁なようだ。

左にヒノキの植林帯、右は明るい落葉樹林の稜線を進む。
ときには逆になったり、両側が明るくなったり、
変化のある尾根歩きを楽しめる。

北面の桂川側から正午を知らせる村内放送が、
南面の秋川側からは正午のチャイムが、
稜線上でぶつかり合った。


林道開削の工事現場

矢平山手前のコルで、
ふかふかの落葉の上に新聞紙を広げて昼食とする。

葉が落ちる音とガスバーナーの音だけの静かな食事。
時折、樹間を渡る風。
傾きはじめた秋の太陽はやわらかい。
ちょっと目を閉じると、深い眠りに引き込まれそうだ。


新大地峠

そんな心地好い晩秋の憧れの峠をめぐる山旅も、
大地峠付近の林道開削工事で荒れ狂う
重機の咆哮で掻き消された。

ここで終わりだなと思い、
新大地峠を四方津へ降りる道に向かうことにする。
憧れの穴路峠は無事だったが、
この辺には開発の波が押し寄せているようだ。

林道工事を見るフィナーレはがっかりだったが、
新大地峠から四方津へ下る道は素晴らしかった。
よくできた歩きやすい道であった。
途中、寛政年間生まれの石仏が眺めている風景は、
本格的な冬の訪れを前に最期の黄葉が美しかった。

憧れの峠にきてみてよかったと思った。

● 穴路峠の再訪レポ