峠の舞台装置

 

素敵な峠の条件は
峠そのものが良いだけではダメだ。

峠を取り巻く舞台装置が完備されて、
はじめて素敵な峠と成り得るのだ。

峠の舞台装置とは
古い石の祠であったり、苔むしたお地蔵様であったり、
朽ちた道しるべだったりする。

あるいは、雑木林を行く峠道の落ち葉のフカフカだったり、
霜柱のサクサクだったり、小春日和のヌクヌクだったりする。

またある時は、心地好いそよとした風であり、一気に汗を冷やす凛冽たる風である。
時には、やわらかい春の光であったり、夏の強い陽射しから旅人を守る一本の大木だったりする。

峠は、可愛らしい切り通しだったり、小さなクボミだったりしたら趣も増す。
磨耗した石畳、踏み固められた土道、スミレやカタクリ咲く道、小鳥が歌う道だったら尚素晴らしい。

峠までの田舎道も重要で、
籠を背負ったお年寄や、鍬を下ろす農夫との出会いという演出も必要だ。
由美かおるの錆びた金鳥のホウロウ看板も欠かせない。

あまり演出が過ぎたり、
峠に飾り気が多いと、
峠の素朴さは失われ、興醒めすることもあるので、
ほどよい匙加減が必要だ。

しかし、実際の峠には
舞台装置を配置する大道具さんもいないし、
全体を見渡し指揮する監督さんや総合プロデュサーもいない。

主人公である峠を訪れる人を招いて、
物語は進行してゆく。

舞台公演に観客はいない。
峠と、そこを行く人と、いくつかの舞台装置があるだけ。

行人が演じ、そして堪能する。
ときには拍手喝采を送り、
ときには落胆する。

きっと、そこかしこに主人公を待ち受けている峠があることだろう。

素晴らしい舞台が整った峠道は、
美しい峠の話を紡ぎだすことだろう。