ブッツェ峠


伊勢沢ノ頭から南下する尾根と日影山(ブッツェ平)の鞍部で
林道秦野峠線が貫通している。

「ブッツェ平」は「武士平」だといわれている。
新田氏と足利氏戦乱の折、
丹沢山麓に拠点を置く河村氏・松田氏は
南朝方新田氏に味方して足利氏と対抗した。

河村城は後醍醐天皇の皇子、宗良親王も立てこもったと伝えられている。
西丹沢の自然を利用して造られた堅城も、強力な足利勢によって落城。
河村氏の残党が城の裏山ともいえる日影山に隠れ住むようになり、
「武士平」が「ブッツェ平」と云わるようになったという。

ちょっと、出来過ぎた話にも思える。
案外もっと単純で、ヤブや潅木が多く、「ブッシュ」と地図に記したものを
誰かが転記する際に、誤って「ブッツェ」と書いてしまったのではないだろうか。

【参考文献】 『かながわ山紀行』 植木知司 かもめ文庫