大菩薩峠と『大菩薩峠』

大菩薩峠には、まだ行ったことがない。
中里介山の『大菩薩峠』を読んでいないからだ。
別に、読んでから行かねばならないという法はないのだが、
なんだか、気がひける。

こんなことを思うのは、私一人だけではなく、
他にも結構いるみたいだ。

ならば、すぐ読めばと思うかもしれないが、
あの文庫本の膨大な巻数が、そうはさせないし、
未完成であるというのも読む気力を減退させる。

「大菩薩峠は江戸を西に距る三十里、甲州裏街道が甲斐国東山梨郡萩原村に入って、
そのもっとも高くもっとも険しきところ、上下八里に跨る難所がそれです。・・・」

の有名な冒頭は知っていても、実際読破した峠愛好家はいかばかりか。

『大菩薩峠』には大菩薩峠ばかりでなく、
鈴鹿峠・薩垂峠・宇津ノ谷峠・徳間峠・丸山峠・小鳥峠
小仏峠・矢坪峠・笹子峠・袖切峠・碓氷峠・五十町峠
なども登場するそうであるが、
中里介山が、峠に見出した象徴的意味とは何であったのだろうか。

最近は、百名山ブームで大菩薩嶺も賑わっているという。
とりあえずは、人ごみが嫌いだから、大菩薩峠には
行っていないんだということにしよう。

しかし、先日図書館で映画『大菩薩峠』のビデオを発見したので、
それで、お茶を濁すことも考えている。

でも、なにも峠と文学作品の結びつきは、大菩薩峠だけに
限ったものではないのに、なぜか無言の圧力というか、
根拠なき強迫観念を感じるのは不思議である。

ちなみに、天城峠には川端康成の『伊豆の踊子』や松本清張の『天城越え』、
山刀伐峠には松尾芭蕉の『奥の細道』、野麦峠には山本茂実の『ああ野麦峠』、
御坂峠には太宰治の『富嶽百景』、塩狩峠には三浦綾子の『塩狩峠』
などをクリアしてから訪れたものであるが、
だからどうしたというものでもない。

別に『大菩薩峠』を読んでいないからって、
峠の感慨が味わえないものではあるまい。
などと逃げ道を作っておいて、
近いうちに大菩薩峠への山旅を企んでいるのであります。

 

 

後日、念願かなって、大菩薩峠を訪れることが出来ました。
中里介山の『大菩薩峠』は結局読まずに、NHKで放送された映画を見ました。
文庫本の方は、おいおい読むこととして・・・^_^;