犬目峠はどこにある? / 犬目峠・サンヤ峠

 犬目峠に興味関心を抱いたのは『新版・貧困旅行記』(つげ義春・新潮文庫)を読んでからである。
その中に収められた「猫町紀行」という作品で犬目宿を訪れた際の白昼夢のような出来事が記されている。

つげ義春作品の独特な雰囲気は大好きで、古い家並の宿場町や寒村を訪れたり、
場末の商人宿に投宿したり、うらぶれた温泉街や山峡の鉱泉を旅したり、果ては山奥に移住を考えたりと、
普通の紀行文とは違った味がある。
同書に収められた「奥多摩貧困行」や「秋山村逃亡行」なども面白い。

以前、夜間に車で犬目宿を通り過ぎたことはあったが犬目峠を確認するには至っていなかったので、
今回改めて犬目峠を求めて再訪を試みた。

* 


残存する石畳の古道

結論からいえば犬目峠の正確な場所はわからなかった。

葛飾北斎『富嶽三十六景・甲州犬目峠』が有名な割には、
地元の観光協会も労を惜しんでいるのか正確な位置を
把握できていないようだ。

パスハン関係のHPを見ても峠位置の認識は
それぞれ異なっているようだ。

書物によると「遠見」と呼ばれる地点か、
あるいは「君恋温泉」付近が有力とのこと。【*1】
私的には、左写真の旧甲州道の石畳を上り詰めた所など
峠の雰囲気があっていいのではとも思う。


扇山入口の石仏

また、道路脇に可愛らしい石仏が佇む扇山への登山口あたりも
犬目峠の候補地として捨て難い。

この石仏の対面の小高い場所に、
鉄の扉の箱があったので、何気なく開けてみると、
微笑ましい石造の男根・女陰が納められていた。


石造りの性神

傍らに大小二体の牛の置物がある。
牛の繁殖を願ったものなのだろうか?
それとも牛の精力にあやかろうとしたものだろうか?

犬目宿の外れ、道が鋭角に曲がる地点にあるものなので、
塞ぎの神である道祖神の役を果たしているのかもしれない。


君恋温泉より富士を

この犬目宿外れの鋭角コーナーは防衛上のためなのか?

宝勝寺というお寺があり、この付近から眺める富士は
見事なのでこの付近が峠なのかもしれない。

君恋温泉にも行ってみた。
「君恋」とはロマンチックであるが、
字地名「君越」からの変化と思われる。
「越」となるとこっちが峠なのか?富士山もよく見える。
「君」とは誰なのかという疑問もわく。


恋塚一里塚

「犬目」とは「井ノ目」で、水が湧く割れ目のことをいうらしい。
この地名は八王子や千葉、群馬鬼石町などにもある。
島根県八束郡鹿島町には犬目峠(猪目峠)というものがあるという。

「イヌ」は狭い通路などを意味することもあるし、
「イ(接頭語)ヌ(沼)」で沼地・湿地を表す場合もある。
犬目峠の謎は深そうだ。


サンヤ峠付近

さっぱり峠位置がわからないので、
上野原町と大月市の境界にあるサンヤ峠を訪ねた。
峠は山谷集落と恋塚を経て犬目を結ぶ。 【*2】

峠の辻はヤブ気味でその中に廃車が投棄され埋もれていた。
かつて茶店があったというが人の気配すらない。

結局、犬目峠の位置は特定できなかったが、
どうも『富嶽三十六景・甲州犬目峠』の構図に惑わされている気もする。
そもそもデフォルメして描かれたであろう北斎画に振り回されているのかもしれない。

『甲斐叢記』には、
 「此地狗目嶺とて一郡の内にて極めて高き所なり 房総の海まで見え
              坤位には富士山聳えて霄漢を衝き眺望奇絶たる所なり」 とある。
考えている場所より、もっと高い高い所に北斎の描いた峠はあったのかもしれない。

前出した「猫町紀行」には、
 「それにしても、昔の人は何故このような高いところに道を作ったのだろう。・・・・
  低い位置で日陰のもやしのような気持でいるよりは、少しでも眺めのよいところを求め、
  遠くの山々を眺め、まだ見ぬはるか彼方へさまざまな思いを寄せていたのだろうか。・・・
  ・・・古い道を歩くのは、昔の人の生活が想像され、興味深いものである。」 と結んでいる。

まさに同感であった。

【*1】 『岳人別冊春山2003』 より
【*2】 『山梨の峠』 より

【参考になる文献】 『峠と人生』 直良信夫 NHKブックス