同角山稜の乗越

東沢乗越(同角乗越)・キレット(切戸)・中ノ沢乗越(檜洞乗越)

玄倉--仲ノ沢林道--中ノ沢径路--東沢径路--東沢乗越--石小屋ノ頭−-キレット--同角ノ頭--中ノ沢乗越--
--(暫時停滞)--テシロノ頭--石棚山--西丹沢県民の森--仲ノ沢林道--玄倉

 「乗越」と呼ばれるものを、「峠」の範疇に含めてよいものなのか疑問はありますが、
『かながわの峠』(植木知司著・かもめ文庫)の中で「後沢乗越」を載録しているところをみると、
含めるのも「アリ」なのかもしれません。

人が何かを求めて尾根向こうにまで越えて行こうとした過去があれば、
「峠」の仲間に加わる資格は十分アルといえるでしょう。
尾根を横断ではなく、縦方向にアップダウンする「キレット」や「コル」となると、
いささか峠からは仲間はずれにされる可能性もありますが。

 路面凍結の為、仲ノ沢林道途中に車を停めて山旅の始まりです。
今回のコースの内、東沢出合までの中ノ沢径路とテシロノ頭〜石棚山間は過去に歩いた経験があるので、
ぐるり一周の「楽勝周遊コース」だと思っていたのですが・・・
なぜか、下山したのは日付が変わった翌日になってしまいました。


仲ノ沢林道の山神様

仲ノ沢林道の脇、一段高いところに山神様が祀られています。
まずは、山旅の安全と無事を祈り手を合わせます。
社殿の前の雪上には獣の足跡が残っています。 動物達もお参りにやって来るのでしょうか?
日本酒とビールと、なぜか咽喉飴(?)が供えてありました。


中ノ沢径路入口


懸崖につけられた径路

林道ゲートの脇をすり抜け、わずかに進むと中ノ沢径路入口です。
ガードレールに目印のテープがマーキングされています。
鹿クンのマーキングでしょうか鹿の糞が散乱し、「ピーィ!」という甲高い鳴き声も聞こえ、
時々かわいらしい白いお尻も目にできます。
僕もここで無用の林道にマーキング(立小便)を済ませ中ノ沢径路に進みます。

中ノ沢径路には懸崖につけられた今にも滑り落ちそうな箇所もありますし、
現に滑り落ちてしまい道が消滅した場所もあります。通行には注意が必要です。
数年前に小川谷遡行の帰りに通過した時に比べ、かなり崩壊が進んでいます。
再三上陸した台風の影響でしょうか、倒木や崩落した場所の通過も余儀なくされます。
この滋味ある道が(径路という呼名も素敵!)、消滅することなくいつまでも在って欲しいものです。


雪に閉ざされた東沢


東沢乗越

未知の東沢は雪に閉ざされていました。
しかし、随所にテープが取り付けられているので迷うことはありません。

前半こそ水量が多く、滝を迎える度に苦悩しましたが、後半は深雪から足を引き抜くのに苦労しました。
特にF4の突破は躊躇しましたが、雪に埋まっていた手掛かりの針金を見つけ無事にクリアできました。
水流近くを歩くと苔や結氷で滑るし、雪上を歩くと潜ってしまう、冬の沢登りはなかなか手強いです。

木の幹につけられたテープを信じて拾っていたら東沢乗越の手前で、
右岸(左手)の急斜面の山腹に導かれてしまいました。 これって正規のルートなのでしょうか?
雪の積もった急傾斜はビビリます。
斜面に取り付く前にアイゼンを装着すべきでしたが、気付くのが遅くもはやどうすることもできません。


東沢乗越の標識
←小川谷  大石山→


乗越から東沢を振り返る

四肢をフル活用して急斜面にへばり付きますが、油断はできません。
崖の上部では鹿が闖入者に過敏に反応して賑やかになり落石を降らせます。
鹿クンも攻撃しているつもりはないのでしょうが・・・

這う這うの体で辿り着いた東沢乗越は思っていたよりも小さな鞍部でした。
東沢と同角沢を繋ぐ乗越で「同角乗越」とも呼ばれます。
「小川谷・大石山」を示す小さな標識があるだけで、乗越の名前を標したものは見当たりませんでした。

乗越から東沢を振り返ると、詰めの部分はかなりの積雪で腰ぐらいの深さまでありそうです。
結果的には大きく高捲きしたのが良かったのかもしれません。

東沢筋には、昔、武田信玄の隠し金山があったといわれています。
今回は白一色の世界でしたが、夏にでも再訪して、沢床に黄金のカケラでも見つけたいものです。


石小屋ノ頭に至る道より富士を望む


ユーシンからの一般道との合流点

東沢乗越からは同角沢側に降り、
同角山稜の大石山と石小屋ノ頭の中間地点付近の一般登山道との合流点を目指します。
「山と高原地図」の破線道ですが、雪に埋まって道の姿は全く判りません。
しかし、ここにも赤黄テープが随所に見られ、迷うことはありません。

東沢乗越が遥か足下になる頃には周囲の眺望も開け、富士の美麗が姿を見せます。
ユーシンからの一般コースである同角山稜に出れば、
他の登山者の足跡があるものと思っていましたが、まったくの処女雪でした。
あるのは鹿クンの足跡とコロコロした糞ばかりです。


キレット 通過前


キレット 通過後

同角山稜は頗る眺望に優れた尾根で、今までに訪れる機会が無かったことが悔やまれます。
雪を纏った丹沢主稜部の姿は荘厳ですし、丹沢の奥深さを再認識できます。

飽かずぐるりの山々を眺めます。
金山谷ノ頭から南下する尾根も面白そうですが、雨山峠のへこみや、
桧洞丸から急激に落ち込む金山谷乗越のへこみにも惹かれるものがあります。
「ピーク」にではなく「鞍部」にばかり興味を抱くのは、「へこみフェチ」なのでしょうか?

キレットに架けられた橋にも積雪があり、獣の足跡が続いていました。
動物も人間の築いた文化的な構造物を利用しているようです。
しかし、このような橋は積雪による耐荷重計算とかしているのかな?
ちょっと撓んでいたようなので、後続者と獣たちのために除雪作業を施しておきました。


同角ノ頭に至る道から望む丹沢主稜部

懸念していたキレットを無事通過し、ガレ気味の斜面を鎖を頼りに登れば同角ノ頭です。
もう一つの懸念材料であった「ダニの攻撃」は雪に埋まっているせいか、ほとんど無く、
大一匹、小二匹の取り付き被害で済みました。
ダニに注意を払うより、
いかにして雪道を「滑らず、潜らず、はまらず」効率的に歩くかに忙しかったせいもあるのですが。


雪に埋まる同角ノ頭標識


登山靴は雪団子になり重たい

標高が上がるにつれ、ますます積雪は増える一方で、つぼ足ラッセルにはいい加減疲れてきます。
ワカンでもあればなぁ〜と思うこと頻りです。
都市近郊の丹沢を馬鹿にしてはいけません。
6本爪アイゼンより12本爪を持ってくれば、ストックよりピッケルを持ってくればと後悔しました。

アンチスノープレート(アイゼンに装着する雪除けのプラスチック板)を
取り付けていない(持っていない)足は、雪団子状で重たくてしょうがありません。
まるで花魁道中(おいらんどうちゅう)のような歩き方になってしまいます。
また、斜面ではスリップする場合があり大変危険です。
一歩進むごとにストックで雪を叩き落すのも面倒なので、
帰宅後にアンチスノープレートを購入することを決めました。


中ノ沢乗越(檜洞乗越)


雪の下に中ノ沢に下る道があるはず

キレット通過よりも同角ノ頭から中ノ沢乗越にかけての、
雪に隠された鎖場・ハシゴ場の下降の方が緊張を強いられました。
ほとんど雪崩れるようにして落ち、タイミングよく立木にしがみつくという曲芸まがいの荒業でした。

中ノ沢乗越に降り立った時は、すでに日が傾き始めていました。
予想以上の積雪で体力と時間を浪費してしまったようです。
「楽勝周遊コース」と決め込んでいたので、予備の防寒対策やコンロ、ツェルト、食糧もありません。
このままではヤバイことになると、中ノ沢乗越の鑑賞もそこそこに先を急ぎます。

ちなみに、中ノ沢乗越は「桧洞乗越」とも呼ばれる場所で、
小川谷の最奥部と桧洞沢側の経角沢を繋ぐ乗越です。
箒沢乗越を越え中ノ沢径路に入り、中ノ沢乗越を越え、さらに金山谷乗越を越えて、
神ノ川水系に出るという壮大なルートも今後辿ってみたいものです。

小川谷側は夕日に照らされ明るい感じですが、経角沢側はすでに陰とした感じです。
とても足を踏み入れる雰囲気ではなく寒々としています。
夏はまた表情を変えることでしょうから、いつの日か下降を試みようと思います。
すぐ近くの立木に付けられた目印の赤黄テープが、おいでおいでをしているようだから。


整備されたコースを示す丸柱も雪に埋まる


テシロノ頭

中ノ沢乗越からテシロノ頭まではどこを歩いていいのやら。 深い雪に埋まっています。
こういう時は尾根筋を忠実に辿るのが無難だろうか・・・
獣もそうする方が安全で体力消耗も少ないとみえて尾根筋に点々と足跡が続いています。
丁度、桧洞丸との分岐近くに出た所で、足跡は消え、日も沈み暗中模索状態に。
日が完全に沈む前に周囲の地形を目に焼き付けたつもりでしたが、
日没で太陽が姿を消すとともに方向感覚も消え去りました。
一般コース上とあって頼りのテープ類も見当たりません。

足下を照らすヘッドランプだけでは正規ルートの発見はできず右往左往するばかり。
体力が勿体無いのでビバーク体制に。 といっても、ろくな装備も食糧も無く、いささか心許ない。
日の出まで、たっぷり12時間以上はあります。
これは困ったと思いながら、どこか楽しんでいる自分に、これまた困る。

時折、体を動かしはしてみるものの、寒さは解消するどころか強まる一方。
足が冷たく、靴を脱いでザックの中に足を入れたいところですが、
凍りついた靴ヒモは脱ぐには脱げるでしょうが、脱いだら最期、
再び履くのは難しそうなので我慢するしかありません。

そんなこんなで夜も9時半を過ぎると、幸いにして、ほぼ満月の月が天頂近くまでに昇り、
周囲の山々の輪郭が朧気ながら判りだしてきました。
これはシメタと思い現在地を確認。
ジッとしているより歩いていた方が暖かいので周辺をコースの痕跡を求めて探し回ると、
木製のステップを発見!

停滞すること4時間、やっと進路を発見して下山に取り掛かることができます。
靴を脱がないでよかった!
アイゼンは外してしまい、
凍り付いているので再装着することはできませんが、どうせ深い雪と雪団子で効果は無いでしょう。

見つけ出した正規ルート上の痕跡を逃すまいと慎重に進みます。
今までテシロノ頭を少し下った所で停滞していたと思っていたのは誤りで、
やっとテシロノ頭の道しるべが現われます。それと同時に、再び獣の足跡が雪上に現われます。
なんだか僕を導いてくれているようでホッとします。
もしかしたらこれは単なる獣の足跡ではなく、山神様の化身の足跡なのかもしれません。
そういえば入山前に手を合わせた山神社の前にも足跡があったし・・・

心強い味方を得たと思うと気分も変わるもので、
先ほどまで闇に恐怖し、寒さに震えていたことなども忘れ、夜の山歩きを楽しむ余裕も生まれるほど。
月も明るさを増し、ヘッドランプを消しても歩けるくらいに。


石棚山

深閑とした夜のブナ林は幻想的でした。
尾根からは谷あいに漂う薄いベールのような大気の海が見えます。
静寂が僕を包み、深い雪に沈めるザックザックという足音と、ちょっと荒い息だけが聞こえます。
月明かりに照らされ静寂に支配された夜の山がこんなに素敵だったとは。
天空には無数の星々が瞬いていますが、名前の判るのはオリオン座ぐらいというのは情けない。

手持ちの昭和50年代の地形図では西丹沢県民の森付近の道が現状とは異なり少々戸惑いましたが、
赤テープに助けられ無事に仲ノ沢林道に戻ってくることができました。
時刻は午前2時半。
それにしても遅すぎる・・・どこか異空間でも彷徨っていたのでしょうか?

「乗越」が「峠」の範疇かはともかく、きっと今回の山行は「遭難」の範疇に入ることでしょう。
夜の林道を歩いて、再び山神社の前を通りかかった時、僕は迷わず山神様の前に歩み出て、
最後の非常食に取って置いたビスケットをお供えし、入山前の態度より真剣に手を合わせました。

お供えされた咽喉飴を見て、「何でこんなものをお供えしたのだろうか?」と僕が思ったのと同じく、
僕がお供えした数枚のビスケットを見て、同じことを思う人がいるかもしれませんね。


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帰宅した後、早速アンチスノープレートを買いに行きました。
こんなプラスチックの板切れが1600円もするとは驚きです!
命の値段よりは安いかと思い買ってきました。
さすがにツェルトは僕の命の値段より高いような気がして購入できませんでした。 ^_^;

◆ 「乗越」は「打越」とも「ブッコシ」「オッコシ」とも表記されている場合があります。

◆ 「同角」は「同格」とも「頭角」の意味であるともされています。
  「同角」とすると何と同角の関係なのでしょうか?同角とか経角(仰角か)とかは測量と関係している言葉なのかもしれません。
  三角点のある石棚山から三角点のある丹沢山に直線を引くと、ほぼその線上に同角ノ頭があります。
  丹沢山と同角度方向にあるピークという意味でしょうか?