峠の夢

 

なかなか外出できず 悶々としていたある日
峠を歩く夢をみた。

夢だけあって脈絡はなかったが、
目覚めた時の記憶は鮮明で、
実際どこかにある峠を訪れたようでもあった。

小さい切り通しの峠で、
峠のテッペンには道を塞ぐようにして
ヒノキの幼木がすくっとのびていたのが印象的だった。

峠には荒れ果てた廃屋があり、
瀬戸物や布団や鍋釜など生活の痕跡が散乱していた。
様子からして、幕末か、
明治時代頃の一コマと思われた。

峠近くの懸崖の見晴らしのよい場所には、
木組みの簡単な東屋があり、
そこからの眺めは見事であった。

標高はさほど高くはないが、眼下の丘陵の
一つ一つの込み入った山襞までが望まれた。

秩父だろうか、奥武蔵だろうか、そんなふうな山並であったと記憶している。
それは直感的なものであり、何ら確証のあるものではない。

人工物は見えず、古い時代の景色だった。
人物の姿は見えないが、人のケハイはずっとしていた。
誰かと会話をしたような気もするが、独り言だったのかもしれない。

ヒノキ林の短いジグザグを登って辿りついた峠。
そこから景色を眺めているうちに、
話は別に飛んでしまった。

カラーでも、白黒でもなく、
青みがかったフィルター越しの映像だった。

音のない 静かな
ささいな 峠の夢だった。

峠行を繰り返すうちに、いつか訪れることになる峠なのかもしれない。
あるいはどこかの峠が、私を呼んでいるのかもしれない。

それとも前世の記憶だったりして・・・
前世に峠で何かを経験したのかもしれない。
そうだとすると夢の中で峠のむこう側へ越えて行けなかったのが気にかかる。

寝ている間に、峠に飢えた魂だけが体から離脱して、
浮遊しているのだろうか。

峠道を歩いていると、
はじめてきた場所にもかかわらず、
懐かしさや、以前来たことがあるといった感覚を体験することがままある。

きっといつの日か、
「あっ!この峠は あの時 夢で見た峠だ!」
という瞬間が訪れるに違いない。

しかし、峠の夢ではなく
たまにはシャラポワの夢でも見たいものだ。