★ 復活・不老の活路を歩く

不老山の南方、静岡と神奈川の県境尾根である「不老の活路」が復活したという。
一時期、諸般の事情により封鎖されていたが再び通行が可能となったのだ。

新装「不老の活路」を歩かれた方のレポートによると、
尾根上には「りんどう峠」という標識が存在しているらしい。
昔からそう呼ばれている峠名なのか、それとも新造の峠名なのか、
定かではありませんが、そのような峠が存在するなら、
神奈川県の全峠を踏破するために訪れないわけにはいきません。

2009年4月に山と渓谷社から出版された『ヤマケイ・アルペンガイド5丹沢』(三宅岳著)の
不老山コースガイドの文中にも「りんどう峠」の名は登場します。
それには「新しい名前なので、気にしない方がよい」とありますが、
峠マニアとしては気になるので訪れてみることにしました。


山市場から吊り橋で河内川を渡る


「不老山ハイキングコース案内板」を見て梅林を抜ける

梅雨の晴れ間、「不老の活路」と「りんどう峠」を訪れることを目的に家を出ます。
天気予報では気温は30度まで上がるというが、麓から見上げる不老山の山上は
仙人が住まう仙境の如く、どんよりと濃いガスに覆われています。
「道の駅山北」に車を乗り捨て、番ヶ平経由で不老山に登り、県境尾根である「不老の活路」を下り、
途中から塩沢集落辺りに出れば、再び「道の駅山北」に戻ってこれるという大雑把な計画です。

山市場集落の先で「不老山ハイキングコース」の標識に従い、河内川を吊り橋で渡ります。
橋を渡り終え左に折れると、梅林の入口にハイキングコースの案内板があり、
番ヶ平まで1時間40分、そこから不老山まで1時間との表示があります。
「急坂」の文字も見られ、梅雨でカビの生えた身体にはキツイ山行になりそうです。


山道の始まり


火打沢の奥地へと向かうらしき道と別れる

雨後の道はしっとりしていて、草の緑が映えています。
運動不足の身体にはきびしい登りかと予想していましたが、道はジグザグを切っていて
順調に高度を上げていきます。真夏のピーカンなら汗が噴き出す登坂に違いありませんが、
空はまだ梅雨空を押し切れていなくて、樹林も太陽光線を遮り味方をしてくれます。

植林地の暗く退屈な登りが続くばかりだと思っていましたが、所々にクロモジ、クヌギなどの
自然林が残され、陰湿な雰囲気はありません。
火打沢(ヒイチ沢)の奥へとのびているらしい明瞭な山道も気になりますが、要所の分岐点には
山北町の設置した登山標識があるので迷うことはありません。
盛んに鳴いている山鳥の声と堆積したスコリアのザクッザクッという音しか耳には入りません。


植林ばかりでなくブナなど自然林も残る


番ヶ平分岐

植林帯の中、傾斜が緩んだ辺りが「大安戸」という場所なのでしょうか?
「安戸」は「休み場」の意味でしょうか?急登を終えて一息ついたという場所なのかもしれません。【*1】
登りは長くも感じられますが、地図上のコースタイムよりは早く歩けています。
上部はほとんどが植林地内の道ですが、
黒いスコリアの道と雨に濡れた下草の緑のコントラストが美しく感じられる道です。

p867を右手に見る鞍部が番ヶ平分岐で、山市場と不老山を指し示す登山標識が立っています。
尾根伝いにp867へ向う踏み跡の脇には「ここから先はハイキングコースではありませんので
通り抜けできません」と書かれた看板が山北町によって設置されています。
現在ではハイキングコースと林道がクロスする場所を一般には番ヶ平としていますが、
登山地図等ではp867を番ヶ平(番ヶ平ノ頭)とし、p843を六郎小屋山としています。

  「ほんとうの番ガ平は東北にもりあがっている868メートルの頭峰である」
          (『アルパインガイド37丹沢・道志山塊・三ッ峠』 山と渓谷社 羽賀正太郎著 昭和46年)

番ヶ平とはこの鞍部分岐から林道クロスポイントにかけての平坦部の総称なのでしょう。
「番」という字から察すると、昔は山の見張り番の小屋でもあったのかもしれません。
また、「六郎小屋」とは木地師の「轆轤小屋」のことでしょうか?

  「六郎小屋山は字名を栗ノ木日蔭と呼ばれる。不老山と六郎小屋山の中間、山市場へ降る
  径のある鞍部のあたりを番ヶ平と云い、番ヶ平から南に派生した760米一帯の山は、
  以前のこの山の持主の名で勘太郎山と呼んでいる。」
                                  (『丹沢山塊』 ハイキングペンクラブ 昭和17年)

六郎やら勘太郎やら、人名臭い名前ばかりを訪ねて、その由来を探るのも面白いかもしれません。
丹沢には源五郎、源次郎、勘七、彦右ェ門、孫右ェ門、清兵衛、谷太郎、又兵エ、政次郎、六郎兵エなど
人名を冠した地名が少なくありません。彼らがどんな人物だったのか探究するのも一興でしょう。

(『ヤマケイ・アルペンガイド5丹沢』(2009年・山と渓谷社・三宅岳著)の挿入図では、
「六郎小屋山」を「太郎小屋山」としているが、そんな別称もあるのだろうか?
それとも単なる誤植だろうか?ちなみに同本では忘路峠を恋路峠と表記してもいる)


p867 本来の番ヶ平と思われる場所は笹に埋まっていた


林道上の番ヶ平

ひとまずp867へ行ってみようと分岐を右に折れると、思いの外、明瞭な仕事道が続いています。
昔は、登山ルートでもあったようですから、警告看板にあるように「通り抜けできません」というような
ことは実際ないのかもしれません。
明瞭な仕事道は尾根筋を拾っていないので、適当な所で植林斜面に取り付いて尾根に乗ります。
「神奈川県造林公社」の白杭を見て、わずかばかり尾根を登るとp867となりますが、
山頂は濡れた笹ヤブに埋まっていて、山頂目前にして引き返すことにします。

番ヶ平分岐から不老山に向けて進むことしばらくして、未舗装林道と交差します。
休憩テーブルが設置され、公的登山標識や道路標識もこの地点を番ヶ平としています。
神奈川県森林公社分収造林「足柄上郡山北町日影山地区位置図」の看板もあり、
この地を番ヶ平としています。


サンショウバラの花は終わっていた

林道交差地点にはサンショウバラの木も見られますが、花はすでに終わっていました。
花を見るには2週間ほど来るのが遅かったようです。
でも本日の目的は「不老の活路」を歩いて「りんどう峠」を確認することにあるので、
花の終了は織り込み済みなのです。


鹿ネットに沿って不老山へ


不老山手前の鞍部

林道を横断して短い急登に喘ぎます。
本日、まだハイカーの通行はないようで、時折、顔面に蜘蛛の巣がまとわりつきます。
鹿柵に沿って進むようになると、世附側の斜面で鹿がガサッガサッと逃げて行く様を何度か見ます。
鹿は不老仙人の使者ではないかとも思うのですが、鹿柵に生活圏が狭められ可哀想でもあります。
不老山手前の鞍部で汗をふきふきして、最後の登りを一気にあがると小広い山頂となります。

  「不老山という仙境を想わせるような山名に、どんな山かと思って登ると
  期待を裏切られること甚だしい。まことに詰らぬ小山でしかない。」
                                 (『丹澤の山と渓』 川崎吉蔵著 昭和27年)

古いガイド本には「つまらぬ山」だと酷評されてはいますが、
「不老」の字面に過大な期待をしなければ充分楽しめる山であります。
明治21年測量の2万分の1迅速測図には「山伏嶽」と記されていますがそんな呼び名もあるのでしょうか?
『新編相模国風土記稿』にも「山伏嶽等の字あり」と書かれています。
また別称として「樫ノ木山」の名を挙げている古いガイド本もあります。


不老山南峰の標識


「不老の活路」完全に復元とある

本峰には先客がいたので、南峰まで足を運んで腰を下ろします。
カバンから最近のマイブームであるチョコクロワッサンを取り出して、梅雨の雲に隠されている
富士の姿を想像しながら食します。
本来なら「不老」から「不死(富士)」が望めるのですが、厚い雲がその姿を隠しています。

「不老の活路 完全に復元」と書かれた標識を嬉しく拝見します。
 「1.林道(車道)歩きが全く、1mもない。 すべて自然の道です」
 「2.県境の尾根を行く楽しさ!」
 「3.山歩きの楽しさに興趣を添える手作りの道標・看板などが随所に見られる」
と紹介され、「一推(いちおし)の下山路」と絶賛推奨されています。

少し南に行った先にある金時神社分岐の標識には、
「不老の活路」の封鎖・復元の経緯なども記されています。
「乞うご期待 県境コース」の標識に従い、いよいよ「不老の活路」へ足を踏み入れます。


気になる分岐もある・・・


東電新秦野線9鉄塔

歩きはじめこそロープの張られた急な下りがあるものの、
その後はいたってよく踏まれた歩きやすい道が続きます。
植林地の中を行く道がほとんどですが、暗い感じはなく、林を抜ける風も心地好く感じられます。
「昔の炭焼道・行先、道の様子などは不明」と書かれた標識のある分岐が、
旧版の昭文社『山と高原地図』に見られる不老山へと続く道の入口なのでしょうか?
旧版地図には「迷」マークが付されていますが、尾根直上の道を行く限り迷うことはありません。

前方が明るくなると、東京電力新秦野線9の鉄塔台地を迎えます。
鉄塔脇をすり抜け、なおも植林地内の明瞭な道を緩やかな勾配で下り続けます。
低山のはずなのですが、どこか遠い地方の高山幽谷を歩いているのではという錯覚も抱きます。
スギやヒノキではなく、ツガやシラビソなら一層雰囲気の良い道と感じることでしょう。
「桧林の中の凹んだ道をひたひたと、さびさびと下る」と書かれた標識があり、
「車道の終点へ急降下3分」とする踏み跡が分岐している場所を過ぎると、
新秦野線10の送電鉄塔巡視路を左手に分けます。
この巡視路を伝って塩沢集落へと下ることもできそうですが、
まだまだ県境尾根を下りはじめたばかりですから先へと進みます。


新秦野線10巡視路分岐


「半次郎」分岐

新秦野線10の巡視路分岐を過ぎると、
前方には笠を被った山の番人、「半次郎」が姿を現わします。
「山草盗りなどをぶった斬る」凶暴な一面もあるようですが、ハイカーの道迷いを防ぐ用心棒でもあるようです。
半次郎さんは立小便を許してくれるだろうか?背後から斬りつけられないか少々心配です。

半次郎分岐の標識には、右は「全て林道を歩く」、左は生土への「トレイルロード」と表示されています。
また、「不老の活路」が小山町公認のルートであることも紹介されています。
当然、左へと進み、快適な山道歩きを続けます。


半次郎が目を光らせている

カラフルで数多く設置されている私製標識には賛否両論の声があるようですが、
地権者の了解を得ていることだし、個人的には許容範囲内だと思います。
実際歩いていると、次に現われる標識が楽しみであったり、
知らなかった情報も吸収することができるのですから。

地図を開くことなく、迷わず下界まで、あるいは山上まで導いてくれるのは助かりますから、
山登り初心者の方には心強い味方となることでしょう。
しかし、それが逆に読図を楽しむ玄人登山者の不評を買っているようでもあります。
「けばけばしい」、「乱立」、「やり過ぎ」だとの声もあるようですが、所詮は木製標識です。
引っこ抜けば引っこ抜けるし、倒せば倒れることでしょう。

一旦、山肌を削って開かれた林道や、尾根を削り取った山麓の採石場、尾根を横断する送電線、
これらは原状回復することは極めて困難です。
そして、これから破壊工事が始まるであろう第二東名建設に、どれだけの人が反対の声をあげている
のでしょうか?何を目障りと感じるかは人それぞれですが、山そのものに対する破壊行為に比べれば、
山と自然に愛着を持って建てられたささやかな標識は微笑ましくあります。

  「本来の道標がもつ機能を楽しくふくらませた、アートとしての道標である。
  賛否はあるものの、奥深くおもしろい。」
                       (『ヤマケイ・アルペンガイド5丹沢』 山と渓谷社 三宅岳著 2009年)

  「古老のメッセージは、その道標とともに、不老山のあちこちにあって、読みながら歩いていくと、
  ついには古老と対話をはじめているような錯覚を抱いてしまう。
  あるいはこのコースの楽しさは、そんな人間味の中にあるのかも知れない。」
        (『ブルーガイドハイカー丹沢・箱根日帰りハイキング』 実業之日本社 水尾一郎著 2003年)

カラフルな木製私製標識は、いまでは三国・湯船・不老山稜を訪れるハイカーにとって、
サンショウバラと富士の眺めとともに、なくてはならない「旨味(うまみ)」なのである。


愉快な標識が道々に立っている


田代幹線340鉄塔

半次郎分岐を過ぎ、「道標完成」と書かれた銀色のボール(盥)を被った標識背後のコンモリとした
突起がp614なのでしょうか?地形図を持参しなかったので現在位置があやふやになりがちです。
次々に現われる楽しい道標に興味を奪われてしまうと、現在地の把握が疎かになってしまいます。
p614には「大久保山」との呼び名があるのでしょうか?
木製私製標識とは異なる系統の「大久保山」と印字された標識があります。
右手斜面の下に確かな山道を見つつ、田代幹線340の送電鉄塔が現われます。


山北町透間地区共有林案内板

この付近、神奈川県側は隙間地区の共有林らしく、「山北町透間地区共有林案内板」が設置されています。
それを見るといろいろな地名が記されていて頭が混乱してしまいます。
山マークのある「降雨」、「タテカホ」、「大久保」というのは山名なのでしょうか?
「奈良尾」、「風越」、「高山」などの名前も見られます。
どこがどこのことを指すのか、地形図を持ってこなかったことが悔やまれます。

帰宅後にゼンリンの住宅地図(1989年版)や『山北町史・民俗編』を見てみると、
「降雨」、「タテカホ」、「大久保」は小字名として表記されていましたが、
それらが果たして特定のピークを指す山名を兼ねているのかは、ハッキリしません。
ちなみに「番ヶ平」は不老山の北東斜面で世附領分の小字名です。


水源協定林看板分岐


手作り標識は続き楽しませてくれる

ほぼ平坦の道となり、左手の谷筋へ分岐する踏み跡が見られる地点に、
「水源の森林づくり契約地・水源協定林」の看板があり、「山北町川西字大久保」の表示があります。
ここが地形図の塩沢へと下っている破線道の分岐なのでしょうか?
(最新版の地形図ではこの破線道は消去されている)

「神奈川県県有林境界標64」と「静岡県3級水準点」があります。
ここが塩沢への分岐だとすると、車を置いた道の駅に戻るためにも、そろそろ尾根から離脱したいものです。
しかし、目的の「りんどう峠」はまだ先のようですから安々と尾根から離脱するわけにはいきません。
それに加え、地形図無しに不明瞭な踏み跡を辿る気持も起きません。
夏草が道を隠しているし、半袖で笹ヤブの通過などしたくはありませんから。
ここはおとなしくこのまま生土へと下ってしまうのが得策なのでしょう。

「道中安全」と書かれた青ポリバケツを被った道標の左手のコンモリした起伏が
三角点p525の「谷ヶ山」なのでしょうか?現在位置が曖昧になってきました。
道標に強いて注文をつけるとしたら、昔から伝わる山地地名や現在地の正確な名前なども
紹介してくれればと思います。
「風越山」入口などを示す印字された別種の標識もあり、それがどこを指すのか、
「谷ヶ山=風越山」なのか?少々混乱をきたします。


りんどう峠


「りんどう峠」とは新造の峠なのだろうか?

そしてついに現われた待望の「りんどう峠」!
これが昔から地元で広く呼ばれている地名なのか、それとも新造の峠なのか、定かではありませんが、
ここが本当に「峠」なの?という感じは否めません。
「りんどう」とは山野草の「竜胆」でしょうか?まさか「林道」ではないですよね。
私製標識の他には、「神奈川県森林公社分収林地」の看板があり、現地名を「川西谷津口」としています。

一般の峠のように尾根を越える明瞭な峠道はありませんが、
神奈川県側には夏草に隠れてはいるものの小尾根上に踏み跡が見られます。
一方、静岡県側は少し下った所に切り通し状の場所があり、荒れた道が続いているように見えます。
(地形図の生土からの破線道か?)果たして本当に峠なのでしょうか???


自然林地に「紅は移ろふものそ」の標識が立つ


クイズも出題されている工夫ある標識

「ホトトギス」の紹介看板を過ぎると、赤ヘルメットを被った標識の立つ小ピークとなります。
ここがp484なのでしょうか?地形図無しでは現在地の把握はかなり怪しいものです。
神奈川県側からは採石場で作業している重機の音が聞こえてきます。

自然林の緩斜面を迎えると「紅は移ろふものそ」と題した標識が設置されています。
この貴重な自然林は紅葉の時季にはきっと美しいに違いありません。
県境尾根に新設された標識にはクイズが出題されているものもあり、子供連れのハイカーにも楽しめる
工夫がされています。でも、難しい問題ばかりなので恥をかかないように気をつけて。


「下谷ルート」と「フジボウ裏門ルート」分岐


自然天国界と濁世の境界

「県境尾根・下谷ルート」と「生土-フジボウ裏門ルート」を分かつ標識が現われると、
楽しい山旅もいよいよフィナーレを迎えます。
直進する「県境尾根・下谷ルート」は道が若干悪そうなので、
小山町公認の「生土・フジボウ裏門ルート」を選択し、右へと折れて「赤根沢の源」へ降りて行きます。
「かんこ鳥」の標識から沢に沿い、凹状の道となり送電鉄塔明神線を過ぎると、
「ゆっくり、しっかり310段急下降、殿、姫お覚悟を」の標識を見てプラ階段を下ります。
最後の最後までカラフルで楽しい道標がハイカーを里まで導いてくれます。

「里辺には 車の騒音ひびくなり 不老のお山は 涼風幽か」の標識の通り、
出口に近付くと、国道246号線の高架橋を走行する自動車やトラックの音が響いてきます。
「澆季・濁世(*)」と「自然天国界」の境界に設置された標識を過ぎると山から人里へと飛び出すのです。

(*) 澆季/ぎょうき/人情が薄くなり風俗の乱れた世。末の世。世の終わり。
    濁世/じょくせ/濁った世。末世。


国道246号線高架をくぐる


「トレイルロード入口」を示す標識

ヒンヤリした樹林を抜けると、空は梅雨の晴れ間の青空で強烈な西日が肌を容赦なく焦がします。
夏本番とも思える陽射しの中、排煙渦巻く国道246号線を歩いて「道の駅山北」まで戻る気力はありません。
駿河小山駅まで歩くのさえ干からびそうになります。
市街地に入ってもカラフルな標識がハイカーを駅近くまで見送ってくれます。
奮発して「ゆったり湯ふじみセンター」の温泉でひと風呂(300円)浴びたくもなりますが、
予定外の御殿場線乗車という事態を招いたので節約です。
駅前の観光案内所に立ち寄ってみましたが、新設「トレイルロード」のガイドマップは見当たりませんでした。
三国山稜の西端、
立山から温泉天恵に下る道も整備されたと聞きます。
誇れる「トレイルロード」は、折角の観光資産ですから宣伝しなければもったいないような気もしますが、
荒らされることを憂慮して、そっと黙っていて欲しい気もします。

生まれて初めて乗車する御殿場線、それも一区間の谷峨駅まで。
車窓から望む県境尾根の神奈川県側は採石事業により痛々しく傷付けられています。
午前中、不老山を隠していたガスもすっかり消えています。
ピーカンの、まるで真夏のような空の下では、とても神秘のベールに包まれた仙境には見えませんが、
その麓には間違いなく不老山をこよなく愛する不老仙人がお住まいになっているとのことです。


「ゆったり湯ふじみセンター」が対岸に見える


鮎沢川を富士見橋で渡り駿河小山駅へ

                        【不老山の標高928mの覚え方】

             味のある 道標見れば 足軽く 苦にはならない 不老への道
                                 (928)

                        【谷ヶ山の標高525mの覚え方】

            尾根道を どんな御都合 あろうとも 塞ぐは許さじ 谷ヶ山への道
                      (525)

(峠行2009.6.25)

【*1】 「大安戸」ではなく、「大谷戸」と表記する登山地図等もある。
     「樹林の中の急登が続く。やがて緩やかになり、小さな枝沢を渡るとすぐに大谷戸に着き、火打沢経由の道を分ける。」
                                      (『西さがみハイク』 小田原山岳会 神奈川新聞社 昭和60年)
     涸れた小さな沢を横断した後、古い炭焼き釜の石積みの残る辺りを「大谷戸」というのだろうか?