藤野町南部のかわいい峠 / 新和田峠・杉峠・田ヶ岡峠・名倉峠・天神峠・牧馬峠

 

まだ寒い日が続きますが、路面凍結を恐れつつも、陽だまりの峠を求めて藤野町を訪れました。
目的地たる峠は藤野町南部のちいさな峠たち。

先頃、山岳雑誌『岳人』で紹介されてしまった峠なので荒らされる前に足を運ぶことにしたのです。
また、『ある日の山ある日の峠』(横山厚夫著・白山書房)という書物の中で、
「なんとも可愛い峠」として絶賛されていた峠なので訪れる機会をうかがっていたのです。


新和田峠

藤野町はお気に入りの町です。
訪れる度に心安らぐ思いにさせてくれます。

そんな藤野町も御多分に洩れず
市町村合併をめぐる波にもまれているようです。
相模湖町、城山町、津久井町との合併が検討されていますが、
生活の基盤を八王子や相模原に求めている人も多い中で
簡単に事が運ぶのでしょうか。

そんな合併話など気にするでもなく、
鉢岡山の山麓に素朴な新和田の集落は佇んでいます。
新しい家構えこそ多いのですが
平和的な山村風景がそこにはあるのです。

集落の中の坂を登り詰めた所が新和田峠です。
峠に近い家では馬を飼っているようで、
峠からも尻尾を振っている馬の姿が見えます。
いまも農耕に使役されているのでしょうか。


杉峠 (日連峠)
「なんとも可愛い峠」として絶賛された峠だ

峠を右に行くと、田ヶ岡峠を経て鉢岡山へ。
左に行くと、杉峠を経て日連山への山道が続いています。

まずは左に折れて、「なんとも可愛い峠」を目指すことにしました。
道の傍らに、「ワナを仕掛けています」と注意を呼びかける
看板があります、イノシシでも出没するのでしょうか?

ほんのわずかな距離で峠に辿り着きます。
たしかにそこは明るく気持ちの良い「なんとも可愛い峠」でした。
すぐそばに石の祠などもあり、峠の情緒も漂っています。

嘉永三年(1850)の馬頭観音があるはずですが、
峠付近には見当たりませんでした。


    日連山へ向かう稜線から
         相模湖・鷹取山方向を望む
杉峠は十字路になっていますが、左手は杉集落へ、
右手は行き止りになっているようです。
ここは真っ直ぐ日連山を目指します。
(後日再訪、正確には五差路でした)

途中相模湖の展望が開け、三国峠や陣場山を望むことができます。
背後には鉢岡山がまさに鉢を逆さにしたような山容で構えています。
低山ではありますが、なぜかウキウキするような気持になります。

日連山の頂きは雑木に囲まれていますが、
この時季は、すっかり葉を落としていて明るい雰囲気です。
ここで冷めた59円のハンバーガーで昼食とします。

さらに東に、宝山(宝ノ峰)への道が続くので行ってみると、
ちょっと下って、ちょっと上って、あっという間に到着でした。


田ヶ岡峠

山頂を辞して、再び杉峠に戻ると、猟犬がウロウロしています。
噛み付かれはしないかと、ヒヤヒヤでしたが、
睨み付けたら離れていきました。

ワナといい、猟犬といい、 
この山域はそんなに獲物が豊富なのでしょうか。

鉢岡山に向かって進むと、ほどなく田ヶ岡からの道が合流。
そこが田ヶ岡峠で、深い落ち葉でフカフカの峠です。

雰囲気は良いのですが、
付近に1軒山上住宅があるのが難点でしょうか。
違法建築物なのか、別荘なのか分かりませんが、
電柱・電線がのびているのだから人は住んでいるのでしょう。

鉢岡山の頂はアンテナ施設があり興醒め気分です。
「鉢岡山烽火台跡」の標柱があります。
戦国時代、鶴島御前山を経て岩殿山へと情報が伝達されたとのこと。
雲霧の烈しい場合は鐘を撞き急報を告げたそうで、
甲州方面では烽火台を鐘撞山と称しているそうです。
下山には田ヶ岡峠を下り、車に一旦戻ってから名倉峠へ向かいます。



名倉峠

名倉峠は名倉と南の葛原を結ぶ峠。
津久井や牧野の人々が養蚕や機織が盛んだった時代、
上野原に向けて絹織物を背負って通った峠道です。

写真を撮ろうとしたら、ちょうど小学校の下校時間で、
ばつが悪いので、「園芸ランド自然遊歩道一本松コース」の
アーチをくぐり峠横の山に登ってみました。

現在の舗装した峠道を見下ろせるポイントがあったので、
そこからの撮影となりました。
かつてこの付近には「唐傘松」という一本松があったそうです。

新しく広い道を造るのか峠手前まで工事が進んでいます。

周辺集落に点在している芸術作品のオブジェは、
その美やテーマが理解できないし、どうも場違いな気がします。


天神峠

葛原の集落を過ぎると天神峠に辿り着きます。
天神峠は葛原と南の秋山川左岸の日向集落を結ぶ峠。

『新編相模国風土記稿』には
「天神峠 南方牧野村へ達する通路なり、
陟降七八丁許、是峠の頂上に慶長九年甲辰秋、
天神祠を立て祭りしより以来是名を負へり、
然はあれども至って小祠なり・・・」とありますが、
峠の天神様の祠は現存していません。

葛原神社が明治初年に郷内八社を合祀して誕生した際に、
峠の天神は集落に降りたといいます。

峠は窓のようで、
秋山村の山なみが飛び込んできます。
日も暮れてきたので本日の峠めぐりはこれまでとし、
藤野町の南の玄関口である牧馬峠へ。


牧馬峠

ここは藤野町や秋山村を訪れる際にいつも利用している峠。
国道20号線への抜け道としても重宝しています。

タイムトンネルならぬタイムパスで、
峠を下り篠原の集落に辿り着くと、いつも「ホッと」します。
篠原は明るい山村で好きな場所です。
立派な門構えの屋敷もあります。
どんな生活をしているのか覗ってみたい気もします。
山林でも所有している大地主の館なのでしょうか。

この峠道は上野原への交易路「シルクロード」でもあり、
大山参詣の道でもあったそうです。
無生野で落命した雛鶴姫もこの峠を越えたといいます。

峠には「ギフチョウ生息地」の看板がありますが、
いまだ峠に舞うギフチョウの姿を見たことはありません。

牧歌的な風景が恋しくなったら、藤野町、秋山村周辺の峠歩きがお薦めです。
山頂を極める必要などはありません、情緒溢れる峠道がそこかしこにあるのです。
猥雑な日常、都会の喧噪から逃れたくなったら、この地を訪れ、心のバランスを取り戻そう。
是非お気に入りの、「可愛い峠」を見つけて欲しい。
まさか、市町村合併でこの環境が一変するようなことは無いと思いますが・・・。
【参考図書】

『かながわの峠』 植木知司著 かもめ文庫

「新和田峠」、「杉峠」の名前はあまり一般的ではありませんが、
『藤野の山と峠』(植木知司編集・NPO法人北丹沢山岳センター)や
『子どもといっしょに遊べる山』(二木久夫著・けやき出版)に登場しています。

『岳人』2003.2.668号の「藤野の里山ぶらぶら歩き春を楽しむ川道山道」(三宅岳著)では
「新和田峠」、「杉峠」、「田が岡峠」といった地名は、歴史的根拠に乏しい最近の命名のようだともあります。

◆本文一部改変済み 尚、藤野町は相模原市と合併、秋山村は上野原市と合併しました。
◆後日、「新和田峠」、「杉峠」、「田ヶ岡峠」を
再訪した時のレポートを見る