★ 疑義ある峠
稲詰峠・<推定>茗荷峠・松ノ木峠・(元祖)伏木峠・(ニセ)伏木峠
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| 久し振りに大都会東京の外れ青梅市の峠を訪れました。 稲詰峠、茗荷峠、松ノ木峠、伏木峠の四つの小さな峠を巡るささやかなる丘陵散歩です。 稲詰峠は以前に設置した手製標識の交換、茗荷峠はその位置の再検討、 伏木峠には「元祖・伏木峠」とマジックで書かれたテープがあるよと、 |
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| こう何度も成木地区周辺の峠を訪れることになるとは思ってもいませんでしたが、 稲詰峠はもう三度目の訪問になります。 峠マニアが三回も訪れるならよっぽど素敵な峠だろうと思われるかも知れませんが、 決してそんなことはありません。 植林地の中の薄暗く、パッとしない峠で、石仏や祠や興味深い言い伝えもありゃしないのですから。 造形美にも欠け、尾根を越えるか細い仕事道が横断しているに過ぎない峠です。 だから決してここだけを目的に訪れて見ようなどと思わないで下さい。 お隣りの尾根である東京埼玉の都県境尾根には“因縁の正木峠”の探索という課題も残っているので、 滝成から勝手知ったる里道を「ノボリオイゾネ」と呼ばれる尾根を目指して進みます。 尾根の見た目は低く、見た目だけではなく取り付けば実際にも低いのです。 |
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| 稲詰峠はどこにでもある植林地の尾根を乗っ越す峠道です。 昔は子供達の通学路であったといいますが、今は単なる山仕事道。 南に下る道は放置された倒木が谷筋を埋め、やや荒れ気味。 石灰採石場に囲まれたこの山域、不気味な削岩機の音がこだましています。 ちなみに、「稲詰」は「イナズメ」と読むようで、 |
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| 稲詰峠から尾根を西に辿ります。 以前訪れたときよりも踏み跡は明瞭になっているような気がします。 尾根上の木の幹にはビニールヒモがやたらと巻かれていて、 アルペンスキーの大回転の関門を通過するかの如き有様です。 RF(ルートファインディング)を楽しむ人には目障りかもしれませんが心配はいりません。 なぜなら、目印はそこら中にあって、どこが正規のルートか混乱するからです。 稲詰峠から起伏を一つ二つ越えると、三等三角点の411.3m峰に到着します。 さらに西ヘ進んで緩やかな起伏を一つ越えた所に、 峠というからには越える道があるものだろうと、やはり今回も此処を茗荷峠と推定し、 |
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| 《推定》茗荷峠には、細々ながらも尾根を横断する仕事道が確認できます。 南側は植林地内に、北側は植林地と自然林との間にそれらしき道が認められる。 此処が茗荷峠であるとの絶対の確信は持てないが・・・・ とりあえず目立たぬ場所にカマボコ板標識を取り付けた。 しかし、それはやはり間違いだったかも?自ら疑義を招いてどうする・・・ |
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| 《推定》茗荷峠からちょっと尾根を先へ進んでp381との最低鞍部へ向けて下る途中に 木材搬出に使用されていたと思しき錆び付いた滑車の残骸が放置されています。 そして下りきった鞍部が『青梅を歩く』や『青梅市史・付図』に記載されている茗荷峠の位置であり、 ひときわ大きなモミの木(ツガ?)と桜の木が聳えています。 南側は植林地なので踏み跡程度の仕事道はありそうですが、 北側は自然林で峠道らしき痕跡は見当たりません。 果して此処が茗荷峠なのでしょうか? 『奥武蔵229号』では茗荷峠についての言及はなく、挿入図に「モミの境界木」と記されているだけです。 |
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| p381を乗り越えて、次なる急登の小ピークに潰れた祠を見る。 この辺は立ち枯れた大木が目立ちます。 倒木に潰された祠は悲しい有様、石灰採掘に現(うつつ)を抜かす間に信仰は消えてしまったのでしょうか? そういえば以前はいたる所で獣臭がしていたが、今回はそんな臭いも漂っていません。 山が荒れてきたのか?削岩機の圧迫に耐えかねて獣たちは奥山に逃げ去ったのか? ノボリオイゾネで聞こえる音は採石場からの削岩機の音、敏感な里の犬の吠え声、チェーンソーの響き。 これらの音が一瞬でも消えると静寂に包まれる。 不思議な名前の「ノボリオイゾネ」ってどういう意味でしょうか? 「ノボリ」は「登り」で、「オヒ(オイ)」は「追い」や「老い、笈」でしょうか?「ゾネ」は「尾根」っぽい。 |
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| やはり三度目の訪問となる松ノ木峠、この峠は良い峠だ。 居並ぶ四体の石仏と凹とした小さな切り通し状の造形美に峠マニアはシビレルのです。 南に下る道も、北に下る道も生きている。 北に下る途中にはもう一体の馬頭観音も祀られています。 稲詰峠や茗荷峠はともかくも、この峠を訪れる価値はあります。 「松木峠」とするものもありますが、「松ノ木峠」が公称だという。読みは「マツノキ峠」となる。 秩父鎌倉道の峠の一つで「榎峠-松ノ木峠-小沢峠-名栗-山伏峠or妻坂峠-秩父」と続く途上に位置します。 残念なのは、時折、峠下のトンネルを通過する車やバイクの走音(騒音)が聞こえることです。 p455から急下降すると伏木峠に到着です。 |
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| 伏木峠には、巷で噂(?)の「元祖・伏木峠」と書かれたテープが巻かれていました。【*3】 この意見に賛同し、石祠のある《真正》伏木峠に手製のカマボコ板標識を取り付けました。 ここが果して正真正銘の伏木峠なのか確信は持てませんが、 各種文献を見る限りではこちらが優勢のようであります。 峠マニアにとってはここが《真正》なのかあるいは《ニセ》なのかは重大な関心事であり、 |
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| 《真正》伏木峠から見上げる《ニセ》の伏木峠は高い場所に位置しています。 普通一般の峠の常識からすると、尾根を越える最高地点が峠であるのだから、 ここが《真正》だと言い張るにはちょっと弱気になったりもします。 《ニセ》伏木峠に、「元祖・伏木峠」に対抗して「本家・伏木峠」という表示が 《真正》からちょっと歩きにくい崩れかけた山腹道を進み、 |
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その代わり、《ニセ》には「伏木峠」と明示された 立派な登山標識があるのです。 ウ〜ン、ちょっと心配。 論争を回避する為に、 それとも、「第一伏木峠」、「第二伏木峠」と、 山梨県天子山塊の地蔵峠のように |
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『山と高原地図』(1995年版・昭文社)では、 《ニセ》の位置に峠名が記載されています。 この地図は多くのハイカーが愛用しているので ちなみに最新版(2006年版)では |
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『新・多摩の低山』(守屋龍男著・けやき出版)では 《真正》の位置を峠としています。 文中でも《真正》の位置を、 《ニセ》の位置については、 |
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『奥武蔵229号』(奥武蔵研究会)の藤本一美氏作成の 概念図でも《真正》の位置を峠としている。 氏は地誌に詳しく、地元の方からの地名採集も頻繁に この辺を紹介した過去の『新ハイキング』の記事を見ても、 ちなみに『ゼンリンの住宅地図 2001年版青梅市』では |
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古い地形図には不思議なことに 鎌倉街道の本道であったとされる松ノ木峠道は記載されずに、 傍道ともいえる伏木峠道のみが記載されている。 なぜなの? |
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『奥多摩』(宮内敏雄著・百水社)では、 《真正》の位置を峠としているようだ。 |
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| ◆『青梅市史』には「松ノ木峠490m」「伏木峠510m」との記載がある。 ◆『青梅を歩く』には「松ノ木峠-標高390m」「伏木峠-標高406m。松ノ木峠に比べていくぶん険しい」とある。 ◆『青梅市広報第483号・市内の峠@松ノ木峠』には「標高402m」とある。 ◆『武蔵野歴史散歩U』(蜂矢敬啓著・有峰書店新社)には、 「標高は伏木峠450余mに対して松ノ木峠は4,50m低いから、少し東へ遠回りしているように 地図の上では見えても、こちらのほうが本道になったのであろうか。」との記述がある。 ◆『奥多摩アルパインガイド』(山と渓谷社・昭和16年)には |
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| 《ニセ》から再び《真正》の峠へ戻り、成木七丁目に向けて峠道を下ります。 小さなジグザグを二、三すると、あとは沢に沿った真っ直ぐな植林地内の道を駆け下るだけです。 「伏木(ふしき)林道」の看板を見、「伏木(ふしき)橋」を渡りバス道に出ます。 誰か伏木峠の真偽に関するモヤモヤとした疑念を払拭してくださる方はいないでしょうか? 現地を訪れても疑義は解消されないのであった。 |
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| 【*1】 標識は取り付けたが、やはりp381手前の最低鞍部が茗荷峠なのだろう。 (無責任で、ゴメンナサイ) どうも『青梅市史』や『青梅を歩く』に懐疑的になってしまうのです。 『多摩100山』には、「(夕倉山から)何回かのアップダウンを繰り返し、放置されて錆びた木材運搬用の機材のそばを通り、 【*2】 「ノボリオイ(ヒ)ゾネ」は、「ノボリ−オイ−ゾネ」か「ノボリオ−イゾネ」か、それともそれ以外か? 『地名語源辞典』(校倉書房)から「ソネ」について調べてみると、 「オ」は「尾」=峰、丘のことで、山の高い所、峰、分水嶺、稜線を意味するとのこと。 【*3】 2007.01.615号の『新ハイキング』、「要倉山と夕倉山」(倉持裕至氏)の紀行文で「元祖・伏木峠」のテープが登場している。 *伏木峠の疑義については、 【松ノ木峠やノボリオイゾネについて参考となる文献】 『新ハイキング』(新ハイキング社) 1993.05.451号 「伏木峠から稲詰峠」(大久保恵著) |
(峠行:2006.12.16)