二子山と股峠・魚尾道峠・志賀坂峠

 二子山には既に2回登っています。 山麓から眺めるその格好良い姿に惹かれて。
スリルと高度感溢れる岩稜歩きはもちろん楽しいのですが、西峰と東峰の中間に位置する
まさに股のような股峠のしっとりとした趣も峠歩きをする者にとっては楽しみの一つであります。


坂本集落から二子山を望む

 国道299号線を小鹿野町から志賀坂峠に向かうと、
坂本集落付近から右手に二子山の威容を望むことができます。
初めて目にする者はその城壁のような姿に驚き、果たしてその岩稜を
歩くことなどできるだろうかと思うかもしれません。

しかし、その取り付きには素敵な峠である股峠と、
稜線上には登山コースが設置されているのです。

上州への入口である志賀坂峠近くにある二子山は、
まるで上州の入口を守る門衛のようであります。


民宿登人裏の南側登山口

登山口は民宿登人の裏手にあり、過去2回もここから登りました。
しかし、今回は前回工事中であった東峰をぐるりと巻く新設林道を
走り抜けて北側登山口から登ってみることにしました。

なんとまあ立派な林道で、東峰の傍らを二子山トンネルという
これまた立派なトンネルで無粋にもブチ抜いています。


二子山トンネルから両神山を望む

小鹿野町方向白石山や両神山の眺めが見事な林道であります。
遠くには武甲山も望むことができます。

路傍には「林道西秩父線開設記念碑」があり、
あの悪名高き知事の名前が刻まれていました。

新しい林道開設の是非は、土地の者でない余所者の旅行者には、
わかりませんが、こんな立派な記念碑が必要なのでしょうか?
またどうして知事の名前を刻む必要があるのでしょうか?
「埼玉県民」とか「小鹿野町町民一同」と刻まれていればまだしも。


完成してしまった林道西秩父線
記念碑には、あの知事の名が・・・

以前、二子山には石灰石採掘計画があったようです。
お隣りの叶山や秩父武甲山のように、
山を崩して採掘を行うというものです。

その計画がどうなったか知りませんが、この立派な林道は
まさか二子山を切り崩すために造られた計画実行の布石では
ないでしょうか。 ちょっと心配です。


北側登山口
長沢からの峠道は林道で寸断された

北側登山口には駐車場もあり、
路肩も含めて十数台の車が停車中。
南側登山口に車がなかったのを見ると、林道開設により
北側がメイン登山口に取って代わったようです。

長沢へ下る峠道は林道で寸断されており、
かなり離れた地点にその下降口がありましたが、
あまり歩かれている様子ではありませんでした。


ニリンソウ咲く峠道

北側登山口から股峠までは、あっけない距離でした。
5分もかからないで到着です。
南側からだと1時間程かかるので、
今後、南側の峠道は廃れてしまうかもしれません。

しぼんでしまったカタクリの花に代わって、
林床にはニリンソウが花をつけていました。


東岳と西岳の鞍部 まさに股

ゆるやかな木段を登れば、新緑眩しい股峠に到着です。

西峰と東峰を脚に見立てた場合、
峠はまさに股で、股峠という名前にも素直に頷けます。
男の股か、女の股かといえば、
ローソク岩なる聳立した岩が近くにあるので
男の股ということになるのでしょうか?


新緑の股峠

峠は明るく、さわやかな風が渡っています。
新緑が美しい峠は、きっと紅葉も美しいことでしょう。

峠には「無理するな 年齢と疲れに 思いやり」とか、
「ゴミも 命も 持ち帰れ」といった看板が立っています。

これから岩稜帯に向かう人へのささやかなる警告のようです。


岩峰から険しい両神山の山並

危険度の高い東峰はパスして、西峰の北側に回りこんで、
立木と岩を掴みながらのソフトロッククライミングです。
クサリ場もありますが、特段危険箇所もなく岩の稜線に
飛び出すことができます。

目に飛び込んでくる南側の眺望は見事の一言。
険しい両神山の山並と、遥か足下の坂本の集落。
高所恐怖症の人は足が竦んでしまいます。


誰もいない二子山西岳山頂

山頂はぐるり360度の絶景。
北には赤久縄山、御荷鉾山など上州の重畳たる山並を満喫できます。

誰もいない山頂を独り占めして、
ボーッとしているこの瞬間がたまりません。
なんでしょう、この恍惚感は。


西岳西峰から山頂を振り返る

ゴジラの背中のようにギザギザ気味の岩稜を、
バランスよく飛び越えて、さらに西に進みます。

振り向くと切り立った岩壁の上に、
先程まで居た山頂が小さく見えます。
この岩壁に取り付いているクライマーもいるので、
落石は絶対に厳禁です。


西隣りの痛ましい叶山の姿
すっかり削られてしまった!!

岩稜の西端まで来ると、
訪れる度にその高さが低くなる叶山があらわれます。
あまりの痛ましい姿で見るに耐えません。

せめて山の外観を残して、
中だけ刳り貫くということはできないのでしょうか。
まぁ、そんなことをしても、山は死んだも同然ですが。


魚尾集落から叶山
かつてはビルディングウォールと呼ばれた

武甲山の悲惨な姿を見ては、秩父人の美意識を疑いますが、
叶山も然りで、上州人の美的感覚を疑ってしまいます。
美意識では生きていけないといえば、それまでで、
確かにその通りでありますが。

まして、そこに生活の根を下ろしていない余所者ですから、
これ以上のことは何も言えません。


魚尾道峠
植林が伐採されている

「山を殺すなかれ!」と心の中で叫んで、岩稜を後にしました。

岩稜からの下りには、ちょっとビビッテしまうクサリ場がありますが、
叶山の惨状で興奮した気持ちを抑え、冷静に下れば大丈夫です。

植林帯を抜ければ、魚尾道峠に到着です。
「魚尾道」と書いて、なぜか「よのをみち」と読みます。
魚尾とはおもしろい名ですが、上州側の集落の名です。
お腹が空いた旅の神様が、村人の捧げた魚を尻尾まで
ムシャムシャと食べてしまい、
それ以後その神様の休まれた村を「魚尾」と呼ぶように
なったということです。


魚尾道峠から叶後へに向けて
かすかな踏み跡があった

魚尾道峠付近の植林地は大規模に伐採されていました。
まさか、全山ハゲ山にして石灰採掘を始めるのではないだろうな!

魚尾道峠からは坂本に下る道と、
岩壁下部を通って股峠に戻る道があります。
西側の叶後への道は薄く、
かすかな踏み跡らしきものがあるだけです。


魚尾道峠南の1043峰からの二子山

叶山にかけては一般登山者立入禁止のようで残念です。

桃源郷と呼ばれ、かつて人の生活もあった叶城(叶後)と呼ばれた
すり鉢状の窪地や牢門と呼ばれた特異な自然景観も
見ることは永遠にできないのでしょうか。

そして、「叶峠(叶後峠)」や「丸岩峠」といった峠も、
もう古い地図上でしか見ることはできないのでしょうか。


魚尾(道)峠の名は岩壁直下の標識に
残っていた

魚尾道峠には峠の名を標した物はありませんでした。
この峠も消えゆく峠道とともに、
次第に人の記憶から消えていくのでしょうか?

股峠に向かう岩壁下部の道に「魚尾峠」の名をつけた道標を
かろうじて見つけることができました。

しかし、じきにこの道標も腐って土に戻っていくことでしょう。


岩壁下部は高難度のフリークライミング
エリアとなっています

岩壁下部はフリークライミングのゲレンデになっています。
かなりのオーバーハングで高難度のようです。

小さい木の祠が祀られ、
中に「十二天神」の御札が納められていました。
どんな謂われのある神様でしょうか?
今は、クライマーの安全を見守っているのかもしれません。

静かに手を合わせて、二子山の岩峰がいつまでもこのままの姿で
残ることを祈り、石灰の塊の山を後にしました。

● 後日、二子山東岳、西岳上級コースを歩いた時のレポートを見る


志賀坂トンネル脇の駐車場から峠への道
志賀坂峠には志賀坂トンネルがあり、
ツーリングのバイクが爆音を轟かせ走り抜けていきます。

そのトンネルの上には旧志賀坂峠が残されているのですが、
行人に顧みられることもなくひっそりとしていました。

上州側トンネル出口の駐車スペースに、
旧志賀坂峠へ続く道が残っています。


杉林のジグザグ途中の文政の馬頭観音

周辺は諏訪山への周遊コースとして整備されているようで、
「志賀坂森林公園」という案内板も見受けられます。

杉の植林地内のジグザグで高度を上げて尾根に近づきます。
途中、文政年間の馬頭観音が行人稀な峠道を見守っています。

かつては、馬産地佐久から馬を列ねた博労が峠を越え、
越後からの瞽女さんの一行も峠を越えたといいます。
両神神社参詣のために峠を越えた人も多かったようです。


旧志賀坂峠

志賀坂峠は上武の国境で、
かつてこの峠越えの道は武州側では信州街道、
遠く信州側では武州街道と呼ばれたようです。

植林地の途中から諏訪山周遊コースと分かれて、
旧峠道を進むと、足下には間物の集落が見えてきます。

尾根に出たところには、白樺が一本。ここが旧峠のようです。
反対側に凹とした道が続いています。

東の送電線近くまで行ってみました。
こちらにも反対側に下る道がつけられています。
登山標識がありましたが、旧志賀坂峠の名はありませんでした。

* 欲張ってハリマ峠・オバンド峠を訪ねようかと思いましたが、間物集落からの峠道入口には立入禁止の看板があり断念しました。