ガンドウ峠 / 巖道峠
| 民俗学者柳田國男の「峠越えのない旅行は、まさに餡のない饅頭である」という言葉は有名です。 今回は中途半端な時間に家を出てしまったので、その餡だけを頂こうと、前から気になっていた 巌道峠を訪れました。 |
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| 巖道峠は道志村久保と秋山村安寺沢とを繋ぐ道志山塊を越える峠です。 車道が越えてはいるものの訪れる人も少なく静かな峠です。 道志村の村人にとっては、遠く桂川沿岸からの文化・物資の流入口として利用された重要な峠でした。 この巖道峠の表記がいろいろで、 岩科小一郎著の『山村滞在』によると、 |
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| 久保の商人が村で生産された炭や生糸を上野原まで運ぶには大変な苦労が伴いました。 朝まだ暗いうちに家を出て、巖道峠を越え山の反対側秋山村に出て、一古沢、田ノ入を通り 鶴島へ出て、渡し舟で桂川を渡り、新田から上野原に向かったといいます。 上野原の山田屋炭店で木炭を卸し、次に市場で生糸や繭、野菜を売って現金収入を得たあと、 きた道を戻り帰路に着いたとのことです。 再び峠にさしかかる頃には、日も暮れ始め、狼の恐怖に震えたといいます。 実際に明治28、29年頃、川畑原の市蔵という甲斐絹の行商人が上野原へ絹糸を売りに行く途路、 大正7年頃、久保学校の小沢伝吉という先生が、 巖道峠の下には「ソラッ峠」という場所があります。 久保の商人は上野原に行った帰りには、必ず饅頭を買い、峠を越える時に、 そんな難儀を伴う峠越えでの安全を願うためか、あるいは邪神や災厄、疫病などが 久保に車を停めて、単調な林道歩きを経て峠に至りましたが、 村人や駄馬に踏み固められた細々とした一条の古道、 餡だけツマミ食いしようとした今回の峠旅は餡の滋味をろくに味わせてくれなかったようです。 |
【参考文献】 『あしなか』6号 「巖道峠」 坂本光雄 ●『富士を眺める山歩き』(山村正光著・毎日新聞社)によると、「ガンドウ」は「龕燈提灯(がんどうちょうちん)」のことであるという。 「そもそも強盗(がんどう)とは龕燈提灯(がんどうちょうちん)の略で、芝居の忠臣蔵の吉良邸討ち入りの場などで目に触れる。 ●参考ホームページ HP『(有)押田産業』 「巌道峠と久保商人の話」 (http://www.oshida-sangyou.co.jp/tradition3.htm) ●巌道峠再訪、安寺沢側の旧道を辿った記録を見る |