ひっそりと生き延びている峠
浅間峠・御飯峠・佛峠
道の駅しもべ−長塩−浅間峠−和名場−△930栃代山−p1117−p1234−御飯峠−p1333−佛峠−釜額−道の駅しもべ
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| 以前に御飯峠、佛峠を訪れた時から4年が経過しました。 その時から気になっていた栃代側と釜額側の峠道を歩いてみることにしました。 最新の『山と高原地図』(昭文社・2009年版)を本屋さんで立ち読みしてみると、 「仏峠、このやさしい名前の峠は、古関村の方へ越しているが、 深田久弥氏は、このように佛峠の印象を「滅び行く峠」としています。 |
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| この日ばかりは早起きをして、朝の7時過ぎに「道の駅しもべ」に到着です。 24時間開放している第2駐車場に車を置いて、地形図「精進」図幅のほぼ中央を占拠する 常葉川と栃代川に挟まれた長い尾根道を辿って、本栖湖西岸尾根上の御飯峠、佛峠を目指します。 国道300号線の木喰トンネルをくぐりぬけて、大曾里のバス停から長塩集落へと入ります。 |
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| 峠道の歩き始めは、薄暗い植林地内の道ですが、ジグザグで高度を上げるに連れ、 上部は明るい自然林の中の道となります。 道幅はけして広くないながらも、よく踏まれているので不安は感じません。 麓からは朝8時を知らせる合図なのでしょうか、 辿り着いた峠は、小さな鞍部で、岩欠へと下る細い道がヒノキの幼木林の中へと続いています。 |
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| この長塩と岩欠とを結ぶ小さな山越えの道は、 『新ハイキング570号』の「天王山から木喰の里へ」(田口隆二著)という紀行文の中では、 「浅間峠」として紹介されています。 地形図に見られる尾根上の神社マークが浅間神社であることから、そう呼ばれているのでしょう。 天子山塊の地誌を紹介している『あしなか第13号』では、「長塩坂」とあります。 |
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| 浅間峠(長塩坂)の東方には、地形図の神社記号の表記通り、壁板のない社が建っています。 その背後には「浅間神社」と刻まれた石碑が置かれています。 『下部町誌』によると、木花開耶姫命を祀るもので、明治20年に長塩の小林家が扶桑教信仰の ために石碑を御神体として安置したとのこと。 長塩と岩欠の境界にあるため両集落で祭祀を行っているといいます。 これより常葉川と栃代川に挟まれた尾根を東へ東へと辿り、御飯峠を目指すことになります。 『下部町誌』には、「浅間づる」について、 |
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| 「浅間づる」には凹状の道形が残り、落ち葉が積もってはいますが、よく踏まれています。 しかし、人の歩いている痕跡よりも、イノシシの掘り返しが目立つ道です。 「日本軽金属14」の小さな送電鉄塔をくぐり抜け、ひと登りすると、p574の小ピークを迎えます。 この小ピークには、大岩があり、その下には磨耗した石仏が安置されています。 「浅間づる」の往来が、かつて頻繁にあったことを物語る証人といえるでしょう。 大岩からの展望は頗る良好で、南側は足の竦む栃代川へ落ち込む絶壁の向こうに |
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| p574から岩峰に上手い具合に付けられた新緑に包まれる明るい道を下り、 生活ゴミが異常に散乱しているヒノキの植林地を抜ければ、和名場の山上集落となります。 それにしてもこれらのゴミは和名場で暮らす人が投棄しているのでしょうか? ありとあらゆる生活雑貨が植林地の中に投棄されています。 「和名場」は「和奈場」、「和那場」とも書かれますが、「罠場」が地名の起こりだとされています。 東へと進む尾根道は民家背後の竹林の中に続いています。 ツガ、マツの混じるヒノキ林を抜けると、地形図情報通り、次のピークは右手から巻きにかかります。 植林地内の小さな沢筋を二本横断した所で、道は曖昧になってしまいます。 地形図では尾根道にクロスして、北側の古関、釜額へと破線道がのびていますが、 |
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| 尾根筋は明るい自然林に囲まれ、不安はありません。 マーキングの類は、これまで一切ありませんが、地図をよく読めば恐れることはありません。 ピークを回避しようとする怪しい巻き道は無視して、次峰、三角点p930へ向けて、 |
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| p930の山頂には、三等三角点と恩賜林標が置かれています。 北面の眺望が得られますが、ヒノキの幼林が成長すれば、それも閉ざされてしまうことでしょう。 『下部町誌』では、このp930を「栃代山」としているので、手製標識を取り付けてみましたが、 いささか山名確定に自信が持てません。 なぜなら、栃代集落南面の山(p1469桑木山の東南部)を「城山」と呼ぶようで、 ちなみに集落名の「栃代」は、栃の木が多くあったことに因む地名であるという説と、 |
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| p930栃代山から東南へ進む尾根道は明るく、途中、釜額からの薄い踏み跡を合わせます。 次に迎える緩やかな小ピークでは、右手(南)方向へ流されがちになりますが、 ここは忠実に尾根を拾うことが肝要です。 次第に、尾根道の歩行を灌木が阻害し始めますが、それを最近、刈り払ったらしい鉈目が見られ、 p930から二つ目のピークは、釜額への破線道が分岐するジャンクションになっています。 小ピークから南方を望むと、毛無山へと突き上げる栃代川源流部のV字谷が圧巻を呈していて、 |
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| p1117付近は本コース上の白眉でしょう。 北東斜面が広範囲に伐採され、眺望を欲しいままにすることができます。 釜額川流域の馬蹄形の尾根の連なり(佛峠から釜額へ続く尾根破線道コースを含む)や、 これからぐるっと回り込んで佛峠へと向かう尾根の様子などをつぶさに観察することができます。 切り株に腰掛けて休んだり、切り株から芽吹くひこばえに逞しさを感じたりしながら、 |
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| 北面の展望は雄大で、釈迦ヶ岳から蛾ヶ岳を結ぶ芦川南稜尾根や 国道300号線を抱く中之倉背後の反木川左岸尾根を望むことができます。 国道300号線を自動車で走るたび、いつも歩きたいと眺めていた尾根から、 |
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| 伐採地を登り詰め勾配が緩むと、左手が植林、右手がカラマツ林となります。 その中間のややヤブ気味の踏み跡を拾いますが、林業公社の赤い頭の杭が目印になります。 p1234という並びの良い標高数字の台地に向けて登りに取り掛かる直前、 右手から歩きやすそうな道がカラマツ林の中を巻きにかかります。 直上する道が、ややヤブかかっているので、ここは明るい雰囲気もある巻き道を選択します。 立ち木には、これまでなかったテープの目印が随所に見られるようになります。 |
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| p1234は、並び数字であるというだけに期待していましたが、 なんてことはない平凡な植林尾根で、リズミカルな数字の代わりに植林が並んでいるだけです。 視界も無く、薄暗く、パッとしません。 p1234の東方、栃代からの破線道が合流するはずの平坦地では、 ちょっと進路に戸惑いますが、以前御飯峠を訪れた時に、栃代側の峠道は植林地内に 2009年版『山と高原地図』では御飯峠の栃代側の道について、 |
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| 植林地内を斜上する明瞭な峠道を拾うと、しばらくで明るい雑木の尾根が近付き、 飛び出した所が御飯峠となります。 前回訪れた時は、深い霧に覆われていましたが、今回は明るい陽光が降り注いでいます。 まだ芽吹き始めたばかりの雑木林の向こうには、雪を纏った富士の姿が望まれ、 その姿は椀に盛られた御飯のようでもあります。 峠には、テレビ電波アンテナが建ち、山梨県県有林「6-150」の標識と、 |
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| 身延町が発行している『身延町観光ガイドマップ』では、ここから佛峠へ向かった場所で、 p1225の北側で本栖湖側からの破線道が合流している場所を「御飯峠」としています。 また、山梨県が整備している「本栖の森」でも、同位置を「御飯峠」としていて、 位置の疑念もさることながら、そもそも、この珍妙な峠名の由来は何なのでしょうか? |
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| p1333を越えると佛峠まであとは惰性に任せて本栖湖西岸尾根を下るだけです。 尾根上はブナやナラなど広葉樹に囲まれています。 この付近はまだ気温が低いのか、芽吹きを迎えていませんが、そのおかげで裸木越しに 本栖湖の深い色をした「本栖ブール」をチラチラと望むことができます。 竜ヶ岳の山容と、そこから雨ヶ岳に向けてのばされている尾根の落ち込みである端足峠の存在も 木の間越しにはっきりと認めることができます。 地形図p1225の北側で、本栖湖側から合流する踏み跡とマーキングもありますが、 |
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| 前回訪れた時は、白いガスに包まれていた佛峠ですが、 本栖湖側は「本栖ブール」の湖面が、釜額側は新緑が黄金のように輝いています。 ちょうど峠に到着すると同時に、釜額側の峠道をチロンチロンと優しい鈴の音を響かせながら |
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| 佛峠に石仏の姿はありませんが、何もなくても峠の情趣は満ち溢れています。 小さな尾根のヘコミの造形美、両側とも自然林に覆われた好感の持てる樹相、 峠の名前をしるした味のある一本の標柱、大袈裟な舞台装置は何もありませんが、 峠を愛する人をきっと満足させることでしょう。 山梨県は「本栖湖の悠久の自然と峠道文化をたどる森づくり」をテーマに掲げ、 「本栖の森」のパンフレットにはエリア内の峠について次のように書かれています。 「県境の割石峠へ越える端足峠、古関への佛峠、栃代からの御飯峠の三つがあり、 県では端足峠、佛峠、御飯峠を自然公園内に取り込んで整備を図っているようですが、 |
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| 佛峠から釜額側へと下る道ですが、谷筋経路と尾根筋経路の二経路があるようです。 現行版の地形図に谷筋経路の峠道は描かれていませんが、 旧版の地形図には尾根筋の道よりも幅広の道で表記されているのを確認できます。 2009年版『山と高原地図』では、尾根筋経路を辿る道を峠道として破線で表記しているらしく、 尾根筋を辿る道が本道なのか、それとも谷筋に下降する道が本道なのか、 佛峠は東の中道往還と西の駿州往還(河内路)、富士川水運とを結びつける役割があり、 駿河国根原から端足峠、佛峠を越え、釜額を経て関所の置かれた古関へと伝う尾根道は、 次に佛峠を訪れる機会があれば、尾根道を辿って、釜額集落へと向かってみたいものです。 |
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| 黙して語らず汗をひくのを待っていたハイカー氏は、 再びチロンチロンと流麗な鈴の音を響かせ本栖側へと降りて行きます。 こちらもザックの中をゴソゴソとあさって取り出したイチゴジャムパンを急いで腹に収めると、 カランカランという品のないカウベルの音を撒き散らして、新緑眩しい釜額への道を下り始めます。 新緑眩しい道は、ジグザグを幾度か繰り返し、谷の底へと降りて行きます。 ひとしきりのジグザグを終えると、目立つ大きなツガ(?)の木があり、その根元には、 |
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| 小さな沢の流れに沿い、落ち葉を蹴散らして進むと最初の渡渉地点を迎えます。 沢の流れはやさしく、飛び石で左岸へ渡りニリンソウの花咲く涼しげな道へと変わります。 足元は落ち葉の堆積から、名も知らぬ春の花々の咲く道となるので、 踏みつけないようにして足を運ばなければなりません。 再び右岸へと渡り、小さな滝を見ながら進むと、 「大字釜額字草多」と現地名の書かれた県有林造林地の看板を過ぎると、 この崩壊箇所が無ければ、誰でも安心して歩ける峠道であることを思うと残念ですが、 |
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| 難場をクリアすると、再びジグザグで山腹を下るようになり、水量の増した沢沿いに降り立ちます。 岩を落ちる流れは、二、三段の大きな滝をつくり、マイナスイオンを周囲に振り撒いています。 植林地に沿う道となり、木々間からはいくつもの滝と淵が見られるようになると、 峠道の終わりは近く、突如、林道へと飛び出して終焉となります。 衣服に付いたダニを払い落とし、ペットボトルをごくりと飲み干し、峠歩きは終了です。 |
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| 釜額の集落は観光客で賑わっているふうもなく、 昔からの生活を今に続けている山峡の静かな山村にしか見えません。 ハイカーのための登山口を示す道標は一切なく、 「危険多し、入山注意、熊に用心」の看板を見るにつけ、どちらかといえば入山者の訪問を 拒んでいるかのようにさえ見えます。 地元にしてみれば、山を荒らされたり、遭難や山火事を出されたら厄介に違いなく、 部外者の進入を快く思っていないのかもしれません。 集落内の道々には、道祖神や庚申塔などが多く見られ、 釜額川沿いの低地に開かれた水田の代掻き作業を見ながら、集落を抜けると、 富士宮市根原から竜ヶ岳と雨ヶ岳の鞍部である端足峠を越え、 公共交通機関の便が悪く、佛峠、御飯峠を訪れるハイカーは多くありませんが、 |
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| 国道300号線を走行する度に、天子山塊の重畳たる山並みが気に掛かります。 人工物が目に入らない深い山々の連なりは山を愛する人を惹きつけて止みません。 富士川左岸の天子山塊は、市販の登山地図や登山ガイド本の空白地帯でもあります。 今後、山行対象地として開拓していく余地が充分にあるエリアです。 |
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(峠行:2009.04.29) |
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| 【*1】 『山頂の憩い』 「年末年始の山」 深田久弥著 朝日文庫 【*2】 『下部町誌』の第2章では長塩から上岩欠にでる往還が「地蔵峠(杵地蔵峠)」であるとしていますが、 【*3】 2009年版『山と高原地図』(昭文社)では、佛峠の北に位置しているp1247三角点峰を「中ノ倉山」としているが 【注意】 浅間づるから御飯峠の尾根伝い歩きでは、多くはありませんが、ダニが取り付きます。 【参考文献】 『下部町誌』(身延町のホームページから全文閲覧可能) |
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| 佛峠は本当に素敵な峠、可愛い峠です。騙されたと思って是非訪れて御覧なさい。 でも峠には何もありませんよ。何もないけど、風も、光も、木々もあります。 ちっちゃなへこみを刻んだ足跡があります。 |
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