旧秦野峠道を探る

(松田側・失敗篇)

 手持ちの『山と高原地図・丹沢』(昭文社・1988年発行版)を見ると、
松田町寄・稲郷と山北町玄倉・塔ノ平を結ぶ旧秦野峠が赤い破線で描かれている。

当時から荒れ気味だったようで以下の注意コメントが付加されている。
「杉ノ沢堰堤--大曲り間。ヤブひどし。足元充分注意。下るとき、大曲りの鉄骨堰堤上、右岸の入口に注意。」

その後の1993年版では上記コメントは削除され、「径路荒廃」とだけ記されている。
また破線道は目立たない色で描かれ、玄倉側の道は林道と重なった為か完全に削除されてしまった。
秦野側も林道開発が進み、わざわざ歩く人のいなくなったコースをコメント付きで
紹介することもないだろうといった扱いである。

果して現状はどうなっているのか、とりあえず、秦野側の径路(杉ノ沢径路)を探ってみたが・・・


キャンプ場の吊橋で中津川を渡る

稲郷のキャンプ場に架る吊橋を利用して中津川を渡る。
渡った先は広場になっていて、錆びつき朽ち果てた大型バスが放置されている。
ここは三つの沢の合流点で、三つの大きな堰堤が立ちはだかる。
右手に寄沢、真ん中に中ノ沢、左手に杉ノ沢の各堰堤。

左の杉ノ沢に入るため上り勾配の幅広山道に入り、堰堤を高巻にかかる。
堰堤上の杉ノ沢の流れは水量もさほど多くはなく、右岸左岸と自在に歩くことができる。
そのやさしい流れに沿って径路らしきものも残っている。


杉ノ沢沿いには道が付けられている


林道から見下ろした杉ノ沢堰堤上の河原

しばらく進むと第2堰堤があり、踏跡が途絶えた。
左岸の植林地から高巻を試みるが、堰堤との間にえぐれたガレ沢があり上手く越えることができそうもない。

ポケットから地図を取り出してよく見ると、第2堰堤は右岸から越え、
杉ノ沢堰堤(第3堰堤)を左岸から越えるように赤の破線道が付けられていた。
いきなりミスった。左岸の植林地を中ほどまで登ってしまった。
なんとかなるかと、もうしばらく足掻いてみる。しかし、どうにもならない。
今からでも素直に沢まで引き返し、右岸に渡ればよいものをやけくそになって左岸を登る。

このままでは林道に出てしまうぞと分かっていながら、
いや白状すると、「杉ノ沢堰堤--大曲り間。ヤブひどし。」にビビって逃げようとしている自分がいるのだ。
ああ、林道のガードレールが見えてきたぞ、早く引き返せと思いつつも足は上へ上へと向かう。

とうとう林道に出てしまった。
ああ、なんということか、20分足らずで旧峠道の探索は失敗に終わったのだ。
今回は下見という事にしようと頭を切り替えて、林道をこのまま進み
「大曲り」への下降地点を確認しに行くこととする。

林道から見下ろすと杉ノ沢堰堤(第3堰堤)の上は広い河原になっているのがわかる。
旧峠道は残っていたのだろうか?やっぱり確認すべきであったと少々後悔したりもする。
所々、沢筋に植林地があるので仕事道として生き残っているかもしれない。


大曲下降点にあった「秦野峠登山道」の標識


標識から再び林道へ出た地点

白水沢、菰吊沢を林道に架る立派な橋で渡り、「大曲り」下降点と思われる地点を探す。
目を凝らすとガレた場所ではあるが、かすかな踏み跡と、テープ、黄色のプラ杭、
水源林の杭などがあり、確信を持って小沢に下降することができた。

なんとなくだが道筋は残っているようだ、「杉ノ沢堰堤--大曲り」間は再度調査しよう。
小沢の上流を見ると、立木に「秦野峠登山道」の標識が括りつけられていた。
「この上の林道へ出、オンバク橋まで行き再び登山道へ入る」と書かれている。
「1984年」製の標識である、当時はメジャーコースだったのか?

この付近について『山と高原地図』の1988年版注意コメントは次のようにある。
「登るとき、大曲りで右折したのち左岸の小沢へ入り、林道を登る。
下るときは、杉ノ沢径路への下り口がわかりにくい。林道通行が可。」
たしかに林道から下る場合は分かりづらいので要注意だ。


おんばく橋から再び旧峠道へ


おんばく沢は堰堤だらけで旧道は壊滅

林道をしばらく進むと、「秦野峠登山道入口は、第一・第二おんばく橋の間を右に入る。」
との注意コメント通り目印が付けられ、それらしき山道がある。

山道はオンバク沢左岸に付けられているが、しばらく行くと堰堤上で鹿柵にぶつかる。
この鹿柵内に入り踏み跡を拾って行くがどうもおかしいぞ?
おかしいと感じてもグングンと登っていく、ウーンこれは明らかにおかしい。
このままでは伊勢沢ノ頭か1086点峰に行ってしまうぞ!戻ろう、戻ろう。(もっと早く気付け!)
鹿柵内進入はミスコースでありました。

オンバク沢は短い沢筋に10以上の大規模堰堤が築かれている。
まだ新しく平成15年築造とのプレートがある。
こりゃ旧道は破壊されたか、寸断されてしまったようだ。
地図を読み冷静に地形を見ると、オンバク沢右岸が正解のようだ。

堰堤上部で流れの乏しい沢を渡り、右岸を詰めてガレを登ると旧道に上手く飛び出ることができた。
しめしめ予想通りだ。
峠道の一部は破壊されてしまったが、その原因が自然災害によるものなのか、
堰堤築造という治山工事によるものなのかはわからない。

峠へはニセ峠地形、崩壊沢を越えて進む。
水源林の杭や、目印のテープもあるが荒廃が進んでいる。


旧秦野峠


「ジタンゴ山 2.9km  雨山峠 4.8km」

以前に「鍋割峠-雨山峠-旧秦野峠-新秦野峠」と歩いたときに訪れてから
二度目となる旧秦野峠である。
特段変わった様子はないが、傍らの木製ベンチの腐敗が進み、とても腰掛けて休める状態ではない。

『山と渓谷28号』の「丹澤玄倉川と周囲の山々」(坂本光雄著)には秦野峠について、
「今は置き忘れられた峠の一つで、幕末の頃、長州の武士が佐幕派と戦いて、敗北し
中郡秦野より此の峠を越したと云うエピソードがある」と書かれている。


荒れ果てた あらか沢(うば沢)堰堤工事現場


熊かと思ったらカモシカ君でした

峠手前の荒れた崩壊沢で治山工事が進められ、
林道上に工事車両が見えたので、ここを下ってみると「あらか沢橋」に出た。
沢の入口は大規模堰堤群の工事中であった。
工事看板には「ウバ沢治山工事」とあるが、「あらか沢」と「ウバ沢」は同一なのか?

現場作業を終える作業員が、
「下まで乗っていくか?」なんて声を掛けてくれることをちょっぴり期待していたが、
そろそろ日が暮れるというのに工事はまだまだ続行中であった。
まぁいいさ、トボトボと稲郷に向けて予定通り林道を歩いて帰るのみ。
再びオンバク沢、菰吊沢、白水沢そして中ノ沢、手代沢を橋で渡る。
4、5kmも歩けば寄沢出合である。

林道は便利だが、歩くには単調で遠回りだし足裏が痛くなるのが難点。
時折、鹿君が崖上から降らす落石にも要注意だ。
ガサゴソ、林道上部で音がするぞ。
鹿じゃない、黒いぞ!熊か!熊かと思ったらカモシカ君でありました。
キョトンとした顔でこちらの様子を窺っています。
林道秦野峠線でカモシカと出会うのは3回目、どうやらこの辺は居心地が良く住み易い場所らしい。


こりゃ、ヒドイよね!

でも、キャンプ場近くに戻ってくると、凄まじい不法投棄。
ハトのマークの引っ越し屋さんの段ポール数箱と日用雑貨やらキャンプ用品が散乱している。
こんなゴミ、わざわざ山の中に運んで捨てなくても自治体の回収ゴミで無料で持っていってくれるよ!

カモシカ君ごめんなさい、人間って、こんな奴なんです。

◇ 帰宅後何気なく『丹沢の谷110ルート』(山と渓谷社)を見ていたら「杉ノ沢」が紹介されていました。
  それによると杉ノ沢は「滝らしい滝はひとつもなく、のんびりと気軽なハイキングが楽しめるコース」
  であるそうだ。「ヤブひどし」の言葉に騙されて逃げてしまった自分が、ああ、情けない。

◆ 「旧秦野峠道を探る・2」を見る