どこだかわからない峠

平尾峠?・中尾峠?・平野峠?・大窪峠?・長池峠?・長尾峠?

 山中湖の北岸尾根である石割山西南尾根を歩いてきました。
この尾根には文献によっては3〜4箇所の峠が見受けられます。
『山梨の峠』では大出山と石割山の間に、「長尾峠、長池峠、大久保峠、平野峠」があるとしています。
しかし、文献によって峠の数、峠の名前、峠の位置はさまざまです。
峠名ばかりか山の名前やその位置も文献によって異なります。

現地は東海自然歩道に指定されており、コースの整備、標識の設置はなされていますが、
顕著なピークには山名が表記されているものの、鞍部分岐に峠名を記した標識は一切ありませんでした。

各種文献に見られる山名と峠名の配列を示すと以下のようになります。

   ←西                                               東→
『日本山岳案内』
鉄道省 
昭和15年
大出山--小池山--大窪峠--梨平山--飯盛山--大平山--平野峠--中尾山--一ノ砂沢ノ頭--石神戸--石割山
(大窪山)       
(長峠)       (大池山)             (平尾山)
『山と高原地図』
昭文社 1992版*
大出山--長池峠--長池山--飯盛山--大平山--イモ山--大窪山--平野峠--平尾山--石割山
『甲斐の山山』
新ハイキング社
大出山--大平山--大窪山--平野峠--平尾山--石割山
『中高年向きの山』
山と渓谷社
大出山--長池山--大平山--イモ山--大窪山--中尾山--石割山

* 『山と高原地図』では版によって、表記している峠名、山名の位置が異なる。ある版ではp1318を平尾山としている。
* 『東京付近の山』(実業之日本社)では平尾山の東側に平尾峠がある。p1318付近を一ノ砂山としている。

『あしなか第2号』山村民俗の会  「鹿留山附近の山名に就いて」(加藤秀夫著)からの引用
「・・・(石割山から)西南に向う本脈は山中湖北壁をなし一帯のカヤトである。
第一の小鞍部に石割山の賽道を左に分れて来た道が通っている。
これは三角点の西、ホノ原をまいて七曲峠(*)に至るもので、次の小頭を越えてまた径が乗り越えている。
中尾峠と云うもので昔の内野より石割山の賽路である。
今はクドレがひどく馬の背の様な通路となっているが、人は余り歩かない。

次の1290m峯が『国誌』にあるイモ山、現在単にエゴとのみ称している様である。
次も『国誌』にある
平野坂の新道で、平野では無論内野坂と云う。
平野から約一時間道はよいし思ったより早い。
内野側にガレがあって上に岩石があり、シシ岩のザレと云う。
こんな花崗岩の崩壊した処をこの附近ではミカゲかクドレと云う。

次の小頭が『国誌』の石神戸(1260m)で、西南に出る尾根を藤尾根と云って
ヤエカンバとの鞍部に赤柴沢との中から分れる旧道が通っている。
内野側へ少し下った所に古碑があるというが、私は見て来なかった。
大平山(1292m)から内野ヘ笹尾根を降る道がある。

長池坂
(1104m)、大出山、大クボ山に至り山中湖西端を経て富士の東北麓と相交わる。」

* 「七曲峠」とは同書では現在の「二十曲峠」のことを意味する。

など、上記に示した通り文献によって峠の名称及び位置が異なるようです。
地図を見ているだけでは山名や峠位置の同定が出来ないので現地を訪れてみることにしました。



石割山登山口

当初は三国山稜のヅナ坂峠の現況探索に赴くつもりでしたが、
出発が遅れたために三国峠で昼食時間を迎えました。
車中で99円の稲荷寿司と塩煎餅を食べ、
あえなく予定を変更し、パノラマ台からも眺めることのできる
山中湖北岸の易しそうな尾根を目指すことにします。

石割山にさえ登ってしまえば、後は富士を眺めながらの
余裕の山遊漫歩を楽しめるはずです。

石割山登山口に車を置いて、赤い鳥居をくぐり抜けます。
すると見上げる先はいきなりの急階段が待ち構えています。
数えが合っていれば404段の苦行となります。


石割神社

聖域に続く長い階段を一歩一歩汗して登り、
下界の不浄を汗とともに体外に排出していく作業のようです。
階段終了点には休憩舎があり「石割の湯」からの登山道が合流します。

ここから石割神社までは自然林の中の歩き易い幅広の道となります。
途中の目にとまる大岩は御神体の一部なのでしょうか、
注連縄などが巻かれ不埒な闖入者に睨みを利かせています。

辿り着いた石割神社はやや整備され過ぎたきらいもありますが、
割れ目の入った高さ15m程の天戸岩は見事であり、
霊験が感じられることにも素直に頷けます。


御神体の隙間を通過する

岩の裏側に回り込むと、
人ひとりがやっと通れるほどの隙間があります。
罪深い者、不浄の者は、
この隙間を通り抜けることができないと云われています。

ちょっと太り気味の方や内臓脂肪をたくさん蓄えた方は
屈曲する狭所の通過が困難なことでしょう。
子供の頃、「クマのプーさん」の童話本で見た挿絵がトラウマとなり、
閉所に恐怖を覚える身ではありましたが、
幸いにして無事通過することが出来ました。

時計回りに岩の間を3回通り抜けると幸運があるとのことですが、
残念、そうとも知らず逆回りをしてしまいました。


遠足客で埋まる山頂

石割神社から山頂までは笹の中のやや急な山道となります。
所々、ロープの張られた場所もありますが長く続くことはありません。

飛び出した山頂は小学生の遠足集団に占拠され
腰を下ろすスペースもありません。

富士の姿は少し霞んでいますが雄大な眺めです。
平尾山、大平山へとのびる尾根道は一旦カクンと標高を落とし、
その先はなだらかに続いています。


山頂から鹿留山・杓子山を望む

山頂からは鹿留山、杓子山の姿も望むことが出来ます。
あんなに高い山だったけと見惚れてしまいますが、
目の前を横切る送電線が少々目障りでもあります。

鹿留川流域の山々は観光地のすぐ近くにありながら、
深い自然が残っているように思われます。
未踏の峰や尾根があるので今後開拓したいエリアであります。

遠足学児のボルテージは上がり続ける一方です。
山頂の喧噪から逃げるようにして山中湖北岸尾根に進みます。


保安林の看板がある小頭 p1318付近

山頂から転がるような斜面を鹿柵に掴まりながら下降します。
ひとしきり下ると平坦な道となりp1318の小頭になります。
小頭には「保安林」の黄色い看板があるだけで山名標識はありません。
一ノ砂山でしょうか?
ここを平尾山としている資料もあります。

地形図に見られる二十曲峠へのトラバース破線道や
内野村に下降する破線道は見出すことが出来ません。
右手は鹿柵が並走しているので踏み跡があったとしても
果たして柵の反対側に行けるものか疑問です。


<推定> 平尾峠? 中尾峠?

小頭を下ると東海自然歩道の標識が設置され、
平野への分岐路があります。
ここを平尾峠、あるいは中尾峠としている文献があります。
平野に下るから平野峠であったとしてもおかしくはありません。

次のピークが平尾山の山名標識がある見晴らしのよい山頂です。
一部資料では中尾山の名前もあるようです。

平尾山(あるいは中尾山)の肩に位置するので、
分岐は平尾峠(あるいは中尾峠)ということなのでしょう。


開閉式食害防護柵

平尾山から進行方向は別荘地に向けて
木製階段で急激に下降しています。
途中、右手には開閉式の鹿の食害防護柵があり、
柵越しに続く道が確認できます。

これが地形図にある鞍部手前の破線道かもしれません。
食害防護柵の看板には
「開けたら閉めて下さい」との注意書があるので、
自由に開閉して通過することは禁止されているわけではないようです。


<推定> 平野峠?

次のp1267(大窪山)との鞍部が平野峠のようですが、
登山指導標には平野を指し示す方向板は取り付けられていません。
忍野村、内野側には方向板があり、
開閉式の食害防護柵の向こうに道がのびています。

平野側は別荘地内の私道がすぐそばまで接近していますが、
鉄条網で仕切られています。
抜け道らしき踏み跡はあるようですが私有地内なので、
安易に足を踏み入れることは出来ません。

富士の眺めが良好な一等観光地に建つ高級そうな別荘に
格差社会を感じつつ、p1267(大窪山)を階段で登ります。


<推定> 大久保峠?

富士サクラの白い花咲くほぼ平坦な道を進むと、
別荘地の方向にのびる道がある分岐となります。
ここが『山梨の峠』にある大久保峠でしょうか?

確かに大窪山のとなりの鞍部ですからそうなのかもしれません。
ただ、『甲斐国誌』の「山中村」の項には以下の記述があり、
若干位置が異なるような気もします。
「平野ト界ス寅ノ方山足ト湖水トノ間ニ小池アリ大池ト号ス
寅ノ方大久保通リ子丑ノ方大久保峠ニ至リ長池村ト界シ・・・・」
『日本山岳案内』の大窪峠(長峠)が正しいような気もします。


パラグライダー発進地分岐

<推定>大久保峠からさらにほぼ平坦な道を進むと
アンテナの建つ大平山が見えてきます。
その手前の草地にも尾根を横切る道があります。

ここはパラグライダーの発進地になっていて、
吹流しが風に揺れています。
自動車もここまで上がってこれるようで一台の車が停車し、
無線を手にしたパラグリスト(?)が風を読んでいました。
南側の湖畔に下る道はブルトーザーが造った道のようで安定しています。
「湖北34番 30分」の標識があります。


大平山頂

のびやかな大平山の山頂からの展望は頗る良好。
山中湖ぐるりの山々や富士の雄大な裾野も一望できる。
山頂には東屋とYBS(山梨放送)のテレビアンテナ施設がある。
忍野側からの林道も延ばされている。
「湖畔直降コース 40分」の標識があり山中湖への下降路も分岐している。


林道接合分岐

大平山を緩やかに下降します。
右手には樹林を透かして延長された林道が見え隠れしています。
それにしてもこの山中湖北岸尾根道はなんと虫が多いのでしょう!
顔や露出した肌にまとわりついてやかましい!
そんな虫の捕食を狙っているのか山鳥の声が多いのには救われます。

下りきった鞍部で林道と接触し、
再び小さな登りとなって飯盛山となり、
それをまた下って林道分岐を経て長池山となります。
長池山にはNTTのアンテナ無線施設があります。


花の都公園分岐

長池山から大出山に向けて緩やかに下降を続けると、
右手に「花の都公園」への分岐が現われます。
東海自然歩道ともここでお別れのようです。
登山標識には「忍野・ハリモミ純林」へとも書いてあります。

「花の都公園」とは噂に聞くところでは
大赤字の観光施設のようです。
かなりの額の補助金(税金)が投入されていると聞きます。


<推定> 長池峠?

次の鞍部は地形図では破線道が越えていますが、
既に舗装済の林道が貫通しており、
実質、山中湖北岸ハイキングコースはここで終了となります。

ここが『山梨の峠』にある長池峠と思われます。
峠名の記された標識は一切無く、
「大平山ハイキングコース入口」の登山標識が建っているのみです。

次の長尾峠は『山梨の峠』に見られる峠で、
ホテルマウント富士の東側と推定されます。
別段、峠の情緒も無く、観光開発、別荘開発に傷ついた
マウンテンを観照するだけの場所です。


<推定> 長尾峠

さて、車を置いた石割神社登山口までは遠い道程です。
いかにして引き返すかと思案するところです。
山中湖に下り、湖畔の道を歩くよりも、
尾根を戻る方が早いのではと考えます。
そうと決まれば大平山まで一目散に引き返し、
その先のパラグライダー発進地分岐から湖畔へと下ります。

途中で大平山頂からの直降コースを合わせて樹林帯を抜けると、
「湖北」というバス停近くに出ることができました。
しかし、期待の「ぐるりん周遊バス」の便は貧弱で、
結局、湖畔を歩き続けての帰着です。

実際に現地を歩いても、
ひとつとして確信が持てる峠位置の断定はできず、
どこだかわからないままに峠を探してウロウロするばかりの
山遊漫歩でありました。
しかし、こんなダラダラした峠行も好きなのです。