一寸峠 (一足峠・ひとあしとうげ)


一寸峠 (ひとあしとうげ・一足峠)


公園案内図 より (HPで閲覧可)

「一寸」と書いて「ひとあし」と読みます。
神奈川県立茅ヶ崎里山公園の北端に「一寸峠」はあります。
「柳谷(やなぎやと)」の東尾根を越える小さな峠で、ひとあしでまたげる峠という意味で、
「一足峠」とも書くようです。
こんな場所に峠が隠れていたかと驚きましたが、この峠が自宅から一番近い峠となりました。


峠の石造物 庚申塔


峠から西の谷戸の芹沢の池に向かう道は「みこし道」

郷土史の文献資料を見ると「一寸峠」について次のような説明があります。

  「芹沢の腰掛神社から藤沢への道を中谷打越とぶつかる直線で、
  茅ヶ崎唯一の峠と言われる所である。
  昔は、此処を神輿が中谷から柳谷へ通り、来年はその逆に通った。
  神輿は柳谷から峠に抜けるのには、前の棹を地面に付け、後ろは持ち上げて渡った。
  神輿道は半日かけて渡ったので各要所要所に御旅所があり、其処で休憩し、
  各谷戸毎に御馳走が出された。神主さんも各谷戸毎に祝詞を上げた。」
                             (『古い芹沢』 樋田豊宏編 平成20年 より)

一寸峠は茅ヶ崎市唯一の「峠」と呼ばれる場所で、谷戸と谷戸とを結ぶ小さな峠であり、
祭礼の際には腰掛神社の神輿が越えていたことがわかります。
峠から芹沢の池までの道を「みこし道」というようで、現地には手作りの標識がありました。
かつて、この周辺は九十九谷戸といわれるほど谷戸が多く、緑豊かな土地であったようです。
現在多くの谷戸が住宅地や道路に姿を変えましたがここ柳谷は里山の景観を残しています。


峠といえばたしかに峠らしい


芹沢の池に下った所に道祖神が祀られている

峠には風化した石造物が祀られています。

  「この峠の上には庚申さまが三つあったが、右から一番目は文字は読めず、
  土台石と塔身が残り、右から二つ目には塔身さえ無く、台石のみだった。
  左のは平成10年迄は置かれてあったが、秋になくなっていた。」
                         (『古い芹沢』 樋田豊宏編 平成20年 より)

現在、峠には左右に、ある程度の大きさの石造物と真ん中に塔身が無造作に置かれています。
なくなってしまったという石造物は戻されたのでしょうか?
これらは柳谷講中が文政年間に建立した庚申塔のようです。

峠から西側の柳谷へと下ります。
木製の階段が設置されていて、あっという間に谷底に下ることができます。
芹沢の池のほとりには道祖神が祀られていて、
ここでは今でも1月14日にどんど焼きが行われているといいます。


おお坂


キツネ坂

芹沢の池から西尾根を越えようとする坂道は「おお坂」と呼ばれているようです。
腰掛神社を訪ねるために北へ向かうと、「キツネ坂」という西尾根に上がる坂も現われます。
昔は、この坂の辺りは夜になると狐火がボーッとついていたといわれているそうです。

  「道路は谷戸から谷戸へ通ずる根通りと馬の背を通るものと二種があって、
  その道路を結ぶ道は急な坂道となって、一寸峠のごとき名を残している。
  また、椎ノ木坂や大久保坂、大明神坂など呼ばれる急坂もある。」
                              (『小出誌』 樋田豊宏編 平成11年 より)

谷戸が多いため、それらを結ぶ坂道が付近には多く見られます。
しかし、なぜ一寸峠だけを「坂」ではなく、「峠」と呼んでいるのでしょうか?


腰掛神社

腰掛神社は芹沢村の鎮守で、日本武尊が東征の途中、腰掛けて休んだと伝えられる
自然石(腰掛石)が鎮座しています。
境内の樹叢は、開発の進む都市近郊にしては厳かな雰囲気を保ちながらよく残されています。
再び一寸峠を踏んで、「風のすべり台」で楽しむ子供達の笑い声を耳に里山公園を後にしました。
【参考文献】
『古い芹沢』 樋田豊宏編 平成20年
『小出誌』 樋田豊宏編 平成11年
『柳谷散策案内図』 柳谷の自然に学ぶ会 2007年

★ この峠の情報は藤野町在住のMさんより頂戴しました、どうもありがとうございました。
★ 『神奈川新聞』2009年2月5日版に「地元で唯一の峠」と題された記事が載っています。

(峠行:2009.02.07)