人の歩かなくなった峠道
楢山峠(楢峠)・イヤゲ峠(イヤキ峠・イヤナギ峠)
山沢峠(大平峠・小沢峠)・雛鶴峠(大ダミ峠・大ダビ峠・大旅峠)
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| 地形図を見ると高畑山の南鞍部に無生野と大平とを結ぶ楢山峠の峠道が破線で描かれています。 大平側はブリティッシュガーデンゴルフ場なる小洒落た名前のゴルフ場に侵蝕されていますが、 無生野側は楢山沢に沿った破線道が克明に記載されています。 この峠道の現状がどうなっているのか探りに行きました。 楢山峠は昭文社の『山と高原地図』では「楢峠」と記されていますが、 出発前に楢山峠について情報を得ようとネット検索を行ったところ、 当時すでに不明瞭だった峠道が、10年以上の時を経た現在、一体どんな様子なのか、 |
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| 新旧の雛鶴トンネル道の分岐に車を停めて、楢山沢沿いの林道へと足を踏み入れます。 林道の名は「林道奈良山線」、起点には「この先行止まり、登山道なし」の標識がぶら下がっています。 「登山道なし」の標識にたじろぐものの、これは雛鶴峠を目指す初心者ハイカーが |
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| 林道終点部に据えられた大岩の背後から水流の乏しい沢に降りていざ遡行の開始です。 沢に降りて直ぐに分岐を迎えますが、左手は植林地を背後にした陰鬱なナメの小滝、 右手は落葉自然林を背後にした明るい沢筋。 雰囲気からしても、沢幅、水量からしても、右手沢筋へと足が向かいますが、 |
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| 選択した右手沢筋は大水のせいなのかやや荒れてはいるものの、 葉を落とした樹林に囲まれ様相は明るく、いたって健康的で、不安を抱かせる要素はありません。 不安を抱く要素はないのですが、峠道の痕跡もなければ、近時、人の辿った痕跡もありません。 沢そのもの自体が道であるとも感じられる道跡無き沢を進みます。 上方、落石を伴うカモシカの手荒な挨拶を受け、 |
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| 市村界尾根へ詰め上げる沢の源頭部は急傾斜に加え崩壊が進みガレガレで危険な状態です。 右手の張り出した小尾根に取り付くために、高畑山に直登する沢筋を攀じ登ります。 傾斜が緩んだところで小尾根にからみ付けばケモノ道に誘導され、 それがマーキングテープの残る踏み跡へと見事に変化し、 まんまと市村界尾根上の公的機関の設置した登山指導標の前に飛び出すことができるのです。 |
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| 一応、無生野側の沢筋から辿り着くことが出来たし、大平側に向けても微かな踏み跡を確認する ことができるので、ここを「楢山峠(楢峠)」と推定し、カマボコ板で作成した標識を取り付けてみます。 しかし、ここは高畑山と大ダビ山との最低鞍部ではありません。 最低鞍部は南へもう少し行った所にあり、地形図ではそこを破線道が越えています。 『山梨の峠』(小林栄二・自費出版・平成10年)には 「沢道をしばらく登ると尾根道となるが、その道も途中から消えてしまう。 もしかすると最初の分岐で左の沢筋を選択していたならば、このようにドンピシャで最低鞍部に また、HP『Pass-Hunting!「峠」の世界』の「楢峠-コースミスによる失敗-」レポに登場する 目的の市村界尾根上に到達したところで丁度正午を迎え、正午を知らせる |
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| 指導標識から僅かばかり南下すれば高畑山と大ダビ山の最低鞍部です。 こちらがやはり峠なのでしょうか? しかし、無生野側は崩壊斜面で峠道の痕跡が見当たりません。 植林帯が近接しているので作業道はあるのかもしれませんが確認にはいたっていません。 また大平側も峠道の痕跡を見出すことはできませんでした。 公的機関の標識が設置されているという点で、先の場所を楢山峠と推定しましたが、 今ではゴルフ場に飲み込まれてしまった大平側の峠道を辿り、 「大平川に沿って東へ進むと、やがて大平川の流れを右へ渉り、暫くして分岐したる径を左へ取る。 昭和初期、すでに「径は殆んど消えて」いた状態であり、 |
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| さてこの先は一路南下し、大ダビ山、イヤゲ峠を経て大平沢ノ頭を踏み、 そこから西へと転進して高取山、大平峠(山沢峠・小沢峠)、サイマル山を目指します。 視界からゴルフ場が消えることはありませんが、採石場や産業廃棄物処分場を見ながら 歩くよりはマシであると納得するしかありません。 |
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| 大ダビ山を越えた次の鞍部がイヤゲ峠で、 『甲斐国誌』では「イヤキ峠」と記され「昇降壱里峠ニ古松アリ」と書かれています。 また先に紹介した古い紀行文には誤植かもしれませんが「イヤナギ峠」の名が見られます。 『日本山岳案内』(鉄道省山岳部編・昭和15年)には、 秋山側に峠道の痕跡はないようです。(でも、緩斜面なので適当に下れそう) |
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| イヤゲ峠からひと登りで、高取山・サイマル山への分岐点でもある大平沢ノ頭です。 大平沢ノ頭は『日本山岳案内』による名称ですが、 同本では近くにある「高岩」から「高岩山」とも呼ばれているとしています。 「高岩」と「高岩山」を厳密に使い分けているようですが、 最近のガイド本等ではここを単に「高岩」としているものも見受けられます。 どの山名が正しいかややこしいので皮肉を込めて「ブリティッシュガーデンノ頭」としたら いかがでしょうか、多分、即刻却下でしょうが・・・・。 「休猟区」の看板背後より、西に派生する尾根に乗りますが、 |
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| 高取山・サイマル山へと向かう尾根は一部ヤブ気味のところもありますが、 踏み跡以上登山道以下といった面持ちで、割かしハッキリとしています。 途中のp804は「焼室山」との名前があるようですが、パッとしない単なる小突起に過ぎません。 (この尾根については『新ハイキング581号』の「雛鶴峠・高取山・サイマル山を行く」(小倉修)が詳しい) 明瞭な送電線巡視路と出合って鉄塔台地に飛び出ると、 送電線巡視路は高取山を敬遠するかのように北側から巻いてしまうので、 |
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| 容赦なく顔を叩くブッシュを「顔だけは勘弁してぇ〜」と掻き分け尾根を下ると鉄塔台地に至り、 先ほど別れた明瞭な送電線巡視路と再び合流します。 鉄塔台地からはゴルフ場を挟んで高畑山、大桑山の伸びやかな起伏を堪能することができます。 高取山は「鷹獲り山」の意味なのでしょうか? |
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| 地形図を見ると、高取山の西側には曽雌と大平とを結ぶ破線道が尾根を越えています。 これが大平峠、または山沢峠、小沢峠と呼ばれる峠道です。 『山と高原地図』には「小沢峠」の名が採用されていますが、 |
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| 「大平集落から曾雌へ行くのには山沢峠を越えると非常に楽である。 集落から大平川に沿って東(ナラ山峠)へ五分程進み、南へ大平川の流れを渉って登れば 直ぐに山沢峠である。然し登り口が一寸分かりにくいので一度村民に聞いた方がよい。 峠上の展望は南側が悪く北側が良い。峠の西にある歳丸山、東にある高取山へは立派な小径が ついている。峠から曾雌への下りは一息である。」 (『山と高原55号』「突坂峠より雛鶴峠へ」田中新平・昭和18年) 古い文献資料を見ると、ほとんどが「山沢峠」あるいは「大平峠」の名前を採用しています。 |
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| 進行右手に大秋日山の東西の凹みである突坂峠と鈴ヶ音峠を眺めながら766mの四等三角点へ。 送電鉄塔の立つこの三角点峰に名前は無いのでしょうか? 道志口方面の眺望も、九鬼山東尾根の見晴らしにも優れていますが山名標識はありません。 「ゴォッー!」という轟音に視線を移すと、リニアモーターのお出ましです。 この山体はリニアベービーをお腹に宿しているのです。 ゴルフ場も酷いけど、山体を穿つリニア実験線は山を強姦したに等しいと思えてなりません。 マツクイムシにやられたらしい松の大木脇を通り、 |
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| サイマル山からの下降は、さらに西へと尾根を進みます。 うすい踏み跡があるので辿ることができます。 最初は地形図の「神門」という文字を目指して西南尾根を下り始めましたが、 ちょっと急傾斜が過ぎるので止めにして、緩やかに下降している西尾根に変更します。 冬枯れ時期以外に歩きたくないブッシュ気味の西尾根を踏み跡を外さずに歩き、 |
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| バス道を歩いて乗り捨てた車まで戻らなければなりません。 どうせなら雛鶴峠旧道を越えて行こうとするのは峠マニア必然の行為です。 しかし、現行版地形図には雛鶴峠の旧道は描かれていません。 まぁ、旧雛鶴トンネルまで行けばなんとかなり、その脇辺りに旧峠道入口があるだろうと、 旧雛鶴トンネル道を歩き始めます。 この旧雛鶴トンネル道の傷みは激しく、到る所で落石、土砂流出が見られます。 辿り着いた旧トンネル付近に峠へ向かう旧道は見当たりません。 暗黒のトンネル内部は天井から滴る水音と所々崩れた手掘りの壁が不気味で、 |
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| 恐怖と戦慄の旧トンネルを通過して、飛び出した秋山側の道も荒れ放題の状態です。 秋山側はトンネル口の脇に峠への旧道があるのでそれを辿ってみることにします。 不安定な風倒木が横たわる峠道は、秋山村指定のハイキングコースにしては荒れた状態で、 ♪ 駒の鈴なる 雛鶴峠 峠の馬子唄にも歌われるように、 |
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| 雛鶴峠は静寂の中にあります。 一名を「大ダミ峠」ともいい、雛鶴姫を荼毘にふしたことから「大ダビ峠」と命名したものが、 次第に訛って「大ダミ峠」と呼ばれるようになったとのこと。(『秋山村史』) 峠には「ひなづる峠」と書かれた頑丈な標柱が立ち、四方向をそれぞれ指し示しています。 いつの頃から地形図より峠道が抹殺されたかは知りませんが、 |
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| 楢山峠やイヤゲ峠は、人が歩かなくなったから荒れたのでしょうか? それともゴルフ場の出現で歩けなくなったから荒れたのでしょうか? 「歩かなくなったから荒れた」のか、「歩けなくなったから荒れた」のか、 両者はたった一字の違いですが、その違いは大きな違いでもあります。 雛鶴峠はトンネルが開通し、歩いて越える必要のなくなった峠です。 戦時中、赤紙が雛鶴峠を越えたといいます。 |
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(峠行2008.03.17) ●以前に楢山峠・イヤゲ峠・雛鶴峠を訪れた時のレポを見る。 |
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| 雛鶴姫伝説の文献としては、 『雛鶴峠太平記』(針田芽尖著) 『新ハイキング424号』1991.2月号「雛鶴峠伝説考」(内田栄一著)などがある。 ちなみに、道志村には道坂峠を雛鶴姫が越えたという伝説が残っている。 歌手の大月みやこさんが歌う『雛鶴峠』なる哀愁漂う歌もある。 |
『雛鶴峠』 キングレコード・昭和47年 ♪土の牢屋の 灯火消せば なれぬわらじに 血潮がにじむ 人の情けが あついと聞いた |