〜 なんちゃって  K2に行って来ました 〜

★ 戸沢ノ頭(遠見山)--大杉山--弥七沢ノ頭

湯ノ沢乗越・箒杉乗越

 NHKで放送されたドラマ「氷壁」に感化されてK2に行って来ました。
といっても貧乏人ですから丹沢のK2です。

丹沢にK2のような鋭峰があるものかと疑問に思われる方もありましょうが、
姿ではなく、標高が似ているだけのお山があるのです。

K2の標高を御存知ですか?
8611メートルです。

中川川左岸、大杉山の標高を御存知ですか?
861.1メートルです。

小数点がなければ同じです。
ワァー!なんというインチキでしょう。
点があるのと無いのとでは大違いですね!

それでも行っちゃいました 丹沢の似非(エセ)K2に。

しかし、低山だと侮るなかれ!
本場ヒマラヤの高峰の如く、先だっても遭難騒ぎがあった山域なのだから。

〜 この山域について 〜
◎ これは冗談ではありません ◎

今回のルートは瘠せた尾根筋を歩くなど危険な箇所が多々あります。
事前学習等をするとともに天候の安定した時期に入山することをお勧め致します。
一般登山コースではないのですべての行為が自己責任の元で行われることを要します。

本ルートは主尾根さえ拾っていれば道迷いはないと思われますが、滑落、転落はいつどこで起きても不思議ではありません。
写真撮影に熱中して、木の根につまづいて、白ザレの斜面で滑って転んで、掴んだ立木が折れてしまって、等々。
多分、急斜面へ落ちたら這い上がることはできないでしょうし、這い上がろうとする意識が残っているとすれば
まだ運は良かったということにもなりかねません。(こういう命に関わる危険が潜んでいるところはK2といえるかも)
集団山行の方は落石にも注意して、ペット連れや子供連れ、足腰の弱った高齢者、徹夜明けの強行軍などは
入山を避けられたほうが無難だと思います。

事前学習なしに支尾根に入り込まないこと、安易に巻き道に引き込まれないことが肝心です。
また、積雪期や豪雨後は立ち入りを控え、視界の確保できる冬枯れ期から新緑期までが適切な山行時期だといえます。
一般ルートなら当然、鎖が設置されているような場所でも、本ルートではなんの整備も施されていません。
無論、登山標識の類はなく、マーキングテープと自身の読図力が頼りとなります。
さらに一部のヤブではダニの取り付きがあるのでその対策も必要となります。
実際に、多数の遭難、行方不明が発生しているエリアなので入山される方は厳重に注意されたし。

なぜそんな危険なエリアに、安全志向の峠屋さんが足を踏み入れるかといえば、
峠のお仲間である「乗越」を巡るためであります。
大杉山とヤブ沢ノ頭を結ぶ尾根上には沢屋さん御用達の「乗越」がいくつか点在しているのです。
その主たるものが「湯ノ沢乗越」と「箒沢乗越」であります。

「湯ノ沢乗越」は、とあるガイド本で「大杉峠」としているものもあります。(文献名を忘れてしまった)
また、「箒沢乗越」については中川川水系と玄倉川水系小川谷とを結ぶ要路として、沢屋さんばかりではなく、
猟師や炭焼き、あるいは武田信玄の鉱山開発に従事していた者が越えたことも考えられ、
峠マニアとしては単なる「乗越」として捨て置くわけには参りません。


中川橋駐車場前の入山口


取っ付きは植林と自然林の間を登る

丹沢湖の北岸、中川橋を渡った所にある駐車場に車を停めると目の前が入山口です。
K2へのアクセスにしては至極便利なのであります。【*1】
いざ出発進行と思いましたが、入山口の階段に覆い被さる笹薮を見て、
フリース素材のアウターを脱ぎ捨て、ツルツル素材の雨具を羽織ることにしました。
これはダニの取り付きを極度に恐れる軟弱者だからです。

シェルパの同行もなく不安ですが未知の山域にいよいよ足を踏み入れます。
階段を上がると、植林地で踏み跡はあるかなしやの状態です。
今回使用した教科書【*2】によると、「左が雑木林右が植林帯で、その境付近の踏み跡を拾って急登する」
とあるので左手に接近すると、なるほど踏み跡があり、テープのマーキングも見られます。

いきなりの急登に息があがりますが、これはK2登頂への高度順化ができていないせいでしょうか、
いや、違います。単なる運動不足と寝不足のせいでしょう。
たかだか数百メートルのお山です、高山病も極地法も無縁の世界なのです。


p540から戸沢ノ頭方向を望む


笹ヤブは消えてスッキリした尾根道となる

勾配が緩まり、うすい笹薮の中の踏み跡を辿るとp540の小ピークに到着です。
大きな杉が数本あり、似非K2の前衛峰である戸沢ノ頭(遠見山)が高く聳えているのが望まれます。
ふと足元を見ると、ズボンに数匹のダニが取り付いています。
クーッ!ここはまぎれもなく丹沢だ!高所寒冷の地であるK2にダニなどいるはずもないと、
いまさらながらに再認識させられるのでした。

それでも、うっとうしい笹薮とはここでしばしお別れです。
この後はすっきりとした尾根道となり、踏み跡も明瞭、冬枯れで眺望も良好の快路に様変わりです。
(ダニとの戯れは、弥七沢ノ頭以降の後半部に引き継がれます)


戸沢ノ頭(遠見山)


カマボコ板の手製標識を取り付ける

富士を背後にした権現山や屏風岩山から畦ガ丸へと続く尾根を眺めながら、葉を落とした自然林の中、
次第に高度は上昇してゆきます。
怪しい巻き道らしき踏み跡も錯綜しますが、忠実に尾根を拾って歩くのが確実です。
境界見出標杭が埋まっているのでそれに従えば迷うようなことはありません。

戸沢ノ頭直下で再び植林地に吸い込まれ、打ち落とされた枝で隠され気味の踏み跡を登りつめれば
p880の戸沢ノ頭(遠見山)に到着です。
膨らみかけたミツマタの蕾に春の訪れを感じながらも玄倉側から吹く風の冷たさを肌で感じます。
既存の山名プレートの上に、カマボコ板の手製標識を取り付けました。
片面は「戸沢ノ頭」で、もう片面は「遠見山」としたので問題はないでしょう。


戸沢ノ頭から玄倉側を望む


ほぼ平坦な植林内を進む

戸沢ノ頭(遠見山)は植林に覆われていますが、一部、玄倉側に向けて視界を得ることができます。
普段見慣れぬ角度から山々を見るだけで山座同定が覚束なくなるというのは
まだまだ丹沢を知り得ていないという証拠でしょうか。
植林を全部取っ払えば「遠見山」の名にふさわしい遠見を見渡す山になることでしょう、惜しいです。

ここからはほぼ平坦な防鹿柵沿いの道となります。
植林地なので眺望はなく、鼻歌が出る気分でもないのでただ淡々と歩くのみです。
この先に期待の(本当は期待はしていない)丹沢K2が待っているのです。


丹沢のK2 大杉山
予想以上にショボかった・・・


カマボコ板の手製標識を取り付ける
「大杉」というよりも「多杉」という感じ

クーッ!辿り着いたK2は予想以上のショボさ。
薄暗く、眺望も皆無。 三角点が無ければ通り過ぎる人も多かろう。
「大杉山」の手製標識を作ってきたが、「大杉」というよりは「多杉」という感じだ。
K2とは似ても似つかない、どちらかと言えば対極である。
そもそもK2に植林帯などあるはずもない。
「丹沢K2」の「K」は、「KURAI(暗い)」の「K」だったのか・・・

とても似非K2で食事などする気にもなれず、なおも植林地を進みます。
(「似非(エセ)」という言葉は、外形は本物と似ているが実はそうでないという意味だから、
外形も中身も似ていない大杉山に用いるのは不適切ですね。)

左手に窪地、右手に雑木林という不思議な地形を過ぎると暗い植林道から開放されます。
木に吊るされたサントリーウイスキーの空瓶を目印に下降し、ヤセた尾根筋の自然林の道となります。
雰囲気は明るくなりましたが中川側は険悪なザレの斜面が所々口を開けているので注意しなければなりません。
転げ落ちたら滑り台の如く谷底まで体を持っていかれそうです。
集中力を高める為に、ここらでアンパンと煎餅を立ち食いして脳にエネルギーを補給します。


p845(小割沢の頭)より大杉山を振り返る


湯ノ沢乗越 小割沢乗越
湯ノ沢側

p845は小さな分岐コブ。小割沢ノ頭という名称があるようです。
ここは注意してやや右手に下降します。
最初に降りついた鞍部が湯ノ沢乗越でしょうか?

中川川水系湯ノ沢の詰めと玄倉側の小割沢の詰めが尾根上で出合っています。
小割沢乗越という場合もあり、とある文献では大杉峠という名を見たこともあります。
湯ノ沢の源頭部は複雑なことで有名で、支沢が複雑に入り組み尾根へと突き上げていますから
いくつかある鞍部の中からいわゆる「湯ノ沢乗越」を特定するのは容易ではありません。


湯ノ沢七ノ沢乗越


小割沢側

湯ノ沢乗越だったり、湯ノ沢中俣乗越だったり、湯ノ沢七ノ沢乗越だったり、小割沢乗越だったり、
弥七沢左俣の詰めだったりを、沢を詰めずに尾根道の歩行だけで判定するのは厄介です。
おしなべて言えることは、湯ノ沢側はいずれも崩壊が激しく、傾斜も急であり、とても峠道としての役割を
担っているとは思えないということです。

やはり普通人が通行に使用できるかどうかという点は、「峠」なのか「乗越」なのかを区別する
重要な判断材料に成り得ることでしょうから、そういう見地に立てばここは「乗越」の範疇なのでしょう。
小割沢や弥七沢側の詰めの一部は一見したところ下れそうに見える場所もありますが、
その先が果たしてどうなっているのかは尾根の上からだけでは判りません。


p956手前の乗越 湯ノ沢左俣側


p956 弥七沢ノ頭
ここではなく次の峰だとする文献もある

p956へ向かう登りに取り掛かる手前にも乗越風な箇所があり、
ここは例外的に湯ノ沢側の傾斜が緩くなっているように見えます。(上左画像)
しかし、その先、ストンと切れ落ちている可能性もあり、湯ノ沢側へ下降するなど
安易に考えない方が良いでしょう。

『丹沢の谷110ルート』(丹沢渓谷調査団・山と渓谷社)では湯ノ沢について、
「湯ノ沢ほど複雑に枝沢が入り込んでいる沢はない。またその全貌もほとんどつかめておらず、
丹沢の秘境のひとつといえるだろう。」との記述があります。
急に里が恋しくなっても湯ノ沢側だけは間違っても足を踏み入れてはなりません。
高くてボロボロで険悪な棚とヌルヌルの棚が餌が転がり落ちてくるのを口を開けて待ち構えているのですから。

全身を使い(木の根を掴み、スズ竹のヤブを束ねて掴みながら・・・これから先の登りはみんなこんな感じ)
やっとのことでp956へと辿り着きます。
この山頂はブナの大木に囲まれた素敵な場所。 本縦走路中のオアシスといった感じです。
緊張の続くヤセ尾根歩きが続く中、ここだけは本当にホッと一息つくことができます。
このp956を弥七沢ノ頭としている文献が多いのですが、もう一つ先の東のピーク(950m圏)を
弥七沢ノ頭としている文献もあり(沢の本など)判断に迷うところです。
まぁ、どちらも中俣、右俣の違いはありますが弥七沢の源頭部の峰に違いはありませんが・・・。
とりあえずp956の峰に手製のカマボコ板標識を取り付けておきました。【*3】


尾根から見下ろす箒沢の集落


箒沢乗越 押出沢側の急なガレ

そのもう一つの東のピークの手前に押出し沢右俣の詰めと弥七沢右俣の詰めとを結ぶ鞍部があります。
ここはなんとなく両側とも降りられそうな気がしますが、きっとそれも錯覚なのでしょう。
さてここから小ピークを越えて、箒沢乗越へと降るザレた道が個人的には一番緊張を強いられました。

乾燥した白ザレはズルズル滑るし、体を預ける立木の位置も微妙な配置、掴む岩はボロボロと崩れ、
掴む笹薮はポキポキと折れてしまいます。 右手左手どちらに転んでも谷底までサヨウナラ〜・・・
そうか「丹沢K2」の「K」は「KIKEN(危険)」の「K」でもあったのか・・・
これで「K」が二つ揃った、戸沢ノ頭から大杉山にかけての前半部の「KURAI(暗い)植林地」、
そして後半部の「KIKEN(危険)なヤセ尾根」、たしかにK2であったと妙に納得してしまう。


穴ノ平沢側もガレている


乗越は瘠せた尾根上の一点に過ぎない

箒沢乗越には赤錆びた「県有林24/22」の看板と
立木に巻かれた白テープにマジックで「ホウキ沢乗越」と書かれた文字が残されていた。
押出し沢側の凄まじいガレの崩壊斜面を見ていると、
足も震えて、「箒」なんていう画数の多い漢字など思い出しもしなかったのだろう。

反対側の穴ノ平沢側だって普通人が決して歩いて下降できる雰囲気ではない。
箒沢乗越は乗越道としての役目を果たしているのか甚だ疑問である。
きっと一部の、それもマニアックな沢屋さんだけが溯行終了点として踏んでいるに違いない。

『丹澤記』(吉田喜久治著・岳書房・1983年)には、
「(中ノ沢)休泊所から箒沢打越まで、道があったかどうかすら判明しない。
オンダシ沢側はかなりあるかれていたらしく、最近までみちははっきりしていた。」とある。
「最近まで」ということは、もう今ではハッキリしていないということだろう。


錆びた「県有林24/22」の看板がある


p926 (アナノ平ノ頭)

箒沢の集落は美しい箱庭のように尾根上からは見え、
それも容易に下降して辿り着けるかのように感じられるのですが、
押出し沢の詰めは陰鬱で凄惨な表情をしていて人をまったく寄せつけようとはしません。

油断すると吸い込まれそうな悪魔の口を横目に見ながら、その縁辺をp926へ向けて這い上がっていくのです。
p926は穴ノ平ノ頭とも呼ばれるようでアセビ等の雑木が茂っています。 ここでまたホッと一息です。

とりあえず課題であった二つの「乗越」は確認したので峠マニアとしては満足です。
この後もヤセた尾根に詰め上げる小さな鞍部はいくつかあるのですが、そんなことよりも
再び濃くなりつつあるスズ竹のヤブから受けるダニの取り付き攻撃に応戦するのに忙しくなってくるのです。
それに加えてヤブ沢ノ頭はまだ頭上高くにあり、一般道に出るにはもうひとふんばりせねばなりません。


堆積した岩場を直上する


一般道に合流

まさに全身運動、木の根、笹薮、掴めるものはなんでも掴んでここからは攀じ登っていくのです。
所々、マーキングテープはあるので、それと踏み跡を頼りに進みます。
白い岩が堆積した場所は左手方向に流され易いですが、労を厭わず直上するのが正解です。
とにかく高みを目指してひとふんばりすれば待望の一般登山コースに合流です。
そして、なんともいえない満足感を味わいつつ、来し方を振り返ると、
スリルを多分に含んだ愉しいひと時を与えてくれた尾根道が逆光の中に浮かんでいたのです。

ヤレヤレ、峠のお仲間である「乗越」を訪れるために、とんだひと苦労でありました。
静観的峠行を好む峠マニアには、ちょっとハードでありました。

それにしても大杉山861.1メートルをK2としたのは大袈裟すぎました。
でも、ここを10回登れば、10倍で8611メートルかと、「本当のK2もたいしたことないじゃん」なんて
浅はかな考えが頭に浮かぶのです。
これは、やはりマヌケな証拠なのでしょうか。


一般道から逆光の縦走路を振り返る


板小屋沢の流れに沿って旅は終わる

【*1】 中川橋を自動車で渡る時は道路交通標識に要注意です。山北方面から運転して来た場合、右折はできません。
     しっかりと指定方向外進入禁止の交通標識があります。
     こんなところで警察が見張っていることは無いと思いますが一応、ルールですので。
     そして、下山後、箒沢から車を停めた中川橋までバスを利用して戻ってくる予定の方はバス停の時刻表を確認しておきましょう。

【*2】 『新ハイキング 571号』(2003.05.新ハイキング社)の「大杉山から弥七沢ノ頭-箒沢」(窪田弘著)を参考にしました。

    その他、馬草山や弥七沢ノ頭西尾根を絡めたバリエーションルートの紹介としては
    『新ハイキング445号』の「大杉山と遠見山」(内田栄一著)、
    『新ハイキング536号』の「大杉山から弥七沢ノ頭へ」(内田栄一著)
    が参考となります。 

【*3】 HP『イガイガの丹沢放浪記』様には地元民からの聞き取りから「トウキョウ山(東京山)」との呼び名があることを紹介しています。

◎ 再度、ご注意 ◎

冒頭、この山域は危険と書きましたが、実はそれほど危険でもありません。 しかし、それが危険なのです。
行こうとすれば行けてしまう、中途半端に危険なのです。
スゴイ危険なら、よっぽど集中して注意するだろうし、そんな所ならハナから挑戦しないことでしょう。
でもここは危険な場所が多いとされながらも歩けてしまいます。
ヤセ尾根のザレザレ斜面などは誰でも注意しますが、ちょっと気を抜いた瞬間、足をすくわれる危険が常にあります。
どうか思わぬ転倒に十分ご注意ください。
また、このコースは南下するより、北上する方がよろしいかと思われます。
転倒や崖への転落ばかりではなく、ヤブ沢ノ頭直下のヤブ気味の道や、
逆方向を歩いた場合の戸沢ノ頭からの下降など、迷い易そうな場所もあるにはありますからご注意ください。

中川橋10:00--戸沢ノ頭11:30--大杉山12:00--p926峰14:10--箒沢バス停16:15--バス発16:21