西原古道再び
<通称>十文字峠・小棡峠(大立峠)・笛吹峠(大日峠、丸山峠)・笠松峠
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| 西原古道の小さな峠を再び訪ねることにしました。 西原古道は鶴川沿いにバス道が開かれる前は、西原や小菅の奥から上野原宿へ向かう 人々の通行が繁くあった道だと思われます。 西原の古老の話によると、昔は上野原へ出るのに幾つもの峠を越えたといいます。 バス道を通過しているだけでは古道の様子を窺い知ることはできませんが、 今回は、古道上の小さな峠二つと、その道筋にある端山を二山訪れます。 |
| ● 初めて西原古道を訪れた時のレポートを見る |
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| 沢渡に車を停めて、まずは西原古道上の「<通称>十文字峠」を目指します。 この峠名は『新ハイキング542号』の誌上で知った名前ですが、<通称>という点が少々気になります。 地元の方の間で、実際にそう呼ばれていれば別段問題はありませんが、 一部のハイカーの間だけにしか通用しない呼称ではないかとの懸念もあります。 沢渡集落内の蔵王院という寺の脇から古道が始まります。 |
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| コンクリートで簡易舗装された道をダラダラと登りつめ、沢渡集落の西方p575の日武連山と 笹尾根上の小棡峠から南方へ派生し、さらにp850から西南に向きを変え分岐してのびてくる 小尾根との撓みを目指します。 「ウォークラリー入口」の標識がある堰堤前でコンクリ舗装は終わり、そこから先は土道となりますが、 |
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| 振り返れば、鶴川の谷はもう足下遥かに遠ざかり、 わずかばかりの歩行で、秋色に染まる静かな山中へと吸い込まれているのです。 歩きはじめからハイカー向けの標識は一切ありませんが、 |
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| 峠にはその名を明示した物はなく、「通称」という言葉に引っ掛かりつつも、 「十文字峠」と書いた手製標識を立ち木に括りつけます。 峠は小さな切通し状で、峠の向こうは薄暗い植林地の中を小棡へと続く道がのびています。 |
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| 日武連山に向けて高みを登ると、木製の赤い小社が祀られているのを目にします。 どんな神様が宿しているのか、社の扉を開けようかとも思いましたが、そっとしておきました。 日武連山の山頂は単なる植林内の小突起に過ぎず、開豁な展望などありません。 |
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| 日武連山の山頂から先、鶴川沿いの芦瀬の集落に向けて山道は続いているようですが、 十文字峠に引き返し、笹尾根上の小棡峠へ向けて植林尾根を登ることにします。 峠から少し登った所で、地形図に記載されている沢渡からのもう一本の破線道を合わせますが、 こちらの道も状態は良さそうです。 小棡峠へと向かう尾根道は予想外に状態が良く、 |
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| 大垣外の集落から上がってくる破線道をp850で合わせると、一旦傾斜は緩みます。 しばらく進むと、沢渡から小棡峠へ向かうコース上で見る、最初で最後の道標が現われます。 この道標の指示通り、ここで左に折れて尾根筋を忠実に登ることになるのですが、 この親切な道標が無ければ、きっとハッキリした道を直進していたことでしょう。 これぞまさに必要最低限の適格な道標設置の有様ではないかと思います。 地形図ではp1046に向けて直線的に破線が付けられていますが、 「この風船は長野県伊那市にある児童養護施設〇〇〇で飛ばした風船です。 風船にメッセージをつけて飛ばされたようで、住所なども書かれていました。 |
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| 猿投沢の谷を挟んで丸山のまさに丸々した姿を望みながら進めば小棡峠に到着です。 地形図や現地標識には「小棡峠」の名が表記されていますが、 古い文献資料では「大立峠」の名を用いているケースが多いように見受けられます。 峠からは権現山、雨降山が一望でき、その上に雪を被った富士の頭がのぞいています。 小棡峠は「婚姻の峠」で、かつては花嫁が越えた峠だったようです。 峠を越えて向かう先の標識は「笛吹バス停」を指し示しています。 |
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| 山頂直前には小棡集落へ下る分岐があり、 ボーイスカウトの建てた白い標識には「沢渡を経て上野原」の文字が読み取れます。 ここが地形図に記載のある丸山西南尾根を辿り小棡へ下る道の入口となっています。 小春日和の山頂はぬくぬくのポカポカで休憩するにはもってこいです。 |
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| 木々間から正面には三頭山、右手には御前山、大岳山を望みながら、 丸山からの緩やかな下り勾配の笹尾根道を笛吹峠へ向けて進みます。 尾根の真上よりも東京側へ体が入ると、すでに日影の寒々しさであり、鼻水が出るほどです。 途中、中高年40人の団体さんと擦れ違いましたが、皆さんの装備・服装は完璧で、 ジーパン姿で肩下げのカバンを襷掛けにした場違いな登山者を訝しがる視線が投げかけられます。 少し時間がズレていれば、笛吹峠は先の団体さんに占拠されていたことでしょうが、 |
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| 笛吹峠は丸山峠とも、大日峠とも呼ばれています。 「笛吹」は「うずしき」、あるいは「うずひき」、「うずふき」、「うそふき」とも読む難解地名です。 峠には道しるべを兼ねた「大日」と刻まれた丸石が置かれています。 「大日」も「だいにち」ではなく、「でえにち」と地元では発音しています。 「大日」と刻まれた面には「みぎハかづま ひだりさいはら」(右は数馬、左は西原)とあり、 檜原村では、着茣蓙姿で、首に風呂敷包みを下げた恰好で五日市へ交易に出かけていた |
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| 峠を後にして藤尾の集落へ向けて峠道を下ります。 どんな道なのか、往時の峠路の状態を保っている道なのだろうかと期待が高まりますが、 下りはじめは薄暗い植林地の中を行く仕事道のような道で、至ってありきたりな趣です。 道幅もさほど広くはなく、それほどしっかりした道にも思えません。 かつて山間集落の生活を支えた交易の道として通行が頻繁にあったとは信じ難くもあります。 それでも数馬峠道と笛吹峠道とを分かつ標識が立つ辺りからは、 数馬・笛吹峠分岐からわずかばかり進むと次なる分岐であるp933分岐です。 道は細い凹状の道で、凹部には小枝や落ち葉が溜まっていて歩きにくい箇所もありますが、 |
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| 次に目指す西原古道上の笠松峠は、丸山から伸びるその西南尾根の撓みとして、 すぐに、そして明瞭に、その位置を認知することができます。 笠松峠は藤尾と小棡とを繋ぐ小さな峠で地形図にも尾根の撓みを越える破線道が描かれています。 地形図に峠名は記載されていませんが、 『奥多摩』(宮内敏雄著)の挿入図には「笠松峠」の名を見ることができます。 二宮神社付近から望む峠方向の風景は、まさに日本昔話的風景で心にグッとくるものがあります。 |
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| 赤い屋根の最終民家に辿り着くわずか手前、左手の畑の上にあがる野良道が峠へと続く道です。 「山火事注意」の看板を横目に、畑の縁を通り、赤屋根民家の背後を通過すれば、 植林地の中へとのびる峠道にしぜんと吸い込まれていきます。 汗をかくほどの登りを要することなく、よく踏まれた峠道のジグザグで峠に立つことができます。 峠は十文字峠同様に小さな切通し状を成しており、峠名を明示した標識の類は一切ありません。 峠には数年前まで、笠が開いたような見事な枝振りの松があり、 |
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| 峠からp752の小突起を目指すことにしますが、 丸太の階段などもあり一応コースとして整備されていることが窺がえます。 昔はこの付近に寺があり、p752は「寺窪山」と呼ばれるようになったとのことなので、 「寺窪山」と書いた手製標識を拵えて持ってきましたが、山頂にはなんと大きな標識があり、 そこには堂々と「ふんどし山」との山名が掲げられていました。 確かに『新ハイキング542号』でも「フンドシ山、エエグラ山」と呼ぶこともあると書かれていますが、 それとも、山仕事で汗をかいた杣人がふんどし(褌)を外して、木に吊るし、乾かしていたのでしょうか? |
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| 山頂からは鶴川沿いの初戸集落へ下ると思しき山道ものびていますが、 ここは笠松峠へと戻り、西原古道を辿って小棡の集落へと向かうことにします。 小棡へ向かう途中、丸山から下ってくる道と合流します。 |
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| しるべ石の置かれた丸山分岐を過ぎると、小広い放棄された畑の跡地のような場所に出ます。 ここには「帳塚場」との地名標識があり、傷んだ石祠なども見受けられます。 「帳塚場(原)」とは『西原の山・川・地名・旧跡』によると、 明治になって古い書類(帳面)を燃やした場所であるとのこと。 一体どんな書類を燃やしたのでしょうか、借金の借用書でしょうか? それとも土地の所有に関する書類でしょうか?はたまた松姫の逃避行にまつわる古文書でしょうか? 「帳塚場」から、紅葉盛りの山道を下ると、立派な馬頭観音が祀られているのを見ます。 |
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| 再び公的な登山標識が現われ、「←日寄橋バス停」で左折を指示しています。 直進すれば「五右衛門山荘」前を通過して小棡集落の中腹に出ることは分かっていますので、 ここは指導標識に従って左折してみます。 よく踏まれた道をしばらく進めば居並ぶ石造物を見て、小棡集落内の上部民家前へと飛び出します。 鶴川沿いには、三頭山、笹尾根、坪山などハイカーを魅了する山々が豊富にあり、 |
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| 【*1】 『山小屋 創刊号』「三頭山から三國山まで-甲武国境山脈-」岩科小一郎著に「氷室山」との表記がある。 【*2】 『秋川上流山村の村落構造の研究』時任則子著 【*3】 『檜原村紀聞』瓜生卓造著・東京書籍・昭和58年 『峠路をゆく人々』(山村民俗の会編)「炭焼きのゆきかう道-相模川源流の峠交通-」(杉崎満寿雄著)によると、 【*4】 『西原の山・川・地名・旧跡』(西原中学校編・2006年) 【参考文献】 |
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(峠行2008.11.22) |
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