切通し雑感

 

「切通し」は、はたして「峠」だろうか?
間(やまあい)にあって、りを要すれば峠の仲間に入れてもらえるのだろうか?


海岸近くの「切通し」 (逗子市某所)

海辺の切通し、古都鎌倉の切通しは
「峠」の仲間には入れてもらえないのかなぁ?
どちらかというと「坂」の一族なのかもしれない。


「切通峠」 (山中湖)

「切通峠」という「切通」を冠した峠もある。
「峠」をわざわざ付けたということは、
「切通」だけでは、やはり峠としては認められないということ?

峠や坂の形状の、
その一様態を「切通し状」というのかな。


「数馬の切通し」 (奥多摩)

「切通し」と名の付くところに行くと、
そこでは「強い意志」を感じ取ることができる。

なんとしても向こう側に到達するのだという強い意志を。
強い意志は、尾根を簡単に越えるし、固い岩盤をも貫く。


「和見峠」の切通し (上野原町)

峠歩きをしていると、
素敵な切通しの峠に出会うこともしばしばある。

上野原町の「和見峠」や吾野町の「大久保峠」も
規模こそは小さいが、立派な切通し状の峠だ。

小さい尾根を切り開き、貫くように道が作られている。
土地の人々が力を合わせ、長い時間を掛けて
鶴嘴でコツコツと開削したのだろうか?


「大久保峠」の切通し (吾野町)

そうまでしても道を切り開き、
尾根向こうの世界に何を求めたのだろうか?
外界に何を求めたのだろうか?

人は生きるために外の世界につながりを求めた。
生活物資のみを得るためにか?
否、それが為だけではないはず。

喜びを分け合う為に、悲しみを慰め合う為に、
痛みを和らげ合う為に、苦しみを乗り越え励まし合う為に、
そして愛し合う為に、人は人を求めて、
人との大いなるつながりを求めて、
険しい岩肌を削り、
切通しを開いていったのではなかろうか。

切り通さなければならない事情がそこにはあった。
それと比べると岩を砕くことなど易しいことであったのかも。


「切り通し弁当」 (鎌倉某所)

ところで、「切り通し弁当」って・・・
どんなお弁当なんでしょう?

ご飯部分が割れていたりするわけ?
一度、食してみたいものです。