忘れられない恋しい峠 / 忘路峠(犬峠)・浦安峠・恋路峠

〜 忘れられない恋しい峠、そんなものがあるだろうか 〜

 山梨県道志村には「忘路峠」、「恋路峠」というロマンチックな名前の峠があります。
秋風に誘われて道志の峠を巡る山旅に出かけました。


キャンプ場のどん詰まりに登山道入口の標識がある


檜沢の優しい流れ

室久保川に沿った道幅の狭い凸凹路面の未舗装林道を慎重になりながら
「横浜市野外活動センター」へ向けて車を走らせます。
キャンプ場手前の適当な路肩に車を置いて歩行の開始です。

「野外活動センター」はこの時期すでに閉鎖されていますが、
お隣りの民間施設「撫の森キャンプ場」は異常なまでの賑わいをみせています。
超満員の駐車場、巨大スピーカーを据え置き谷間にこだまする洋楽の大音響、
山奥では珍しい今時の若者の姿、ここは六本木のクラブかと見紛うばかり・・・・・。
今流行り(?)の薬物パーティーではと疑いたくもなる乱痴気騒ぎぶり。
ロマンチックな峠を巡る山旅のスタートにしては、ちょっと賑やか過ぎやしませんか。

「野外活動センター」入口に設けられた「畦ガ丸方面登山道案内図」は理解不能のため無視し、
センター敷地内の閑散としたキャンプサイトをすり抜けて忘路峠の登り口へと向かいます。
キャンプ場内には指導標識の類はありませんが、本道と思われる道を進めばよいのです。
キャンプ場のどん詰まりに、キャンプファイヤー広場があり、
そこで初めて「畦ガ丸・県境方面登山道入口」の標識を目にすることができるのです。


「ひのきノ頭コース」と「畦ヶ丸ハイキングコース」の分岐


尾根にはヤブもなく快適

白砂と滑(ナメ)で構成された優しい檜沢の流れを飛び石で渡り、
中州を進めば、「ひのきノ頭コース」と「畦ガ丸ハイキングコース」とを分かつ分岐点に到着です。
初めて忘路峠を訪れたときにもあったカラフルな標識がそれぞれの進路を示しています。

忘路峠道でもある「畦ガ丸ハイキングコース」はここから尾根へと取り付きます。
明るい自然林と下草の雰囲気のよい植林地との合間を数度のジグザグで高度を上げると、
檜沢の沢音は少しずつ遠ざかってゆくのです。

尾根道は明瞭そのもので、ヤブなどの障害はありません。
さきほどの民間キャンプ場の山を揺るがすほどの乱痴気騒ぎに、
熊除けの鈴は不要かとも思いましたが、耳障りな雑音はすでに過去のものです。
首から下げた笛を時折吹き、腰につけた鈴をカランコロンと鳴らして、
人のけはいのまったくない静かな尾根道を進みます。


右手より涸れ沢が合流しこれが道となる


涸れ沢状凹道を辿り尾根を乗り換える

栂の大木のある小突起を過ぎ、右手より涸れ沢が合流します。
一瞬戸惑いますが、その涸れ沢状の凹道が次に辿るべき道となるのです。
道を外れて右往左往するとダニ取り付きの餌食となります。
そう、ズボンには小さなミクロ級の子ダニの群れとその親らしき成虫のダニが取り付きます。
この秋にも産卵し、孵化したばかりといった子ダニ、その兄弟姉妹の数が半端ではありません。
一瞬にして一家で獲物に取り付く運動能力と家族の団結力には脱帽です。
それにしても丹沢のダニ繁殖は異常ではなかろうかと思います。
どこかで地球温暖化と関係しているのではと思えてなりません。
ダニを撒き散らす運び屋としてハイカーも一役買っていると思うと複雑な心境でもあります。

凹状道を登り詰めて、別の尾根へと乗り換えます。
突然のパラパラという葉を打つ雨音に空を睨みますが、秋の空は青空。
雨の音ではなく、一瞬吹きぬけた風に落とされた枯れ葉が別の葉を打つ音でした。 
紅葉しないで散ってゆく葉もあるようです。
自分が一枚の葉っぱならば、きっと色づくことなく散ってゆく方の部類だと思ったりもするのです。
華麗な終焉などとは無縁で、風に吹かれただけで、たやすく散ってゆく葉っぱに。


峠近くは好ましい樹相を呈している


背の高い落葉林が沢沿いに茂る

少々地形は複雑ですが、もう甲相国境尾根は間近です。
分かり難い箇所にはテープが巻かれているので、それを拾えば迷うことはないでしょう。
峠道の核心は峠直下のスクッと背をのばした落葉樹の森でしょうか。
明るく気持ちのよい落葉樹林と苔を纏った石の転がる沢筋の様子が好ましい。

紅葉には早過ぎましたが、もう少しすれば赤や黄色の色彩に山一面が包まれることでしょう。
小さなジグザグで甲相国境尾根の小さな鞍部に飛び出します。
そこが忘れられた路と書く「忘路峠」です。


峠の小さなへこみ
甲相国境尾根に飛び出します


「忘路峠(犬峠)」の標識を取り付けて
登ってきた沢筋を見下ろす

「忘路」とは哀愁漂うネーミングですが、「越路⇒恋路⇒忘路」の変化によるものでしょうか?
主尾根を乗っ越すことから「越路」と呼ばれ、お茶目な人がそれを「恋路」と捩り、
印刷環境の悪かった時代に「恋」という字が「忘」という字に化けたとも想像できます。

それとも「忘路」を「ボウジ」とすれば、
境や標界をあらわす「棒示」、「傍(榜)示」の意味であったとも考えられます。
甲州と相模の間には国境問題があったといいますから尾根には「ボウジ」があったことでしょう。
大界木山の「界木」も境界を表す境木であったと思われます。


前時代の日地出版の丹沢登山地図
「犬峠」の記載がある


『峠をめぐる山旅』(田沢武夫編・朋文堂・昭和39年)
に掲載されている「犬峠」の指導標識

忘路峠は「犬峠」とも呼ばれていたようで、
少し昔の日地出版の登山地図には「犬峠」の記載が見られます。
また、『峠をめぐる山旅』(田沢武夫編・朋文堂・昭和39年)の中では峠の写真が掲載されており、
「犬峠」と書かれた指導標識が、当時、峠にあったことがわかります。

丹沢で「犬」と言えば、「犬越路峠」をすぐに連想しますが、何か関係はあるのでしょうか?
まさかこの峠にも犬に先導されて信玄の軍勢が越えたという伝説があるわけではないでしょう。
「犬」は地形語では「狭い地」を示す場合もあるようですから、
峠の地形から察して、「狭苦しい峠」の意を表わしたものなのかもしれません。


峠は甲相国境尾根上の小さなへこみに過ぎない


南側は笹を分けて鹿道があるだけでザレている

それにしても峠は、あまりに小さすぎる単なる尾根のへこみです。
尾根道を縦走する人は気にしていなければ峠とは知らずに通り過ぎてしまうかもしれません。
「忘路峠(犬峠)」と書いた手製の標識を取り付けて存在をアピールすることにします。

登って来た道とは反対側の谷を覗いてみると、南の沢筋はかなりザレている様子です。
笹を分けて鹿の通うケモノ道があるだけで、正気の人間が越えているようにはとても見えません。


大界木山付近は好ましい雰囲気のブナの尾根道


浦安峠分岐を示す手製標識があった

忘路峠から甲相国境尾根を西へと辿り、大界木山へと向かいます。
大界木山でお昼を迎えますが、山頂には先客パーティーがおり昼食は御預けです。
山頂を素通りして、次なる目的地、浦安峠下降分岐路を探しますがなかなか見つからず
鹿道に踏み込んだり、再び山頂まで戻るなどウロウロします。

探しても見つからないので城ヶ尾峠まで下ろうかと足を進めたところで、
明瞭な分岐路と浦安峠を指し示す手製標識が出現し、読図力の無さを反省させられるのです。
しかし、『山と高原地図』(昭文社)から受ける大界木山と分岐路との距離が、
どうも実際の感覚とは違うような気がすると、言い訳を口にしたりもするのです。

浦安峠への道は実線で表記してもよいほどの道で、笹も刈り払われ歩き易くなっています。
地図に表示する道を破線表記にするか、それとも実線で表記するか、
地図会社ごとに明確な規定があるかは知りませんが、少々興味を覚えるところではあります。


大室山・加入道山の展望が開ける


浦安峠

浦安峠への下降途中に、大室山・加入道山の展望が開ける場所があり足を止めます。
人工物が目に入らぬ山深い所にいることを実感し、心細さや不安がよぎりもしますが、
足元に咲いている可憐なリンドウの花を見て、安らぎとともに力強さを頂きます。

数回のジグザグを切り、室久保川筋と三ヶ瀬川筋とを結ぶ林道へ降り立ちます。
浦安峠はその林道が貫通する切通しの峠で、以前に峠を訪れたときと比べて、
尾根を強引にぶった切った切通しの雰囲気が自然に調和し溶け込んできたような気がします。


こっそり目立たぬ場所に標識を取り付ける


1000mを超えている割には小さく暗くさえない山頂

浦安峠の名の由来は不明ですが、『山と高原地図』(昭文社)には記載されている峠名です。
目立たぬように(?)手作りの標識を立ち木に括り付けることにします。

大界木山で食べそびれた昼食を、
ズボンに取り付いているダニを爪で弾き飛ばしながら立ち食いします。
4個で99円の稲荷寿司と菓子パン一つ、相変わらずの侘びしい食事を数分で終えて、
鳥ノ胸山へ向けて手入れされた山道を進みます。

時折、ドッカンドッカンと三ヶ瀬川筋から林道工事か、堰堤工事の雑音が聞こえてきます。
しかし、それ以外は擦れ違う人も無く、いたって静かな尾根道です。
笹の繁茂が見られますが山道に被ることは無く、きれいに刈り払われています。
「平指山」はとても1000mを超えている山の雰囲気は無く、眺望ゼロの小さく暗い山頂でガッカリ。
本来のピークは右手の笹を掻き分けた先にありそうですが、突進する気は起きません。


雑木ノ頭山頂


ここにも標識を取り付けた

「雑木ノ頭」は、名前の通り雑木に囲まれた明るい雰囲気。
もう少し素敵な名前を付けてあげればよいのにと思いもしますが、
それでいてこの名前がぴったりという気もします。

山頂からは「道志ノ森キャンプ場」へと下る道が分岐しています。
ボーイスカウトが訪れているようで彼らの設置した標識なども転がっています。
山名を示すものは立木に巻かれた黄色テープに書かれた文字だけだったので、
ゴミになるとは思いながらも手製の標識を取り付けます。

雑木ノ頭から北上する道は緩やかに下り、鳥ノ胸山との鞍部から
今度は一気にトラロープの張りめぐらされた急傾斜の植林地内の登りとなります。
汗して登りついたのはニセピークで、ガックリです。(鳥ノ胸山南峰とも呼ばれている)
「おつかれ☆まだ頂上じゃないよ!」と可愛い字で書かれたガールスカウトの標識に力が抜けます。
しかし、本ピークはすぐそこ、小さな鞍部を越えれば鳥ノ胸の山頂に立つことができます。


鳥ノ胸山三角点


御正体山が大きく、その東尾根も長い

「山梨百名山」の標柱の立つ山頂に人影は無く、道志川の谷あいの一望を独り占めです。
ここから眺める御正体山はあまりに大きく、威風堂々としています。
その東尾根も地図で見るより長大に感じられ、
この冬には歩きたいと考えていた計画も再検討の必要があると感じるのです。
峠マニアにとって御正体山東尾根の興味は「ぶどう沢峠」と「道坂峠旧道」にあります。
特に、板橋・白井平と菅野とを結ぶ「ぶどう沢峠(栗の木タツマ)」の旧道が
現存しているのかが最大の関心事です。

目を移すと菰釣山、ブナノ丸の北方から派生する前ノ岳、長野山、高指も巨体を横たえています。
眺望は飽くことがありませんが、次なる目的地の恋路峠へ向け足を運ぶことにします。


鳥ノ胸ニセピーク(南峰)から恋路峠へ向けて下降する


越路林道の東屋上流の西棚ノ沢に飛び出した

『山と高原地図』には鳥ノ胸山から恋路峠への道が破線で描かれていますが、
その入口に案内標識があるわけではありません。
鳥ノ胸山本峰とニセピーク(南峰)との鞍部に、テープの巻かれた立木があったので、
この鞍部から東へと下降するのかと、安易に数十メートル下降しましたがこれは大きな勘違い。
明確な踏み跡は無く、傾斜も強まるばかりです。
これは変だとすぐに引き返し、ニセピーク(南峰)から東へ派生する尾根を下降します。
これが正解のようで、植林帯と自然林との境目には心細いながらも踏み跡がつけられています。

明確な目印はありませんが、尾根が細かく派生する箇所にはテープが巻かれていて
ルート判断の手助けをしてくれます。
「御料局」の石柱のある小ピークで踏み跡を見失い、少々戸惑いますが、
この先も植林帯と自然林との境目を行けばいいのだろうと、鹿の足跡を頼りにズンズン下降します。
尾根を馬鹿正直に歩くと、笹ヤブが鬱陶しいので、それを避けるように進みます。
植林に巻かれたピンクのビニールヒモがコースを示しているのか定かではありませんが、
そのビニールヒモに行く末を託し下降を続けると、沢音が聞こえてくるのです。
沢に降り立ち下流へと辿れば、そこは越路林道の東屋上流50メートル地点。
降下目標の地、恋路峠からは500mほどもズレていました。
「恋路」とはよっぽど縁遠いようです。


越路林道が走り抜け情緒の無い恋路峠


恋い慕うほどの峠ではない

林道を川原畑方向へ辿り、恋路峠に向かいます。
しかし、現実は厳しいようで、恋路峠は恋い慕うほどの峠ではありませんでした。
出会い系サイトで顔の知らぬ人と待ち合わせをして、いざ出会ってみてガッカリという体験は
きっとこんなものではないかと思い知るのです。

秋風に誘われて、ロマンチックな名を持つ峠を巡る山旅にやって来たものの、
「秋風が立つ」ように恋心は冷めてゆくのでした。
恋路峠から、その名も床しい検見ヶ丸へ往復しようとも思っていましたが恋の熱が冷めるや
登行意欲は失せてしまうのでした。


『道志七里』
(伊藤堅吉・村史編纂委員会・1953年)
には「恋路峠」とある


『丹沢の山と谷-登山地図帳-』
(川崎吉蔵編・山と渓谷社・昭和37年)
には「山神峠」の記載がある??

恋路峠の「恋路」は越路林道の名が示すように、「越路」の転化だと思われます。
誰か洒落たロマンチストが「恋路」と改名したのでしょう。
道志村の地誌である『道志七里』にも「恋路峠」の名を見ることができます。

『丹沢の山と谷-登山地図帳-』(山と渓谷社・昭和37年)の図中には、
「山神峠」という名前が見られますから、そんな別称もあるいはあるのかもしれません。
越路林道を
「野外活動センター」へ向けて歩いてゆけば、室久保林道へ接続する手前に
山神様が祀られています。 「山神峠」の名の由来は、この山神様によるものかもしれません。
もしかすると、「恋路峠」と「山神峠」は別々のもので、室久保林道接続部分を「山神峠」と呼ぶ
のかも知れませんが、確たる資料が無いので詳細は不明です。

あれほどまでに騒がしかったキャンプ場は嘘のように静まり返っています。
3連休の最終日、奥山で日頃の憂さを晴らした若者たちは都会へと戻って行ったようです。


取り付けることのなかった「検見ヶ丸」の標識と
帰り道ブックオフで購入した新ハイキング誌(100円)

今回訪れた鳥ノ胸山周辺の地名などを拾って一首ひねり出したりするのも楽しいものです。

   「どうしても 君が 恋しく 忘られじ 殿の胸も 秋葉色づく」

文法的に正しいかわかりませんが、

   「どうし(道志)ても 君(検見ヶ丸)が 恋し(恋路峠)く 忘られじ(忘路峠)
   殿の胸(鳥ノ胸山)も 秋葉(秋葉山)色づく」

  「どうしても君のことが 恋しくて 忘れられない
  殿方の胸のうちは 紅葉で山が赤く染まるように あつく燃えている」

などというオセンチな歌はいかがでしょうか?

『甲斐国誌』によると「鳥ノ胸山」は「殿ムレ山」であるようです。
恋路峠を挟んでその対面には「検見ヶ丸」がある。
「殿」は「検見(君)」に恋い焦がれていた。
しかし、恋のキューピットの放った矢は「検見(君)」を外れて落下した。
そこが「的様」と呼ばれるようになった・・・・。
これはまったくの幻想です。

恋路峠の姿に深く失望し、麗しい君が待っているはずもないからと、
検見ヶ丸を踏まずに帰宅の途につきました。
今、目の前には取り付けることのなかった「検見ヶ丸」の手製標識があります。
失恋の痛手が癒えたら、検見ヶ丸を訪れたいと思います。

(峠行2008.10.13)

【補足】


2009年版『ヤマケイアルペンガイド丹沢』(三宅岳著・山と渓谷社)では、「忘路」ではなく「恋路」という表記になっている。